やはり一筋縄ではいかない。
それが攻略会議で抱いた第一の感想であり、二つ目の感想は面倒な奴らだ、という不満。
場所は《リードバルト》にある高級宿屋。
そこの大部屋を貸し切って即席の会議場を設けたまでは良かった。
各ギルドの代表者二・三人に、俺達ソロプレイヤーを含めた総勢二十人がこの場にいるため、とても窮屈に感じるのも想定の範囲内。
椅子が入らないため床上に円陣を組んで座っている訳だけど、俺の左隣にキリト、そして真正面にいるアスナさんの美顔を自然な形で拝見出来るこの配置は好都合。
不満を抱くなんて馬鹿げた事は絶対にありえない。
しかし、
「やはり子供が来るような場所ではない」
「そうだな、万が一ボスを見て錯乱されても困るし」
しかし、この展開は不都合だ。
(結局、歳や見た目で判断されるのは俺の宿命なんだよなぁ。途中までは上手く行ってたのに)
作戦自体は比較的スムーズに決まった。
今回ボス戦に参加するのは総勢三十二人。
強敵と対峙するに辺り《レイド》と呼ばれるパーティーの連合を組むわけだが、その上限が六人パーティ×八チームの計四十八人であることを考えたら、少し少ない。
内訳は軍五人、アスナさんのいるグループ四人、他ギルドが三つ(合計十四人)、そして俺達ソロプレイヤー九人。
これらを五人ずつ総勢六グループに分け、一グループがボスの腕一本を担当。残りの二人が遊撃隊員と化してボス本体を狙う。
これが作戦の全容であり、問題はソロプレイヤーをどこのグループに振り分けるかを決める時に発生した。主に俺の扱いの所為で。
「だから言ってるだろ。シュウのレベルはこの面子と比べても遜色無い。実力は俺が保障するって」
キリトが弁護してくれるも、俺の参戦に難色を示している大多数のソロ達に軍と他ギルド三つと――つまり、ここにいる七割近くが俺の参戦に不満を抱いている訳だ。
特にキリトと一人を除いたソロプレイヤーの反発が強い。
お陰で会議は最終段階に入ってから平行線を進んでいる。
そして一番の原因は、
「こんなチミっこいんが戦える訳ないやろ!」
橙色の髪を毬栗のように尖らせている軍の攻略班最高責任者、キバオウ。
そして同意するように隣で頷く、
「そうだ。子供は戦う必要無い」
青色の髪をしたギルド《ドラゴンナイツ》のシミター使い、リンド。
βテスターを否定する立場にいる者として、そして子供を戦わせるという事に嫌悪感を抱いてる。
キバオウに関しては解放軍という庇護すべき対象を戦わせるという行為に忌避感を抱いてるのかもしれないが。
とにかく彼等の強い反対が、事態をここまでややこしくしている原因だった。
(悪い、シュウ)
(いやいや、キリトの所為じゃないって)
隣に座るキリトと目を合わせ、互いに視線で会話を成す。
ソロやギルドの人達が俺の参戦を渋るのは真っ当な理由として二つある訳だが。
彼等はその理由とは関係無しに私情を挟んで俺を拒んでいる。
その一歩も譲らない頑固な姿勢。彼等が攻略組の実質的なトップ的立ち位置にいること。それが多くの反対意見を率いている。
その本心が、彼等と同じでは無かったとしても。
「まあ。彼等の疑問は一先ず置いておいて、他の人達の主張には、私も同意見だ」
キバオウの副官という人も彼の敵愾心に困っているようで。
僅かに俺に対し謝罪の視線を向けながら、それでも公私混同しない進行役として会議の続きを促す。
第一層から今まで一応軍が主体となって攻略を進めているからだ。
(……まあ、俺を参戦させたくない気持ちは分かるけどさ)
この会議中何度目になるか分からない溜息を胸中で吐き出し、軽く目を閉じる。
彼等の気持ちは分かっている。
使い魔がいる俺は他の皆と連携を取り辛い。周囲に纏わりつく二匹の使い魔が密集地帯で邪魔になるかもしれないからだ。
という事は俺の振り分けられる場所は必然的に自分のペースで個人プレイが行える遊撃ポジションであり、この面子の中でも高レベルで戦闘能力が高いキリトも遊撃に決まっていた。
つまり、二つある席が既に埋まっている状態。
キリトがいるため倍率が高くなった遊撃ポジションを狙っているソロが、経験値獲得システムの所為で俺まで遊撃に入る事を容認出来ないでいた。
(師匠の言葉じゃないけどさ、もし茅場晶彦がここまで考えて経験値の分配について考えていたんなら、本当に精根が腐ってるって。ホントに)
パーティープレイでの経験値分配はモンスターにダメージを与えた量と攻撃を防御した回数に比例して経験値獲得量が増加する。
攻撃役と防御役でも経験値収得のチャンスは多いが、やはりずっと攻撃出来る遊撃側の方に軍配が上がる。
つまりスイッチを行いながら戦う六グループよりも、常に攻撃を仕掛けられる遊撃の方が経験値の入りが良い。
更にラストアタックボーナスという最後の一撃を与えた者にレアドロップ品の当たる確率が高くなるシステムもあるため、自己強化に熱心なソロはそれが気に食わなかった。
レベル上げにストイックなのは個人的に美点だと思うがTPOくらい弁えてもらいたいというのが正直な気持ち。
混乱の原因である俺がTPO云々を語るのは間違っているのかもしれないが。
