オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

43 / 48
金髪少女の『約束』・下

 私は時の庭園を駆ける。少しでも早く玉座の間にいる母さんに彼のことをお願いするために。

 

「母さんっ!」

 

 ノックをするのももどかしく部屋の中へ転がり込む。いつもは外で待つアルフも今は一緒だ。

 そんな私たちの様子に驚いた様子はなく、しかし、咎めるようにキッと睨みつける母さん。

 その視線に怯みそうになる。嫌われるかもしれない… そんな暗い未来に心臓は早鐘を鳴らす。

 

 けれど、“この人”を救うにはこれしか… 母さんに縋るしかないんだ。私は真っ直ぐ前を向く。

 

「母さん、お願い。この人を助けて下さい。……私の恩人なの、お願い」

「………」

 

 互いに真っ直ぐ瞳を見つめ合う。

 そんな私たちの姿を、アルフはオロオロとした様子で見守る。

 

 十秒、二十秒… もっと時間が過ぎただろうか?

 ひょっとしたら、それは刹那にも満たぬ時間だったかもしれない。

 

 やがて母さんは無言のまま席を立つ。

 

「あっ…」

 

 拒絶された… そう感じて思わず顔を伏せてしまう。どうしよう、このままじゃこの人は…。

 

「……どうしたの? ソレを治療するのでしょう。さっさとついてきなさい」

「! ……う、うん!」

 

 アルフと顔を見合わせ、笑顔を浮かべる。

 

「母さん、ありがとう!」

「いやぁ、アンタも良いところあるじゃないか。正直、見直したよ!」

 

 あ、あのアルフ… 幾らなんでもそれは失礼じゃ…。

 母さんはちょっと不器用なだけで… あわわ、母さんのこめかみがピクピクしてる。

 

「アルフ。あなた、フェイトの使い魔でしょう? いつまでその子に荷物を持たせる気なの」

「なっ! そ、それくらい分かってるよ… ったく、一言おおいんだよ」

 

「フン、自覚の足りない使い魔にはこれでも足りないくらいよ。口より先に手を動かしなさい」

 

 母さんの指摘に対して不満気にブツブツ言いながら、私からこの人を奪い取るアルフ。

 あぁ、襟首摘んで持ち上げるのはやめて! この人が死んじゃうから! ゆっくり、丁寧に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして奥の研究室に通される。……私もアルフも、この部屋に入ったのは初めてだ。

 良く分からない様々な機材に幾つかの培養槽? おそらくは最新鋭の医療設備なのだろう。

 でも、何故こんなものが時の庭園(ここ)に? そういえば私は母さんのことを何も知らない。

 

 私たちが物珍しげに周囲を見ている間に母さんはテキパキと機材の用意をする。

 そしてアルフから彼を受け取って、手際よく応急処置を施してから詳しい診察を始める。

 機材に映しだされる記号を読み取るにつれ、母さんの顔色が変化する。

 

 眉を(しか)めてため息をつく。けれどコンソールパネルの操作は止まらない。

 

 ……そんなに絶望的な検査結果だったのだろうか?

 

「あの、母さん… なにか、あったの?」

「……命に別状があるというわけではないわ。あなたは気にしなくてもいいことよ」

 

「う、うん…」

 

 でも、だったらなんで… 母さんの表情は険しいままなの?

 

「アルフ、残りの服を()いでそこの医療ポッドに放り込んでおいて」

「あいよっ!」

 

 だ、だからアルフ… もっと丁寧に…。

 

 

 

 医療ポッド… 私が培養槽だと思っていたソレに何らかの液体が満たされる。

 良かった… 母さんが処置したならばもう安心だ。きっと彼は良くなるに違いない。

 

 ふと視線を感じて振り返ると、母さんがこちらを睨んでいた。

 

「………」

「えっと…?」

 

 な、なんだろう… 私、なにか怒らせるようなことを… って怒らせることだらけだ!?

 挨拶もないままいきなり玉座の間に飛び込んで、無理なお願いをしたり、アルフが失礼をした。

 

 ど、どうしよう… 私、嫌われちゃうのかな…? 少し覚悟していたけれど、やっぱり辛い。

 

「……なんで、何も言わないの?」

「!?」

 

 しまった… 気付いた、気付いてしまった。私、ジュエルシードのことを報告してなかった。

 それは確かに優しい母さんが怒ってしまっても無理はない。怠慢だ。失態だ。弁解不能だ。

 ジュエルシードの報告を待っていた母さんにいきなり治療を押し付け、素知らぬ顔をしている。

 

 うん… これはない。あの白い魔導師の少女に勝るとも劣らない蛮行と言って差し支えない。

 

「あ、あの…」

「私は次元跳躍魔法であなたの恩人の命を奪いかけたのよ。……なんで何も言わないの?」

 

 

 

 

 

 ……え? そっち?

