真・恋姫†有双……になるはずが(仮)   作:生甘蕉

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86話 秘密の穴

 動けない……。

 

 干吉に操られた華琳に刺されて、魔法で傷は治したけど華琳を人質にとられて浚われた俺。

 この世界の曹操の墓だという場所に俺と華琳は置き去りにされた。

 華琳は操られ動かない。俺はぬいぐるみにされて動けない……。

 

 どんなに気合を入れても瞬き一つもできやしない。

 この状況から出るはずのため息をつくことすら不可能だった。

 

 干吉がいなくなってどれくらいの時間がたったのだろう。

 5分? 10分? それとも1時間?

 

 できることといったら俺と同じく微動だにしない華琳をじっと見つめることだけ。

 ただひたすらに華琳を見る。

 華琳の顔が見れるのがこの苦行の唯一にして最大の救いか。

 もしそれすらもなかったら気が狂っていただろう。

 干吉は朽ちていく姿を、なんて言っていたけどそんなことは絶対にさせない。させるものか!

 

 華琳の恥ずかしい2つの穴を眺める。

 俺の嫁ってば、こんなところまで綺麗なんだからまったく飽きがこないな。

 普段は到底できないだろう。

 確実に怒られるよね。

 

 でもさ、俺は今、小さなぬいぐるみにされていて。

 華琳の膝の上に仰向けに置かれていて。

 そんな状態だからさ。

 華琳の顔が見れるといっても、下からのアングルになるでしょ?

 巨人(ゼントラーディ)状態のクランを眺めるようなサイズ差だけど、俺好みのちっぱいだから遮るものもないし。

 どうしてもそこに目がいっちゃうんだよね。

 

 鼻の穴にさ!

 

 ……もしこれがばれたら俺、殺されるんじゃないだろうか?

 早いところなんとかしないと。

 干吉も真正面に置いていってくれればよかったのに。いや、置いていくこと自体が許せるもんじゃないけどさ!

 

 さっきから試しているけど、魔法も使えなくなっている。

 せめてビニフォンが無事なら思念操作でなんとかなるかもしれないのに、大江戸学園制服の懐に入れていたせいで、いっしょにぬいぐるみになっているみたいだ。

 破壊不能属性はあっても、変化不可ではないらしい。あとで機能に追加しておかなきゃ。

 

 ぬいぐるみの身体がこんなにも苦しくて切ないものだったとは。

 華琳たちもこんな辛い思いをしていたのか……。

 そりゃ助けた相手に感謝するよ!

 俺だってこの不自由さから解放してくれたら、色々と許しちゃいそうだ。

 ……やっぱり恩だけで結婚してくれたのかな。

 

 

 救いのない状況と別の方向で落ち込んでいたら華琳がゆっくりと目を閉じていった。

 操られてても睡眠はとるのか。……瞬きもしてなかったけど、目が乾いちゃうだろうに。俺の身体が動いたら目薬をさしてあげるのに!

 

 そして、閉じ込められていた部屋の壁や天井がいきなり消え去った。

「え?」

 あれ? 声が出る。

 手足も動くようになった。ぬいぐるみのままではあったけれど。

 ゆっくりと上半身を起こす。

 

「……もしかして契約空間?」

 見渡す限りなんにもない空間。たしかにここは契約空間っぽい。

 だけどなんで?

 契約空間に入るには、ファミリア候補とじゃなきゃ駄目なはず。華琳とはすでに契約済みだからここにはこれないと思うんだうけど。

 

 ぬいぐるみの腕をなんとか曲げて顎に当てて考えていたら、ひょいと持ち上げられた。

 くるっと向きを修正されて、目の前には彼女の顔。

「人形のようだけど動いていたわね。喋りもするようだし……」

「華琳、俺だってば!」

 ぐにゅっと頭を握りつぶされってしまった。

 ぬいぐるみなので痛くはないけど、あんまりじゃない?

 

「人形の分際で私の真名を呼ぶなんていい度胸ね」

「おふぇらよ、おふぇ」

 俺だよ、俺!

 握りつぶされたままなので、まともに喋れない。……俺の声って今はどんな仕組みで出ているんだろう?

 

「気持ち悪いわね」

 今度はぽいって投げ捨てられてしまう。

 身体は痛くないけどさ、心が痛い。ぬいぐるみになってなかったら泣いているかもしれん。

 

 よろよろと立ち上がり、潰れたままで歪んでいる視界を治そうと、両手で頭部を復元する。指がないんで非常に難しい。……こんなもんでいいだろうか?

 華琳は椅子に座ったままだ。俺の布団と同じでこっちにきちゃってるのか。となるとここは疑似契約空間なのかな。

 俺の睡眠じゃなくて、華琳の睡眠が空間入りのトリガーになっているんだろう。

「いくらなんでも酷いよ! 仮にも夫なのに」

「なにを言っているの?」

 あれ?

