オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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ごめんなさい。




少年と道場の人たち

 ――ブンッ! ……ブンッ! ……ブンッ!

 

 皆様ご機嫌よう、俺です。久しぶりのような気もするけれど、きっとそうでもないよね?(汗)

 もし長いことお待たせしてしまったとしても、ソレはこの悠久なる星々の営みに比べれば…

 きっと、瞬き程の刹那にも満たぬ時間なのではないかと愚考するしだ… はい、ゴメンナサイ。

 

 ――ブンッ! ……ブンッ! ……ブンッ!

 

 え? さっきから何をしているのかって? よくぞ聞いてくれました。素振りですよ、素振り。

 鍛錬に目覚めたわけでは断じてない。そんなことは賢明な諸兄には既にご理解のことだろう。

 翠屋のウェイターさんに(半強制的に)誘われて、何故かオレは道場に通うことになったのだ。

 

 ――ブンッ! ……ブンッ! ……ブンッ!

 

 この道場で、オレは多くの知己を得た。人外じみた動きをする翠屋のアルバイトっぽい兄妹。

 ちゃっかり系少女や名無しの少年といった級友の2人など。……うん、あまり多くないね。

 ていうかこの道場は経営とか大丈夫なんだろうか? その4人ともう一人しか見たことないよ。

 

「お、やってるね」

 

 やってきた。その“もう一人”である翠屋のウェイターさんが。何故この人がここにいるのか。

 

「どうも、お邪魔しています」

「いや、こちらこそ素振りの邪魔をしてしまったね。どうぞ、続けてくれて構わないよ」

 

 だがそんなことは口に出せないチキンなオレ。翠屋での買い物が気不味くなったら困るからね。

 軽く会釈だけ返して、素振りを続ける。適当なところで切り上げて掃除したらケーキ買おう。

 いつもは挨拶を交わしたらすぐ立ち去る筈のウェイターさんが何故か留まりこちらを見ている。

 

 一体どうしたというのだろう。……なんかジーっと見られてる。時折考え込んでいるようだ。

 翠屋のレジ係である桃子さんと良い仲っぽいので、まさかショタに目覚めたわけでもあるまい。

 仮にショタに目覚めたとして、悠人少年みたいなアレな風貌の子より名無しの少年に迫る筈。

 

 つまりこの人がいたいけな少年を狙うホモだったとしてもオレは安全ということだ。……多分。

 

「桜庭くん、キミは本格的に稽古をしてみる気はないかな?」

 

 そんなちょっぴり失礼なことを考えているオレに対して、この人は爆弾発言を投げかけてきた。

 落ち着け、稽古と言っても素振り的なサムシングかもしれない。あ、筋トレは嫌ですけどね。

 そう、組み打ち稽古という名前のデス・ゲームばかりが稽古じゃない。当然のことじゃないか。

 

 確認をしろ。そうすれば、オレは笑顔でいられる。何も問題はない。そう、何も…

 

「それは、こちらのご兄妹がされているような組み打ち稽古では…」

「あぁ、勿論そういった物も含まれるだろうね」

 

 Oh... 神は死んだ。いや、まだだ! まだ諦めるには早いぞ! そう、ここで全力回避だ!

 

「折角のご提案ですが、自分はまだ素振り一つも満足に出来ない未熟者です。故に辞退を」

「ふむ…」

 

 まぁ、そもそもここの責任者はあの兄妹… 正確には“キョーちゃん”なるお兄さんのみだ。

 若い道場主ということで門下生が少なくて大変なのかもしれない。苦労しているのだろう。

 きっと職場上の先輩であるウェイターさんに頼まれ、嫌々オレを引き取ってくれたのだろう。

 

 何度か受講料を納めようとしたが“気にしなくていい”の一点張りで受け取ってくれなかった。

 出来た人だ。あるいは、ウェイターさんの紹介ということでそれだけ気を使っているのか?

