機動戦士ガンダムSEEDASTRAY X INFINITY 作:ichika
noside
「アグニス、式典の方は見なくても良いのですか?」
翌日、モルゲンレーテのファクトリーで愛機の調整を行っていたアグニスは、すぐそばでテレビ中継を見ていた副官、ナーエにその中継を見なくて良いのかと尋ねられた。
その言葉には怪訝よりも、やはりかと言う思いと、確認のための意味が込められていた。
現在、オーブ首長国連合代表、カガリ・ユラ・アスハと軍部官僚、ユウナ・ロマ・セイランとの結婚式典が行われていた。
現在は街中を公用車で走り回るパレードを中継しているが、その先には海が見える沿岸の教会にでも行き、式を執り行う心積もりなのだと推察できた。
だが、それはオーブを他国から狙わせないというカガリの決意の表れで在ったし、政略結婚であるという事実は覆しようも無い。
しかし、それも見る者が見なければ全く分からない程に、巧妙にカモフラージュされる程、情報操作されていた事も事実であったが・・・。
「必要ない、式典が終わるまでここに留まると決めはしたが、式典自体に興味はない、何処にでもある政略結婚だからな。」
アグニスにとって大事なのは、政略結婚という事実よりも、カガリが抱いた覚悟だ。
自身の身を犠牲にしてでも、国の為に尽くす。
何と清く、気高いモノだろうか、と。
「そうですか?何かあるとは思いますが?」
「くだらん、そうだとしても、アスハ代表が国を想って決めた事を、俺は邪魔など出来ん。」
とは言え、彼もこの事に思う処はある。
人一人の幸せを犠牲にしたところで、国は果たして幸福になるのかという想いだけだ。
だが、一人の幸せを無視してでも国益を優先せねばならない事はある。
それぐらい、彼も考えれば分かる事だった。
ならば、それだけでいい、自分のやるべき事をするだけなのだ。
そんな彼の想いを酌んだか呆れたか、ナーエは苦笑しつつも視線を式典を中継しているモニターに視線を戻した。
そのモニターには、海岸に近い崖に造られた祭壇に新郎新婦が到着し、婚姻の儀が執り行われようとしている所だった。
何も無ければ、このまま終わる。
誰もがそう思っていた時だった。
突如としてファクトリー内にけたたましい警報が鳴り響く。
「な、なんだっ・・・!?」
それは機体の調整に意識を割いていたアグニスにも届き、彼は強張った声で状況を尋ねた。
「あ、アグニス!これは・・・!!」
「っ・・・!?」
ナーエが見せたモニターには、ウェディングドレスを身に纏ったカガリを腕に抱えて飛び去る蒼い翼を持った白い機体の姿があった。
それが意味する事など考えなくても分かる。
これは・・・。
「国家元首を拉致しただと・・・ッ!?」
今目の前で起こっている事は、国家反逆罪に相当する行為、国家元首の誘拐だった。
「代表が攫われた!!」
「警備の部隊は何をやっていたんだ!!」
「こちらかの追撃はどうなっている!?」
唐突過ぎる事件の発生に、ファクトリー内は混乱の渦中に叩き落とされていた。
しかし、そんな事で時間を浪費していては、誘拐犯に逃げられてしまう事は火を見るより明らかだった。
「ッ・・・!!」
周りの様子を無視し、アグニスは羽織っていたコートを脱ぎ捨て、下に着ていたパイロットスーツのジッパーを閉め、自身の機体に飛び乗った。
自分は彼女の想いの末を見届けると決めた。
ならば、こんな誘拐如きで邪魔をさせてなるものか。
「アグニス!?何をするつもりです!?」
そんな彼に、ナーエは越権行為だと言いたげに制止する。
確かに、これはオーブ国内で起こった事件でしかない。
他国の、マーシャンである自分達が関わるべきヤマではないと。
「分かっている!だが、このまま見ているなど我慢ならん!!」
だが、それを承知で突き進むのがアグニス・ブラーエと言う青年の心だった。
「分かりました、ここの司令官と話を着けてくれば良いのですね?」
「頼むぞ!俺は追撃に出る!!」
それが分かっていたからこそ、ナーエはそれ以上食い下がる事をやめ、司令官室がある方へ走った。
副官の行動に感謝しつつ、彼はハッチを閉じ、機体のOSを立ち上げていく。
キーボードの上を走るその指の速度は凄まじく、彼がレベルの高いコーディネィターである事を物語っていた。
