ISを改変して別の物語を作ってみた。   作:加藤あきら

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第一章『元凶 -Kidnapping -』《こちら側の力を使うから》

  4

 

 春樹たちは、一夏がいるであろう場所へと来ていた。

 

 そこは森。 

 

 一夏を誘拐したときに使われたワンボックスカーはその近くに乗り捨てられていた。

 おそらく、この近くに一夏はいるはずだ。もし居なければこの捜査はふりだしに戻ってしまう。千冬はそれを恐れながらも自分のIS、暮桜を身に着ける。

 

 これは篠ノ之束が直々に開発し、日本代表となった千冬に与えたISだ。剣道を嗜んでいた千冬に合わせて制作したために、近距離特化型となっている。

 装備は日本刀型の雪片(ゆきひら)という武器をメインに置き、牽制するための射撃武器を装備した程度のとてもシンプルな装備。だが、そのシンプルさが千冬の戦闘スタイルに合っているようだ。なにも小細工などはいらない。正々堂々、正面からぶつかる、それが織斑千冬という人物である。

 

「じゃあ春樹、ここで待っていろ。必ず一夏と一緒に帰ってくるからな」

「うん。待ってるよ……」

 

 こういった誘拐事件が起こった以上、春樹は車の中でエルネスティーネに保護してもらうことにしたのだ。

 世界最強といわれているISという兵器、もとい競技道具を相手にしてしまえば生身である春樹の勝ち目はない。だから、ISを取り扱う特別チームを率いているエルネスティーネに任せることにした。

 千冬はそのまま歩み進む。シーンとしたこの場所、しかも砂利道なので尚更足音が非常に耳に響いた。

 

 ISのハイパーセンサーという操縦者の知覚を補佐する役目を行い、目視できない遠距離や直接視覚できるであろう範囲外をも知覚できるようになる機能を使い、人気を感じ取ろうとするが、今この場では反応がなかった。

 

 もっと先に進まなければならないと思った千冬はゆっくりと先へと進んだ。

 周りを注意して見まわしながら進む千冬。しばらく進むと、なんとセンサーに反応が出たのだ。その反応を頼りに先へと進む千冬。

 

(今の反応は……ISか? なぜISの反応があるんだ?)

 

 千冬は考えた。一般人がISを所持することはできない。所持できる者の条件は、国際IS委員が認めたISに関する企業や軍事施設。その企業や軍に勤めている者。IS操縦者を育成する教育機関だけである。

 

 このことから、そのISの操縦者はそういった関連の人物だろうが、この状況でそんな人物がいること自体不自然なのである。

 千冬はその反応がある場所へと飛ぶ為、木の隙間を縫うようにして抜けた彼女はそのISの下へと加速した。

 ほんの数秒で反応があった場所へとたどり着いた千冬は、注意深く周りを見回した。

 

 すると、センサーにISの反応が突然現れ、それと同時に千冬の目にはISらしき影が映った。それは赤黒いISであった。

 千冬は唯一の手がかりになるであろうその赤黒いISを追いかける。

 

 この二人は無数に生えている木々を猛スピードで右、左へと軽やかに抜けていく。

 だが、限界ギリギリのスピードで、これだけの木に当たらないように低空飛行するのはかなりの集中力が必要だ。もし集中力を切らすことになれば、木に正面から衝突することになり、大量のシールドエネルギーを失った挙句、失速し、追走・逃走は不可能になるだろう。

 千冬は一夏を見つける唯一の手がかりを見失うわけにはいかない。何としてもそのISを捕まえる他になかった。

 

(これは、かなりキツイな……)

 

 目の前を逃走する赤黒いISの操縦者はかなりの強者だった。この木々の中をいとも簡単に抜けていく。いや、もしかすると赤黒いISの方もかなりキツイ思いをしているのかもしれないが、少なくとも千冬の目には簡単に遣ってのけている様に見えるのだ。

 こういうことはを簡単に見せてしまうような奴が物凄く高い技術を持っているのは、もはや言うまでもない事だろう。上手い奴は余裕で様々なことをこなしてしまうのだから。

 

 そして、五分ほど逃走劇を続けた二人は、その集中力を着実にすり減らしていた。

 それもそうだろう。時速一〇〇キロメートル程度のスピードで無数に生えている木々の中を低空飛行し続けているのだから。

 

 二人は段々と木に擦る回数が増えてきていた。逃走を始めてすぐは完全に避けて抜けていたのが、今では約五本に一本のペースで木に少しぶつかっている。

 ぶつかるたびにシールドエネルギーを少しずつ減らしていく千冬。それは目の前を飛んでいる赤黒いISも同じだろう。

 

