RAIL WARS ! ~車掌になりたい少年の話~ 作:元町湊
「今回は時間短縮のために、2人には新線を下ってもらう。
各所への連絡は俺がやっておくし、横川で受け渡す人には横川機関区で待機してもらう。そうすれば多少は時間稼ぎになるだろう。
で、走る場所だけど、恐らく土砂崩れは新線の上り線側で起こってるから下り線――進行方向向かって右側の線路を走ってきゃあ問題ないはずだ。
あとは、旧熊ノ平駅付近の線形が複雑だとは思うが、そのときは電話を掛けてくれ」
あの付近は上下線が離れていて、しかも下り線はほぼトンネルの中だ。
「分かったわ」
「あともう1つ。桜井、その格好じゃ走りにくくないか?」
桜井の今の格好は膝下まである長いスカートのワンピースだ。走りにくいことこの上ないだろう。
「そうかしら? ならこうするまでよ」
そう言うとスカートの端を掴み、引き裂いた。
「高そうだがいいのか?」
「私にはこういう服似合わないみたいなのよね」
と、誰かさんの方を見ながら言った。
桜井と岩泉が大糸さんに付いて公安室を出ようとすると、
「今年の警四は面白いなぁ」
という本部長の声が聞こえた。
意味を図りかねていると、
「和歌山君。彼らに軌道自転車を貸してあげなさい」
と、本部長が言った。
「軌道自転車……ですか」
「EB42形軌道自転車が軽井沢に配備されていたと思うが……」
「ある事はありますし、組みあがってもいますが、試運転が車庫内でちょっと動かしただけでして……」
「それで問題あったんですか?」
「いえ、その時点で特にこれといった問題はありませんでしたが……」
「なら貸してください、お願いします」
そう言って俺は頭を深く下げる。
その姿を見た警四の4人と札沼さんは驚いていた。
「……そこまでお願いされたら貸さないわけにはいきませんね。
分かりました。準備しますので待っていてください」
「ありがとうございます! 準備、手伝いましょうか?」
「そうしていただけるならありがたいです。では、行きましょうか」
そう言って和歌山さんは何処かへ向かって急ぎ足で歩き始めた。
「桜井と小海さんは臓器を受け取っておいてくれ。俺と岩泉も手伝うぞ」
後ろからそんな声が聞こえ、高山と岩泉も付いてきた。
「臼井……」
「何を聞きたいかは大体想像が付く。だけど、後で話す。それまで待っていてくれ」
「分かった」
それ以降、高山は何も聞かなかった。
和歌山さんに付いて行くと倉庫らしき場所に着いた。
扉を開けると中にはブルーシートに包まれた、タイガーロープをぐるぐる巻きにされたナニカがあった。
和歌山さんは慣れた手つきでタイガーロープを解き、ブルーシートも取り去る。
「これが……」
「はい。ED42形電気機関車をモチーフにした軌道自転車、EB42形軌道自転車、通称アプト君です!」
そこにはED42があった。
しかし、軌道自転車という性質上車高は実物のそれよりも低く、全長も短い。
だが、デザインは完璧だ。
元々は公安隊が旧線を巡回する用途で配備されたものと和歌山さんが説明する。
「装備品は全て付けてありますので、いつでも出られます」
「分かりました。操作方法は……」
「中央のボタンが、左から計器灯、ライト、ワイパー、室内灯、サンルーフになっています。
ライトは1つ右に回すとでロービーム、2つ目でハイビームです。
ワイパーは1つ目でインター、2つ目がロー、3つ目がハイになってます」
その後も和歌山さんの話を聞いて、一通りの操作は覚えた。
「……説明は以上ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思います」
丁度そのタイミングで輸送ケースを持った桜井と小海さん、それから札沼さんが現れた。
「札沼さん!?」
「高山君、岩泉君、臼井君、桜井さん、小海さん。みんな、がんばって。
私も横川から応援してるから、必ず届けてね?」
どうやら応援に来てくれたみたいだ。
俺ら警四はそれに敬礼で答える。
「「「「「了解!」」」」」
皆でそう返事してEB42に乗り込む。
「これで横川まで行くの!?」
桜井はその見た目に驚いていた。
「こいつは見かけによらず色んなモン積んでんだ。横川までなら行ける……はずだ。
桜井と小海さんは後ろに、動力は岩泉、俺が運転するから高山は全体を見張ってくれ」
「わ、分かった」
「岩泉。俺が肩をたたいたら漕ぐのをやめてくれ。絶対だ。いいな?」
「お、おう?」
碓氷峠は下手に速度を出すと死ぬ。比喩じゃなくて。
だから、岩泉には20km/h程度で漕ぐのをやめてもらう。
「……現場に確認が取れたよ。下り線に影響は無いようだから、そっちを通してもらうように手配したよ。
横川からの引継だが、君の提案どおり機関区での受け渡しで話を通してある」
「ありがとうございます」
これで準備完了だ。
「岩泉、行くぞ」
「おうっ!まかせっ……!」
岩泉がペダルを漕ごうとしたが、一向に回せない。
「どうした?」
「くっそ重い……!」
「……もしかしてバッテリーが上がってるんじゃ?」
小海さんに言われて電圧計を見る。
なるほど、確かにバッテリーが上がっている。
「高山! 運転台頼んだ!」
「えっ! お、あ、分かった!」
「桜井!」
「分かってるわよ!」
俺と桜井が外に出て、EB42を押す。所謂押しがけだ。
「せぇーのっ!」
桜井と息を合わせて押す。
しかし、軌道自転車といえどその重量は重く、簡単に押せるようなものではなかった。
「せぇーのっ!」
もう一度押す。すると幾分か進んだ。
横を見れば、札沼さん、本部長、和歌山さん、大糸さんも協力してくれている。
「私達が協力できるのはこれくらいしかないですから……!」
「警四の皆さん、臓器を……お願いしますっ!」
「無事に、届けてくれたまえ……っ!」
「みんな、頼んだよっ!」
4人の声援に応えるかのごとく、軌道自転車は徐々に動き出した。
「岩泉!」
「うぅぅらぁぁああ!」
その声と共に、ペダルは気味良く回り始める。
押しがけは大丈夫そうだ。
「桜井、行くぞ!」
「でも……っ!」
「後は私達がやる。君は早く行きたまえ」
「桜井、言うとおりにしろっ!」
「っ!……分かったわよっ!」
そう言うと桜井は元いた場所に飛び乗る。
「高山班長、この事は鉄道管理局にも指令にも知らせてある。ポイントとかは気にせず行きなさい」
「はい、ありがとうございます!」
自転車の速度が徐々に上がり、4人が徐々に離れていく。
「ここを下ればすぐだ! 頑張れ!」
最後にそう言った本部長の声が聞こえた。
その言葉に高山は何故か強く反応し、枠から身を乗り出して、
「ありがとうございます!」
と、本部長に向かって叫んでいた。