オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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お待ちいただいている方がいましたら、長らくおまたせしました。
フェイトさん視点の話になります。
頭の中で色々と考えてそうな子だなというイメージで文字数多めになっております。

読みづらかったら申し訳ありません。


金髪少女はがんばる

 第97管理外世界… 地球。私が襲撃した輸送船からジュエルシードがばら撒かれた惑星だ。

 本当ならばあの時点で手に入る筈だったジュエルシードは散らばり、未だ回収されてない。

 当然というべきか、この結果にはお母さん… プレシア・テスタロッサも酷く怒りを示した。

 

 自分の情けなさに嫌になってくるが、コレも文字通りに自分の撒いてしまった種とも言える。

 キチンとジュエルシードの回収を行って、お母さんを怒らせてしまった分を挽回しないと。

 そう思っていたのだがマンションへの引越し作業が思ったより難航し、気付いたら寝ていた。

 

 微睡みが深い眠りに移行する頃、アルフから“ジュエルシードの反応がある”と報告される。

 私の眠りなんかよりもずっと大事。そう思い現場に急行したが、全てが終わった後だった。

 此方の気配を察して姿を消したのか、或いは別の原因か… とにかく空振りに終わったのだ。

 

 明日は朝からがんばらないと… 少し空が白み始めている街中を歩きながら、私はそう思った。

 

 ………

 ……

 …

 

 太陽が黄色い。軽い調査の後、マンションに戻れたのは夜明け前。あまり眠れた気がしない。

 程々に暖かい気候が今はジワジワと体力を奪う敵となっている気がする。がんばらないと。

 昨日反応があったというアルフの言葉を信じるなら、この街にはまだジュエルシードがある。

 

「……ふぅ」

 

 今日は昨晩の失敗を反省し朝から出歩いている。仲間もいない。土地勘もない。当てもない。

 アルフと街中を歩き回っているのだが、ジュエルシード捜索の成果は芳しいとはいえない。

 現地住民の目があるのだから、おおっぴらに魔法も使えない。コレは当然の帰結とも言える。

 

 判断を誤ったのだろうか? 明日からは夜の探索を中心に切り替えていくべきかもしれない。

 けれど、ソレもコレも今日の探索を全力でやり抜いてから。今判断すべき時ではないはず。

 昼だからこその発見もあるかもしれない。そう考えながら歩いていると公園に行き当たった。

 

『ちょうどいいよ、フェイト。ココで少し休憩しよう』

「アルフ… 今は休憩なんてしている暇は…」

 

 今は赤い大きな犬(本人曰く“狼”らしいが)になったアルフが念話で気遣ってきてくれる。

 だけど、その提案に頷くわけにはいかない。今は一刻も早くジュエルシードを集めないと。

 休むなんて後で幾らでも出来る。時間をかければかけるだけ危険になるロストロギアなのだ。

 

 そう… “ロストロギア”。既に喪われた過去の超技術によって生み出されたとされる遺産。

 持ち主の願いを叶える力を持ち、使い方を誤れば次元すら崩壊させる強い力を秘めた道具…

 それがジュエルシード。そんなモノが全部で21個もこの街の何処かに散らばってしまった。

 

 お母さんの望みもあるけれど、無関係なこの世界を巻き込みたくもない。コレもまた本音だ。

 

 あの輸送船の乗組員も始末せず見逃してしまった。もう管理局に通報しているかもしれない。

 管理局… 正式名称“時空管理局”は、全ての管理世界の秩序と平和を守るための組織だ。

 ココが管理外世界ということもあるから介入はまだ先だろうが、それとて時間の問題に思う。

 

 お母さんの使い魔だったリニスに徹底的に鍛えられここまで来た私は、それなりの腕がある。

 並大抵の魔導師にだって遅れを取らない自負がある。けど、それは一対一に限定した話だ。

 “組織”を相手にした場合、幾らアルフが協力してくれても厳しい勝率になるのは否めない。

 

 いや、管理外世界に来るほどの猛者ならば単騎で私を圧倒する存在だっているかもしれない。

 

 だから、時間は私たちに味方しない。いや、そもそも私たちに味方なんていない筈なのだが…

 

『大丈夫だって! 今あの公園に人影はない。だったら座りながらサーチでもすればいい』

「でも…」

『確かに条件は過酷、時間は心配さ。だからこそ替えの効かない身体は大切に扱うべきだよ』

「う…」

 

