RAIL WARS ! ~車掌になりたい少年の話~   作:元町湊

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40両目

「やばいな……」

 

 

 少なくとも横川まであと5km。

 熱がこもって効きにくくなっているとしたら、あと少しでDユニットはぶっ壊れるだろう。

 

 

「仕方ない」

 

 

 そう呟いて時計を見、今後の方針を決める。

 電制が壊れるまでは使い倒す。壊れたら空制で止めて岩泉に走ってもらおう。

 空制で走り続けない理由はただ一つ。空制が壊れたときのバックアップがないからだ。そんな状況でフェード現象なんて起こされたらたまったもんじゃない。

 それにこの時間なら走ってもらっても間に合うだろう。

 

 

「とりあえず丸山変電所辺りまではもってもらいたいな……」

 

 

 あそこまで持ってくれればその先は大分走りやすくていいのだが。

 

 

 「ま、機関区までもってくれるのが一番なんだけどね……」

 

 

 と付け加えて空制を一応確認しておく。

 それ用のブレーキ弁を見ると、ユルメ、保チ、込メ、非常の文字が見えた。

 空気を込めると、圧力計の針が少し動き、空制は正常と判断してすぐに解除する。

 

 

「ねぇ、臼井」

 

「なんだ?」

 

 

 第2号トンネルを抜けたころ、後ろに小海さんと一緒に座っている桜井が話しかけた。

 

 

「後ろのコレ、すっごい熱そうなんだけど」

 

「そういうものだから気にすんな」

 

「えぇ……」

 

 

 怪しげにD装備のほうを見る桜井。

 だがもう少し我慢してもらおう。桜井も、電制も。

 第2号トンネルを出てしばらく走り、今度は第1号トンネルを通過する。

 この長さはそれほどなく、すぐに出口だ。

 

 

「トンネルは全部抜けた。あとはここを下りきれば横川だ」

 

 

 タイムリミットまであと1時間半。このままいけばあと数分で横川に着けるだろう。

 長い勾配を下り続け、右にカーブする。左手に丸山変電所を見ながら進み、また直線の下り勾配に突入する。

 この直線を下り終え、左に曲がれば横川だ。

 

 

「ラストスパートだ」

 

 

 電制を少し弱めて車速を上げる。

 勾配はまだあるがさっきまでよりは緩いし、電制も空制もまだ効く。最後の時間稼ぎだ。

 上信越道の高架を過ぎたあたりで電制をもう一度掛ける。機関区は目の前だ。

 

 

「もうすぐ機関区だ。適当に止めるから何かに掴まっといてくれ」

 

 

 左カーブを抜けきり、機関区がすぐ脇に見え、電制と空制を思いっきり効かせて車両を止める。

 D装備の低い駆動音や滑走による甲高いブレーキ音が聞こえ、車両は止まった。

 

 

「桜井、行ってくれ」

 

「ええ!」

 

 

 輸送ケースをもって桜井は外へ飛び出した。

 

 

「任務終了、か」

 

「そうだな……。とりあえずこいつを適当な場所に移動させよう。岩泉」

 

「あいよっ!」

 

 

 その後横川駅まで車両を移動させ、そこで高山と小海さんを下ろして軽井沢に引き返すことにした。

 高山達と協力し、車両の向きを変える

 

 

「じゃあ、軽井沢まで頼む」

 

「おう!」

 

「2人は桜井と先に研修所に戻っててくれ。雨も止んだし、そろそろ電車も動いてくれるだろう」

 

 

 土砂災害のごたごたが終わるまでに戻らないと、終電後に回送しなきゃいけなくなる。

 

 

「じゃあ、あとで」

 

 

 2人に別れを告げ、岩泉に指示を出して横川を出発する。

 行きは下り線を下ったが、帰りは下り線を上る。まあ本来の運転方向だが。

 

 

「うおおおぉぉぉりゃああ!」

 

 

 勢いよく漕いでくれたおかげで車両は快調に進む。

 碓氷峠の急勾配をものともせず、一気に来た道を戻る。

 

 

「途中で変わろうか?」

 

「行き全然漕げなかったからな、体力はまだまだ余裕だぜ!」

 

 

 本当に余裕らしく、熊ノ平を過ぎても勢いは衰えること無かった。

 結局そのまま軽井沢に到着し、本部長や和歌山さんたちに報告する。

 

 

「先程臓器が届いたと連絡がありました。

 皆さん、本当にありがとうございます」

 

 

 俺からの報告を聞くと、大糸さんはそう言って深く頭を下げた。

 この後運転再開後1番の列車で前橋に向かうらしい。

 

 

「お役に立てて何よりです。……ところで」

 

「はい?」

 

「移植先の患者さんの名前、教えていただけませんか?」

 

「そ、それは……」

 

「機密事項だとは重々承知ですが、そこをなんとか」

 

 

 大糸さんは少し悩み、まあいっか、とでも言いたげに苦笑いすると一枚の書類を取り出して見せてくれた。

 

 

「あ、患者さんの情報が書かれた紙が落ちてしまいました」

 

「それは大変ですね。すぐ拾わないと」

 

 

 そんな茶番を演じて受け取り、移植先の名前を見る。

 

 

「……やっぱり。 ありがとうございます」

 

「こちらこそ、拾っていただいて」

 

「いいえ。……手術成功するといいですね」

 

「皆さんが繋いでくれた命です。絶対に成功します!」

 

 

 そう言い切って、大糸さんは病院に向かうために公安室を出た。

 

 

「じゃあ、俺らも行きますか」

 

 

 そう、岩泉と札沼さんに促す。

 

 

「札沼さんはどうやって帰るの?」

 

「んー……。遅くなっちゃったし、新幹線で帰ろうかな」

 

「じゃあ、俺らもそうするか」

 

 

 とはいっても隣の駅だが。

 

 

「南部本部長、お世話になりました」

 

「うむ。これからも警四の諸君に期待しているよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言って俺らも公安室を出て新幹線のホームに向かった。

 公安室を出て空を見上げると、いつの間にか雲が晴れた夜空にはたくさんの星が輝いていた。


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