ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第五章『思惑が混じ合う時 -One_of_the_Piece -』《記憶の断片》

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 セドリックを乗せたヘリコプターはデュノア社IS開発プラントへと到着していた。しかも、そのプラントは既に制圧済み。先に制圧部隊が動いており、まさに作戦通りの動きであった。

 オータムがヘリコプターへと歩み寄る。その中からはセドリック・デュノアの姿が見えた。

 

「少々作戦内容とは違う事が起こったが、想定の範囲内だ。おい、セドリックさん♪」

 

 と言いながらオータムはセドリックの髪の毛を引っ張りながら引き寄せる。

 その痛さからセドリックは顔を引きつらせるが、お構いなしにオータムはその状態を続けた。

 

「さて、お前にはこれから色々とやってもらわなくちゃいけない。わかってるな?」

 

 オータムの言葉に必死に顔を縦に振るセドリックは、その場に投げられてようやくその状態から解放された。そして彼女はISを身に着ける。セドリックへ逃げたらどうなるのか、という威嚇の意味も入っているのだろう。

 他の人員はセドリックの手足を縛っていたロープをほどき、口にしていた布もほどいてやった。

 

「さて、お前が先に歩け。これからお前にはプラントに存在するISのコアを保管している場所へと案内してもらおうじゃないか。そこのパスワードも入力してもらう」

「その前に聞きたい。娘は……無事なんだろうな?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。無事だよ。今頃スヤスヤとお寝んねタイムさ」

「そうか……。全てが終われば、私と娘は無事に返してもらえるんだな?」

「ああ、その点は安心してくれ。私たちはISのコアを手に入ればそれ以上は何もしないよ」

 

 そう言って頬笑むオータムの顔は、その清々しいほどの笑顔だった。それが逆に恐ろしくて、セドリックはそこで悟ったのだ。

 このままでは娘ともどもここで死ぬということを。

 こいつらは自分と娘を無事で返すわけがない。絶対に情報漏えいを防ぐために自分たちを殺しにかかるはずだと。

 だけども、セドリックは気づいていた。やつらはまだ自分を殺せないということを。

 ISのコアが保管している場所は、デュノア社の中でも自分しか開けることは出来ない。特殊合金の扉でビーム兵器は効かないし、その頑丈さはIS用パイルバンカで突き破ろうとしても突き破れない程だ。

 ただ、その重さがネックになって戦闘用のISには中々採用されないのだが、こう言った倉庫の防壁としてはこれほど適したものはないだろう。

 だからこその本人誘拐だ。

 コチラの手にはセドリックの娘であるシャルロットという人質がおり、なおかつそれを邪魔しようとする存在は不完全ながらも排除することには成功した。

 

(あとはさっさとコアを回収して任務完了だ。今回の仕事は少々苦労したが、まぁいいさ)

 

 そう考えたオータムはつい頬が上がってしまっていた。

 それを見たセドリックはオータムにこう言ってやった。

 

「一つこっちから要求させてもらってもいいか?」

「あぁん? なんだいセドリックさん」

「娘の顔を見せてくれ。そうすればさっさとパスワードを入力してコアの保管庫の扉を開いてやる」

「…………ああ、分かった。それでお前さんの気が済むならなぁ。おい!」

 

 オータムは人員の一人を指さして、シャルロット・デュノアの身柄を保管庫前まで持ってくるよう命令した。

 それでセドリックの気が済んでさっさとパスワードを入力してもらえるなら、是非そうしてもらいたい。これ以上余計な時間を食うのも惜しい。後ろには『束派』のやつらが迫っている可能性もある。

 それはエムの音信不通の状態と、スコールからの三人の内二人を逃して挙句の果てに赤いISに乗る奴にまで撤退を余儀なくされたのだ。

 この現状、戦闘になれば戦力が分散しているこちらが不利なのだ。

 これは予想外の展開だった。ISの戦闘のスペシャリストである自分らがここまで苦戦するとは思いもよらなかったのだ。

 しかし、こちらにも運がついていた。

 何はともあれ、なんとかIS開発プラントまでたどり着くことが出来た。ここまでくれば勝ったも同然。ISのコアさえ手に入ればこちらの勝ちなのだから。

 だからオータムはこれ以上無駄な時間はかけまいと、セドリックを歩かせる。

 そのISのコアの保管庫の場所まで。

 

