オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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プレシアさんとフェイトさんによる高町さんの怖さ恐ろしさ解説講座


大魔導師と『娘(にんぎょう)』

 私の願いを叶えるためには、手段も、力も、時間も… 何もかもが足りなさ過ぎた。

 

 だからだろうか。

 あるかどうかさえ定かならぬ幻の楽園『アルハザード』に縋ってしまったのは。

 

 あの日、喪ってしまった我が子(アリシア)の幻影を求めて禁忌の技術に手を染めたりもした。

 けれど満たされることはなかった。

 

 何かに突き動かされているかのように、焦燥感の赴くまま走り続けた。

 自分でも答えが分からないままに、「違う」と否定して『本物』を追い求め続けた。

 

 ソレは一体何だったのだろうか? ……いいや、考える時間すらも惜しい。

 

 私に残された時間というものはあまりにも心許ないものなのだから。

 だから目の前の人形(フェイト)に私の持てる技術を叩き込むためには、可能な限り効率的であるべきだ。

 

 この子には私なんかよりもずっと多くの時間が残されているのだから。

 

 

「……あの、母さん?」

 

 ここは時の庭園内の訓練スペース。

 私と向かい合う形で立っていたフェイトがおずおずと声を掛けてきた。

 

 報告後に移動を命じた時は懲罰を受けるのかと身を固くしていたようだけれど、バカな娘。

 今更そのような非効率的なことをするものですか。

 

「白い魔導師の子… アレの適性を、あなたは分類できているかしら? フェイト」

 

 無言の問いかけを無視して、私は言葉を紡いだ。

 これから訓練を始めるに当たりフェイトに『認識』させねばならないことがあるからだ。

 

「えっと… 砲撃型の魔導師、ですよね? 母さん」

 

 やはり、その程度の認識か。……とはいえ、無理もないわね。

 管理局でも気付いている者はそう多くないだろう。

 

 いや、あるいはあの嫌味なほどに分析力に優れた銀髪の少年ならばあるいは…──

 

「………」

 

 嫌な顔を思い浮かべそうになった。

 首を左右に振ってソレを思考から追い出した私を見て、フェイトは顔を青褪めさせる。

 

「ご、ごめんなさ…ッ!」

「謝る必要はないわ。時間の無駄だから。……代わりに、考えなさい」

 

「……考える?」

「そう。考えて、考えて、考え抜く。その上での行動ならば、きっと無意味ではないわ」

 

「……分かりました」

 

 目の前の娘は神妙な表情でそう言って、一つ肯いてみせた。

 

「だからあなたには、今この場で幾つかの心得を授けます」

「! それって…」

 

「考えて、考えて、考え抜いた先の一縷の勝機を形にして手繰り寄せるための力をね」

「は、はいッ! まさか、母さんと訓練できる日が来るなんて…」

 

「フン、私の施す教練など付け焼き刃。モノにできるかどうかはあなた次第よ」

 

 何を勘違いしたか知らないけれど、薄っすらと涙を浮かべる小娘に釘を差すのは忘れない。

 

「そのことを努々忘れぬよう心に噛み締めて、精々必死に食らいついてきなさい!」

「はいっ! 母さん! 私、精一杯がんばります!」

 

 精々高圧的に見えるよう精一杯脅してみたつもりだが、フェイトは満面の笑顔になるばかり。

 どうにも調子が狂うので話題を戻すことにした。

 

「……話を戻すわ。あの白い魔導師は砲撃型ではないか、とあなたは言ったわね?」

「は、はい。確かに言いました」

 

「アレはそんなに生易しい存在ではないわ。……アレの真の適正は『集束型魔導師』よ」

「……しゅうそく、型?」

 

「えぇ、そうよ」

 

 フェイトにとっては聞き慣れない単語だったようで首を傾げる。

 無理もないか。適正者はそこまで多くはないのだから。

 

