ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第四章『守るものと護られる者 -United-』《いなくなっちゃった》

  5

 

 葵春樹はレイブリックと対峙している。

 レイブリックはビームの剣であるビームブレードを使い、春樹は実体剣と銃が一緒になっているブレイドガンを使い、戦っている。

 お互いに一歩も譲らない戦いを繰り広げており、どちらが勝つのかも予測不可能な状態。

 春樹は車で待機させている束のことも気にして戦わなくてはいけないので、春樹の方が不利なのだが、それでも互角の戦いが出来るというのは春樹の信念があるからだろう。束をなんとしてでも助けたい、という信念が。

 それでも正面対決を避けられないのは春樹の使命なのだろうか。

 

「いい加減諦めろ、葵春樹。束をこっちに渡せば俺は引く」

「ふざけるなよ。それをやるってことは、今までの俺を否定する事になる」

「そうかい、それじゃ――こういうのはどうかな?」

 

 レイブリックはビームブレードを持っている手とは逆の手。つまり、左手に新たな武器を展開させる。筒のようなものからロケット弾が発射され、それが束の乗っている車へと向かっていく。

 

「なっ!?」

 

 春樹は焦りながらもロケット弾だけを正確に狙い、撃ち落とす。それは爆発し、爆風が束の乗っている車を襲うが、車はこういうときの為に特殊な素材で出来ている為、爆風程度ではびくともしなかった。

 

「てめぇ、本当に束さんを殺す気でいるみたいだな」

「だから言っただろ、俺たちは篠ノ之束を殺す事が任務だからな」

「そうだな。じゃあ、俺は束さんを守ることが任務。どちらかが倒れるまで続けるしかないみたいだな」

「その通り。俺たちは戦い続ける……どっちかが消し飛ぶまでな!!」

 

 レイブリックは春樹に接近し、ビームブレードを振るう。

 春樹も負けじと日本刀を模しているシャープネス・ブレードで立ち向かう。

 お互いに一歩も譲らない戦いが繰り広げられており、お互いに、その刃が身体まで届くのを許さなかった。

 お互いの剣が交差し合い、激しく火花を散らす。オレンジ色の細かい閃光が無数に飛び散り、お互いに刃を放すとその閃光は残像となって残る。

 春樹は右手にシャープネス・ブレードを、左手にブレイドガンを持ち、中距離から遠距離まで一度に対応しようとする。

 レイブリックはビームブレードと、サブマシンガンを持ち、お互いに牽制をしながらその戦いは続いていく。

 春樹はサブマシンガンの無数の弾をかわし、ビームブレードの斬撃を避け、攻撃をやり返す。ブレイドガンで射撃をしながら接近し、そして二本の刃でレイブリックを攻撃する。

 それを、レイブリックはビームブレードで受け止め、そして一旦距離をおいた。

 二人は動きを止めて見つめ合う。お互いの動きをよく見て、先読みし、反撃するために。

 

「どうやら……決断のときが来たようだ……」

 

 レイブリックは呟く。

 春樹はどういうことなのか少し戸惑ったが、その答えはすぐに分かった。

 そう、一夏たちが撃墜する対象だった銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がこちらに近づいてきている。だが、目的は束などではなかった。正確に言えば、それが近づいているルートから見て、ターゲットは旅館。

 

「おい、どういうことだ?」

「どうもこうも、旅館の生徒たちを死なせたくなかったら、束をこちらに渡してくれないか?」

「なるほど、人質ってわけかい」

「そうだ。人ひとりで何十人という人間が生きる事ができるんだ。どうだい、良い取引じゃないかな?」

「良い取引って、本気で言ってんのか?」

「何?」

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は俺の仲間達が止めるよ、何があってもな」

 

 今回、春樹は勝つためにチームを作った。元々は関係ない人まで巻き込んで、それで勝てない作戦のなら、まず出撃はさせない。春樹は何処かしらの勝算があって、この指示を出した。決して無理な事ではない。

 

(箒さえ、覚醒してくれれば、この戦いは決着するんだ。箒……一夏と一緒にがんばれよ)

 

 箒が目を覚まして、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の撃墜作戦に向かった情報は山田先生が連絡をくれたため、既に春樹の耳に入っている。

 その連絡を聞いたときには、もう、この銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)撃墜作戦は成功に終わると確信していた。

 その理由とは――?

