爆発するガンダムのコクピットから脱出したヒイロは夜の波に飲み込まれる。
普通の人なら方向感覚を失くしパニックに陥った後、海水を呑み込みただ暴れ回るしか出来ないが、訓練されたヒイロは違う。
宇宙空間での活動経験があるのもそうだが、冷静に物事を分析し光の見えない中で手足を動かし海面に向かって浮上する。
顔を水面から出したヒイロは周囲を見渡し自分が今居る位置を確認した。
「ここは……メリダ島まではそう離れてない」
ヒイロはメリダ島を目指して1人泳ぐ。
聞こえて来るのはまだ敵と戦う宗介とレーバテインの戦闘音。
(残りの敵はアイツに任せれば良い。最優先事項は千鳥かなめの救出)
ゼロシステムと世界改変の最中に見たビジョン。
そのお陰でメリダ島に入る通路もかなめが何処に居るのかもヒイロにはわかって居た。
かなめを助けたいのは宗介もヒイロも同じ。
互いに目的は共有しながらも別ルートで最終目標へ向かう。
///
武器を何も持たない状態でレーバテインは走る。
ラムダドライバはもう使えない。
それでも目の前の障害を倒さなくては彼女の元へたどり着く事もなかった。
圧倒的有利を崩されまいと青いASもレーバテインから距離を離す。
各部に設置されたスラスターを駆使して通常よりも遙かに早い速度で地上を突き進む。
空気を震わせ、土煙を上げながら颯爽と離れて行く相手に宗介はただ漠然と見る事しか出来ない。
「は、早い!! このままでは追い付けない!!」
最新鋭のレーバテインでもそれはラムダドライバの使用を前提として作られた機体。
通常の運動性能はM9と比較しても少々勝ってる程度、更に損傷が蓄積した状態で青いASに追い付く事など出来ない。
青白い炎がスラスターから消え、減速する相手は振り返りレーバテインに銃口を向ける。
「くっ!!」
引かれたトリガーに連動して銃口から弾丸が発射される。
ラムダドライバも使えず、隠れるモノもない状況で宗介は無様に逃げ回るしかなかった。
両腕でコクピットに繋がる胸部を守りながら、右へ左へ動きながら銃弾を往なす。
それでも、少しでも相手に迫るべく脚は止めない。
青いASは攻撃が避けられてしまったのを確認するとレーバテインを無視してまた走り出した。
レーバテインにトドメを刺さず、先へ向かう青いASに宗介は疑問が浮かぶ。
「ヤツは何処へ向かうつもりだ? メリダ島の中央区か」
『肯定。その可能性が1番高いです』
「だがレナードは倒した。これ以上アマルガムに戦う理由はない」
『恐らく、千鳥かなめが目的。彼以外にも世界の改変を望む人物が居る。と、彼が申しております』
「彼だと? 誰の事だ」
『軍曹の足元です』
言われて宗介が見ると足元の僅かな隙間に鈍い銀色をした物体が居た。
ゴーグルから赤い光を漏らすネコ型ロボット、サムはジッと宗介の顔を覗いて居る。
「このロボットは何だ?」
『それよりも、相手に追い付くのが先決です』
「わかっている。だとすると敵の狙いは……」
宗介は右足でペダルを踏み込む。
今のレーバテインが出せる全力で走らせる。
相手との距離が縮まる事はないが広がる事もない。
(ヤツは何故、さっきのスラスターを使わない? 燃料切れか?)
