オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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少年とめんどくさい親子

 みなさん、ごきげんよう。いかがお過ごしでしょうか? ……突然ですが、オレはピンチです。

 

「この私にそんな舐めた口を利いてくれるなんて… 命が惜しくないのかしら?」

 

 ゴゴゴゴゴ… という擬音が聞こえてきそうな迫力で、今現在、威嚇されておるからです。

 流石はハリウッドの大女優。ここ一番の演技には圧倒的なオーラを伴います。

 そんな現実知りとうなかった。だが、幾らクソゲーとはいえ現実は現実。立ち向かわないと!

 

 これはきっと些細なすれ違いの筈。話せば分かるさ。希望は絶望なんかに負けやしないんだ。

 

 オレは目の前の女性の眼をしっかり見詰めると、唇の端を吊り上げて、ニヤリと笑ってみせた。

 

「……フッ、それはどうかな?」

 

 尊敬する綾里千尋さんも言ってた。「弁護士はピンチの時ほどふてぶてしく笑いなさい」って。

 さぁ、この圧倒的な窮地を見事“逆転”してくれ!

 

「ふぅ… なるほど、よく分かったわ。理解が遅くてごめんなさい」

 

 ため息をついて、ニッコリと美しい笑顔を浮かべてくれる。そんな、謝るなんてとんでもない!

 やったぜ、誠意が通じた! 人間は笑顔で分かり合える。そうとも、ラブ&ピースが一番さ。

 

「あなたはこの私、大魔導師プレシア=テスタロッサをバカにしている… というわけなのね?」

 

 そのまま美しい笑顔がどす黒いオーラに包まれる。

 

 笑顔とは本来攻撃的な… って、あばばばばばばばばばー!? 全然ダメじゃねぇですか!

 どうなってんですか、カプコン! あ、オレが弁護士じゃないからダメなんですかね!?

 ていうか美人さんの怒りの笑顔こえぇ! か、考えろ… 何かうまい言い訳を考えなくては…!

 

 キリキリ働け、オレの灰色っぽい脳細胞! この場をふわっと切り抜ける選択肢を示すのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 ピコーン! とオレの脳内に選択肢が浮かび上がる。よし、いいぞ。やれば出来るじゃないか。

 

 1.オマエがそう思うならそうなんだろう。……オマエの中ではな。

 2.黙れ! そして聞け! 我が名はユージン=R=桜庭! 魔を断つ剣なり!!

 3.チッ、ウッセーナ。反省してマース。

 

 ……ダメだ! オレの脳内選択肢が全力でオレの生存戦略を邪魔している!

 そんなことを吐こうものなら素敵な船(nice boat)に乗せられそうな予感で一杯だ!

 目前のモンペ… ゲフゲフ、プレシア=テスタロッサさんは尚もオレを睨んでいるというのに。

 

 どうしてこうなった… どうしてこうなった!

 心の中で滂沱の涙を流しながら、オレはこれまでの出来事を振り返っていた。

 

 ………

 ……

 …

 

 目が覚めると、なんか水の中で浮かんでた。

 

「……?」

 

 うん、意味不明ですね。とはいえ息苦しくはない以上、恐らく害はないと判断するしかない。

 害があったら? そりゃ一大事だがこの状況で何ができます? だから害はない。いいね?

 やや現実逃避気味に自分を納得させると、オレは有益な情報を得るため周囲の様子を確認した。

 

 周囲にはなんかモニターやらよく分からん様々な機材が並んでいる。まるで研究室みたいだ。

 そしてオレは、どうやら身体ごと悠々と収まる大きなカプセルっぽい物の中にいるらしい。

 うーん、これは一体どういう状況なのか… なんか身体がバリバリ張り付く感じで妙に痛いし。

 

 そもそも、昨晩… 昨晩でいいんだよな? は、何があったんだっけな。記憶を探ってみる。

 えっと、いつもどおりリンディさんたちの収録に脇役として参加して、帰ろうという時間。

 それから… それから? ふむ、思い出せぬ。思い出せないということは大したことないのか?