 

「あの、母さん…」

「何よ!?」

 

「その、私を助けようとして魔法を使ってくれたって… 私、気付いてるよ?」

「………」

 

 これは本心だ。でないとあのタイミングで次元跳躍魔法が発動する必要がそもそもないのだ。

 

「それに母さんが手加減してたってことも」

「………」

 

 大魔導師プレシア=テスタロッサの本気の一撃を受けてしまったなら…

 バリアジャケットを纏わない状況では、幾ら“あの人”と云えど即死は免れなかっただろう。

 

 殺さない程度に手加減をする形で次元跳躍魔法を行使した理由など一つしか考えられない。

 

「ごめんなさい、母さん。私じゃあの子に勝てないって思われたんだよね…」

 

 ……そう、私自身の不甲斐なさ。恐らくあのまま戦ったら私は負けていた。

 だから母さんは自分という最大の切り札を晒してまで、私を助けるために介入してくれたのだ。

 

「だから… ありがとう、母さん。あなたのおかげで、私は、今ここにいます」

 

 感謝の気持ちを込めて、精一杯の笑顔を浮かべる。

 母さんはしかめっ面のまま… でも心なしか、表情が少しだけ柔らかくなった気がする。

 そして、ゆっくりと私の頭に手を伸ばしてきて… え? これってそういうこと?

 

 ドキドキする…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デコピンをされた。

 

「い、いたい…」

「フン、口ばかり達者になったものね。気を使ったつもり? 余計なお世話よ」

 

「コラー! フェイトになんて真似するんだ、この鬼ババア!」

 

 食って掛かるアルフを軽くいなしながら、母さんは口を開く。

 

「あなたももう休みなさい。完治したらデバイスに通達が行くようにしておいたから」

「え…?」

 

「身体的には明日の暮れ頃には完治しているはずよ。……あなたの恩人さん」

 

 軽く微笑みながら母さんは研究室を後にした。あとには私とアルフだけが残される。

 

「まったく、アイツめ…」

「うん、母さん… 笑ってくれたよね」

 

「え? そこなの?」

 

 母さん、優しい。凄い嬉しい。私、こんなに幸せでいいのかな?

 頑張らないと… もっと頑張らないと!

 ふと視線の先に並べられていた“あの人”の私物に目がとまる。この携帯端末型のデバイス…

 

 そうだ!

 

「あ、ちょっと! フェイト!」

 

 私はリニスの部屋に向かって駆け出した。あそこなら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々上手くいかない…」

 

 時刻はすでに深夜を回っている。……アルフを無理矢理に先に寝かしたのは何時間前だったか。

 

 リニスの部屋に残されたデバイス用の機材を借りて修復しているのだが、状況は芳しくない。

 どうしても第97管理外世界で一般人に使われる携帯端末程度にしか機能が回復しないのだ。

 “あの人”のデバイスがこの程度の性能のはずがない。恐らく高度なプロテクトがあるのだろう。

 

「いつまで起きているの?」

 

 そんな時、背後から声をかけられた。

 恐る恐る振り返れば、予想通り、部屋の扉を背もたれにした母さんがそこに立っていた。

 

「ジュエルシードについての報告がまだだったと思ったけれど、もう時間も時間だからね」

「あ、あの…」

 

「明日にしようと結論付けたところ、ふと気付けば主不在のリニスの部屋に生体反応が」

「あ、あぅ…」

 

「様子を見に来ればこんな時間まで何かをやっている娘。フェイト、私は休めと言ったはずよ?」

「……ごめんなさい」

 

 返す言葉もなく、私は小さくなって謝罪する。

 

「ふぅ… で、何をしていたの?」

「えっと…」

 

 私は半身をずらす形で身体をどけて、“あの人”の携帯端末型のデバイスを母さんに示す。

 

「……それは?」

「えっと、彼のデバイスです」

 

 そう説明すれば母さんは眉を(ひそ)めて、私が用意したデバイスの分析データを手に取り観察する。

 

「ただの旧式… あぁ、この世界では標準的だったかしら? の、携帯端末にしか思えないけど」

「恐らく偽装です。私ではその機能を開放するためのプロテクトを突破できませんでした…」

 

