ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの装備『チャージド・パーティクル・キャンセラー(オリジナル)』はセシリアのレーザー攻撃を無効化できるのと噛み合わなくなってしまうので、エネルギー系の攻撃を無効化する『ダイレクティド・エナジー・キャンセラー(オリジナル)』に変更。
1
七月七日、臨海学校研修二日目。本日からISについて真面目に触れられる。
専用機を持たない一般の生徒は量産機で操縦の練習を行い、そして専用機を持っている生徒はその専用機の企業や団体からのバージョンアップパーツが送られてきたり、実際に現地に来て専用機をチューンしていったりする。そのパーツのテストを行ったり、チューンしたISの起動実験をするのが今日の目的である。
専用機持ちのメンバーは一般の生徒とは少し離れた場所で集まっているが、四組の四人の専用機持ちの生徒はここに居合わせていない。いや、元々この臨海学校研修には参加していない。ここで行われるバージョンアップパーツのテストは彼女達の本国で行われるらしいからだ。だから、四組の専用機持ち全員は現在本国へと帰国している。
ここにいるのは、織斑一夏、葵春樹、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、
そしてこの場の責任者として、教師である織斑千冬がこの七人の目の前に立っている。
その他には一夏の
「それでは、専用機を所持している諸君は、各自バージョンアップパーツのインストール等を開始し、テストをしろ」
織斑千冬がそう言うと、そこにいた七人の生徒と、一人のメカニックが一斉に動き出した。
セシリアは高機動用のブースターパーツで鈴音は龍砲の強化パーツ。シャルルはシールドの強化パーツ。そしてラウラは新たなるレールガン、パンツァー・カノニーアである。
彼女達はそれぞれ自分のISに新しいパーツをインストールする中、一夏、春樹、箒の三人は篠ノ之束の前に立ち、ISの本体のみを出現させた。
今回、どういったチューンを行うのかと言うと、白式には射撃武器を追加させると言ったものであった。
白式は元々、超高機動の接近戦闘型のISであるが、やはりそれだけではこれからの戦いは勝ち抜いていけない。雪片弐型による零落百夜の一撃必殺を目的とするならば、牽制を目的とした射撃武器ぐらいは欲しいところなのだ。ただ、総重量は少し重くなってしまう為、加速力は少し落ちてしまうが、それでも理論上は全ISの中でも第二位の最高速度を誇っていた。
なぜ、最初から装備していなかったのかと言うと、一夏には射撃武器に頼らず機動だけで戦闘する、という事を覚えさせる事で高度な操縦技術を身につけてもらう、というのが目標であったが、その目標に達したのでこの度ついに射撃武器を追加する事になったのである。
そして、春樹の
近距離戦闘用に日本刀を模した実体剣のシャープネス・ブレードがあるが、天使を模しているこのISに何故日本刀なのかというと、葵春樹が剣道をやっていた事があり、日本刀を構えればカッコいいのではないのか、という束の勝手な考えでこうなったのであった。
そして、接近戦闘用武器のビーム系武器としてサイズがあるが、死神と聞いて一に想像するであろう鎌を何故、天使を模しているISに装備したのかと言うと、これまた束の独断でカッコいいからという理由である。
そしてメイン武器である中距離から近距離で戦う事になるブレイドガンである。ビーム系の弾丸に銃の先端に実体剣をつけている、という武器である。
そして、遠距離武器として、バスター・ライフルというものがある。大型の砲撃武器で、ビーム系の砲弾を撃ち出す武器である。
これだけの武装があるため、今回、追加武装は無く、基本性能の向上を目的としてチューンアップが施される。
そして、箒の紅椿はこの後起こるであろう事態に備え、能力リミッターを解除する事になるが、箒にはただの基本能力向上を目指したチューンという事しか伝えなかった。詳しく伝えるのは彼女が正式に束と協力関係を持ってからだろう。
そして春樹と束との関係は少し距離を置いた状態になっていた。昨日の夜、束を探し回った春樹だったが、そのまま見つけられず、次の日になり今こうやって対面している。しかし、その二人の関係は昨日の海水浴のときとは全く違い、ぎこちなさが見られる。
それに春樹はセシリアとも距離を置いている。昨日の今日では仕方が無いのだろう。
そして箒も一夏とは少しだけ距離を置いている。いまは一夏と束の関係を良く観察して、昨日の事はどういうことなのか、そういった関係なのだろうか、と判断する材料を集めている。
「じゃあ、始めようか。じゃあいっくん、今回のチューンアップで追加された射撃武器のテストを行ってみようか」
一夏は白式を一回待機状態であるガントレットに戻してから、今度は装備する為にISを展開する。一夏の身体が、白い鎧に包まれる。すると、通信回線から束の声が聞こえてきた。