「……ソレは魔力の収束効率が優れたタイプの砲撃型魔導師、ということですか?」

「いいえ。収束ではなく集束… 文字通り『周囲の魔力を集め束ねる』タイプを指すわ」

 

 答えそのものは外れたとはいえ、言われたとおりに自分で考えようとしている。

 良い傾向である。私としても出来の良い生徒は嫌いではない。

 

「えへへ」

「……」

 

「……あっ、もっと撫でてほしかったなぁ」

 

 思わずフェイトの頭を撫でていた手を引っ込めて、軽く咳払いを一つ。

 

「まぁ、分からなくても無理もないわね。そうと認識して見る機会は少ないでしょうし」

 

 というより一般の目では区別が付きにくい、という方がより正確なのだろう。

 あまりピンとこない様子のフェイトに幾つか例を交えて解説してみせる。

 

 より効率的に砲撃を繰り返す、より広範囲に治癒フィールドを張り続ける。

 そんな砲撃型や治癒型の魔導師が実は集束型だった、という例などしばしば散見される。

 

 彼ら彼女らは何故他の同系統の魔導師よりも優れた力を発揮できたのか? 

 疑問に思った当局が調べてみた結果、彼ら彼女らの魔力運用にある種の独自性が見られた。

 

 それが管理局による集束型魔導師発見のきっかけだ。

 その存在そのものは古くから認知されていたのでメカニズムの解明という方が近いだろうが。

 

 ……これ以上は余談か。研究者色に染まりかけた思考を一旦リセットする。

 

 結論から言うとあの白い魔導師は集束型魔導師で間違いないであろう。

 

「何故それが分かるのか? ……私も集束型の魔導師だからよ」

 

 でなければ時の庭園の機能を使ったとはいえ、簡単に時空跳躍魔法など使えるものですか。

 

「えっ、そんなのずるい。ずるいです! あの子と母さんが同じだなんて…」

 

 この子は何を言っているのだろうか? ……いや、余計なことを口走った私も悪いか。

 

 とはいえ、フェイトの感想は第三者視点で言えばそう的はずれなものでもない。

 

 舞台(フィールド)が高位の魔導師が飛び交うような大規模戦場であればあるほど。

 周辺の魔力を集め束ね己の物に変換する存在は、周囲からは反則的だと認識されるだろう。

 

「フェイト。あなたの魔力量や戦闘技術は、そうね… 『優秀』と言って差し支えないわ」

「う、うん。その… ありがとう、ございます…」

 

「けれど、凡人の領域を出るに及ばない。それが私の率直な見立てよ」

 

 照れた表情を浮かべてはにかむフェイトに、しかし私は、残酷な現実を突きつけた。

 

「……え?」

「対して集束に特化した魔導師というのは『天才』どころか『異才』とすら言える存在」

 

「だ、だったら! 私も、集束魔法を使えば…」

「諦めなさい。少なくとも、今は」

 

「……ッ!」

 

 縋るような言葉に対し、私は首を左右に振って(いら)えとした。

 確かに出来ないとは言わない。けれど、それがイコール適正があるというわけではないのだ。

 

「あなたには適正がない。それはつまり魔力の変換効率にロスが生まれてしまうということ」

「そ、それでも…!」

 

「変換までのタイムラグも感覚で行える特化型よりも遥かに長い」

「あぅ…」

 

「……慣れないうちは、己の魔力を直接扱うより遥かに非効率的になるでしょうね」

 

 それでもまだ諦めきれないフェイトに、とどめを刺す言葉を告げる。

 

「……もう一度言うわ、フェイト」

「……はい」

 

「集束魔法を使うなとは言わないわ。……ただ、今は集束型魔導師になるのは諦めなさい」

 

 その言葉を聞いたフェイトは、この世の終わりのような表情をして打ちひしがれている。

 ……まったく、この娘は。

 

 時間は限られているというのに、どうしてそこで空白の時間を作ってしまうのか。勿体ない。

 

「そんな… それじゃ、あの子に勝てなひゃんっ!?」

 