 自らの無力感に押し潰されそうになり、(うつむ)く。

 その様子を見た母さんは、面倒そうな様子でため息をつくと下を向いている私へと口を開いた。

 

「そこをどきなさい」

「……え?」

 

「そこをどきなさいと言ったのよ。いいわ、退屈しのぎに遊んであげる」

 

 私が慌てて席を譲ると、母さんはそこに腰掛けて機材でデバイスをいじり始める。

 その流れるような手際の良さは私なんかとは雲泥の差で… 母さんならきっと大丈夫だ。

 そう私に確信させてくれる程のものであった。

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 それから程無く、母さんほどの人でも苦戦をしているのだという様子が私にも伝わってきた。

 

「いや、これ、本当にただの携帯端末なんじゃ…」

 

 小声で何事かを呟いている。

 

「……母さん?」

 

 不安げな私の様子が伝わったのだろう。だが母さんは気にも留めず挑むような表情を見せる。

 

「デバイスとしての機能の復元は私にも難しいわね」

「そんな…」

 

「ただ、デバイスとしてかつて以上の機能を持たせることは私にとっては容易よ」

 

 え? それは…

 かつて母さんが基本設計を組んでくれて、リニスが組み上げてくれたバルディッシュのように?

 

 つまり、あの人は… “私の相棒(バルディッシュ)”の兄弟のようなデバイスを持つということになるの?

 

「母さん、ありがとう!」

「別に… ジュエルシードの一部解析も出来たからその技術を試したかっただけ。気まぐれよ」

 

「それでも… ありがとう」

 

 暖かい気持ちになって、心の命じるままにお礼を口にする。

 

「フン… 今夜は長くなりそうね。インテリジェント機能を付加する時間は流石にないけれど…」

「でも、母さんならきっと作れる! 最高のアームド・デバイスを!」

 

「当然よ。私を誰だと思っているの?」

 

 そんなの決まっている。

 大魔導師プレシア=テスタロッサ。……最高の魔導師にして私の自慢の母さんだ。

 

 

 

「……あら、ちょうどいい物があるじゃない」

「え… あっ!」

 

 母さんは机に並べていた彼の私物の一つに目をやると、そのまま手にとりプルタブを開けた。

 そして口をつける… そう、彼の缶コーヒーだ。今更返すわけにはいかない。……どうしよう。

 

「いつまで起きているつもり? ……ここは私に任せてもう寝なさい」

「あ、あの… その、見てちゃダメですか?」

 

「……なんで?」

「その、少しでも母さんに近付きたいなって… じゃ、邪魔はしませんから!」

 

 母さんの表情が不機嫌そうに歪められる。お、怒らせちゃっただろうか?

 そのまま私の頭に向かって手が伸びてくる。

 ……叩かれる? 先ほどのことを思い出して、ギュッと目をつむったまま身構える。

 

 

 くしゃっ。

 

 

 何かが頭を撫でる感覚に驚いて目を開けると、そこには母さんの不器用そうな笑顔。

 

「バカな子ね… 明日が辛くなっても知らないわよ」

 

 そう言って彼の私物から残る1つの缶コーヒーを持ち上げると、私の前に置いた。

 先ほどの私の視線のせいで何かを勘違いさせちゃったのかもしれない… ごめんなさい。

 

 でも、それを指摘することでこの幸せな空間を壊してしまう勇気なんて私にはない。

 

「えへへ…」

 

 母さんに(なら)って私もプルタブを開ける。臆病な私でごめんなさい。幸せすぎてごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 でも、なんで次元跳躍魔法の直撃を受けたのにこの缶コーヒーは無傷だったのだろうか?

 ……母さんが手加減をしていたからかな? うん、多分そうだろう。

 

 そんなこんなで翌朝には母さんの最高傑作『バルディッシュⅡアサルトバスター』が完成した。

 素晴らしい出来栄えだと思う。これならきっと彼も喜んでくれるに違いない。

 

 

 

 

 

 そして、翌日の夕暮れ頃… 彼の怪我が概ね完治したとの通達がバルディッシュへと届いた。

 それまで1時間おきに目覚めては通達がないか確認していたが漸くだ。……おかげで少し眠い。

 

 でも一刻も早く会いたい。お礼を言いたいし自己紹介もしたいし… とにかく急がないと!