 だからといって、それにオレまで便乗してしまって彼抜きで勝手に決定して許される筈もない。

 

 オレのここでの役割は、素振りと掃除のみ。それだけは譲れない。……譲ってはいけないのだ。

 

 主に悠人少年のボディの安全上の理由で。

 

「その決意を秘めた瞳… ただの謙遜、というわけでもなさそうだね」

「えぇ」

 

 謙遜じゃなくて保身です。死にたくないんです。そんな切なる想いを瞳に込めて訴えかける。

 

「分かった。そうまで言われては引き下がるしかない。……惜しいことだとは思うが、ね」

「……申し訳ありません。ご好意には感謝しています」

 

 これは本当だ。自分が道場に放り込んでおしまいではなく、ちょくちょく様子を見てくれた。

 オレが素振りしかやってないと見るや、こうして声をかけ次のステップを示唆してくれた。

 やってることはキョーちゃんへのパワハラだが、こちらに対しての親切心には感謝しかない。

 

 ただ、適当に素振りをして掃除でもして帰りたいオレにとってはありがた迷惑だっただけだ。

 

 ……うん、オレって本格的に屑だね。ちょっぴり自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。

 

「そんな顔をしないで欲しいな。そもそも無理に誘ったこちらも悪かったんだ」

「いえ、あなたのせいでは…」

 

「代わりと言ってはなんだが、素振りの仕方を教えよう。それくらいなら構わないだろう?」

「え? あ、はい」

 

 自己嫌悪が顔に出てたようで心配されたが、そのまま何故か素振りを指導されることになった。

 何を言っているかわからないだろうがオレも何が起こったのか分からねー。…ってヤツだね。

 押しの強い人ってことは分かった。とはいえ減るもんじゃなし、適当に付き合えば満足する筈。

 

 ――ビュオンッ!

 

「……そして最後に残心だ。加えて残心後に、打ち筋の反芻(はんすう)をしよう」

「なるほど」

 

 そうこうしているうちに実演付きの解説は終わりを迎えていた。素振り一つとっても大変だな。

 

「じゃあこれを1セットとして… そうだな、まずは一日五百回から。いいね?」

「アッハイ」

 

 良くないが。ちっとも良くないが。けど冷静に考えたら一日一万回感謝の正拳突きよりマシだ。

 もともと此処に来ても素振りしかすることがないのだ。だとすれば、五百くらい平気だろう。

 むしろ五百回の素振りが終わったら帰っていいってことじゃね? 逆にありがたいくらいだね!

 

 ………

 ……

 …

 

 そんなふうに考えていた時期がオレにもありました。

 

 ――ビュンッ! ……ビュンッ! ……ビュンッ!

 

「ぜぇ、ぜぇ… ふぅ…」

 

 結構キツイです。あれから数日間、教えて貰ったとおりに素振りをしているがマジでしんどい。

 木刀は結構重いし、柄の部分は汗で滑るし、残心と反芻まで加わるから地味に時間かかるし。

 つまりどういうことかって言うと、まぁ、アレです。マメができて痛い。潰れそうで痛いです。

 

 ていうか潰れた。さっき潰れた。痛いよ。オマケに血で木刀が更に滑る。もうやってらんねぇ!

 

「桜庭くん、調子はどう?」

「……見ての通りです」

 

 眼鏡美少女な妹さんが声をかけてくれる。普段ならばその笑顔に癒やされていたかもしれない。

 しかし今のオレはそんな余裕がある状況ではない。頼むから他の人のところに行って欲しい。

 具体的にはキョーちゃんなるお兄さんのところとか名無しの少年のところとか。翠屋でもOK!

 

 とにかくオレなんかに構わずそっとしておいて欲しい。指導したいなら他に適役がいますよね?

 キョーちゃんほどじゃないにしても、割りと人外一歩手前の動きを見せる名無しの少年とか。

 今や道場の外の庭に場所を移して、ひっそりと素振りを続けているオレへの嫌がらせだろうか?