「オラァ、早く歩け! お前の要求には答えてやるんだからよォ、アンタも自分の言った言葉に責任持つんだなァ」

 

 セドリックは押し黙ってプラントの中へと入っていった。

 近未来的な内部は、本当にここでISに関するフレームや武器について開発を行ている場所なのか、と思ってしまうようなデザインであった。

 普段従業員が通るような廊下も、エアコンが効いていて空調がしっかりしているため、じめじめしているということもない。極めて過ごしやすいプラント内部だった。

 そして、コアの保管場所はこのプラントの一番奥だそうだ。

 普段なら白衣やら作業着やら着こんだ従業員が駆け回っている廊下も、顔を隠し、重火器を持った黒ずくめの奴らが一定の距離を置いて立っていた。

 そして彼の後ろには蜘蛛のようなISが下手な行動をしないよう、銃口を頭に突き付けている。

 何もできないまま、セドリックはコアの保管庫の前へとたどり着いてしまった。

 

「娘は?」

 

 セドリックは問う。

 オータムが微笑んだと思うと、彼女の後ろから金髪の少女が姿を現した。しかし、その金髪の少女は眠っていた。

 

「シャルロット!!」

 

 セドリックは叫ぶ。すると、シャルロットはかすかに目を開けて、周りの様子を窺がっていた。やがて、意識はしっかりと覚醒し、この今の現状をはっきりと理解する。

 

「おとう……さん? なんで、ここに?」

「何でって、お前の為に決まっているだろう」

「う、嘘だよ。じゃあ、なんで今まであんな扱いを……」

「仕方がなかったんだ。あのときはああするしかなかった。許してくれ……」

 

 セドリックは指した“あの時”とはどの時を示しているのだろうか。

 たぶんそれは男としてIS学園に入学させてスパイまがいの事をさせていたことだろう。

 しかし、シャルロットは今の父親の言動がいまいち近い出来ていなかった。あまりにも今までと違う。自分の知らない父親がそこにあったのだ。

 

 

  8

 

 

 セドリック・デュノアはIS関連の事業を取り扱うデュノア社の社長である。

 デュノア社は世界でも量産機のシェアが世界第三位という、世界でも選りすぐりのエリート企業ということになるだろう。

 しかし、世の中は甘くは無かった。

 デュノア社は他の国の企業に比べて新しい技術の開発が上手く行っていなかったのだ。それだけの技術力をデュノア社では持つことが出来なかった。現状では第二世代のISの開発が限界だったのだ。

 世の中は次々へと第三世代IS、つまりISに使用するコアを最大利用する技術研究へとシフトしていった。

 あくまで“量産機として”の世界シェアでは第三位ではあるが、この第三世代開発へのシフトによってその絶対的地位は落ちようとしていた。

 このままではデュノア社は底辺の会社となってしまう。これでは家族も養うことが出来ない。この会社自体を折りたたむことになりかねない。そうセドリックは考えていたのだ。

 

 それが今から三年前の話だ。

 その年は本当に不幸が多かった。

 デュノア社の技術力は他の国に置いてけぼりにされている事実を確認し、愛人は死に、その子供――セドリックの娘は独り身となってしまった。

 経営危機を迫られた彼は余裕がなくなって周りがよく見えなくなってしまっていたが、逆にそれで見失っていたものを再び発見するきっかけとなった。それが自分と愛人との間に生まれた娘、シャルロットという我が子供だった。

 セドリックは、そんなシャルロットを引き取ることにした。本妻とはまだ子供は出来ておらず、事実娘と言えるのはシャルロットただ一人だったのだ。

 そんな彼女に自分は何をしてあげられるだろうか、そう考えた結果が自分の会社でISのテスターとして働いてもらう事。そして、ISという物を好きになってもらう事だった。

 セドリックという父親は、このような夢の詰まった存在を開発しているのだと。

 だけども、そう簡単に事は運ばなかった。

 シャルロットを嫌う人物がいたのだ。それも凄く身近な人物。

 それはセドリックの本妻であるアリス・デュノアであった。

 彼女にとって、シャルロットは夫とその愛人との間に生まれた憎むべき存在であった。

 