疑問をはらみながらも宗介は走るしかない。
目前にまで迫る彼女を助けるにはこうするしかなかった。
荒野のように荒れ果てた地面を走り続け、青いASが中央区へ先に到着してしまう。
だが地下へ繋がるシェルターはバスターライフルから放たれたエネルギーの余波でグズグズに溶解してしまって居た。
降下するにはシェルターを破壊するしかない。
握っている40ミリライフルの銃口を向けトリガーを引く。
激しいマズルフラッシュ。
甲高い銃声が響き渡り分厚いシェルターに弾は当たるが溶解した状態でも殆どキズひとつ付かない。
『この程度ではダメか』
「追い付いたぞ!!」
青いASが振り返るとそこにはレーバテインが居た。
目的は同じ。
この先へ進むには、もう相手を倒すしかない。
両者は互いににらみ合い、静寂した空気が流れる。
微かに聞こえる機体のモーター音、風が流れる音にかき消され互いのツインアイが光る。
動いたのは宗介。
敵が持つ40ミリライフルを奪い取ろうと左腕を伸ばす。
『教えた筈だ。こう言う場合、先に動いた方が負ける』
「この声は!?」
伸ばした腕の先、マニピュレーターがライフルに触れるよりも早くに相手は動いた。
ライフルの先に保持されたナイフがレーバテインのマニピュレーターに突き刺さる。
中指と薬指が切断され手の平を貫通しパーツが地面へ落ちた。
動きは相手が早い。
素早くナイフを引き抜き銃口を向ける。
宗介は操縦桿のトリガーを引き頭部チェーンガンを発射した。
残弾数は残り少ないがライフルを破壊する程度なら出来る。
直撃する弾丸はライフルをズタズタに破壊した。
「これなら!!」
『まだまだ甘いな』
敵は使えなくなったライフルを投げ捨てる。
宗介はそのままトリガーを引き続けるが青い装甲に2、3発だけ当たると弾が失くなってしまう。
接近した相手にそのまま組付き接近戦へもつれ込む。
レーバテインは相手の頭部目掛けて自らの頭部をぶつける。
「どうしてアンタがこんな所に居る!! 俺達の前から居なくなったアンタが!!」
『戦場で無駄口を叩くとは』
「応えろ、カリーニン!!」
『良いだろう』
「何!?」
青いASのパイロット、アンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニンに向かって叫ぶ宗介。
その思わぬ返事に一瞬、目を見開く。
『この世界は狂ってる。それは貴様も知ってる筈だ』
「ガンダムの事か」
『いいや、違うな。貴様の乗るASも、ラムダドライバも、トゥアハー・デ・ダナンも。今の時代に存在するのがオカシイと感じた事はないか?』
「オカシイ?」
『技術レベルは日々進化する。だがその速度が異常だ。ASが開発されて何年になる? 今の世の中は確実に歪んでいる』
「だからレナードの計画に加担したのか?」
『それもある。だが、過去をやり直す事が出来るのなら……誰しも1度は考えた事くらいあるだろ』
「そんな……そんな夢物語の為に、俺達の前から姿を消したのか!! 死んだフリまでして!!」
『夢物語ではない!! 彼女さえ、千鳥かなめさえ生きていればレナードなど居なくとも世界の改変は成し遂げられる!!』
「それが夢物語だと分かれ!!」
激怒する宗介はレーバテインの左腕を引きボロボロになったマニピュレーターを頭部へぶつけた。
衝撃がコクピットのカリーニンにまで伝わるが度重なる厳しい訓練と実戦を潜り抜けた彼にとってこのくらいは造作も無い。
グッと歯を食いしばるだけで衝撃を耐え忍び両手で握る操縦桿を操作しASを動かす。
レーバテインの左腕を掴み上げ、機体の左手首に隠されたナイフを展開し肘の関節へ突き立てた。
「くっ!!」
『所詮、口先だけか? お前に戦闘技術を習得させたのは俺だ。貴様の事は知り尽くしてる』
切断された関節部の装甲の隙間から太いケーブルが伸びる。
だがそれも半分以上はズタズタに斬り裂かれており辛うじて繋がってる状態。
カリーニンは左腕を使えなくした後、手首のナイフを胸部へ突き刺そうとする。
『終わりだ!!』
「死ねるか!!」
宗介はちぎれかけの左腕を掴むとパワーを上げ繋がってたケーブルを強引に引きちぎった。
そして自らの胸に突き刺さらんとするナイフを防ぐ為に鉄塊となった腕を胸の前に出す。
青いASの左手首から伸びるナイフは寸前の所で白い装甲に阻まれた。
『小癪な真似を』
(隠しナイフは左腕にしか付いてないようだな。それなら!!)
