あずさ。
あずにゃんでも、どたぷーんでもないあずさ。
……いや、どたぷーん級だけどさ。
柏木梓。
それが彼女の名前だった。
茶髪ショートカットでスタイル抜群の巨乳美少女。
古い18禁ゲームではあるが、2度もリメイクされた名作『痕』のヒロインの1人。
ヒロイン4姉妹の中で最下位の人気をよくネタにされていた次女。
それがなんでここに?
……俺の固有スキルのせいなんだろうけど。
フィギュアは、小さなトレーディングフィギュア――2度目のリメイクに合わせて縞パンに俺が塗り直した――なら持っている。
レーティアを選別する際に次の候補としてスタッシュに収納した中にまじっていたのかもしれない。
酔った勢いでやっちゃったんだろうか? 全然覚えていない。
痕からなら、梓の妹の楓ちゃんか初音ちゃんの方がロリでいいのに。戦闘力で選んじゃったのかな?
けど戦闘力だけでいったら貧乳長女の方を選びそうな気もするんだけど。
酔ってたせいか思い出せない。
巨乳さんは現在、俺の最後のシールドである眼鏡をその手に持っている。
「俺の顔見て平気なのか?」
「はあ? なに言ってんだよ」
どうやら俺の呪いが平気らしい。
でもどうして?
成現の時の改変か? ……くそっ、思い出せない。
再現できればこの俺にもまだ希望が残っているのに。
「……ふぅん、そういうこと」
突然、華琳の声がした。背筋が凍りつきそうな冷たい声だった。
慌ててそちらを見る。
俺と契約した女の子たちがいた。華琳、ヨーコ、クラン、レーティアの全員だ。
華琳以外は俺と目を合わせてくれず、そっぽをむいている。
俺の呪われた顔のせいだろう。それなのに俺を探しにきてくれたのか?
……なんだか、少し前の華琳みたいな反応?
「なに、あんたたち?」
警戒した様子で梓が問う。
「私たちは……その男が私たちのご主人様、と言えばわかるかしら?」
はい?
華琳それどんな説明だよ。
くるりとこちらに向きなおって梓が俺を睨む。
「おい、ありゃどういう意味?」
痕主人公にガサツで暴力的とも評されていた彼女が俺の襟元を掴む。ちょっと怖い。
だがしかし、俺の視線は間近にある大きな胸へと。
でかいだけじゃなくて形も良い。貧乳派の俺でさえ目を奪われてしまう見事な美乳だ。
「あ、あのね、変な意味じゃなくてね」
「じゃあどういう意味なんだよ?」
ぐい、と片手で俺をベッドから立たせる梓。女性にしては強い筋力だ。まあ、特殊な血筋である彼女なら納得だけど。
「……俺と契約してファミリアになってくれたんだよ」
「ファミリア?」
梓が首を傾げると同時くらいに周囲の景色が一変する。
なんにもない空間。天井や床すら見えない空間だ。
梓が俺の襟から手を離し、辺りを見回す。
「な、なんだよ、これ?」
「契約空間だ」
「契約空間?」
「うん。使徒がファミリアと契約する一種の精神世界だって聞いてる。……でも、なんで?」
今まではぬいぐるみやフィギュアに戻った女の子たちと夢で会う、って形だったのに。
それはマニュアルに載っているのとは違ったけどさ。
「あ!」
「どうした?」
「たしかマニュアルだと、その気になったファミリア候補とプレイヤーが接触したタイミングで契約空間に入れる、って……」
プレイヤーとは使徒にされた俺たちのこと。
「あ、あたしがその気になったとでも言うのか?」
どうなんだろう?
こんなの初めてだし。
……考えられるとすれば基礎講習の修了か。あれを終えていなかったから、正常な方法で契約空間に入れなかったのかもしれない。
「だってほら」
俺の手にはいつのまにか、ファミリアシートとペンがあった。
これに記名してもらえれば、契約は完了する。
「あたしはその気になんてなっていない!」
赤い顔の梓が怒鳴るように否定すると、再び景色が一変。さっきまでの場所に戻った。俺も襟を掴まれた状態に逆戻り。
「え? え?」
挙動不審に周囲を確認する巨乳美少女。
力が緩んだ隙に脱出する俺。
ああ、襟が伸びちゃったか。早いとこ服の入手考えないと。GPがあれば修理試すんだけど。
「わかった? 今の空間で彼女たちは俺と契約してくれたんだ」
契約してくれた時は顔を見られてなかったから……今だったら契約してくれないだろうなあ。
「……その様子だと手引書どおりの方法で、寝ないでも契約空間に入れたようね」
あれ? 華琳も俺を見ているのに平気なの?