 自分と夫との間に未だ子供は授かることが出来ないでいる。自分の体内で生まれ育っていない彼女を自分の娘と認めることは出来なかった。

 実は、シャルロットがセドリックの下へと来た時からアリスとシャルロットの仲は悪かった。それもしょうがないと思ってしまう自分がおぞましく感じた。

 妻とシャルロットの事もあってか、話すことすらままらなくなっていた。

 娘が自分の見失いかけていた物を取り返すことが出来た存在で、ある意味では恩人の様なものなのに、妻の目を気にすると娘とは何も話せなくなっていた。それはまるで、ただの研究材料でも扱っているような状態だった。

 このままではシャルロットは幸せになることが出来ない。この現状をこのまま過ごしていたら、彼女は不幸な人生のまま終わってしまう。

 そう考えたセドリックは一つの考えを思い立つ。

 

 日本でISを扱える男性が現れたというニュースが流れてきた。このビッグニュースは瞬く間に世界中へと流れた。

 女性にしか使うことのできないというISの常識を打ち破ったのだ。各国は研究材料として確保するべく、色んな動きを見せてくるだろう。

 だからこそ、その流れを利用するのだ。

 ISを扱える男性に近づいてスパイ行動をしてくる、という名目で日本のIS学園へと娘を避難できないかとそう考えた。

 それに、ISを使うことのできる男性の内、一人をセドリックは知っていた。

 名は葵春樹。かの篠ノ之束と共に行動している裏事情に少々詳しく、ISの操縦がとても上手い少年。

 彼らなら自分の娘をどうにかしてくれるかもしれない。幸せにしてくれるかもしれない。少なくとも、自分の下に置いておくよりは遥かにマシなはずだ。

 

 そう考えたセドリックは行動に移した。

 引き取ってから妻の目線のせいで一、二回しか話したことがない娘を自分の下から引き離すのは正直心苦しい。だけどしょうがないのだ。娘の幸せを想えばこの選択が一番だと思ったのだから。

 そしてシャルロットにはシャルルという名前を与えて男として、日本のIS学園へと入学してもらう事にした。

 その理由としては、ISを動かすことのできる男二人に気軽に接近できる事からだ。

 葵春樹は自分が知っているだけあって信用できる人物だと思っているし、聞けばもう一人のISを動かすことのできる男も葵春樹の家族の様な存在だと聞く。

 だから、娘をこの二人に守って欲しかったのだ。出来る限り側にいて、娘を守って欲しかった。それだけが望みだった。

 世界規模でのリスクがあるのは承知だった。もしバレたらどのような仕打ちに遭うかは正直想像が出来ない。

 まずはマスコミからの攻撃から始まり、何故男と偽ってIS学園に入学させたのか、その理由を問いだたされ、それこそデュノア社の存続が危うくなってしまうだろう。いや、ISの業界からの追放も考えられる。

 

 そこまでの危険を冒してまで娘の身を護りたいと思うのは、父親としての本能なのだろうか。

 きっとそうなんだろう。愛人との間に生まれた子供でも、自分の子供であることには変わりないのだから。

 

 

  9

 

 

 そんな事を考えていたセドリックなのだが、それをシャルロットに伝えることが出来なかった。妻の目を盗んでこの事を伝えようとしていたのに、こんなことになってしまった。命だって危険な状態だ。

 

「ほら、大事な大事な娘さんの無事は確認できたんだからさァ、早いとこパスワード入力してくれないかな?」

「カードキーは持っているのか?」

「私たちがそんなヘマをするとでも?」

 

 後ろの黒ずくめの男がカードキーを取り出してセドリックに見せつける。

 それを見たセドリックは呆れたように溜息をついた。

 

「アンタたちの仕事はお見事だね。ほぼ完璧だよ……」

「そうじゃないと私たちはここまで大きくなってないさ」

「開ける前にもう一つ聞かせてくれ。どうせ開けたら私は殺されるんだろう? それくらい許してくれ」

「ちっ。なんだよ、早く言え」

「アンタはそんな風にISに乗っていて良いと思っているのか? 銃口を無防備な人間に向けて、人殺しの道具として使っていて、本当に良いと思っているのか?」

 

 セドリックがどうしても知りたくなったのはこれだった。自分はISを開発して販売している身として、ISに携わっている人の想いには非情に興味があった。

 それがたとえ、裏社会に生きる、ISを人殺しの道具として使っている人物だとしても。

 その言葉を聞いたオータムは思わず目を見開いてしまった。まったくもって予想外の質問だったからだ。こんなことなら、うるさいと言ってさっさと扉を開けてもらえばよかったと思うほどだ。