 この時、これ以上この不毛な逃走を続けていてもジリ貧だと思った千冬はハンドガンを手に取り、目の前のISに攻撃をした。木にぶつかり、相手に逃げられてしまうリスクを上げることになっていたとしても、彼女は攻撃した。

 

 放たれた弾丸は赤黒いISに当たることは無かった。まるで後ろに目がついているかの如く、タイミング良く避け、さらに木を使って自身を守っている。

 

(くっ……、上手いなアイツ……)

 

 千冬は悔しくも感心していた。

 目の前を飛ぶ赤黒いISの操縦者は間違いなく高い操縦テクニックを持っている。だから捕まえることは物凄く苦労することは目に見えていた。

 しかし、当たり前だが諦めることは決してしない。一夏を探す唯一の手がかりを絶対に手に入れるために目の前のISを追う。

 

 ここで目の前のISがついに動きを見せた。

 赤黒いISはビーム系の剣を取り出し、木を千冬を邪魔する様に薙ぎ倒してきた。

 千冬はこのいきなりの状況にも、慌てることなく冷静に事を対処した。

 目の前に倒れてきた木を避け、再び赤黒いISを追尾。さらに何本もの木が薙ぎ倒されていき、それをも避けながら再びそのISを追いかける。

 

 ここで、千冬が相手との距離が縮んでいるのに気が付いた。

 そう、相手が千冬を追い払おうと、動きの大きい攻撃を繰り出したせいで、飛行スピードが落ちたのだ。それとは逆に千冬は減速は最小限に止めていたため、距離を縮める結果になった。

 

(行ける……!! 必ずとっ捕まえてやる!!)

 

 千冬はさらに加速し、一気に距離を縮める。

 加速したことにより、木に衝突する危険性は高まったが、今はそれよりもこのチャンスをものにする方が重要だ。

 千冬は目の前にある木々をしっかりと見て、どのルートを通るのかをイメージし、そのイメージ通りのルートを通っていく。

 段々と近づく相手との距離。千冬は雪片を片手に零落白夜を発動させ、

 

「ここだぁぁぁああああああああああああああ!!」

 

 千冬は叫びながら相手に斬りかかる。

 その時、赤黒いISの操縦者から「ひゃっ!?」という声が上がったのを彼女は聞いていた。聞き間違えでなければ、それはとても高くて幼い声だったはずだ。

 千冬の一撃で相手のISのシールドエネルギーは失われたのだが、ISは解除されない。恐らく、強制解除の機能を切ってあるのだろう。シールドエネルギーがゼロになったからといって、一々ISが解除されていては戦場では戦えない。そんなことをやっていたら自分の身に降りかかるのは死である。たとえシールドエネルギーが無くなったとしても活動を続けれるようになっているのだ。

 

 しかし、これで次の攻撃を受けたのならISともどもただでは済まない。こればっかりは避けることが出来ない。本物の戦場では常に死とは隣り合わせの場所であることは忘れてはならない。

 

 斬られた衝撃で何メートルか地面を削りながら吹っ飛んで、減速しながら木に衝突してようやくその体が止まる。

 斬られた赤黒いIS操縦者は呻き声を上げながら、激痛が走る体を立ち上がらせようとするが、目の前に鋭い刃が現れる。

 そう、千冬の雪片そのものだ。

 

「さぁ、話を聞かせてもらおうか……」

 

 千冬が冷たい声でそういうと、俯いていた赤黒いISの操縦者が顔を上げる。

 その瞬間、千冬は驚きの表情に変わった。

 それもそのはず、なんとその赤黒いISを操縦していたのは小学生とも思えるようなとても幼い顔立ちで、斬りかかろうとしたときに上げた声がとても幼いものに聞こえたのも納得できる。

 

「子供……!?」

 

 千冬がそう呟くと、小学生に見える女の子は怒りながら、

 

「だ、誰が子供なのさ!? こう見えても私は一八歳よ!!」

 

 と、なんとも状況に合わない感じで、しかも一八歳とは思えない小学生のような容姿と声で千冬に訴えるその女の子もとい女性。

 

「ん? お前……。まあいい、お前に聞きたいことが二つある。まず一つ。お前は織斑一夏について何か知っているか?」

 

 すると目の前の女性はこれまた子供のような仕草で、誰それ? と首をかしげながら、

 

「その名前の男の子は知らないけどぉ……、さっき私が預かった男の子なら知ってるよ?」

「その男の子は今どこに!?」

「さぁ、どこだったかなぁ。だいぶ飛んできちゃったし。まぁ、探せば見つかると思うよぉ? 後、あの男の子はもういらないから、回収するならご自由にどうぞ?」

 

