時刻は、9時50分。ホームルームが始まる。
「総員、傾注。
これより第1回のホームルームを始める」
と、このクラスの担任であるフィリア・W・バルツァーがそう全体に声をかける。
心なしか、クラス全体に緊張が走る。
「さて、まぁよくもこの学校で私のクラスに配属されるような不幸者が毎年そろうな……
今年入ってきたお前らは顔立ちから言っていかにも死にそうな奴らばかりだ。不幸を相乗させるなよ? 全員」
次に出てきた言葉は、それはそれは失礼な物言いだった。
何人かの生徒は軽く怒りの表情や驚きを見せるが、なおも檀上のフィリアは続ける。
「まぁ、お前ら蛆虫共がここに来る理由なんぞ知らん。どうでもいいことだ、無理に語るな、時間の無駄だ。
お前らに期待するのはゾイドを操るセンスと、スカスカな脳みそとはいえ勝てる戦術を導き出せるであろうと言う事だけだ。
このクラスに来た以上、卒業まで私がお前らをただのクソ虫からまだまともなゾイド乗りのクソ虫に成長させてやる。
何か質問はあるか?」
先生質問です、なんでそこまで酷い事言うんですか?
誰もがそう言いたかった……だがやると言ったら必ずやるというフィリア先生の視線に耐えかねて何も言えなかった。
「はーい、せんせー!」
約一名、リナを除き。
「なんだ、校門破壊犯?」
「そう言えばクラスでまだ来ていない子がいるようですけどぉ、ホームルーム始めちゃってもいいんですかぁ?」
普通なら物怖じするか、酷いと反論するかだが、特にリナは反論せずに、先程から誰も座っていない真ん中の空席を指差して質問した。
「ああ、そこか。
個人的事情で1日遅れで来るそうだ」
「へー、そうなんですかぁー……」
「答えてやったんだから、総員間違ってもそこにいる女子生徒をいじめるなよ、生徒指導で帰りが遅れるのは御免こうむる。
……一度しか言わないぞ?」
殺気のおかげで、全員覚えた。
「まぁ、それはいい。個人的な話はここまでだ。
簡単にこの学校のオリエンテーションをしてやる、感度の悪い耳を立ててそのスカスカな脳みそに叩き込んでおけ」
と、前置きをしてから彼女は話し始める。
「お前らが入学する前に読んでいた資料のおさらいだ。
この学校は特殊でな、生徒募集は3年に一回しかやっていない」
このミューズ学園は、本当に募集は3年に一回しかやっていない。
募集した年の3年後に新たな入学者が入ってくる仕組みであり、卒業生は入学する生徒を見る前に卒業する。
「私立のくせしてよくそんなので学校が成り立っているなとつくづく思っているほどだ。
まぁ、つまりお前らは先輩も後輩もいない。従うべき人間は教師だけだし、部活動だってお前らがいきなり主力だ。
……もっとも、部活動なんてまともな物はほとんどないがな」
部活あるのか……と一部の人間は思った。
というか、野球部で甲子園(この場合、東方大陸のスポーツ施設の名前)、などというベタな事をするイメージが無い。
「だが、良い事にこのやけに広い敷地と金がかかった施設のほとんどは、40人7クラス分だけの物だ。
その方が気兼ねが無いとも思えるがな」
まぁ、そうではある。
窓を見れば、ミューズ森林地帯、さらにはロブ平野の広大な景色。
ここは幸い3階の校舎一番端の教室で、この学校に隣接するグラム湖も一望できる。
ここは、かつては西方大陸戦争の戦場だった場所でもある。
この地形の中でのゾイド戦、それを考えただけでも、胸が熱くなる。
それを、たった280人ぐらいだけで、使ってもいいのだ。
「まぁ、私のクラスとしても、広大な土地というのはありがたい。
……おっと、そうだこれも説明を入れるのを忘れていた」
と、言ってフィリアは、昔ながらの非電子式の黒板に、古き良き白チョークで何かを書いていく。
「お前ら、クラス分けの話は聞いているか?