「確かにキリト君の言うように、ソロプレイを続けて今まで生きていられた事からも、この子の実力が確かなのは否定出来ない。噂が本当なら使い魔達も有能だろう。……しかし私の記憶違いでなければ、君は教会に保護された子供の一人だった筈だ」
副官にそう訊かれ、咄嗟に打ちそうになった舌打ちをギリギリ堪える。
軍とは普段《はじまりの街》の治安・生活環境保全に務めているギルド。
ボス戦時には軍内でもトップクラスの面子で構成された戦闘部隊を出撃させて攻略ギルドの仲間入りを果たすものの、本職は見回り警察みたいなものだと言って良い。
という事は、軍には俺の無気力泣き虫時代を見られている可能性がある。
これではメンタルの強さに疑問を抱かれても仕方が無かった。
「あ、そういえば俺、四日くらい前にこの子が転移門付近で震えていたのを見たぞ」
更に攻略ギルド《双頭龍》のリーダーである両手剣使いが追い討ちをかける。
この発言は会議出席者の心を一つにするには充分過ぎた。
比較的俺の参戦に肯定的だった人からも「止めとけ止めとけ」といった視線を向けられる。
それがアスナさんにも見られるので、仕方が無いにしてもかなりショック。
俺の味方は推薦者であるキリトに、
「俺からすれば、見たところ大丈夫そうに見えるがな」
大柄の黒人で、スキンヘッドがよく似合う斧使いのソロ――エギルと、
「アンタはどう思うんだ?」
「確かに四日前までの精神面については疑問視しなければならないが、今はどうかと訊かれれば話は別だと私は思う。それに、ここまで一人で行き抜いたという事実を蔑ろには出来ない。そのところ、諸君はどう思うだろうか?」
――今まで静観に徹していたこの男だけ。
「……そりゃあ……まあ、アンタの言葉にも一理あるっちゅうか……」
決して大きな声でも、威圧的な口調だった訳でもない。
ただ言葉を発しただけで、あのキバオウが軽く萎縮してしまっている。
発言したのはアスナさんの右隣に座るホワイトブロンドの髪を持つ男。
一目見てカリスマ性に溢れていると思わせる白衣の似合いそうな男の言葉は、水面に石を落とした時のように波紋となって俺達の心に伝わり、事態を一先ず鎮静化させる。
赤いローブに身を包むアスナさんのボス――ヒースクリフは冷静沈着な面持ちで、それでいて少し面白そうに口元を緩ませながら、俺に視線を向けていた。
そして沈黙した状態を見逃すほど、俺は甘くない。ここぞとばかりに切り込みを入れる。
「……まあ、四日前に地底街区から緊急脱出したのは本当。でもさ、誰だって武器が一つも無い時に未知のモンスターと出逢えば、どんなにメンタルが強い奴でもパニクると思うんだ」
そこに至るまでの経緯を語る必要は無い。
四日前の件はこれで納得させる。というより、納得してもらうしかない。
そして勝負はここから。
「それとさ、皆が俺の参戦を認めない理由は実力が分からないからでしょ? ……まあ、それ以外の理由もあるっぽいけど」
前者の言葉は俺の身を案じてくれている人達。後者の言葉は経験値とドロップアイテムの分配に文句がある者達へ。
僅かに視線を逸らす幾人かに冷めた視線を送ってから、改めて皆の顔を見渡す。
「ドロップアイテムはいらない。結晶アイテムだけ貰えれば良い。それ以外は好きにして」
言葉にならない驚きが全員から漏れる。
隣にいるキリトすら、呆気に取られた表情で俺を見ていた。
このような自己犠牲野郎は今まで見た事が無いだろう。
「実力の方は今から証明する。だからさ、誰か一対一で勝負しよう。結果はそれを見てから判断して」
◇◆◇
SAOとはどこまでもリアルを追求した世界だ。
朝も昼も夜もあれば、天候さえも日によって違う。
異世界と称しても良いほどの仮想現実。
そして今日の天気は生憎の曇天。
正直、験担ぎをするならば晴天を希望したい所だった。
「で、勝算はあるのか? ボウズ」
「まあまあ。……ありがと、さっきは庇ってくれて」
デュエル場所までの移動中。俺の頭に手を置きながら訪ねて来たのはエギルだった。
身長差はざっと六〇センチ以上。
俺はこの高レベルの斧使いにして商人だというプレイヤーの顔を見上げる。
強面に見えるかと思えば、愛嬌のある優しい双眸をしている黒人の男性。
マジマジと顔を見れば、俺は数日前にこの人からポーションを買っていた事を思い出した。
「あっ、あの良心価格のおっちゃんか」
「おう、思い出したか。あの時は、まさか攻略会議で再会するとは思わなかったぞ」
はっはっはと豪快に笑って頭を叩くエギル。
力加減がきちんとされているので不快感は無いけれど、それで注目を浴びる事になって顔が熱くなる。
只でさえ俺達は揃いも揃って豪勢な装備を身に付けているので移動中も目立っているというのに。
「なんだシュウ。この悪徳商人とも知り合いだったのか?」
「え、もしかして格安だったポーションはカモを釣るためのエサ!?」
「んな訳あるか!? おいキリト、いたいけな子供にホラを吹き込むんじゃねえ!」
そう冗談を言い合っている所で俺達は目的地である大きな広場――転移門がある中央広場に到着する。
何もこんな衆人観衆の前で腕試しをする必要は無いと思う。
この場所を提案したヒースクリフは、見た目に反して茶目っ気があるのかもしれない。
(いい迷惑だっての)
心の底からそう思う。
「私達が立会人になろう。存分にやってくれたまえ」