「う、うん」
「寝ないでも?」
「今までは煌一と寝ないとあそこへは行けなかったわ」
梓の質問に、再び誤解を招きかねない回答の華琳。
やはりというべきか、梓は顔を真っ赤にして俺を向く。
「こういちっ、あいつらと寝たのか!?」
「普通に睡眠って意味だよ。彼女たちはぬいぐるみやフィギュアの状態だったし」
「なんだよそれ! 意味わかんないってば!」
ああ、そこから説明なのね。
俺が説明しようとしたら、その前に華琳から質問。
「私たちのことは答えたわね」
ちらりと横の3人を見て、俺のことを見ていないのを確認したのか、やれやれと首を振って続ける。
「私たちが名乗るのは後にするわ。あなたが煌一の?」
「あ、ああ。柏木梓だ」
「そう……。梓、あなたが煌一の妻なのね」
……は?
華琳、今なんて?
「あ、あたしがこういちの!?」
「妻? なんでそう……ああ、俺の顔見て平気だからか?」
華琳にそんな話をしたことがあった。
俺の顔の呪いも、家族には通用しない。ならば結婚して家族になってもらえば呪いも効かなくなるんじゃないかって。
「ええ。そうなのでしょう?」
頬を染めたまま、梓はそれを否定する。
「ち、違う。あたしはこういちのイトコだ!」
そうか!
梓の従兄妹、つまり痕の主人公の名も『こういち』。それもあって大好きなゲームだったんだ。2度目のリメイクでやっと音声がついて名前を呼んでくれるようになって嬉しかったなあ。
……字は違うけど、同じ名前繋がりを利用して梓の設定改変。
痕主人公ではなく、俺の従兄妹として成現してしまったのか。だから俺の顔が平気だったのか。
「ふむ。従兄妹でも家族扱いなのね」
「華琳こそ、俺の顔は平気なのか? 凄い嫌悪感だとか言ってたけど」
「……まだ凝視すると辛いけれどね」
そう言いながらも、俺から視線をそらさない美少女。
「あなたの顔の嫌悪感は本能的なもの。本心ではないわ。ならば、その本能を凌駕すればいいだけ」
俺の顔を見るのにそんな覚悟がいるの?
……やせ我慢しているだけなのか?
コンカで華琳のキャラシートを確認する。プレイヤーなら契約したファミリアのキャラシートを確認できるからね。
「ゆっくりだけど、少しずつEPが減少しているんじゃないか?」
やはり苦痛なのだろう。現在EPが最大EPよりも少ない。
「この程度、大したことはないわ」
「でも……」
「もう慣れたわ」
慣れた。……とするとさ。
「もしかして、深夜、俺のとこへ来ていたのって」
「やはり気づいていたのね。そうよ。煌一の顔に慣れるため」
そうだったのか。様子がおかしかったのは俺の顔を見てしまったためだったのか。
見るのが苦痛な俺の呪顔に慣れるために、俺の寝顔で訓練してたのか。それで、あんなに殺気を感じたのかな?
「い、いつ俺の顔を?」
「クランと契約するために煌一が寝ている時に。眼鏡を外して、呪いがどれほどのものか確認したわ」
あの時か! ……よく考えてみれば華琳の反応が変わったのもクランと契約してからだ。
「おかしいと思ったのよ。あの嫌悪感は異常すぎる」
「だから呪いだって説明したじゃないか!」
油断していたか。華琳は俺の呪顔に興味を持っていた。ありえる危険だったのに。
「おかしいのよ。どこがどう嫌いなのか説明できない」
「え?」
「直接見ていると嫌悪感を感じるのにね」
スタッシュからノートを取り出す華琳。
「お、おい、今どっから出したんだ?」
「後で説明するから」
梓が驚くが、華琳の話の方が気になるので説明は後回し。
「煌一の顔に驚いた3人と話し合ったわ」
「すまない。顔で嫌うなど、軍人として間違っていた」
クランが目を合わせずに頭を下げる。
「もっと凄い造形の生き物見慣れてたはずなんだけど」
ヨーコも同じく。
「生物学的には興味深いと思ったのだが」
レーティア、もしかして人間扱いしてくれてない?
