オレを踏み台にしたぁ!? 作:(╹◡╹)
──気が付けば。
微かに薬品の香りが漂うその場所で、窓から降り注ぐ茜色の光に包まれていた。
ズキズキ痛む頭を抑えつつ視線を左右に巡らせ、オレは『ベッド脇』へと声を掛ける。
「Hey,siri! 今何時?」
『現在時刻日本時間で16時42分です、Sir』
ベッド脇に置かれていたスマホ君から渋い音声が発せられる。
……Siriってもっと柔らかい女性音声じゃなかったっけ? まぁ、いいか。
「最近は毎度毎度目覚めるたびに知らない天井見てるとか怖いなぁ。……怖くない?」
ため息交じりにそう呟いてしまうのも無理からぬことだと理解していただきたい。
昨日はフェイトの家。今日は月島さんの家。
知らない天井コンプでも狙ってるのかな? と言いたくなろうものだ。
……いや、フェイトの家ではなんか変な風呂の中だったけれど。
「ここは、多分保健室だよな? 一体どうしてこんなところに…」
教室まではたどり着いたはず。
……そのはずだったのだが、その後がよく思い出せない。
目が醒めたらこの部屋のベッドの中だったことから、何らかの不調に見舞われたのだろう。
うーん、誰かに殴られたような気もするが。
まるで何か幻覚を見ていたかのように判然としない。
よもや天狗の仕業だろうか? おのれ天狗め、ぜってぇに許さねぇ!
……などとキレるのもバカバカしい。
「まぁ、いいか」
もはや口癖となりつつある言葉をつぶやき、肩の力を抜く。
深く考えたところで悠人少年が戻ってくるわけでもなし、いつもどおり適当に流そう。
見たところ保健の先生も席を外している様子だ。
適当にお世話になったことに対する感謝の旨を記したメモだけでも残して帰るとするか。
そうしてメモを残し、荷物を取ってガラッと扉を開けると…
「ん。遅かったじゃないか」
いつからそこにいたのやら、保健室前の壁に背を預けていたアルフがそう声を掛けてきた。
「どうしてここに?」
「アンタの関係者だって言ったら通してくれたよ」
海鳴小の警備ガバガバだな。こんな不審なメルマック星人をノー審査で通すとは。
やめたら? この仕事。
「そうか。待たせて悪かった」
でもそれを指摘したらまた殴られそうなので触れないでおく。
悠人少年ボディは貧弱なので大切にしなければならない。オレも最近それを学んできた。
なのにどうして危険な映画のスタント役やら剣術道場フルマラソンやらしてるんですかねぇ?
やめたい。この仕事。
「アンタ、その身体のことどうするつもりだい? だいぶヤバそうだけど、さ」
やけにシリアスな声音でアルフが尋ねてくる。
そうだよ。貧弱過ぎてだいぶヤバイよ、マジで。
「どうとでも。ま、なるようになるだろうさ」
「……まるで他人事のように言うね」
「実際、他人事だからな」
捨て鉢のような返答になってしまったことは否定できない。
なんせこのボディのスペックは他でもないオレ自身が誰よりも先に匙を投げているレベルだ。
むしろ下手に鍛えようとかせず、なるべく傷付けないように悠人少年にお引渡ししたい。
「もっと自分を大事にしなよ! アタシらが言えたようなことじゃないかも知れないけど!」
「………」
「聞いてるのかい!? 黙ってちゃ…」
「わかっているッ!!」
思わず大声で怒鳴ってしまった。
耳に痛過ぎるごもっともな指摘をコレ以上聞いていられなかったのだ。
すまん。マジですまん、アルフ。全面的にオマエが正しいよ?
けれど正論が常に人を救うと思ったら大間違いだぞ?(逆ギレ)
とはいえ殴られたら怖いので己を曲げて素直に謝ろうと思います。
「……すまない。大声を出してしまって」
「………」
「分かっているさ、分かってるつもりなんだ。なのに…」
なのになんでオレは!
映画のモブ役(スタントシーンマシマシ)やったりとか!
なんか目に見えない動きで飛び回る
距離取れよ! 全力で!
握り締めた拳が震えてくるわ、マジで!