 

 このままじゃ皆さんの目を盗んでサボれないじゃないか! ……屑とか言うなし。自覚してる。

 

「って、すごい怪我してるじゃない! 血塗れになってるよ!?」

「マメが潰れました」

 

 とかなんとか考えてると、手の怪我に気付かれてしまった。といってもマメが潰れただけだが。

 ちょっと指導通りに素振りしただけでこんなに怪我をするとは、う~ん… この貧弱ボディ。

 はっはっは… いや、如何にコレまでの素振りがなってなかったかってことですね。ホントに。

 

「と、とにかく道場に上がって! 今日のところは見学! あ、そのまえに消毒しないと!」

「お、おう…!?」

 

 手を引いて連れて行かれそうになる。痛い痛い痛い… ちょ、マジで痛いから引っ張らないで。

 あれ? でも待てよ? 見学? ってことは合法的にサボれるってことなのか? ラッキー?

 イヤッッホォォォオオォオウ! そうと決まれば道場に向かいましょう。ハリーハリーハリー!

 

「ヤダって言ってもダメだからね? 今日は私や恭ちゃんの稽古を見学すること!」

「………」

 

 ピタリと足が止まる。危ない危ない… これはとんだ孔明の罠だったぜ。どういうことかって?

 つまりこういうことさ!

 

『ただいまキョーちゃん。それじゃ組み打ち稽古をしようか』

『……カラテだ。カラテあるのみ』

『あ、はい。見学させていただきます…?』

(中略)

『これで大体分かったよね、桜庭くん。“見学”してたなら当然だよね?』

『え? アッハイ』

『じゃあ今からやってみよっか。大丈夫、(生き残れば)きっと強くなれるよ!』

『ドーモ。桜庭=サン。キョーちゃんです』

『アイエエエ! ナンデ!? キョーちゃんナンデ!?』

『銀髪オッドアイ死すべし。慈悲はない。イヤーッ!』

『グワーッ!』

 

 アワレ、桜庭=サンはナゾナゾめいた邪悪なハイクを残し爆発四散! インガオホー!

 

 ……あかんやん。……死んでまうやん。……死にたくないよう(震え声)。

 オレはいつの間にニンジャでスレイヤーな世界に紛れ込んでしまったのだろう。嘆くしかない。

 いや、死んでたまるか! やらせはせん! やらせはせん!! やらせはせんぞぉー!!!

 

「桜庭、くん?」

 

 気が付けばオレは妹さんの手を振り払っていた。……この体、なんて己の気持ちに正直なんだ。

 妹さんはなんかショックを受けたような顔をしてる。そりゃそうだよね! 親切心だものね!

 単にその親切心に応えるには悠人少年のボディが貧弱過ぎただけだからね! ごめんね妹さん!

 

「その、オレなんかのために其処まで考えてくれるのは嬉しいです。……けれど」

「けれど?」

 

 考えろ、考えろ、考えろ… 上手くフォローをするんだ。こう、ふわっと口先で誤魔化すんだ。

 いっそ手の治療だけ受けさせて貰うか? 却下、なし崩しにそのまま見学ルートに入りそう。

 つまり、この手の怪我を押してでも素振りをしなければいけない理由がある。ソレを口にする!

 

「痛くなければ覚えませぬ」

「……はい?」

 

 あかん(白目)。ちょっとコレどういうことよ! 痛みで記憶するドMになってんじゃねぇか!

 別に痛いのが好きってわけじゃねぇよ! ソレだったらとっとと組み打ちに特攻してるわい!

 えーと、えーと、えーと… よし、ちょっと良い話風に持って行こうか。ソレで納得してくれ!

 

「えと、強さだけを求めるのが武道の真髄… ではないと思います」

「それは… うん」

 

「どんなに強い人でも、事故や病気であっさりと命を落とすかもしれませんよね」

「……うん」

 

 あれ? なんか落ち込ませちゃった? いかん、この話題は地雷だったか! シフトチェンジ!

