オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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申し訳ありません。今回は今まで以上の原作破壊となります。

各人でご注意の上、お進みください。


金髪少女と母親と…

 やはり私たち以外にもジュエルシード集めをしている人がいた。それ自体は驚くに値しない。

 むしろ自然なコトであるし、管理局に通報をした気配がないのは稀なる幸運とすら言えた。

 私たちは言い訳できない“悪”だ。だから、話し合いにも応じず略奪のための戦闘を仕掛けた。

 

 ……結果は無残な敗北に終わったが。途中までは間違いなく優勢に進めていたように思える。

 だが想定外の粘り強さを見せ、埒の明かなさに焦れた私が勝負を仕掛ける一瞬を狙われた。

 彼らはまず標的をアルフに絞った。先程迄私と戦っていた少年が大量の剣を投射しつつ迫る。

 

 当然アルフの援護をしようとした私の動きを、少女の使い魔であろう動物が牽制し妨害する。

 的確に嫌な手を打ってくる… だけど、アルフの耐久性には私も絶対の信頼を置いている。

 これまでの攻撃程度なら耐えられるはず。ごめん、アルフ。すぐにフォローに向かうから…!

 

 そして自身の妨害を行う使い魔に意識を移そうとした時、凄まじい閃光がアルフを飲み込んだ。

 

「……なっ!?」

 

 信じられない… アルフが一撃で。それに、あの少女は散発的な魔力弾しか放てなかった筈…

 その一瞬の自失が命取りとなった。少女の砲撃魔法の着弾直前にアルフから離れていた少年。

 彼の向かう先は当然、私。反射的に回避行動を取り直撃は免れたモノの、体勢を崩してしまう。

 

 ソレを見逃す彼女たちではない。使い魔の彼はバインドを放ち少女の砲撃魔法をアシストする。

 後退しては避けられない… そう思うほど完璧な仕掛け。一瞬だけ私の胸中に絶望が浮かぶ。

 だが、すぐにソレを振り切る。私の中には母さんと“あの人”がいるんだ。後退できないならば…

 

「……ッ!」

 

「えっ?」

「そんな… 砲撃に向かって飛び込んだのか!?」

 

 当然、そのまま飛び込めばただ落とされるだけ。けど、迷いはアルフと自分を更に追い込む。

 こうなった以上、悔しいけれど今は彼らには勝てないのだろう。だからこの場は撤退する。

 放たれたバインドを潜り抜け、砲撃にギリギリ掠る程度の角度で飛び込むコトで目を晦ませる。

 

 虚を突き、倒れているアルフを掴み脱出に成功した。辛うじて生き延びたが、苦い敗北だった。

 

 ………

 ……

 …

 

 砲撃を掠ってしまったコトによる魔力の低減やバリアジャケットの一部損壊。アルフの負傷。

 いくら非殺傷設定といえ、マトモに受ければ場合によっては暫くの間行動不能になり得る。

 状況は芳しくない。……もっと言えば悪い。八方塞がりと言える。私は深い深い溜息を吐く。

 

 今から引き返して再戦を挑んだトコロで、勝てるとは正直思えない。二対三でも負けたのだ。

 まして戦闘が行えなくなったアルフを強引にマンションに戻した今、現有戦力は私一人だ。

 今後ジュエルシード探しをする度に、あの子たちとぶつかってしまうのだろうか? 憂鬱だ。

 

 あの後からずっと“あの人”と出会って話をしたこの公園で、一人、ベンチに腰掛けている。

 分かっているのだ。こんなトコロでこれみよがしに落ち込んでみても意味などないことは。

 ならば何故? “あの人”に期待している? 慰めて、優しくして貰えるかもしれない… と?

 

 何をバカな。

 

 私は悪いコトをしている。むしろ、此方を気遣ってくれた“あの人”の手を振り払ったも同然。

 そんな自分が、少しばかり自分が不利になったからと誰かに縋ろうとしている。浅ましい。

 コレ以上、この思い出の場所を(けが)すことは許されない。そう思って、立ち上がろうとした時…

 

「……隣、いいだろうか?」

 

 “あの人”は缶珈琲を差し出しつつ、そう声をかけてくれた。……思わず涙が零れそうになる。

 安堵と嬉しさ、情けなさが涙となり溢れてくる。けれど… ダメ、泣くわけにはいけない。

 そして落ち着く頃合いを見計らい、気が紛れるからと缶珈琲を飲むようにだけ勧めてくれた。

 