 急に物静かになったかと思うと、レイブリックは春樹に問う。

 

「ほう。それじゃあ、この取引は受けないと……?」

「ああ、当たり前だ」

 

 すると、レイブリックは感情も何も感じない冷たい言葉でこう言った。

 

 

「なら、ここで死ね」

 

 

 そう言った瞬間、春樹に向かってきたかと思うと、気がつけば目の前にいた。

 その動きはまるで見えなかった。

 『因子の力』を行使している春樹でさえ、この動きは見えなかった。気がつけば目の前に居たのだ。動く素振りも見せなければ、移動した形跡も無い。まるでテレポートしたかのように、いきなり春樹の目の前に現れたのだ。

 

「え――?」

 

 春樹は呟くしかなかった。

 

(アイツ……いま、何をした!?)

 

 目の前のこの現状を把握し、動きに移ろうとしたときにはもう遅かった。容赦なく振りかざされるビームブレードは春樹に直撃。普通ではありえない衝撃が春樹を襲う。

 熾天使(セラフィム)は砕け散り、動く事さえ困難な状態まで追い込まれた。装甲が薄い春樹のISのシールドエネルギーは勿論ゼロを示している。

 これが普通の競技の試合ならこれで終わりだ。これ以上の攻撃は、操縦者に命を危険に晒すようなダメージを受ける事になる。

 だが、これは公正なルールの下の試合ではない。命を懸けた戦いだ。つまり、負けは、イコール、死、なのだ。

 このままでは死んでしまう。人間の生存本能が春樹を駆り立てた。シールドエネルギーがゼロであっても関係ない。生きている限り、篠ノ之束を守るのだと、自分で決めた目的がある。

 だから、春樹は立ち上がる。束を守る為に。

 

「こんちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 春樹はレイブリックへと突っ込む。

 強い光に視界を奪われた。周りは何も見えなくなる。

 そして――。

 

 

  6

 

 

 一夏と箒は必死に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追いかける。

 後ろから他のみんなが追いかけてくるが、この三機のISのスピードには流石に追いつけなかった。新しいスラスター装備を手に入れたセシリアのブルー・ティアーズでさえもだ。

 後ろのみんなとの距離はどんどん開き、やがては見えなくなっていく。

 それとは逆に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との距離はどんどん縮まっていき、二人の視界にはそいつがだんだん大きく映っていく。

 だが、旅館にだいぶ近づいてきている。いますぐにでも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦闘を再開して、その動きを止めなくてはならないというのに、二人は限界ギリギリの速度で飛行している。

 ISの計算によると、最大加速で得たこのスピードを維持したとして、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との予想接触時間は三分代後半、旅館に辿り着く予想時間は四分後。接触後の戦闘空域から考えて、そこから旅館までの距離は三キロメートルもない。

 これはあくまで予想なので、下手をすれば旅館を目の前にして戦わなくてはならないかもしれないし、追いつく前に旅館を攻撃されてしまうかもしれない。

 だが、二人は諦めない。いや、後ろのみんなも諦めたりなんかはしない。僅かでも希望があれば、その僅かな希望を信じてやれる事をやるだけだ。

 徐々に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)にとの距離が縮む。それと同時に旅館との距離も縮んでいく。

 二人は黙り込む。この状況で話している余裕は無かった。それがどんだけ真剣な内容だとしても、会話なんてものしたら緊張の糸が切れてしまいそうで怖いのだ。

 それほど二人は追い込まれている。なぜなら、そこには何十人というIS学園の一年生の命がかかっているのだから。

 しかし、この二人には会話などしなくても、以心伝心とでも言うべきか、目を合わせただけで何が言いたいのかが分かる。分かってくる。その目に偽りなんてものは無く、気持ちは一つだ。

 みんなを助ける。

 お互いそれだけを考えている。

 旅館まで残り四キロメートル。

 目の前には二〇〇メートル先に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)にがいる。

 二人は限界ギリギリのスピードで飛行し続ける。最高速度では二人の機体の方が僅かに速いため、じりじりとその差を詰めていく。

 福音まで残り一〇〇メートル少し、旅館まで残り三キロメートルと五〇〇メートル。

 予測通り、旅館までの距離は三キロメートル時点程度で接触するはずだ。

 二人はそのまま飛行する。

 だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はいきなり進行経路を変更。急に左へと曲がりだす。

 