十四時を回った時間帯だからこそ、この広場は多くのプレイヤーが行き交っている。
よって、この広場を利用する者は例外無くトッププレイヤーが集合している光景に気圧される訳だ。
中央に転移門しか存在しない半径二〇〇メートル程の広場。
石畳が隙間無く敷かれた広場には人が集まり、俺達を囲むように人壁を形勢していく。
若干距離が空いているのは、トッププレイヤー達が近寄りがたい雰囲気を醸し出しているからだろう。
「アスナさん。ポチとクロマルをお願い」
「……シュウ君」
俺達三人よりも更に後ろ。攻略組の最後尾を歩いていたアスナさんにポチとクロマルを預ける。
彼女は納得出来ないという表情をしつつも、それでも一応二匹を預かってくれた。
「まさかシュウ君が攻略組に入ろうと思っていたなんて……」
「だからジュエリーラット狩りをしてたんだよ。見てて。ちゃんと勝ってくるから」
「シュ――」
アスナさんが何かを言う前に踵を返し、俺は対戦相手と審判のいる方へ逃げ出した。
アスナさんが何を言いたいかは表情を見ただけで分かってしまった。
だから俺には、少なくとも今だけは、逃げ出すしか無かったのだ。
戦闘前に心を揺す振られたくなかったから。
「ルールは初撃決着モード。異論は?」
「無い」
「さっさと初めっぞ」
立会人と審判――必要かどうか分からないけど――を買って出てくれた副官に即答。
黒炎を抜いた俺と、対戦相手である盾と片手短槍使いの重戦士――ソロプレイヤーのラグナードは、距離を開けるために左右へと歩いて行く。
使い魔を連れずに一人で歩く俺。
そしてガチャガチャと青銅鎧を鳴らすラグナード以外、観客の中に身動きをする者は存在しない。
まるで品定めをするような、又はただ単に興味本位な視線が俺に纏わり付く。
ただの野次馬とは訳が違う、正真正銘の攻略組。
そのような強者から見られている事を今更ながら思い知らされ、口内がカラカラに乾いている事に気付き、俺はやっと緊張していると自覚した。
(初めての対人戦……落ち着け俺)
ここまでは計画通りだ。
感情論に身を任せて「ワイ自ら引導を渡してやる!」と意気込んでいたキバオウではなく、参戦に不服を唱えていたラグナードを予定通り指名出来た事も大きな成果。
(ラグナードがソロの中でリーダー的存在なのも嬉しい誤算。箔を付けるには充分)
ラグナードはソロの中でもキリトに次ぐ実力者。攻略会議においてそれなりの発言力も持っている。
それはラグナードが個人主義者の多いソロプレイヤーでも我の強いタイプで。
言ってしまえば不都合な事態に直面し、自分が納得いかなければ是が非でも意見を通そうとする人だから。
他のソロ達はそんなラグナードと対立するのが面倒なのか、又はラグナードが勝ち取る権利がソロ達に都合が良い場合が多いためか。
余程の事が無い限りラグナードの主張=ソロ達の総意にしている節がある。
会議中に限定すれば、ラグナードはソロ達の暫定的なリーダーなのだ。
思い切り面倒事を押し付けられている哀れな操り人形臭がするけれど、本人が気付きもしないし不満も無さそうなので、これはこれで世の中上手く回っていると思う。
「あとは俺の実力を見せるだけ」
ラグナードさえ納得させられればソロの意見は封殺出来る。
それにドロップアイテムも結晶アイテム以外いらないと公言したので、実力を認めさせれば俺の参戦に不満を持つ奴はキバオウ以外にいないだろう。
誰だって強者がボス戦に参加すること事態に不満は無い。その分だけ自分の死亡率が低くなるのだから。
死亡率低下と経験値・アイテム分配での不利益を考えれば、前者の利益に天秤が傾くのは当然。
アイテム放棄をした事で、俺が経験値を皆より多く貰うのも納得してくれる。所詮経験値など幾らでも挽回出来るのだから。
俺の獲得アイテム放棄はそのための手打ち料。
「容赦しねえぞ。てめえみたいなガキは前線に出ないで中層プレイヤーに満足してれば良いんだよ」
「嫌だ。俺は攻略組に入るんだ」
分け前が減る事を嘆いているのか心配しているのかサッパリ分からない。
しかし、ラグナードの都合なんて知ったことかと気合を入れた。
俺の決意を阻む者は粉砕する。容赦しないのは俺の方。
一触即発な空気に包まれ、交差する視線が火花となってぶつかり合う。
デュエル開始を告げるカウントが進むにつれ緊張が走り、俺達は戦闘態勢に移行していった。
ラグナードは楕円形の青銅盾を掲げつつ槍を腰の位置で引き絞り、対面する俺は腰を落として突っ込む体勢を整える。
そしてカウントがゼロになり、黄色いライトエフェクトがデュエル開始を告げた瞬間、俺は大地を蹴り出していた。
◇◆◇
俺がラグナードを指名した理由は二つ。
ソロ達を納得させ、他プレイヤーに実力を見せるのとは別にある理由。
それは、
「即終了だ、チビガキっ!」
――それは、ラグナードが槍使いだったからに他ならない。
速攻を仕掛けて一〇メートルの距離を一気に縮めた俺に放たれたのは、高速の刺突。
所定の位置から動かず、腰だめに槍を構えていた事からも初撃は突きだと予測出来るが、それでもラグナードの一撃は予測を遥に上回るスピードと攻撃力を備えている。
軌道が読めてもそう避けられるものでは無い。
鍛え上げた筋力値寄りのビルドがあってこその一撃。
(予測通り!)