 

 なんだかそれで流してることが多い気がするが、思い出せない以上は考えても仕方ないしね。

 多分事故かなんかに遭遇して回収されたんだろう。うん、この予想は当たってる気がする。

 だとしたら、このカプセルは一体なんだろうか? しかもオレ、なんか裸で放り込まれてるし…

 

 

 

 

 

 

 ……あ、風呂か。

 

 お邪魔したお宅の風呂場で滑って頭を打って(多分ここで記憶をなくした)、そのまま睡眠。

 身体がバリバリしているのは、水中浮遊睡眠という前衛的な試みで寝違えてしまったから。

 どうやら全ての点が一つの線につながったようだな… なんという冷静で的確な推理力なんだ!

 

 

 

 

 

「ガボゴボォッ!?(って、んなわけねーだろ!?)」

 

 思わずツッコミを入れようとして全身に痛みが走る。

 記憶を探ろうとすると頭もズキズキ痛むし。……あ、やべ。なんか、気が遠くなってきた。

 

 そして夢電波といつも通り駄弁ることになった。うん、知ってた。今日は一人だったけど。

 助けようか的なこと言われたけれど、妄想に助けを求めるのもアレだし遠慮しておいた。

 火事の時は藁にも縋ったけどね。まぁ、火事じゃないならなんとでもなるだろうしね。多分。

 

 まぁ、あっちもあっちでなんか大変そうだったし頼るのも大人してどうなんだって話だしね。

 適当に「友達大事にしろよ」とか「最後まで頑張れろうな」的な言葉を投げかけておいた。

 いい加減なオレのふわっとした言葉だが、彼ならばきっと正しく受け止めてくれることだろう。

 

 

 

 まぁ、全部夢電波なんですけどね! ……はぁ、いい加減一度メンタルに相談すべきかなぁ。

 でも親御さんたち過保護みたいだしあんまり心配させるのもなぁ。けど悪化しても問題で…

 そんなこんななアレコレを考えつつ目を開けてみると、カプセルの水は抜けて蓋が開いていた。

 

「……へーちょ」

 

 ……とりあえず、拭くものと着替えがないことには。あ、なんかテーブルの上に置いてある。

 見たところ、男物(というか男児用)の服一式のようだ。用意のいいことにタオルもある。

 勝手に使うのは悪いが多分オレのために用意されたものだろうし、そも裸のままの方が失礼だ。

 

 ペタペタとテーブルに向かってるその時、出入口らしき扉がプシュー…と音を立てて開いた。

 公園で幾度か言葉を交わしていた金髪の少女だ。いつも通り赤い大型犬を脇に(はべ)らせてる。

 なんだかクロノさんとのファーストコンタクトの時には、見捨てられてたような気もするけど。

 

 でも今は、そんなことどうでも良いんだ。重要なことじゃない。

 

「あっ! 目を覚まし…」

「……あっ」

 

 少女が固まる。犬が固まる。そしてオレが固まる。

 タオルを握り締めつつ裸のままで。裸のままで。……大事なことなので二回言いました。

 

 OH MY GOD.

 

「ヴォグルルルルル… ワンワンワンワンッ!」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 狂ったように吠え猛る赤い大型犬。絹を切り裂く“をのこ”の悲鳴。……はい、オレですね。

 一体誰得だよ… こういうのは、こう… 少なくともオレの役柄じゃない筈ですよね!?

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 真っ赤になって謝りつつ、吠える犬を連れてドアの外に出て行ってくれる金髪少女。紳士だ。

 だが何もかも虚しい。この気持ちは一体…

 

「……へーちょ」

 

 またくしゃみが出た。とりあえず、着替えるとしよう。忘れろ… あの黒歴史は忘れるのだ。

 

 用意された服は、白無地のシャツと黒のスラックスか…

 うん、まぁ銀髪オッドアイの悠人少年に全く似合わない制服よりは外観的にマシになるだろう。

 

「あの… 本当にごめんなさい」

「いや、こちらこそ。できればお互いに忘れてそれで解決としたい。……むしろ忘れてください」

 

「は、はい… でも、本当にごめんなさい」

 