『!?』

 

 二人は予測していなかった動きに対応しきれなかった。まさか旅館まで残り三キロメートル少しで進路を変更するとは……。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は左へ曲がるが、一夏と箒の二人はそのまま直進してしまう。二人は慌てて左へ旋回するが、大回りになってしまった為、福音との距離は再び開いてしまった。

 二人の額には汗が流れる。これは焦りの汗だ。

 一夏と箒は再び最高速度まで加速する。

 

(ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……ヤバイ……)

 

 一夏は心臓が嫌になるほどバクバクしており、額には汗が流れる。それは、箒も一夏と同じ状況であり、絶望で気持ちを支配される。

 

(このままじゃ…………みんなが死ぬ…………)

 

 一夏はそう思ったとき、ある事を考えついた。

 

「白式……行けるか? 行けるよなぁ!?」

 

 一夏は急にそんなことを言い出した。

 箒は急に何かを言い出した彼を見る。そこには不気味な笑みがあり、なにか良からぬ事をしでかすような顔をしていた。

 

「一夏……なに……を?」

 

 箒がそう呟いたときには既に一夏は目の前から居なくなっていた。一夏が更なる加速をしたからだ。

 しかし、この加速は既に限界を超えたものだ。機体がどうなるかも分からないぐらいの加速をしている。

 

(いけるよな? 大丈夫だよな白式!! お前も、みんなを守りたいだろ!?)

 

 一夏は白式と会話をする。ISには意識と似たようなものがあるらしいが、人間と会話できるようなものなのか、それは未だ不明だ。

 因子の力を行使したときに、一夏と白式のシンクロ率は95%を超えている。それによりISとの会話が可能になっているのか。それはこの現象を身を持って体験している一夏にしか分からないが、彼は確かに白式と会話しているようだった。

 一夏は加速し続ける。機体が軋み、嫌な音が白式から聞こえてくる。だが、それでも加速をやめない。物凄い勢いで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追いかける。

 

(もう少し……もう少しだ……!!)

 

 一夏は雪片弐型を握り締め、剣を構える。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は目と鼻の先。

 

「止まれよォォォおおおおおおおおお!!」

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に対し、剣が振られた。それはクリーンヒットではなかったものの、動きを止めるには十分なものだった。

 旅館はここから見てかすかに見える程度なのだが、それでも物凄く近いことには変わりない。ここがとても危険な場所だという事は明らかな事だった。

 動きが止まった。この隙を利用して一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の前に立ちはだかる。

 

「おい、お前の狙いが旅館のみんななら、ここでお前を止めなくちゃな……。さぁ、もう一度だ、福音。旅館のみんなを攻撃したいならこの俺を倒してから行け!!」

 

 一夏は瞬間的に最高速度に達する事ができる瞬間加速(イグニッション・ブースト)銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の目の前に立ち、雪片弐型を振る。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は動く事を許されなかった。攻撃の隙を与えないように、雪片弐型と左腕に付けられたビームガンで動きを制限して戦う。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が射撃のモーションに入った瞬間に瞬間加速(イグニッション・ブースト)で接近して斬り、射撃を中止して避けざるを得ない状態まで持っていく。

 出来るだけ一夏は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)から離れようとはしない。そいつは射撃に特化された機体なのだから、遠距離戦となれば、こちらが不利だ。しかし、接近戦において一対一のドッグファイトとなれば銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の装備はその全性能を引き出せなくなる。

 確かに、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)第二形態移行(セカンド・シフト)により、より強大な力を手に入れたが、このような戦況においては全力を出し切れないのが正直なところである。

 こんなにも接近されては、自慢の射撃武器も、そのほとんどが使い物にならなくなってしまう。かろうじて、接近されたときの為に装備されている刀身が短いビームブレードがある程度の銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、接近戦特化型である一夏の白式とは相性が悪いと言えるだろう。

 これは箒の紅椿も言えることで、若干接近戦型寄りにしているものの、全距離を対応させた第四世代ISは戦闘距離という課題は全て帳消しになったと言えよう。

 