『こちらオーブコントロール!GSF-YAM01の発進許可が下りました!発進どうぞ!!』
なんと都合の良い事か、彼がOSの調整を終えると同時に発進許可が下り、閉ざされていたシャッターが開いてゆく。
そのシャッターの外へ愛機を向かわせ、外に出た瞬間に、彼は思いっきりフットペダルを踏み込んだ。
「了解した!アグニス・ブラーエ、デルタアストレイ、行くっ!!」
裂帛した気合と共に、彼の愛機、デルタアストレイは蒼い空を目指して飛翔する。
GSF-YAM01 デルタアストレイ
火星圏に存在するコロニー群のひとつであるオーストレールコロニーで開発された、火星圏で開発されたガンダムタイプであり、正式名称はデルタと呼ばれる機体。
火星圏を訪れていたロウ・ギュールの力添えで完成したMSであるためにアストレイと言う名がつけられているが、オーブのアストレイとは何の関係も無い。
武装はビームライフルとロングソードタイプの実体剣のみだが、本機最大の特徴は、搭載された緊急加速システムに合った。
緊急加速推進システム≪ヴォワチュール・リュミエール≫
デルタアストレイに搭載されている核エンジンが発生させる膨大なエネルギーを推進エネルギーへと変換し、破格の推力を発揮するシステムなのだ。
本領を発揮できるのは無重力かつ摩擦抵抗の無い宇宙空間が適しているが、大気圏内でも、MS形態のまま音速に近い速度を発揮する事が出来る為、推進システムのある種究極とも呼べるシステムであった。
だが、それは搭乗者に凄まじいG負荷が掛かるため、パイロットは専用のパイロットスーツを着用した上で連続使用にも制限が掛かり、コックピットも他に類を見ない特殊設計となるなど、機体そのものにも大きく手が加えられている事が分かる。
『GSF-YAM01、応答せよ!こちら第3航空小隊!我々と御同道願う!』
追跡する道すがら、同じファクトリーから発進したMA形態のムラサメが二機、デルタに並走、その内の一機から通信が入った。
そのパイロットの表情は硬く、何としてでも元首を救いたいという想いが滲んでいた。
『了解した!アスハ代表を何としても救おう!!』
その想いを受け止め、アグニスは共に戦う事を確約、ムラサメを置いて行かんばかりに加速し、現場へ急行する。
『先行したムラサメ隊は所属不明機に撃墜された模様!第二陣は現場へ急行、所属不明機を確保せよ!!』
「くっ・・・!相当なパイロットか・・・!?」
オペレーターの切羽詰まった様な報告を聞き、アグニスは状況の悪さに歯がみした。
カガリを拉致した相手は相当腕の立つパイロットだという事は想像に難くない。
ならば、自分が何とかしなければならないと、彼は感じていた。
そこから直走る事数十秒、レーダーと彼の目が、遥か前方を飛ぶ所属不明機を捉える。
「あれか・・・!っ・・・!?」
一気に加速し、距離を詰めようとした時だった。
彼は反射的に機体を動かしていた。
その瞬間、デルタアストレイの頭部と、ムラサメ二機のウィングが突如飛来したビームに貫かれる。
「ぐゥゥゥッ・・・!!」
加速していたところへの攻撃は思った以上に衝撃をアグニスに伝えていた。
その衝撃に呻きつつ、彼は何とか愛機を立て直し、空中で制止、墜ちていく僚機と自身の機体のダメージを確認した。
幸いにして、デルタアストレイの受けたダメージは頭部補助カメラの一部だけであり、戦闘続行に支障は無かった。
「機体ダメージは軽微か・・・!まだ行ける!!」
一度足を止められれば追撃は困難になるとは分かっている。
現に、彼を撃ったと思しき青い翼の機体は詰まっていた距離をどんどん開いてゆき、遂には追撃が困難な場所まで行ってしまった。
だが、デルタは最速のMSだ、ヴォワチュール・リュミエールを使えば追い着ける。
そう確信し、システムを発動させようとした、まさにその時だった。
『その機体を追ってはならん、マーシャンよ!』
「なっ・・・!?」
突如として通信が入り、彼は驚いて辺りを見渡す。
だが、彼の周辺空域に動くものは何一つ存在せず、上には蒼い空が、下には煌めく海が目に入るばかりだった。
しかし、そんな彼を嘲笑う様に、彼の機体より数百m離れた所の空間が歪む。