足を止めて世の理不尽に打ち震えるオレを見て何かを感じ取ったのか。
アルフは小さくため息をついて苦笑いを浮かべた。
「ったく、不器用な生き方しかできないのはお互い様か」
「……フェイトのことか?」
「わかるかい?」
わからいでか。
お母さんは上の無茶振りのせいで事故車のリコール騒動を起こし心を病んでしまった。
そして痴女になってしまった(断定)。
娘のフェイトに与えた影響は決して小さくないだろう。
だから彼女も大型犬にリードも付けず法治国家に全力で喧嘩を売る生き方となった。
親が親なので将来痴女になってしまう恐れもある(推定)。
親子揃ってロックな生き方をしている。決して器用な生き方だなんて言えないだろう。
だからといって、大人しく世界に迎合すべきだなんてオレの口からは言えない。
だって、少なくとも今日という日まで世界はあの親子の存在を救えなかったのだ。
だからこそ、あの親子は己を守るために強くあろうとしたのだろう。……どんな形であれ。
そして、実現された。
けれど、それは…──
「……あぁ、悲しい強さだ」
オレは様々な言葉を飲み込んで、その一言だけを絞り出した。
「わかってくれるなら、いいさ。きっと、それだけで救われる」
アルフも多くを語らずに、ただ、穏やかな笑顔を浮かべた。
きっとコイツもあの親子に挟まれて色々と苦労しているんだろうな。
「大丈夫だ、管理局に相談しよう。リンディさんたちなら悪いようにしない」
だからメンタルケアはプロのリンディさんとクロノさんに丸投げしよう。
オレはこのまま何事もなく脇役としてフェードアウトしてみせるぜ!
「! ……でも、管理局にとってアタシたちは」
首を振って後ずさるアルフ。
なんだオマエ、イヤイヤ期か?
「勇気を出せ、アルフ。悲しさを諦めるためじゃなくて、乗り越えるために」
冷静に考えて欲しい。
ただでさえ剣術道場のハードトレーニングで死にかけているのだ。
あとスーパーのタイムセールとかでもよく死にかけている。
しょっちゅう八神にいじめられてメンタルブレイクもしている。
それらに加えてこのよく分からない映画のモブ役として抜擢されたのだ。
そこから更にプレシアさん、フェイト、アルフといった事故物件を抱えてみろ。
悠人少年じゃなくても死ぬよね? 悠人少年だったら確定で死ぬよね?
このままじゃ悠人少年の貧弱ボディとメンタルがぶっ壊れる(確信)。
ならば誰よりもあの親子に近い人がサポートをすることでオレの負担を軽減すべきだろう。
そう、具体的に言うとアルフさんですね。
しかし今の彼女は育児疲れからくるノイローゼのような症状が見受けられる。
だからプロによるアルフさんへの徹底的なメンタルケアが重要になるわけですね。
はい、よく出来ました。
そんなことを考えながらオレは渾身のキメ顔を作ってアルフに語りかける。
「アルフ、オレは友達だからな。手を差し伸べることはできる」
「……友達、だって? アタシが? アンタと?」
おずおずと、まるで迷子になった子供のような表情で言葉を紡ぐアルフ。
あと
辛いから。主にオレが辛いから。
えー? アタシとオマエって友達だったっけー? ぷー、くすくす!
とか言われてしまったら悠人少年ボディのことも忘れて衝動的に自害したくなってしまう。
けれど、もう後には引けない。ここは押して押して、押しまくるしかない!
オレの将来的な負担軽減のためにも!
「そうだよ。……けれど、その手を掴んで立ち上がるかどうかはオマエ次第だ」
そう言って、手を差し出した。
かつて存在した名作ゲームの名台詞に
数秒、数十秒、あるいは数分の沈黙。
「ぷっ… あはははははははは!」
それだけの時間、若干照れながら手を差し伸べ続けていたオレをコイツは笑いやがったのだ。
「……あー、ったく。クサいやつだね、アンタは。ホントにさ」
目尻を拭いながらそんな言葉を続ける。
涙が出るほど笑えましたってか? そうかそうか、許さん(許さん)。
真っ赤になってプルプル震えてる己を自覚しながら、この赤モップをどうしてくれようとオレは思考を巡らす。
だからだろうか。
「分かったよ、悠人。アンタに預ける。アタシだけじゃなくてフェイトやプレシアの運命も」
不意打ち気味に手を握り返されて、オレは咄嗟に返事をすることが出来なかった。
……いやいやいやいや、待って欲しい。ちょっと冷静になって待って欲しい。
増えてない? なんでそこでフェイトやプレシアさんが出てくるの?
