本来なら、楽しかったね、終わっちゃったね、などと笑顔で帰っていく場面なのだが、そのような明るさは一切無かった。
一応、この臨海学校研修に来ていた一年生の生徒全員に、葵春樹が行方不明になった事は伝わっている。だが、詳細な情報は生徒には与えていない。
ただ、行方不明になった、としか伝えていないのだ。真実を知っているのは、このIS学園の一部の教師と六名の生徒のみ。
織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒだけだ。
この六名には、葵春樹に関する情報は一切外に漏らしてはいけないと言われている。
そして現在、一夏たちは帰りのバスを待って、旅館で待機しているところだ。
そこに篠ノ之束が現れ、一夏と箒は人がいない場所へと移動する。
「いっくん、箒ちゃん。わたしの組織施設の場所のデータを送るよ。これは絶対に他人には見られてはいけないからね。流出させても駄目。これから夏休みに入るけど、そのときに」
束は決心を決めたように、一夏と箒の事を見つめて、そして、座標データを送信する。
一夏の
それを確認し、一夏は束にこう言った。
「束さん。春樹のことは……」
「大丈夫、きっと生きてるよ、春にゃんは。確証は無いけど、なんとなくそう思うんだ」
「俺は、裏の組織に手を出すことになるんですよね?」
「そうだよ」
「そうすれば、春樹にも会えるかもしれないんですよね?」
「そうかもしれない。何もかも仮定の話でしかないけど、生きている可能性はあるからね」
束の話を聞くと、春樹とレイブリックなる男が戦い、激しい光に視界が支配されたと思うと、気を失っていたそうだ。
そして、気がつけば、二人が戦っていた場所には誰もいなかった。そのときには逃げてきてから既に三時間ほど過ぎており、それから全身が痛むのを我慢して旅館へと歩いて帰ってきたという話だ。
春樹の姿もなく、レイブリックの姿も無く、そして自分が無事である。という事から、おそらく春樹が何かをしているかもしれないという仮説ができた。
「だから、きっと生きていると思うんだ」
ここにいる三人は、決意した。絶対に、春樹のことを見つけ出して、また一緒に過ごすことを。
「ごめんね、引き止めちゃって。じゃあ、わたしも帰るよ。ちーちゃんに送ってもらうから安心してね」
そう言って、束は千冬ともに何処かへと行ってしまった。
ここに残された一夏と箒はお互いに見つめあう。
そして、何かを思い出したかのように箒は、
「一夏……わたし……、言いたいことがあるって言ったろう。聞いてくれるか?」
「あ、俺も箒に用があったんだよ」
「え……?」
「どうする? 俺の話を先に聞くか? それともお前から話すか?」
「えっとだな……その……お、お前から話せ!」
「分かった」
一夏はそう言うと、かばんの中からプレゼント包装されたものを取出し、箒に手渡す。
「誕生日、おめでとう。こんなときに言うのもなんだがな、アハハ……」
箒はそのプレゼントを開けてもいいのか、と聞く。いいよ、と帰ってきたので、その包みを開けるとそこから出てきたのは赤いリボン。
「ほら、早速使ってみろよ。いつもみたいにポニーテールにしてさ……」
箒は黙りながら、長くストレートになっている髪を、赤いリボンでポニーテールにする。
「どう……だろうか……?」
「うん、似合ってるぞ、箒。やっぱ赤が似合うよな」
一夏は笑顔で返してあげる。いつまでも暗い雰囲気でいるわけにはいかない。まだこれからやらなくてはいけない事が沢山あるのだ。気持ちを入れ替えて次に進む。それが、この二人に課せられた責務だ。
「そうか、似合っているのか、ふふ……」
箒も嬉しそうな顔をする。つい笑い声も出てしまう。
「で、次は箒の番だな。話って……なんだ?」
「あ……それはだな……えっと、つまりその……あ……その…………お前の事が――」
「一夏! 箒! バスが来たわよ!!」
そのとき、鈴音が来てしまった。タイミングが非常に悪かった。彼女は箒の事を応援しているというのに、まさかの邪魔をしてしまったのだ。
「あ………………。ご、ごめんね箒ぃぃぃぃぃ!!」
そう言って、走ってその場を立ち去る。
「あはは……じゃあ、もう一回だ。箒、なんだって?」
「え、あ……いや、もういい……」
「なんでだよ?」
「もういいんだ、本当に」
恥かしさを振り絞って、勢いに任せて言おうとしたのだが、その勢いも無くなってしまった。もう、言える気がしなくなってしまったのだ。
だが、一夏は言う。
「嘘だ!! そっちが言わないなら、男らしく俺から言ってやる!!」
「え……?」
時間が止まったかのように感じる。一夏が言ったその言葉、それは、つまり……。
一夏は箒の肩を取り、真剣な眼差しで言った。
「箒……。俺は、福音と戦っていたとき、お前がいればと思っていたんだ。俺があんな失態を起こしてしまったというのに、図々しいやつだよな。でも、お前は俺たちの前に現れてくれた。本当に嬉しかったんだ。俺の願いが叶ったと思ったよ。そのとき、俺は思ったんだ……」
「え? えっと……へぇ!?」
箒が戸惑っている中、一夏は意を決して宣言した。
「俺は、お前の事が好きなんだ、って、そう思ったんだ。箒……俺はお前の事が好きだ」
一夏はついに箒に告白した。