ノートを広げる華琳。勉強用にって渡してたやつみたいだな。
「これを見なさい。レーティアにあなたの顔をすけっちしてもらった」
「考察のためにもなるからな。けど、絵にしたら全然おかしいとこはなかった」
ああ、レーティアは絵画の才能もあったんだっけ。ノートには鉛筆画で俺とおぼしき似顔絵があった。
「似てるな」
梓もそう思うか。上手いなあ。
「これだと、嫌悪感はわかない。レーティアの言うようにおかしいところがない。整っている顔よ。むしろ、美形といってもいいでしょうね」
「このスケベ面が?」
むう、梓の痕主人公へのイメージが俺へのイメージになっているのかな。それともそんなのなしに本心からそう思ってるのかも?
「さっきからこいつ、なに言ってるんだ?」
梓にこいつ呼ばわりされても気にせずに華琳は続ける。
「梓、その眼鏡を貸しなさい」
「……ちゃんと返せよ」
ずっと持ったままだった俺愛用の眼鏡が華琳に手渡されてしまった。
正直、あれがないと心細くて仕方がない。
「やはりね」
眼鏡をじっと観察していた華琳が呟く。
「どうしたのさ?」
「煌一あなた、この眼鏡にも成現しているわ」
「え?」
「そのせいで、眼鏡をしている間は嫌悪感を感じることはなかった。鑑定してごらんなさい」
やっと返してもらった眼鏡。かけるのを我慢して鑑定してみる。
コンカに表示されたのは……。
「祝福封じ? ……え?」
思わず二度見したが表示されている効果は同じ。
マジックアイテムになっていることも驚きだけど、祝福?
「呪い封じじゃなくて?」
意味が大きくちがうよね?
祝うと呪うは字が似てるから間違えちゃった?
「呪いのような状態異常ではないから、あの病室では治せなかったのではないかしら?」
「……どういうことだ?」
俺の顔は呪われてなくて、祝福されていた?
祝福だから回復ベッドの効果がなかった?
え? じゃあ、祝福を封じていた眼鏡が悪いってこと?
「あなたを鑑定すると『女神の加護』がかかっているのがわかる」
華琳が俺の鑑定結果が表示中のダミーコンカを見せてくれる。
……中国語っぽいので読めません。たしかに女神加護って漢字があるみたいだけど。
「効果は、女性からの好感度、愛情度にまいなす。美男、美男子からの愛情度にぷらす。家族は除く。だそうよ」
「な!?」
どこが加護だよ、内容はどう考えても呪いじゃないか! 家族は除くってのが唯一の救いなだけで。
なんだか詐欺にあった気分で、俺は『呪い封じ』の眼鏡をかけた。
「それだけ? 他になにか書いてあることは?」
「これだけよ。顔のことがないのは、れべるが足りなくて読めないだけなのかしら?」
そういえば、俺のキャラシートに女神の加護なんてなかった。たぶん、スキルレベルが足りなくて見れないんだ。隠しデータってことか。
「加護といいつつ嫌がらせとか、女神ってのはなんなんだ?」
「煌一を使徒にした神なのではなくて?」
「だとしたら、俺はそんなやつのためになんか働きたくない。俺の青春を奪ったやつのためになんて!」
なんで敵ともいうべき相手の修行を手伝わなきゃいけないのさ。
涼酒君に聞いてみるしかないな。
「もしもその神様がくれた加護ならば、頼めば外してくれるのではないか?」
あ、その可能性もあるか。
「でも、俺を使徒にした神様ってまだ会ったことはないんだよ」
ケチな未熟神だってことがわかってるぐらいで、どんな神なのかまったくわからないし。
「そうか……」
ありがとうクラン、俺のために落ち込んでくれるのね。せっかくこんないい娘たちなのに、加護という名の呪いのせいで嫌われるなんてあんまりだ。
「……どうする? 俺の呪いの正体はわかったけど、解くことはできそうにない。それでも俺の……」
ファミリアでいてくれる? そう聞くことはできなかった。
だって無理でしょ。
祝福封じの眼鏡をした今でもヨーコ、クラン、レーティアはちゃんとこっちを向いてくれていない。
華琳のように俺の協力をしなければいけない理由は彼女たちにはない。ただ、フィギュアに戻ったままになるのが嫌なだけで。
「一度でも素顔を見てしまうと、その眼鏡の効果も弱まるようね」
「……そうか」
祝福封じの効果が強い仮面か覆面でも作ろうかな……。
「解決策を探るしかないでしょう」
「解決策?」
「梓は煌一の顔が平気なのでしょう?」
「う、うん」
質問の意味がよくわからないがとりあえず頷いた感じの梓。
「それは梓が煌一の従兄妹だから。煌一の家族だから」
「こういちの家族……」
「ならば私たちも煌一の家族になればいいだけ」
「それって……俺の妹とか従兄妹設定を追加するってこと?」
華琳たちに「お兄ちゃん」って呼ばれるのか?