 千冬はなんとも呆気ない結果に茫然とするしかなかった。

 あれだけの事をやって、それで結局一夏らしき男の子は何もなしに返してもらえる……、一体何が目的なのだろうか。もしかすると、千冬が決勝戦に出られなくする為の陰謀なのだろうか。それとも、一夏に何かがあるのだろうか。

 本当の事は何もわからないが、とにかく一夏が帰ってくるということに安心した千冬。

 

「あのさ、どうでもいいけどぉ……早くこの剣をどけてくれないかな?」

 

 小学生のような女性は少しイライラしながら言うが、

 

「まだだ。まだ質問は残っている。それについても答えてもらおうか……」

 

 このとき、舌打ちが聞こえてきたような気がするが、千冬はあえてこのことは無視した。

 

「お前は……その男の子に何をした? 何が目的だ?」

 

 すると、先ほどまで子供っぽい口調は打って変わって麗しさ漂う声で千冬に警告した。

 

「それを聞くのは構わないんだけど。あなた、死にたいの? 貴方はISの世界大会で優勝した経験があるらしいけど、こちら側はそんな生温い世界じゃないの、分かる?」

 

 千冬は何も言えない。急変した目の前の女の子は、なにやら意味の分からないことを言っている。“こちら側”というのはいったい何なのか。

 

「あはは、黙り込んじゃって……。でも、流石世界でナンバーワンに輝いた経験があるだけのことはあるわね。この私をここまで追い詰めたのですもの。でも、もう御終い。ここからはこちら側の力を使うから。じゃあね、織斑千冬さん」

 

 そう言った瞬間、物凄い力の衝撃を彼女は感じ、そして千冬が手に持っていた雪片が弾き飛ばされてしまった。

 

 このとき、千冬はどんな攻撃が来たとしてもそれを受け止められるだけの力で強く握っていたはずなのだ。だが事実、雪片は弾き飛ばされてしまった。

 更に千冬の身体までもが吹き飛ばされ、気が付けば赤黒いISはいなくなっていた。彼女は辺りを見回すがやはり見当たらない。

 

「逃げたか。しかしあの力……」

 

 ISを装備してたとはいえ、千冬が雪片を握っていた手はジンジン痛むまでのダメージを負っていた。それほどまでの力をその赤黒いISは使ってきたのだ。通常ではありえない力を。

 

(違法改造か……? まあいい、今は一夏の捜索だ)

 

 千冬はハイパー・センサーを頼りに一夏の捜索に向かう。人の反応を見逃さないように、注意深くセンサー及び実際の視界を見ながら。

 しかし、先ほどの見た目が子供だった赤黒いISの操縦者はいったいなんだったのか……。

 急に人が変わったかと思うと、とてつもない力で雪片と身体を吹き飛ばし、一瞬で姿をくらました。しかも一夏と思わしき男の子は何もなしに身柄を返すと言い出した。

 

 では、なぜ逃げた?

 

 そう考えると、何よりも先に思いつくのは時間稼ぎをしていたということ。

 つまり、千冬がモンド・グロッソの決勝に出てもらっては困る。そういう考えがあったのだろう。そこから思いつくのはドイツがこの事件の犯人だということだ。

 だが、単純にそんなことなのだろうか?

 それなら、先ほどのあれだけの技術と力を持ったISの操縦者を用意する必要性が見当たらない。

 時間稼ぎをしたいのならば、いくらでも方法はあるはずだ。

 

 たとえば、車を転々としながら逃げたり、ISを使って一夏の身柄をより遠くへと持って行ったり……。考えればいくらでも出てくる。

 なぜここに来る必要があって、あれだけの操縦者が必要なのか。単にドイツという国だけの問題ではなさそうに思えてくる。

 それに“こちら側”という言葉も気になる。いったい、何が起こっているのか。それがまったくもってわからなかった。

 そうこう考えながら一夏を捜索していた千冬はようやく人の反応を見つけた。

 

 間違いないと確信した彼女はその反応目掛けて一直線に飛んだ。

 そこは砂利道が続くコンテナ等が積み重なっている場所。ここ付近にその人の反応があったのだ。

 千冬はISのセンサーの反応を頼りに慎重に進む。

 そして、人がいるであろうコンテナを見つけた。センサーは強く反応しており、間違いなくこの中に誰かがいるのが分かった。

 そのコンテナをISのパワーでこじ開ける。その中には気を失っている織斑一夏の姿があった。

 