その歪みからは一機のMSの姿が徐々に現れて来ており、遂にはその姿を現した。
「ッ・・・!その機体、式典に出席している者の・・・!!」
その機体を、アグニスはファクトリーで見ていたのだ。
全てを見下ろすかのごとく威厳に満ち満ちたその風貌は、全てを統べるもとしての風格を表している様にも思えた。
『我が名はロンド・ミナ・サハク、天空の宣言に基づき、そなたを止める者だ。』
「ロンド・ミナ・サハク・・・!退けッ!このままではアスハ代表が!!」
『お前、カガリを知っておるのか・・・、なるほど、だが、退く訳にはいかんのだ。』
その機体のパイロット、ロンド・ミナは納得した様な表情を浮かべながらも通さないと言わんばかりに道を塞いだ。
だが、それはアグニスの琴線に触れる行為でしかなかった。
彼が護りたい者を護るという行為を踏みにじる行動としか映らなかった。
「退けと言っているッ!!」
激昂した彼は、漆黒の機体にビームライフルを向け、実体剣を引き抜いていた。
だが、それが意味するところを、激昂する彼は気付けなかった。
『自身の信念の為に銃口を向けるか、それも良かろう、だが、私の敵になるというのだな、マーシャンの男よ?』
「ッ・・・!!」
冷たく平淡な言葉に、アグニスは自身が取った行動を漸く悟った。
銃を向けるという行為は敵となる事を明示する行為である。
今の彼が取った行為は、まさにそれに相当しただろう。
だが、それだけで彼は動揺したりはしない。
何せ彼も、彼なりに信念を持っていたのだから。
「それでも仕方あるまい・・・、国の為に身を捧げようとする彼女の覚悟を、俺は護りたいのだっ!!」
故に、彼は退かなかった。
スラスターを全開にし、死角から回り込もうと大袈裟な機動で攪乱、一気に距離を詰め、実体験を振るった。
だが、ロンド・ミナは天ミナの腰部に装備されていたトツカノツルギを僅かに引き抜くだけで拮抗させた。
『では問おう、果たしてそれがカガリの為になるのか?』
「知った様な口を利くなっ・・・!!」
一手防がれてももう一手とばかりに、彼は左手に握っていたライフルの銃口を向けようとした。
だが、それよりも早く天ミナの右腕が動き、トリケロス改がデルタアストレイのコックピットに突き付けられた。
『確かに国とは重要な意味を持つだろう、だが、その国とは人がいなければ何の意味もなさない、組織もまた然り、個人に幸せを感じさせられない国など、それこそ無意味、無価値だ。』
「何をっ・・・!!国に尽くす事の方が、何よりも重んじられるべきだ!!」
思想の対立は平行線を辿る一方だった。
個人を重んじるミナと、国を重んじるアグニスの意見は、相反してしまっていた。
だが・・・。
『私は天空の宣言に基づき。個人の信念に従って生きる者を尊重している、故に見過ごせん、マーシャンよ、そなたは己の生き方を他者に強いている、それを見過ごすわけにはいかぬ、全ての人間が、そなたと同じ様に生きる必要などない。』
「ッ・・・!!」
自身の言葉の理不尽、そして矛盾を指摘され、アグニスは返す言葉も無く気圧された。
他者に強いる事、それは、普通ならば暴君と呼ばれても仕方のない事だった。
『だが、そなたの考えもまた、一つの思想だ、尊重されるべき考えだ、私は否定しない。』
フォローとも取れたその言葉だったが、それはこれ以上戦っても自分に勝てる見込みは無いと突き付けているに等しかった。
「・・・!」
これ以上続けても無意味、そう悟ったアグニスは歯を食いしばり、断腸の想いで剣を収め、臨戦態勢を解いた。
『賢明な判断に感謝する、理解してもらえたようで何よりだ。』
「あぁ・・・、ロンド・ミナ・・・、貴女の言った事は正しいし、理解も出来る・・・、だが・・・、どうしても・・・、どうしてもッ・・・!!」
理解出来るのは確かだ、だが、それでも、彼には自分の信念を曲げる事が耐えられなかった。
「我慢ならんッ・・・!!」
彼の魂の叫びが、その空域の木霊したのであった・・・。
sideout
次回予告
天空の女王と接見するアグニス達に這い寄る影が迫っていた。
影を払うため、天空の白騎士がその姿を現した。
次回機動戦士ガンダムSEEDASTRAYXINFINITY
テラナー
お楽しみに