本当、お久し振りです。今まで投稿できなくてすみませんでした。それしか言葉が見つかりません。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。
床主市洋上──『床主国際洋上空港』
『床主管制塔、こちら089便。離陸準備完了した』
『089便、こちら床主管制塔。そのまま滑走路上で待機せよ」
けたたましくジェットエンジンを噴かしながら、操縦室から管制塔へと無線が飛ぶ。管制塔は操縦室からの通信に応え、「待機」の指示を飛ばす。このまま飛行機を飛ばすには、この空港はあまりにも危険すぎた。
『我々には──“問題”が生じている』
そこには、まるで滑走路を塞ぐように“死体”が歩き回っていた。皮膚をダラリと垂らし、骨の飛び出た足を引きずり、血肉の脂がついた歯を剥き出しにしながら、虫の羽音のような呻き声を上げて当てもなく彷徨う“彼ら”の姿に、操縦室の機長たちや管制塔に詰める職員たちは皆一様に息を飲む。
「嫌なニヤけ面。なんか見覚えのある顔ねぇ……」
滑走路から遠く離れた壁上で、そう呟く女が一人。黒い戦闘服と防弾チョッキに身を包み、うつ伏せに寝転がる彼女の手には、黒光りする無骨なスナイパーライフルが一丁。
「俳優だよ。床主市にロケに来ていた」
そんな彼女の呟きに、隣にいた白キャップの男が律儀に答えた。彼は大きなスコープに片目を覗かせながら、傍らの女に告げる。
「距離450。俯仰角−6。左右の風ほぼ無風。修正の要なし。射撃許可……確認した」
その瞬間、ズガンと発砲音を響かせて、女の構えたライフルが火を噴いた。射出された弾丸は真っ直ぐ伸びていき、飛行機の進路を塞いでいた一体の“死体”の眉間を正確に貫いた。
頭を吹き飛ばされた“死体”がその衝撃で宙を舞い、地面に叩きつけられる前に続けざまに放たれた弾丸が他の“死体”を貫いていく。そして、最初の一体が地面に倒れた時には、進路から“死体”が一掃されていた。
「お見事! 化け物どもは全滅だ」
その光景を測定スコープで見ていた男は、その鮮やかな手際に賞賛を送る。
「ふーーっ」
「……何やってんだ?」
滑走路上の障害を排除したことを管制塔に報告し、緊急車両が死体処理に駆け付けて行くのを見届けていた男は、ふと自分のパートナーが防弾チョッキの隙間に手を入れて胸を揉んでいるのに気付き白い目を飛ばした。
「朝から寝転びっぱなしだったのよ。痺れちゃった」
だからって異性の目の前で胸を揉んでいい理由にはならないと思うが、彼女のこのような奇行はよくあることなので男は深く考えるのはやめた。そして、ニヤリと笑みを作って、
「俺が揉んでやろうか?」
「あたしより射撃が上手いなら揉ませてあげても良いわよ、田島?」
言われて、男──田島は肩を竦めた。
「おいおい、無茶言うなよ。全国の警官でベスト5に入るあの南リカに射撃で勝てるか」
「なら諦めて」
まあ、最初から期待はしていない。任務終わりのちょっとしたコミュニケーションのつもりだった。リカもそれが分かっているから、田島の発言に特に気分を害することなく穏やかに笑っていた。
「……にしても」
軽いジョークで場が和むのも束の間、田島は再び滑走路を見渡して表情を険しくした。
「船でしか来られないはずの洋上空港にまで出るとはな」
二人が排除した“死体”は、あくまで飛行機の
「立ち入り規制はしているんだろう?」
世界各地に“歩く死体”が溢れて数時間。陸地から離れた太平洋上に造られたこの洋上空港は、本土と比べ安全な場所のはずだった。しかし、最初の一体が現れたのを皮切りに感染は一気に拡大。たった数時間で安全だった洋上空港は死地と化してしまった。
では、何故そうなってしまったのか?
「要人とか、空港の維持に不可欠な技術者、彼らの家族──その中の誰かが“なった”のよ……」
考えられる原因はそれしかない。今となっては確かめる術はもう無いが。
「今はまだ良いけど、いつまで保つか」
生存者よりも“死体”の数の方が多くなってしまったこの地の寿命は最早長くない。それでもまだ空港として機能しているのは、リカと田島──二人が所属するSAT部隊がテロ対策のために派遣されていたからだった。彼らがいたからこそ、“死体”で溢れたこの空港を迅速に制圧して安全を確保することができたのだ。
「しかし、弾も無限にあるわけじゃないしな……」
問題があるとすれば、それだ。テロ対策のためとはいえ、揃えてあった装備弾薬は必要最低限だけである。このまま“死体”が溢れ続ければ、いずれ弾薬も尽きてしまう。
この死地で戦闘の手段を無くすことは、すなわち“死”を意味する。
「逃げるつもり?」
田島の不安を見透かすように、リカは言った。
「そのつもりはない。まだね」
田島はそんな彼女の言葉に即答する。逃げるという選択肢は、正直にいえば彼の頭の中にあった。なんだかんだ言っても、結局大切なのは自分の命。いずれ崩れると分かっているこの場所にいつまでもいるほど馬鹿ではないつもりだ。戦う術が無くなれば、田島は真っ先に逃げるだろう。
しかし、それは“今”ではない。
少なくとも今は弾薬もあるし、戦える人間もいる。
そして何より、空港にはまだ何百人と守るべき人々がいる。
彼らがここから安全な場所に飛び立つまでここを死守するのが自分の使命だと田島は思っている。
だから、まだ逃げない。
逃げるのは、彼ら全員をここから脱出させた時だ。
「……あたしは街に行くわ。いずれは……」
その言葉で、田島は思考を元に戻してリカに視線を向けた。リカはいつの間にかジャケットを脱ぎ捨てており、白いシャツから大きく盛り上がる乳房が、その浅黒く焼けた肌と相まって妖艶な魅力を漂わせていた。
「男でもいるのか?」
しかし、そんな彼女の妖艶な肢体を見ても田島は別段劣情を催すことはない。何故かと問われれば、「慣れてるから」としか言いようがないのだが。
それはともかく、彼の問いにリカは「うーん……」と煮え切らない答えを返した。
「半分正解、かしら?」
「はあ?」
その答えに少々の驚きも込めて田島は声を上げた。
彼女の言っていることの意味がよく分からない。
半分正解ってどういうことだ? 彼女とタッグを組んで長く経つが、男ができたなどという話は聞いたことがない。そもそも、男よりも強い彼女と付き合おうだなんて男がそもそもいるのだろうか? 少なくとも自分は無理だ。胸は割と本気で触りたいと思うが。
「……なんか失礼なこと考えてない?」
「まさか」
キッと鋭く睨みつけられたので両手を振って否定する。
「ったく……言っとくけど、違うわよ? 半分正解ってのは、助けたい人が二人いて、一人は女友達で、もう一人が一緒に暮らしてる親戚の男の子なのよ」
「あー、そういうことか……無事だと良いな」
「ええ、そうね。まあ、男の子の方はしっかりしてるから無事だと思うんだけど……心配なのはもう一人なのよね」
良い大人のくせしてどこか抜けている“彼女”のことを考えると、心配で心配で仕方がない。願わくば、“彼”と一緒にいること祈るばかりである。
(ホント、無事でいなさいよ……静香、一真)
リカは空を見上げた。地上の地獄とは大違いの雲一つない青空に、ようやく離陸した飛行機が飛行機雲を描いて空の彼方へと消え去っていった。
ちょっと短いですが、場面転換ということでここで切らせていただきます。