「呆れた。あなたが全面的に悪いんじゃない。慰めようとしてくれた子供に当たるなんて最低ね」
これが俺とシュウとの間に何があったのかを問い質した、彼女の率直な感想だった。否定出来ないし、するつもりもない。
「はい、仰るとおりです」
今の鬼神の如き表情を見て自然と敬語口調になる俺を誰がヘタレと罵れよう。彼女の冷徹な視線と批難の言葉を浴びる度に、まるで細剣に滅多刺しにされる様な痛みに襲われた。
四十六層主街区《ラングイス》の宿屋、その一室で繰り広げられる光景に、メッセージ着信後直ぐに感じていたドギマギ感は欠片も無かった。
テーブルのセットと粗末なベッドしかない簡素な部屋の中央で正座する俺を、血盟騎士団の副団長様は胸の前で両腕を組みながら剣呑な表情で睨み付けている。
なまじ彼女――《閃光》のアスナは女性プレイヤーでも五指に入る美少女であり、またトップクラスの実力者。そしてトップギルドの副団長という立場からか一般人には真似出来ない覇気と凄みが感じられた。
お陰で彼女が俺の部屋に突撃して来て早一時間。自業自得とはいえ生きた心地がしなかった。彼女の容赦無い辛辣な言葉と自己嫌悪で、既に心のHPはゼロどころかマイナスゲージに突入している。
「……あの……アスナさん?」
すると《狂戦士》時代を彷彿させる雰囲気を見せるアスナに第三者から声が掛かる。今は室内にいるので武装を解いてラフな格好でいる男性。赤い剣胴着のような和服を来ている野武士面の赤毛侍――ギルド《風林火山》のリーダーであるクラインは、苛立つ獣を刺激しないよう慎重に言葉を選んでいた。さながら新人の猛獣使いを見ている気分だ。
「その……キリトも反省している事ですし、どうかそこら辺で勘弁してやっ……いや、すんません、何でもないです」
俺にとっての援護射撃はアスナの一睨みで封殺される。でしゃばってすみませんと部屋の隅で縮こまるクラインを役立たずと自分を棚にあげる反面、仕方ないかと諦める自分がいて、心の中で嘆息する。
(けど……俺もつくづく愚か者だな。何も成長してない)
そう胸中で呟き、そっと自嘲めいた笑みを浮かべる。
あの時の事は今でも鮮明に思い出せた。
必死に慰めようとしてくれたシュウに八つ当たりをした自分の愚かさ。そして、悪くないのに泣きそうな顔で謝罪を口にしたシュウの表情。
あの顔が脳裏を過る度に自分を罵倒し、そして心が掻き毟られる。俺は現実世界にいた頃から何も変わっていなかった。
一度関係がギクシャクしただけで逃げ続け、後ろめたさに縮こまる。妹にしていた所業を悔いている癖に、同じ過ちを犯している。誰かに叱咤されて漸く行動に移せる愚者。
シュウはよく俺を英雄扱いしてなついてくれているが、俺の本質、器などこの程度だ。
(言い訳出来ないほどカッコ悪い。……俺、あいつの兄貴分なのに)
シュウは俺を英雄視して自身の理想を押し付けてくるきらいがあるが、それを重石に感じたことは一度もない。むしろ兄貴分としてそうでありたいと見栄を張る自分がいる。それは現実世界では果たせていない『立派な兄でいたい』という願望からくる想いだった。
(しっかりしろ、それで……シュウにちゃんと謝るんだ)
正座している膝の上で拳が握られる。様々な決意の炎が燃え盛っている。心の奥底に燻っていた火種に薪をくべたのは彼等の言葉だ。
《なぁ、お前ェよ、早いとこ話した方が良いんじゃねェのか? なんつーか、二人とも見ていて痛々しくってよぉ》
先ほど背中を押してもらったクラインの言葉が甦る。
《あなた、何であんな顔をシュウくんにさせて平気でいられるの?》
