ゾイド倉庫、13時20分
A組用のスペースにて
「――――総員、ゾイドへ搭乗しなさい!」
ばっ、と手を掲げ、A組の委員長でもあるアリシアは、特注の白いパイロットスーツ姿で、同じような格好の自分のクラス全員にそう叫ぶ。
ちなみに、
この学校の校則では、『ゾイドに乗る際の衣服としては、特に規定はしない。ただし、動きやすい格好を推奨する』と書いているので、奇抜なように見えて、一番校則に準じた格好だったりする。
「相手はたかが砲台、と侮るべからず!
総員、持てる技能をすべて使い果たすつもりで行きましょう!!」
ば、と自分の腕を前に伸ばし、全ての生徒に指示を出す。
「我々は入学式でも好成績を残した者達ですわ!
A組の名を持って、真のゾイド乗りとなるべく、正々堂々戦いましょう!」
共和国の名中型ゾイド、コマンドウルフが、
大陸を震撼させた初の高速戦ゾイド、セイバータイガーが、
金色の剣を携えた師子王、ブレードライガーが、
ガイロス帝国の黒い稲妻、ライトニングサイクスが、
そして、それを率いる、アリシアの駆るライガーゼロの格闘戦特化、ライガーゼロシュナイダーが、格納庫から飛び出す。
それは、雄々しき百獣の行進。
一糸乱れぬ、メカ生体の行軍だ。
***
「来たみたいね…!」
校庭の、大体中央部にメルヴィンはいた。
彼女は、旧共和国軍正式使用型のパイロットスーツ――――ほとんど歩兵の装備のような姿で、ヘルメットのバイザー型のHMDを上にずらして、彼ら、あるいは彼女らを見る。
ちなみに彼女は、旧ゼネバス帝国軍の開発した『小型アイアンコング』ことEZ‐056『ハンマーロック』の掌の上で、それを見ている。
この帝国の小型ゾイドの名機を、この学園の備品ゾイドから選んだ。
「……うわー、全機来てるんすけど……」
そして、その隣の自分のゾイドの下で、クレーエが地球で言うライダースジャケットに似た正式ゾイド競技用のスーツを、わざとファスナーを閉めず下に来たタンクトップを見せるような格好で、両手を頭の後ろに回してそう、どこかうんざりした様子でしゃべる。
何というか、ガラの悪さに似合う姿である。
「まぁ、こっちはこれだけだしなー」
「よくもまぁ、こんな事思い浮かぶわねぇ、私のクラスの副委員長は」
二人は、そんな緊張の少ない会話を続けていた。
「その割には、お前楽しそうじゃん?」
「あなたこそ?」
「へっ……
お前だって思ってんだろ?
この戦い、マジで面白くなりそうだ、ってな?」
二人は、軽く邪悪な笑いをあげる。
が、そんなうちに目の前に、A組の全ゾイドが目の前に止まる。
そして、中央に止まったライガーゼロシュナイダーが頭を下げ、キャノピーを開く。
「―――あーら、どうやらあなた達二人以外は恐れをなして逃げ出したみたいですわね~?」
出てきたアリシアは、開口1番で嫌みを言ってきた。
「お前一人だったら、オレのゾイドで十分だよ、お嬢様ぁ?」
不機嫌をそのまま喉から吐き出して、クレーエは敵意をむき出しにする。
「貴女の、ゾイドぉ?」
クスクス、とアリシアは、そのクレーエの後ろにいるゾイドを指してか、コロコロ笑う。
そこにいたのは、赤い巨大なゾイド。
全身は重装甲、そして重武装。
その名前を示す赤い塗装、そして鼻の赤い角。
襟巻のような装甲を、野生体の時点で持つ、4足歩行型重ゾイド。
その名は、
EZ‐004 レッドホーン
「あらあら、随分と重そうなゾイドですわねぇ?」
見るからに馬鹿にしたように笑うアリシアに、どんどん額の青筋が濃くなる。
「こんなゾイドで、私のライガーゼロシュナイダーと渡り合えるとでも?