 私は彼の私物をかき集めると部屋を飛び出した。向かうは彼が留め置かれた研究室だ。

 扉の前まで来ると、確かに人の気配が中からする。私は息を整えると、意を決して扉を開ける。

 

「あっ! 目を覚まし…」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 ……失敗した。私は扉の外で火照った頬を冷ましている。なんて間が悪いのだろう。

 

「まったく、アイツめ… フェイトにとんでもないモノを見せて。噛んでやろうか?」

「やめて、アルフ。……そもそも悪いのはいきなり扉を開けた私なんだから」

 

 だから気にするのは彼であって私ではない。

 あんな、あんな… もう! 頭を振って、脳裏に焼き付いたさっきの光景をかき消す。

 そんな時、母さんから念話が入る。

 

『フェイト、頼みがあるのだけど… どうかした?』

『い、いえ! なんでもないです! ……頼みってなんですか?』

 

『……まぁ、いいわ。話が一段落したらで構わないけど、彼を応接室に通してくれる?』

『えっ? 何かあったんですか』

 

『あなたが知る必要はないわ。……それじゃ頼んだわよ』

 

 念話が途切れて、暫し取り残される。

 昨日、彼のデータを取った時に見せた母さんの表情… どうにも良くない予感がする。

 だからといって私に何が出来るというわけでもないのだけど。

 

 モヤモヤとした悩みを抱えていると、程無く彼から入室の許可が得られた。

 

 とにかく誠意を持って謝罪しよう。そうすると、何故か彼の方からも謝罪されてしまう。

 それはおかしい。悪いのは私の方なのだ。

 互いに謝り続ける私たちを、アルフが一人、呆れたような目で見ている。

 

 他人ごとのような顔をしているけれど、いきなり吠えつけたアルフも十分失礼だからね?

 

「それで、どうしてここに?」

 

 恨みがましい表情でアルフを見つめていると、彼は困ったような仕草で話題を変えてくる。

 ……しまった、気を使わせてしまったか。

 

「あ、はい。そろそろ目が覚める頃かなと、お預かりしていた荷物を…」

 

「なるほど、そうだったのか。わざわざすまなかった… 確認させてもらっても?」

「はい、勿論です。どうぞ」

 

 彼は私が差し出した私物類を、一つ一つ丁寧に確認していく。

 ……このタイミングなら自己紹介できるだろうか? よし、女は度胸。やってみろ、フェイト!

 

「あの…」

「他に荷物はなかっただろうか?」

 

「ごめんなさい。私の力不足のせいで、あなたの大事な缶コーヒーは…」

「違う、それじゃない」

 

 上擦(うわず)った小声で発した私の言葉は気付かれぬまま、彼にかき消される。

 けれど仕方ない。彼が大事に思っているだろう缶コーヒーの安否のほうが何倍も重要だろう。

 申し訳ない気持ちで心持ち小さくなりながら、事実を告げる… しかし、斬り捨てられた。

 

「え、違うんですか?」

 

 思わずといった感じに呟いてしまった私の言葉に対して小さく頷く。

 

「そうじゃなくてだな… その、機械的なモノで持ち運びできる端末的な、ね?」

「あ、はい。デバイスのことですね? 気付くのが遅れてごめんなさい」

 

「いや、気にしないでくれ。ハッキリ言わなかったこっちも悪いんだ」

 

 勘違いをしていた私に対して苦笑いで許してくれる。心が広い。きっと器が大きいのだろう。

 確かにデバイスも大事だ。ある意味では彼にとっての缶コーヒーに匹敵するほどに。

 私は預けられていた母さんの『最高傑作』をポケットから取り出すと、彼の前にそっと置いた。

 

「……オレの知っているスマ・ホークと違う」

 

 流石だ。ひと目見ただけでこのデバイスが今までのそれと違うことに気付くとは。

 

 スマ・ホーク… おそらくは彼のデバイスの名前だろう。

 彼とデバイスの間に一体どのような関係があったのか… もう想像することしかできない。

 きっと彼のことだ。いつも大事に扱って確かな絆を結んでいたのだろう。

 

 だが、彼らの絆は断ち切られてしまった… 他でもない私たちのせいで。

 もし私自身がバルディッシュとそのような別れを経験してしまったら、耐えられるかどうか。

 けれど、恨まれることになっても話さなければならない。……逃げるわけにはいかない。

 

 私は顔を上げて、説明する。

 

「残念ながらあなたのデバイスは例の一件の影響で機能を失ってしまいました」

 

