戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

8 / 36
第八話

「やれやれ・・・やっぱりあのオッサン(ダモン将軍)の取り巻きじゃ碌な戦果は挙げられなかったみたいだな」

 

「指揮官の無能だと断言は出来ないが・・・少なくない被害が出ているようだな」

 

クルト・アーヴィング少尉との邂逅から数時間。部隊を引き連れヴァーゼル市に到着したヴァリウス達は眼下に広がる戦闘の跡を見下ろしながらそれぞれが抱いたことを言葉にする。対岸にそれぞれの戦力を配置した形のガリア正規軍と帝国軍。勝敗は一目瞭然、ガリアの惨敗と言う形で終結していた。

 

交通の要所ヴァーゼル市。首都ランドグリーズの目と鼻の先であるそこに、現在帝国軍の侵攻部隊は川を挟む形でガリア軍と対峙している・・・否、対峙していた。喉元に剣を突き付けられた形になっていたガリア正規軍は、義勇軍の援軍を待たずに帝国との戦端を開いた。

 

その無謀と言える戦いの結果が今ヴァリウス達の眼下に広がっていた。

 

煙を上げる戦車の残骸、片づけられた形跡がある血だまりの跡、戦闘によって破壊された建造物などを横目に戦場跡を歩く二人。履帯が破損し乗り捨てられた戦車に触れながらヴァリウスは周囲を観察していく。彼と同じくセルベリアもまた周囲の地形を読み取り、対岸へと視線を向ける。

 

「大方、無理に橋を渡ろうとしてコテンパンに伸されたんだろうが・・・もう少し考えて突っ込めば被害も最小限に抑えられてだろうに。せっかく再編した戦力がこれでまた無駄になっちまったわけだ」

 

「残された橋はヴァーゼル橋のみ。それ以外の橋は全て破壊されている。この状況では残された橋を強行突破する以外には活路がないことは分かるが・・・」

 

「にしても無謀だ。義勇軍の到着も待たずに正規軍だけで戦端を開いている時点で勝率は激減することを理解していないんだ。散って行った将兵が哀れだよ」

 

ただでさえガリアは帝国と比較して戦力的に劣っている。帝国が橋を渡ってきた、何らかの手段で渡河しようとしてきたなどの、防衛目的の戦闘ならばまだしも、戦力的に劣勢な状況で強行突破を命じた自軍指揮官に対するヴァリウス達の評価は当然ながらマイナスであった。

 

「ったく、やっぱりあのオッサン(ダモン将軍)が絡むと碌なことがないな」

 

「同感だな。居ても居なくても変わらず最悪の結果を導き出す。ある種の才能と呼べるかもしれないが」

 

「どうせなら敵にその才能を向けてほしいもんだよ。味方でいられても足を引っ張られるだけなんだからな」

 

聞く者が聞けば即座に上官侮辱罪で軍法会議物な会話だが、ここにそのことを咎める人物は一人としていない。むしろ、二人の会話に大いに賛同する部分が多いのが悲しいことにガリア軍の現状であった。

 

「無駄話はこの辺にしておこう。で、実際どうする気だヴァン?強行突破は確かに愚策ではあったと思うが現に対岸へと渡ることが出来るルートは残った一基の橋のみ。他に戦車が渡れそうなルートなど無い」

 

「ん~・・・確かにそうなんだけどさ・・・裏ワザ的な意味だったら何とかできなくも無さそうなんだよな・・・」

 

「裏ワザ?なんだそれは」

 

「いや、実は―――ん?」

 

「?どうかしたか?」

 

自身の言う裏ワザとは何かを口にしようとしたヴァリウスは何かに気を取られたように周囲を見渡し始めた。そして、しばらく無言でいたかと思ったら唐突に「・・・こっちか」と呟いて若干早歩きで歩き出した。

 

「あ、おい、ヴァン!」

 

会話を中断され、突然どこかへと歩き出したヴァリウスを呼び止めながら後を追うセルベリア。そんな彼女を引き離さない程度の速さで進んでいたヴァリウスは歩き出した時と同じく、再び唐突に停止。建物の陰に隠れるように何かを覗き込み始めた。

 