 半ば以上強引に押し切られ、公園内のベンチに腰を下ろすことになる。……う、どうしよう。

 ……足に根が張ったように動かない。自分で思っていた以上に疲れていたのかもしれない。

 それに、目を閉じて背もたれに身を預ければ、涼しい風が通り抜けてなんとなく気持ちいい。

 

 薄目を開ければアルフはそんな私を見てニヤニヤしている。……むぅ、ちょっとだけ悔しい。

 

「了解! トランザムッ!!」

 

 そんな私たちの気の緩み… 明らかな“油断”が、一瞬といえど見逃されるはずもなかった。

 慌てて体勢を整えようとするとも、声の主は信じられないスピードで間合いを詰めてきた。

 ひょっとしたら私たちの警戒が薄れる瞬間を待っていた? いや、今考えるべきは其処では…

 

「オマエはッ! 自分がどれだけ危ない橋を渡っているのか、分かっているのかッ!?」

 

 声の主は、突然の事態に考えが纏まらず混乱気味の私に更に追い討ちの一喝を浴びせてくる。

 ……間違いない。この人は“事情”を知っている。恐らくは管理局の息がかかった存在だ。

 私は待機状態となっているデバイス“バルディッシュ”を取り出して身構えるので精一杯だ。

 

「そんなっ! まさかもう管理局が来るなんて…」

 

 逃げ出さないと… ううん、ダメ。逃げる隙なんて与えてくれない。そんな眼をしている。

 アルフへの注意も忘れていない。ただの使い魔だと甘く見るような迂闊な人じゃないみたい。

 周囲には仲間も伏せているだろう。こうなったら精一杯の抵抗をして何とか突破するしか…

 

『フェイト! ココは私が引き受けた! アンタだけでも』

『そんな! やめて、アルフを見捨ててなんて…』

 

 ダメ… ダメだよ、アルフ。もうリニスだっていないのに、コレ以上貴方まで喪ったら私は…

 けど、私の思うような事態… 管理局員との戦闘も、其れによる拘束も発生はしなかった。

 何故なら、私を捕らえに来たはずのその管理局員が…

 

「警戒する必要はない、少女よ。今のオレは機関の人間ではない… ただの一人の桜庭悠人だ」

 

 まるで旧知の友と出会ったような穏やかな笑みを浮かべ、私に対してそう言ってきたからだ。

 思わず呆気にとられる私たちを見て、その笑みは少し困ったような色に変化をしたようだ。

 鞄から取り出した飲み物の缶を一つ取り出し、私に差し出してくると隣に座る許可を求めた。

 

 拒否して、さっさと逃げ出すべきだったのかもしれない。けど、何故そうできなかったのか。

 それはきっと、私とアルフのコトを本気で心配している… そんな眼をしていたからかも。

 自分でもよくは分からない。すぐに拘束される心配はないみたいだし、話しくらいは聞こう。

 

 コレは情報収集の一環だ。そう自分に言い聞かせて、ベンチへの着席を許可することにした。

 

「まずは… いきなり怒鳴ってしまってすまなかった」

 

 彼はベンチに腰掛けて一息つくと、横目で私の方に軽く眼を向けながらそう前置きしてきた。

 銀髪が陽の光を反射させ、赤と青の瞳がチラッと申し訳無さそうに私の様子を窺ってくる。

 この街では余り見かけない特徴的な外見。だけど、私は不思議と彼に違和感を感じなかった。

 

 それにまさか謝られるなんて思わなかった。どちらかと言えば悪いことをしているのは私たち。

 私だってそれくらいの自覚は持っているつもりで、断じてこの人が謝ることではないはずだ。

 

「いえ… 言いたいこと、分かりますし」

「そうか… “分かった”上での行動だったか」

「……はい」

 

 視線を前に移し、少し遠くを見詰めながら残念そうに呟いた。……ココで謝ることは簡単だ。

 けれど、それは出来ない。悪いことであっても、褒められない行為であっても止まれない。

 直すつもりもないのに謝るなんてただの偽善。其れくらいは私にも分かる。だから謝れない。

 

 この人も理解はしているのだろう。やりきれないような、そんなしかめっ面を浮かべている。

 

「その道は… 恐らく、誰も幸せになれない。それでもか?」

「……はい」

「いや、きっと全てに対して不幸な結果になる。オマエ自身と、周囲を巻き込んで」

「………」

 