 彼のスマ・ホークが一度死んでしまったことを。

 バルディッシュⅡアサルトバスターとして生まれ変わったことを。

 そして、その新たな機能を…。

 

 

 

 

 

 彼は“バルディッシュⅡアサルトバスター”の機能に興味をもったようで説明を求めてくれた。

 途中に幾つかの雑談を挟んだが、最終的には満足してくれたようで母さんを褒めてくれた。

 言ってくれたのだ… 「いい親御さんを持ったね」と。母さんの良さを分かってくれて嬉しい。

 

 彼はデバイスを眺めたまま何かを考えこんでいる。……自己紹介をするなら今しかないだろう。

 

「あ、あの… その…!」

「うん?」

 

「あのっ! 私の名前は…」

 

 慌てて舌を噛みそうになる私の様子に笑みを浮かべながら、合点がいったという風に口を開く。

 

「あぁ、“フェイちゃん”だったな? オレは桜庭(さくらば)悠人(ゆうと)… を名乗っている。覚えているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……え?

 

「……ハイ オボエテマス」

 

 なんとか絞り出した私の声は、無機質で、機械の発する電子音声のようなものになっていた。

 彼から詳しく事情を聞き出してみれば、予想通り、情報源はあの白い魔導師の少女だった。

 オマケに友達だの何だのとあることないことをこの人に吹き込んでいたらしい。……なるほど。

 

 どうやら彼女とは一度ハッキリと決着をつける必要があるみたいだ。

 真正面から戦う必要はないだろうと放置し続けた結果がこれだ。もう逃げるのはやめにしよう。

 彼女は障害だ。それも、避けて通ることは出来ない… 私自身が乗り越えなければならない。

 

「改めて自己紹介しますね? 私はフェイト=テスタロッサ。どうぞフェイトと呼んでください」

 

 その怒りの勢いに乗ってというべきか、無事に自己紹介を済ませることが出来たのは幸いだ。

 彼も理解してくれたようで、以後、キチンと名前で呼んでくれるようになった。嬉しいな。

 オマケに普通の喋り方で構わないとまで言ってくれた。お互いの距離が少し近付いた気がした。

 

 だけど、楽しい時間というものには終わりがつきものだ。母さんからの頼み事があったのだ。

 

「あの… 悠人。母さんが少し話をしたいって… でもまだ本調子じゃないなら、その」

「む、そうか。……いや、気遣いは無用だ。こちらも是非お礼を言いたい。案内を頼めるか?」

 

「う、うん」

 

 彼は気分を害した様子もなく笑って頷くと、誘いに応じる旨を示しつつ私に案内を頼んできた。

 

 応接室に向かう道中、色んなお話をした。母さんのことや、もういないけれどリニスのこと。

 彼… 悠人はとっても聞き上手で、私は余り喋ることが得意じゃないと思っていたのに…

 気付いたら私ばかりが喋ることになっていた。それでも、彼は嫌がる素振りも見せずに頷いて。

 

 

 

「……あっ」

 

 応接室の扉が見えてきた時、思わず残念そうな声が漏れでてしまった。

 狼の姿をとっているアルフにはそれに気付かれニヤニヤと器用に笑みを浮かべられてしまった。

 ……もう、アルフったら。

 

 

 

 母さんに悠人を引きあわせて言われたとおりに部屋で休もうとした時、念話が入ってきた。

 目の前のアルフから。……なんだろう? 目の前にいるのだから普通に喋ればいいのに。

 

『ねぇ、フェイト… ちょっと盗み聞きしない?』

「ぬすっ…!?」

 

『しっ! 声が大きい… よし、気付かれなかったようだね』

 

 思わず声を上げてしまった私を叱るアルフ… って、そうじゃなくて。

 

『ダメだよ、アルフ。それは母さんにも悠人にも失礼なこと。ね? 部屋で待ってよう』

『そりゃそうだけど… フェイトは気にならないのかい? ……“二人の秘密”がさ』

 

 それは、気になるけど… でも、それとこれとは話が違う。

 揺れる私の瞳を見逃すアルフではない。

 

『やっぱり気になるんだ?』

『……母さんも悠人も、キチンとお願いすれば後から教えてくれるもん』

 

『そうだろうね。きっとそうだろうとも。でも、だったら今聞いても変わらないじゃないか』

『で、でも…』

 

『いざとなったら私のせいにしていいからさ。頼むよ~、フェイト。ね? このとおり!』

 