 そして着替え終わった後、互いに顔を合わせてからコメツキムシのように謝り倒して今に至る。

 

「それで、どうしてここに?」

 

 埒が明かないので強引に話題を切り替える。彼女が何故ここにいるのか疑問なのは事実だし。

 尋ねると、彼女は思い出したように手に持っていたトレイを差し出してきた。おや? これは…

 

「あ、はい。そろそろ目が覚める頃かなと、お預かりしていた荷物を…」

「なるほど、そうだったのか。わざわざすまなかった… 確認させてもらっても?」

 

「はい、勿論です。どうぞ」

 

 彼女はテーブルにトレイを置くと、一歩離れる。

 

 家の鍵、よし。鞄、なんか焦げ跡ついてるがよし。財布、なんか中のお札が血塗れだがよし。

 ……いや、よくねぇよ。なんでちょっと見ない間にこの財布、いきなり呪われてるんだよ。

 気になる… 果てしなく気になるが聞くのも怖い気がする。まぁ、使えないこともないだろう。

 

 深く考えないようにしよう。ホラ、赤くなったし通常の3倍の価値になるかもしれないし。

 ははははははは… はははは、はぁ…。

 乾いた笑みを浮かべつつ持ち物チェックをする。そして気付いた。おかしいな、アレがないぞ?

 

 チラッと金髪少女を見遣ると気不味そうに俯いた。どうやら彼女は事情を知っているようだ。

 

「その、他に荷物はなかっただろうか?」

「ごめんなさい。私の力不足のせいで、あなたの大事な缶コーヒーは…」

 

「違う、それじゃない」

 

 缶コーヒーは別にちっとも大事じゃないし、ぶっちゃけ果てしなくどうでもいい存在だよ!

 仮に連中が駆逐されてしまってもオレの人生には何のしこりも残らないと断言できるね!

 むしろ、新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝のように爽やかな気分になるだけだよ!

 

「え、違うんですか?」

「そうじゃなくてだな… その、機械的なモノで持ち運びできる端末的な、ね?」

 

 キョトンと首を傾げる金髪少女。うん、すまない。違うんだ。

 幼い少女の天然ボケを真顔で指摘するのも大人として申し訳ないので、やや遠回しに伝える。

 まぁ、なんだ… 要するにスマホ君のことだよ。言わせんな恥ずかしい。

 

「あ、はい。デバイスのことですね? 気付くのが遅れてごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ。ハッキリ言わなかったこっちも悪いんだ」

 

 しかしデバイスか。海外じゃ小洒落た言い回しをするんだな。今度オレも真似してみようかな?

 そんなことを考えてるオレの前に、ゴトリと鈍い音を立てて何かが置かれた。

 お、スマホ君… じゃないよな? なんだこれ?

 

「……オレの知ってるスマホ君と違う」

「残念ながらあなたのデバイスは例の一件の影響で機能を失ってしまいました」

 

「そうか… 何が原因かわからないけどまた壊れたのか。してこれは?」

「私では地球にありふれた携帯端末に過ぎない機能までしか復元できず…」

 

 うん… うん? なんかおかしな方向に話が進んでないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで新たに生まれ変わったのがこの“バルディッシュⅡアサルトバスター”です」

「OK、ちょっと待とうか」

 

「あ、はい」

 

 なに、この… なに?

 眉間を揉み解しながら思考を纏めようにも、何故こうなったのかがそもそも理解できない。

 ……うん、分からないなら聞いてみよう。

 

 唐突なことで面食らったが、こうなった事情があるはず。聞いてみれば分かるかもしれない。

 

「すまない。二度手間で申し訳ないが、もう一度、最初から順に説明してくれるかな?」

「あ、いえ。こっちこそ説明の仕方が悪くてごめんなさい」

 

 やや謝り癖があるのが気になるところだが、素直で心優しい、出来た娘さんだ。

 そんな彼女の説明を改めて聞けるのであれば、きっとこのよく分からん事態も理解できるさ。

 

「まず最初に、あなたのデバイスは破損によりその機能を停止していました」

「ふむふむ」

 

「最初は私が直そうとしたのですが、携帯端末程度の機能しか取り戻せませんでした」

「なるほど」

 

 いや、それで充分なのですが。この子すごいな。専門家か?