『装備の一覧を見てごらん。新しい武器があるでしょ?』
一夏は網膜投影されているモニタを確認。確かに、白式に新たな武装が追加されていた。
ビームガンという小型のビーム系射撃武器である。ただし、それは無理やりISに装備されているようなもので、腕のところにビームの発射口が取り付けられている……と言うよりは埋め込まれている、と言ったほうが見た目的には正しいかもしれない。
白式には武装を追加できる領域が存在していない。だから正統な方法では白式に武装を追加する事ができないのだ。だから束は無理やりだが白式
「確認しましたよ、束さん」
『りょ~かい。じゃあ、今からターゲットを用意するから、それで試しながら照準とかを調節していってね』
「分かりました」
と一夏は言うと一夏は一回空へと飛ぶ。ISを模したターゲットがホログラムで現れる。一夏は早速そのターゲットに向かってビームを撃つが、そのビームはとんでもない方向へと向かっていった。照準が大きくズレているのだ。
『ありゃりゃ、随分とズレてるね……。今のズレからみると……照準を右へ12000程度調節してみて~』
この「12000」とはミリメートルの事で、照準を右へ12メートル調節しろ、と言う事である。
一夏は指示通りに照準を12メートルずらしてもう一回発射してみるが、またも当たらず。だが、掠る程度にはなってきたので、これからは自分の感覚でやっていくだけだ。
『じゃあいっくん。後は自分で調節して……射撃練習でもしてなよ』
「分かりました」
一夏は一人で調節を始める。
照準を少しずつ調節していって、ピッタリになるように微調整を繰り返す。その調整を五分程度続けてやっと照準がしっかりと合った。やはり慣れていないことは何かと時間がかかってしまうな。と思った一夏は射撃練習へと移った。
一方、春樹の
箒はあまりにも能力が違う紅椿に正直戸惑っていた。自分の知っている紅椿でないようにも思えてくる。それほど“速い”のだ。
最高速度や加速力を見ると一夏の白式にも引けを取らないぐらいの性能だ。今のところはその紅椿の性能を持て余して振り回されてしまっている。
だが、その速さも身体に馴染んできた箒は自分の知らない未知の領域を体験する事になるだろう、と少しばかりカッコつけた事を思ってみた春樹。
しかし、春樹も少々この
「箒。どうだ、そっちの方は?」
「ああ。少しずつだが、この速さにも慣れてきた」
「そうか、こっちも段々とだけどこの反応速度の速さに慣れてきたところだよ。じゃあ、そろそろ本気で行くか!」
「うん!」
箒は力強く返事をして、紅椿を前進させようとしたときである。いきなり山田先生の甲高い叫び声が聞こえてきた。その場にいた皆は何事かと思い一斉に山田先生の事を見る。
「織斑先生!!」
山田先生のその声は、焦りが見られとんでもなくヤバイ事が起こっているかの様にも見えた。
千冬と山田先生は何やら話し出すが、何を言っているのかわからない。生徒達に聞かれても内容をわからなくする為の処置だろう。
(来たか!?)
春樹はついに暗部の組織が動き出したのかと思い、束の下へと行きISを一時解除する。こうなれば、公私をわきまえて、昨日何があったとしても気にすることなく動かなくてはいけない。
「束さん」
「うん。箒ちゃん、いっくん、こっちに来て!」
一夏と箒は束の指示通り、束も下へと行き、ISを解除する。そして、千冬と山田先生が話しているところに束、春樹、一夏、箒の四人が介入。
「……束。どうやら、お前の出番らしいな」
「そうらしいね」
千冬と束は目を合わせてそう言った。そして、千冬は生徒達に指示を飛ばす。
「本日のISテストは中止、全生徒は早急に旅館へ戻れ!」
専用機を持っているセシリア、鈴音、シャルル、ラウラの四人はその言葉に驚く。このISのテストを中止せざるをおえない状況になっている、という事を理解したからだ。
「すみません、先生。なぜISのテストを中止するのですか?」
シャルルは千冬にどうしてなのか、を問うが、千冬は冷静に返事を返す。
「それは貴様らには教えられない。すまないな……。とにかくお前らは自分のISを回収しだいすぐに旅館へと戻れ、いいな」
そう千冬は言うと、山田先生、篠ノ之束、葵春樹、織斑一夏、篠ノ之箒と共に旅館の方へと走っていった。
残った四人は一体いったい起こっているのか、そして、春樹と一夏と箒までなんで一緒についていったのか、それがすごく気になっていた。
「ラウラさん、いったいどうしたのでしょうね?」
セシリアは問うと、軍人であるラウラはキリッとした態度で答えた。
「それは我々が詮索していいものではない。先ほど教官が教えられない、と言ったからな。機密事項なのだろう」
今度は鈴音が会話に入ってくる。
「でも、なんで一夏と箒まで……。春樹はなんとなく怪しい事に首を突っ込んでいるのは分かってたけど……」