 そう思ってしまうのは、オータムがかつてIS乗りに憧れていたことに関係していた。

 彼女は中学生の頃は自由自在に空を舞うISに見惚れてしまっていた人の一人だ。

 

――私もISに乗って空を駆け回りたい。

 

 そして、実際に現在ISを自分は身に着けている。それがたとえ、望まない形であったとしても、確かに彼女はISに乗っていた。

 しかし、彼女が本来やりたかったのは競技者としてISを操縦して世界の人たちと競う事。

 だけども彼女がいまISに乗っているのは、人を殺して、自分の命の恩人に恩を返すという使い方。

 それは自分の為になっているのだろうか?

 今頃になってオータムは考え込んでしまった。

 

「くそっ!! いいから早くパスワードを入力しろよ!! それだけやってればいいんだよ!! ほらやりやが――」

 

 その瞬間、オータムに一通の連絡が入る。

 それは――『束派』の連中が攻め込んできたというものだった。

 オータムは少々焦るが、コアを奪ってしまえばこちらの勝ちだと思い、セドリックにパスワードの入力を要求しようとしたその時――オータムの目の前には大きな刃が――。

 

 

  10

 

 

 春樹との再会を果たしたものの、たった一言の会話で終わってしまった。

 だが、もっと会話したかったなどと思っている余裕は今の彼らには無かった。

 一刻も早く、セドリック・デュノアとシャルロット・デュノアを救出するためにフォスのIS開発プラントまで向かわなくてはいけない。

 スコールとの戦闘と、春樹の仲間と思わしき謎のIS二機との戦闘のせいでだいぶ遅れを取ってしまった。おそらく、もうすぐセドリックを乗せたヘリコプターはプラントへと到着してしまうだろう。

 下手をしたら、今回の任務は失敗に終わる可能性も出てきた。失敗した、ということはセドリックとシャルロットの二人の命にかかわる問題となってくるため、一夏と楯無の二人は最後の最後まであきらめるわけにはいかなかった。

 だからこそ、二人はプラントへと向かって飛び続ける。

 一夏はもう泣き止んでいる。男たるものいつまでも泣いている訳にはいかない。

 シャルロットとセドリックを助けるためなら、どんな無茶だってしてやると、一夏はそう思っているのだ。

 

「もう少しでプラントに到着する。準備は良いかい?」

 

 楯無は一夏に確認を取った。

 プラントに着けば人質もいるし、なによりあのオータムもいる。その他の兵力もまだ未知数だ。気を抜けば何もできずに終わってしまうかもしれない。そんな危険性も孕んでいる。

 

「大丈夫ですよ……俺はね。だけど、02から連絡がない事は唯一の不安ですが」

「そうだね。無事なら連絡の一つでも飛ばしてくれればいいのに……。まぁ、今は考えたってどうしようもない。私たちは目の前の事に集中しなくちゃ。02の事は信じてやるしかないよ」

「そうですね……」

 

 そんな会話をし終わったとき、視界にはIS開発プラントがはっきりと映った。近くにはヘリコプターも着地しており、もう既にセドリックは中へと運び込まれてしまったことが分かる。

 一夏たちが近づくと、プラント周辺を見回りしていた『亡国機業(ファントム・タスク)』の人員がこちらを確認。すぐさま連絡を入れようとするが、それを一夏は許さなかった。

 一夏はものすごいスピードで突っ込み、黒ずくめの男にぶつかる直前でブレーキをかける。そして、思いっきり腹を殴ってやったのだ。

 黒ずくめの男はたまらず意識を失った。

 周りにはまだほかの人影は見られない。見つかる前に中へと入ってしまわないといけない。

 プラント内部のマップは事前にセドリックから受け取っている。そして、『亡国機業(ファントム・タスク)』が確実に向かう場所、それはコア保管庫であるに違いない。

 そこまでの最短ルートをISに記録して、補佐してくれるように設定し、一夏と楯無はプラント内へと侵入した。

 中に誰が居ようと関係ない。ひたすらスピードを上げて目的地に向かって突き進めばいいのだから。

 『亡国機業(ファントム・タスク)』の人員はそのスピードに対処することができず、何もできずに一夏と楯無をスルーしてしまう。

 

(もっとだ、もっと。もっと加速するんだ。手遅れになる前に)

 