ナイフが突き刺さると同時に宗介は腕をねじり込む。
切っ先は固い装甲の中で固定されてしまい引き抜く事が出来なくなってしまう。
膠着状態に持ち込む宗介。
カリーニンは左手首のナイフを切り離す。
そしてレーバテインから距離を取ろうと後ろに後退しようとした。
(ナイフには爆薬もセットされてる。切り離すと同時にタイマーを起動させた。戦闘経験を積んだお前なら感づく筈だ。その隙に距離を離す。地下へ繋がる別のシェルターを探す必要があるが、お前はもう俺に追いつけない。このブレイズ・レイブンのスラスターを使えば)
ナイフが分離した2秒後、セットした爆薬は確かに爆発した。
眼前に広がる赤い炎。
けれども宗介が取った行動はカリーニンの予想と大きく外れる。
「逃すかぁぁぁ!!」
カリーニンの予想とは反して宗介は逃げなかった。
爆発を物ともせずに真正面からブレイズ・レイブンに突っ込む。
白と赤のコントラストが炎の中から飛び出す。
爆発によりレーバテインの胸部装甲は吹き飛ばされコクピット内部とパイロットがあらわになる。
そこから見える宗介の眼差しは強く、力の限り残された右腕を突き出した。
『コレは!?』
予想しない行動にカリーニンと言えども一瞬、躊躇が生まれる。
その隙にレーバテインは再びブレイズ・レイブンに組み付く。
「白兵戦では貴様の方が上かもしれん。だがASの操縦では俺が上だ!!」
『くっ!! プロトタイプは武器がないか』
「うおおおぉぉぉ!!」
宗介はレーバテインの膝でブレイズ・レイブンの股関節部分を思い切り叩き付けた。
ブレイズ・レイブンの右股関節の駆動系が歪む。
断線したケーブルからスパークが上がり、右足はまともに動かなくなる。
これまでの戦いで宗介はある事に気が付く。
「そのブレイズ・レイブンは新型らしいが、従来のASとは操作性が違うみたいだな。だからアンタはそのスラスターを使おうとしない。接近戦でも咄嗟の動きに機体操作が追い付かない」
『だからどうした。このくらいで勝ったつもりか? 戦場で無駄口を叩くとは』
(っ!! まだ何かがある!!)
隠しナイフの失くなった左手首を脇腹へ密着させるカリーニン。
ナイフだけでなく、1発限りだが銃弾も装填されて居る。
この状態で撃てば装甲を貫通してコクピットにまで弾は届く。
密着したこの状況、宗介はカリーニンを振り払う事が出来ない。
『終わりだ、相良!!』
『いいえ、まだです』
カリーニンは操縦桿のトリガーを引いた。
瞬間、AIのアルが搭乗者の宗介の意思と関係なくラムダドライバの防壁を展開する。
『何を!?』
「遅い!!」
ラムダドライバの防壁により銃弾は光の壁に消える。
そして密着させてた左腕もバラバラになって分解されて行く。
宗介はブレイズ・レイヴンの頭部に右手を叩き込む。
兜を連想させるブレイズ・レイヴンの頭部。
だがそれも宗介と相棒であるアルが繰り出す最後の一撃の前に首元からへし折られた。
ツインアイの輝きは消え、グチャグチャにひしゃげた頭部が地面に転がる。
「よくやった、アル」
『ですが機体は限界です』
「それは向こうも同じだ。決着を付ける」
互いに前のめりに倒れる赤と青の機体。
地面へ巨体をぶつけると共に活動を停止する。
宗介はコクピットハッチを開放させるとパイロットスーツから銃を取り出してシートから這い出る。
背部に降り立ち、ズタズタに傷付き汚れた白い装甲を蹴り荒野のように乾いた地面へ降りた。
そして銃口を向けた先に居るのはブレイズ・レイヴンから脱出したカリーニン。
相手は両手に武器の類は持ってない。
宗介は狙いを定めトリガーを引く。
閃光。
甲高い銃声が響く。
///
メリダ島内部に入り込んだヒイロはかなめが居るTAROSの設置された中央区を目指して進んだ。
行く先に待ち構えてた筈の敵兵士は意識を失い冷たい鉄の床に倒れてる。
彼らが目を覚ますにはもう数時間は時間が掛かってしまう。
横たわる敵の事などは一切気にかけず1度見たビジョンを頼りに走るヒイロ。
目的の場所に到着するのにそう時間は掛からなかった。
電子ロックの掛けられた鈍い銀色の扉。
壁際に設置されたパネルに指を触れる。
けれどもその瞬間、動きを止めた。
「誰か居るな」
警戒心を抱きながらも扉を開放する。
その先に居たのは千鳥かなめと、彼女の体を抱えるテレサ・テスタロッサ。
「ヒイロさん……無事だったのですね」
「あぁ。動けるか?」
「な、何とか」
テッサの返事を聞きながらもヒイロは代わりにかなめの腕を右肩に回して抱えた。
普段でさえ運動能力が低く体力も少ない彼女にとって人1人を抱えるのは辛い。
かなめの事を任せて、メリダ島から脱出する為にテッサは先導して歩き始める。
静寂した広い地下空間。
それでもレーバテインとブレイズ・レイヴンが外で戦う音が空気を震わせて聞こえて来る。
