遅くなり、申し訳ありません。
昨年の年末には上げたかったのですが、年末年始から仕事が入ってしまい、中々筆が進まず、既に一月も半ばとなってしましました。
次は、出来るだけもっと早く上げられるよう努力しますので、これからも駄作ではありますが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
「―――古代ヴァルキュリア人の末裔たるコーデリア姫と宴席を共に出来ることは、私の至上の喜びと言えます」
「まったく・・・思ってもいないことをよくもまぁ、ペラペラと」
「ヴァン、あまりそういうことを口にするな」
晩餐会の会場である謁見の間に、コーデリア・ギ・ランドグリーズが入場し、来賓である連邦からの特命全権大使、ジャン・タウンゼントの挨拶を壁際で聞いていたヴァリウスは、胡散臭い笑顔を振り撒くタウンゼントへと小さな声で悪態をつく。
それを、同じく小さな声で諌めながらも、セルベリアもヴァリウスと同じくタウンゼントへと若干の嫌悪を込めた視線を送っていた。
連邦ーーー正式名称・大西洋連邦機構。西ヨーロッパの、共和制国家によって形成された、国家群の総称であり、その国土は対立している帝国ーーー正式名称・東ヨーロッパ帝国連合ーーーよりも小さいものの、海運により、巨大な経済圏を形成しているため、その国力は、帝国よりも巨大であり、膨大な資本を持つ国の連合である。
帝国とは長く戦争状態であり、海戦ではともかく、陸戦では戦車の性能差が著しく、戦況は劣勢であった。
そんな連邦としては、曲りなりにも帝国と戦えている友好国のガリアが帝国に敗北してしまい、壁の一つが無くなってしまうのは面白くない。
現に、連邦からは少ないながらも支援物資として、食料やラグナイト以外の物資弾薬などが送られていた。
小国であるガリアにとって、前線で戦っているヴァリウス達にとって、確かに連邦からの物資援助は感謝の気持ちを抱かせるには十分なものであったが、下心が見え透いていたため、タウンゼントの演説に対し、思わず悪態をついてし合ったのだ。
連邦にとってガリアとは、帝国と連邦を隔てる体の良い防壁でしかない。
自分たちの手を煩わせず、帝国のほんの一部ではあるが、戦力を削っているガリア軍は、よく働く番犬のような存在としか連邦の上層部は考えていないのだ。
その証拠として、ガリアから幾度も送られている連邦への援軍要請は、のらりくらりと明確な返答を出さずにいる。
「
しかし、ガリア中枢部にいる貴族や将軍達はこの連邦の態度に怒りを見せるどころか、より甘い蜜を吸おうと連邦への点数稼ぎとして、自国の兵を言われるがままに戦場へと派遣していく。
同じ貴族として、あまりにも情けない行動に憤りを露にしていたヴァリウスは、八つ当たりと頭で理解していても、馬鹿貴族にそんな行動を取らせている連邦の顔とでも言うべきタウンゼントに、どうしても好意が抱けなかったのだ。
「まぁ、連邦の援助が無ければ今の戦況ももう少し厳しいものだったかもしれないのですから、もう少し好意的に見てあげてもよろしいんではないでしょうか?確かに、何の中身もないスピーチだとは思いますけど」
「こらこら、君までそんな事を。他の貴族に聞かれたら事だよ、アルトルージュ」
ヴァリウスと同じくタウンゼントへと冷ややかな視線を送っていたアルトルージュを、苦笑しながら嗜めるアレンスウェード伯爵。
この場に居る何人もの要人が、彼らと同じように感じ、思っていることは伯爵にも容易に想像がつく。
しかし、残念ながらガリア一国では情けないことだが、帝国の魔の手を防げないのが現実であり、大国たる連邦の静かな侵略の手を受け入れながら、もう一方の手を防ぐしかないのだ。
そして、それを彼らも理解している。だが、理解しているからと言って、納得出来るほど、ヴァリウス達は大人に成りきれてはいなかった。
(いや、この場合は、こうして納得してしまう方が良くないのだろうね)
諦観し、現実を受け入れるのが大人だとすれば、確かに彼らはまだまだ子供であろう。しかし、時代を、歴史を変える者と言うのは、彼らのような諦めの悪い子供なのではないか。
ふと、そんなことを考えた伯爵は、不満げな顔つきのヴァリウスたちを、まるで眩しいものでも見るかのような目でしばらく眺めていた。
「ふぅ、ようやく終わったな」