この学校の理事長はどうも洒落好きでな、クラスわけにもある基準で生徒を分配している」
黒板に書かれた簡単な樹形図に、上に四角の中に『お前ら蛆虫』と書かれており、そこから分岐して、A、B、C……と、なぜかFの次にNと書かれたものが完成する。
「? Fの次が……N?」
「勘は良いようだな、出席番号24番、メルヴィン・リッツ・フィールグット。
これは単純なアルファベット順ではないと言う事だ」
と言って即座に何かをアルファベットの下に書きこむ。
ちなみに今現在。惑星Ziの公用語は地球の英語とおなじ言語である。
「A組のAには、『アサルト』と言う意味がある」
『Assault』の文字を書く。
「本当は強襲の意味だが、転じてここは格闘戦を意味している。
このクラスにいるのが大体の場合格闘戦至上主義で将来はゾイドウォーリアになりたいとか言っている輩どもだ……高速機動戦系の4足歩行のゾイドを持っていることが多いな」
要するにコマンドウルフをはじめとしたものだろう。
「同じように、B組は「BLOX」の頭文字だ。
東方大陸製の人工ゾイドを自在に操れる人間が多い。チェンジマイズとかいう曲芸も得意なクラスだ」
合体・変形などという芸当は、確かに他のゾイドにはなかなかできない。
場合によっては全く違う性能のゾイドもできる、変幻自在なゾイドたちだ。。
「まぁ、所詮2つは曲芸の真似事だ。別に気にするほどでもない」
それを曲芸と言い切るのが、この先生なのだ。
クラス全員が、この先生の性格を理解した。
「D組は『Detonator』、信管の名からか、手先が器用な戦闘工兵系のゾイド専門のクラスだ。ついでに補給や輸送、簡易なゾイド整備もできる連中だ、侮るなよ?
E組は『Electronic』、電子戦の頭文字だ。
一番面倒くさい陰険でクソみたいなクラスだ。対策を練らないとクソッタレな笑顔でバカにしてくるからお前らはこいつらの倒し方だけは真剣に考えるように」
なぜかE組にだけ敵意剥き出しでそう言い捨てる。
「それとF組は『Fighter』、飛行ゾイド中心のクラスだ、もちろん攻撃機も爆撃機も所有している。頭上に気を付けろよ?
最後のNは――――」
「『Navy』、海軍とかいうんだろどうせ?」
と、机の上に足を置き、ふんぞり返った姿勢で、クレーエが吐き捨てるように言う。
「ほう? 出席番号18番、クレーエ……名字はないのか?」
「知らんね。先生?」
「まぁ、どうでもいいが洞察だけは鋭いな。山猿のくせしてそこまで見抜くか」
実際、その会話を聞いていたリナは、さっきのヤンキーが良くそんな事をわかるな、と驚いていた。
「グラム湖の水深と大きさなら可能だろ?