ヒイロはかなめを抱えながら鋭い視線をテッサに向けた。
「かなめはどうなった?」
「軽く診させて貰いましたが命に別状はありません。今はまだ意識を失ってますが、暫くすれば目を覚ます筈です」
「そうか。なら後は脱出するだけだな」
「アナタは良いのですか? このままで……」
テッサは立ち止まり神妙な面持ちでヒイロへ振り返る。
兄であるレナードが目指した世界改変。
カリーニンが言う過去の修正。
到底、現実では叶えられない事だが千鳥かなめが居ればそれは実現する。
誰もが1度は考えた事のある過去を変える事が。
そしてヒイロには過去を変える理由があった。
「あの空間は私も体験しました。アナタはこの世界の人間ではない。アフターコロニー195年。ヒイロ・ユイ……アナタは別次元の世界からここへ来てしまった。レナードの計画の為に……」
「だからどうした? くだらん話をする時間はない」
「くだっ!? アナタは元の世界へ帰りたいとは思わないのですか?」
ヒイロの発現に驚きながらもテッサはその答えが知りたかった。
「俺は過去に興味はない。それに世界の改変も人間の手に余る。世界の行く末は残った人間に任せれば良い。それに……」
「それに? 何ですか?」
「いいや。俺にも帰る場所が出来た。俺はこの世界で生きる」
ヒイロはそう断言するとかなめを連れて歩いて行く。
テッサは少しずつ遠ざかる彼の背中を左目で見つめる。
(強い人なんですね)
心の中で呟くとテッサは小走りで2人へ追い付いた。
そして左側へ回り込むと一緒に彼女の体を支えて歩く。
「帰りましょう。帰るべき場所へ」
「あぁ、そうだな」
ぶっきらぼうに返事を返すヒイロ。
3人は地上へ脱出する為に進む。
///
白いAS、エリゴールは奇跡的にも海へ沈まずメリダ島へ上陸する事が出来た。
それでも装備してた銃器は完全に使えなくなり、駆動部がショートしてしまい機体を動かす事が出来ない。
パラジウムリアクターも活動を停止しており出力が上がらなかった。
コクピットハッチを予備電源で開放させたサビーナは打ち上げられた砂浜へ飛び降りる。
世界改変の影響で意識がまだハッキリしておらず、フラフラした足取りで闇雲に砂浜を歩く。
いつも掛けてたメガネはいつの間にか失くなっており、光のない場所で探しだす事も出来ず諦めた。
虚ろな目で歩く先。
潮風と波の音しか聞こえない先に見えたのはレナードが搭乗するベリアル。
ラムダドライバで防いだとは言え黒い装甲はボロボロに破壊されてた。
左半身が溶けて失くなっておりベリアルも完全に活動を停止して居る。
「レナード……様。レナードさまっ!!」
思いを寄せる相手を見つけたサビーナは息を吹き返し横たわるベリアルへ向かって走る。
痛みを訴える体を鞭打ち、コクピットハッチへよじ登った。
エリゴールと同じ様に外から予備電源を繋げてハッチを開放させエアロックが解除される。
「レナード様!!」
彼は返事を返さない。
サビーナはコクピットに乗り込みレナードの体を抱えると外へ引きずり出した。
黒い装甲の上に寝かせると久しぶりに再会出来た彼の表情を覗く。
「レナード様、ご無事ですか? レナード……さま……」
呼吸はちゃんとしてる、確かに生きては居る。
だが虚ろな目は何処を見てるのかわからず、意識は失ったままだ。
呼び掛けても返事どころか反応も示さず、レナードの精神はここにない。
その事がわかったサビーナはこれ以上は何も言わず、人形のようになってしまった彼の体を抱き締めた。
「一緒に行きましょう」
抱き締めるレナードの体温は今にも冷たくなりそうだ。
///
「ここまで来ておきながら躊躇したな!!」
「くっ!!」
銃弾の軌道を予測し姿勢を屈めながら走るカリーニン。
2発目を発射しようとトリガーを掛ける指に力を入れるが、その時にはもう目と鼻の先にまで迫って来た。
握る銃を捕まれ銃口を下に向けられるとカリーニンは慣れた手付きで分解しスライドを外す。
そして右腕をねじり背後へ回り込む。
宗介の手から銃がこぼれ落ち骨と筋肉に痛みが走る。
カリーニンは自らの腕を宗介の首元へ回し呼吸が出来ないように思い切り締め上げた。
「戦場で敵に情けを掛けるとは。それが命取りになる事は貴様も充分理解してる筈だ」
「ガァッ……はぁ……ぁぁ」
「このまま息の根を止めてやる」
肺に酸素が入らず、苦しみに悶えながらも宗介はこの状況を覆す手段を模索する。
踵で思い切りカリーニンのつま先を踏んづけた。
だが固いブーツを履いてる相手に何回やった所で大したダメージはない。
(な……何とかして抜け出す……方法を)
徐々になくなってく酸素と体力。
意識も朦朧とし始める中で抵抗しようと力の限り暴れる宗介。
空いた左腕の肘をカリーニンの脇腹でぶつけた。
「グゥっ!!」
(力が緩んだ!! 今しかない!!)