そう、キリトとのデュエルを見てある程度の実力を把握し、得物の間合いを事前に知っていなければ避ける事は出来なかっただろう。
ソードスキルも使わないのは彼の慢心。
槍が動くと思った瞬間に急停止。
狙い通り、片手槍は眼前一〇センチの空間を貫いていた。
「俺をナメるな、ラグナード!」
黒炎を振り上げて切っ先を上空に弾く。
鋼の衝突音が開幕の合図として響き渡った。
「な!?」
大きく弾かれた槍を握るラグナード。ポチを抱き、クロマルの側に立つアスナさんとキリト。胸の前で腕を組んでいたエギル。そして、品定めをしていた観客達。
全員が驚愕し、目を丸くしている。
たった一人だけ僅かに驚くだけに反応を止めた男がいたけれど、それに俺は気付かない。
その男が、ナニカを決意した事も。
「はぁあああっ!」
打ち上げられた槍の下へ潜り込み、更に距離をゼロへ縮める。
接近する俺を阻むように掲げられた縦長の楕円形シールドの隙を突くため、身体は深く沈むことになった。
「こ、の……チビガキが!」
スライディングでシールドの下を掻い潜り、擦れ違う際に太ももを切りつけられたグラナードが激昂する。
しかし、それでも振り向き様に槍を振り下ろす冷静な姿からは、トッププレイヤーとしての実力が垣間見えた。
風がうねり、空間が鉄槍に引き裂かれる。
正確に頭部へと叩き込まれる武器を目の前にすれば、普通なら武器で受け止めるなり距離を取るなりするところ。どのみち何らかの対処をしなくてはならない。
そして俺の回避行動は更にラグナードとの距離を詰めることだった。
(大丈夫だ。ちゃんと戦える)
再度接近を試みながら頭を下げて一撃を回避。
そんな俺の心を占めたのは多大な安堵の気持ちだ。
プレイヤーからの攻撃にも臆する事無く立ち向かえた事を確認出来たのは僥倖だろう。
グルガの件でプレイヤーからの攻撃にトラウマが発動しないか不安だったが、どうやら杞憂に終わったらしい。
「この野郎! ちまちま動きやがって!」
「そんな攻撃じゃ当たらないっての!」
槍の長所は相手の射程外から攻撃出来る点にある。
それは短槍でも変わらない。短槍でも二メートル近い長さがあるからだ。
よって陸上戦で無類の強さを誇る長物も懐に入ってしまえば長所が弱点になる。
棍・槍・薙刀、長物を専門に扱う道場に入り浸っていた俺は、それを経験から学んでいた。
得物は慣れ親しんだ薙刀ではないけれど、長物の相手は慣れている。
簡単に槍の間合いや攻撃を予測出来たのもこの理由が大きい。
だから接近さえ出来てしまえば初心者の槍使いなんて相手にならなかった。
彼は猛攻に対して盾で斬撃を防御する事だけに専念している。
接近を許した時の対処法。槍の根元付近を持つなり柄尻で打ち払うなり、接近戦に対応しない時点で杜撰としか言い様が無かった。
「いい気になるなよ魔物使い!」
「なら攻撃の一つでも当ててみろ!」
盾でのパッシングを右にずれて回避し、突き出された無防備な左腕を黒炎が捉える。
放ったのは順手に握った短剣の振り下ろし。
言葉にすれば陳腐な攻撃でも、俺の手札で高速の部類に入る単発攻撃技《ラピッドファスター》は、黄色い剣尖と化してラグナードの左腕を切りつけた。
(くそっ……浅いっ!)
跳びながらの不安定な攻撃と相手が僅かに左腕を引いたからか。生憎と強攻撃の判定は貰えなかった。
中途半端に終わった俺の渾身の一撃は、彼のHPを合計で三割削るだけに止まる。
槍が相手だったこと。突き、振り上げ振り下ろしといった攻撃しかせず、足払いを初めとした『払い』の技に慣れていないこと。
この二つの幸運があってこその無傷攻防。
(ここがゲームで良かった! 現実だったら全部鎧に阻まれて勝ち目が無いっ)
これがリアルでの戦闘なら鎧への攻撃などダメージにならない。
強固な鎧の上からでも当たり判定さえあれば微弱ながらダメージを与えられる、ゲーム特有のダメージシステムだからこそ、この攻防は成り立っていた。
少年と青年。短剣と槍。
身体能力と得物に歴然とした差がある状態で、俺は戦闘経験というアドバンテージを生かしてラグナードを圧倒している。
しかし、
「調子に乗るなぁあああああっ!」
――しかし、その差を埋める反則技(ソードスキル)がこのゲームには存在した。
(まず……っ!?)
技後硬直は二秒にも満たない。確かに短い時間。
けれども、それだけあれば技を放つには充分だった。
《ラピッドファスター》で勝負を決める気だった俺の眼前を紅いライトエフェクトが染め上げる。
キリトとの戦闘でも見せた紅いエフェクトは光の奔流と化し、突き出された矛先と共に放たれた。
切りつけられたと同時に盾を放り捨て、短槍を弓のように引き絞った体勢から放たれた重単発攻撃技《グラファルス》が脇腹を抉り、俺は後方へと飛ばされる。
「ガハっ!?」
痛みは無いにしても石畳に叩き付けられた衝撃で酸素が口から零れ出す。
不幸中の幸いにも、切り付けられた状態という不安定な体勢で繰り出された《グラファルス》が強攻撃に判定される事は無かった。
しかし、ただでさえ革製防具という脆弱な防御力しか持たない俺のHPは七割を残して欠損している。
たった一撃。それだけで状況はイーブンに持ち込まれ、覆されようとしている。
これが攻撃力と、覆す事の出来ないレベルの差。
「オラぁああああっ!」
「く、っそ!?」
ゲームシステム上、片手短槍と呼ばれるだけに、その武器を両手で装備する事は出来ない。
右手を槍、左手を盾と装備フィギュアに設定している時点で、その行為にあまり意味は無い。
しかし仮想体の動きを決定付けるのはパラメータのみでは無かった。
それは思考と反応速度。
パラメータと同じで重要な意味を持つ個人の力。
それがランダム要素として動作補正に影響を与えていた。
(まずいっ!?)