 私は喋ることが得意ではない。この人も多弁ではない。だから、自然と場は沈黙に包まれる。

 だけどそれは決して居心地の悪いものではなく… 優しく包み込んでくれるような静けさ。

 でも、この人はこんな私といて退屈をしてないだろうか? 隣の様子を恐る恐る伺ってみる。

 

 じっと前を見詰めたまま沈黙している。彼の表情から、その内心を読み取ることはできない。

 

「何も… 聞かないんですね」

「……多くの悲しみは時間が癒してくれるさ」

 

「………」

「だが、もし解決を望むならば相談には付き合おう」

 

 やっぱりこの人は凄い。私がウジウジと足踏みをしている間も、ただ前だけを見据えている。

 そう、後退ができないならば前に進むしかない。たとえ傷ついても、目的を果たすために。

 私があの日出会った時、そしてつい先程の戦いの中でも選んだのは“そういう道”だった筈だ。

 

 多くの悲しみを背負いながらも、きっと、この人は一度も進むことを止めなかったのだろう。

 時間が癒してくれる。それだけを救いに多くの困難とぶつかり、解決をしてきたのだろう。

 迷ったり、悩んだり、苦しんだりすることもきっとあっただろうに… その全てを乗り越えて。

 

 私はこの人と出会えた幸運を何処かにいるだろう神様に感謝しつつ、知る限りの全てを話した。

 

 この人は多くを語らない。けれど、一体誰がその分析力と戦術眼・戦略眼を疑えるだろうか?

 確たる考えが既に頭の中にあるが、私自身に考えさせるために敢えて全てを語らないのだ。

 私が答えを導き出せるギリギリのヒントを置いて… 流石にソレくらいは私にだって分かる。

 

 そしてあの人は、勝利に焦る私に対して軽く微笑みながら私の間違いを優しく諭してくれた。

 

「その時は“例のモノ”を持ってさっさと逃げてしまおう」

 

「……へ?」

「逃げてしまえば誰も追い付けない。どうだ? 『速い』ってのは得だろう」

 

 あぁ… そうだった。何よりも大事なのは、勝利ではなくジュエルシードを手に入れること。

 そのために“勝つ”というプロセスを通ることはあっても、目的が逆転してはいけないのだ。

 この人と話せば話すほどソレまでの自分の視界の狭さを思い知り、笑ってしまいそうになる。

 

 いや、事実笑ってしまった。暫くソレが止まらないほどに。

 

 私はなんて小さな所でグルグルと迷走していたんだろう。コレがこの人の視点というコトか。

 私の道は前に進む道。目的のために何をどうすればいいか良く考える。うん、もう大丈夫。

 そんな私の様子から役割は果たしたと見たのだろう。彼は二、三言葉を残し立ち去っていった。

 

 ………

 ……

 …

 

 それから一週間ほどの時間を経て、私はまた公園のベンチに腰掛けていた。あの人を待って。

 当然待ち合わせなどしていない。ジュエルシードの件もあり、長時間待てるわけでもない。

 それでも構わない。一日のうちの僅かな時間を私が勝手に待っているだけ。それでいいのだ。

 

 たったそれだけのコトで、ジュエルシード探しにも普段以上の意欲が生まれるように感じる。

 

 手元にあるジュエルシードは4つ。けど長らくの間、あの人に譲って貰った2つだけだった。

 やっと自分で見つけたと思ったらあの子たちとぶつかり合って、追い払われてしまう始末。

 アルフにも消耗を強いてしまった自分がみっともなくて、情けなかった。それもかつての話。

 

 恐らく… 私と同じモノを求めるあの子たちとは、今後も幾度と無くぶつかり合うのだろう。

 全員、侮れる存在ではない。特に、砲撃魔法を得意とするあの女の子… 凄い才能だった。

 それでも私は負けない。全てを駆使して戦場を支配すべく立ち回って、目的を果たしてみせる。

 

 彼らを侮っているわけではない。自身を過信しているつもりもない。ただ、それが全てだから。

 

 ……彼らとは、温泉宿付近の森の中でジュエルシードを封印し終わった後に再戦を果たした。

 あの人が示してくれたとおり、逃げに徹しても充分目的の最低条件は果たせたことだろう。

 けれど、いつかは立ち向かわないといけない。いずれ退くことがあってもソレは今じゃない。

 