「それは僕も思ったんだ。何であの三人が……」
次はシャルルが会話に入る。
「もしかしたら……」
ラウラは呟くと他の三人がその言葉に異様に食いついた。
「もしかしたらって……どういうこと!?」
シャルルはラウラに対して少し叫んでしまった。
「それは、旅館に戻ってから話そう。とりあえず教官の指示通り早く旅館に戻るんだ」
ラウラは自分のISの下へと行き、待機状態のレッグバンドへと戻す。それを見た他三人も自分のISをそれぞれの待機状態へと戻し、そして四人は旅館へと戻っていった。
2
織斑千冬と篠ノ之束。そして織斑一夏と葵春樹、篠ノ之箒の計五名は旅館のとある部屋を使わしてもらっていた。ここにはその五名以外は誰もいない。
ホログラムで映し出された画面には銀色のISが映し出されていおり、一夏たちの目の前に千冬が立つ。
「では、現状の説明をする――」
現在、アメリカとイスラエルが協同して開発されたIS、
さらにそのISはこの臨海学校の上空を飛び、IS学園の生徒に危険が及ぶ可能性があるとして早急にそれを無力化、停止させたいというのがこちらの考えであり、この問題については教師一同で何とかするという話になっていた。
「ちょっとよろしいですか、織斑先生。それではなぜ私たちがここに呼ばれたのですか?」
箒の疑問ももっともである。なぜ、春樹たち学生がこんなにも危険な事件に首を突っ込む事になるのか。それは、篠ノ之束がここに来る前にとある連絡を受けていたからである。
「それは束が説明してくれる」
千冬がその場を退けると篠ノ之束は千冬が居た場所に立ち、
「じゃあ、私から説明するね。実はここに来る前に一つの連絡があったんだ。国際IS委員会からの連絡がね」
一同は驚愕した。なんていったって、国際IS委員会という、世界中のインフィニット・ストラトスを管轄している組織である。各国のISの保持数やその動きを監視しているのだが、その組織が実質暗部組織である束の下に連絡をよこしたのだ。
世間一般ではISの開発者である篠ノ之束は行方不明、という事になっているが、裏の世界ではちょっと違う。篠ノ之束は裏の世界で動いている。そのことは裏の世界の人々にとっては常識である。だからこそ、篠ノ之束は命を狙われているが、その理由は未だ分からない。
「続けるよ。国際IS委員会は暗部組織の動きを察しているんだよ、今現在大きな動きを見せていることをね。だからこれに対抗する組織を立ち上げたいという案から、私の組織をバックアップしたいという話が出たんだよ。そして、今回のISの暴走を解決に導けたのなら、私の組織を正式にバックアップしてもいいという話が舞い込んできた」
つまり、今回の
「そこで一夏、箒ちゃん。結論を出すときが来たよ……。事前に春樹から話を聞いていたと思うけど、私の組織に入ってくれるかな? でも入れば命を危険に晒す事になる。平和に生きていきたいというのなら、このまま回れ右をしてこの部屋から立ち去る事をオススメするけど……」
一夏と箒の二人は黙り込んでいる。
たかが一六歳の子供が人生を大きく変えることになる重要な選択肢を提示されてしまって、頭の中で色んな思考が渦巻いているのだろう。
だが、春樹はほんの一三歳のときに人生を大きく変える選択肢をあっさりと決めたのだが、あの時は場合が場合だった為にすぐに結論を決めた。
しかし、今この現状はそのときの場合とは全く違う。春樹はあのときに束を見捨てるという選択肢は絶対にありえないものだった。あれだけの事を経験して、そして束を助けざるを得なかった。
だが、今この二人はまだ拒否するだけの余裕はあるはずなのである。覚悟がなければはっきり言って束の組織に入らない方が良いと、春樹と束自身は思っている。覚悟が無いのに暗部の奴らと戦おうだなんて、無駄に自分の命を
そして、最初に口を開いたのは一夏だった。
「俺は……入ります。束さんの組織に……。散々考えていたけど、俺は昔から春樹と兄弟みたいな関係だし、束さんは箒の大切なお姉さんだし、何だかんだでISというものを動かして楽しいし、でもそれを壊そうとする奴らを俺は許せないと思ったんです。だから、束さんの組織に入って強くなろうと思います。そして、俺の大事なものを守ろうと、そう決心しました」
一夏は自分の決心を語ってくれた。それを春樹と束、千冬は心からその気持ちを受け止めてあげた。彼のその決心を貶すものなどいない。いや、貶すところなど一つもない。彼の決心はとてもカッコよくて勇敢で、それでもって頼もしいものだ。
春樹も一夏の発言には、自分は織斑家の家族の一員なんだということを再び感じた。
そして後一人、篠ノ之箒の返事を待つだけである。
すると彼女はゆっくりと目を閉じる。誰一人として話すものなどはいない。この部屋は静寂に包まれる……。
そして、彼女は目を開けた。その目は決心がついたのか、先ほどまでとは別人のようにキリッとした目になっていた。力強い眼差し、それを春樹と束、千冬は感じ取る。