 ため息とともに自身の髪をすき上げ、もう片方の手で落ち込む人形にデコピンを見舞う。

 

「誰が『あなたじゃあの白い魔導師には勝てない』なんて言ったのかしら?」

「え? で、でも…」

 

「たとえ相手が管理局だろうと集束型魔導師だろうと、この私が向かう戦場に敗北はないわ」

 

 傲慢に見えるよう精一杯不敵に笑ってみせる。

 なんせ私は大魔導師プレシア=テスタロッサなのだから。

 

「当然、私の娘であるあなたもよ。あなたの名前は、なに?」

「! 私は… 私はフェイト=テスタロッサ。大魔導師プレシア=テスタロッサの娘です!」

 

「……そう」

 

 瞳に光が灯ったのを確認して、一つ肯く。

 

 集束型を相手にする場合、時間をかければかけるほど魔法を使えば使うほどに不利になる。

 周囲にバラ撒かれた魔力を、自身の魔法を発動させるためのソレへと転用できるからだ。

 

 加えて習熟すればそのタイムラグもなくなりマルチタスクで集束しながら戦うことすら可能。

 

 まさに絶望的な相手と言えるだろう。

 

 ……相手が私とフェイトでさえなければ。

 

「相手がどんなに絶望的な存在であっても人である限り、必ず『勝ち筋』は存在するわ」

「………」

 

 無言で肯くフェイト。

 

 私はその瞳の色に在りし日の自身の使い魔であるリニスの面影を見た。

 ……この子はこんなに強い瞳ができるようになっていたのね。

 

「私は限界値10の魔力を100にまで引き上げることはできない」

「はい」

 

「けれど、10の魔力で1000の魔力を持つ魔導師相手に勝たせることは出来るわ」

「はいッ!」

 

 悪くない。気分が高揚している。

 願わくばこの気持ちをこの子の本当の教師役であったリニスとも分かち合いたかった。

 

 ……いいえ、感傷ね。

 リニスは他でもない私の力不足のせいで自ら消滅を選んだのだから。

 

「構えなさい、フェイト。……さきほどは『付け焼き刃』と言ったけれど気が変わったわ」

「……はい!」

 

「私の全てを『骨身に叩き込む』。折れず、曲がらず、付いてきなさい」

 

 デバイスを構えるのは久しぶりだ。

 

 かつて『異才』と呼ばれ忌避された私の訓練だ。並大抵の『秀才』ならば折れるに違いない。

 けれど今のフェイトならばそう簡単に屈してしまうことはないだろう。

 

「ところで母さん」

「なにかしら?」

 

「……あの、ちなみに悠人の才能は」

 

「アレは人類の例外だから忘れなさい。アレは人類の例外だから忘れなさい」

 

「は、はい」

 

 怯えた表情でコクコクと首を上下に振るフェイトには少し可哀想なことをしたかもしれない。

 しかし、大切なことなので真顔で2回繰り返した私は悪くないと信じたい。

 

 私は大魔導師プレシア=テスタロッサ。

 

 10の魔力でも1000の魔力相手に勝ち筋だって見出してみせよう。

 しかし相手が魔力1億とかの出鱈目な存在だったらそう言い切ることは出来ないのだから。

 

 くっ! アイツが素直に協力していれば今頃時の庭園の設備全てがフル稼働状態だったのに。

 

 勿論飽くまでコレらは物のたとえに過ぎない。……そういうことにしておこう。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 そして今朝方訓練を終えて充分に休息をとったフェイトを見送った。

 これから言い付けどおりにジュエルシードを賭けて管理局に勝負を挑むことだろう。

 

 それと同じくして、私は時の庭園で『準備』を始めることにした。

 コレまでフェイトが集めてきたジュエルシードは15個。

 

 総数である21個には遠く及ばないが、コレでも充分に過ぎるというもの。

 

「それでも、あの子があの白い魔導師に勝てるかと言うと分からないけれど…」

 