「何をしてるんだ、ヴァ「実戦も経験していない坊主の指示になんざ、誰も従わねぇよ」?」

 

不審な行動をとり始めたヴァリウスを問い質そうとしたセルベリアの耳に男性の声が入ってきた。声から察するに何やら諍いが起きているようだが・・・

 

「・・・余りいい趣味とは言えないと思うが」

 

身を隠し、諍いが起きている現場を見物しようとしている姿は完全に怪しい人物でしかない。その怪しい人物が自身の恋人であり、上官だと言うことに不快感半分、虚しさ半分の視線を向ける。

 

「いや、なんか興味深そうな事やってるからさ。それに、ほらあれ。この前助けたウェルキン君達みたいだしな。少し話を聞かせてもらおう」

 

セルベリアの視線をものともせず、そのまま野次馬を続行することにしたヴァリウスに胸中で嘆息しつつも気になるのはいっしょなのか特に行動を起こす気のない様子のセルベリアは彼の近くに寄るとそのまま息をひそめ始めた。

 

ヴァリウス達が聞き耳を立てていることに誰一人として気付かず、言い争いを続ける義勇兵。そっと物陰から義勇兵達を観察しようと顔を少しだけ出したヴァリウスの目に入ってきたのは、意外なことについ先日知り合ったばかりの男女の姿であった。

 

「それでも、私は、あなた達と同じ人間です。それに、ダルクスの災厄は、なんの科学的根拠のない風説にすぎません」

 

赤毛の女性と、体格の良い男を前にして、知り合った人物の一人、イサラ・ギュンターは自身の言葉をはっきりと口にした。

 

察するに、イサラの人種について言い争っているようだ。

 

イサラの口にした「ダルクスの災厄」とは、現在一帯が砂漠と化しているバリアスと言う地方をダルクス人が滅ぼしたと伝えられている伝説のことだ。

 

かつて、このヨーロッパで、古代ヴァルキュリア人と呼ばれる種族とダルクス人による戦争があった。古代ダルクス人は欲望のままに世界を荒らし、豊かな地であったバリアスを悪しき力によって滅ぼし、草木の生えぬ不毛の地へと変えた。それに悲しみを覚えた古代ヴァルキュリア人は、彼らの持つ不思議な力によってダルクスの王を倒し、ヨーロッパに平和をもたらしたとされている。

 

おとぎ話として伝わるこの「ダルクスの災厄」は、実際にバリアスが草木の一本も生えぬ砂漠と化していること、ヨーロッパの各地で発見されるヴァルキュリア人に関する伝説によって真実であると認識されている。そのため、現在に至るまでダルクス人達は「災厄を運ぶ種族である」と迫害を受け、どこに行っても厄介者だとされている。

 

ヴァリウスの目の前で交わされている争いも、そんな根拠のない差別意識が起因となっているのだろう。

 

「なんだい、あたいが言いがかりを着けてるとでも!?」

 

言いがかりそのものだろうに。

 

赤毛の女性がイサラに向かって突っかかっていくのを見つめながら、ヴァリウスはイサラの言を全面的に支持した。実際、古代ダルクス人があれほどの災害を引き起こしたという根拠は伝説以外何一つとして無いのだ。歴史とは勝者によって敗者が悪へと貶められる。「伝説ではこうだから」と言うだけでは、それが真実なのかどうかは判別することなど出来ない。

 

しょうもない争いだなと呆れていると、それまで傍観に徹していたウェルキンが突然、「よし!」と、声を上げ、

 

「僕と賭けをしよう!」

 

と義勇兵たちへと笑顔で言い放った。

 

「「「はぁ!!?」」」

 

「・・・やはり、あの男はどこかおかしいみたいだな・・・」

 

「クククク・・・いや、やっぱおもしろいや、ウェルキン君は」

 

唐突すぎる発言に義勇兵たちはあっけにとられ、陰で見ていた二人は軽い頭痛を覚え、笑いをかみ殺していた。

 

「君たちは僕に従いたくない。僕は君たちを従わせたい。だったら賭けをするのが一番手っ取り早い」

 

暴論としか言えない理論展開。だが、それに共感する者がこの場にたった一人だけ存在した。

 

「まぁ、確かにその通りだな。俺も昔同じ様な事言ったし」

 