痛みに顔を歪ませるカリーニン。
その僅かな瞬間に拘束してた腕の力を緩ませてしまう。
宗介はその隙を逃さずもう1度同じ場所へ肘をぶつけるとカリーニンの拘束から脱出した。
「だはぁっ!! はぁ、はぁ、はぁっ!!」
新しい酸素を口から取り込む。
危機的状況から逃れると同時に額から汗が流れて来る。
宗介は振り返りカリーニンの姿を見据えた。
地面に膝を付いて痛みに耐えるカリーニン。
その脇腹からは赤黒い液体が染み出して居た。
「その傷は!?」
「言った筈だ、情けは掛けるなと。さもなくば死ぬのは自分だぞ」
(っ!?)
目を見開く宗介。
深い傷を負いながらもカリーニンの動きは未だに健在で、素手の接近格闘を仕掛けて来る。
鋭いパンチが顔面に迫り体の向きを変えた。
初手を回避し宗介も拳をカリーニン目掛けて突き出す。
だが左腕で軌道を反らされ右手からのジャブが顎にヒットした。
「ぐっ!!」
続けて来る頭部への攻撃。
宗介は両腕で壁を作り何とかコレを防ぐが同時に足払いを掛けられる。
「しまっ!?」
地面で組み付かれてしまえば圧倒的に不利。
倒れる間際に宗介は腕を伸ばしカリーニンの襟元をがっちり掴んだ。
「何だと!? ぐぅっ!!」
重力に引かれて倒れる自らの体、そこへ全体重を掛けてカリーニン諸共引きずり込んだ。
セオリーを無視した宗介の行動に反応が追い付かないカリーニンは対処が間に合わず一緒に地面へ倒れてしまう。
砂に汚れる両者の体。
軽く砂煙が上がる。
立ち上がるのはほぼ同時。
それでもケガを負うカリーニンは動きが宗介と比べて遅かった。
「であああぁぁぁっ!!」
全力のパンチが頭部に叩き込まれる。
肉を叩く鈍い音。
衝撃で頭蓋骨の中の脳が揺れる。
脳震盪を起こすカリーニンはフラフラと後ろに2、3歩後退するとそのまま背中から倒れ込んでしまう。
「はぁ、はぁ、はぁっ!!」
肩で息をする宗介は倒れこんだカリーニンを見つめる。
脇腹からは依然として血が流れ地面を赤く染める。
このまま放置すれば出血多量で彼は死ぬ。
「少佐……どうしてこんなになってまで」
「言った筈だぞ、敵に情けは掛けるな。さもなくば死ぬのは自分だ」
「ですが!!」
カリーニンの事を完全に敵視は出来ない宗介。
ゆっくりと歩を進め、血を流す彼の元にまで近づく。
宗介の目に映るのは上官でもなければ裏切り者でもない、自分にとって父親代わりの男の姿。
それが今では風前の灯の命。
口から何とか呼吸するのがやっとの状況。
カリーニンの今の表情は弱々しい。
「相良、わたしはもう助からん」
「今すぐに処置すればまだ間に合います!!」
「いいや、死ぬ思いは何度もしてきた。だからわかる。もう……助からない。死ぬ時が……来た」
「そんな……」
「理想の世界。お前は夢物語だと言ったな? わたしはお前や……セレナのような人間が普通に暮らしていける世界が見たかった。世界が変われば……もう……もう1度会う事が出来る」
「何故、今を必死になって生きようとしなかったんだ!!」
「わたしも人間だ。弱い部分はある。それに……イリーナと子供に会いたかった」
「その為にここまでしたのか? アンタは!! 俺にとっての父親なんだぞ!!」
「もう……言うべき事は……ない。彼女の……所へ……」
最後の一言を言う前にカリーニンはまぶたを閉じ静かに息を引き取った。
熱をなくした彼に向かって宗介は無言で敬礼する。