 この二人の侵入を知ったISを操縦する人員も現れた。目の前にはドイツ製の量産タイプのISが現れるが、一夏が操縦する白式の力によって一瞬にしてそれは無力と化した。

 それこそ、白式のワンオフ・アビリティーである零落白夜という、シールドエネルギーを切り裂く能力のおかげだ。

 量産機に乗っていた人員もいったい何が起こったのか理解するのには時間があまりにも足りなかった。気が付けばISのシールドエネルギーは致命傷を負っているのだから。

 しかも、そこを後ろについている水色のISが止めを刺すと言わんばかりに追撃してくるのだ。生半可なISなど、気休めにもならない。

 一分にも満たない目的地への移動時間は、終わりを迎えようとしていた。次の扉を抜ければ、コアの保管庫にたどり着く。そこには、オータムとセドリック・デュノアがいるはずだ。

 楯無は蒼流旋(そうりゅうせん)でその閉ざされた扉を貫いて道を切り開く。そして、開いた穴に一夏は飛び込み、零落白夜を発動させた。

 目標は勿論、今回の『亡国機業(ファントム・タスク)』による作戦リーダ、オータム。

 その刃がオータムの目の前と迫る。

 

(これで……っ!!)

 

 一夏は勝ちを確信した。この不意打ちが成功した。もう雪片弐型の刃は一秒もかからずにオータムに直撃する。そうすれば、零落白夜の能力で無力化できる。

 そう思ったのだが……。

 

「え……?」

 

 一夏は驚愕した。

 今のは絶対に反応できるようなタイミングではなかった。反応できたとしても、そこからの回避するためのアクションを取るまでの時間なんて無かったはずなのに、オータムはその攻撃を防いだのだ。――背中の蜘蛛の足の様な触手を数本犠牲にすることで。

 

「お前らァ……本当にウザったいよ。もう少しで作戦が終わりそうだったてのによォ。マジでふざけんなよ。絶対にお前らは殺す。殺してやる……!!」

 

 そんなことを言っているオータムだが、彼女のISの背中の八本の蜘蛛の様な足の内、右側四本が切断されてしまっているが、そんな状況にもかかわらこの余裕は何なのだろうか。嫌な予感が一夏と楯無の身に降り注いだ。

 一夏と楯無の二人はその妙な雰囲気を感じ取って注意を払いながら身を構えた。

 その瞬間、オータムの顔が少しにやけたのを一夏は見逃さなかった。そして、一夏の頭上にはスコールのISがあった。

 

(あの繭の糸はマズイ……!!)

 

 そう思った一夏は左手の腕に内蔵されているビームガンをスコールに向けて発射しながら距離を置く。

 

「おいおい、こっちを忘れちゃいけないだろ?」

 

 後ろにはオータムの姿があった。スコールの繭を危険視するあまり、オータムに対しての注意力が欠けてしまっていたのだ。

 

「マズッ――!?」

 

 残った左四本の蜘蛛の足の先端に付いている鋭い爪で一夏を攻撃しようとするが、そう簡単には決着はつかなかった。

 楯無は01と叫びながらオータムに向って槍を突き刺した。楯無と一緒に壁まで飛んでいき、壁に当たったところでようやくその動きを止めた。

 しかし、そこから現れたのは無償のオータムだった。いや、無償に見えるのはシールドエネルギーのおかげだろう。

 

「オータム、無事!?」

 

 スコールは慌ててオータムのISの状況を情報共有で確認するが、その表情を見る限りあまり芳しくないのが見て取れる。

 

「畜生!! シールドエネルギーが底を尽きた……!」

 

 オータムは思わず叫んでしまった。このままでは次の攻撃を受けたら死んでしまう事を意味するからだ。

 それを聞いた楯無はここぞと言わんばかりに蒼流旋に内蔵されているガトリングガンを至近距離からオータムに向って発射する。

 しかし、ここでスコールの行動が速かった。オータムの目の前に行き、繭を展開して彼女を守ったのだ。

 だけど様子がおかしい。絶対防御と言わんばかりの性能だった繭が、楯無のガトリングガンの弾をすべて受け止めきれていないのだ。

 それを見た一夏は確信した。

 

(箒の奴がやったのか? ならここは……!!)