元々このゲームは現実世界での実際の反応速度諸々も微弱ながら仮想体の動きに反映されている。
俺達の動きは全て脳から直接送られる信号を元に形成されているからだ。
仮想体の『右に避ける』『剣を振り下ろす』といった行動は、若干のタイムラグがあるにしろ、現実とそう変わらない速度で命令が伝達されている。
つまり、反応速度を初めとした個人の思考・対応能力がSAOでは重要な要素の一つになっていると言って良い。
この要素にパラメータ補正が加わり、仮想体の動きは成り立っている。
よって、根っこの部分は各個人の能力が大きく関わっているSAOでは、ラグナードが本能的に取った行動は充分価値のあるものだったのだ。
(くそっ!)
片手短槍を両手で握って攻撃するという無意味な行為。
しかし、明らかに速度と重さが増した振り下ろしの一撃を後転でギリギリ回避した俺からは、舌打ちと戸惑いの感情が滲み出ていた。
片手と両手。力が入り速度が増すのはどちらかと訊かれれば後者に軍配が上がるその行為は、力を入れるという想いを現実の脳内で強固なものとし、本来なら筋肉へ伝達される多くの信号を仮想体へと送り込む。
そのイメージはナーヴギアに搭載されているNERDLESシステムの力で大量の情報を処理し、電子信号化する事に貢献。
通常量以上の電子信号を仮想体へ転送した。
動作によって脳内イメージを固定する事で仮想体の動きを良くするシステム外スキル《動作支援(アシスト)》。
この行動が後にそう呼ばれる事になるのは、そう先の事では無い。
「オラオラオラ! さっきの勢いはどうしたチビガキっ!」
「頭でっかちは言う事もテンプレ過ぎてつまらないっつーのっ!」
後転の直ぐ後に放った突きは槍に弾かれて不発に終わる。
幾度目かの衝撃エフェクトが武器間で飛び散り、遠心力を駆使した短槍の柄による打ちつけは身体を捻ってギリギリ回避。
今この瞬間、攻めと守りは完全に入れ替わった。
三段突き、振り下ろし、振り上げ。嵐のように猛威を奮うラグナードの攻撃を半ば経験頼りに回避していく。
動き辛くなっていた一番の要因である盾を捨てた事で身軽になったラグナードの攻撃は速かった。
同時に厄介ですらある。
彼の戦法が盾を生かしてのカウンターだった内に決着を付けたかった俺からすれば、強がっていてもこの状態は詰みに等しい。
しかし、だからといって負けを認めるほど諦めが良い俺ではない。
「こ、の……野郎!」
放たれた連続突きの一つが肩を掠り、HPが更に減損する。
そしてこの時が俺にとって唯一の好機。
技を放った後はどんな相手にも隙が生まれるもの。
ラグナードの動きに合わせて身体を突き出し、両手で握った黒炎を力の限りラグナードの胸に突き立てた。
「……くっそおぉおおおっ!」
それでも俺の渾身の一撃はHPを半分まで削る事が出来なかった。
俺のビルドは筋力よりも敏捷力に重点を置いたため、ラグナードの防御を貫くほど重さが備わっていなかったのだ。
やはりソードスキルでなければ、俺の力では強攻撃判定を貰うことが出来ない。
せめてラグナードよりもレベルが上なら。あの強固な鎧と鍛えたパラメータから生まれる防御力を貫通出来る攻撃力が備わっていたなら。もしソードスキルという戦闘補助が無かったのなら。
あらゆる『たられば』を思い、心の中で罵倒する。
「あっぶねえなオイ、そらよ!」
攻撃を食らい、それでも耐えてみせたラグナードは槍を横薙ぎに振るう。
回避を余儀無くされ、このあと防戦一方に追い込まれてしまった俺のHPも、数十の絶え間ない攻撃に晒されれば捌ききれずに数値を減らしてしまう。
ラグナードも三ヶ月を生き抜いた戦士の一人。
受け身の時ならいざ知らず、攻撃に出ている状態で俺の接近をそう易々と許しはしない。
例え接近出来ても直ぐに槍を振るわれて距離を取らざるを得なくなる。
槍と短剣。攻撃範囲に差があり、身体能力でも劣る俺が、これ以上隙を突ける場面は終始訪れなかった。
「あ……」
青い光を纏った振り上げの一撃が黒炎を握る右手を大きく上空へと弾く。
呆然とし、そして諦めたような気持ちが零れてしまう。
その一瞬後、いつの間にか片手に戻っていたラグナードの一撃が振り下ろされた。
「今度こそ終わりだぁあああっ!」
それが斜めの振り上げから振り下ろしまでの動作を一気に行う二連撃槍スキル《リーズランサー》だと理解した時には、青い閃光は俺の身体を袈裟懸けに切り裂いていた。
◇◆◇
肩で息をし、大の字で広場に横たわる俺を覗く顔があった。
柔らかそうな白銀の体毛が全身を包んでいる。今更考えるまでも無い、ポチだ。
ゴロゴロという音も聞こえ、なにより左手に触れている金属の冷たい感触がクロマルの存在も告げている。
(負けた……でも)
空は相変わらず分厚い雲に覆われているけれど、何故か俺の心は澄み渡っている。
悔しい。しかし全力を出せた事に悔いは無い。
こう自分と向き合ってみると、意外とスポーツマン精神を持っている事を思い知らされてしまう。
すると、サッパリとした気持ちで横になる俺を抱き起こす人物がいた。
「シュウ君、大丈夫っ!?」
いつぞやの時のような体勢で抱きかかえられる。
その女神のような声で更にリフレッシュをしながらアスナさんを見上げれば、当の本人はラグナードを睨みつけていた。
美人に睨まれてギクッと怯み、肩身の狭そうな顔をしているラグナードを気の毒に思う。
アスナさんの過保護ぶりを再認識するシーンだった。
(……いや、まあ。確かに嬉しいけどさ、うん)