 なんか適当に心身の成長のためにこれやってるんで気にしないでください的に言っておこう。

 うん、その方向で。

 

「オレが武道を学んでいるのは心を鍛え人の痛みを知るためです。その第一歩なんです、これは」

「そっか… うん、そうだったんだ」

 

 よし、軌道修正完了! 結局ドM疑惑を払拭できてねぇよ! 何故こうなったし! 何故ッ!

 このままじゃ「銀髪」「オッドアイ」「無口」「クール」「ドM」で属性過多になるだろうが!

 てんこ盛り過ぎてやべぇよ。絶対に浮くよ。既にクラスで浮いてるよ。聖帝十字陵関連とかで。

 

「桜庭くん、変わったよね」

「ファッ!?」

 

 確かにいきなりドM宣言したら「おまえ、変わったよな…」って言いたくなる気持ちも分かる。

 分かるけれども! 分かって欲しくなかった! どうしよう、このままじゃ悠人少年の正体が!

 間違いなく「いたいけな少年に化けた妖怪め。成敗してくれる!」「グワーッ!」の流れだ…

 

 ……いかんでしょ。最悪オレがどうかなったとしても悠人少年まで巻き添えにするのはNGだ。

 

 誤魔化せ! 全力で誤魔化すのだ!

 

「人は生きている限り、死の直前まで幾らでも生まれ変わることが出来る」

「……生まれ、変わる」

 

 よし、乗ってくれた! あとはこう、ふわっといい感じっぽく中身の無い会話をして誤魔化す!

 一瞬、「支えてくれる人がいればオレだって成長しますよ、猿渡さん」と言いそうになったぜ。

 落ち着け、ミストさんはいい。そもそもぼっちだろ。オレは友達が少ない通り越して皆無だろ。

 

「現状を受け入れるのも変えていくのも己次第。それが、人の可能性だとオレは思います」

「そっか… うん、そうかもね」

 

「勿論きっかけはあります。貴女を含めた周囲の人々との交流がそうであったように」

「あはは、持ち上げ過ぎだよ。でも、そっか… う~ん、私も変われるのかな?」

 

 変わったことは否定しないのが大事だ。これにより今後は多少の誤差は受け入れられるからだ。

 勿論、“変わったとすれば貴女のせいでもあるんですよ”と釘を差すのも忘れない姑息なオレ。

 

「えぇ、きっと」

「あら、断言しちゃっていいの?」

 

 指示代名詞を多用して話の輪郭をぼんやりとさせて、受け取り手の都合の良い解釈を引き出す。

 そして彼女が望む答えを返してそっと背中を押す。フハハハハ! イージーミッションだな!

 

「無論。オレですら“そう”なんですから… 貴女に出来ない理由がない」

「フフッ… 説得力あるね。……よし、私も恭ちゃんへのアタック、頑張ってみようかな」

 

 小声の呟き。どうやら妹さんはキョーちゃんへのアタックに本腰を入れることを決心した模様。

 一つの道場において最強は常にたった一人… 即ち、本気で首を獲りに行く、ということか。

 名無しの少年も中々のワザマエだが、キョーちゃんや妹さんに比べると一歩劣る。仕方ないね。

 

 むしろ小学生で普通についていってる時点でおかしいんじゃねぇのってオレなんかは思うしね。

 

「あ! い、今の独り言… 聞いちゃった?」

「独り言なんて呟いてたんですか?」

 

「あ、ううん! 聞こえてなかったならいいの! じゃあね、色々とありがとう!」

「はい、それではオレは素振りに戻ります。……話を聞いてくれてありがとうございました」

 

 真っ赤になって誤魔化す。分かってるさ、妹さん。物騒な決意表明を聞かれてたら困るよね。

 ここで口封じなんかされたらたまったもんじゃない。オレは何も聞かなかった。いいね?