 ……辛い。

 けれど、この人の断罪を私は聞かなければいけない。それがこの世界を巻き込んだ私の責任。

 そう、周囲の無関係な人だってきっと不幸にしてしまう。もう、しているのかもしれない。

 

「オマエの不幸を悲しむ存在がいる。其れもまた、自覚すべきことだ」

「………」

 

 ……私の不幸を、悲しむ? そんなヒト、いるはずがない。だからがんばらないといけない。

 私の居場所を作るため、守るために。……そもそもこの人に、私の何が分かるというのか。

 苛々は募って、私のためを想ってくれてだろうこの人に対して、酷い言葉をぶつけてしまう。

 

「……貴方に私の何が分かるって言うんですか?」

「ふむ… 確かにオレは大したことなど分からないだろうな」

「だったら私に構わないで…ッ!」

「だが… 誰がオマエを心配し、そして悲しむかは分かるつもりだ」

 

 ――ッ!? この人はまだ… ううん、私が酷いことを言ったというのに意にも介してない。

 ……まるで、“誰かに罵詈雑言を浴びせられることなど慣れている”と言わんばかりに。

 それに、私を心配し悲しむ人? 本気でいるとでも言うのだろうか? やけに自信満々だが。

 

 そんな私の胸中を見透かしたかのように、余り多くを語らぬその人が… 再び口を開いた。

 

「オマエの不幸を、オマエのご家族が悲しまぬ筈がない」

 

 !? ……すさまじい衝撃だった。私は、お母さんのために動いているつもりだったのに。

 それが、結果としてお母さんを悲しませることに繋がりかねない… この人は、そう言うの?

 確かに遠い記憶の中に存在するお母さんはとても優しかった。けれど、今のお母さんは…

 

「悲しんで… くれるのかな、お母さん」

 

 つい、不安が形となって口からこぼれ出てしまう。違う… こんなコトは考えたくなかった。

 胸が痛い。苦しいよ。こんなコトに気付きたくはなかった。コレがこの人の与える罰なの?

 でも、なんでだろう。胸が痛い、でも暖かい。信じたい。その気持ちが身体の中で暴れ回る。

 

「間違いなく。其処の犬もまた、オマエの家族。同様に悲しむはずだ」

『犬じゃないけどね。ま、コイツの言うとおりアタシはフェイトになんかあったら悲しいよ』

「アルフ…」

 

 そっとアルフの頭を撫でる。断言したこの人のご家族は、きっと素晴らしい人なのだろう。

 少しだけ、興味がわいた。

 

「そう… かも知れません。貴方のご両親はどんな人なんですか?」

「さぁな。……なんせ顔も、声も、名前も分からない。オマケに職業すらも不明と来たモンだ」

「……え?」

 

 それはもはや、他人と呼ぶべき存在なのでは… なのに、なんでこの人はこんなに普通なの?

 自棄になっているわけでもない。諦めている素振りでもなさそうだ。怒りの声色でもない。

 まるでソレを“あるがままに受け入れている”かのように… この人にとっては当たり前なの?

 

「最近はメールも滞りがちだったが… ふむ、そろそろ時期かも知れんな」

「あ、あの…」

「む?」

「……辛くは、ないんですか? 寂しくは、ないんですか?」

 

 思わず聞いてしまった。生まれた時から両親の顔も識ることがないままに放置をされている…

 いや、ひょっとして組織にまつわる理由で家族の絆を引き裂かれてしまったのかもしれない。

 そんな境遇にありながら、自身の家族に対し前向きな感情を抱き続けられる心中が知りたくて。

 

 だが、この人は“何を言われてるのか分からない”といった表情で二度三度瞬きをしてから…

 

「あぁ… そう言えばこの手の質問をされるのは二度目か。……正直理解に苦しむが」

 

 合点がいったとばかりに一つ頷いた。やはり、なんでもないことのように。だから知りたい。

 

「教えて、くれますか? 貴方が、平気な理由」

「既に充分過ぎるほどの愛は感じているからだ。受け取る側が感じていれば其れは真実だ」

「………」

 

 受け取る側が感じていれば… そう、そうだった。なんで私は少しでも疑ってしまったのか。

 お母さんは、私を愛してくれていたのに。私の胸の中にある、確かな暖かい思い出なのに。

 ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、アルフ。私、一人ぼっちなんかじゃなかったんだ。

 