最近、友人というポジションから別のナニカとして見られている気がしてならない。
それはそれで嬉しいと思うが、やはり少しだけ複雑だ。
「ホラ、シュウ」
「うわっと!? ……ありがとう」
飛んできた回復ポーションを片手でキャッチ。
栓を開けながらキリトにお礼を言って中身を飲み干す。
これで数秒後には俺のHPも全回復するだろう。
「お礼ならこっちに言え。商人エギル様の驕りだ」
「聞いてないぞキリト!? ……まあ、ポーションの一つで目くじらを立てるのもアレだが……」
二人の漫才風景を見て笑みが生まれた。
笑っているキリトの頭を小突いているエギルのやり取りが、少しだけツボに入る。
「アスナさんもありがとう」
「あ、うん……どういたしまして」
後ろ髪を引かれる思いでアスナさんの手から放れ、一人で立ち上がる。
名残惜しそうに自分の両手を見詰めている辺り、もう少し触れ合っていたいと思ったのは俺一人ではないらしい。
スカートの埃を払ってから、アスナさんも立ち上がった。
「えーっと……」
周囲を見渡しても攻略組の人達は口を開かない。
気まずい空気が流れる中、その雰囲気を絶ったのはこの男だ。
「てめえは……何でわざわざボス戦に参加すんだよ?」
発言したのは俺の目の前にいる男――ラグナード。
それは攻略組を代表してなのか。全ての人が俺の解答に耳を傾けようとしている。
「そんなん決まってんじゃん。早くこんなデスゲームをクリアしたいからだよ」
むしろそれ以外に理由があるのか問い質したい。
皆を助けるために。この世界からの脱出以外に目的は無い筈だ。
「俺達が強さを求めるのはこのゲームからの脱出が目的だからじゃないの? 強くなったから、皆を助けてあげたいから、こうやって自発的に集まってボスに挑むんじゃないの?」
視線が絡みつく。
俺の一言一言を吟味するような視線は、攻略組だけでなくただの通行人からも感じられた。
「攻略組は皆の希望なんだ。俺だって第一層が攻略されたって聞いて、凄く嬉しかった。帰れるかもって、家族に会えるかもって思えて、本当に嬉しかった」
俺が戦うきっかけはこの世界で出来た家族のため。
しかし、街に出て、人と接し、キリトやアスナさんといった沢山のトッププレイヤー達の話を聞けば、新たな想いも生まれてくる。
「そのボス戦で一人死んじゃったらしいけど、その人だって皆を助けたくてボスに挑んだ筈だって思えた」
その第一層ボス戦で死亡したパーティーリーダーの名前はつい最近になって知ることが出来た。
キバオウがキリトを嫌悪し、ビーターと蔑む理由。
その原因となった勇敢な人の名前を。
「俺は攻略組に入るって決めた。皆を助けて、現実世界に帰ってからちゃんと接していきたい、って思ったのが理由の大半だけど。その死んじゃったディアベルって人だけじゃなくて、今まで死んだ全ての人の『皆を助けたい』って願いを引継ぎたいって気持ちもあるんだ」
――だから俺は、攻略組に入ってゲームを終わらすって決めた。
そう締めくくり、広場には静寂が訪れる。
形容しがたい空気が流れ、発言し辛い雰囲気が支配する。
すると、リンドが戸惑いながら独り言のように問いかけた。
「じゃあ……もしかしてドロップアイテムもいらないって言ったのは……」
「その装備品が誰に行っても戦力アップになるなら別にいっかなって」
そして、何故プレイヤーの一部が俺を眩しいものを見るかのような目で見ているのか訝しげに思っていると、俺の頭にポンっと掌が乗せられる。
「さあ、まだ文句のある奴はいるか?」
頭に手を置いた張本人であるキリトは一瞬だけ俺を見た後、なにやら自虐めいた微笑を浮かべてから周囲を見渡す。
反対意見は起こらない。負けはしたけど、俺の実力は充分に認められたという事だろうか。
「ラグナード、お前はこれでもシュウの参戦に反対か?」
「……チッ、んな訳ねえだろ。生意気なチビめ」
キリト、そして最後は俺に向かって言葉を呟き、ラグナードは放置していた盾を拾うと広場を後にしてしまう。
それに《双頭龍》や《聖剣》といった主だったギルドメンバーも続き、攻略会議はその場解散の空気となる。
全員が立ち去る前に、キリトは最後に――リーダー的二人に話しかけた。
「……キバオウ、リンド、聞いただろ。コイツは、ディアベルの思いも汲んで参戦を決意したんだ。俺を許せないのは分かってる。けど――」
「んなもん、わざわざ言われんでも分かっとるわい」
「…………」
キバオウは振り返らない。そしてリンドは何かを堪えるように震えている。
解放軍攻略班の長は俺の覚悟と志を知り、ディアベルの意思を継いでここまで戦ってきたリンドが、同じ志を持つ俺の参戦を否定する筈が無かった。
「ボウズ……精々、頑張るんやな」
それだけを言い残し、キバオウは副官を連れて今度こそ立ち去る。
少し遅れ、リンドも仲間達と一緒に去って行く。
こうして、俺にとって初めての攻略会議は終わりを迎えた。
◇◇◇
「それで、話って?」
そろそろ日が暮れ始めるという時間に会議が終わり、広場でその場解散になった後に声を掛けてきたこの男を睨む。
俺を見下ろす眼は威圧的且つ静寂さを秘めており、思慮深そうな真鍮色の眼が俺を見詰めている。
どこか得体の知れない彼の眼が、少しだけ怖い。
「そう邪険そうにしないでくれ給え。別にとって食おうという訳ではない」
「言っておくけど、勧誘ならお断りだよ。俺は特定のグループに所属するつもりはない」