アスナの言葉に後頭部をぶん殴られた様な衝撃を受けた。
「…………なに?」
無意識にアスナを見ていたらしい。彼の副団長様は整った眉根を寄せて訝しげなジト目を向けてくる。
反射的に視線を逸らしてしまった。
「いや、ごめん、わざわざ来させちゃって。……あと、ありがとう」
小さくモゴモゴとお礼を口にした途端、俺は地雷を踏んでしまった事を悟る。アスナの顔が見る見る内に赤くなり、身体はワナワナと震え、怒髪が天を衝いた。
「な、なにお礼なんて言っているのよ!? わたしはあくまでシュウくんのために一言あなたに文句を言いに来たの! あなたを励ますつもりなんて欠片も無いわよ!」
第三者が聞けばツンデレとも捉えられかねない発言をし、激昂するアスナ。そして突如。たじたじになっていた俺の視界を黄色のライトエフェクトが塗り潰した。
それが細剣基本技《リニアー》の動作だと思考が追い付く頃には、既に名剣の切っ先が眉間から僅か数センチの所をポイントしている。
その初動作、技を放つ気配すら立てずに一瞬で全てを終える速さは、正に閃光の如く。
そして強く真の通った意思を瞳に宿しながら、審判が下される。
「もし……もしまた無意味にシュウくんを悲しませたら、絶対にあなたを許さない」
怒気で震える口調からはシュウに対する慈愛が感じられる。その真剣味を帯びた目に射抜かれ、察した。
ああ、この人は本当にシュウが大事なのだ、と。
その強く綺麗な姿に思わず見惚れてしまう。
そして、俺もアスナと同じ気持ちだった。
「ああ、その時は多分、俺も自分自身を許せなくなる」
細剣の切っ先を掴んでずらし、立ち上がる。
鋭い眼光を放つ美しい目を、真正面から見詰める。
実際には数秒の出来事だが、それが永久にも感じられた。
「…………ハァ、まったく、初めからそうしていれば良いのに」
俺の覚悟と本気を察したアスナは深い溜め息を吐いてから愛剣を鞘に戻し、漸く緊張で張り詰めていた空気が弛緩した。
どうやらこの裁判官様は俺に弁解のチャンスを与えてくれるようだ。
「よーし、そんじょまぁ、キリトは早速シュウの字にメッセージ送って、そんで早いとこ謝りに行っちまえ」
「そうだな」
絶対に口にはしないが、こういう部分はクラインに感謝している。楽観的でお調子者の癖に、その大人の気遣いと空気の読める上手さに何度助けられた事だろう。
瞬時に温かい場へと変化した自室で、クラインに微笑ましく見られながら右手を縦に一閃。
呼び出したメインウィンドウからフレンドリストをクリックした所で、アスナの声が掛かる。
「あ、言っておきますけど、今直ぐシュウくんと会うのは無理よ。あの子、四十層で新しく発見されたダンジョンに行っていると思うから」
「四十層の未踏破ダンジョン? ……初耳だな」
事実聞いたことが無かった。
攻略組の一員として比較的情報通だと自負しているが、特に情報屋という訳でも無いので全く知らない情報というのはよく耳にする。
けれども何処か引っ掛かった。四十層は荒野と岩石地帯で形成されたフィールド。岩石地帯といってもそこにある岩は極端なほど大きい訳ではない。森林型に比べれば当然見通しは良い方だ。
そこで、急にダンジョンの発見。
疑問に思ったのかクラインも首を傾げていた。
揃って訝しげな表情をする俺達にアスナも賛同している。
「そうね。わたしも知らなかったわ。まあ、アルゴさんも初耳だったみたいだから当然かもしれないけど」
「……待ってくれ」
この俺の言葉は、自分でも驚くぐらい強張っていた。その予想外の声色にアスナも眉根を寄せている。
「なによ?」
