「……これ、やばくないですか?」
リナは、冷や汗交じりに現状をそう評した。
状況は最悪だった。
分断された半分の戦力に敵戦力が大集中し、包囲はすでに崩れ撤退中だ。
しかも、ドコゾノシマズ(地球人のスラング。敵の中央を突破して逃げ去る事)状態だ。
危険な撤退方法だが、まさかあんな趣味的なゾイドで追ってくるとは思わなかった。
「ジェノリッター……もう飛べよ、と言いたいマグネっサーシステム搭載型、そこまで格闘戦にこだわるかと言わんばかりの近接武器を持つ魔装竜の騎士……
発想が時代遅れながら、機動力でいえば惑星Zi最高クラス……!」
ぶつぶつ、コクピットでつぶやき、短い時間で思考をまとめる。
(このままじゃ我々のうち半分が死ぬ。
いや、こちらに戦力が集中していないだけ、片方のデスザウラーの荷電粒子砲が火を噴く状況になれば、全滅は必須。
かといって、あそこに突っ込めばジェノリッターに……もう一体のデスザウラー……)
ふと、リナの視線が変わる。
………ほかの部隊の動き。
敵の他の奴らは、今何をしているかを見る。
委員長以下が、頑張って持ちこたえている中殺到する、敵の動きに。
「………ああ、そういう事ですか。
………まだ、チャンスはある!」
にっ、と笑って、リナは座席の下から、水筒を取り出す。
紅茶だ。今、脳と体がタンニンとカフェインを欲している。
「……全部隊、聞こえますか? 副委員長のリナです」
そして、蓋に紅茶を注ぎながら、リナは言う。
「打開策を思い浮かびました。
FF隊、確かEMP発生器とチャフありましたよねぇ?
私以下スカウター隊のゼロとライジャーの2機にちょっと貸してください」
『こちらリンクス。何する気だよ、参謀閣下?』
すす、と口いっぱいに広がるアールグレイの柑橘の香りを楽しみながら、こう続ける。
「勝つための、作戦です」
***
『ぐぅ……!?』
「カリン殿ッ!?!」
その状況を見ていたオティーリエは、思わず叫ぶ。
『このゾイド…!!』
カリンは、見た目通りか弱いアイドル少女でピーキー性能なパイロットだが、その代わりバーサークフューラーを乗せた場合の戦闘力は、とてつもない。
C組だけじゃない、全校を見ても指折り、リナ曰く、3対1じゃなきゃ戦わないと言わせるほどのゾイド乗りだ。
今だって、片方しかない上に折れたマグネーザーを起用に動かし、尾でも相手の攻撃をさばいてはいる。
だが、相手のジェノリッターは、格が違った。
『こぉのぉ!!』
折れたとはいえ、いまだ敵装甲を引き裂く威力はあるマグネーザーを、大剣を起用に動かし、そらし、もう片方の刃を首元へと放つ。
一瞬のこの動きは、あまりに洗練されている。
『くぅッ!?』
避けようとしたが、装甲の一部が引き裂かれる。
内部が無事なだけで、事実命中しているようなものだ。
『つ、強い……! 今までの中でも、誰よりも……!!』
心の声が表に出る程、相手は強い。
動きが、技が、そのすべてが、
格上のはずのバーサークフューラーを上回っている。
***
「いい腕です。性能に頼りすぎていない」
だが、とツバキは、己の愛機たるジェノリッターをバーサークフューラーの目の前まで移動させる。
相手が反応し、尾による格闘を仕掛ける。
バーサークフューラーの尾は、小型マグネーザーともいえる武器を装備している。
「だが……機体性能を引き出しきっていないッ!」
首を捉えたはずのその攻撃に対し、頭部のブレードを当てて防ぐ。
防がれた、と驚くその一瞬を付き、横ばいに体当たりを叩き込む。
鉄のきしむ音、ひしゃげる嫌な音があたりに響き、バーサークフューラーが吹き飛ばされる。
「ゾイドは人馬一体。
心で動かすものです……心で!」
***
『う、あ……!』
バチバチと各部にスパークが見える。
バーサークフューラーは、いまだシステムフリーズを起こしていないのが不思議な損傷だった。
「………なんてことだ……なんてことでありますか……!!」
エレファンダーでいまだ戦いつつも、パンツァー隊指揮官として、今現在孤立した半分の参謀として、自分が情けなるオティーリエ。
『ぼさっとしないで!! まだこっちもピンチなのよ!!』
ハッとなって、周りを見れば、孤軍奮闘、四面楚歌の自分たちだ。
荷電粒子砲を警戒し、あわよくば敵を盾とすべく敵中を突っ込むこの作戦だった。
だが、結果は、エース機の蹂躙により、思うように運んでいない。
(負ける……!?
最悪な形で負ける…!!)