 彼女は安堵した。この自分の下に一夏が帰ってきたことに。

 とりあえず、一夏の事を抱えて春樹の下へと戻るだけなのだが、このとき千冬は何か嫌な予感がしていた。先ほど戦闘を行ったことも気にかかっていたのだ。

 千冬はいつも以上に気を張りながら一夏を抱えて空を飛んだ。

 

 

  5

 

 

 一方その頃、春樹はエルネスティーネの車の助手席で黙り込んでいた。一夏の事をずっと想っていたのだ。

 ずっと家族のように接して、いつまでも平凡な生活があると思っていたのに、まさか一夏が目の前で誘拐されるとは夢にも思わなかったのだ。

 

 何故こんなことが起きるのかと春樹は考えていた。自分は何か悪いことをしたのかと、一夏が何か悪いことをしたのかと、なんで一夏がこんな目に合わなくてはいけないのかと。

 エルネスティーネはそんな春樹の事を見つめていた。この現状に苦悩する少年はいったいどんなことを考えているのかと気になったからだ。

 

「ねぇ、春樹君。大丈夫?」

「え?」

「汗かいてるし、表情もあまり良くないから……」

「ああ、すみません。とにかく心配なんですよ、一夏の事が」

「そう……」

 

 春樹は突然話しかけてきたエルネスティーネに対し、落ち着きながら答えた。今は落ち着いて千冬の帰りを待つのが春樹の仕事だからだ。

 しかし、春樹は何もできない自分が腹立たしかった。自分だって大切な家族のために何かアクションを起こしたい。そんな気持ちでいっぱいなのに、それなのに自分が動けば逆に千冬に迷惑がかかるだけだと、したくはないが理解はしている。

 もし、自分が、女性しか動かせないというISを動かせるとしたなら……すかさず一夏の救出に向かっただろうが、それは虚しい妄想に過ぎなかった。

 

 ISは女性しか起動させることが出来ない。

 その事実が春樹の身に重くのしかかる。

 すると、隣にいた女性が話し出した。

 

「春樹君。君にとって一夏君と千冬さんはどんな存在なのか、聞いてもいいかな?」

 

 エルネスティーネは急にそんな質問をしてきた。

 春樹は特に聞かれても問題はなかったので、いいですよ、と返すと春樹は言葉を続ける。

 

「小学生の頃に両親を失って、身寄りもなかった俺を迎え入れてくれたのが一夏と千冬姉ちゃんの二人でした。それから三人で暮らすようになって、本当の家族のような存在になったんです。今となっては家族と何ら変わりないですよ」

 

 そんな気持ちがあるからこそ、一夏の事がとても気になってしょうがないのだ。一夏を失うというのは、大切な家族を失うということだ。家族並みに近くにいる人を失うのは、友人を失うより遥かに辛い事だ。

 

「春樹君……。じゃあ、祈ろうか。一夏君が無事に戻ってくる事をね」

「そうですね……。千冬姉ちゃんが一夏を連れて帰ってくるはず」

 

 二人は手を両手で握って、一夏が無事であることを神に祈った。無駄だということは分かっている。だが、今春樹ができることはそれしかなかった。

 その祈りは、叶えられることになる。

 突然と鳴り響く通信が着ていることを知らせる音。このタイミングで通信を繋げてくるのは千冬以外考えられなかったし、事実その通信は千冬のものであった。

 

『こちら織斑千冬。一夏の身を保護した。怪我等も無い。早急にそちらに合流する』

「了解。一夏君の事も考えて飛んでくださいね」

『了解。分かっているよ』

 

 エルネスティーネが通信に応答すると、春樹の顔を見た。

 その時の彼の顔は安心しきって緊張の糸が切れたせいなのか、すっかり緩んでしまっている。

 

「良かったわね、春樹君。一夏君が見つかって」

「はい。本当に……良かった……」

 

 二人の気が緩んだ瞬間、赤黒いISがこちらへと向って飛んでくるのを見つけた。

 突然の出来事だが、エルネスティーネは即座にISを展開し攻撃に備えた。しかし、その赤黒いISは攻撃の意思は全く無く、そのまま何処かへと飛んで行った。

 そのとき、春樹はそのISの操縦者の目と目が合った。少し幼く感じたIS操縦者は春樹の事を見て微笑んだように見えた。それを春樹は気のせいには思えなかった。

 

「なんなんだ、今のISは……。アイツが犯人なのか……?」

 

 エルネスティーネはすぐにドイツ軍のIS部隊に連絡し、この周辺のISの反応を調べたのだが、ISの反応はもう見られなかった。ISの反応が無くなったのだ。

 

「くそっ!! 私が気を許したばっかりに……!」

「一夏が無事ならとりあえずそれで良かったですよ。でも……何のために一夏を誘拐したんでしょうね。その目的っていったい……」

 