 

「無論、それは迷彩機能だと理解しています。あなたのデバイスがその程度のはずがない」

「そうだったのか」

 

 よくわからないがそうだったのか。専門家っぽい子に断言されては頷く他ない。

 

「母さんにも相談しました。しかし、その真の機能は巧妙に隠蔽されており復元は絶望的」

「ほうほう」

 

 巧妙に隠蔽も何も、徹頭徹尾ただのスマホだった気がするのだが。

 いや… もう少し様子を見よう。俺の予想だけでみんなを混乱させたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで新たに生まれ変わったのがこの“バルディッシュⅡアサルトバスター”です」

「お、おう…」

 

 ドヤ顔で言われる。

 ……うん、さっぱり分からないな。いや、彼女は悪くない。きっとオレの頭が悪いのだろう。

 

 ま、まぁ落ち着いて考えよう。

 ちょっとゴツくなったけど、言われてみればスマホ君の面影が… あるような、ないような?

 ならスマホ君ではあるのだろう。多分、きっと、メイビー。

 

「前回の反省を踏まえ、時空跳躍魔法の直撃を受けても耐え得る耐久性を実現」

 

 オレが自分の気持を整理している間にバルなんとかの解説を始める金髪少女。

 まぁ、よくわからないが堅いということらしい。正直、スマホとして使えるならどうでも…

 

「アサルトモードでは周囲の魔力を吸収することで推進力を増し、理論上は亜光速まで加速可能。

 バスターモードは内包魔力にも依りますが、地形を変える程度ならば容易い最大出力を実現…」

 

 なんでそんな余計な機能をつけた! 言え!

 

 考えてみて欲しい。一体誰がちょっと目を離した隙に危険物に改造されたスマホを喜ぶのか。

 流石のオレもこれはちょっとないと思った。善意が常に良い結果を生むとは限らないのだ。

 この金髪の少女には常日頃缶コーヒーの消費で世話になっていたが、一言物申さねばなるまい。

 

「おいアンタ! ふざけたこと言ってんじゃ… あれ?」

「はい?」

 

「いや、その… 目の下がクマになっているが大丈夫か? きちんと眠れているか?」

「あ、クマになってましたか? その、母さんが全部一晩でやってくれたんですけど…」

 

 少女の目元にあるクマが気になって尋ねると、彼女は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。

 

「それで、どうして君まで…」

「恥ずかしながら、私、なんの役にも立てなくて。……側で見てるだけしか出来なくて」

 

「そ、そうか…」

 

 オウフ…。

 きっと親御さんに必死に頼み込んで、オレのスマホをなんとかしようとしてくれたんだな。

 上手く行ってないみたいなことを以前言ってたから、気まずかっただろうに。

 

 ……その結果、“なんとかなっちゃった”んだな。スマホ君。

 

「あの、なにか言い掛けていたのでは…?」

「……いや、素敵な機能をありがとう。大切に使わせてもらうよ。いい親御さんを持ったね」

 

「はいっ!」

 

 金髪少女は花も綻ぶような笑顔を浮かべると、元気に一つ大きく頷いた。

 

 ………。

 

 もはや何も言うまい。さっきはああ言われたものの、あんな機能は現実的とは思えない。

 きっと仮面ライダーやプリキュアの変身グッズみたいに、ちょっと音と光が出るくらいのはず。

 親御さんも娘さんの頼みに圧されて、止むに止まれず付ける羽目になってしまったのだろう。

 

 使うにはちょっと… いや、かなり勇気がいるが、まぁ、我慢出来ないこともないさ。うん。

 

「あ、あの… その…!」

「うん?」

 

 何やら思い詰めた様子で少女が顔を上げると、真剣な眼差しで話しかけてくる。なんだろう?

 

「あのっ! 私の名前は…」

「あぁ、“フェイちゃん”だったな? オレは桜庭悠人… を名乗っている。覚えているか?」

 

「……ハイ オボエテマス」

 

 ピシリと空気が凍ったかと思えば、目の前の少女がひどくどんよりした表情を浮かべている。

 な、なにか間違ったのだろうか?

