ミューズ学園、校庭の端。
「いよいよね」
そこで、その肩から誘導ビーコンを放つハンマーロックの隣で、腰に手を当てたまま真上のホエールキングを見て言い放つ。
「あ、あわわわ、おっきいです…!!」
と、その横で『エースパイロット代表』という名目で連れてきたカリンは不安そうにつぶやき、バーサークフューラー(ココロ)は今にも荷電粒子砲でも発射しそうなほど吠えていた。
「まぁね。でもホエールキングなんて、ただの強襲揚陸艦。
ああ、要するに前線に荷物を届けるためだけの船ってところね。本体自体に戦闘力は皆無よ。
――――ただ、中から鬼が出るか蛇が出るかがわからないだけの、ね」
ドシィン、とホエールキングが着陸し、校庭の土を多く巻き上げる。
「お、鬼は怖いです……!」
「いい、カリンちゃん?
鬼で済んだら御の字、とヘリック大統領は言ったわ。
ホエールキングの腹には魔獣が宿るとも、ね」
震えるカリン、対して堂々とホエールキングを見据えるメルヴィン。
そして、着陸したホエールキングのハッチであるその口が、開く。
「―――ひっ!?」
「……あらあら」
ドシィン、と踏み出す巨大なる足。
その姿は、まさに恐ろしき竜と書いて、『恐竜』。
むき出しの歯は破壊、赤く細い目は悪意。
黒き体表は恐怖、そして駆動する音は戦慄。
あれこそ、帝国が開発した、最凶のゾイド。
またの名を、『死を呼ぶ巨竜』。
「あ、ああ、で、で、でででででで!?!?!」
「『RZ‐021 デスザウラー』ね。
ほら、ヘリック大統領の格言に間違いはないじゃない」
ホエールキングから出てきたのは、デスザウラーだった。
いまだに帝国でも主力機の座に君臨する『魔竜』にして、惑星Zi最大最凶のゾイド。
「それが3体ね」
そして、その後ろから現れたのは、さらにもう2体のデスザウラー。
「で、デスザウラーって、今でも最強のゾイドじゃないんですかぁ…!?」
「こらこら騒がない。
ここで恐ろしがっては相手の思うつぼよ」
あまりの出来事に、戦慄するカリン。
それは、バーサークフューラーですらデスザウラーと戦って勝てるかどうか怪しい。
実質、デスザウラーはそれほど強いのだ。
しかし、メルヴィンは、案外冷静だった。
「これは、一種のプロパガンダね。
相手はまずは私たちの士気をそごうとこうやってきたみたいね」
それどころか、こんな相手を目の前にして――――ゾイドの腕前でも、乗るゾイドでも勝てないとわかるはずのメルヴィンは、しかしむしろ恐ろしいぐらいに笑っていた。
「フッ、こういう相手の鼻っ柱を折るのが私の仕事よ」
「で、でも、勝てないような相手が3機もいるんですよ!?」
「この世に無敵は存在しないわ。
デスザウラーが最強であるのなら、なぜ帝国は負けて今じゃ傀儡同然の扱いなのかしらね?」
「そ、それ問題発言じゃ……」
「いい、カリンちゃん?
私は戦術もゾイドの扱いも下手だけど、」
と、言って、近づいてくる1体のデスザウラーを見据えるメルヴィン。
「私は、クラスを率いる委員長なの」
と、言ってメルヴィンは笑っていた。
***
デスザウラーのハッチが開く。
中から、敵の高校のリーダーと思わしき雰囲気の金髪少女が、こちらを見据える。
「失礼、あなた方がミューズ学園の迎えの物か!?」
「初めまして、シュバルツ高等学校の方ね。
今回戦うC組の委員長、メルヴィン・リッツ・フィールグッドよ?」
よっと、と言って下げられたコックピットから飛び降りた金髪の女子生徒に、右手を差し出してメルヴィンは名乗る。
「エルフリーダ・v・ブリッツェンだ。
シュバルツェスシュトルムの1年総長をしている」
「あら、よかったわ。私たちもまだゾイドに乗って日が浅いの。
これなら勝率がだいぶ上がるわ」
一瞬、笑顔の二人の間に、不穏な空気が流れる。
「はっはっは、お手柔らかに頼みたいものだな。
こちらもそちらと戦うのが怖くてデスザウラーを3体も用意したほどだ」
笑って会話しているが、なぜか隣のカリンは二人が怖かった。
「デスザウラーはいい機体よね。
いまだに現役ですもの、これは苦戦しそうね」
「あっはっはっは、そちらこそハンマーロックとは、素直で扱いやすい名機ではないか」
遠まわしにだが、完全にお互い貶しあっていた。
カリンは、泣きそうだった。
「ええ、電子線装備を積んで指揮機に特化させても大人しいもの。
凶暴で扱いづらい機体は苦手なの」
「指揮官機か、生き残ってもらっては厄介そうだ。
失礼だが、先にたさせてもらうことになりそうだな、小さくて当てにくいが」
お互い笑いあう。
後ろには、何か恐ろしい影がうごめくのがカリンには見えた。
「まぁ、デスザウラーだなんて優秀な機体ですもの、
心してかかるわ、負けたくないもの」
「はっはっは、蹂躙などという状況は勘弁願いたいな」
「ふふふふふ、さすがにそんな展開にはならないわ?
