オレを踏み台にしたぁ!?   作:(╹◡╹)

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中の人の精一杯の無口クールな厭世系男子としての振る舞いです。

>そっとしておこう…


ゴリと眼鏡と悪のカリスマ

「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、オラァ!」

 

 ――ドガァッ!

 

「うぐっ…」

 

 唇の中に鉄の味が広がる。

 ずれた眼鏡を直し、震える足を叱咤して、もう一度“アレ”を返してくれと言うため口を開く。

 

「………」

 

 しかし、恐怖のあまり舌が動かない。クソッ! そうじゃない… そうじゃないだろう!

 この先どんなに臆病になったとしても、今、この瞬間こそが人生で一番勇気が必要なんだ!

 例え、悪魔によってこの学校が作り替えられても… 譲れない矜持(プライド)があるんだ!

 

 だが、そんな僕の掻き集めたなけなしの勇気すらも“存在する”だけでかき消す人物が現れた。

 ユージン=R=桜庭。この学校を… 暴力の支配する地獄に変えた男。

 そして… その恩恵を最大限に受けたのが、今、僕の目の前で拳を握って見下ろしている男だ。

 

 どうしようもない… 所詮僕なんかが、何かを取り戻そうとしたのが間違いだったのか。

 諦観の念が一度でも湧き上がると、指一本動かすことすら億劫になる。

 どうとでもなれ… そんな捨鉢な思いで(うずくま)る。あのゴリラも既に主の到着に気付いた筈だ。

 

 ――ポン…

 

 肩に手が置かれる。

 

「立てるか?」

 

 何の冗談だろうか? 目の前には、僕に向かって手を差し伸べる“邪悪の化身”の姿があった。

 僕はその圧力に逆らう気力すらなく、差し出されるその手に応じ、再度この場に立たされる。

 

「さて、事情を説明してもらおうか」

 

 真っ直ぐに眼を見つめられる。赤と青の瞳が、一切の虚言を許さぬとばかりに射抜いてくる。

 

「……っ」

 

 なんだ、この静かな迫力は。この数日間で何があった? 本当に、“コレ”は“彼”なのか?

 それまでのただ荒れ狂うに任せる暴風のような在り方とは違う…

 まるで、そう… 高みから全てを見通して、躊躇わず一切の容赦なく焼き尽くす漆黒の太陽ッ!

 

 答えられない。……答えられるはずがない。真実を語っても死。虚言を弄しても死なのだ。

 あぁ、なるほど… さっきまでの勇気など全くの無意味だ。既に絶対者は決まっていた。

 所詮僕たちの諍いなど、蟻とミジンコの戯れに過ぎない。故に気紛れを起こしただけなのだ。

 

「オイオイ、桜庭様よぉ! なんだってそんな雑魚に聞くんですかい!?」

 

 だが、無視をされて当然面白く無いのがゴリラだ。状況を理解せぬがゆえの蛮勇。

 無粋に割り込まれたというのに、彼は眉一つ動かさず、ゴリラに視線を向ける。

 

「ふむ… 順番が変わるが、まぁ、いい。オマエにも聞きたいことはあった」

「へへへ… なんでも聞いてくだせぇ」

 

 コレまでの彼ならば、どんなふうに弱者を甚振(いたぶ)ったかを聞き、悦に入っていただろう。

 しかし… 今の彼は読めない。危険だ。一体どんな質問をするのか予測もつかない!

 

「オマエが何故ここにいるのか、教えてもらえないか」

「……は?」

 

 下手に出るような口調とともに紡ぎ出されたのは、“存在そのものの疑問視”だった。

 そんなバカな… このゴリラは数日前まで一の子分として扱っていたのではないか?

 鈍感な彼もすぐに状況の危うさを認識する。……惜しむらくはそれが遅かったことだが。

 

「質問の仕方が悪かったようだな。……どうやら、もう一度()()()をすべきかな?」

「おおおおお俺、いやワタクシめはアナタ様と同じクラスの者で、大事な右腕… ひぃっ!?」

 

 この場に来て、彼が初めて眉を顰める。……当然だろう。ゴリラと同列に語られたのだから。

 かつての彼ならば半殺し程度で済んだかもしれない。

 だが、今の彼ならば… 極刑以外にありえない。ゴリラもそれを感じ取り、青褪め震えている。

 

「今、信じられない発言が飛び出したが… 真実と見做していいのだな?」

「………」

 

 白目を剥き、泡を吹いている。辛うじて気絶こそしていないモノの、それとて時間の問題。

 どの道答えられなどしないだろう。

 そんなゴリラを笑うことなど誰ができようか。こうして今、失禁してないだけ大したものだ。

 

「……ふむ」

 

 彼は少し困ったように嘆息すると、続いて僕に目を向けた。

 ……あぁ、なるほど。こうなるのか。逃げることなど、最初から出来はしなかったのだ。

 

「ならばオマエに聞こう」

「……はい」

 

 観念し、頭を垂れる。

 

「コイツが語ったことは真実か、それともただの世迷い事か… どう思う?」

「それは…」

「いや、違うな。オマエは真実を知っている筈だ。……構わん、それを話せ」

「……っ!」

 

 “オマエは何故ここにいるのだ”… そういうことか。僕にゴリラを殺せと言うのかッ!

