オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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オリ主くんの視点です。
絶滅危惧種のシリアス成分が供給される貴重なシーンだと思われます。


彼の困惑

 ……俺の目の前にはアイツがいる。そう、アイツ… 桜庭悠人が。

 数日前に俺はコイツと戦った。……()()()()()のだ。

 この世界で… いや、“前世”も含めて生まれて初めての本気の“殺し合い”だった。

 

 かつて俺は一度死に、そして『神』とやらを名乗る人物によって二度目の生を受けた。

 送り先はなんでもアニメをモチーフにした世界だとか。大して興味もないので聞き流したが。

 

 一度目の人生は先に死んで両親を泣かせてしまう羽目になった。……アレはかなり堪えた。

 今度こそ同じ過ちは繰り返すまいと、普通の子供として生きていくことを心に誓った。

 普通に生きてさえいれば『神』とやらが与えたという“特典”なんかに頼らないで済む。

 平凡に、慎ましやかに暮らしたいという願いと裏腹に、人生は中々上手くいかないものだ。

 

 俺の通うことになった私立聖祥大付属小学校には、『暴君』として君臨する男がいたのだ。

 そう… 今、目の前にいる桜庭悠人だ。

 アイツは『神』から授けられたと思しき力を惜しげも無く使い、思うままに振る舞っていた。

 

 幼稚園の時は学区が違った。一年生の時はクラスが違った。そして二年となって現実を見た。

 あまり人の噂話に興味が無い俺の耳にも届いていたソイツの悪行ではあったが、心の何処かで「そんな大袈裟な…」と思う気持ちがなかったとは言えない。しかし、現実は遥かに酷かった。

 本当なら関わり合いになんかならずに、目を伏せてしまえば良かったのかも知れない。

 

 だけど、そんなコトは出来なかった。――あぁ、そうか…。

 

 此処で逃げられるような性格だったら今頃こんなところで第二の人生なんか歩んでないか。

 心中でこの世界の父さんと母さんに詫び、アイツを止めるために向かっていった。

 時に言葉で、時に力で… 初めはてんで相手にならなかったが、それでも喰らいついた。

 

 教室で明らかに嫌がっている高町や月村、バニングスらに迫っているのを止めたり、

 街で通行人にちょっかいを掛けようとしていたのを止めたり、

 図書館で車椅子の少女に絡んでいたり、喫茶店で暴れていたり… なんてこともあった。

 

 コイツは心底下衆な野郎だったが、その“力”は本物だった。

 ちっぽけな俺の力なんかじゃ、コイツを退散させるだけでも命を賭けねばならないほどに。

 そしてコイツと俺の出会いから一年近くが経とうとしている数日前、俺達は決闘をした。

 

 激しい戦いだった。我ながら良く勝ちを拾えたものだと思う。

 いや… 仮に今戦ったとして、あの時と同様に勝てるだろうとはとてもじゃないが思えない。

 勝率なんてそれこそ1%にも満たなかったんじゃないだろうか。

 

 情報を吟味し、相手の力を予測し、性格も考慮して戦術を練り、万全の対策を立てた。

 それでも尚、薄氷の勝利だったのだ。次も勝てると思えるほどに自惚れちゃいない。

 

 だから、(原因を作ったのは俺だが)ここ数日のアイツの欠席には誰もが安堵していた。

 だが、終業式を間近に控えた状態でこのまま欠席が続くと流石に先生も困りだした。

 当然ながら、誰もヤツの家にプリントを届けようなんて思わない。誰もが目を逸らす。

 ……俺は黙って手を挙げる。原因の一端は俺にある。それに、ヤツの様子も確認したい。

 

 俺は家に帰り荷物を置くと、その足で学校を挟んでほぼ反対側にあるヤツの家に向かった。

 邪魔な荷物を持っていては咄嗟の対処が間に合わない可能性があるからな。

 さて、ヤツは俺を見たらどういう反応を示すだろう? 罵倒するか、いきなり襲い掛かるか。

 ヤツの性格から取るだろう行動を予測し、対応をシミュレートしつつ歩けばすぐに到着だ。

 

 呼び鈴を鳴らす。……反応がない。

 なるほど、俺との戦いの怪我がまだ癒えてないのかもしれない。戦術を再構築しよう。

 再度呼び鈴を鳴らすも、やはり反応がない。……どうしたものか。

 

 取り敢えずノックをするか。何度か試してみて反応がなければ出直せばいい。

 

 ――ドンドンドン…

 

「すみませ~ん!」

 

 黒檀製ってヤツだろうか? 高そうな木製の扉が良い音を返してくる。

 反応がないな。だがもう少しだけ。

 

 ――ドンドンドン!

 

「も~し~も~し~!」

 

 ちょっと楽しくなってきたな。だが、次で反応がなければ諦めるか。

 

 ――ドンドンゴンッ!

 

「失礼しまあいてっ!」

 

 うっかり鍵穴の部分を叩いてしまった。……ちょっと歪んでる気がするな。

 ま、まぁ反応もないことだし。ここは出直すとしよう。

 

「フッ、ここも地獄か…」

 

 振り返り、立ち去ろうとした俺の目の前に… まるで見計らったかのようにヤツが現れた。

 コイツ… 怪我もなくピンピンしているじゃないか。

 ……俺が油断している間もコイツはこの数日間、自由に動き回っていたということなのか?

 

 遠い目をしながら呟いたヤツの言葉が遅れて俺の耳に届いた。「地獄」だと?