「知らなかった……あのアルゴが知らなかったのか? 噂すらも?」
アルゴはプレイヤーでも一・二を争う情報屋だ。フレンドリストの限度一杯まで人脈を伸ばし、それこそ全層から膨大な情報を収集している。
彼女に協力的なプレイヤーは多い。
そのアルゴが新しいダンジョンの情報を入手出来なかった。
それもアスナがシュウに聞いたところによれば、その情報を持ってきた噂の恋人も酒場で打ち上げをしていた一団の話を偶然耳にしたから知ったようだ。
つまりその一団は秘密保持などこれっぽっちも考えていない。恋人だけでなく他の人も耳にしただろう。
それなのに未踏破ダンジョンの発見なんてトップニュースが拡散しないのは少し不自然に思えた。
この僅かな時間で俺の言いたい事に気付いたアスナの顔も強張っている。
「……でも、アルゴさんだって万能じゃないんだから、少しくらい知らない情報があっても不思議は無いと思うわ」
「まあ、確かにその通りなんだけどな。…………だけど、情報屋は一人じゃない。アルゴの性格とプロ意識を考えれば、最悪他の情報屋を頼ってでもダンジョンについて探る筈だ。アルゴはシュウの事を気に入っているし。なのに欠片も情報が無いってのは……」
嫌な予感か立ち込める。
希望的観測の入った意見を述べたアスナも、段々とその綺麗な顔を青白くさせている。
「とりあえず確認してみよう」
一旦メッセージの打ち込みをキャンセルした俺は、フレンド登録者の追跡機能を呼び出した。
ダンジョン内にいる者にはメッセージを送れなければ、また位置追跡も行う事が出来ない。だから逆説的に位置追跡が可能なら、シュウはまだダンジョンに到達していない事になる。
幸いな事に四十層の一ヶ所でフレンドマーカーが点滅していた。
「まだそのダンジョンには着いてないみたいだ」
「この場所は……崖下かしら? ほら、四十層を横断している長い崖の」
「ああ、みたいだな。近くを渓流が通ってる。……ここら辺に未踏破ダンジョンがあるのか?」
二人でウィンドウを覗いて意見を出し会う。そして、目を見開いたクラインの大声は悲鳴に近かった。
「なっ、ちょっと待ってくれ! そいつは……そりゃちょっと妙だ……」
「クライン?」
顔を覆う様に手をやったクラインが真剣な顔で思考に耽っている。それはまるで必死に何かを思い出そうとしているようだった。
しばらく部屋に沈黙が下り、考えの纏まったクラインが漸く喋り出す。
「いやな、ほら、以前シュウが崖下でダンジョンを見付けた事があっただろ?」
「二十九層のアレか」
クラインが戸惑いながら口にしたのはマジックダイトのクエストでシュウが発見した洞窟だ。
そこにいたイベントボスは一度限りのポップだったが取り巻き達は違かったらしく、子分達の高い出現率と高経験値からレベル上げの狩場として暫く賑わっていた。
そんな例があったからだ。風林火山が迷宮区探索の息抜きに崖下を探索したのは。
「だからよ、今回も何かあるんじゃないかって、一度そこら辺を探索した事があるんだ。渓流沿いに端から端まで……怪しいとこなんて一つも見当たんなかったぞ」
その情報に俺達は、最悪の予想しか出来なかった。不安と焦りで口が乾く。喉がカラカラになる。
特に戸惑いが激しいアスナの声はひきつっていた。
「でも! 時間差や期間限定で開かれるダンジョンかもっ!」
「……確かにアスナの言葉にも一理ある。その可能性だってゼロじゃない。けど……」
「何かありそうな感じはしなかったぜ。うちの斥候が言ってるんだ。探索のプロが言うんだから間違いない」