「ああ。しかし、何の因果なのだろうな。私たちが戦場で助けた青年たちが、私たちと同じ|英雄≪見世物≫扱いされる場に立ち会うとはな」
「おいおい、せっかくの祝いの席なんだから、そう言うのは無しだろ。それに、本人たちはともかく周りが嬉しそうにしてたんだ。それだけでも、|勲章≪アレ≫はあいつらにとって意味あるものだ」
「フッ、確かにそうだな。どうにも、私も少し此処の空気に中てられたらしい。少しテラスで涼んでくるとしよう」
「付き合おうか?」
「いや、ヴァンは姫殿下の所へ行っててくれ。すぐに私も行く」
ウェルキン・ギュンター、ファルディオ・ランツァート両少尉への勲章授与、晩餐会が一通り終わり、それまで共にいたアレンスウェード伯爵一行とはその後少し今後のことについて軽く話し、すでに別れている(その際、またひと悶着あったのだが、そこはお察しください)
主賓であるタウンゼント大使は、ボルグ宰相と共に姿を消しており、コーデリア姫はそれより以前に退出されていた。
主催者、主賓の両名が姿を消した会場内に人影は使用人しかおらず、貴賓達が帰りの馬車、車を待ちながら、各々別れの挨拶を交わしていた。
そんな客人達の姿を夜風にあたりながら見下ろしていたセルベリアは、先ほどヴァリウスへ言った言葉を脳裏に浮かべ、思わず苦笑を浮かべた。
「此処の空気に中てられた、か。やはり、私にはこんな場所は似合わないらしいな」
煌びやかな、貴族の世界。華麗な衣装に身を包み、豪華な食事、美酒を口にし、貴人たちと言葉を交わす。
言葉にしてみれば、非常に華麗で、誰しも一度は味わってみたい生活だろう。
だが、セルベリアから見れば、ここは誰もが自分を偽り、他人を騙し、陥れることしか考えていない魔界。今日だって、自分たちの仰ぐ主君であるコーデリア姫からの招待状が来なければ、決して自ら足を踏み入れることはなかっただろう。
正直に言えば、自分たちが背負う『ルシア』の名さえ、出来れば捨て去りたいとさえ思っているのだから。
養父である、エドワードには本当に感謝している。
身元も定かではない、それどころか怪しさしかなかった幼い自分たちをわざわざ自分の養子にし、爵位の継承権まで与えてくれたのだ。
だが、同時になぜ|爵位≪そんなもの≫まで背負わせたのかと、時々思うことがある。
そんなもののせいで、ヴァリウスは負いたくもない責任を負うことになった。
作らなくていい敵まで作ることになった。
ただ自分たちは、静かに暮らしたかっただけなのに。
ただ平和に、≪研究所≫のことなど忘れて、普通の一般人としてどこかで静かに暮らせればそれで十分だったのに、と。
「・・・フフッ、本当に空気に中てられたかな」
それとも酔ったのかと、笑みを浮かべながら頭を振る。
いつもの自分らしくないと感じながら城から見える街の明かりを眺める。
そこは、まるで戦争が起こっているとは思えない、生活の光が灯っていた。
家族を待つ光。恋人を待つ光。親子を照らす光。
数十キロ離れた場所で、今も誰かが命の光を散らしているとは感じさせないその生活の光の数々は、しかし、そうして命を散らす誰かがいるからこそ、守られている。
そう、自分たちが戦っているからこそ、ああした光は灯っていられるのだ。
(なら、確かにヴァリウスの言った通りなのだろうな)
そして、戦った先に、|自分たちが求めるもの≪静かで、平和な暮らし≫があるのならば、
「・・・本当に、らしくないな」
くるくると入れ替わる自分の感情に、今度は苦笑を浮かべるセルベリア。
こうしていると、今度は別のことを考えてしまいそうだと感じたセルベリアは、身を預けていたテラスの手摺から離れる。
先に行けと言っても、どうせ自分を待っているだろうヴァリウスの下へ向かおうと、踵を返し歩みを進めていると、数人の男女が賓客らしい貴族の夫婦と対峙している姿が目に入る。
何か厄介ごとだろうかと、なんとなく目を向けてみると、そこにはコーデリア姫の下へ向かったはずのヴァリウスの姿もあった。
「ヴァン、こんなところで何をしているんだ」
「ん?ああ、セリアか。ちょっと厄介ごとでな」
「厄介ごと?こんなところで、何を」
こんな人目を避けるような場所で、片方が剣呑な目をしていれば、なんとなく分かるが、場所が場所なだけに、何をしているのかと呆れた表情を向ければ、ヴァリウスから予想もしていなかった言葉が発せられた。