 アルフの言葉を断ち切れない程には好奇心を抱いてしまった私は、結局押し切られてしまった。

 ……ごめんなさい。母さん、悠人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……聞かなければ良かったかもしれない。

 

 悠人はリンカーコアと魂が破損状態で癒着していて、とても魔法を扱える状況ではないこと。

 無理に使おうとすれば良くて廃人、最悪命を落としかねないということが明らかになった。

 自分の身体の中に除去不能な爆弾があることを聞かされた彼の心中たるや、察するに余りある。

 

 リンカーコアと魂はそもそもが別の器官だ(魂を“器官”と言って良いかは迷うところだが)。

 仮に何らかの事故でリンカーコアが喪われることになったとして即死亡するわけではない。

 だが一方で密接な関係性も示唆されている。例えば魂が弱まればリンカーコアの出力も衰える。

 

 リンカーコアと魂は別々の器官だが、決して無関係ではない。それはもはや常識と言える。

 彼の心身を脅かすほどの異常が発生しているのだ。それを彼が理解できないはずがない。

 なのに、何故笑えるのだろう? 彼はそれを「生きているだけで充分だ」と笑い飛ばしたのだ。

 

 ……やっぱり悠人は凄いな。

 

 自分がそんな状況にもかかわらず私たち家族を救おうとしてくれて、そして見守ってくれて。

 本当に強くて優しいのは、きっと悠人のような人間なのだろう。

 

 でも、その在り方は… 眩しいけれど、なんだか悲しく感じてしまう。

 

 

 そんな私の葛藤などお構いなしに二人の話は次へと進んでいく。

 

 それは大きな事故の話だった。母さんはかつて何らかの事故に巻き込まれてしまったらしい。

 無茶な工程で作業をさせていたにもかかわらず、事故の関係者は揃って母さん一人を糾弾。

 全ての責任は母さんに押し付けられた。傷ついて苦しんだ母さんに… 汚い。絶対に許せない。

 

 そんな事故があったなんて知らなかった。本当なら私が母さんを支えないといけなかったのに。

 

 

 

 ……え?

 

 ちょっと待って… 口振りから察するに母さんは、そのことにずっと苦しめられていたはず。

 うん、私の思い出の中の母さんと最近の母さんは少し様子が違っていた。それは、確かだ。

 けれど、私は知らない。……なんで? なんで私は、“その事故のことを何も覚えていない”の?

 

 私という存在は、一体…

 

 

 

 

 そんなことを考えこんでいると、部屋の中で母さんの魔力が膨れ上がる気配を感じた。

 いてもたってもいられなくなって部屋に飛び込むと、そこには咳をしながら(うずく)る母さんの姿が。

 

 駆け寄ろうとしていた悠人の動きを制して、母さんを支えて背中を(さす)る。

 ……良かった、幾分かはマシになったようだ。

 

 何かを喋ろうとする母さんを抑えつつ、私は悠人に部屋に戻っておくようにお願いする。

 渋っていたが重ねてお願いすると不承不承といった様子で頷き、アルフと共に退室してくれた。

 

 私はそれを見届けると母さんを支えたまま、母さんの寝室へと向かった。

 ベッドに横になってもらい水を差し出す。母さんは一口それを飲むと、多少楽になったようだ。

 

「良かった… 母さん」

「………」

 

 まだ本調子ではないのだろう。無言のまま険しい表情をしている。

 

「あの、何かして欲しいことあるかな? 料理もそんなに得意じゃないけど、頑張るから…」

 

 母さんに元気になって欲しくてこんな提案をしてみる。

 私自身分かっている。こんなのは欺瞞だ。

 けれど、母さんと悠人には出来れば仲良くして欲しいから。そう、ちょっと時間を置けば…

 

「アレを… 桜庭悠人を、始末するわ」

 

 そんな私に突き付けられたのは残酷な現実で。

 

「……え?」

「聞こえなかったの? アレを殺す。……そう言ったのよ」

 

「でも、あの… 悠人は恩人で、その…」

 

 母さんなら分かってくれる。そう思いたいのに、その瞳は冷たいままで。

 

「これは“相談”じゃないわ。……“決定”よ」

「………」

 

 そう言われてしまっては押し黙るしかなくて。

 

「明朝8時に執り行うわ。それに不満なら親でも子でもない。……何処へなりと行きなさい」

「……はい」

 

 母さんの冷たい表情に、思わず頷いてしまった。

 そのまま呆然とした足取りで部屋を後にする。

 

 

 

 

 ……。

 

 何処をどうやって歩いていたのだろう?