 おかしいな… アースラであの白い女の子に散々語って聞かせられたから間違いないはずだが。

 

「あの、それ、誰から聞いたんですか…?」

「あ、あぁ… ツインテールっぽい髪型の白い服着た女の子からなんだが、知っているかな?」

 

「……はい、一応」

 

 良かった。全くの赤の他人のことだったらどうしようかと思ったぜ。顔見知りなら大丈夫だな。

 

「彼女から聞いたのさ。曰く、『幾度も決闘を交わした切っても切れぬ仲』だとか」

「へぇ…」

 

「『私とフェイちゃんは強敵(とも)なの!』とも言ってたかな。はは、仲が良くて微笑ましいな」

「ふぅん…」

 

 なんせアースラの自由時間でエイミィさんに淹れてもらったお茶を片手に何度も聞いた話だ。

 耳にタコが出来るほど聞かされ、忘れようがないほどだ。彼女たちの絆は疑いようがない。

 金髪少女も話を聞くたびに嬉しそうな笑顔を浮かべている。……犬は何故か距離とってるけど。

 

 しかしさっきから妙に背筋が寒いが風邪引いたかな? ……まぁ、長時間素っ裸だったしなぁ。

 

「改めて自己紹介しますね? 私はフェイト=テスタロッサ。どうぞフェイトと呼んでください」

「なんだ、アダ名だったのか。……よろしく頼む、フェイト」

 

「はい、こちらこそ! ……あの子はやっぱり敵だったんだ」

「え? なんだって?」

 

「いえ、なんでも」

 

 なんかボソッと呟いたので聞き逃してしまったが、まぁ、なんでもないならいいかな。

 それよりさっきから気になっていることがあるので、そっちを指摘するほうが先だろう。

 

「……見たところお互い同い年くらいだろう? だったら喋り方は普通で構わない」

「はい! ……じゃなくて、うん! よろしくね、悠人!」

 

「あぁ」

 

 同い年どころかフェイトは年下にしか見えないし感じないが、今のオレのガワは悠人少年だ。

 それに合わせた振る舞いが求められる。少女にいつまでも敬語を使わせるなど以ての外だ。

 いずれゴリ君とメガネ君にも指摘しないと… でも怖いからもうちょっとこのままでいいかな。

 

 もともと顔見知りであっただろうフェイトの名前を知らない素振りを見せるなど凡ミスだった。

 不審を抱かせてしまったら元も子もない。

 

 フェイトが素直だから助かったが、推定厨二病の悠人少年を演じるというのも中々に難しい。

 いずれはかつての悠人少年との違いを暴かれる日が来るかもしれない。せめてその日まで…

 いや、例えその日が来ても足掻かないとな。……悠人少年がこの身体に再び戻ってくるまでは。

 

 

 

 

 

「あの… 悠人。母さんが少し話をしたいって… でもまだ本調子じゃないなら、その」

「む、そうか。……いや、気遣いは無用だ。こちらも是非お礼を言いたい。案内を頼めるか?」

 

「う、うん」

 

 決意を新たにしていると遠慮がちに話しかけられる。なんでも親御さんが話がしたいそうだ。

 世話になっているこちらとしては否やはない。二つ返事で了承し、部屋まで二人で向かう。

 いや、犬もいたけど。その道中、二人で軽く雑談に花を咲かせる。……いや、犬もいたけどね。

 

 物静かな子だと勝手に思ってたけど意外と話好きな子だったな。気立てもいいし器量もいい。

 将来は… いや、既に引く手あまただろう。流石は子役とはいえハリウッド・スターだな。

 だが当方は異形じみた銀髪オッドアイ。世の中ってのは不公平にできてる。悠人少年、生きろ。

 

 そんなこんなを考えてるうちに、応接室のような場所に通される。

 

「母さん… 彼を、悠人を連れてきました」

「ご苦労様、フェイト。……部屋で休んでなさい」

 

「……はい」

 

 退室するフェイトを尻目に声のする方に視線を彷徨わせつつ、挨拶の言葉をかける。

 