そう、攻略組のだけあり風林火山の面々は高レベルプレイヤー。《識別》や《罠解除》といった盗賊系必須スキルを完全習得している人の言葉を疑うほど、流石の俺達も疑心暗鬼に陥っていない。
つまりその場所には数か月前の段階でダンジョン開放の兆候は見られなかった。
「二人とも、何か街で新ダンジョンの噂を訊いた事は?」
俺の問いに当然二人は首を振った。
「流石に噂話すら無しにいきなりダンジョンが開放されるのは変だ」
少なくともこの一年で一度も無かった。この先もあり得ないと断言出来ないが可能性は低い。
俺達に緊張が走る。
「アスナ、シュウは一人なのか?」
「……いえ、確か先生の恋人さんと二人で行くって言ってた」
「確かクロノス……つってたっけか? そのリア充野郎の名はよ」
その情報を持ってきた人物と二人きり。クロノスの噂はシュウから何度も聞いたため人柄は分かっているつもりだが、やはり直に会っていない人物など心から信用出来ない。
なら、これからするべき事は一つ。
「俺――シュウの所に行ってみる」
追跡画面を消去し、装備フィギアを展開。私服から装備品をオブジェクト化してから扉の方へ歩み寄る。
そんな俺に続く影があった。
「わたしも行くわ。何だか凄く……酷い胸騒ぎがするの」
「俺ァ、念のため仲間と合流してからにするぞ」
それも、二つ。
「アスナは分かるとしても、お前も来るのか? 杞憂で済む可能性もあるんだぞ」
いつの間にか侍装備に戻っていたクラインに一応訊ねる。一種のお約束という奴だ。
大事な友人のピンチ、それも弟分の危機かもしれない時に黙っていられる男ではない。
俺の小馬鹿にするような冗談半分の問いに、予想通りクラインは鼻で笑ってみせた。
「はんっ、そん時ゃ心配し過ぎだったって笑い話にして、皆で新ダンジョンを探検すれば良いだけの話じゃねェか」
「そうね。その時は折角だし、あなたとシュウくんの関係修復を手伝ってあげるのも吝かじゃないわ」
クラインも、アスナも、当然俺も。折角の休日が潰れるのを嘆くどころか、時間をもて余していた事に感謝した。そうでなければ取り返しのつかない事になっていた可能性もある。
そのまま三人で転移門広場まで走り、クラインは仲間の所へ。俺達二人は四十層へと転移した。
胸騒ぎは未だ止まない。それどころかどんどん強くなっている。西部の開拓村に吹き抜ける冷たく乾いた風が、不吉な気がしてならなかった。
「シュウはまだあの場所から動いていない。死ぬ気で走れば十分も掛からず――」
「五分」
「……了解」
宿屋を出た辺りからアスナの表情は変化していない。そこに温かみは感じられず、あるのは鉄仮面を被っているような冷たい氷の美貌。
感情の抜け落ちた表情をしている彼女の纏う雰囲気は《狂戦士》時代を超越するほどで。まるで彼女の周囲だけ異界に呑まれている様だった。
それは彼女のファンらしきプレイヤーが声を掛けるのも躊躇う程の鬼気迫る空気。
(……アスナの代わりに俺が冷静にならないと)
焦る気持ちを圧し殺し、俺の分までアスナには焦ってもらう。その代わり、心はクールに。
状況分析と把握に徹してこそ道は開かれる。
幾多もの死闘がそれを学ばせてくれた。
「遅かったら置いてくぞ」
「誰にものを言っているの?」
告げるや否や、彼女は一陣の風と化した。地面が爆発したと錯覚するほどの強いスタート。粉塵が舞い、土煙から顔を背けている内に、彼女の背は遠くなっている。
ウィンドウの追跡画面を表示したまま急いで白と赤の団服を追いかける。ものの一分も経たない内に主街区を飛び出し荒野を駆けた。