夜の静けさが静寂した空間を生み出す。
この戦いでアマルガムの指揮系統は壊滅し存続する意味を失う。
ミスリルもその後の世界で活動する事はなかった。
戦いの終わったモノ達はそれぞれの場所へと戻る。
宗介の長きに渡る戦いも幕を閉じた。
///
季節は冬を過ぎ春に差し掛かる。
外の気候はまだ肌寒い中で都立陣代高校の卒業式が行われた。
3年生は今までに過ごした思い出を懐かしみ、友人との別れに涙するモノも居る。
かなめの親友である恭子はクラスメイト達と写真を撮って居た。
風間信ニは最後までコンクールに受賞出来なかった事に涙し、小野寺は3年間で1度も彼女が出来なかった事を悔しんだ。
稲葉瑞樹は何処にも見当たらないヒイロの事を探してる。
式が終わった後、千鳥かなめは相良宗介と共に校舎を見上げてた。
「アンタが転校して来て2年か……初めはどうなるかと思ったけど何とか卒業は出来たわね」
「そうだな。キミが俺の事をハリセンでバシバシ叩く理由が少しはわかった」
「本当に? 何かあるとすぐに銃を突き付けて大変だったんだから」
「これからはもうしない……ように善処する」
あやふやに応える宗介にかなめは笑みを浮かべる。
こうして居られる時間も今日が最後。
「で、アンタはどうするの? アタシは大学に行くけど」
「何をして行くのか明確に決まった訳ではない。でもこれだけは言える。千鳥、俺は――」
言うと宗介は彼女の体を抱きしめた。
「そう……すけ……」
「俺はキミが好きだ。言うのに時間が掛かり過ぎてしまった」
「うん……良いわよ、そのくらい。アタシも宗介の事、好きよ」
抱きしめ合う2人、時間だけが過ぎ去って行く。
ふと、かなめはここに居ない人物に付いて思い出した。
「そう言えば、ヒイロ君は何処に居るんだろ? 瑞樹も探してるのに」
「アイツならもうここには居ない」
「居ないって何処に行ったの?」
「俺にもわからん。だが、戦いのない世界でもやれる事が見つかったらしい」
最後のメリダ島での戦いから2年。
世界情勢は変わりつつあった。
アメリカとソ連の冷戦は終結し世界は安静への1歩を踏み出す。
けれどもまだテロリスト等の脅威が失くなった訳ではない。
だが少なくともアマルガムが消えた事でその勢いは確実に弱まった。
最初のウィスパード、ソフィアの声はもう聞こえない。
そしてウィスパードとしての能力も失くなってしまう。
かなめだけでなくテッサも同じ。
ブラックテクノロジーがこれ以上、世界に広がる事はもうない。
戦う必要が失くなったこの世界でヒイロは海外に目を向けていた。
ヒッチハイクで捕まえたトラックの助手席に揺られながら外の景色を見る。
運転席側のドアには白文字で市ノ瀬建設と書かれていた。
「ボウズ、海外に行くって言ってたが何処に行くんだ?」
「決めてない。取り敢えず日本を出てヨーロッパ方面に行く」
「さすらい旅かぁ。若い頃はそういうのに憧れたが英語話せないからって挫折したな。でも何処に行くにしても旅ってのは良いもんだ」
ドライバーの話を聞き流すヒイロはジッと窓の外を眺めるだけ。
その手には陣代高校に居た頃、成り行きで始めた写真部の時に使った一眼レフカメラを入れたバックを抱える。
相良宗介、千鳥かなめ、ヒイロ・ユイ。
それぞれの物語はまだ始まったばかり。
次回6月21日
ご意見、ご感想お待ちしております。