「・・・そうか、あの突拍子のなさ、誰かに似ていると思ったら、ヴァンに似ていたのか」

 

かつて、あまりにも若い隊長故、隊員達に自信を認めさせるために行った作戦の成否を賭ける所業。自身と同じ事をしようとしているウェルキンに、ヴァリウスは共感を覚え、セルベリアはウェルキンの突拍子もない行動が、ヴァリウスに似ているという事実に気がつき溜息をついた。

 

「ふざけてんのか。コインでも投げて、裏表で決めようってのか!」

 

怒声を上げる男性。当たり前だ。自分たちを認めさせると言いながらやろうというのはただの賭け事。そんな者で自分たちを認めさせるなど、怒りを覚えるなと言う方が難しい。

 

 

だが、今回行われるのはただの賭けではない。義勇兵たちに自身の指揮能力を認めさせる。それには、自分の立てた作戦が有用かどうかを認識させるのが一番手っ取り早く有効だ。

 

恐らくヴァーゼル橋を何日で落とすか、と言ったところだろうな。内心で呟いたとほぼ同時、ウェルキンは「2日で、ヴァーゼル橋を奪還してみせる」と、隊員達に宣言した。

 

「ほう、大胆な発言だな」

 

セルベリアがウェルキンの口にした内容に軽い驚きの声を上げた。侵攻可能なルートはたった一つ残されたヴァーゼル橋のみ。正規軍の部隊でさえ突破できなかったそれを、義勇軍の一部隊で攻略してみせると啖呵を切ったのだ。

 

無謀だと思いつつも、僅かばかり啖呵を切ったウェルキンに興味が惹かれた。

 

そんなセルベリアをよそに、ヴァリウスは笑みを深くし、「へぇ、おもしろい・・・」と呟くと身を隠していた建物から離れ、言い争いを続ける義勇兵たちの許へと歩いていく。

 

「あ、おい、ヴァン!!全く!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「約束するよ。僕は、48時間以内に第7小隊だけで、あの橋を奪還してみせる」

 

怒りと呆れが半々な第7小隊の隊員達へと自信ありげに啖呵を切ったウェルキンに、アリシアは不安げな表情で声を掛けようとしたが、自身の声を遮るように後方から声が掛けられた。

 

「ちょっと、ウェルキン「中々面白そうな話をしているな?」!!あ、あなたたちは!!」

 

「あれ、ヴァリウスさんじゃないですか?どうしたんですか、こんなところで」

 

のんきな声で尋ねてきたウェルキンに声の主であるヴァリウスは、相変わらずマイペースな奴だなと内心苦笑を浮かべながらいきなりあらわれた正規軍の軍人に警戒の色を浮かべる義勇兵達へと視線を向ける。

 

突然現れた正規軍の男へ不審な視線を向けていた壮年の男性、ラルゴ・ポッテル軍曹は男の正体に気が付くとなんでこんな所に、ガリアの蒼騎士が・・・と呆気にとられた。

 

「こいつが・・・!!」

 

ラルゴの漏らした異名に赤毛の女性、ブリジット・シュターク伍長は驚きの声を上げ、それ以外の義勇兵達も彼の蒼騎士が突然現れたことに驚愕の表情を浮かべる。

 

「な、なんでお二人がここに・・・!」

 

「いやなに、戦術を練るために戦場を散策していたらなにやらおもし・・・じゃない、言い争う声が聞こえてきてな。興味を惹かれて来てみれば、なにやら非常に興味深いことを聞いたんでな。少し聞かせてもらえないかなって」

 

「ただそれだけ」と、あっさり述べられたアリシアは、呆気にとられた。

 

いいの?この人、正規軍のお偉いさんなんだよね?確かにブルールから送ってもらったりしたときはかなり気さくな人だったけど、だからって大事な作戦を目の前にしてるのに「気になったから話きかせて」なんて義勇軍に聞きに来るって普通じゃないわよね?いいの?ほんとにいいの!?あ~、もう、訳わかんなくなってきた!助けてセルベリアさん!!