「どうも、この度は突然のおうかがいにもかかわらず大変お世話になりまして…ッ!?」

「どういたしまして」

 

 だが、声の主を視認した瞬間にオレは固まってしまった。

 

「はじめまして… 私はプレシア=テスタロッサ。どうぞ、お掛けなさいな?」

「………」

 

 この美貌… 更に身に纏う際どさと妖艶さ、そして気品を引き立てるこの黒地のドレス衣装。

 思わず圧倒され、オレは人知れず唾を飲み込み… そんな状態にありながら確信していた。

 何を? ……言うまでもない。目の前の女性がいかなる存在であるのか… そう、間違いない。

 

 ――彼女は… ハリウッドの大女優だ。

 

 リンディさんよりは明らかに年上だろうが、重ねた年齢は老いよりむしろ年輪を感じさせる。

 どうやら本場のハリウッドの大女優が満を持して登場したらしい。

 

 

 ………。

 

 いや、なんか最近おかしいと思ってたんだ。何処でカメラ撮影をしているかも分からないし。

 リンディさんやクロノさんにそれとなく収録について話を振っても、要領を得なかったし。

 ひょっとしたら映画撮影云々はオレの勘違いで、もっと別の事態が進行しているんじゃないか?

 

 そんなことを考え始めていたのだが、オレのちっぽけな懸念などこの大女優に吹き飛ばされた。

 

 マレフィセントやらのディズニー映画にそのまま出てもおかしくない、この圧倒的なオーラ。

 彼女ほどの威厳を持つ女性を、一体誰が大女優でないと否定できるというのだろうか?

 きっとアンジェリーナ=ジョリーとかとも顔見知りに違いない。さ、サインとか貰えるかな…?

 

「私にだけ名乗らせるつもり? ……そうね、ハッキリ聞いてあげる。あなたは、“何”?」

 

 おっと、大女優をいつまでも待たせるわけにはいかない。オレも一世一代の演技で応えよう。

 

「これは失礼、時を忘れていました。……桜庭悠人、今はそう名乗っております」

「“今は”? 持って回った言い回しね… いえ、その魔力量。あながちハッタリでもない、か」

 

 おお、拾ってくれた。なんか嬉しい。

 まぁ、自分は本物の悠人少年じゃないですよってだけなんですけどね。

 広げようのない話だし、ここはサラッと流しておきますか。

 

「どうぞ、ご想像のままに。否定も肯定もしませんが」

「フン… 食えない男ね。でも調べは付いているのよ。いつまでその余裕が続くかしら?」

 

「ほう?」

「確かに類を見ないほど圧倒的な魔力をあなたは持っている。けれど、それはただのハリボテ」

 

 どうしよう。なんか設定が生えてきた。

 

「実際は壊れかけのリンカーコアが魂と癒着していて、ロクに魔法を行使できるものじゃない」

「それに何の問題が?」

 

「何って… 魔法を使おうとすれば激痛が走る。無理に使えば良くて廃人、最悪死ぬことも…」

「たかが“その程度”でしょう? 現に自分は生きている。それだけで充分過ぎますな」

 

「ッ!」

 

 なんか凄い目付きで睨まれた。ごめんなさいごめんなさい。今すぐ土下座したくなってくる。

 

 でも、オマエは凄い魔力持ってるけど魔法使えないんだぜ! 悔しいか? って言われても…

 もともと使えた訳でもなかろうし… どうしよう? 悔しがった方が良かったんだろうか。

 でもなぁ、オレなんかのダイコン演技で悔しがるふりとかしても、余計苛立たせるだけだよな。

 

「大した口車ね… それでフェイトを、あの“人形”を誑かしてくれたのかしら?」

「………」

 

 うわぁ…。

 

 間違いない… この人親バカだ。しかも拗らせちゃってモンスターペアレント化一歩手前だ。

 差し詰めオレは、「人形みたいに可愛いうちの娘にたかる悪い虫め!」って立ち位置かな。

 だが、幾ら人形のように可愛がってても服まで似た感じにコーディネイトするのはやり過ぎだ。

 

(推定小学生にあの格好は)イカンでしょ。このままでは海鳴市の公序良俗が乱れてしまう!