 そう考えた私は、互いのジュエルシードを1個ずつ賭けての決闘を彼らに挑むことにした。

 

 やはり、前に戦った時よりも更に強くなっていた。少女が、自らの適性を自覚したのだろう。

 以前の私たちを退けた役割分担で、苛烈な攻めを仕掛けてきた。ソレこそが私の狙い通り。

 そう、受けるだけならさして難しくない。まずは私に目を惹き付け、アルフに隠れてもらう。

 

 そして退くと見せかける。使い魔は思った通り優秀な司令塔ではあるが、果断さには欠ける。

 残る(恐らく)魔導師になって間もない少女に、的確な判断を求めるのは酷というものだ。

(経験の浅さを匂わせつつ、驚異的な伸びを見せる少女に才能格差を感じずにはいられないが…)

 

 ……そうなれば彼らの連携は乱れ、自然、戦術はフォワードの少年の独断によるモノとなる。

 

 誘いこみが成功すれば“昼から潜伏していた夜の森の中”… という環境は私たちに味方する。

 あとは一人ずつ、私たちを認識する間もなく戦闘不能にすることはそう難しくはなかった。

 警戒し誘いに乗らなかったとしても、闇に乗じたヒット&アウェイを仕掛けようと思ったが…

 

 なんにせよ無難に勝利を収めることに成功した。一夜でジュエルシードを2つ手にしたのだ。

 そうそう何度も渡れる橋ではないが、初見ということもあり勝利の天秤は私たちに傾いた。

 問題はその後に起こった。立ち去ろうとする私の背に向けて例の砲撃少女が声をかけてきた。

 

「待って! ……名前、あなたの名前は?」

「……フェイ」

 

『あ、名前っていえば… フェイトって“アイツ”にまだ名乗ってなかったっけ?』

「………」

 

 別段隠すことでもないと名乗ろうとした私に対して、アルフが念話を飛ばしてくる。……え?

 

「フェイ、ちゃん?」

「あ、いや、違う… ちょっと待って」

 

 小首を傾げる少女に少し待って貰って、暫し考える。幾ら私でもそんなコトは… あ、あれ?

 

『アルフ… ひょっとして私、凄く失礼?』

『いや、知らないよ。まぁ、“アイツ”はそんな小さなコト気にしないんじゃない?』

 

「小さくないよ!」

「えぇっ!?」

 

 思わず怒鳴ってしまった。砲撃少女を驚かせてしまった。少年も使い魔も目を丸くしている。

 

「ごめんなさい。名前については少し事情があって… また今度でお願いします」

「お、おう…」

 

「頷かないでよ、刀真くん! フェイちゃんも、どういうこと!?」

「お、落ち着こうよ… なのは」

 

 私が謝罪とともに頭を下げると、少年は頬を掻きながら困ったように応じる。もう回復した?

 長期戦は不利かもしれない。やはり早めに決着を着けられて良かった… 心からそう思う。

 一方、収まらないのは少女のほうだ。使い魔に宥められているが、中々落ち着けないみたい。

 

 悪いコトをしたと思う。……私、フェイちゃんではないのだけど。次回、訂正できるといいな。

 

「ともかくその件は、次回縁があったら… というコトでよろしくお願いします」

「なんだか丁寧かつ遠回しに断られたよ!?」

 

 何故か勝った筈なのに逃げるようにしてその場を立ち去る私。居た堪れない気持ちになった。

 けれど、仕方がない。仕方がないのだ。まずは“あの人”に自己紹介をしてからでないと。

 別にあの子たちが嫌いというわけではないけれど、まず一番尊敬する人に自己紹介をしたい。

 

 でも、あの人に“フェイト”と呼ばれたら… お父さんやお兄さんってこんな感じなのかな?

 

「~~~ッ!」

 

 ニヤけそうになる顔を引き締めつつ上げた時、目の前には見覚えのある銘柄の缶珈琲があった。

 

「……久し振りだな。一つ、どうだ?」

「………」

 

 口をパクパクしながら頷く。“あの人”がいた。いつの間に? 気付かなかった? どうして?