さらっと言ったように見えるが、これでも一夏の心臓はバクバク高鳴り、恥かしさで目を背けたくなったのだが、それでも箒の目を見つめる。
「箒……お前はどうなんだ?」
「…………え!?」
突然の一夏からの告白で放心状態になっていた箒はその言葉で我に返る。
「わ、わ、わ、わ、私は……その……私も……す、す、好きだぞ。一夏の事が好きだ!」
お互いに気持ちを伝える。人を好きになる。それはとても素敵な事なのだ。
「そうか……よかったぁ……。なぁ、箒……」
他のみんなはロビーに集まっており、少し離れているここら周辺には人がいない。つまり、ここでやることは……。
一夏はゆっくりと箒に顔を近づける。キスをしようとしているのだ。
箒は焦っていてそのことに気付くまで少し時間をかけてしまったが、こうなればもう後には引けない。目を閉じて一夏の事を待つ。
段々と、二人の唇は近づき、やがて…………。
千冬と束は車に乗り、組織があるとある高層ビルへと向かっていた。ドライバーは千冬である。
そこで彼女らはこんな会話を交わしていた。
「束はいいのか、これで?」
「うん。こうなっちゃった以上仕方がないよ。いっくんと箒ちゃんには夏休み中にみっちり働いてもらつもりだから」
「そうか……」
千冬は束の精神状態に気づいていた。伊達に古くから友人をやっている彼女にはいまの束の状態が、その言葉の言い方一つで見極めていた。束は、感情を押し殺す際に言葉の調子が一定になる癖がある。それにしっかりと気づいた千冬はこう言ってあげた。
「無理してるんじゃあるまいな束? 春樹に、お前の気持ちを伝えれていないんだろ?」
そこでハッと気が付く束。やはり、千冬には嘘をつくことは無理らしい。感情的な部分はどうしてもボロを出してしまう。
「ハハハ……。やっぱり、ちーちゃんはなんでもお見通しだよね……」
そして、彼女は涙を流しながら言う。
「ちーちゃん。わたしね、春樹の事が好きなんだ……、あのドイツ軍基地が襲撃された時から、ずっと。でもね、初めての事だからやっぱり上手く伝えられないんだ。この気持ちを、二年もの間、伝える勇気が持てなかった……。でもね、自分が極限的に追い詰められて、自然と春樹に伝えようとすることができたんだ。でもこれはわたしの勇気でもなんでもなかった。ただ追い詰められたから、死ぬかもしれないって思ったから、自然に言葉が出てきてくれたんだと思う。だけど、現実はそれですらわたしの気持ちはちゃんと伝えることが出来なかった……」
しばし間をあけてから、束は言葉を続けた。
「旅館でね、春樹とこんな話をしたんだ。こんなことになるなら、ISなんてものを生み出さなければよかったのに、って……。でも、ISがあったからわたしは春樹のことを好きになったんだよね……。ねぇ、ちーちゃん。わたしはどんな気持ちでいればいいのかな?」
千冬は束の話をしっかりと聞いてあげていた。彼女から初めて聞く恋愛のお話。ここまで人に恋したことがあっただろうか、いや無かった。彼女は勉強ばっかりしていて、まともに友達と遊んだことが無かった。彼女は高い目標を持っていたからだ。大好きな家族の役に立ちたい。篠ノ之家の長女として、自慢の娘になろう。そう思っていたからこそ、彼女は化学、物理学、生物学等々、理数の部門に莫大な時間をかけて知識を付け、優秀な成績を修めた。
大学生になった彼女が行った大きな研究。それが、千冬も参加した莫大な資金をかけて行ったプロジェクトである『インフィニット・ストラトス』の開発である。
その資金はとある日本の有名企業との契約の下、資金を出してくれた。それは束が超有名天才少女であると同時に、その企業の社長さんと仲が良かった、つまりコネというものを使ったからこそ、手に入れることが出来た資金である。だから失敗は許されない。だが、その時点で理論上では既に完成していたそうだ。あとは実際に制作して、しっかりと動作するか試し、駄目ならまたどこが悪いか考え練り直すだけだったそうだ。
『インフィニット・ストラトス』とは宇宙開発を目的として、多種多様な機能を持った
その結果は大成功で、かの有名は宇宙開発機関から正式に宇宙開発のため、この強化服を採用するという話が出た。しかし、この結果が彼女の運命が大きく変わってしまったのだった……。
「まず、その気持ちは今もしっかりとあるんだろう? 春樹に対してな……」
「うん……」
「じゃあ、春樹の事が好きでも何でもない自分を想像できるか?」
「…………できないよ。だって、春樹はわたしの初恋の人だもの……! それが偶然で育まれた気持ちであっても、私は春樹の事を今も愛しているの!!」
若干興奮気味に叫ぶ束。そんな彼女を千冬は横目で見ながら言う。
「それでいいんだ。いまその気持ちが重要なんだ。“もし”なんて話はするもんじゃない。いいか、
束はしばし考え、そして答える。
「うん、そっか。ごめんね。私、情けなくて。でももう大丈夫だよ。覚悟は決めたから」
「そうか……」
千冬は何か吹っ切れて、清々しい表情になった束の顔を見て思わず微笑んでしまった。
これから何が起きるかはわからない。だが、
その瞬間、束はあるものを発見した。純白の翼が生えた鳥……いや人間が猛スピードで空を飛ぶところを。顔までは確認できない。しっかりと確認する前にその純白の翼が生えた人間は視界から消えた。
(今のは……!?)