「私は……姉さんの組織に入ります。理由はほとんど一夏と同じです。私もこのISを動かす事が楽しくなってきた。春樹に教わって、ISを自分の手足の様に動かせるようになった。それに快感を覚えました。だから、そんなものを悪用する奴らを許せません。それに、姉さんの命が狙われいるのに何もしないなんて……そんな事は出来ません。この組織に入る権利があるなら、私は入ります」
束は自分の妹の言葉に涙目になっていた。自分の妹からこんな言葉を聞けたのだから姉としてはこれほど嬉しい事はないだろう。
こうして、一夏と箒は正式に束の組織の一員となった。これより春樹と共に危険な任務に立ち向かっていく事になる。どんな事が起きようとも、この二人は自分が降した判断にはなんら後悔はしないだろう。それほど二人の目は覚悟を決めた目をしていたのだ。
そして、これから今回の任務について語られる。
千冬が再びモニタの前に立つと任務についての話を進めた。
「では、今回の任務の内容について話す。今回のターゲットは先ほども言ったとおり、
すると、箒は挙手をし、
「その福音の詳しいスペックを教えて頂きたいと思うのですが」
「うむ。これは国家機密の事項に触れてしまう為、絶対に口外してはならない。もし、口外してしまった場合はそれ相応の対応を受ける事になる。ま、既に束の組織に入った時点で大丈夫だとは思うがな……。では、福音のスペックだが――」
何より怖いのはその砲身の多さであり、そこから撃たれるビームの弾幕は恐ろしいの一言に限る。特に一夏の白式や、春樹の
「なるほど、了解いたしました」
「よし。では、作戦内容を説明する――」
今回の福音を撃退する為の作戦。それは、白式による最大出力の零落白夜による一撃必殺の作戦だ。
まず、篠ノ之箒の紅椿の超高感度ハイパーセンサーを利用する為に一夏は背負ってもらい、それを頼りに全速力で福音の下へと接近する。
そして、そのまま一夏は零落白夜を発動し、
三六門もの砲身がある
しかし、これはおおまかで最高の動きである机上の作戦内容でしかない。だから、もし失敗した場合は一夏と箒には臨機応変に対応してもらわなくていけない。
その場合は、紅椿のマルチに対応できる装備で一夏のサポートをし、零落白夜を発動して、斬れるタイミングを作ってやるしかない。
「以上だが、質問はあるか?」
すると一夏は手を挙げて、
「春樹は、この作戦には参加しないのですか?」
すると春樹は微笑みながら一夏の方を向いて、
「すまないな、一夏、箒。俺は他の仕事があるんだ。だから、今回はお前達に同行できない。最初の任務なのにお前達二人だけに頼んでしまって本当にすまないと思ってるよ。だけど、今回の俺の仕事もやらない訳にはいかないんだ」
このとき、一夏は思った。
(もしかして……例の男の事なのか?)
例の男とは、一夏がシャルルと一緒に水着を買いに来たときに一夏は一旦シャルルと別れて箒へのプレゼントを買いに行き、そしてその時会った怪しい男の事だ。春樹の事を探していて、何かしらの情報を持っているだろう事をほのめかしていたその男だ。
もし、その男の事ならば……春樹はどうなってしまうのか、不安もある中、春樹なら何とかしてくれる、という期待もあった。今まで春樹はIS学園で起こってきた事件を解決に導いてきたのだから。
「春樹……お前、生きて帰って来いよ……」
一夏は不安げな顔をして春樹に言うと、
「はは、お互いにな」
春樹は笑ってその言葉を返してあげた。恐らく春樹なりの気遣いであろう。必要以上に春樹の事を心配している一夏を春樹は笑って返事をしてあげる事で、一夏にはちょっとした安心感を持たすことが出来る。
だが、春樹の本心はちょっと違った。不安に恐怖、それに駆られていた。
先ほど、ここに来る間に束から受けた話。それはここら付近に未確認のISがいるという情報だった。一応、そのISもステルスをかけているらしいが、流石はISの生みの親だけあってそういう対応は早くて、手馴れている。
実質、初めてのISによる一対一の対人戦。命を懸けた人とのぶつかり合い。今まで身体を鍛えてきた春樹であっても、たかが一六歳の男子高校生が命を懸けた戦いなど恐怖を感じないわけはないのだ。
作戦成功の為に顔にはそんな恐怖心というものは表さない。それだけでも大いに評価できることであろう。
「よし、なら一五分に作戦を開始する。各自、ISの最終確認等を済まし、指定された場所に待機していろ。作戦開始の合図で作戦開始、先ほど言ったプランどおりに最初はやれ。上手くいかなければそっちで上手く立ち回ってくれ。……死ぬなよ」
千冬は最後にボソッと言うと、そのままモニタの方を向いた。
そして、一夏と箒、そして春樹はお互いに目を合わして視線だけの会話をすると、お互いに頷き、そしてそのままこの部屋を出た。
三人はそれぞれ、作戦開始時点へと急ぐ。