 頭の中が真っ白になる中でなんとか缶珈琲を受け取り、小声でベンチを勧めるのが精一杯。

 お、落ち着こう。落ち着かないと。パニックになったら脱落していくだけ。冷静さこそ武器。

 

「あ、その…」

「ん?」

 

 キチンと言わないと、フェイト! “私の名前はフェイト・テスタロッサです”と、この人に。

 

「“例のモノ”、自力で2つ手に入れました! 1つ手に入れてから相手と互いに1つ賭けて…」

「そうか、おめでとう」

 

 ……ダメでした。緊張に負けるなんて。母さん、ごめんなさい。フェイトは弱い子でした。

 

「しかし、ふむ… 思ったより長引いているな。コレは当初の予定通りなのか?」

「いえ、本来はもっとスムーズに集まる筈だったのですが調査が想像以上に難航して…」

 

「なるほど。……集めたモノはどうしている?」

「全て私が持っています。全部集めるまでは… と」

 

「ソレはあまり感心しないな」

「ど、どういうコトでしょうか?」

 

 難しい表情と共に、彼は私の行動に対し疑問符を投げかけてくる。一体どういうことだろう?

 

「ある程度こまめに親御さんに届けるべきだろう。……理由は幾つかあるが」

「………」

 

「取り扱いは親御さんの方が詳しいだろう。ソレに調査中に何があるかは分からない」

「あっ…」

 

 言われてみればその通りだ。互いに応じた決闘といえども、負ければ何があるか分からない。

 ひょっとしたらジュエルシードを1つと言わず、持っている全てを奪われるかもしれない。

 いや、ソレならまだ良い。或いは、拘束されて母さんに類が及んでしまうかもしれないのだ。

 

「どうやら分かったようだな」

「……はい」

 

 この人は凄い。いつも二手先、三手先を読んで、私が足りない理解をそっと指摘してくれる。

 けれど、母さんが私に下したのは“ジュエルシードを全て集めてくるように”という命令。

 私はソレを裏切ることになってしまう。……失望されるのはいい。でも、悲しませるのが辛い。

 

「……悩みがあるようだな?」

「あ、いえ…」

 

 暗く沈んでしまった私の表情を見取ったのだろう。気を使わせてしまった。自分が情けない。

 

「大した役には立てないが、日頃世話になっている恩もある。……出来る限り力になろう」

 

 大した役には立てない? 日頃世話になっている? どういう冗談だろう。全く、この人は…

 

「それでは、聞いてくれますか?」

「……あぁ」

 

 渡された二本目の缶珈琲を手で弄びながら、私はこの人に母さんと自分の関係について話した。

 

「なるほど… 家族問題、か」

「……はい」

 

 流石にこの人でも、家族については難しいかもしれない。なにせ、この人が既にご家族から…

 

「不器用だな、二人とも。それ故に愛がすれ違う… 何処の家庭も同じ、というコトか」

「……え?」

 

 や、やっぱりこの人にも分かるの? アルフも信じてなかった、母さんの不器用な優しさが。

 

「でも…」

「ん?」

 

「貴方には何かが見えているんですね? 私たち親子の新たなきっかけとなる、何かが!」

「………」

 

 縋りつくように… いや、実際縋り付きつつこの人の答えを待つ。その時間が永劫に感じる。

 

「……あぁ」

 

 肯定を以て返される。信じられない。こんなコトがあっていいのだろうか? ならば、私は…

 

「なら、お願いします! どうか、私と母さんを…」

「オレが示す方法はいわば劇薬。確実に効果があるとは言えず、悪い方向に転ぶかもしれない」

 

「構いません! いえ、むしろ望むところです。例え1%でも可能性があるなら…」

「………」

 

 充分過ぎる。それにもし失敗しても、私の頑張りが足りなかっただけ。何度でも挑んでみせる。

 

「決意の程は分かった。ならばオレも全力を尽くそう。……少し厳しいかもしれないぞ?」

「是非お願いします!」

 

 私はこの人の課した特訓を受けることになった。

 

「では、まずはオレをその家族の人だと思って帰宅の挨拶をしてみろ」

「はい! ……ただいま帰りました、母さん」

 

「……30点だ」

「そんな…っ!?」

 

「言っておくが200点満点でだ」

「……はぅ」

 

 特訓は厳しかった。それでも諦めるわけにはいかない。それこそが私の願いだったのだから。

 有意義な時間ながら一日ではとても終わることが出来ず、何日か公園に通うことになった。

 ジュエルシード探しをアルフに押し付ける形になったが、嫌な顔一つせず引き受けてくれた。

 

 この人にもアルフにも支えられて、私は本当に恵まれている。……それに、きっと母さんにも。

 