 なんとか穏便な形で諦めてもらわないと。ここは色々フリーダムな欧米とは違うのだから。

 オレはなんとか言葉を選びつつ、ハリウッドが世界に誇る大女優プレシアさんの説得を試みる。

 

「部外者ながら、貴女が娘さんを大事に想う気持ちは察するに余りあります」

「………」

 

「今はまだそれで良いでしょう。……ですが、娘さんの将来はどうお考えで?」

 

 あんな純真な子が将来“痴女”だの“脱ぎ魔”だの言われてしまうことを想像すると忍びない。

 そう言うと、プレシアさんは顔の半分に手を当てながら何かを悔やむような表情を見せた。

 だがオレに観察されていることに気付いたのだろう。すぐに表情を戻し、強く睨みつけてくる。

 

「あなた… 知っているの?」

 

 知っている? 何を? いや、思い返せば彼女たち親子の名前には聞き覚えがあったのだ。

 オレは確かに知ってるはずなんだ。プレシア=テスタロッサ、フェイト=テスタロッサ。

 この二人の名前からオレは何かを思い出さねばならない。……忘れてしまった大切な何かを。

 

 !? そして、電流が走る。

 

「まさか事故の件…」

「やはり、知っていたのね」

 

「確信したのは今です。いえ、正直申し上げると貴女に言われるまで忘れていた」

藪蛇(やぶへび)だったわね。……まんまと乗せられたわ」

 

 プレシアさんが苦い顔をするのも無理は無い。今となっては覚えている人も少ないだろう。

 だが遠い記憶の彼方になろうとも、オレの心の底にはその事故が確かに焼き付いていた。

 

 かつてフェラーリと共に、その優雅さ美しさから日本を席巻したイタリア車“テスタロッサ”。

 しかしその権威はリコールにより失墜した。今となっては最早事故車の代名詞でしかない。

 きっとこの親子もそのことが原因で学校や職場で苛められてきたのだろう。や~い、事故車と。

 

 なんてことだ。その心の傷を露出狂一歩手前の衣装を身に纏うことで発散させていたなんて。

 けれど、それじゃダメなんだ。それじゃ誰も幸せになれない。だがオレに止められるのか?

 ……いや、弱気になっちゃいけない。ちっぽけなオレだけど、それは諦める理由にはならない。

 

「事故の件、お悔やみ申し上げます。ですが…」

「あなたに何がわかるの!?」

 

 オレの言葉は遮られ思い切り机を叩かれる。コワイ!

 

「上の都合で無茶な工程で作業をやらされて… やっと休暇が取れると思った矢先に、あんな…」

「………」

 

 ぎゃあああああああ! プレシアさん、まさかの関係者でしたー! すんませんすんません!

 やべぇよ、関係者の方の地雷にドンピシャだよ。オレってやつは無神経にも程があるだろ。

 あばばばばばばば… プレシアさんマジ泣きしてる。どうする? 土下座か? 土下座なのか?

 

 もうオレなんかじゃこの心の傷の前に無力なのか? いやしかし、オレでダメならば共演者に!

 

「そ、その… 管理局のみなさんに相談したりは…」

「できると思う? 連中、上に丸め込まれて私一人を悪者扱い… 信用なんてできるわけないわ!」

 

 お、重てぇええええ! クッ、なんてことだ… 既に注意された後だったとは。万事休すか?

 片や大型犬に意地でもリードを付けない娘。片や露出ちっくな衣装を意地でも押し通す親。

 クソッ、なんてめんどくさい親子なんだ! これ以上ないほど血のつながりを感じさせるよね!

 

「ふぅ… 見苦しいところを見せたわね」

「いえ、そんなことは…」

 

「でも今のことは忘れなさい?」

「アッハイ」

 

 首をカクカク動かしながら頷く。

 悲しい… 悲しい話だった。そう、お互いに忘れたい出来事だった。

 だから忘れるのは建設的な判断だね。何もなかった。いいね?