 素で驚いている顔だよね。俺をイジメて楽しんでいるドSモードの顔じゃない。

 

「華り……曹操さん、ですよね?」

 真名を口にしそうになったら目が鋭くなったので言い直した。

 今度はもしかしたら踏まれたかもしれない。このサイズ差でのパンチラは迫力ありそうだけど。

「ええ。私は曹孟徳。お前こそ誰? というか何者?」

「天井煌一。ぬいぐるみにされちゃってるけど、君の夫だってば!」

「私に夫なんていないわ」

 え? なに? 俺って不治の病? 次の誕生日は迎えられないの?

 ……いかん、病気で余命わずかな妹を持つ姉のような台詞にあの泣きゲー思い出して泣きそうになっちゃったじゃないか!

 そうだ。帰れたら、恋に「はちみつくまさん」って言ってもらおうかな。似合う気がする。

 

「私がほしいのは夫ではなく嫁よ。それも美女か美少女」

 うん。やっぱり本物の華琳だ。

「他の嫁さんたちも、俺の嫁じゃなくて、華り……自分の嫁だってのは本心か」

「他の嫁?」

「そう。君じゃない俺の嫁さんな華琳以外の俺の嫁さん。きっ、君以外にも華琳がいるんだよ」

 華琳が椅子から立ち上がろうとしたので慌てて補足した。

 

 今、目の前にいるこの華琳はたしかに本物の華琳だと思う。

 ただし、俺のではない。別の華琳だ。

 外史という平行世界の華琳なんだろう。

 見覚えがある衣装は、よく見れば無印恋姫の華琳の衣装。俺の華琳は真恋姫の漢ルートの華琳だから別人なはず。

 ……もしかしたら、大喬と小喬はこの華琳の世界の出身なのかもしれない。

 

「ちょっと待っててね」

 ここが疑似契約空間ならば、とスタッシュエリアの呼び出しを試してみたらちゃんと使えた。よかった、これでなんとかなるかもしれない。

 スタッシュから旧ロットのビニフォンを取り出し、撮影されている華琳たちのデータを見せる。……ぬいぐるみの手だと操作し辛い。思念操作がなきゃ無理だったかも。

 

「これが俺の嫁さんの華琳!」

「上手な絵ね。誰が描いたのかしら」

 そうだった。無印恋姫ではカメラも写真も出てこないんだった。

 これでは信じてもらえない……。あ、撮影して見せればいいのか。

 カメラモードにした旧ビニフォンを華琳に渡して、と。

「ちょっとこれ持ってこっちに向けて、……俺が映っているでしょ?」

「……ええ」

「そのままでいてね」

 思念操作でシャッターを切る。

 ビニフォンを受け取り、撮影したばかりのデータを見せ、続ける。

「このように、絵じゃなくて実際の風景を写し取ったものなんだよ。君はさっき見た格好をしたことがないでしょ? 彼女が君と別人って証拠になるよね」

 俺の言葉に無印華琳がショックを受けていた。

 

「私と同じ顔、名の者が、こんなブサイクな人形の嫁なんて……」

「いや、元々はちゃんと人間だから!」

 証明しようにも撮影されたデータを確認しても俺の画像はない。自撮りなんてやんないもんなあ。

 

「で、結局お前は何者なの? 私そっくりの者の夫以外で」

「……神様の使いっパシリかな? その関係か知らないけど干吉に恨まれている」

「あの道士ね。私を操った……そういえばお前は私が刺した子に似ているわね」

 刺した子って、そりゃ外見は小さいけどさあ。

 む、操られていた時の記憶もあるのか。

 

「うん。それが俺。あの後、気づいたらこんな姿にされてた。どうやったか見てない?」

「いえ。見てないわ。……そう。まさか、私と同じ顔をしてるのにそんな趣味とは……」

 いや、俺の華琳はショタコンじゃないから。俺、ちゃんとおっさんだから。

 

 ビニフォンで連絡をとろうとしてるけど、全く繋がらない。アンテナも立ってないから疑似契約空間では使えないようだ。異世界間でも使えるのに……。

 ならば今できることは現状把握か。

「俺の華琳は、今とは逆に彼女たちがぬいぐるみにされていてね……」

 話すぐらいしかできそうにないので情報交換することにした。

 

 

 やはり彼女は無印恋姫の世界からきたっぽい。

 けれども一刀君のことは知らないという。

「天の御遣い……管輅の占いね。それに便乗した者?」

 いや、今や一刀君は本当に天の御遣いだし。……ファミリアだから天の御遣いの御遣いかも。でも契約してるのが女神様だから天の御遣いでいいか。

 一刀君がいないとなるとまさかアニメ版? そっちにも干吉出てたな、そういえば。

 それともただたんに一刀君が名を上げる前なのかもしれない。

 

「外史、そんな世界がいくつもあって、私が何人もいるというのね」

「うん。信じられないかもしれないけど、とりあえずはそういうものだってことで話を進めるね。干吉たちは、その外史間を移動することができて、気にくわない外史を終わらせているみたいなんだ」