「家族… 特に親子について、みんな忘れがちなコトが一つある」

「忘れがちなコト、ですか?」

 

「あぁ。……子は子として生まれる、けれど親は親として生まれるわけではない」

「……なる、ほど?」

 

「もっと分かり易く言うとだな。キミの親も20年、30年前はキミと同じ子供だったんだ」

「母さんも… 昔は、私と同じだった?」

 

「だから上手な親もいれば、下手くそな親もいる。親も完璧じゃないんだ」

「親も… 完璧じゃない」

 

 そんなコト、考えたこともなかった。私にとって、母さんは母さん。ただソレが絶対だった。

 でも私は、知らない間に母さんに対して“母さん”という壁を作っていたのかもしれない。

 壁といえば、こんな話もあった。この人の話は私の知らないことばかりでとても多くを学べた。

 

「もっと甘えて我侭を言ってやれ… ですか?」

 

「……あぁ」

「でも、そんなコトをしたら母さんをガッカリさせてしまいませんか?」

 

「むしろ逆だ。手のかからない聞き分けのいい子ほど、親御さんは壁を感じて寂しいのさ」

「えっ?」

 

「子供が甘えたいように、親も子供に甘えて欲しい。だから“ソレ”が、子供の仕事だ」

「でも、甘えるってどうやったら…」

 

「ふむ… 親御さんに褒めて欲しいか?」

「はい!」

 

「頭を撫でて欲しいか?」

「はい!!」

 

「だったら“そうしろ”って駄々をこねてみろ。キミはいい子だが、いい子すぎるのが難点だ」

 

 私の頑張りがまだ足りないから母さんは振り向いてくれない… そう思ってきたのだけれど。

 今から考えてみれば、私が頑張れば頑張るほど、母さんは辛そうにしていたかもしれない。

 ううん、頑張り方が間違っていたというコトなのだろう。幸せって、きっともっと簡単なんだ。

 

 そして今日、私は時の庭園… 母さんの(もと)へとやってきた。隣には心配そうに見つめるアルフ。

 

「すぅ… はぁ…。ゴメンね、アルフ。貴女まで付いてこさせちゃって…」

「ううん、そんなの良いんだよ。でも、やっぱりかなり緊張してるみたいだねぇ?」

 

 ……ソレはそうだろう。今迄こんなに緊張したコトはないというくらいに私は緊張している。

 それでも私はただ前に進む。バルディッシュに結びつけた“ボン太くん”に勇気を貰って。

 コレは特訓の最終日に、あの人から“お守り代わりに”と貰った世界にたった一つの宝物なのだ。

 

「その… ボン太、だっけ? リスのぬいぐるみをくれるなんて小粋じゃないか、アイツ」

「編みぐるみって言うらしいよ。あと、『ボン太くん』だよ。“くん”を付けようね? アルフ」

 

 無言でコクコクと頷くアルフ。私、そんなに怖い顔をしてただろうか? ……反省しないと。

 あと個人的にボン太くんはネズミだと思う。今度、“あの人”に聞いて確認をしてみよう。

 扉の前でアルフと別れて、母さんとの対面を果たす。さて、此処から特訓の成果を見せないと!

 

「ジュエルシード探しは」

「ママ、ただいま!」

 

「………」

「………」

 

 沈黙が痛いが、逃げるわけにはいかない。私はまだ“あの人”の教えの全てを出し切っていない。

 

「コホン… 一体どういうつもりかしら、フェイト?」

「………」

 

 その問いかけに対して、私はプイッと顔を逸らして返答とする。……ごめんなさい、母さん。

 

「……フェイト?」

「“おかえり”って言ってくれないと、返事しないもん」

 

「ゴフッ!?」

「母さんっ!?」

 

 何故かいきなり母さんが吐血して倒れそうになった。え? え? 一体、どういうコトなの?