デスザウラーの位置を見る。
もう近くだ……荷電粒子砲発射可能な位置に一体、先ほどまいた、ボロボロでもまだ動く個体が一体。
目視できる程度には近い。
「カリン殿、もういいこちらへ!! 我々も援護するであります」
だが、動揺だけしている場合ではない。
バーサークフューラーにはまだ仕事がある。失うわけにもいかない。
幸い、こちらはまだ一機しか失っておらず、最大火力のガンブラスターは無事だ。
『オラオラ、他にもいんだよゾイドはなぁ!!』
『……』
援護、と言わんばかりの集中砲火がジェノリッターを襲い、回避したすきに、バーサークフューラーが起き上がり、こちらに来る。
『ご、ごめんなさい!!』
「気にしない!! まだ仕事は残っているでありますよ!!」
そうだ。まだ戦いは終わっていない。
それに、そろそろだ。
そろそろ、リナが何か仕掛けてくれるはず。
***
「………成程、ならば……」
ズン、とガンブラスターの砲撃をよけ、味方機体のEシールドに守られつつ、ツバキはジェノリッターのアンカーを下す。
「全軍、相手の足を止めて退きなさい。
撃ちます」
尾を伸ばし、廃熱フィンを展開。
頭部をおろし、前へ向かい口を開ける。
荷電粒子砲の、発射体制だ。
***
『距離を放し始めたわ!!』
『クッ……もう、弾幕もかなりの物に…!!』
「くっそ、せめて道連れ一機でも…!!」
気が付けば、一か所にまとめられていた。
しまった、と思う間に、敵の荷電粒子砲が向く。
***
「終わりです」
そして、荷電粒子砲のチャージが完了する。
「少しは楽しめましたよ、ミューズ学園さん」
収束した光が、一層の輝きを放つ。
守っていたゾイドがEシールドを解き、両脇へ急いで退避する。
そして、凝縮された荷電粒子のエネルギーが解き放たれる。
その瞬間、
『ずぉぉぉぉぉぉぉぁああああああああああああああっっっ!!!!』
「!?!」
何かが、すさまじい速度で突進したと思った瞬間、コックピットがあらぬ方向へ向く。
「ぐっ!?」
とっさに出た荷電粒子砲は、大きく右側に向かって放たれた。
***
不幸か、あるいは狙ったのか、
なんと、無事なデスザウラーへ向かい、荷電粒子砲が放たれていた。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!』
いくら超重装甲と言えど、荷電粒子砲を完全に防ぐことは難しい。
システムフリーズを起こしはしなかったが、当たった場所の装甲は完全に融解してしまう。
***
「クッ…!?」
ずぅん、という音を立て、顔の真下の何かが膝をつく。
「これは……!?」
そこには、ライオン型小型ゾイド―――ライジャーの姿があった。
***
「よくやった、ライジャー……今日の仕事は、ここまでで、いい…!」
全速力で突進し、その勢いで荷電粒子砲の発射方向をずらす。
最高速度340、ライトニングサイクスを超える速度を持つライジャーには……それだけでシステムフリーズを起こすほどの衝撃になる。
「あとは、頼んだぞ……!」
そして、その背後から、本命が跳躍し、現れる。
***
「!?」
瞬間、黄金色の煌く4つの線が見えた。
(ストライクレーザークロー!?)
とっさに、いまだ荷電粒子砲の影響残るジェノリッターを回避させ、ドラグーンシュタールで迎撃。
一瞬の拮抗と共に、相手が大きく後方の跳躍した。
「ライガーゼロ…!!」
振り返り、その視線の先には一機、
イェーガーユニットベースの改造ライガーゼロがいる。
「!?」
そして、あたりには銀色の何かが降り注ぎ、周りを舞っている。
「チャフか…!?」
それは、電磁波を阻害するための金属片。
レーダー、通信、そう言ったものをダメにするものだ。
「全軍、応答を!」
とっさに、通信機のスイッチを入れる。
ノイズだけだ。
「まさか、彼女らは、」
ずがぁん、と衝撃が走る。
ライガーゼロからの、砲撃だ。
「クッ……『気づかれた』というのか…!?!」
それは、とても予想外のことになった。
***
「フォートレス及びFF隊は、フォートレス隊を中心に弾丸陣形成。適当に突っ込んでかき回してください。
ヴォルケーノ隊は小型の火力を利用し敵内部へ浸透し、パンツァー、アーチャー両隊、残りのFFとの合流。後に引っ掻き回した部分と合流し、ガッチガチに防御を固めてください」
以上が、リナのまず言い出した作戦だった。
『で、参謀閣下は何を?』
「あのジェノリッター、あれがあちらの私ポジションです。
そして、それ以外にまともな戦術を立てられる人間は相手にはいません」
と、リナの言葉に全員が驚く。
『副委員長。断言するのなら、確証はあるのですね?』
「動きを見ればわかりますよ。相手の隊長以下にいるのは、突撃を恐れない勇敢な兵士だけです。
でも、それだけじゃあ、コマンドタクティクスは勝てませんって!
問題は……相手は将とエースが同じという事。」
さて、と半分の部隊に、リナは最後に伝えた。
「全力で防御。そして全力の砲撃。
これだけ守れば五体満足とはいいがたいですが、この戦い、今からならなんとか勝てます。
私を信じてください。
ま、失敗しても、何とか相手の参謀とは刺し違えますから♪」
『突入後のこちらの指揮の引継ぎは、私ことユキカゼ・コールドが引き継いでも?』
「私は異議なしですが、こちら側の参謀各位に異議のある方は~?」
『ヴォルケーノ隊、こちらは異議ありません』
『美人には従うさ。だろう?』
『フォートレスの隊長さんなんだけどよぉ、
なんで隊長差し置いてこいつなんだよ、オイ』
『あなたには、存分に暴れて暴れて、戦ってもらいます。そのためです』
矢継ぎ早にそんな確認事項やら気の抜けた掛け合いが始まる。
まぁ、士気は上場という事だろう
「はいはい、異議なしってことで良しですねー?
ヒルダさーん、行きましょうか~?」
『準備はできているさ!! ライジャーもいつでも走り出せる!!』
「壊れてほしくもないけど……修理が大変そうですからね~、レアゾイドちゃんだし」
と、リナは軽口と共に、自身の乗るクロムウェルのコックピットを撫でてやる。
「頑張ってくださいよ~? 働きによっては、いつものライガー批判を少し減らしてあげますから……!」
ライガーゼロは本来気性の荒いゾイドのはずだが、クロムウェルは「はいはい、わかったわかった」とでも言わんばかりの薄い反応だった。いつものことだ。
さて、とリナは左右の操縦桿を握る。
「レオマスターっぽいこと、しちゃいますか!!」
***