「それに、オレは信じている」

「信じている? 何を…」

「決まっている。悠人少年とご両親が再び暖かい笑顔で巡り会えるその時を… だ」

 

 不敵な笑みを浮かべ言い切る。其処には世界の全てを敵に回しても尚色褪せぬ輝きがあった。

 うん… 今なら分かる。この人の言っていることが。絶望的な戦いなんかじゃ決してない。

 胸の中に確かに愛が注がれた記憶があるなら、後は信じるだけ。疑う理由は、何処にもない。

 

「凄いです… 本当に」

「大したことじゃない。誰もが当たり前のようにやっているコトだ」

 

 あぁ、そうか。この人は“当たり前のコト”に取り組んでいるだけ。ただ、それだけなんだ。

 だから気負うこともないし、負の感情に囚われることもない。いつも前向きにがんばれる。

 ここ暫く心の中に巣食っていたモヤモヤが、この少しの会話の中で晴れ渡った気がしてくる。

 

 でも、だからこそ… さっきのこの人の言葉は私にとって重みを増してくる。

 

「話を戻して悪いが。ご家族を悲しませることになっても… それでも、曲げられないのか?」

「はい、もうこの道を止まることはできませんから」

 

 この人の心配を足蹴にするのは申し訳ないけれど、それでも笑顔で返す。止まれないから。

 それに、始まりは“お母さんの望み”だったのかもしれないけれど… 今は違う。

 この人が気付かせてくれた。コレはもう、私の望みなんだって。私の望んでいるコトなんだ。

 

 頷いたふりをして立ち去るのがきっと賢いのだろう。けれど、この人には嘘をつきたくない。

 だから、ハッキリと言おう。

 

「最初は、ソレを望んでいる人がいたからやっていることでした」

「………」

「けれど、今は違います。私は、私自身の意思でコレを続けます。……例え、悪いことでも」

 

 暫しの沈黙。この人は何も返さない。……呆れられただろうか? 失望させただろうか?

 この人にそう思われてしまうのは、ちょっとだけ… ううん、かなり辛いかもしれない。

 でも、大切なことに気付かせてくれたこの人だからこそ、私は嘘をつきたくないと思った。

 

 だけど、この人は…

 

「そうか。……えらいな」

 

 困ったような笑顔で予想外の言葉を発してきた。え? なにコレ? 褒められた? なんで?

 分からない… 分からないけれど、今自分の顔が真っ赤になっているのが分かってしまう。

 口元が緩むのが止められない。自分の身体がこんなに思い通りにならないことがあるなんて。

 

「そ、その… なんで…」

 

 口をパクパクさせてそれだけ、なんとか絞り出す。

 

「今迄、誰かの為に頑張ってたんだろう?」

「………」 コク、コク

 

 言葉も忘れて首を上下に振る。それは、その、間違いない… です。

 

「今後はその人のために、自分の意思で頑張ることを決めた。……えらいじゃないか」

「~~~ッ!」

 

 その、そういうのは、やめて欲しい。私のやっていることは悪いことだし。

 

「確かに褒められた行為ではない。オレも或いは力づくででも止めるべきなんだろう」

「……ぅ」

「しかし、“悪いコト”というだけでオマエの今迄の頑張りが否定されるのは見るに耐えん」

「………」

「だから、世界が認めずともオレが認めよう。……よく頑張ったな、えらいぞ」

 

 笑顔で堂々とそう言い切ってくれた。私が間違っていて止めるべきというコトは分かっている。

 それでもこの人は、私の決意を見て聞いて感じ取ってくれて自分を主義を曲げてくれたのだ。

 そんな人に褒められるのが、認められるのが、こんなに嬉しいことだったなんて思わなかった。

 

「オレにできることは、オマエを見なかったコトにしてその無事を祈るくらいだ」

「……はい、ありがとうございます」

「それと忠告を。……常に周囲の目を気にすることだ。オレのようなヤツばかりじゃない」

「………」

 

 一気に冷水を浴びせられた気分になる。そう… そうだった。現地住民の目ばかりじゃない。

 管理局や、あるいはソレに類する組織だって何処に紛れ込んでいるかも分からない状況だ。

 この人の言っていることは、同時に私の脇の甘さの指摘とも言える。有難く受け取らないと。

 

 真剣な表情で頷く私の様子に満足したのか彼も席を立つ。と思うと、そのままの姿勢で一言。

 