「どうした、福音? お前の力はこれだけなのか? これほどまでに俺たちを苦しめたお前は、この程度なのかよ!?」

 

 一夏は『因子の力』を使用し、身体能力、判断能力、視力、聴力、そして、ISの性能自体も格段にアップしていた。

 この力の正体は一夏自身も分からない。だが、ISとの繋がりが深くなっているのは強く感じている。ISからの言葉も聞こえてくる。何かが通じ合うのだ。

 

――織斑一夏……私は、ここにいるよ。だから、一緒に……。

 

「そうだ、一緒にみんなを救うんだ!!」

 

 一夏は白式からの言葉を受けて言葉を発した。

 そして、もう一人。

 

「わたしも忘れてくれるなよ、一夏」

 

 篠ノ之箒もそこにいた。一夏に追いついたのだ。

 これで、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)に勝てる“鍵”が揃った。織斑一夏の白式と篠ノ之箒の紅椿、この二機が揃ったとき……、何かが起こるはずなのだ。

 春樹は事前に箒には話しておいていた。箒の下に紅椿が届いて、その最初の訓練の時だ。

 

――箒、お前の紅椿はな、一夏の白式と揃った時に、はじめてその全能力が発揮されるんだ。だけど、それはまだやらせないけどな。

 

 そんなことを言っていたのだ。やらせない、とは言っていたが、それはきっとやりたくてもやれない状態にしてあったのだろう。いや、やりたくてもまだできなかった可能性もある。

 仮にできたのなら、最初に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦うことになった時に、それについて話が無いのはおかしいのだ。

 ということから、後者の予測の方が正しい可能性がある。もちろん、それが正しいと断言するわけではない。あくまでその可能性があるだけだ。

 

「箒……お前は紅椿の声は聞こえるか?」

「なに?」

「聞こえないのなら聞いてやれよ、紅椿の声を……。さあ、箒!!」

 

 一夏が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と交戦しながら箒に対して叫ぶ。これは、白式と心が通っている彼からの心からの叫びだ。

 白式の言葉を聞いた一夏は、その白式の心も理解することができた。だから、一刻も早く箒にも紅椿の心を理解して欲しかった。

 箒は一夏の言葉を受け止めて、紅椿の声を聞こうとする。一体どうすればいいのかはわからない。だが、必ず紅椿の声を聞ける自信は何故かあったのだ。

 箒は目を閉じる。

 だが、何にも感じられない。何かを感じようとするが、それでも駄目なのだ。

 

「駄目だ、一夏! 何も……感じられない……!!」

 

 一夏は福音に反撃のチャンスを作らせないように奮闘しているが、それももうそろそろ限界に近かった。たった一人の力では、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を撃墜するに至らない。

 

「箒!! お前は何の為に戦う? その力は何の為にある? その紅椿は箒にとって何なんだ!?」

 

 限界に近い一夏が振り絞った言葉は、箒に紅椿とは何なのか、という事を再確認させる問い。一夏が白式と心を通わせる事ができるようになったのも、白式が自分にとってどんな存在なのか、ということを理解したのがキッカケだった。

 ISは決して道具ではない。ただの兵器ではない。ISのコアは感情を持った生命体なのだと、一夏は理解したのだ。

 そう、となりに白式がいてくれる。それだけで――。

 

(私の紅椿は……)

 

 箒は自分にとって紅椿とは何なのか、改めて考え直していた。

 最初にこの紅椿と出会ったのは、ラウラとの問題があったときだ。

 力とはどうあるべきなのか、自分なりの考えをぶつける為に、箒は紅椿を受け取って、そして、一生懸命に練習して強くなった。この紅椿と共に。

 その後、数日間この紅椿と共に訓練を続けた。更に強くなる為に。

 そして、今日だ。

 今度はみんなを守る為にこの紅椿を身に着けている。

 では、このことから、紅椿とは何なのか……。

 

(紅椿……お前は、私の、大切で、最高の(ベスト)パートナーだ……!!)