 ひょっとして“あの人”の教えをこなすには、まだまだ私の力が未熟だったというコトでは…

 いや、母さんは不器用な人だもの… ひょっとして身体が悪いのを隠してた可能性だってある。

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから… その、おかえりなさい。フェイト」

「……ッ!」

 

 あの母さんが、微笑みながら“おかえり”って言ってくれた。思わず涙がこぼれそうになる。

 けれど、しっかりと笑顔を見せなくちゃ… 母さんを心配させてしまっては元も子もない。

 母さんが私に心配をかけさせまいとしているんだ。だったら、私も心配をさせてはいけない。

 

「うん、ただいま!」

「えぇ、おかえり。それでジュエルシードだけど…」

 

「4つ集めてきたよ。現物をこまめに届けたほうがいいかなって」

「なるほど。それは助か… コホン、たったの4つ。コレは… あまりにも酷いわね」

 

 一度は受け取ろうとしてくれたけれど、自制したのか、厳しい目をしてそう言い直してくる。

 でもコレは仕方のないコトだろう。何故なら、今迄は私が勝手に壁を作っていたのだから。

 だから私が勝手に歩み寄って私が勝手に甘えるんだ。そう… コレが私の“我侭”なのだから。

 

「……それだけ?」

「え? ……フェイト?」

 

「いっぱい褒めて、いっぱい撫でて」

「あ、え… その?」

 

「じゃないとジュエルシードあげない。新しいジュエルシードも探しに行かない」

「………」

 

 沈黙が空間を支配する。私も母さんも、互いを見詰めたまま言葉を発することが出来ない。

 やっぱり、ダメなのだろうか? 私なんかじゃ、母さんの心を溶かすことは出来ないのかな?

 自分が情けなくなって、涙が溢れてくる。ごめんなさい、あんなに色々教えて貰ったのに…

 

「……ダメ、なの?」

 

 涙が止まらない。母さんもきっと、我侭ばかりの私に嫌気が差してしまっているコトだろう。

 

「……え?」

「仕方ないわね。今日だけよ」

 

 優しい言葉とともに温かい何かに身体が包まれる。え… 嘘? 母さんに、抱き締められて…

 

「かあ、さん… 母さん、母さん、母さん! うわぁあああああああんっ!!」

 

 泣きじゃくる私の背中を、母さんは優しくそっと撫で続けてくれた。小声で何か呟きながら。

 

「大丈夫、浮気じゃない。だから違うのよ? 目的のために人形に幸せな夢を見せてるだけで…」

 

 それから、一杯お話をして一杯一緒の時間を過ごした。そう、今までの時間を埋めるように。

 持ってきたケーキは抱き締められた時ダメになったけれど、母さんが料理を作ってくれた。

 そして一緒にお風呂に入って、一緒のベッドに入って、私が寝るまでずっと話をしてくれた。

 

 ………

 ……

 …

 

 翌日、私はソレまでのアルフの調査から絞り込んでいたジュエルシードの捜索を行っていた。

 広域探査魔法で位置を特定し、封時結界を展開してからジュエルシードの強制発動を促す。

 普段ならばコレだけの大規模魔法を重ねれば、体力を著しく消耗して動けなくなっていた筈。

 

「けれど、今の私ならこの程度…」

 

 無論、難なくジュエルシードの封印に成功する。コレで一個はジュエルシードを確保できた。

 後はすぐに退いてもいいし、此処であの子たちを待って決闘を仕掛けてみても良いだろう。

 母さんに目一杯甘えさせて貰った今の私なら、たとえ誰が相手であろうと負ける気はしない。

 

 でも、やっぱり“あの人”は凄い。いとも簡単に、私たち親子の壁を取り去ってしまうなんて。

 

「ところでさ、フェイト」

「どうしたの、アルフ?」

 

「アイツにはもうちゃんと自己紹介を済ませたんだよね?」

「……あ」

 

 思わぬ自分の失態に私が硬直すると同時に、あの子たちの姿が見えてきた。ど、どうしよう。

 

「フェイちゃーん! この前の約束、覚えてるよねー!?」

「待て、高町! 俺が言えたことじゃないけれど、あまり突っ込みすぎるな!?」

 

 使い魔の子を肩に乗せたまま、凄いスピードで飛んでくる。うん、やっぱり凄い才能だと思う。

 

「……だってさ。どうするの? フェイト」

「……逃げよう」

 

 合わせる顔のない私は、その場で身を翻して全速力での逃走を決意した。……ごめんなさい。

 

「フェイちゃん! なんで逃げるの!?」

「ご、ごめんなさい! 次こそは、次こそはちゃんと名乗りますから…」

 

 ――逃げてしまえば誰も追い付けない。どうだ? 『速い』ってのは得だろう。

 

 やっぱり“あの人”は凄い。……きっと、こういう展開すらも予測していたのだろうから。




中の人「茹で卵を一週間以上持ち歩くとか… 衛生面で心配だよな」

フェイトさん、プレシアさんを残念な人にしてしまって申し訳ありません。

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