 

 スコールの繭は絶対防壁でないことを確認した一夏はオータムに向って刃を向けた。今のこの状態なら、オータムを守っている繭を突破できるのではないかと。

 一夏は零落白夜を発動させながらスコールへと突っ込む。残り少ない稼働エネルギーだが、この戦いさえ終わってしまえばそれでいいのだ。出し惜しみをする必要は全くない。

 雪片弐型の刃をスコールの繭は受け止めた。だが、最初に対峙した時に比べて明らかに脆くなってしまっている。実質二体一の状況であり、本来の性能を引き出せていないスコールの繭は一夏と楯無、二人の攻撃を受け止められなくなるのも時間の問題だった。

 これ以上の行動は取れない。もはや詰みの状態に近かった。

 そして、ついにその絶対防壁であった繭の壁を貫いた。そして、楯無のガトリングと一夏の剣が二人を襲った。もはや戦闘など出来る状態ではなくなっていた。これでオータムとスコールの二人は無力化した。

 あと、『亡国機業(ファントム・タスク)』側が望める戦力と言えば――

 

「な!? 01後ろ!!」

 

 その人影にいち早く気が付いたのは楯無だった。

 その声に反応し、後ろを振り向くと、そこにはエムが立っていた。ビームショートブレードを握りしめた彼女は一夏に向って突き刺そうとしていたのだ。

 

「ひぃ!?」

 

 一夏はあの暴走したエムを思い出して、思わず情けない声を出してしながらその攻撃をかわした。

 一夏と楯無の二人は一度出来る限りの距離を取ると、『亡国機業(ファントム・タスク)』の三人はエムに駆けよった。

 

「大丈夫だったのエム!?」

 

 スコールはエムの事をいち早く心配する声をかけたが、彼女からの返答は無かった。

 ただ、この一言だけ……。

 

「お前ら……殺す。殺してやる……」

 

 そこに感情というものは無く、ただ人を殺そうとする殺戮マシーンの様に一夏たちに近づいていく。

 その光景を、オータムとスコールは眺めているしかなかった。今の彼女を見ると、何か下手な事をすれば仲間である自分まで殺されそうな気がしてしまったから。

 エムはぶつぶつと何かを言いながら一歩一歩、ゆっくりと一夏と楯無に近づいていき、徐々に間合いを詰めていく。

 あの雰囲気はどう考えても、一夏が対峙した時の暴走状態の彼女に他ならなかった。

 

「また……俺は殺されそうに――いや、もしかしたら今度こそ本当に……?」

 

 一夏は震え声になりながらそう呟いた。完全に一夏はあの殺されそうになった時の事がトラウマになってしまって足がすくんで動けなくなってしまっていた。ここから動かないといずれ距離を詰められて攻撃されてしまうのは分かっているのにだ。

 それを見た楯無は必死で一夏の肩を揺さぶる。

 

「おい、しっかりしろ!! 動け!! 動かないと殺されるぞ!!」

 

 楯無は必死にそう言っているものの、一夏は完全に思考停止状態にあった。相手の動きが遅いのが何よりも助かっている要因ではあるのだが、エムがいつスピードを上げてこちらに突っ込んで来るかも分からない。一刻も早く動いてエムの攻撃に備えなくてはいけないのに。

 

「――死ね」

 

 そんな冷たい声が聞こえたかと思うと、エムはいきなりスピードを上げてこちらに突っ込んできた。手にはショートビームブレードが握られている。これで滅多刺しにする気なのだろう。

 こちらに突っ込んでくるエムが一夏の視界に入った瞬間、彼は大声で叫び声をあげてしまう。

 

「うわぁぁぁああああああああああ!! やめてくれぇぇぇえええええええ!!」

「しっかりしろと言ってるだろうがッ!!」

 

 このままでは二人揃って死ぬかもしれないと思った楯無は一夏の目の前に立って、アクア・クリスタルの水のヴェールを展開してショートブレードを受け止めるが、これがいつまで保つことが出来るかも分からない。特にあの戦いを経験した後だと尚更だ。

 目を瞑って情けない格好になっていた一夏が目を開けると、目の前に楯無が居て自分を守っていることに気づく。

 

「あぁ!! 大丈夫ですか!?」

「そんなことを聞いている暇が合ったらコイツをどうにかしてよ。いつまで持つかもわからないから」

「は、はい!!」

 

 エムが正気を保っていないことが幸いだった。この状況でこんな会話など、死んでも文句は言えないだろう。

 一夏は雪片弐型を構え、零落白夜を発動させて右にステップ。エムの横側に斬撃を与えようと剣を振る。だけども、避けることも、受けとめることもせずにただ黙ってその攻撃を受けていた。今のエムに考えて行動する、という事が不可能なのだろうか?