 

 その瞬間、箒は紅椿のことを感じた。

 

――たとえどんな事があっても、絶対に、諦めたりしないから。君を守り続けるよ……篠ノ之箒。

 

 紅椿の声が聞こえてくる。心が通い合ったのだ。

 箒の視界は明瞭になり、頭の中はクリアになっていく。身体がものすごく軽く感じ、どんな動きでも出来そうな気がしてくる。

 

「紅椿……そうか、君なのか……。では、いくぞ、紅椿!!」

 

 箒と紅椿は共に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと接近する。

 一夏と箒がついに本当の意味で揃ったのだ。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)では今の二人を止められないだろう。因子の力を行使し、覚醒状態に至った二人は強大な力となる。

 一夏の白式と箒の紅椿は元々、二機揃ったときに、その全性能を開放させる仕様となっていた。

 これは、箒が事前に春樹から聞いていたことである。だが、具体的にどのような状態になるのだろうか。それは……。

 

「これは……!?」

 

 箒は網膜投影されたモニタを見て驚愕した。

 ワンオフアビリティが発動可能となっていたのだ。

 その名も、絢爛舞踏(けんらんぶとう)

 その能力の詳細は今の状態では分からない。だが、悪いことは絶対に起きないはずだ。なぜなら、自分を守ってくれると言った紅椿が示す能力なのだから。

 

「いくぞ、一夏。ワンオフ・アビリティを使う!!」

「ああ。やれ、箒!!」

絢爛舞踏(けんらんぶとう)、発動!!」

 

 その瞬間、箒の紅椿は装甲が展開して謎の粒子が発生した。

 それに伴い、白式と紅椿のコアの運転が一気に臨界点を突破し、ISの何もかもを覆すほどの力を手に入れたのだ。スピードは通常時の白式の最高速度と加速力を遥かに凌駕し、パワーも今まで得た事も無いような領域にまで達している。

 

「なんなんだ……これは……」

 

 この絢爛舞踏(けんらんぶとう)を発動した本人でさえ、これほどまでの力は予想できなかった。

 

「紅椿……お前はいったい? とりあえず、これを利用してアイツをブッ倒すぞ!!」

 

 一夏もこの異常な力に戸惑いながらも、目の前の問題を忘れる事は無かった。この力を利用して、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を倒す。今こそがチャンスなのだ。

 一夏と箒は絶妙なコンビネーションで銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を追い込んでいく。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)も反応しきれない程のスピードで翻弄し、一定のリズムを作ることなく攻撃を繰り返す。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は何とかバランスを保とうと必死だった。それしかできないでいた。攻撃とか、回避とか、戦線離脱だとかをする余裕すら生まれない。

 

「もう少しだ、このままいくぞ箒!!」

「ああ!!」

 

 二人は意気投合して、四方八方から斬撃やら砲撃やらを飛ばしている。

 紅椿の雨月は打突に合わせてエネルギー刃を、空裂は斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーを放つ。そして、その二本の剣の斬撃は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のバランスを大きく崩す。

 そして、白式の雪片弐型による強烈な斬撃は何よりも銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のバランスを崩していた。

 

「これでぇッ!!」

 

 箒は全ての力を振り絞って、二本の剣で全力の斬撃を加えた。その瞬間、これ以上は無いほどに、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はバランスを崩した。

 

「いけえええええええええええええええ、一夏ァァァあああああああああああああ!!」

 

 一夏は零落白夜を最高出力で発動させて、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと一直線に突っ込んでいく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 攻撃が後少しで届く瞬間、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は間一髪で雪片弐型を白刃取りをした。

 だが、一夏の勢いは止まらない。力ずくで刃を押し込み、この戦いを終わらせようとする。

 ついには海岸まで押し込み、福音を砂地へと押し倒した。

 刃はジリジリと銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと近づいていく。

 

「届け!! 届けよォォォ!! うわああああああああああああ!!」

 

 白式だけでなく、一夏の筋肉まで軋む。一夏の身体は乳酸に蝕まれ、急速に限界が近づいており、白式の稼動エネルギーもそれにシンクロするかのように限界が近づいていた。

 稼動エネルギー切れの警告が発されるが、そんなものは無視した。確かな勝利が目の前にある。それに向かって、自分の限界を超えようとも立ち向かわなくては行けなかった。

 

「白式ィィィ!! もっとだ、もっと!! もう少しなんだよォォォ!!」

 

 稼動エネルギーはもう少しでその容量がゼロになろうとしている。一夏の筋肉も限界だ。

 だが、ここで力尽きるわけにはいかない。

 