オレ一言もそんなこと言ってないよね? アルフの目を見てしっかり語りかけたよね?
あとなんでオレに預けるの? 違うよね? リンディさんたちに預けろって言ったよね?
この間、僅か数秒。
……その数秒の間隙こそがオレにとって生死を分かつ瞬間であったのだ。
オレは慌てて訂正をしようと試みる。
「いや、あの、ちょっ…」
「話は聞かせてもらったぜ、桜庭ァ!」
遮ろうとした言葉が形になることはなかった。
何故なら別の言葉によって遮られたからだ。
……お引き取りいただいてよろしいか?(威圧)
なんか廊下の曲がり角からいつもの少年が飛び出してきてそんなことをのたまってくれた。
誰だオマエ、いきなり出てきて好き勝手言ってんじゃねーゾ。
ていうかオマエに今朝いきなり殴られたような気がするんですけれど?(曖昧な記憶)
「オマエってヤツはいつもそうだ。目を離すと一人で抱えて突っ走ろうとするよな」
何照れたような顔して鼻の頭を擦ってるんですか? 突っ走ってるのはオマエだが?
……いや、無理に反発するとなし崩しに口論に発展してしまうかも知れない。
アルフの勘違いを速やかに正すためにも、まずは一旦この勢いをストップさせなくては!
まだなんかほざいてる少年を尻目にオレは彼を喝破せんと大きく息を吸い込み、口を開いた。
「おいアンタ! ふざけたこと言ってんじゃ…」
「話は聞かせてもらったよ! 桜庭くん!」
……ブルータス、オマエもか(諦め)。
「なんか良く分からないけれどフェイちゃんを助けるんだよね! 私も協力するよ!」
ツインテールの少女までやってきた。目をキラキラ輝かせている。
眩しすぎてオレの目は失明してしまいそうだ。
なんかよく分からないなら黙っててくれよぉ!(願望)
オレもなんでこうなったのか分からないからさぁ!(悲鳴)
そもそもオレはフェイトを助けるとか一言も言ってない。それは確かだ。
なんで普通に親御さんのところで暮らしてる娘を助けるとかそういう話になるんだよ。
確かにプレシアさんちょっと病んでて露出症を発症してるっぽくて可哀想だけれど。
そういうのは精神科医等のプロの仕事で緩和する領域であって断じてオレの管轄ではない。
断じて、オレの、管轄では、ない。
「アンタたち…」
おいアルフ、感動するな。そこは盗み聞きを咎めるべき場面だ。
プライバシーを暴こうとする他人に心を許してはいけない。
「みなまで言わないで、悠人。キミの
我が心の癒やしであるユーノくんまで出てきた。
もしやガバガバなのは海鳴小のセキュリティではなくオレのプライバシーなのではないか?
誰かセコム呼んで欲しい。あと
「けれど、一人で背負うなんて間違っている。僕たちはチームなんだから」
チームだったのか。
一人で背負った覚えはないけれど、チームだったのか。
……知らなかった、そんなこと。
「……そうだな!」
ユーノくんはともかく、残り3人を下手に刺激して暴力とか振るわれると怖い。
そう感じたオレはひとまず元気に肯くことにしたのであった。
問題の先送りと言わば言え。
こういう時は話の流れに乗っておけば取り敢えず大きな問題が起きない限りなんとかなる。
みんなオレに構うことを忘れて各々の職分というものを思い出すことだろう。
そうして折を見てアルフをリンディさんなりクロノさんなりエイミィさんなりに押し付ける。
完璧な計画だな。
そう、大きな問題が起きない限り。
「私、フェイト=テスタロッサは…」
なのに…
「ジュエルシードの所有権を賭けて、あなた方時空管理局に決闘を要求します!」
あの? 大きな問題が起こっているんですが? フェイトさんや?
オレは現実逃避をしながらもプルタブを空けて缶コーヒーの中の液体を臓腑に流し込んだ。
……いつもどおり、ソレはとても苦い味がした。……泣きたい。