オレを踏み台にしたぁ!? 作:(╹◡╹)
特に状況は動きません。
本格的に動き出すのはオリ主くんが迎えに来る筈の翌日以降になります。
「ふぅ…」
首尾よく迎えの約束を取り付け、ドジっ子の少年を送り返したオレは小さくため息をつく。
そう言えばあの少年の名前を聞き忘れたな。失敗したか… いや、これで良いのだ。
応接室に通されてから… いや、玄関前で会った時からあの少年は落ち着かない様子だった。
その原因は幾つか考えられるが、学校での悠人少年の立場と決して無関係ではないだろう。
そんな中で「で、誰だっけ?」なんて言ったらどうなる? 少年の顔が丸潰れである。
せめて少年の献身に報いるためにも明日の用意を万全にて行い、明日という日を乗り切る。
それが嫌々やって来ただろう彼に対し、オレが出来る唯一にして最善のコトなのだろうから。
というわけで、鞄の中に入っていた時間割表に従い必要な教科書を次々と入れていく。
しかし悠人少年は凄いものだな。折り目どころか使った形跡がない程に綺麗な教科書類だ。
きっと今はなき妄想ノートに記してあったとおり、悠人少年は本物の天才だったのだろう。
最近の小学校は色んな意味で進んでいると聞く。彼の成績を穢さぬようオレも努力しないと!
え? 時間割表があるなら何処の学校に通ってるか分かるんじゃないかって?
そう思うだろう? うん、オレもそう思っていた。
だが時間割表には時間割しか書いてなかった。学校名も連絡先すらもまるでない。
不親切にも程があるよね。学校の管理主義ってこういう目立たぬところで弊害ある気がする。
……さて、明日の準備も一段落して風呂にも入って本来ならばあとは寝るだけだ。
だが、それをする訳にはいかない。オレはある種の決意を秘めて学習机の前に立っていた。
そう… 目当てのモノはノート型のパソコンである。
ここにはかなりの手掛かりが眠っているのではないだろうか?
分かっている。分かっているんだ…
スマホだけでも失礼なのに、コレに加えてパソコンまで閲覧しようなんて。
悠人少年に『ふ… ふざけるなよ…! 戦争だろうが… スマホはまだしも、パソコンにまで触れたら… 戦争だろうがっ…! 戦争じゃねえのかよっ…!』と言われても返す言葉がない。
故に出掛けるまでは触れることはしなかったのだ。……妄想ノートで消耗したのもあるけど。
しかし、近所を徘徊してもダメ。望みの図書館でも記憶を刺激するモノに巡り会えなかった。
こうなると八方塞がりなのだ。……すまない、悠人少年。戻ってきたらお叱りは存分に受ける。
心中で深く彼に謝罪ながらオレはパソコンに電源を入れる。
……スマホと同じく指紋認証型だ。
「む? これは…」
ロックを解除したオレが見たものは… 668通のメールが未開封になっているという通知だ。
ふむ、出会い系やフィッシング詐欺などのスパムメールが溜まっているだろうか?
マメに処分しないとパソコンの動作にも負担が出てくる。仕方ない、整理をするとしようか。
「……?」
整理しようと思い、ザッと眺めるとすぐに違和感に気付いた。差出人は主に2人だったのだ。
ほぼ毎日のペースでメールを送ってくれている。そして今669通… いや、670通になった。
コレはと思い、適当なメールを幾つか開封してみる。……中身は案の定であった。
そう、メールの差出人は悠人少年のご両親だったのだ。
中身は日々の些細なコトや仕事で家を空けることの謝罪、こちらの体調の確認がほとんどだ。
些細なすれ違いから疎遠となってしまったが、悠人少年も両親は心底憎めないでいたのだ。
しかし、それでも複雑な感情はしこりとなって残る。故にメールは未開封のままだった。
ご両親もご両親でそれぞれ働いている忙しい時間を縫って、悠人少年を気にかけていたのだ。
くっ… お互いに不器用過ぎるだろう! この家族は!
溢れてくる涙が止まらない。だが、そんな『部外者』のオレだからこそ今できることがある。
音声チャットなどしようものなら血を分けたご両親のこと、すぐに息子の異常に気付くはずだ。
だから、オレはオレなりに万感の想いを込めてメールを執筆する。
オレにもいたかもしれない両親への想いも密かに乗せて出来上がった文を、お二人に送信した。
オレのしていることは最低だ。コレはご両親を騙す行為に等しい。そんなことは自覚している。
だけど、それでも… コレが少しは悠人少年とご両親が歩み寄るきっかけとなれば…。
そう願わずにはいられなかった。
暖かい家族愛に触れ、心地よい充実感に満たされていたオレに睡魔が襲ってくる。
そろそろ就寝の時間か。……今日一日で色々あった気もするし、特に何もなかった気がする。
朝起きたら知らない場所で目覚めて、散歩に出た喫茶店では舌打ちされてしまい、
図書館では車椅子の少女に謝罪し、ウチまで来た名も知らぬ少年には明日の迎えを頼んだ。
そして、パソコンを起動したら美しい家族愛に触れ、謎の感動に襲われた。
ふむ、なんか字面で書くとアレだが些細な問題だろう。きっと、多分、メイビー。
清潔なベッドに包まれ、オレは微睡みの中へと沈んでいった。
明日には悠人少年がこの身体に戻っているかもしれない。
そうだな… オレにできることなんて、一日一日を死ぬ気で生き抜くことくらいだろうさ。
確か… 『葉隠』だった… っけ…
………
……
…
「え? 何これ、怖い…」
翌朝起きたオレは、パソコンに溜まっている1000通もの未開封メール(息子からの初めての返信に狂喜乱舞するご両親のお言葉)を見て、軽く引いてしまうのであった。おい、仕事しろよ。
ご両親は息子にダダ甘でした。
悠人少年の方はどうだったのかって? それは読者の皆様のご想像にお任せしましょう。
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