 だったよね、たしか。

 無印恋姫はそう何度もやってないから記憶がいい加減だ。おかげで彼女が無印華琳だって気づくのが遅れてしまった。

 

「俺たち使徒は神様の修行ってやつのために、見放された世界の救済をしなきゃいけないから邪魔なのかもしれない。それに、俺は干吉にぬいぐるみにされた華琳たちを元に戻しちゃったし」

 使徒やファミリアは殺しても復活できるから、それを封じるために人形にしている可能性もある。元に戻せる俺が邪魔なんだろう。

 ……干吉の相棒の左慈が俺の呪いにかかって俺に好意を持っているようなので、それに嫉妬したのではないと思いたい。

 

「元に戻せるの? ならば早く戻ればいいでしょう?」

「……無理みたい」

 俺自身を成現(リアライズ)しようとしたけれどできなかった。

 ビニフォンには成現の時のメッセージがまったく表示されていない。スキルが発動していないのだろう。

 俺の魂があるから、EPが足りないというはずはない。

 ここが疑似契約空間だからだろうか?

 しかし、スタッシュエリアのスキルは使えている。ここでは使えるスキルと使えないスキルがあるのかもしれない。

 

「まあ、ここで戻れてもあっちで戻ってないかもしれないから無理することはないか」

 俺自身への成現は最終手段だ。できればとっておきたい。

 1度しかない設定変更で元のおっさんに戻る方法も確保しておいた方がいい。

 

「まずは試してみよう。これをつけてもらえる?」

 スタッシュから出したのは汎用のチョーカー。

 精神操作系への耐性も上がるアイテムに仕上げてあるので、疑似契約空間から出た時に華琳が装備できていれば、干吉の術がとけて意識を取り戻せるかもしれない。

 

「あとはこれ。名前を書いて……うん、そう。指で書いてくれればいいからね」

 新品のビニフォンを無印華琳に渡し、彼女のものとして登録してもらう。

 そのビニフォンに俺の旧ビニフォンからみんなのアドレスを転送する。

「目が覚めて、もしそのビニフォンを持っていたらみんなに電話してみて。使い方は今から教えるから」

「これで助けを呼ぶのね」

 マーキングやポータルのマジックカードですぐにみんなにきて貰いたいけど、あれを使うのは使徒かファミリアじゃないと駄目だったはず。

 かといって、無印華琳と契約してしまったらもうこの疑似契約空間には入れなくなる。失敗した時のためにも契約はしない方がいいはずだ。

 

 

 疑似契約空間から戻ると、俺は再び動けなくなっていた。場所はあいかわらず無印華琳の膝の上。

 無印華琳の衣装はチョーカーをしているかよくわからない。

 華琳は目を開いていたが、動きはなかった。……失敗か。

 だが、無限にも思える数分後、俺のそばでその音がした。

 

 渡していたビニフォンにセットしていた目覚ましのアラームが鳴り出したのだ。

 椅子の手すりに乗っている華琳の手はここからだとよく見えないけど、ちゃんとビニフォンは持っているようだ。疑似契約空間で渡した物でも、こっちに持ってこれる。

 しかし煩いな。音量最大にしておいただけはある。

 ……これで華琳の意識が戻らなかったら、再び眠るまでずっと鳴り続けるの?

 

 お願い目覚めて、と俺の祈りが神に届いたのか、いやあの駄神じゃ届いても無意味だけど、そんなことはともかく、華琳の手が動いて、アラームを停止させた。

「ずいぶんと煩いのね」

 そりゃ最大音量だし。

「かわりにお前は静かなのね」

 喋れませんから。

 みんなへの連絡、頼むよ。

 嫁そっくりのもう1人の華琳は俺を持ち上げ、片手で抱く。……ぬいぐるみなので感触がない。非常に残念だ。

 そのままビニフォンを操作、すぐにコール音が聞こえる。俺にも電話を聞かせるために抱いていてくれるらしい。俺の嫁さんと同じで気の利く優しい娘だ。

 

『……こちらは曹孟徳よ。そちらは?』

 俺嫁華琳に電話したのね。そりゃ1番上に登録してるけどさ。

「奇遇ね。私も曹孟徳よ」

 うわぁ。俺だったらイタズラ電話だと思って切っちゃうかもしれない。

 

『またなのね……』

 また? どゆこと?

 俺が浚われてからかなりの時間が経っている。華琳たちにもなにかあったんだろうか?

『それで、外史の私が何の用件? こちらは忙しいのだけれど』

「……そちらの夫は預かっているわ。要求に応えなさい」

 華琳の冷たい反応に怒っているのかもしれないけれど、それじゃ誘拐事件だってば。

 ……それであっているのか?

 

 

 電話を切った後、無印華琳が俺に微笑む。

「これで、すぐにくるでしょう?」

 そのために俺嫁華琳を挑発したの?

 華琳、かなり怒ってそうだけど、だいじょうぶかな……。

 

 


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