「あぁ、そうそう。……オマエの不幸を悲しむ人間はもう一人いるぞ」

「……えっ?」

「今ここにいる一人の少年… 桜庭悠人。彼もまた、悲しむ。くれぐれも無茶はするな」

「……さくらば、ゆうと」

 

 そう言い残してあの人は去っていった。貰った缶の飲み物の蓋を開ける。……珈琲だった。

 私のバリアジャケットのように黒く、悲しみを煮詰めたように苦々しい… そんな味だった。

 他人事のように自分を指し、当然のように私の不幸を悲しむと言ってくれた人の… 名前。

 

 それが… 桜庭(さくらば)悠人(ゆうと)

 

 ………

 ……

 …

 

 今、アルフは姿を隠しながら周囲の索敵を行ってくれてる。あの人の忠告に従ってのことだ。

 私はというと、公園のベンチで休憩しながら目を閉じて、その感覚を鋭敏に尖らせている。

 アルフの報告や… あるいはジュエルシードの反応を見落とさないための“待ち”の態勢だ。

 

「ッ!」

 

 来た! ジュエルシードの反応… しかも結構大きい。まず間違いなく暴走体となっている。

 しかもこの反応… ひょっとして、何らかの現地生物と接触してしまったのかもしれない。

 急がないと。私が私の望みで戦うと決めたからこそ、誰かを巻き込んでしまうのは避けたい。

 

『フェイト! 今、ジュエルシードの反応が!』

『うん、気付いてる! アルフは引き続き詳細な場所の特定急いで!』

 

 念話でアルフの報告に返事を返しつつ、駆け出す! 変身をした方が到着は早いのだろう。

 けれど、私が目立った行動を取れば、今後の活動に支障を来たす可能性が強くなってしまう。

 焦る時こそ慎重に行動しないといけない。こんな当たり前のことすら先程まで忘れていた。

 

 あの人との会話やベンチでの休憩で、気力・体力ともに満たされている。うん、大丈夫だ。

 今の私のコンディションなら、例えどんな暴走体が相手であろうとも充分に対処できるはず。

 さっき感じた反応に向かって急いでいると、ちょうどその方向から歩いてくる人影が見えた。

 

 ……いや、見た目に酷い怪我をしている。間違いなく、この人たちは“巻き込まれている”。

 

 どうやって暴走体から逃げ切れたのかまでは分からないけれど、まずは話を聞いてみないと。

 

「あ、あの… すみませんっ!」

「……ん?」

「変なことを聞いてごめんなさい。その怪我… 何か恐ろしいモノに襲われたんですか?」

 

 私の突然の言葉に、眼鏡の人から不審げな目つきを向けられる。……やっぱり変だったかな。

 でも、今はこの人たちが貴重な情報源。ジュエルシードの被害を増やさないための大切な。

 だから、人と話すのが苦手でもちゃんと話さないと。と、取り敢えず会話をがんばらないと。

 

「あの…?」

「大丈夫だ、桜庭様に任せて来たからな。それにこれくらいの怪我、なんてコトねぇよ」

 

 良かった。誰かが後を引き受けて… え? サクラバ、ってさっきのあの人? そんな!?

 まさかさっきベンチを立った時には、既にジュエルシードの反応に気付いていたということ?

 でも、あの人の力量は分からないけれどジュエルシードの暴走体は熟練の魔導師でも危険。

 

 確認をしてみればやっぱり先程のあの人だ。早く行かないと生命が危ないというコトにも…!

 

「彼ならこの先の神社にいるよ。……気になるというのなら、行ってみたらどうだい?」

「……っ!」

 

 御礼の言葉を発するのももどかしく、一つお辞儀を残すだけで、私は駆け出していった。

 急がないと間に合わないかもしれないから。私はまだ、あの人に何も返せてないのだから。

 先程からジュエルシードの反応が沈静化しているのも気がかりだ。一体何があったのか…

 

 長い長い石段を駆け上がる。走り通しで息が上がってきているが、諦める訳にはいかない。

 

「はぁ、はぁ…」

『あの… フェイト?』

『なに、アルフ? 話しなら後に』

『いや、神社の境内以外に人の気配ないからさ… 此処なら変身していいと思うんだけど』

『……アルフ、そういうことは早めにお願い』

 

 自分でも驚くほどに冷たい声が出てしまった。アルフを怖がらせてしまったかもしれない。

 ……後で謝ろう。ともあれ、ポケットから待機状態のバルディッシュを取り出し構える。

 