 オレは素振りに戻る。妹さんは目標が出来た。キョーちゃんは強敵と戦える。完璧じゃないか!

 

 ――ズキンッ!

 

「あぎゃー」

 

 ……この手の痛みは完璧じゃないな。まぁ、いいさ。これくらいは必要経費さ(涙声)。

 

 ………

 ……

 …

 

 それから暫く。金髪少女と謎の特訓をしたり、編みぐるみの試作品をあげたりと色々とあった。

 親御さんと上手く行ってないっぽいので、甘えればいいんじゃね? とか適当に言ってみたが。

 果して上手く行っただろうか? 調子に乗って萌えまで叩き込んだのは失敗だったかもしれん。

 

 まぁ、練習中の編みぐるみで偶然出来た試作品こと『ボン太くん』をあげたので許して欲しい。

 

「……可愛い。コレ、なんですか?」

「いい質問だ。ボン太くんはボン太くん… それ以上でもそれ以下でもない」

 

 すまないがオレにもソレ以外のことは分からないのだ。だから聞かないでくれ、金髪の少女よ。

 というか、あんな素人が作ったような編みぐるみを渡されて彼女も迷惑だったかもしれない。

 まぁ、邪魔だったらそっと捨てているだろうし気にすることもないか。機会があったら謝ろう。

 

 一方、素振りの方であるが…

 

 手の怪我は絆創膏とかだと滑るし、包帯とか巻いてみたらある程度は楽に振れるようになった。

 その代わり包帯を変える時は地獄の苦しみを味わうけどね。いや、オレはドMじゃないから。

 マメができて潰れて、マメができて潰れてのエンドレスワルツに慣れる頃、素振りにも慣れた。

 

 ――ビュウンッ! ……ビュウンッ! ……ビュウンッ!

 

「最近、美由希が妙に迫ってくるんだがなにか」

「知りませんね」

 

 おかげで、素振りをしながらキョーちゃんと話ができるほどになった。ていうか邪魔するなし。

 

「しかし、おまえと話をしてから」

「知りませんね」

 

 ――ビュウンッ! ……ビュウンッ! ……ビュウンッ!

 

「では、なにか心当たり」

「心当たりもありませんね」

 

 すまぬ、キョーちゃん… オレは一小市民だから、あの件のことについては何も喋れないのだ。

 妹さん直々の口止めをどうしてオレ如きが逆らうことができようか? チキンと言わば言え。

 オレはあの一件について何も聞いていないし何も知らない。その姿勢を崩すことはないだろう。

 

「……そうか」

「はい、お役に立てなくて申し訳ありません」

 

 ――ビュウンッ! ……ビュウンッ! ……ビュウンッ!

 

「いや。こっちこそ、邪魔をして悪かった」

「いえ、ろくなお構いもできず」

 

 キョーちゃんは道場に戻っていった。えーと… 今ので何回だっけ? 確か397、だっけな。

 さて、残り103回。パパーッと終わらせるかと思ったところで入れ替わりに現れる人の姿。

 オレの手のひらにエンドレスワルツの痛みを刻んでくれた“元凶”こと、ウェイターさんである。

 

「どうも、こんにちは」

「こんにちは。あぁ、そのまま続けてくれて構わないよ」

 

「それではお言葉に甘えまして… 先だってはご指導ありがとうございました」

 

 ――ビュウンッ! ……ビュウンッ! ……ビュウンッ!

 

 パワハラ疑惑がオレの中で根強いウェイターさんであるが、親切心からの指導は感謝すべきだ。

 

「いや、それを雨の日も風の日も休まず続けているキミには頭が下がるよ」

「……せっかく教えて貰った以上、そうすべきだと思いましたので」

 

 むしろ休んで良かったのか! オレはなんでクソ真面目に毎日毎日通ってたんだ! アホなの?