 気付けば悠人のためにあてがわれた部屋の前まで来ていた。

 

 こんな時にまで彼に縋る気か。だとしたら度し難い。

 そんな自分の甘さがこんな事態を招いてしまったのだと心の底で理解していた。

 本来ならば、戦うことの出来ない彼を守るべき存在が私だろうに。

 

 纏まらない頭のまま、ノックを2回。アルフの許しを得て、中に入る。

 彼は… 悠人は寝ていた。

 

「………」

「どうしたの、フェイト。なんだか顔色が悪いけど…」

 

「なんでもない。……悠人とはどんな話を?」

 

 簡単な自己紹介を交わしたこと、母さんからの計画の誘いを断った理由について聞いたそうだ。

 母さんも彼の力については認めていたのだろう。

 でなければ、私たちにも詳細を話していない計画の参加を呼びかけるはずがない。

 

 だが、彼は説明を求めることもなく即座に断ったのだという。

 

「……それは、なんで?」

「『人として許されることではない。オレは、ただの人でいたい』… だったかな?」

 

「悠人は、そんなことを…」

 

 そっか。……どこまで私は思い上がっていたんだろう。

 悠人に戦う力がないから、戦えないから、だから私が守らないといけないんだ。

 ……なんて無様な思い違いだろう。滑稽でしかない。

 

 彼は最初から最後まで立派に戦っていたのに。

 大魔導師プレシア=テスタロッサを前にしても一歩も譲らず… 自らの信念を賭して。

 機嫌を損ねれば命はないのに、彼は、その心を折ることはついぞ一度もなかった。

 

「……アルフ、お願いがあるの」

 

 私は顔を上げる。

 

「ん? なんだい、フェイトのお願いならなんだって聞くよ」

「ありがとう。それじゃ悠人を起こさないように抱えて、ついてきてくれる?」

 

「それはいいけど…」

 

 覚悟は決めた、なんて強い言葉は使えない。

 けれどハッキリ分かったことがある。ここで彼を… 悠人を死なせるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 そして目的地へと到着する。

 

「って、ここ“外”へと続く転送ゲートエリアじゃないか!?」

「しっ! 母さんに気付かれちゃう」

 

 先ほどとは立場が逆転してしまった。こんな状況なのに口元に笑みが浮かんでしまう。

 怪訝そうな表情のアルフに経緯を説明する。

 母さんが悠人を殺すことを決定したこと。その決行は明朝8時で、母さんは今眠っていること。

 

「あんの鬼ババア! ついに血迷ったか… 悠人はアタシたちの恩人だってのに!」

「お互い譲れないモノがあったんだと思う。だったら、私たちが何を言っても無駄だと思う」

 

 さっきの悠人の発言で、彼も生半可な覚悟で拒否したわけではないことが伝わってくる。

 詳しい事情も知らない第三者が何を口にしたところで、翻意させることは不可能だと思う。

 

「それでもせめて説明してもらえないと納得出来ないよ! フェイトは気にならないのかい?」

「………」

 

 憤りを身体全体で表現できるアルフの素直さが眩しくて、つい、笑みを浮かべてしまう。

 

「お願いはここからだよ、アルフ。彼を… 悠人を連れてここを脱出して欲しい」

「なっ!?」

 

「可能なら管理局と接触を。恐らく悠人は管理局と親密だから、悪いようにはされないはず…」

「ちょっと待ってよ!」

 

 でなければ、管理局に協力しているだろうあの白い魔導師の少女を助けたりはしないはずだ。

 そこまで話したところでアルフに待ったをかけられる。

 

「アルフには面倒をかけるけど… なに?」

「フェイトは… アンタはどうするのさ!?」

 

「私はここに残るよ」

 

 私は最後まで母さんの傍にいる。決めたことだ。

 

「それはダメだ! フェイトも行こうよ! 行くなら三人一緒じゃないとアタシは嫌だよ!」

「………」

 

 噛み付かんばかりに詰め寄ってきたアルフに対して、静かに首を振る。

 

「ねぇ、アルフはさっき計画について気にならないのかって言ったよね?」

「そ、そうだよ! 今からコイツ叩き起こして詳しく聞けば、なにか案だって出てくるかも…」

 

「変わらないよ。聞いても、聞かなくても」

「なっ…」

 

 絶句するアルフ。

 