ついていくだけで精一杯でしょうねぇ、自慢の装甲もシュナイダーに劣るでしょうし?
まぁ、そんなゾイドでどう戦うってわけですのぉ?
おーっほっほほ、グエ!?」
笑った所で、とりあえず持っていた石をクレーエは額にぶつけていた。
「ちょ、何しやがりますの、この野蛮人!」
「いやぁ、うるさいハエがいるもんでついさぁ、許してくれよぉ?
まぁ、ご自慢のゼロシュナイダーの防御力なら大丈夫かなって思ってよぉ、アレそれともEシールドのバッテリー切れだったかぁ? ゴメンなぁ?」
ヘラヘラ笑ってアリシアに対して敵意を見せつけるクレーエ。
「……ふん!
どうせ、ライガーゼロよりも重い機体に、負けるはずがないわ!」
「―――ねぇ、A組の委員長さん?
実は、レッドホーンは94トンとそこのブレードライガーと同じか、ちょっと重い程度なのよ」
と、そこでメルヴィンが前に出た上で、そう声を発する。
「それどころか、ライガーゼロシュナイダーの重量は135トン。
ここにいるクレーエの持っているレッドホーン……えっと、名前なんだっけ?」
「フォートだよ、フォート。
オレの舎弟二号のフォートだ、オラお前挨拶してやれ」
くぉぉぉぉぉ、とレッドホーンが鳴く。
「そう、このC組のクラスメイトのゾイド、フォート君はこの重武装でも弾薬込みで113トン!
ねぇ? 貴女よりスリムじゃない?」
「ちげぇよ、あのライガー。筋肉ダルマなんだよ、スタイルは良いんだ。
ボディビル大会だったら、絶対優勝狙えるぜぇ?」
「ついでに言えば、ライガーゼロの生産台数467機の中の内、シュナイダーはせいぜい89機。
レッドホーンの総生産数は、4ケタを超えてから今も記録更新中よ?
扱いやすいゾイドだからねー、まぁエースパイロット専用のライガーの方が強いのは当然だけど」
二人そろって相手のヘイトをあげるように笑い、アリシアの顔を真っ赤に変える。
「そ、それがどうしたと言うのですわ!?
そんな事、そ、そうです、そんな事! どうせ速度でも格闘性能でも下っ端のゾイドと比べられても――――」
「敵を知れ、己を知れ。
その二つだけは必ずしろ、そしてどちらも欠かすな。
徹底的に解析した先に本当の勝利がある。
ヘリック大統領の有名な語録よ、知っているかしら?
ちなみに、私達はあなた達の使うであろうゾイドをあらかじめにきちんと予想してそのスペックを全て頭に叩き込んでいるわ?」
な、と驚く相手に対し、メルヴィンは続ける。
「情報は、敵のであれ味方のであれ、大事な物よ?
それをおろそかにして、どうして勝てると決めつけるのかしら?
まぁ、弱点だけは知っているようだけどあなたはレッドホーンの性能をちゃんと知っている?
鼻から眼中にない、今私の乗っているハンマーロック君の性能は?
知らないなら知らないで、見て思わない?
レッドホーンの体当たり喰らっても同じこと言えると思うか、って?」
「まぁ、お得意のEシールドで守れるんじゃね?
ま、全力稼働で40秒の超高エネルギー障壁なら、さ!
ま、完全野生体の動力で3分のチャージが必要なしろもんだし、守れるだろうよ!」
メルヴィンの言葉に追い詰められたアリシアに、見た目に似合わない専門的な事を言って、ライガーゼロシュナイダーをバカにする。
もう、アリシアの顔は、面白いように怒りにひきつっている。
少々、やり過ぎな気もしないでもないが、実は、
「あー二人とも、ちょっといいですか?
二人だけで開始の号令に立ち会ってもらった上で、どうかA組のリーダーの頭を沸騰させまくってください」
というリナの指示を素直に従っているだけだった。
「な、な、なぁ!?」
(うわー、ゆでだこみたいな顔だなー、おい)
(ここまで乗せられやすい人間はいないわね?)