 コンソールに手を滑らせながら独り言をつぶやく。

 あんな啖呵を切ったものの僅か一日程度の訓練など付け焼き刃以外の何物でもない。

 

 集束した魔力に指向性を示して解き放つ。

 ただそれだけで一撃必殺の破壊力を持つソレこそが、あの白い魔導師の砲撃の正体だ。

 

 加えて『戦いのセンス』だけで言えばアレはこの私すらも凌駕し得る危険な存在である。

 

 目標を定めたら決してブレない心の強さ。

 

 そして目標達成のために臨機応変に思考や行動を変えられる柔軟性。

 戦闘中ですらも無限に進化し続ける対応力と成長性。

 

 まさに全知全能が戦いに特化している存在と言えるだろう。

 

 あと5年… いや3、4年も後ならば私ですら手を焼いていたことだろう。

 

 

 

 それでもフェイトは、あの子は最後まで投げ出すことなく訓練をやり遂げたのだ。

 あの地獄という言葉も生温く感じるだろうスパルタな訓練に、よく付いてこれたものである。

 

 無論、疲労を残すような愚はおかすことなくキチンと回復ポッドで休ませた。

 事実バイタルチェックの結果は万全の一言。

 

 目に見えないメンタル面を除けば、であるが。

 

「けれど、きっと大丈夫。アレの心は誰よりも強い。だってリニスが教え導いたんだもの」

 

 それに悔しいが、アルフやあの桜庭悠人という少年だっている。

 だから、そう。『管理局に引き取られたとしても』そう悪いことにはならないだろう。

 

 ……無責任かもしれないが、ソレくらいは心の中で信じさせて欲しい。

 

「おかしいわね。いよいよ『計画』の成就に向けて行動しているのに頭に浮かぶのは…」

 

 なんで、あの子のことばかりなんだろう。

 違うでしょう? プレシア=テスタロッサ。あなたは何のためにここまでやってきたの? 

 

 ソレは大きな矛盾のはず。私は一体何故…──

 

「コフッ! コフッ!」

 

 ……その時、抑えきれない倦怠感とともに二度三度と咳き込んでしまう。

 

 そして口元を抑えた手のひらを広げると、そこにはべったりと紅色の液体がこびり付いていた。

 それを見て、ストンと腑に落ちたものを感じてしまう。

 

 時間がないとあんなに急き立てられていたのも。

 それなのにここに来てあの人形のために『計画外』の動きをしてしまったのも。

 

「……あぁ、理解した」

 

 静かにつぶやく。

 

 理解した。してしまった。

 そして安心した。

 

 だって、私の中に矛盾なんてやはり何一つなかったのだから。

 

 私がアルハザードに縋ってまで取り戻したかったもの。それは…──

 

「……『幸せだったあの頃の時間』、なんて」

 

 嗚呼。

 

 我ながらなんとも恥知らずで少女趣味でロマンチックで、始末におえないものだろう。

 こんな恥ずかしい本心なんて、フェイトどころか誰にだって打ち明けられたものじゃない。

 

 死の間際でないと自分の本当の願いに気付けないなんて、我ながら度し難いものだ。

 

『……ジュエルシードの所有権を賭けて、あなた方時空管理局に決闘を要求します!』

 

 再びコンソールに走らせようとしていた手を止め、モニターを見詰める。

 人形の、もうひとりの娘の晴れ舞台だ。

 

 コフリ、ともう一つ咳をこぼしながらそれでも私は満足げに微笑むのであった。

 

 




プレシアさんがハピエンを迎えられますよう読者の皆様も応援してくださると嬉しいです


Q.フェイトさんで凡人って… あの、クロノさんに匹敵するって評判なのですが?
A.プレシアさん「? どちらも等しく凡人では?」
※新型魔力炉ほぼ独力で開発して3つくらい独力で稼働させて時の庭園内にガーディアン無数に配置して制御してみせた天才の視点です

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