3
ここは旅館のとある大部屋。ここにはIS学園の一年生の生徒の一部がいる。凰鈴音とセシリア・オルコット、シャルロット・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒもここにいた。
ここにいる生徒達は訳も分からず、いきなりISの授業は中止と言われこの部屋に入れられたわけだが、彼女達四人の親友である織斑一夏と篠ノ之箒、そして葵春樹はここに居なかった。
その三人とさっきまで一緒だったこの四人は何かしらヤバイ事になっているのはなんとなくだが察していた。それにその三人が関わっている事は一目瞭然。
だが、そんなことを周りの人に言ったところで何の意味もない。余計に混乱が起こるだけだし、何の得にもならない。マイナスな要素しかないので、話す必要はなかった。
「春樹さん、大丈夫でしょうか?」
最初に口を開いたのはセシリアであった。
昨日、あんな事が起きたのだが、あれは無かったかのように話し出すセシリア。あの事は誰にも話せない。相談しようにも相談できる相手がいないのが現状だ。しいて言えばラウラだろう。
すると、そのラウラがセシリアの言葉に返してきた。
「案ずるな。どんなことだろうと春樹の奴は今回の任務を終えてケロッとして帰ってくるだろう。アイツは……強いからな」
ラウラは信じる。あの時、ドイツ軍基地でのあの事件のときに見せてくれた春樹の力を。
そして、シャルルは一夏の事を気にしていた。
「でも、何で一夏は春樹と一緒にどこかに行っちゃったんだろう……大丈夫かな?」
すると、隣の鈴音もそれに頷いて、
「うん。箒も一緒に行ったけど、心配よね……」
今度はセシリアが、
「あのときの山田教諭の顔……ただ事ではなかったですわよね……?」
あのとき、山田先生が専用機持ちがテストを行っていた岩場の海岸に山田先生が訪れたときの表情は焦りが見えており、ただ事ではないのは優に察する事はできたのだ。
するとラウラはある事を話す。
「ここに来る前に言ってた、もしかしたらって事だが……」
ラウラはそう言うと、周りの三人は静かに頷いてラウラの話を聞こうとする。
「もしかしたら、私と春樹がドイツ軍基地で共に鍛えていたときに起きた事件に関連しているかもしれない」
シャルルはラウラに疑問をぶつける。
「ラウラ、それは……話していいことなのかな?」
「……大丈夫だ。むしろ、みんなには聞いて欲しい。ただ、あんまり口外しないで欲しいがな……」
ラウラはそう言うと、他の三人は頷いてラウラと共に生徒がいない大部屋の端に行く。そして囲むようにみんなは座ると、ラウラは語りだす。
「二年前……私は春樹と共にドイツ軍で共に鍛えていた。そして、そのとき外には知らされていない事件が起こった。この事件を知るのはその当時からドイツ軍に居た人物と、織斑教官と……春樹と篠ノ之束だ……」
ラウラの口から、信じられない……いや、そんなことだろうと心のどこかでそう思っていたとしても認めたくない人物の名前がそこにあった。
葵春樹だ。
それに、篠ノ之束の名前も出てきた。
セシリアは昨日の事から、何で春樹はあんな状態だったのか、なんとなくだが想像できた。
そして、ラウラは言葉を続ける。
「そのとき、ドイツ軍は襲撃にあった。たった二機のISにな」
他三人の表所は驚愕の顔になる。その言葉は到底信じられなかった。軍隊相手にたった二機のISで襲撃をかけたことに。
「そして、ドイツ軍は機能停止状態にまでに追い詰められた。そのときのターゲットがそのときなぜかドイツ軍基地に来ていた篠ノ之束だった。そして、春樹は命がけで篠ノ之束を守っていた。その時に、ほとんど初めて動かすISを使って、しかもドイツ軍の量産機でその二機のISを圧倒した。本当に信じられない光景だったよ……」
周りの三人はただ、じっとその話を聞ているのに精一杯だった。いきなりこんな事を言われて、頭の中で情報を整理するだけで精一杯だったからだ。
「待ってください。では、春樹さんはそのドイツ軍基地を襲撃した人たちと関係がある者と今まで戦ってきたと言いますの!?」
「そうだ……おそらくな」
セシリアはようやく理解した。昨日のあの衝動的な行動。いままでの春樹ならば絶対にありえない態度。そして束を守らなければならないと言ったその意味。あまりにも重くて、大きな責任。彼女は昨日春樹に対してあんな風に冷たく当たってしまった事を悔やんだ。彼も凄く悩んでいたのだと、いまはっきりと理解できた。
「そんなことって……ありますの……?」
セシリアは言葉を押し殺して、本当に小さくそう呟いた。だが、周りの他三人にはその声は聞こえていた。しかし、その三人は聞いていないことにしてあげた。
セシリアと春樹の間でいったい何があったのか、それはまったく持って分からない。だからこそ、誰もそのことは触れなかった。
「だけど、僕は心配だよ箒さんのこと。もし、ISでの戦いなんてものがあったら……」