というか、聞こえてんだよ、水の中からの気持ちよさそうな鳴き声がさ」
と、クレーエの言葉に、クラス全員が聞き耳を立てる。
………かすかに、聞こえた。
「態度はともかく、一つ最後に答えろ。
なんで気持ちよさそうだと思った?」
「あ? いいだろ、そう思っただけだよ」
「……そうか。
じゃあ今回は何もしないでやるが、さっさと足を降ろさないと、」
チャカッ、と音がしたと思えば、教師であるはずのフィリアの手に銃が握られていた。
指を引き金にかけない辺り、プロの握り方だ。
「へ?」
「え…!?」「ふぁ!?」「えぇ!?」
声を漏らす生徒もいれば、一気に血の気の引く人間もいた。
((あ、BICLER.HG‐45、帝国軍標準装備タイプだ))
若干2名、銃の種類まで特定できた。具体的にはリナとオティーリエの2名だった。
「本物だ。整備も行き届かせている。
この教室にいる限り生殺与奪件もあるわけだ」
「あ、あるわけねーだろ…!? じょ、冗談」
ダン、ダン、と音が響き、後ろの壁に穴が空く。
「本気だ」
「い、イカレてやがる…!」
「そう言う反骨精神は嫌いじゃないが、授業態度位まともにしろ。
死体の始末ほど面倒なことはない」
素直に従わざるを得なかった。
さすがに、ふんぞり返った足を机に戻す。
「良し。
さて、で、最後は我がクラスだ」
と言って、空白だったCの文字の下に、残りの文字を示す。
「このクラスはな、古来よりそれが出た瞬間から、戦場を塗り替え、今現在ですら確実に戦争に勝てるある武器の名を冠してある」
その下に書かれた文字は、「onnon」。
Cから続けて読むと、「Connon」。
「大砲(キャノン)…!」
「そうだ。
ここは砲撃と射撃を主眼に置き、他以上に『実戦』を念頭に置いた授業をするクラスだ」
古今東西、太古の昔、その武器が誕生したときから、
砲撃戦とは、戦場において最も重要な位置にある戦いである。
「お前たち自身、十分自分のスキルを知っているだろうが、お前たちは新入生の中でもとりわけ射撃適正や指揮官適正の高い物を選んだつもりだ。
ああ、言い忘れたが生徒をどのクラスに入れるかは、そのクラスの担任の仕事でな」
へぇ、とリナは周りを見る。
確かに、意外と頭のよさそうな顔つきが多い。学力ではない、知性の意味合いでだ。
「お前ら、喜べ。おそらくゾイドウォーリアーになろうと、戦場で活躍しようと、どうでも生きられる、人生を簡単に選べられるよう、みっちり鍛えてやる。
まだ適性が高いと言うだけで、お前らはクソだ。クソ以下の蛆虫に過ぎん。
幸いなことに、家に変えればママのところで泣きごとが言える学生の身分だ。
私は差別が嫌いだからな、お前らクソ学生はすべてが等しくクソ学生でしかない。
だから授業で容赦はしない、泣いたり笑ったりできなくしてやる。
それと、最後にこれだけは言っておく。
私の命令は絶対服従だ。口でゲロだのクソだの吐く前に前と後ろにマームを付けろ、とまでは言わないが、「はい、先生」ぐらいは言え。
休み時間の間好きなだけ悪態つかせるんだから、授業中は大人しくしていろ。
ロボットのように、ロードゲイルの指揮下のキメラブロックスのように、大人しく従え!
いいな?」
『はい先生』
クラス全員が、この無茶に一応従う。
「声が小さい! もう一度!」
『はい、先生!』
「お前らそろってタマ落としたのか!? もう一度、腹から力を込めて!!」
『はい、先生!!』
よし、とどうもフィリアは納得したようだった。
何というか、すごくどこかで聞いたことのあるやり取りだった。
「時間か……どうせまだこれから、たっぷりと授業はある。
午後はゾイドの慣らしやお披露目にグラウンドに予約は入れてやった、それまでは自由時間だ。
ああ、だが他はまだホームルーム中だろうから、ヒトニーニーマル(12:20)までは大人しく教室の中で過ごしていろ。
私は、少し用があるから席を外す」
以上、と言ってフィリアは一度クラス全員を一瞥する。
「起立!」
ごそごそ、と全員が立ち上がる。
「礼!」
バラつきのある角度でお辞儀をする。
「これで解散だ。
それと私がいないうちに学級内の委員を決めて置け。号令係もだ。
では失礼する」
そう言って、フィリアは教室を出て行った。
誰からともなく、全員が鋭い緊張から解放された中、密かに持ってきていた最高級の保温水筒の中のダージリン茶葉のレモンティーを取り出したリナは、蓋のカップに注ぎ、一口含んで嚥下してから、ゆっくり息を吐いてこう言った。
「なんてハートマンシップにあふれた先生なんですかねぇ……」
海兵隊の先任曹長の隠語から生まれたある意味での平等精神の俗称を言いつつ、こんなクラスに配属された自分にため息をついていた。