 

助けを求めヴァリウスのストッパーたるセルベリアへと視線を向けるも、彼女にも抑えることは出来ないのか、眉間に手を当て首を横に振っていた。

 

諦めろ。こうなったヴァンはもう止まらない。

 

無言だが、視線で語られたアリシアは、「ああ、セルベリア大尉も私と同じで、苦労してるんだな・・・」と、直感的に悟った。双方、一般的に変人と呼ばれる人種を上司に持つ身、妙な連帯感が芽生え始めていた。

 

「で、さっきまでの話だと第7小隊、だったよな?つまり、ギュンター少尉達のみでヴァーゼル橋を奪還するって聞こえたんだが。それも、48時間以内で・・・あれ、本気か?」

 

「ええ。本気です」

 

(ちょ!!本気なの、ウェルキン!!)

 

迷いなく断言したウェルキンとは反対にアリシアは内心ひどく狼狽してしまう。それはそうだ。先述したとおり、ヴァーゼル橋は正規軍でさえも奪還することが出来なかった。にもかかわらず、目の前に居る男は義勇兵で、それもたった一個小隊でそれを成そうと言っている。驚くなと言う方が無理だ。

 

必死に表情には出さず、しかし内心でひどく混乱しているアリシアをよそに、ヴァリウスは笑みさえ浮かべるウェルキンを数秒見つめ、フッと笑みを浮かべる。

 

「なるほど・・・相当自信があるみたいだが・・・大事なことを忘れていないか?」

 

「大事な事・・・ですか?」

 

「ああ。ヴァーゼル市の奪還は正規軍、義勇軍の合同で行われる作戦だ。スケジュールについてもこれから議論されて決定するはずだ。そんな中で、君たちだけが単独で動くなど、もし本当にやれるのだとしても、それを行うための許可が降りると思っているのか?」

 

「「「あ」」」

 

誰もが今思い出したと言った表情を浮かべる。

 

ここは戦場だ。そして、自分たちは正規の軍人ではないにしろ、義勇軍と言う名の立派な軍人だ。軍人が作戦を行うためには(当たり前だが)許可が必要だ。

 

たとえ、それがどんなに素晴らしい作戦であろうとも、他の部隊との合同作戦であるならば上層部の許可は必須。それがなければ、作戦を行うことなど出来ない。

 

しかし、あれだけ自信満々だったのだ。当然許可ぐらいはすんなり下りるか、もしくはもうとっているのだろう。誰もがそう思いながらウェルキンを見つめていると、それまで浮かべていた自信ありげな表情から、ふにゃっと言う擬音が付きそうな笑みを浮かべ、

 

「え~っと・・・無理ですかね?」

 

「無理だな、普通は」

 

にべもなく切り捨てられた。

 

軍とは組織だ。組織である以上、一個人の独断行動を許容する事態は例外を除けばほぼあり得ない。特に、軍隊はそれが顕著であり、命令違反には重罰が課されることは当たり前だ。

 

「ん~、困ったなぁ。これじゃ賭けが成り立たない」

 

本当に困っているのか疑いたくなるのんきさで「困ったな~」と首を捻るウェルキン。あくまでもマイペースなこの男に苦笑を浮かべながら、

 

「が、物事には例外がつきものだよな」

 

挑発的な、ニヤリと擬音が付きそうな笑みを浮かべた。

 

「例外・・・ですか?」

 

怪しい笑みを浮かべるヴァリウスに恐る恐る尋ねるアリシア。基本的に規則に従順な性格をしている彼女にとってヴァリウスの言う「例外」がどんなものかは正直想像がつかない。それに、なんとなくこの人物がウェルキンと同じ「変人」に部類されることに薄々気が付き始めたアリシアにとって、この先告げられる内容が自分のストレスを加速させるんだろうな~と諦めに似た感情を抱いていた。

 

「そう、例外だ。この場合で言えば独立行動権が認められている俺たちと一緒に行動することで、命令違反じゃなくなることだな」

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ。その代わり・・・お前らの作戦、俺にも一枚噛ませてもらうぜ?」

 

ニヤリと怪しげな笑みを浮かべるヴァリウスを見て、「ああ、やっぱり碌なことにならないのね・・・」と半泣きなアリシアへ、同じ立場にあるセルベリアは憐みに満ちた視線を送っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。