シャルルはそう言った。それは、篠ノ之箒のISの熟練度が一夏と春樹に比べて劣っているのだからだ。
箒は紅椿を手にしてからまだ一ヶ月も経っていない。だからそれだけ春樹や一夏に比べて紅椿という自分の専用機の熟練度は劣っているはずだ。なのに、そんな状態で危険な任務に行くというのはあまりにも危険すぎる。
「恐らく、外で何か危険な事が起こっているはず。じゃなかったら全生徒が旅館内にISの訓練を中止してまで閉じ込めるなんてことは無いと思うんだ」
シャルルはそう言うと鈴音は、
「確かに。そうなると、やっぱり箒の事が心配ね……」
するとラウラは、
「大丈夫だ。春樹のISの操縦テクニックは誰よりもある。二年前よりも遥かに強くなっているのはわたしが身を持って分かっている。箒も一夏も、何があっても守ってくれるはずだ」
「ですが……」
今度はセシリアが出ない声を搾り出して喋りだす。
「そんな確証はありませんでしょう? 一夏さんや箒さんを春樹さんが守り切れるなんてことは、それは春樹さん自身も同じ事……春樹さんですら危険な目に遭う可能性だって――」
「セシリア!!」
シャルルはつい叫んでしまった。周りの生徒がこっちに一斉に振り向いてきた。そんなこともお構いなしにセシリアの肩をつかみ出す。セシリアがあまりにもマイナス思考になってしまっているからだ。
「セシリア、そんなことを考えちゃ駄目だよ……。もっとポジティブに考えなくちゃ。まだ一夏たちが本当にそんな危険な任務に向かったのかどうかも分からないんだよ? 確信は実の所ないんだ。だから、これだけ考えればいいんじゃないかな。一夏と春樹と箒さんが無事に僕達の前に再び現れる事をね」
シャルルにそう言われたセシリアはハッと我に返った。さっきまで自分が取り乱してしまった事に気付いて反省をした。
「ごめんなさい。少々取り乱してしまいましたわね……。シャルルさんの言う通りですわね。みなさんが無事にわたくしたちの前に現れるのを待ちましょうか。そうなる事を願って」
鈴音とシャルル、ラウラの三人はセシリアの言葉に頷くと、四人は両手を握り締めて強く願った。
『一夏と春樹と箒が、無事に自分達の目の前に現れるように』
と……。
4
一夏と箒は海岸の方まで来ており、作戦開始まで残り五分を切った。
二人ともISの最終確認も終えて、後は自分自身を落ち着かせて任務に集中する事だけを考えるだけであった。
「箒……大丈夫か?」
「あ、ああ。一夏こそ……気を抜くでないぞ」
箒はなんだかよそよそしさが見られていた。
恐らく昨日の事だろう。昨日の夜に彼女が目撃した一夏と束が二人きりで気の陰に隠れて楽しそうに会話していた事が原因だ。
あの一軒から箒は一夏との距離を分からない程度だが開けていたし、箒には一夏にそのときの事を尋ねる勇気もなかった。もし、あのことが本当に色恋沙汰だったのなら箒自信はどれだけショックを受けてしまうのかも計り知れない。
すると、千冬から連絡が入った。
『織斑、篠ノ之、聞こえているか?』
二人は「はい」と返事をすると、千冬は続けて作戦概要を確認する。
『作戦開始三分前だ。では、改めて作戦概要を確認する。織斑は篠ノ之の背中に乗り、ハイパーセンサーを頼りに超音速飛行で福音を捜索。発見次第そのまま超音速飛行で福音に接近。そして織斑による零落白夜で一撃必殺で福音を撃墜。いいな?』
「「了解」」
二人はそう言うと千冬は頷いて笑顔で二人を見ると、そのまま連絡する為の回線を切った。
作戦開始まで残り二分。一夏は箒に背負ってもらい、ガッチリと紅椿の肩部を掴みホールドし、急加速に備える。
箒はブースターの出力調整をして完璧なスタートダッシュが出来るように万全の注意を払う。
「一夏、準備は良いか? 残り一分三〇秒だ……」
「いいぜ、箒。この任務、絶対に成功させよう。そして、無事にあいつらの下に帰るんだ」
これから始まるのは命がけの任務であり、今まで春樹と行ってきたような訓練ではない。失敗すれば死ぬ可能性だってある。だけど、この任務をちゃんとした覚悟で引き受けた以上、必ず成功させて、皆の前に現れることが自分達の目的だ。
この任務が失敗すれば、臨海学校に来たIS学園の一年生は危険に晒されてしまう。それを回避する為にも一夏と箒は必ず
時間は刻一刻と迫ってくる。ついには一分を切り、二人には額に汗があふれ出てくるような感じに襲われる。恐怖と勇気、そして責任。それがここの二人に押し寄せてくる。まるで津波のように目に見える恐怖のようにも感じている。
箒は一層強くブースターを吹かせる。段々と音が大きくなっていき、今にでも飛び出しそうな感じがする音に変化していく。任務開始まで残り一〇秒。
「いくぞ、一夏……!」
「ああ!」
その時、ISからアラームが鳴る。作戦開始の合図だ。その瞬間、紅椿は砂浜からその姿を消した。
物凄いスピードで
(なんだよ、この速さは……半端ない……!!)