 一体ヤツは何を見てきたと言うんだ。そして、これから何をしようとしているんだ。

 ヤツは思考に囚われる俺の横を、まるで意にも介さず通り抜け、玄関へと向かった。

 その瞳には俺に対する関心など微塵も感じられなかった。

 

 ……待て、そういうことなのか?

 俺にとって命懸けの戦いすらも、ヤツにとってはほんのお遊びに過ぎなかったのか?

 

「待てオマエ… いや、桜庭。何故外に出ている?」

「………」

 

 自分でも驚くほど冷たい声を出してヤツを引き止める。挑発のため敢えてヤツを呼び捨てる。

 激昂するかと一挙手一投足を注視するも無反応。

 

「オイ、聞いてるのかッ!?」

「……怒鳴るな。聞こえている」

 

 逆に激する羽目になった俺に対し、漸く視線を向けてくる。

 

 ……なんだ、この表情は?

 貴様ごときに関わってる暇などない、とでも言うような。……こんな表情のヤツは知らない。

 今迄と全く別人じゃないか。一体どういうことだ? この数日で何があったというんだ!

 

 震えているのか、俺は。いや、ここで弱気なんか見せてはいられない。

 しかし、そう奮い立たせようとする己の心こそがヤツの思う壺だったのだ。

 

「だったら…ッ!」

「見ての通りだ。……他に説明が必要か?」

 

 こちらの口火を封じてスーパーの袋を掲げてくる。まるで弄ぶようにブラブラ揺らしながら。

 焦る俺の様子を見て取ったのか呆れたようにため息を吐き、小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 

「……ッ! 何が可笑しいんだ!?」

「いや… それよりオマエの用件は?」

 

 だがヤツはそれ以上語ることはなかった。こちらの考えてることなんてお見通しってワケか。

 クッ… 成長するのは何も俺だけの特権なんかじゃない。分かってたつもりだったが。

 

「……オマエが今日、無断で欠席したからな。学校のプリントを届けに来た」

「ほう? ……わざわざご苦労なことだ」

 

 敢えて“今日”ということを強調する。

 俺が原因で数日間休ませているなら激するまでは行かずとも、皮肉の一つくらいは返す筈だ。

 だが、それに対してすら全くの無関心。まるで他人事のように。

 

 貴様など眼中にないと言わんばかりに玄関の鍵を開けようとしている。

 

「なんだと…?」

 

 このままヤツを立ち去らせていいのか? ……いや、そんな論理的な話じゃない。

 俺は今、間違いなく冷静じゃない。

 何度も命を賭けて止めようとしてきたコイツに、“その程度の存在”と思われるのがとてつもなく悔しい。俺は最低だ。今から無防備なコイツの背中に不意打ちを仕掛けるのだから。

 

 だけど… それでいいのか? 俺は、今迄なんの為にここまでやってきたんだ?

 動くべきだと訴える俺と、やってはいけないことだと訴える俺…

 板挟みにされながら、石のように動けないでいた俺に状況は無情にもタイムアップを告げた。

 

「気分を害したならば詫びよう。……上がっていくといい。珈琲でも出そうじゃないか」

「………」

 

 玄関を開けて、予定通りといった具合の笑みを浮かべながらこちらに手招きをする桜庭悠人。

 俺は今、自覚した。

 千載一遇の好機をむざむざ失ってしまったのだと。ヤツはそれを見せ付け楽しんでいるのだと。

 

 ………

 ……

 …

 

 家に入るなりそのまま応接室に通される。

 ヤツはというと荷物をカウンターキッチンの上に置き、冷蔵庫から缶コーヒーを二つ取り出す。

 そして応接室に戻ってくると同時に、うち一つをこちらに向かって放ってきた。

 

 ――パシッ

 

 難なく片手で受け止め、ヤツの真意を視線で探ろうとする。

 

「かけなさい、少年」

「………」

 

 今のやりとりの隙にヤツは油断なく椅子に腰掛け、俺にも着席を促してきた。

 この状況で立ちん坊ってのも間抜けなだけだ。ヤツに従うのも癪だが大人しく着席した。

 ヤツは満足気に頷くと、口を開いた。

 

「さて、まずはオマエの用件から片付けるとしよう。……プリントを見せて欲しい」

「言われるまでもないさ。ここに…」

 

 俺は鞄に入れていたプリントを取り出そうとした。が、ない。というか鞄がない。

 ……あ、あれ?

 そ、そういえば『邪魔な荷物を持っていては咄嗟の対処が間に合わない可能性がある』って。

 

「……どうした?」

 

 言葉にするだけで行動に移さない俺に業を煮やしたのか、不審げな様子でヤツが尋ねてくる。

 クッ… 自らの間抜けが招いたとはいえ、コレを口に出すのは屈辱的過ぎる。

 

「……ない。家に忘れたみたいだ」

「……オマエは一体何をしに来たんだ?」

 

 その後、ヤツの白い視線に晒された俺は、なし崩しに明日の朝一番にプリントをここまで届けに来ることを約束させられた。今から自宅まで取りに戻っては確実に夕食に間に合わない。

 父さんや母さんを無闇に心配させるのは本意じゃないとはいえ… クッ、どうしてこうなった!




中の人「あの少年、結構ドジっ子だったなぁ。何にせよスムーズに迎えを頼めてよかった」

次回は中の人の視点に戻る予定です。

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