束は思わず窓を開けて空を見た。だが、翼のシルエットですら見えなくなっていた。
千冬は、束が更に可愛いらしい笑顔になる様を見た。
何か、新たなる希望を掴んだ様な顔であった。
今は帰りのバスの中だ。
一夏と箒は隣り合って座っている。
箒の髪には、赤いリボンがあり、それが目立っていた。
箒はぐっすりと寝てしまっているが、一夏はただ外を見ていた。
(春樹……お前は、何処に行っちまったんだよ……)
そのとき、空に何かが物凄いスピードで飛んでいた。白い翼が一瞬見えたが、すぐに見えなくなってしまった。
(いまのは!?)
一夏はすぐに窓を開けて、外を確かめる。だが、やはりその白い翼は見えなくなっており、確認する事はできなかった。
(いまのが、春樹だとしたら……)
春樹が生きている。だから、いつか会えるかもしれない。
希望を持った一夏は次のステージへと進んでいく。次のステージのために、強くなるのだと、誓って……。
一夏の物語は、まだ始まったばかりなのだから。
『第一部 完』
これにて、Episode4は終わりです。そして、第一部も終了になります。
次はEpisode4の後日談と第二部のプロローグを投稿しまして、第二部、Episode5のスタートになります。
今回のEpisode4のテーマは『ダブル主人公』『恋愛』『入り口』です。
『ダブル主人公』は言葉の通り、一夏と春樹の二人の視点を描いたものだという事です。
今までは春樹がメインだった物語も、この時を境目に一夏にスポットライトが当たるようになってきます。
そして、第二部では完全なる主人公となる一夏ですが、いままで春樹の独壇場にしたのは、一夏が本当の意味での主人公になるために必要な事でした。彼に強い憧れを持たせる事が重要だったのです。
次に『恋愛』ですが、これは言わずもがな色恋沙汰を今までからしたらあり得ないほどに全面に出しました。
とは言っても、ラブコメチックなノリの良いものではなく、ちょっとドロドロしたすれ違いのドラマを描いたつもりです。
最終的に一夏と箒は見事にくっつきましたが、春樹と束は残念な結果に。
だけども、そのような結果になったからこそ、これからの束たちは動き出します。春樹の為に。
最後に『入り口』ですが、このEpisode4が出口ではないのです。
どういう事かと言いますと、今回、物語がさらに一転する出来事が起こりました。
春樹の失踪です。
ちょっとネタばれかもしれませんが、春樹自身の物語の入り口に立ち、一夏も、一夏自身の物語の入り口に立ったという事です。
【キーワード】
『因子の力』
ISアリウスにおけるブースト要因です。ただ、とんでもなく強くなるわけでもなく、その真髄はコアとの対話にあります。
『篠ノ之箒の夢』
彼女の過去が夢の形で明らかになりました。
ISは篠ノ之束が意図しなかった強力な力があったという点。
夢には葵春樹の姿がなかった点。
この二点が気にかかったと思います。
これにつきましては、今後の展開にご期待くださいとしか言えませんね。
『レイブリック・アキュラ』
第三の男性パイロット。
彼の狙いは篠ノ之束の殺害。
今分かっているのはその一点のみの謎の男。
これから第二部になりますが、今度は一夏が主人公のストーリーになります。
第二部は各ヒロインの物語になります。
Episode5はシャルロット・デュノアの話。
Episode6はセシリア・オルコットの話。
Episode7は鳳鈴音の話。
Episode8はラウラ・ボーデヴィッヒの話。
Episode9は???の話。
Episode10でラストとなります。
現在はEpisode5まで完成済みなので、Episode6以降は少々、いや、長い時間を頂く事になりますが、どうかお許しください。
この辺で終わらせて頂きます。
では。