一夏はそう思った。
箒は全神経をを集中させ、ハイパーセンサーを頼りに
そして一夏は雪片弐型を握り締め、
そして海岸から一〇キロメートル程飛んだその時、ハイパーセンサーに反応があった。ここからちょうど二キロメートル進んだところに
「一夏、反応があったぞ、準備は良いか?」
「大丈夫だ。いつでもいける!」
一夏はより一層、雪片弐型を強く握り締める。
「よし、いまから七秒後に接触する。カウント行くぞ!」
すると、一夏のISの網膜投影された画面にはタイマーが表示され、刻一刻とその時間は減っていく……。七、六、五、四――と。
そして残り三秒――。
一夏は息をも潜め、
次の瞬間、目の前には白銀のISが現れた。そのISこそ正しく
一夏は剣を振るう。一撃必殺、それがこの任務の目標だった……。
しかし、その目標は失敗に終わってしまう。
「なッ!?」
一夏の振るった剣は
しかし、それは致命傷にはならなかったらしく、
一夏の攻撃が掠ったその瞬間、
「一夏!」
「分かっている箒。サポートを頼む!!」
「ああ、任せろ!」
このまま帰ることは、束の組織に入ることを自分で決めたその覚悟を無かった事にする事になるし、彼女には多大なる迷惑をかけることになる。絶対にこの
一夏は零落白夜を解除すると、二人は
まずは箒が先攻して
箒は福音の方へと飛んでいき、日本刀である雨月と空裂の二本を握り締めて斬りつける。だが、その攻撃は簡単にかわされてしまう。流石は超高速型のISである。
そのビームの雨が止み、逃げ切った一夏は吐き捨てる様に言った。
「クソッ!! あんな化け物機体をどうやって……、でもやるしかないんだ。待ってくれている千冬姉や束さん。そして別の仕事をしている春樹の為にも俺たちは負けられないんだ。そうだろ? 箒!!」
箒はニッコリと笑うと、一夏の方を見て、
「ああ、そうだな。一夏、この任務が終わったら話したいことがある。だから、絶対に成功させて帰るぞ!」
箒にはもはや先ほどまでの一夏に対する心配事は何もかも抜けていた。あの束との事はとりあえずは気にしない事にした。とりあえずこの任務を無事に成功させて、それから改めて一夏に真正面からぶつかると、そう決心した。
「分かった」
一夏はその箒の話の深い内容までは理解していなかったが、大切な話だということはなんとなくだが理解していた。だからこそ、彼女の為に無事にこの任務を成功させるという気持ちが更に昂ぶる。
しかし一夏は“攻撃が当たる”イコール“死”を意味するので、今までセシリアと行ってきた回避練習の成果を発揮して全てのビームをかわしていく。
一夏はそのまま
「箒!! お前が接近してアイツの動きを止めて欲しい。少しの間でいい、お願いだ!」
「分かった。いくぞ一夏!!」
箒は先攻して
彼女は雨月による直線的なビーム攻撃と、空裂による斬撃の形のビームによって牽制し、
一夏も無理やり腕に取り付けた新装備であるビームガンで箒を中距離からサポート。本当に敵には攻撃の余地を与えない。正にビームの弾幕を逆に張ってやる二人。
必死にビーム攻撃で牽制しつつ
その場が硬直状態となる。攻撃するタイミングはここしかない。
「一夏、今だ!!」
箒はありったけの声で叫ぶと、一夏はそれに反応するように
チャンスはこのタイミング。
一夏は
(なんで……? なんでこんな所に船が!?)