……さて、物は相談なんだけど」
と、一瞬真顔になるメルヴィン。軽く眼鏡を直し言う。
「こちらとしても、呼び出しておいて恐縮なのだけど、
ゾイドバトルルールを『コマンドタクティクス』ルールでやらないかしら?」
と、その提案に、相手が虚を突かれたような顔を向ける。
「………ほう、なかなか面白いルールをご存じだな?
ふむ、いいだろう。面白そうだ」
ふふ、と相手の笑みに笑みで返すメルヴィン。
「ありがとう、ブリッツェンさん?」
「貴殿と話せて光栄だ、フィールグッド殿?」
と、言って、エルフリーダという名の敵の大将は背を向ける。
「―――――こちらも全力で、正面からそちらと戦おう」
「あら、後ろを気にしなくてもいいの?」
「フッ、
我がシュベルツェスシュトルムに迂回と撤退の2文字はない」
「じゃあ言ってあげる。
――――迂回しなきゃ死ぬわよ?」
はっはっはっは、という笑い声を放ち、頭を下げたデスザウラーに乗り込むエルフリーダ。
「死なばもろとも。
――――存分にそちらをつぶす!!」
「つぶせると思って?
私たちは足裏から食い破るわよ!!!」
ふ、という笑みのみを残し、デスザウラーのハッチが閉じる。
そして、ゆったりとした足取りで、デスザウラーは戻っていった。
***
「~!!」
ドサッ、とその時点になってカリンは地面にへたり込んだ。
「な、なな……なんだったんですか、い、今の…?」
「まぁ、小学生レベルの『外交手段としての宣戦布告』ね。
――――ここで重要なのは、何があろうと余裕の態度を貫くことよ」
&、と言ってカリンを見る。
「&、わかりやすい弱点を見せること、よ?」
「え…?」
「いや~、ごめんなさいね、カリンちゃん?
ほら、C組で一番弱々しそうで肝が据わっていないのはカリンちゃんだけだったからね?」
「へ?」
言われてる意味が分からなかった。
そんなカリンを見ながら、こう言葉を紡ぐ。
「相手に、私以外が弱いと少しでも思ってしまうきっかけがほしかったの。
単純でしょ? でもどうしても引っかかりやすいのも事実。
ゾイドは間違いを起こさないが戦術と戦略は立てられない。
人間は間違いを起こすけど戦術と戦略を立てられる。
だったら話は簡単だ、敵のトップの間違いを誘発してやればいい。
そうすればゾイドが間違わなくても、こちらが勝てる。
ヘリック大統領の格言ね」
「え……?
え、あ、えええ!?!?!」
ようやく、メルヴィンの言っていることが理解できた。
「で、でも私一人で油断だなんて…!!」
「そうね、しないかもしれないわね?
でもする可能性も、ある。ならばやるの。
リスクは回避するものだけど、リスクだけ考えて進むのは愚の骨頂よ?」
これもヘリック大統領の名言、とメルヴィンは続ける。
「さて、これで大分相手の大将の性格がわかったわ。
まぁ、おかげで相手の大将にこちらの性格がわかってしまった。
5分5分だけど、ようやく5分に持ち込めたと喜ぶべきね!」
と、言って納得し、メルヴィンも踵を返す。
「バトル開始は1時間!!
帰ったら30分の参謀会議よ!!」
メルヴィンは、隣のカリンの不安をよそに、笑っていた。
カリンは、それが妙に頼もしく感じていた。
***
「………ところで、そこに隠れているカメラマンさん!
良いの撮れた!?」
「はい、ばっちり!!!」
と、メルヴィンは最後に、実は後ろで番組に使う映像をとっていたあのカメラマン達3人に声をかけた。
「いや~、デスザウラーのアップだけじゃなくって、なかなか絵になる会話が見れましたよ!
これが半分はドキュメンタリーなんだから、恐ろしいっすね!」
「委員長、声の張り良すぎなんだな、本当、助かるんだな!」
「ま、こっちだってカリンちゃんの番組のためでもあるんだもの。
無様なのはいけないでしょう?」
と、言うメルヴィンを見て、カリンはひそかに(ひょっとして委員長、テレビの才能あるかも…!)と思ったのは、特に今日のこれからの戦いとは関係がなかった。
***
「ツバキ、聞こえるか!?
いい展開だ、まさか我々と同じ方法を相手が挑んでくるとは思わなかったぞ!」
デスザウラーの中、エルフリーダはそう叫び声を上げる。
『敵も『コマンドタクティクス』ルールを!?』
「ああ。
――――さぁ、我々の嵐が吹き荒れる時だ!!」
エルフリーダも、勝利を確信し、同じように笑っていた。
戦いのときまで、あと少し。