……いいかもしれない。いや、すごくイイ!
「……できるかしら? いえ、できたとしても私たちが人形になるのは何日も後よ。そこまで待つつもりはないわ」
あ……そうだった。
残ったMPを全部分配したから1人あたり2ヶ月近く人間でいられるようになっていたんじゃなかったっけ?
コンカで俺の最大MPを確認してみたら70億を超えていた。とんでもない数字だと思う。
む、もしかして俺を魔法使いでいさせるためにこんな加護を与えたのか?
それならわかる気がする。女性に嫌われていれば『魔法使い』のスキルがなくなることはなさそうだ。
美男からの愛情度にプラスというのは、女は駄目でも男に好かれていればいいでしょ、美形さんだし。みたいなつもりなんだろうか?
くそっ。なんて嫌な神だ。
「何日も俺の顔に耐えるのは辛い、か。どうすればいいんだ?」
「もっと簡単に家族になる方法があるでしょう?」
「え?」
あの誓いみたいに義兄弟の杯?
「煌一は彼女たちに命を与えた。一生面倒を見る責任があるわ」
「そ、それって……」
もしかして、もしかすると!?
俺と同じ答えに梓も到達したらしい。
「ちょっと待て! なに、あんたがこういちと結婚するって言うの?」
「そうよ。それが手っ取り早くて確実な祝福避けの手段よ」
「そ、そんな理由で結婚なんか認められるか!」
そうなんだよなあ。
やっぱり結婚には愛がほしい。顔を見せるためだけになんて……。
結婚したくないって言えば嘘になるけどさ。
「梓、煌一のことが好きなのね」
「そ、そんなこと……」
あ、そうだった。梓は痕主人公の耕一のことが好きだったんだ。
俺がそれに成り代わるように設定改変しちゃったから……。
「ごめん梓」
「こういち……」
梓は俯いて……やばい、泣きそう?
俺が梓をふったと思ったみたいだ。
「そうじゃなくて! その想い、俺のせいなんだ……」
女神を恨みはするが、怒る資格なんて俺にはない。
女の子の恋愛感情まで操作してしまうなんて最低なことをしてしまった。
「な、なんだよ。あたしのこの想いが、あんたを好きって気持ちがそのスキルってののせいだって言うのかよっ!」
「ごめん」
「認めない。そんな簡単に納得できるかっ!」
そんなこと言われても。
痕をプレイしてもらうしかないのかな?
それとも設定改変で元の設定に戻ってもらう? ……でもそれだと、梓も女神の加護の影響を受けちゃうんだよな。
「そうね、梓も煌一と結婚なさい」
「え?」
ノートをしまい、今度はマニュアルを取り出す華琳。パラパラとマニュアルを捲り、目的の箇所を探し出す。
「手引書によれば、プレイヤーの初めての結婚には御祝儀が届くそうよ」
「御祝儀?」
「ええ。その時の人数に応じて、御祝儀の額が変わるとあるわ」
御祝儀ってGP? そんな福利厚生費あるの?
「その最大が6人。たぶん小隊の人数に合わせているのでしょう」
あ、最大人数が決まっているのか。そりゃ当然か。
「……6人?」
梓が指差しながら数えていく。
華琳、ヨーコ、クラン、レーティア……梓、俺。華琳が頷く。
「ぴ、ぴったり6人だけど……6人で結婚っておかしいだろ! そんなのできるわけが……」
「どうして?」
「法律で決まってんの! 外国ならともかく、ここは日本だ!」
……梓、まだ外を見てなかったのか。
それでふと気になったので聞いてみた。
「ところでさ、ここどこ?」
話題を変えたのは、俺の顔が平気になるよりも御祝儀目当てだったというショックからの逃避って意味も大きかったと思うけど。
顔を見られてアパートを飛び出したとこまでは覚えているんだけど、いつここに来たのか、ここがどこなのかがサッパリわからないのだ。
その質問に華琳が呆れた顔で答えてくれた。
「ここは高天屋7階寝具売り場よ」
どうやら俺は百貨店の寝具売り場で寝ていたらしい。24時間営業で助かった。
……後で使ったベッド買い取れとかないよね?
華琳たちがどうやって俺を見つけることができたかといえば、感知・魔力スキルであっさり発見できたようだ。俺の最大MPが凄い分、感知も容易とのこと。
家出もおちおち出来そうにない。
やっぱり隠形スキルおぼえたい。
またもや、わかり辛いキャラが追加
19話感想での鷲羽ちゃん予想が複数で驚きました
そういえば天地無用ってハーレム主人公のハシリでしたっけ