「こ、こ、ここまでの侮辱は初めてですわ!!」
「オレはもっとすごいの知ってるぜぇ?」
「私も知ってるわね。
あなた幸せねぇ?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ~!!!!」
歯をむき出しにして怒りをあらわにするアリシア。
と、その辺で、ガシガシと歩く音がする。
『うぉーい!! 遅れてゴメンよー!!』
と、クレーエには聞き覚えのある、あのA組の体育会系のジャージの教師のヒビキらしい声が響く。
向こうから来たのは、ゴドスの子供、というか、子供の骨、とでも言えるゾイド。
EMZ‐01『ガリウス』。
それも、背中に残りゾイドの数やら何やらを映す巨大モニター、そして両腕は青と赤に片腕ずつ塗られた、団扇に似た形になっている。
ガリウス、競技用採点及び審判仕様。
学園内愛称、『ガリウス・ジャッジマン』だ。
「先生! 遅いですわ!」
『いやさー、このガリウスちゃんがお昼寝中で、な~かなか起きてくれなくてさ~?
まあ、良いじゃん! おー、随分そっち少なくね?』
「そっちの生徒があまりに優秀なので、小手先の策でも練ろうと思って」
あまりの皮肉にアリシアが絶句している中、ヒビキ先生はおー、じょーとーじょーとー、とケラケラ笑っている。
『まま、とりあえず代表が顔合わせをするっていうルールはまもってるしさー、殊勝じゃん?
でもうちのクラスも、意外と強そうだぜー? 油断すんなよなー?
そんじゃまー始めようぜー』
と、言って、彼女は両陣営の間に立つ。
何というか、向こうも調子を狂わされたのか、はぁ、とため息をついてライガーゼロに乗り込んだ。
『何はともあれ、ここからは真剣な勝負の時間!
私は、たとえ相手があなた方のような低俗で思慮の浅い人間に対しても、正々堂々と戦うだけの誇りを持っていますわ!』
「そりゃ、あんがとさん。
じゃあ、こっちも手加減なしだな」
「ま、手加減して相手できるわけないけどね、こっちも素人だもの」
プシュン、と音を立てて、二つの帝国ゾイドの装甲キャノピーが開く。
中に二人が入り、そしてキャノピーが閉まる。
ちなみに、レッドホーンはコックピット装甲のそのさらに内部にハンマーロックの者に似たコックピットモジュールがある多重構造であり、その様子は最初期型の風格を良く表している。
『それではー、A組VSC組のゾイドバトルを始めるよー?
バトルモード0982、頭数は同数の総当たり戦ねー!
じゃ、全員生徒手帳代わりのゾイドギアを出してー!』
と、その掛け声と共に、全員がある小型端末を取り出す。
地球の常識はどうだったかは知らないが、一応元はこれも地球の物だったはずだ。
ゾイドギア。通信、情報検索、そしてゾイドバトルの記録や踏力を行う複合機械。
そして、この学校ではこれを生徒手帳代わりに支給していた。
『ゾイドギアを、両軍セット!』
広域無線通信に流される指示通り、コックピットの左わき外付け端末にゾイドギアをセットする。
『このバトルに参加するゾイド、全部で80機を登録中……
80機、登録完了! 準備は良いみたいだねー!?」
両クラスのゾイドたちの間に、人に、緊張が走る。
人間は表情を硬くし、ゾイドは唸り声を上げ始める。
『あー、コホンコホン!
A組チームVS、C組チーム!』
緊張感のない言葉、だがそれでも緊張ができた。
まるで、地球から伝わった西部劇のワンシーンだ。
『バトルモード、0982!!
レディー、』
そして、その時が来た。
始まる、その一言で。
『ゴォォォォォォォォッッ!!!』
鳴った。戦いのゴングが、鳴った。
今、確かに、聴覚的にも、そして場を包む空気としても。
戦いの火ぶたが確かに切り落とされた、その時、
「総員、」
A組は、一気に勝負をかけるべく動こうとし、
「突げ――――――――!?」
すでに動いている者に、先手を取られたのだ。