「一夏!!」

 

 ここで箒が助けに入った。

 箒は雪片弐型を手に取り、一夏と共に銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと押し込んでいく。

 

「「行けええええええええええええええええええ!!」」

 

 二人はありったけの声で叫ぶ。体中からアドレナリンが分泌され、これでもか、という程に力を込める。

 だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)もここでやられるわけにはいかないと、最後の力を振り絞って抵抗するが、刃は着実に、そのボディに近づいていた。

 

「「これで、最後だァァァああああああああああああああああ!!」」

 

 二人がそう叫んだ瞬間。

 ついに、刃が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)へと届いた。

 最高出力の零落白夜がシールドエネルギーを貫き、本体に直接大きなダメージを与えた為に、ISの絶対防御という機能が発動。全シールドエネルギーを使い、パイロットの生命を守る。

 それに伴い、全シールドエネルギーを失った銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はその活動を停止させた。

 白式の稼動エネルギーも底をついており、これ以上動かす事は不可能だった為、一夏は白式を解除して生身の状態へと戻った。

 そして、最後の任務へと移る。

 この銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のパイロットである。ナスターシャ・ファイルスの保護である。

 一夏は動きを停止させた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の緊急解除ボタンを押すと、そこからは金髪の美しい女性が現れた。

 しかし、その女性は意識を失っており、旅館までは背負っていくしかなかった。

 ナスターシャを背負おうとしたそのとき、他の仲間が現れたのだ。

 セシリア・オルコットに、凰鈴音。シャルル・デュノアに、ラウラ・ボーデヴィッヒ。そして、織斑千冬が。

 

「一夏、全て、終わったようだな」

「ああ、千冬姉。終わったよ、何もかもな……」

 

 すると、他のみんなが一夏と箒の事を見てくる。そして……四人は一斉にこう言った。

 

――おかえりなさい。

 

 その言葉は、旅館で待つことしかできなかった四人が、一夏と箒に言おうとしていた言葉。無事に帰ってくることを願って、帰ってきたら言おうとしていた言葉だ。

 そんなみんなに対して、一夏と箒も言葉を返した。

 

――ただいま。ありがとう、みんな!

 

 そして、千冬がナスターシャを抱え、静かに旅館へとこの七名は帰っていった。待機中のみんなに、安全な事を知らせる為に。

 

 

  7

 

 

 作戦に出た七名の操縦者はブリーフィングを行った部屋へと戻って、現在はみんな休養を取っている。

 ナスターシャ・ファイルスは、布団に寝かせており、一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルル、ラウラ、千冬の七人は疲れきっている為か、全員が横になっている。

 特に、一夏と箒は異常なまでの疲労で、恐らくあの粒子による急激な力の上昇も関係しているのだろう。ISだけでなく、その操縦者もボロボロであった。

 

「みなさん、お疲れ様です。後の事はこちらに任せて、ゆっくり休んでください」

 

 山田先生は、疲れも吹く飛ぶような笑顔で言ってくる。それが、なによりの癒しだった。

 

「織斑先生もお疲れ様です」

「ああ、山田先生。無事に、みんなをここに帰らせたぞ」

「はい。本当にお疲れ様でした。後は――」

「ああ、春樹から連絡が来るのを待つだけだな……」

 

 春樹は未だ逃走中なのだろうか。しかし、あれから随分な時間が経過している。束の組織の施設へと逃げるだけなら十分な時間だ。

 しかし、一向に連絡が来る様子が無い。と、いうことは……。

 

「織斑先生。考えたくないと思いますが……」

「ああ、おそらく例の謎の男と接触してしまったんだろう」

 

 それを聞いた一夏は、身体を勢い良く起こして千冬と向かい合った。

 

「ちふ……織斑先生。春樹は……そいつと戦って、勝てると思いますか?」

「わからん。だが、嫌な予感がしているのは、私だけじゃあるまい?」

 

 そう、嫌な予感がするのは千冬だけじゃなかった。ここにいる全員が嫌な予感がしていた。それを言葉にしなかった。いや、気のせいなのだと思っていたのだが、それは千冬の言葉で認めざるを得なくなってしまった。

 

「大丈夫だ。大丈夫だよ。春樹は……俺なんかよりもずっと強いんだから……。な、そうだろ、箒……?」

 