その時、箒が押さえ込んでいた福音がビームを放ち箒を吹き飛ばす。その時の流れ弾がその船に飛んでいくのを一夏は確認した。
(おい、ふざけんな……。どういうことだよ、これは……!)
一夏には今、僅か一六歳の子供には残酷な選択肢が突きつけられている。一つは“船に乗っている人を見捨てて銀の福音を攻撃して任務を達成すること”で、もう一つは“船に乗っている人を助ける代わりに箒が作ってくれた福音を倒すチャンスを無駄にすること”である。
あまりにも残酷で究極の選択肢、それを一夏は一秒も立たない内に決めなくてはいけない。周りがゆっくり動いているように見える。これは一夏が剣道の稽古をやっていると、時々そのような現象に遭う事は何度かあった。それがたった今、この場でその現象に遭遇している。無限に引きのばれるようにも感じるこの空間。
その時――一夏は船の人を助けた。
一夏は流れ弾を全て剣でなぎ払い、船の方へと飛んでいくのを防いだ。
「一夏!? どういうことだ!?」
「ごめん、箒。でも、俺は船の人たちを見捨てられなかった……!」
「何を!?」
箒は一瞬何か分からなかったが、一夏から視点を外れて、海の方へと目を向けるとそこには本来入れるはずもないところに船が悠々と浮いていたのだ。
一方、
「一夏、なぜ止めを刺さなかった!?」
「あの船を見殺しになんて出来ないんだよ!!」
一夏は叫び、言葉を続けた。
「とりあえず、もう一度動きを止めてみよう。お願いだ……」
「…………分かった」
このときの箒の言葉は少し冷たさを一夏は感じた。実際、一夏自身もいまの発言は図々しいと思っている。だが、この任務を成功させる為にも、何でも良いから足掻くしかなかった。
先ほどと同じように箒が先攻して
しかし、先ほどと同じ事に大人しく引っかかるわけもなく
(くそっ! やっぱりさっきは船の人を見殺しにしてまで止めを刺すべきだったのか?)
中々次の攻撃のチャンスがやってこない。おそらく二人の動きは
この作戦が一撃必殺というのもそこにある。
こういった戦闘にまだ不慣れな二人には零落白夜による一撃必殺を決めなければ、相手は動きを読まれるようになってしまい、段々と不利になっていくことを作戦を考えた千冬たちは予測していたのだ。
二人が考えるフォーメーションをことごとく崩していく敵に、二人のコンビネーションというものはもはや無いに等しい状態になっていた。
お互いにお互いの事を考えない動きになりつつあるのだ。このまま行けばいずれは負けることになるだろう。もし新しい動きが出来て、良いコンビネーションを見せてくれればこの状況を覆すことも可能なのだろうが、今の二人にはとても出来るような芸当ではなかった。いくら幼馴染でも六年も離れていれば、ちょっとした距離はできてしまうし、仮にずっと一緒だったとしても所詮他人であり、そういったコンビネーションというものは練習を繰り返さなければ身につかないだろう。
今回の場合、明らかに練習不足で、これに関しては春樹のミスだった。今までやってきたことは個人の能力を鍛える練習であって、この二人のコンビネーションを鍛える練習は今までやってきていない。
「くっそおおおおおおおお!!」
心のどこかでもう無理なのではないか、という感情があったのかもう作戦というものは何も無かった。一夏は零落白夜を発動して、ただ叫んで、馬鹿の一つ覚えのように、一直線に
しかし、こんな攻撃など当たるはずも無く、簡単に避けられてしまう。更に零落白夜は強制解除され、一夏は網膜投影されたモニタに絶望的なメッセージが表示される。
『稼動エネルギー限界量。直ちに戦闘中止し、指定ポイントまで退避せよ』
と……。
一夏は諦め切れなかった。
しかし、これ以上続けても勝ち星は見えてこない。これから見えるのは自分達が敗北する未来だけで、だからここは一時撤退するしかなかった。
「クソッ、クソッ、クソッ!! 箒!!」
一夏ふり向いて箒の方を見ると、一夏の瞳に写った光景は信じられない、いや、信じたくないものであった。
箒が
「うわああああああああああああああ!!」
箒は叫び、更にシールドエネルギーは無くなってしまい海に突き落とされた。
そして、焼き切れたリボンがゆっくりとひらひら揺れながら落ちていく……。
「箒!!」
一夏は叫んで、箒の下へとダッシュしその身体を受け止める。
「箒……箒? 箒ぃ!」
一夏は何度も彼女の名前を叫び続けた。だが、その言葉に彼女は何の返事も返してくれない。一夏は絶望しか感じられなかった。考えは段々ネガティブな方向へと向かっていく。
すると
だが、一夏はすぐに