 いやしかし、休んでいいならこれから適当に手を抜いていけるんじゃないか? うん、それで。

 

「人の心を汲み取るのは正しい行為だ。これからもそういった気持ちを忘れずにね」

「……はい」

 

 ――ビュウンッ! ……ビュウンッ! ……ビュウンッ!

 

 はい、アウトォー! 逃げ道が塞がれましたよ、ド畜生! 思わず剣を握る手に力が籠もるぜ。

 とか何とか思っていると、ウェイターさんが素振りをしているオレをまじまじと見詰めてきた。

 だ、大丈夫だよね? 悠人少年みたいな子には、普通、見向きもしないよね?

 

「……うん、大分“型”が出来てきたね」

「そうですか」

 

 よし、セェーッフ! 良かった良かった。オレの心配は杞憂だったらしい。そりゃそうだよね。

 自分が指導した少年がしっかりやれているのだろうかってのは、まぁ気になって当然だよね!

 失礼な妄想に怯えててすんませんでした! 神様仏様ウェイター様、オレのためにありがとう!

 

「よし、それじゃ体に覚え込ませるために今日から一千回いってみようか」

「ファッ!?」

 

「あ、ごめんよ。物足りなかったかな?」

「いえ、一千回でいきましょう。何事も基礎は大事です」

 

 神は死んだ! 死んだのだ!!

 

 一千回の素振りが終わり、フラフラとなったオレは最後の気力・体力を振り絞り道場に向かう。

 

「ファー… ブルスコ… ファー… ブルスコ… ファー…」

 

 それもこれも掃除をするためだ。というか、掃除できなかったら素振りをしている意味が無い。

 って、おや? なんか道場が綺麗に掃除されているような… ま、まさか既に他の誰かが!?

 オレがこの道場に来る目的の99%は掃除と翠屋なのに、これが人間のやることかよぉぉぉぉ!

 

「ど、どうしたの? 桜庭くん」

「モルスァ!?」

 

 orzのポーズを取っているところを妹さんに見られた… オマケに変な声をあげてしまった。

 変な人だと思われてしまったらどうしよう。……「今更」という声は聞こえないことにする。

 だがここで妹さんに会えたのは僥倖。彼女ならば、この道場で何があったのか知っている筈だ!

 

「実は道場が綺麗なので床を調べていました」

「あ、それ私が掃除したんだよ」

 

 ごん、おまいだったのか。

 ドヤ顔で胸を張りつつ言ってのける妹さんをぺちぺち叩きたくなる。殺されるからしないけど。

 

「いつも桜庭くんに掃除させてちゃ悪いからって、お母さんが」

「なるほど」

 

 妹さんのお母さんか… きっと玄海師範みたいな古強者なのだろうな。会ったことはないけど。

 まぁ、今日は掃除しなくていいってならさっさと帰るか。流石に素振り一千回は疲れたしな。

 マメが潰れなくなった分、包帯の消費が減ったのはありがたい。まだ風呂に入ると染みるけど。

 

「お手数をお掛けしました。それではお先に失礼させていただき… ん? それは?」

 

 そこでオレは初めて妹さんが手に何かを持っていることに気付く。なんだろ? 皿か何かかな?

 

「あ、えっと… 恭ちゃんのために料理を作ってたんだけど、お腹減ってないみたいで」

 

 ふ~ん… そうなのか。妹の手作り料理を食べられないとは、キョーちゃんも間が悪いことだ。

 とはいえオレには関係のない話か。作ってくれる相手がいるわけでもなし。友達すらいない。

 成り行きで食べた八神のご飯は美味しかったな… いかんいかん、思い出したら腹減ってきた。

 

 ――ぐぅ…

 

「あ、桜庭くん。お腹減ってるの? もし良かったら、これ、食べる?」

「そんな、悪いですよ。ただでさえお邪魔してる身なのに」

 

 人様のために作った料理を横取りするのもな。今食べられずとも後から温め直せばいいだけだ。

 そうした方が、キョーちゃんも妹さんもみんなハッピーのはずだ。オレが入る余地などない。

 妹さんは優しい性格だから腹を鳴らしたオレに対して気遣ってくれるが、そっと流して欲しい。

 