 ゴリラの世迷い事を肯定すれば不敬により死、逆に否定すればゴリラを処断する。

 人を殺せるスイッチを無造作に放り投げてきた… というわけだ。コレこそが余興、と。

 

 僕だって自分の命は惜しいさ。けれどね…

 

 例え今この時を生き延びられても、絶対者を差し置いて真実を騙った身となり早晩裁かれる。

 それはゴリラも一緒だ。僕が彼の言葉を肯定して処断され、何故ゴリラだけが生きられよう。

 

 嗚呼… 捕食者と捕食される側だった僕達が、今や不可思議な運命共同体となっている。

 だったら、良いさ。今この状況に於いて僕はこのゴリラに奇妙な友情すら感じている。

 どうせ「今死ぬか」「いずれ死ぬか」の違い… 一緒に死んでやるくらい、なんてことはない。

 

「どうした?」

 

 僕の考えが纏まる頃合いを見計らって、回答を再度促される。

 あるいはこの返事すらも予想通りなのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 だが、それでも胸を張り、真っ直ぐ彼を見詰めて答える。

 

「……えぇ、そのとおり。そこの彼は、間違いなくここの生徒で貴方の同級生ですよ」

「そうか」

 

 目を閉じ、“その時”を待つ。……しかし、それはいつまで経っても訪れなかった。

 

「ならばいい。答えてくれて感謝する」

「………」

 

 太陽が… 微笑んだ。呆然とする僕を、巨躯がすかさず抱き締める。

 

「うぉおおおおおおおおおおお! 心の友よぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 いたたた… 凄い力だよ。流石はゴリラ。だけど、うん… キミが無事でよかった。

 

「和解の最中にすまないが、先程の質問に答えてくれるか?」

 

 先程の… あぁ、“事情を説明しろ”という。

 

「はい、桜庭様! コイツがコレを描いたんです! 凄いでしょう!!」

 

 って、あぁ! なんで彼に渡しているのさ!?

 

「ほう… ふむ」

「余りに綺麗だったんで… 俺、思わず取っちまったんです…」

 

 彼はゴリラの独白を余所に、受け取った“スケッチブック”を捲り二つ、三つ頷いている。

 今はもういない母さんの絵なんだ。だが、不思議と破かれるなんて予感はなかった。

 

「見事だ。【創造(そうぞう)御手(みて)】… その原型を見せてもらったぞ。更に精進に励め」

「【創造の御手】… ですか?」

「あぁ、そうだ」

 

 聞き慣れぬ言葉に思わず聞き返すも、気分を害する様子もなく頷いてくる。

 

「そこのゴリラの少年の手は言わば【破壊(はかい)(こぶし)】。困難を打ち砕くための力といえる」

「困難を、打ち砕く…」

 

 不思議と心に染み入る言葉に、思わず繰り返すゴリラ。間抜けだぞ。

 

「対して眼鏡の少年の【創造の御手】は、新たにモノを生み出す可能性に満ちている」

「……モノを、生み出す」

 

 ……どうやら間抜けは僕も同じだったようだ。

 

「“破壊”を操り三流、“創造”して二流。両者を自在に使いこなして初めて一流半だ」

 

 絶句する。……彼の視点は何処までの高みにあるのか。

 ゴリラが身震いをしながら、問いかける。

 

「ならば… ならば一流とは何を為す者なんですか! どうか教えてください!」

「フッ、それは自分で考えろ。其れがオマエたちに課せられた人生の命題なのだから」

 

 なんと… 彼は真理にすら到達しているというのか。

 ありえない… 彼だって只の人間の筈なのに。だがしかし、むしろ其れが自然に感じる。

 

「だが、そうだな。ヒントくらいはやろう」

「「……っ!」」

 

 思わず二人揃って身を乗り出してしまう。

 

「破壊と創造の果てにある自分にしか出来ない、自分だけの概念… それが答えだ」

「破壊と創造の果てにある…」

「自分にしか出来ない、自分だけの概念…」

 

 確かに、一流半から進めばそういうことになるだろう。だがしかし、それは…

 

「既存概念である、倫理や道徳観念すらも乗り越えて… ということですか?」

「そのとおり。ただ逸脱するだけの器などは四流… 其れを知り、受け入れ、遥か高みを目指せ。倫理も道徳も所詮先人が作った手垢塗れの概念に過ぎん。庇護される側から自立する良い機会だ」

「……っ」

 

 この人は、違う。コレまでの… もっと言えば数日前までの彼とは決定的に違う。

 

「あなたは… 一体何者なんです? 今まで僕が知っていた桜庭さんとは全く違って見える」

 

 思考と同時に言葉が口から漏れる。彼は虚空に視線を向けている。

 ひょっとしたらこの不敬な質問を許す機会をくれたのかも知れない。僕は… 止まれない!

 

「答えてください… 桜庭さん」

 

 その時、彼の背から突風が僕たちに吹き付ける。ゴリラと二人、思わず目を閉じてしまう。

 だが、風に紛れた彼の言葉だけは辛うじて拾えた。

 

「確かに別人【ザァッ!】かもしれん。……オレは、アク【ザッ!】カリスマ【ザザッ!】」

 

 目を開けた時… 彼の姿は何処にもなかった。

 

「な、なぁ眼鏡… 今、確かに…」

「……あぁ」

 

 ゴリラに頷きを返す。彼は、確かに言った。「悪のカリスマ」と。

 それが… 彼の今の“在り方”だというわけか。

 

 空はどこまでも澄み渡り、時折、暖かさと肌寒さの混じり合った奇妙な風が吹き付ける。

 それは、僕にとってこれから起こる何かを暗示しているように思えて仕方がなかった。




作者「HEY、中の人! この学校、“悪のカリスマ”ってヤツがいるらしいZE!」
中の人「マジかYO! 何処の世紀末オカルト学院だよ…」
作者「あんな素晴らしい作品と一緒にするな。風評被害で訴訟も辞さないぞ」
中の人「フヒヒ… サーセン…」

果たして中の人は無事に教室に辿り着き、授業をうけることが出来るのでしょうか?

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