 エルネスティーネはそう言われて改めて思った。言われてみればそうである。何の要求も無く、怪我も無し。ではいったい何の為の誘拐なんだろうか。

 よくよく思えば、こんな誘拐では何のメリットもない。……いや、ある。一夏を誘拐することで、織斑千冬が動かざるを得ない状況をこのタイミングで作ることによって、彼女をISの世界大会決勝に出場出来なくすることだ。

 

 そう考えた場合、この誘拐の犯人は、ドイツという国が行ったことになる。ドイツが世界一位になる為という下らない理由でこんな犯罪を起こしたことになる。

 エルネスティーネはドイツの人間である。この可能性が高いと思ったとき、何とも言えない気持ちになった。この事件を起こしたのは彼女ではないが、ドイツ人であるというだけで申し訳なく思ってしまった。

 すると、千冬が一夏を連れて帰ってきた。

 

「ただいま、春樹」

「おかえり。千冬姉ちゃん」

 

 二人は言葉を交わすと、千冬はISを解除した。

 

「お疲れ様です、織斑千冬さん」

「はい、ありがとうございます。一夏も無事ですよ。ただ、気を失ってはいますけどね」

「一夏君は安静にしておいてください。会場に着いたら医務室に連れて行きましょう。さぁ、会場に戻りましょうか。時間は……」

 

 エルネスティーネは現在時刻を見て、気を落としてしまった。決勝戦の開始時間から既に三〇分以上過ぎてしまっている。つまり、織斑千冬は失格だということだ。

 

「エルネスティーネ、どうか気を落とさないでください。あなたたちドイツ軍の人たちには本当にお世話になりました。ドイツ軍の協力なしでは一夏を救うことは叶わなかったと思います。ありがとうございました」

 

 一夏を抱えたまま千冬はエルネスティーネに向って軽くお辞儀をした。

 そんな丁寧に礼を言われるとも思っていなかった彼女は少し戸惑ってしまう。今回のこの事件はドイツの仕業という可能性が浮上してしまったから尚更だ。

 すると千冬はこんなことを言ってきた。

 

「あの、今回の事でどうかお礼をさせてください」

「いえ、そんな! こちらこそ、織斑千冬さんの事をサポートしきれず、決勝戦に間に合わせることが出来なかった。本当に申し訳ないです」

「そんなこと……!! 私たちはこうやって大切な家族を守ることが出来た。それだけで十分なんです。どうかお願いです。何かお礼をさせてください」

 

 エルネスティーネは困ってしまった。織斑千冬という人物が、そう言って頑なにお礼をさせてくれ、と言ってくる。

 彼女は考えた、何かいい案は無いかと……、すると春樹の方からこんな提案があった。

 

「エルネスティーネさん。エルネスティーネさんはドイツ軍のIS部隊の部隊長をしているんでしたよね? それなら、千冬姉ちゃんがその部隊のコーチをすればいいんじゃないかな。世界大会のチャンピオンに輝いたことがある織斑千冬が直々に教えるとなれば、部隊の人たちのレベルアップに貢献できるんじゃないかな。どう、千冬姉ちゃん?」

「え、あ、ああ。それもありだな……」

「それ良いですね。どうですか、織斑千冬さん、やっていただけないでしょうか?」

 

 エルネスティーネは春樹の提案に乗っかり、千冬に尋ねてみた。

 千冬は突然の事で、どうすればいいか少し迷っているが、確かに悪い案ではない、と思った千冬はいいですよ、と答えた。

 

「こんな私でよければ協力しますよ。いや、ぜひこの私を使ってください」

 

 千冬の強い押しにエルネスティーネはお願いするしかなかった。ただ、それができるかどうかの許可はドイツ軍の方に連絡を入れて許可をもらわなくてはいけない。それをエルネスティーネは念を押して伝えた。

 さて、これ以上ここにいてもしょうがないし、一夏を早く医務の人に見てもらわなくてはいけないので、早く大会会場へと戻ることにした三人は車に乗り込んだ。

 

 車は大会会場の方へと帰っていく。

 それを少し遠くから見ている人物がいた。

 身長は一五〇センチ程度、顔立ちはとても幼く、小学生にも見えなくはない女の子だ。いや、女性か。

 それは先ほど千冬と逃走劇をやった人物だ。

 その女性は顔にそぐわないが、何故か違和感のない艶めかしい声でこう言った。

 

「あなたは――」

 

 と、その時、彼女の目の前に新たなISが現れた。彼女はそのISと共に何処かへと飛んで行った。


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