「美由希、あまり無理を言うもんじゃない」

「あ、恭ちゃん!」

 

 すると何処で話を聞いていたのか、キョーちゃんが割り込んでくる。さて、帰る準備をするか。

 ご兄妹の語らいの時が一段落したら一言挨拶だけ残して立ち去るとしよう。よし、正座待機。

 だが、いつまで経っても会話が終わる気配を見せない。むしろヒートアップしてるようである。

 

「いや、これから母さんの晩御飯があるんだから… 料理は次の機会にでも」

「もう! またそんなこと言って! この間もそうだったじゃない… ぐすっ」

 

「参ったな…」

「恭ちゃんが食べないんだったら、コレ、捨てちゃうんだから」

 

 あらら… 兄妹喧嘩で互いに引くに引けなくなってるのかな? でも捨てるのは勿体無いよな。

 

「あの~…」

 

「あ、桜庭くん。ごめんね。みっともないところ見せちゃって… 今日はお疲れ様でした」

「騒がせてしまってすまないな。分かってると思うがおまえが気にすることじゃないからな」

 

 オレが声をかけると兄妹喧嘩を中断して、こちらに向き直り気遣いの言葉を投げかけてくれる。

 うん、やっぱりいい人たちだ。これはオレが一肌脱いで仲裁役をしてもバチは当たるまいさ。

 お世話になってる身でありながら食い意地を見せるのはアレだが、どうせ恥など掻き慣れてる。

 

「いや、どういった料理なのか気になっちゃいまして… 良かったら教えてくれません?」

「あら、桜庭くん。気になるのかな? どうしよっかなぁ~」

 

「おい、美由希」

「もう! 恭ちゃんは黙っててよ! さて、桜庭くん… そんなに知りたい?」

 

 途端に機嫌を治す妹さん。チョロい。そんなチョロさで世間を渡っていけるのか心配になるよ。

 とはいえ、今この状況に至ってはそのチョロさがありがたい。さぁドンドン煽らせて貰おう!

 オレ様の口先に酔いな! ……自分でも恥ずいこと言ったと自覚してるんでスルーして下さい。

 

「もったいぶらないで教えて下さいよ。余計気になるじゃないですか」

「フフッ、ごめんごめん。……はい、じゃ~ん♪」

 

 そう言って出してきたモノは、異臭を放つ物体Xだった。いや、そうとしか表現できないです。

 人様の作ってくれた料理をそのように形容するのは失礼極まりないよね。でも、コレはない。

 なんで一介の料理にモザイクがかかってるんだろう? オレの純粋な疑問は“そこから”だった。

 

「What's this?(訳:コレは何ですか?)」

「えへへ~… ビーフ・ストロガノフに挑戦してみました!」

 

 妹さんはビーフ・ストロガノフさんに謝って欲しい。心の底から。こんなの絶対おかしいよ。

 今日という日に限って名無しの少年は道場に足を運んでいない。おのれ、ディケイドォ!!

 キョーちゃんに視線を向けると目を逸らされた。この反応… 知ってたんだね、キョーちゃん。

 

 ……だが待って欲しい。一周回って考えよう。意外と美味しいということも有り得るのでは?

 ちょっとだけ見た目と匂いが悪くて、脳の危険信号がヤバいレベルで鳴り響いてるだけで。

 多少不味くても死ぬ程ではない筈だ。料理の不味さで誰某が死んだ話など聞いたこともない。

 

 そう思ってビーフ・ストロガノフ(仮)さんに視線を戻す。そうさ、先入観を捨てて観察だ!