 ごめんね、アルフ。確かに全く気にならないといえば嘘になるよ。

 聞きたい気持ちはあるもの。出来れば母さんから話してもらえるのが一番嬉しいんだけれど。

 でも、例えどんな話を聞かされたとしても私の気持ちは決まっている。

 

「私はフェイト=テスタロッサ。プレシア=テスタロッサの娘。……だから最後まで一緒だよ」

 

 だから、いいんだ。

 

「フェイト… どうしても、なのかい?」

 

 泣きそうな顔をするアルフ。そんな顔はしないで欲しい。

 私はアルフの笑顔が好き。だからそんな泣きそうな顔は似合わないと思う。

 ……まぁ、私のせいだけど。

 

「うん、私は大丈夫。だから…」

 

 ………

 ……

 …

 

 目の前には今にも泣き出しそうなアルフ。

 私はやれやれといった表情でため息をつくと、爪先立ちになってそのサラサラの赤毛を撫でる。

 

 そして一歩離れてから振り返る。

 

「ねぇ、アルフ… 一つ、約束をしよう?」

「……約束?」

 

「そう、約束。ジュエルシードの件が片付いたら、みんなでまた会うの」

「フェイト、それは…」

 

「母さん、アルフ、私に… 勿論悠人も入れた4人で。みんなで笑顔で取り留めない話をするの」

「………」

 

「『あの時は大変だったね』『無茶したね』って笑い話にして、みんなで仲良く。……どう?」

 

 アルフの顔が歪んでくしゃくしゃになる。

 でも、私もそのアルフの顔が滲んで見える。……ダメ、ダメだよ。泣いちゃダメ。

 こんな幸せな約束には笑顔しか似合わないんだから。

 

 やがて…

 

「あぁ、そいつはとっても素敵な約束だね。……アタシも、その時は腹一杯食べるよー!」

 

 アルフも笑顔を浮かべてくれた。

 暫し二人で笑い合う。ありがとう… そしてごめんね、アルフ。

 

 

 

 

 

 そして、アルフが転送ゲートに進む一歩手前で振り返る。

 

「フェイト… 強くなったね」

「……そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 笑顔で頷いてくれる。

 

「約束… 絶対だよ? 忘れないでよね、フェイト」

「当然。アルフこそ、忘れたら許してあげないからね?」

 

 最後に互いに笑みを交わす。それだけで、あっさりとアルフと悠人は消えてしまった。

 私の前から。

 

 アルフは私が強くなったって言ってくれたよね?

 でも、私は強くなんかないよ。強いふりをしているだけ。けど…

 

「けど… 約束、絶対に守るから…。今、今だけは… うぅ、っく。うわぁあああああん!」

 

 その晩、私から涙が止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、母さんの寝室に入り母さんが起きるのを待つ。

 程無く母さんは目を覚ましたようだ。

 

「……フェイト?」

「おはよう、母さん」

 

 眉を(ひそ)めて不機嫌そうな表情を作る。……勝手に入ったのは失礼だったかも知れない。

 

「そう。……アレはどうしてるの?」

「探してみましたがいませんでした。アルフも。……ひょっとしたら人質にされたのかも」

 

「……そう」

 

 アレとは悠人のことだろう。だから用意していた答えを口にする。

 

「あの… 恐らくは外に出たんじゃないかと。……その、追跡しますか?」

「……別にいいわ。尻尾を巻いて逃げ出す程度なら、どの道、大した障害にもならないもの」

 

 母さんが見逃すと言ってくれたことで思わず安堵の溜息を付く。

 

「残念だったわね?」

「……え?」

 

「使い魔のこと。アルフといったかしら? ……仲は良かったのでしょう」

「え、あ、はい。残念です。……とても」

 

 ドキリとする。

 

「フン… フェイト、あなたには管理局からジュエルシードを奪うための駒になってもらうわ」

「……は、はい」

 

「使い魔を探すことも、ましてアレを探すことも認められないわ」

「………」

 

「わかったかしら? わかったら下がりなさい。……後でまた呼ぶわ」

「は、はい!」

 

 背筋を正して、部屋を後にする。

 

「……本当に、バカな子」

 

 何故か母さんの漏らした小さな呟きが聞こえた気がした。




 Q.プレシアさんはツンデレですか?
 A.いいえ、デレデレです。

 長くなってしまい、読みづらかったら申し訳ありません。
 中編と分けようかと思ったのですが小出しにしてもしつこいかな、と。

 ご意見ご感想にお叱り、誤字脱字等のご指摘はお気軽に感想欄までどうぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。