「お願い、バルディッシュ」

「yes sir」

 

 自律思考可能なインテリジェントデバイス“バルディッシュ”を起動し、ジャケットを纏う。

 そのまま飛行し、瞬時に神社に到着。状況の確認をすればあの人の姿はすぐに見つかった。

 それと同時に信じられないような光景を目にして、硬直してしまう。なんだろう、アレは…

 

 周囲はまるで嵐にでも遭ったかのようにボロボロになっており、それは暴走体すらも同様。

 にも関わらず、あの人は埃一つ身に浴びた様子はなく、静かに暴走体を見下ろしている。

 暴走体は現住生物と融合を果たした危険な状態。もちろん、私で対処できない敵ではない。

 

 だが、“全く魔力を使わずにコレを押さえ込むことが出来るか?”と問われれば無理だろう。

 

 けれど、状況からそう判断するしかない。この人は、無傷で物理攻撃のみで押さえ込んだ。

 あるいは、何らかの魔法を使ったのかもしれない。物理攻撃のみというのは無理がある。

 だが、その痕跡を感じさせないほどに高度な隠蔽技術を用いて? そのほうが不自然だろう。

 

 そんな一瞬の思考を見逃すあの人ではない。視線を巡らせ、あっさりと私は見つかった。

 

 ジュエルシードを集めないといけない。それは私の望みでもある。そのためにこの人と戦う?

 ……戦いたくはない。きっとこの人は凄い実力者なんだろう。

 私とアルフの二人がかりであっても軽くいなせるくらいに。けど、ソレ以上に戦いたくない。

 

 この人の望みを知ってしまったから。この人が、その当たり前の望みのために求めるならば。

 

「ちょうど良かった。コレを任せられるか?」

 

 そんな私の葛藤を嘲笑うかのように、この人はそんなコトを言って暴走体を顎で示してきた。

 なんで? 理由がわからない。だったら、何故この人はこんな危険な真似をたった一人で?

 其れは、貴方の願いを叶える力だって持っている… そんなコトはきっと承知の上だろうに。

 

「でも、私で… いいんですか? だって、それは貴方が」

「いいんだ」

 

 私の疑問の声は、半ばで止められる。全てを乗り越えたような、穏やかな決定権を持つ声。

 私に疑問を差し挟むことすら許さない、厳しくも優しい… まるで天上人のようなそんな声。

 私はそれに甘えてもいいんだろうか? ううん、良い訳がない。そんな理由なんて、ない。

 

「でも…」

「大丈夫だ、問題ない」

「……どう、して」

 

 尚も言い募る私の声を断ち切ってくる。それは、溢れる自信を感じさせる力強い声だった。

 どうして? ……なんで出会ったばかりの私なんかにここまで良くしてくれるんだろう?

 私は、そんなに立派な人間じゃない。ただ、自分のために頑張ろうというだけの浅ましい…

 

「オレが、オマエならば任せられると… そう判断した」

「私、なら…?」

「オマエがオマエを信じられないならそれで良い。ならば、オレが信じるオマエを信じろ」

 

 其処には全てを吹き飛ばすような笑顔があった。不安も、悩みも、恐怖すら吹き飛ばすような。

 

「私が信じる私じゃなくて… 貴方が信じる私、を…?」

「あぁ、まずはそこからでいいさ」

 

 思わずオウム返しに言葉を繰り返してしまう。あの人は、其れに対して軽く頷いてくれた。

 私を… 私なんかを褒めて、認めて、信じてくれたんだ。この人は。なら返事は決まってる。

 

「……は、はいッ!」

 

 あぁ、きっとこの人は“そういう人”なんだ。暴走体と融合したジュエルシードを封印する。

 私は一人ぼっちなんかじゃなかった。大切な家族… お母さんがいて、アルフがいるんだ。

 それにこの人、桜庭悠人という“味方”もいてくれる。うん、私は一人じゃないよ。リニス。

 

 ありがとう、お母さん。ありがとう、アルフ。ありがとう、バルディッシュ。

 そして、ありがとう… リニス。

 私、とっても尊敬する人ができたんだよ。……だから、もっともっとがんばってみるね。




皆さんの声にお応えして、フェイトさんとのフラグを立たせてみました。
えぇ、「尊敬フラグ」をね!
次回はなのはさんが自分の意志でこの事件に関わっていく覚悟を決めるあの事件… の筈ですが。

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