 コールタールのような色合いで何故か泡立っている液体。皮のついたタマネギらしきもの。

 酸っぱさ苦さとヘドロのような匂いが入り混じり、まぁ、その… 食欲をそそりません。はい。

 

「………」

 

 うん、ないな! 折角出されたモノだが、貧弱な悠人少年のボディが耐えられるとは思えない。

 

「腹が減ってないならば無理に食べることもない。美由希が勝手に作っただけだからな」

「そうですね。実はオレもお腹が…」

 

 キョーちゃんもこう言っていることだし、作ってくれた妹さんには悪いが…

 

「そっか… うん、ごめんね」

 

 わ、悪いが…

 

「……ごめんね。お皿、下げるね」

 

 泣きそうな顔のまま、皿に伸ばした手には幾つもの絆創膏が見えた。すまぬ、すまぬ…

 

 ――ガシッ!

 

「えっ?」

「お腹がペコペコだったんですよ! いやぁ、ツイてるなぁ!!」

 

 そのまま皿を奪うと、笑顔でそう言った。あぁ、すまない『悠人少年』。オレには無理だった。

 呆然としている妹さんを尻目に、オレは零れ落ちそうな涙を隠しつつスプーンを手に取る。

 さらばだ、ヤマトの諸君。オレはスプーンを物体Xに突き刺し… すくい、それをゆっくりと…

 

 ………

 ……

 …

 

「ハッ!?」

 

 ……いかんいかん、また落ちかけていたらしい。悪い意味で想像の斜め上の破壊力であった。

 まだ戦いは終わっていない。皿の上にはまだ半分以上も物体Xが鎮座しているではないか。

 そこに声がかけられる。言うまでもない、先ほどもオレに助け舟を出してくれたお兄さんだ。

 

「おまえはよくやった。もう充分だ… 命を大切にしろ」

「ちょっと、恭ちゃん!?」

 

 ぶっきらぼうな口調と鋭い目付きから(主にオレに)誤解されがちだが、凄くいい人なのだ。

 手が震える。逃げ道があるなら助かってもいいのでは? なんて甘い考えが浮かんでくる。

 だが、オレは震える手を押さえ込み動かないようにすると、ふてぶてしい笑顔を彼に向けた。

 

「……おかわりをしてしまっても、構わんのだろう?」

「ッ! おまえ…」

 

「うん! 一杯あるからドンドン食べてね!」

 

 キョーちゃんはオレの決意に押し黙り、頷いた。逆に妹さんは嬉しそうに目を輝かせている。

 死亡フラグは積み重ねれば逆に死ななくなる。そういうものだと今オレは信じるしかない。

 そうとも、死んでしまうと思うから死んでしまうんだ。オレは絶対生き延びるんだと信じろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論:無理でした。

 

 

 

 オレはあの後、妹さんの料理を完食した。味の感想を求められたので正直に不味いと答えた。

 アレを旨いと言ったら今後八神の料理に向き合えなくなる。もう次の機会はないだろうが。

 それだけじゃアレだろうと色々とフォローを試みてみたが、何処まで通じたかも分からない。

 

 そもそも何を言ったのかも朧気だ。こうして自宅まで歩いて戻れたのが奇跡なくらいなのだ。

 

 オレのこの状態はただの自業自得だが、悠人少年のボディを巻き添えにしたのが悔やまれる。

 こういったことがないよう、賢明なる諸兄は脳からの警報には素直に従うことにしようね!

 玄関に入った処で崩れ落ちた。……どうやら部屋に辿り着くことなく此処で斃れる運命らしい。

 

「やはり私(の脳の警報)は間違っていなかった… が… ま…」

 

 ――ドサッ…

 

 意識が遠くなる。指先から感覚が喪われていく。そうか… これが、『死』というものなのか。

 そのまま、闇に飲まれていって…




多分みなさん既に見放されているでしょうが遅くなって申し訳ありませんでした。
内容的にも至らぬ点が多々あるでしょう本作ではありますが細々と続けていければと存じます。

ご意見ご感想にお叱り、誤字脱字のご指摘はお気軽に感想欄までどうぞ。

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