はっきりした拒絶の意志に虚を突かれた男――ヒースクリフは右手を口元に持っていくと、実に様になっている姿で物思いに耽始める。
数秒後、学者を連想させる面立ちをしている男が発する声に宿るのは、純粋な疑問。
「参考までに教えてもらいたい。何故、私が君を勧誘するつもりだと分かったのかな?」
「今までの勧誘野郎と同じ眼と雰囲気をしていた。……まあ、マスコット目的とかじゃないっぽけど」
ここまで分かってしまうのが悲しく、最近すっかり癖になってしまった溜め息を胸中でたっぷりと吐き出す。
こんな技能よりも役に立つ能力が備わって欲しかった。本当、慣れとは恐ろしい。
「なるほど、経験則か。認めてはいるが、どこか確証も何も無いオカルトめいたモノだと勝手に思っていたのだが、そこまで分かるとなると少し興味深い」
「もしかして、本当に学者か何かしていた?」
それなら凄い嵌り役だと思う。
俺の呟きが聞こえたのか。微笑を見せるヒースクリフからは、はっきりと面白がっている雰囲気が察せられた。
俺の質問には答えなかったが。
「実は最近ギルドを設立してね。是非とも君には、五人目のメンバーになってもらいたかったのだ。実力、頭脳、観察眼。全て申し分ない」
「…………」
俺が長物の相手に慣れていたこと。そしてどういう意図でラグナードを指名し、アイテム放棄を宣言したのか、全てこの男にはバレていたらしい。
知らず知らずの内に、無意識下でヒースクリフに対する警戒を強めている自分がいた。
この洞察力は油断なら無い。
良い意味でも、悪い意味だとしても。
「君にもメリットはある筈だ。どこかのギルドに所属すれば生存率は格段に上がる事だし、なによりボス戦で割りを食う事も無くなる」
最後の言葉はアイテム分配を指しての言葉だろう。
俺がギルドに入れば結晶アイテム以外も分配される。
確かに旨味は十二分にあるお誘いだ。先程の言葉に偽りは無いが、それでも強力な武器は惜しいという気持ちが燻っているのも事実。
しかし、それでも俺は首を縦に振らない。
そんな頑なな態度を示す俺をまだ諦めていないのは顔を見れば分かる。
この男は見た目に寄らずかなり頑固な性格らしい。
「それに君は、アスナ君と随分と仲が良いらしい」
「え………………嫉妬?」
……この男に会ったのは初めてだ。それでもこの脱力しきった姿は中々レアなような気がしてならない。
映像として記録しておけば後にプレミアでも付くんじゃないだろうか。
とりあえず、子供の相手は難しいと言いたげな顔は止めてもらいたかった。
「……君も察していると思うが、うちの副団長は少し攻略にかける熱意が強すぎていてね」
「だからストッパー役が欲しいってこと? ガス抜き要因として」
「その通りだ。君といる時は彼女もかなりリラックス出来るらしい」
アスナさんに余裕が見えないというのは俺達の中で共通認識となっていたみたいだ。
まるで憑かれたように碌な休息も取らずに攻略を進めるアスナさんは、現在ヒースクリフにとって一番の懸念材料。
いつ壊れるか分からない危うい存在。
脅迫観念に駆られているアスナさんの心を癒し、攻略の足並みを揃えるためにも、ヒースクリフは俺を欲していた。
たった一人でジュエリーラットを狩りに行っていたのもギルド内での活動時間を超えての勝手行動だったらしい。
(とりあえず、アスナさんに悪い印象は抱かれていないってのには安心した)
この素敵な情報は、後で師匠にも伝えて会議の議題にしなければ。
そう、この場ではどうでも良い――俺にとっては大事な――ことを考えている内に、目の前の男が真剣な眼差しを向けている事に気付いて背筋を正す。
「それで、どうだろうか?」
「……それでも、俺はアンタのギルドには入らない」
アスナさんのフォローなら別にギルドに入らなくても可能だ。
現に俺はこれから夕食を共にし、しっかりとアスナさんの心的ケアをするつもりでいた。
最初にヒースクリフを睨んだ理由が、せっかくのご一緒タイムに水を差されたからというのは内緒。
(まあ、確かに惜しい気持ちはあるけどさ。アスナさんと一緒に行動とか夢のよう)
常にアスナさんと一緒にいられると思った瞬間に気持ちが高揚したのは否定出来ない。
しかし、それでも俺は、あの時に抱いたプレイヤーに対する恐怖を忘れてはいなかった。
(でも……無理だって、やっぱり……)
話をするだけで分かってしまった。
この男は今後も沢山のプレイヤーを勧誘し、ギルドを大きく、そして強くしていくだろう。
今のような少数ギルドではなくなってしまう。
人が増えれば様々な思惑が生まれ、沢山の問題も浮上してくる。
強力なギルドになればなるほど、他からのやっかみも増えてくる。
将来トラブルの溜まり場になると分かっている場所に身を置こうだなんて思えない。
「それじゃあ、もう行くから」
早々に話を切り上げて出口で待っている女性の姿を視界に捉える。
一緒にいられないのなら、彼女と語り、触れ合う時間を大切にしていきたいと切に思う。
踵を返し、さっさとこの場を離れる事にする。
そんな俺に掛けられる言葉は、別れの言葉でも、勧誘の言葉でも、予想内にあった何れのものでもなかった。
「――君は、誰も持っていないスキルを一つ保有している筈だ」
「……なんのこと?」
気付いた時にはもう遅い。
足を止めて話を聞く姿勢をとってしまった時点で、この男の推測に確信を抱かせてしまった事を舌打ち交じりで後悔する。
「隠さなくても良い。君が《魔物王》というユニークスキルを所有している事は見当が付いている」