 

「良い返事ね。それと一つお願いがあるの。聞いてもらえるかしら?」

「はい、なんでしょう?」

 

 今のオレはイエスマンだ。どんな無茶振りだってホイホイ頷いてみせるぜー!

 

「私の計画に、協力して欲しいの」

「ごめん、無理」

 

 ……あっ。

 

 

 

 思わず素で答えてしまった。やっちゃったZE!

 

 ………

 ……

 …

 

 そして今、目の前には美しい笑顔を浮かべたプレシアさんが夜叉の如きオーラを纏ってます。

 どうしてこんなことに… オレはただ人類露出計画に巻き込まれたくなかっただけなのに。

 確かに人類みんな露出狂になれば心の傷は紛れるかもしれない。けど、それは欺瞞に過ぎない。

 

 ていうかぶっちゃけあんな恰好したくありません。させられたら泣きます。恥も外聞もなく。

 

「さて、覚悟は… ゴフッ! ゲホッゴホッ!」

「プレシアさん!?」

 

 立ち上がろうとしたプレシアさんが、急に口元を抑えて咳き込みつつ(うずくま)る。

 大声で怒鳴ってたからか… とりあえず背中でも擦ろうと席を立ったオレの前に影が割り込む。

 

「母さん… 抑えて!」

「ゲホッ! どきな、さい… フェイ、ト…」

 

 言うまでもなくフェイトだ。肉親の危機を感じて咄嗟に駆け付けたのだろう。凄い愛の力だ。

 やはり、この親子の絆に割って入ることなど不可能なのか? オレは無力感に打ちひしがれる。

 

「悠人… ここは任せて。あなたは一旦部屋に…」

「いや、しかし…」

 

 部屋と言われても何処に行けば… オレ、この屋敷はあのお風呂場(仮)しか知らんですよ?

 

「母さんが本気になったら私じゃ止められない! 急いで!」

「アッハイ」

 

 なんだか切羽詰まってる様子なので、取り急ぎ応接室から駆け出す。

 

「こっちだよ! アタイについてきて!」

「あぁ!」

 

 ……例の赤い大型犬が喋っておる。つい反射的に返事してしまったが、いいのだろうか?

 いやまぁ、イタチが喋って変身するくらいだから今更な世界観なんだろうけどさ。

 ワンコに導かれつつも、不用意な発言で怒らせてしまったプレシアさんに心中で詫び続ける。

 

 すまぬ、すまぬ…。

 

 

 

 やがて部屋に案内され、赤いワンコ… アルフというらしい彼女としばし雑談する。

 オマエはどこのメルマック星人だと言いたくなる名前だ。

 

 どうやら彼女たちはプレシアさんとの話を聞いてたらしい。いやまぁ、どうでもいいけどさ。

 何故誘いを断ったのかを聞かれたので、「倫理的にアウトだからです」と回答しておいた。

 フリーダムな欧米ならいざしらず、日本では許されない恰好なのだ。出る杭は打たれるのだよ。

 

 そんなことを語っていると幾らも経たぬうちに眠気が襲ってくる。実は身体も結構痛かった。

 眠ってもいいとのお言葉に甘えて横になると、夢も見ないほどの深い眠りに落ちていった。

 なんか人の屋敷に来たというのに寝てばっかりだな、オレ。オマケに家主を怒らせちゃう始末。

 

 いつかちゃんと謝らないと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュンチュンチュン…。

 

「ふわぁ…」

 

 小鳥の(さえず)る声をBGMに目を覚ます。うん、気分爽快!

 まるで上等なベッドで充分な睡眠をとったかのような爽快感だ。素晴らしい気分だな。

 さて、今日はこの気分のまま何をしようかな… と、周囲を見渡せば。

 

 見慣れない大きな部屋。このベッドを覆っていると思われる天蓋。そして何より…

 

「ニャア」

「ニャア」

「ニャア」

 

 猫がいた。それもたくさん。

 

「……What’s happened?(訳:何が起こったの?)」

 

 どうしてこうなった。……割りとマジで。

 




 難産からとりとめない内容になってしまったかもしれません。

 次回以降でテスタロッサ親子の視点が入ると思います。

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