途中でエンカウントするモンスターを時にはやり過ごし、またはアスナと協力して瞬殺する。この煩わしい戦闘で唯一得した事はアスナに追い付けた事だろう。
やはりスピード命の細剣使いのだけあって敏捷力は俺よりも遥かに高かった。
結果として、俺達は三キロを四分弱で走破する事に成功する。限界を通り越して燃え尽きる寸前までいった走りだった。
そして、シュウのいる崖下の真上に辿り着いた俺達は、目撃する事になる。
底知れぬ悪意と狂喜に魂を売った最凶最悪の者達。
慟哭と絶望に沈む一人の少年の姿を。
◇◆◇
何故ここに、とか。どうやって知ったのか、とか。美味しいところを持って行き過ぎだ、とか。
様々な疑問と言葉の波が押し寄せ、瞬時に溺れさせる。しかし、混乱を上回る喜びが心を満たしてくれた。
来てくれた。駆け付けてくれた。
もう、恐怖はない。
闇に覆われていた世界に射した眩い光。
「キリト……っ」
涙で霞む視界に現れた黒の剣士は、正に絶望を祓う聖なる光そのものだった。
「シュウ」
激情に駆られながらの言葉は思わず背筋を強張らせる程の凄みがあったが、同時に安堵の気持ちも含まれている様だった。
油断なく武器を構えながらチラッとこちらを一瞥し、激しく舌打ちするキリト。当然、俺に対してではない。
この騒動の仕掛人達に対し、キリトは侮蔑する気持ちをこれっぽっちも隠していなかった。
「あとは任せろ」
頼もしい発言。そして後ろ手にハイポーションを放られる。一秒にも満たない先程の確認で、俺のHP残量と装備に気付いての事だった。
小さな小瓶を両手でキャッチ。そのまま栓を抜こうとして――、
「させ、ない」
起伏に乏しい小さなぶつ切りの呟きが左手側から聞こえた。キリトと二人で瞬時に左側へ視線を走らせる。そこには今まさに飛び出そうと身構えていた髑髏男の姿があった。
緊張が走る。しかし、
「いい、勝手にやらせろ」
黙ってこちらを見物していた男の底冷えする冷たい声が髑髏男をその場に縫い付けた。
死と絶望を具現化したような漆黒のポンチョ。対峙するだけで気力を消耗させる威圧感。そして、底見えぬ悪意。
だらりと下げたままの右手には血色のダガーが握られ、フードにから微かに見える口許は忌々しそうに歪められている。
何に対して憤っているのか。そんなものは見て明らかだった。
「……ホント、良いタイミングで現れたな黒の剣士。何でバレたのかねぇ」
口調はおちゃらけているものの怒気が迸っているのが分かる。それは、楽しい遊びに水をさされた子供の怒りに似ていた。
「――お前達……こんな子供を食い物にして、何も感じないのか?」
俺のHPが全開するまでの時間稼ぎ。そのための話題としてキリトが提示したのがコレだった。
その問い掛けに、黒ポンチョの隣へと移動した髑髏男は答えない。ただ抑揚の無い声で含み笑いをするのみ。
そして漆黒の狂人はその顔に歪んだ笑みを張り付ける。
「あーあー、悪かったな。次からは、ちゃんと大人を狙ってやるよ」
「お前ッ」
「例えば――」
馬鹿にした笑みと返答に激昂するキリトに、この男は、
「――テメェとかな、黒の剣士。まあ、俺から見りゃ中坊はガキだけどよ」
そう言って、大型ダガーの切っ先をキリトに向ける。
男は全身で語っていた。今のキリトは、俺という餌に掛かった大魚なのだと。
髑髏男も鞘から赤い針剣を引き抜き、俺も膝を落としてどっしり構えつつ、《黒羽》を握る手に力を込めた。
震える手を誤魔化すために、力強く。
そして隣に立ったキリトが俺の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと乱暴な手付きで髪を揺らす。