「ユニークスキル?」
エクストラスキルの中でもまた異質。
ゲーム上で一人にしか習得が許されない唯一無二のスキル。
それを保有していると、この男は言ったのだ。
「何で……何でコレがユニークスキルだって分かった?」
魔物王の存在がバレている事よりも、最初にユニークスキルについての疑問が思い浮かぶ。
俺の知る限り、現在ビーストテイマーの数は俺を含めて五人。
その中で二匹以上の飼い慣らしに成功したのは俺だけ。
これがユニークスキルだと判断する事は現時点で不可能だ。
(まさか……嘘でしょ……)
――とある考えが脳裏に浮かび、知らずの内に足が緊張で震えだす。俺の推測が正しければ、この男は――。
「このゲームには沢山の情報源が存在する。私はつい最近、あるNPCからそういうスキルがあると聞かされただけに過ぎない。その、初めて二匹以上の飼い慣らしに成功した者へ与えられるスキルの情報を」
俺の考えを封殺するように、ヒースクリフは静かにそう告げる。
まるで俺の考えを完璧に読み尽し、予め解答を用意していたような気がするのは、俺の気の所為だろうか。
そして、もし彼の言っている事が本当なら、それはそれでヤバイ。
クライン達への口止めが全て無意味になってしまう。
エクストラスキルであってほしいという期待は木っ端微塵に打ち砕かれた。
――単純にもこの説明で納得してしまい、先程抱いた仮説をありえないと勝手に判断した事を後に悔やむ事になるのは、また別の話だ。
「安心したまえ。どうやらこの情報は一人にしか与えられない限定的なものらしい。私以外に魔物王の存在を知る者はいないだろう。情報屋にも伝えていない」
「……ねえ、ひょっとしてエスパー? 何で考えている事が分かるん?」
「そして君はこうも考えるだろう。何故ここで、このような話題を出すのかと」
「だから何で分かんのさ……」
読心や心眼等のスキルの存在を疑ってしまうのは当然だと思う。
ありえないと分かっていても、それ程この男の読みはずば抜けていた。
まるで化け物を見るような目をしている俺の眼差しにも微笑で答えるヒースクリフは、手元で自分のメニューウィンドウを操作している。
しばらくして俺に見せ付けてきたスキル欄には、
「《神聖剣》?」
指差す所に、そのようなスキル名が表示されていた。
聞いたこともなければ名前からどんなスキルか想像するのも難しい。
話の流れからして、おそらくコレもユニークスキルの類なのだろう。
しかし、これでヒースクリフの目的は曖昧ながらも理解出来た。
「そっか、だから魔物王の存在を黙っていて欲しいんだ」
「話が早くて助かる」
ヒースクリフの狙い。それは宣伝と掌握。
SAOで最初のユニークスキル使いとなればヒースクリフの知名度は跳ね上がる。
その有名人が率いるギルドともなれば他のギルドからも一目置かれるようになり、攻略会議でも軍以上の発言権を得て、更には攻略の手綱を握る事も夢ではない。
アスナさんを始めとする強力なプレイヤーが配下にいるし、ギルドとしての実力も申し分なく、この男は妙なカリスマ性に溢れているのだから。
ようはビックネームで他プレイヤーから畏怖されるようになり、攻略組全体でのリーダー的ポジションに落ち着きたいのだ、この男は。
ネットゲーマーとは強力なプレイヤーを勝手に畏怖もしくは崇拝し、無意識に従ってしまう節のある生き物だから。
そのためにもユニークスキル使いの二番煎じはどうしても避けたい。
だからヒースクリフは自分が神聖剣を晒す前に魔物王の情報が公開される事を恐れた。
(本当なら俺にも見せたくなかったんだろうな)
それは苦渋の決断だったのだろう。
俺は言うまでも無く子供だ。
だから考え無しに魔物王の事を色々な人に教えてしまう可能性がある。そう判断したから、ヒースクリフは身を削ってまで釘を刺したに違いない。
俺の見た目と年齢は、この男の警戒レベルを無意識の内に下げていた。
例え聡明だと理解していたとしても、こうしてヒースクリフはミスを犯してしまっている。
きっと、本人が一番疑問に思っている事だろう。
何故、こうも考えたらずな失敗をしてしまったのか、と。
「安心してよ。元々俺は魔物王を言い触らすつもりは無いから」
そうとは知らず、俺の決断は彼の失敗をカバーしてしまう。
これ以上やっかみを受けてたまるか、という意思の込められた言葉に、ヒースクリフは安堵の息を零した。
「礼を言おう。ありがとう、シュウ君」
「貸し一つだから」
それに俺にはヒースクリフのような願望は無く、攻略ペースが適切なら文句無い。
この男なら上手く攻略組の手綱を握ってくれるだろう。
確証は無い。それでも攻略に関してのみは信用に値する男だと思えた。
少なくともキバオウよりは適正がある気がする。
「これ以上アスナさんを待たすのは悪いから、もう行くよ」
紳士は女性を待たすべからず。
師匠の言葉に思い返し、今度こそ俺はヒースクリフに背を向けた。
「シュウ君、攻略組プレイヤーとして、明日は共に頑張ろう」
「……こちらこそ、よろしく」
これで話は本当に終了。
両脇に使い魔二匹を侍らせて、俺は早足でアスナさんの待つ広場出口へと走っていく。
彼が小さく呟いた、勧誘はまだ諦めないという発言は聞かなかったことにして。
血盟騎士団っていつ作られたんでしょうね。
原作の最初の方が不明な状態なので、もしかしたら既に差異が幾つか生まれているかもしれません。
システム外スキルの考察も甘いし支離滅裂かもしれません……精進します。