 しかし、箒はその問いに答えようとしない。大丈夫だと、そう答えたいのだが、その言葉が口から出てくれない。見えない何かが邪魔をしているようだった。

 

「…………そうだよな。連絡が一切無いってのは……つまりそういうことだよな。俺たちが福音を倒しに行った時からもう三時間以上が経過してる……」

 

 つまり、これだけ時間があって連絡がないと言うことは……春樹と束の身に何かがあったということだ。

 すると、セシリアもこの会話の中に参加してくる。

 

「春樹さんが……春樹さんが死ぬなんてこと、ありませんわ。そうでしょう、一夏さん?」

「…………そうだな。今は、春樹なら大丈夫だ。アイツのことを信じて連絡を待つしかない」

 

 その言葉ですら、上辺だけの言葉だ。本当は、春樹と束は死んだかもしれない、と思ってしまっているのだが、それを見ようとしない。

 

「セシリア、一夏、いい加減にしろッ!!」

 

 と、一喝を入れたのはラウラであった。

 

「現実から目を背けるな。春樹なら大丈夫だと? そう信じたいのはわかる。だが。だが、私たちにできることは何だ? 私たちができる最良の事はなんだ!?」

 

 現在、一夏のISは完全に動かす事ができない状態だ。だが、そのほかのISは動かす事ができるし、一夏も量産型のIS位は乗れるはずだ。

 

「連絡が来るのを待つだけだと? 私たちはまだ動ける。そうだろ!?」

 

 シャルルがいまにも飛びかかろうとするラウラを必死に止める。

 すると、一夏が目の色を変えて、

 

「現実から目を背けてるのはお前の方だぞ、ラウラ。私たちはまだ動ける? ふざけんな!! 俺たちは春樹たちがどこへ向かったのかも分からないんだぞ。しかも、俺たちの身体はボロボロだ。そんな状況で春樹の捜索に出てみろ、束さんを狙っているヤツに出くわして、無事でいられると思ってんのか? 春樹が、何で一人で束さんを送ったのか、分かってんのかよ!?」

「いい加減にしろ貴様ら!!」

 

 ここでようやく、千冬の怒号が飛んだ。

 

「そんな大声で議論するなら表へ出ろ。ここにはナスターシャだって寝ているんだ。お前らも疲れ切っているんだから静かに寝ていろ、この馬鹿どもが」

 

 そう言った千冬こそ、いまにでも外に飛び出して春樹を探しに行きたかったのだ。春樹は血は違えど、小さい頃から一緒に過ごしてきた大切な弟であり、家族だ。それが危険な状態かもしれないと分かって、何もできないのが悔しいのだ。

 

「ねえ、一夏」

 

 そう話しかけてきたのはシャルロットだ。

 

「春樹と束さんについては、もういいよ。僕たちにできることはないんだ。今は一夏の身体の方が心配だよ、僕は」

 

 すると、鈴音も箒に向かって、

 

「そうよ。箒だってあの状態でまた福音と戦ったんだから、安静にしてなさいよね。まったく」

 

 そう言われてしまった箒は、

 

「そうだな。一夏、私たちも少し寝ようじゃないか」

「あ、ああ、そうだな。それと、ありがとうシャルル。心配してくれて……」

 

 と、急に感謝されてしまったシャルルは、少し恥かしがりながら、

 

「う、うん……。一夏には、元気でいて欲しいから……ハハハ……」

 

 最後に少し笑って照れを隠していたが、照れているのがバレバレだった。そのごまかしは少々無理があったと言えよう。

 

「じゃあ、俺たちは休んでくるよ」

 

 一夏がそう言って、別の部屋へと移動しようと思ったそのときだった。この部屋の出入り口となる襖が開かれたのだ。

 そこに立っていたのは、篠ノ之束。

 彼女の服は少々ボロボロで、顔等にはちょっとした傷もあり、出血している箇所もあった。

 

「みんな……みんな……」

 

 束はとても苦しそうな顔で何かを言おうとしたときに、バランスを崩して倒れそうになったところを、箒が支える。

 

「姉さん……いったい、どうしたのですか?」

 

 束はかすんだ声でこう言った。

 

「春樹が……いなくなっちゃった……」


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