俺の心境に気付いて元気付けようとしてくれているのがそ手に取るように分かった。
「一つ訊く」
俺の見上げる視線を無視して、キリトはそう言う。
その瞬間、ここにいる全員が悟った。このキリトの言葉が、俺達の最後の会話になると。
「約一年前、二層で《強化詐欺》の手引きをしたのはお前だな」
「強化詐欺?」
まだゲームが始まって間もない時、第一層が攻略されて直ぐの頃。一つの攻略ギルドが武器の強化詐欺を行い、高レベルの武器を騙しとる事件が発生したらしい。
その事件を解決に導いたのがキリトとアスナさんで、詐欺を行っていた人物は黒ポンチョの男にやり方を教わったと言っていたそうだ。
そう簡単に説明されて納得する。
俺の惨状を差し引いて考えても、キリトのこの警戒は異常だと思えていたのだ。
「ほう、こりゃ驚いた。まさかそんな昔の事を知っている奴がいるとはな」
黒ポンチョも単純に驚いている。その姿に反省の色は無い。
キリトの目が刃の様に鋭く細められた。
「……お前が何を考えてネズハ達に吹き込んだのか。そして何でシュウを狙ったのか。そんな事を訊くつもりは無い。耳が腐る」
口を開く度に剣呑さが増す。殺気が沸き立つ。キリトも、黒ポンチョも、髑髏男も、自重する気配は見られない。
「お前は……お前達は危険だ。ここで捕まえて《黒鉄宮》に叩き込む。逃がしはしない」
「ハッ、逃がさない、か。正義の味方とは似合わねぇな。――オレンジプレイヤーの分際でよ」
「逃げられ、ないのは、どっちか。試して、みるか、黒の剣士」
そう、今のキリトはカーソルをオレンジに変えている。そして、それは俺も同じだった。
デュエル以外でプレイヤーを傷付けたらカーソルは犯罪色のオレンジになる。
オレンジプレイヤーを攻撃し、殺害しても、その人のカーソルは緑のまま。だから目の前の犯罪者二人はグルガ達を殺害しても緑のままだし、俺もグルガを痛め付けてもカーソルに変化は無かった。
しかし俺は先程のゲームで黒ポンチョに一撃を入れ、キリトは投剣が仇となった。
「知っての通り《圏内》にオレンジが入れば憲兵に叩き出されちまう。追い詰められているのがどっちか、しっかり理解するのをオススメするぜ」
だからキリトはこの場で戦う事を決め、俺に転移結晶で逃げるよう促さない。そして、あいつ等の口振りと表情を見れば嫌でも分かる。
キリトの登場とオレンジ化は全くのイレギュラーだとしても、万が一俺を転移結晶で逃がさないために、先に攻撃を加えるよう誘導したのだ。
ゲームなんてふざけた方法で。
どこまでも策を張り巡らす悪魔の頭脳に戦慄した。そして、ついに――、
「――なあ、オイ。そろそろ始めねぇか?」
唐突に、それが開戦の合図となった。
そして彼等が始動する、その刹那。
「そうね。わたしも待ちくたびれたわ」
一瞬の出来事だった。
気付いた時には、彼等の背後の渓流から飛び出していた女神様が、黄色のライトエフェクトを撒き散らす怒涛の七連続技を流星群の様に繰り出していた。
次話でラフコフとの戦闘は終了する予定です。長くなってしまい申し訳ありません。
そしてお気付きになられている方もいらっしゃると思いますが、カンピオーネ!の中編連載を始めました。
全五話、五万文字以内を目安に完結させるつもりです。
またこの執筆は魔物王の息抜き・筆休めにしか執筆しないので、かなり不定期になります。あくまで魔物王を優先しているため。
良ければ、カンピオーネ!の二次小説『トリックスターな魔王様』の方もお楽しみ頂ければ幸いです。
誤字や脱字の発見、感想やご意見、お待ちしております。