「いや、どうやら姫様が攫われたらしい」
「・・・はぁ?」
「どうやら、退出されたすぐ後に連れていかれたらしくてな。おまけに、アリシアの奴もそれに巻き込まれたらしい」
「・・・何を言ってるんだ」
「いや、だからそのまんまだよ。アリシアと姫様が一緒に誰かに攫われて、おまけになんでか知らないが帝国の将軍が呑気に晩餐会に参加してたもんだから、そいつらと顔見知りだったウェルキン達が突っかかっていた所に俺が偶然遭遇したんだよ」
「だから、何を言ってるんだ。おまけに、なんか付け足されてないか」
さらに混乱を誘うヴァリウスの言葉に、ついに頭を押さえるセルベリア。
そんな様子をニヤニヤと眺めていた帝国の将軍と紹介された男が、頭を押えるセルベリアへと声をかけてきた。
「いやはや、まさかこんな所でガリアの英雄達と出会えるとは、光栄だね」
「・・・こちらとしては、頭の痛い話なのだがな」
飄々とした態度で話しかけてくる男を睨み付けながら、溜息を吐く。そんな様子さえも面白いのか、眼光鋭いセルベリアの睨みも物ともせずに、男は口を開く。
「まぁ、気持ちは分からなくも無いがね。残念ながら、余り時間は無いらしくてね。そちらにも、もちろんこっちにもさ」
「・・・・・・」
憮然としながらも、男の言葉を否定しないセルベリアの様子を見たヴァリウスは、「ということらしいから、話を進めてくれ、ウェルキン」と、傍らに立つウェルキンに声を掛ける。
「それでは。まず、コーデリア姫とアリシアを攫った相手は、恐らく連邦です。なので、僕たちは彼らと共同で、敵を追撃します」
「・・・それで?」
「敵の戦力が不明なため、出来るだけ戦力の分散は避けます。よって、僕たち義勇軍部隊、彼らとルシア中佐、そして大尉という編成で追撃に当たりたいと考えています」
「ほぉ・・・」
ウェルキンの言葉に、興味深いと声を漏らす男。隣に立つ女性も、ウェルキンの言葉に興味を惹かれたのか、それまで閉じていた目を微かに開け、視線を向けた。
「ちょっと待て、ウェルキン。こいつらとルシア中佐達を一緒にさせるとは、どういう理由でだ!こいつらがもし裏切ったら、ルシア中佐たちの身が危険に晒されるんだぞ!」
だが、それ以上にウェルキンの隣に立っていたファルディオが、彼の言葉に一番の反応を見せた。しかし、彼の反応は当然のものだった。現に、ファルディオだけでなく、その後ろにいる妹のイサラまでもが、兄の発言に目を剥いていたのだから。
しかし、当のウェルキンは、そんな彼の言葉に何でもないかのように答えを返す。
「だからだよ、ファルディオ。もし、彼らが裏切るようなことになれば、その瞬間に、ガリア最強の二人が牙を剥くことになるんだ。もし僕なら、そんなことは怖くて出来ないけどね」
「いや、だが・・・」
「いいじゃないか、俺は賛成するぞ」
「ルシア中佐!」
それでも万が一があるだろうと言おうとした矢先に、当のヴァリウス本人から言われた承諾の言葉に再度目を剥くファルディオ。そんな彼に、ヴァリウスは話を続ける。
「実際、このメンバーの中で、彼らに確実に生身で対抗出来るのは俺とセリアだけだ。それに、確かに俺一人なら万が一もあるかもしれないが、セリアと二人なら、それもほぼ確実に無いよ」
「いや、しかし・・・」
「何を言っても無駄だぞ、ランツァート少尉」
「ルシア大尉まで・・・」
「一度こうと決めたら、ほぼ確実にそれを成し遂げる。そういう男なんだよ、ヴァリウス・ルシアと言う男はな」
そのせいで、要らない苦労をさせられることも多いがな、と諦めたような、しかし、万感の信頼を感じさせる笑みを浮かべるセルベリアに、それ以上の言葉を続けることが出来なくなったファルディオは、小さな溜息を吐きながら、「・・・分かりました」と頭を垂れた。
「どうやら、作戦は決まったと見て良いようだな?」
「ああ。短い間だが、共同戦線と行こうじゃないか、イェーガー将軍」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。ヴァリウス・ルシア中佐殿」
お互いに、どこか凄みのある笑みを向け合いながら、手を握りかわす男たち。そうして、何の因果か、こうしてガリアの未来を救うために、帝国と、ガリアの、歴史に記されない共同戦線が築かれることとなったのである。