 もちろん、この攻撃はクリーンヒットして絶対防御を発動させた。シールドエネルギーはゼロになったはず。

 これで――

 と、勝ちを確信したその瞬間。

 エムは雄叫びをあげて、シールドエネルギーがゼロだというのに気にせず攻撃を続行する。このままでは水のヴェールを突き破ってその刃は楯無へと届いてしまう。

 

「クソッ! 斬るぞ……斬っちまうぞ……!! 離れろよォォォオオオオオオオオ!!」

 

 一夏が刀を振り上げて、それを振り下げてエムを攻撃するか否かを躊躇した瞬間、水のヴェールが遂に破られた。そのままショートブレードの刃は楯無に向かって行き――突き刺されると思った。

 しかし、実際にはそのビームショートブレードは楯無に突き刺さることは無かった。

 グシャ、という音を聞いたかと思うと、目の前には赤いカラーリングの武器が目の前を通過していった。

 あの武器は間違いない――

 

「大丈夫か!? 遅れてすまないな」

 

 このタイミングで助けてくれる赤いISは知る限りでは一機しかいない。

 その彼女の名前は篠ノ之箒。篠ノ之束の妹であり、その束が率いる組織に所属している者。

 一夏は言葉が出なかった。

 

「おい、やるぞ。もう少しだ。私たちの勝利はもうすぐそこにある」

「あ、ああ。やるぞ!」

 

 だけどもまるで気分は高ぶらなかった。

 これが命を懸けた殺し合いだからだろうか? エムに対してトラウマを持っているだからだろうか? 自分が成長していないと覆ってしまったからだろうか?

 しかし、そんな気持ちでは死んでしまうかもしれない。これは殺し合いなのだから。

 一夏と箒、楯無の三人はエムを前に何時でも動けるように構えの体制に入った。

 だが、エムは俯いたまま動こうとしない。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。エラーは殺さないといけない。それが私の使命。それが私のやる事。それが私の仕事。それが私が生きる意味」

 

 このエムの言葉に一夏はゾッとした。また“エラー”という言葉が出てきた。それに、エラーは殺さないといけない、という言葉は春樹の仲間が言ってたことを共通する。

 

「何だよ……。何なんだよエラーって……。一体何だって言うんだよォォォオオオ!!」

 

 一夏は思わず雪片弐型を持ってエムへと突っ込んで行っててしまった。

 二人の距離が一気に縮まる。

 

「何で俺らを殺さなくちゃならねえんだよぉぉぉ!!」

 

 この時、一夏の目は死んでいた。ただ勢いに任せて剣を突き刺すだけ。ただ――それだけ。

 何も考えちゃいない。これで人が死ぬだなんてことも考えちゃいない。これで血が吹き出すだなんて考えちゃいない。自分の中に、人を殺した、という事実が残されて苦しむことになるかもだなんて考えちゃいない。

 本当に、勢いに身を任せて、スピードに身を乗せて、剣で突き刺すだけだった。

 エムのISはシールドエネルギーを失っている。そのため、刃はエムの体の中へと侵入していく。肉を抉り、胃を貫き、血を吹き出し、背中からは刃が突き出ている。

 

「がはっ。あ、あ、あ……。ぐっ、え、あ、は、は、は、ひぃ、へ、は、へ、は……」

 

 エムは口から血を吐きながら、言葉と言えない事を言っていた。

 

「え……? 俺、俺は、何をした?」

 

 今、自分がやったことをいまいち理解していなかった一夏は、目の前にいる血塗れのエムを見て驚愕した。自分の握っている剣がエムの腹を貫いている。

 

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 俺は一体なんて事を、なんて……事を……」

 

 エムに致命傷を与えた。これは自分が今まさにやっているような仕事だから褒められるような事だろう。だけど、そんな事関係なしに倫理的に考えたら最悪な事を自分はしてしまったのだと、一夏は今になって理解した。

 

「あ、あはは……。あれ、一夏だ……。あたし――」

 

 それが、エムの最後の言葉だった。

 何が起こっているのか全く理解できない一夏は、ただ絶叫するしかなかった。

 そう言った一夏の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


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