いつの間にか前回の投稿から、半年が経ち、おまけにお気に入りが1,000を突破しておりました。
こんな駄作にお付き合いしていただき、感謝の言葉しかありません。
相変わらずの低クオリティ、展開が進まないで申し訳ありませんが、お付き合いください。
「いやはや、流石はルシア卿のご子息でいらっしゃいますな。またもや勲章を授与されることになるとわ。我が息子にも見習わせたいものですな」
「いえ、部下達が優秀だったお陰です。私など、フォーマル子爵に比べれば、まだまだ若輩者ですよ。それに、ご子息の噂も聞きますよ。何でも、中央で随分とご活躍されたとか」
「いやはや、お恥ずかしい。しかし、ヴァリウス殿いそう仰っていただけるとは、光栄ですな。そうだ、ぜひ今度我が家に―――」
「本当に、セルベリア様は、お綺麗ですねぇ。お肌も、まるで雪のように白く・・・どのようなお手入れをなさっていらっしゃるんですか?」
「特別なことは何も。それに、フォーマル夫人も十分にお美しいと思いますよ。特に、その金髪は、艶やかでとてもお綺麗だと思いますわ」
「あら、そうお分かりになる?実は、主人が以前に連邦から手に入れてくれた整髪料が―――」
7月22日、ガリア公国首都ランドグリーズのシンボル、ランドグリーズ城は、多くの貴賓とされる人々によって、賑やかさを増していた。
きらびやかな宝石を身に付け、談笑する貴婦人、勲章を胸元に飾り、ワインを口にする壮年の男性。様々な、しかし、明らかに庶民的とは言えない人々が集う場の中央で、ヴァリウス、そしてセルベリアは、絶えず話し掛けてくる来賓たちに、笑顔を浮かべながら当たり障りのない会話を交わしていた。
(あ~、ホント・・・嫌な笑顔だな)
自分たちを、見ていない。見ているのは、育て親であるエドワード・ルシア伯爵の持つ人脈、そしてヴァリウスの持つ権力のみ。隠しきれない欲望の光が漏れ出る瞳を、本音としてはこれ以上見ていたくなかった。
だが、ここは社交界という名の魔窟。少しでも隙を見せれば、この場にいる|獣≪貴族≫達は、我先にと喰らいつき、あらゆるものを貪ろうとしてくるだろう。
だからこそ、ヴァリウスは笑顔という名の仮面を顔に貼り付け、実のない言葉を紡いでいく。タイミングを見極め、即座にこの場から離れられるように、その目は周囲を油断なく見渡していた。
(お、アレは・・・)
「それでですな―――」
「申し訳ありません、フォーマル卿。知り合いが見えたようなので、今日はこの辺で」
「ん?知り合いというのは・・・!な、なるほど。確かにあの方たちなら、挨拶せぬわけにはいきませんな。では、ルシア卿。またの機会に。今度は、是非お父上ともお会いしたいですな」
「ええ。機会があれば是非に。それでは」
「ええ。おい、行くぞ」
「あら、もうですの?残念ですわ・・・では、ルシア夫人。また今度ゆっくりとお話ししたいですわ」
「機会がありましたら、その時にでも」
別れの言葉を告げ、子爵、子爵婦人の両名と離れる。周囲で様子を伺っていたほかの貴族たちが、ようやくといった様子で近づこうとしていたが、一部の者たちが、ヴァリウスたちの視線の先にいる人物をみて、隣の者を呼び止める。
呼び止められた者たちは、一様に不快気な表情を一瞬見せるが、呼び止めた者たちの視線をたどり、その先に居る人物の姿を見るなり、呼び止めた者たちへと礼を言う。その顔は、多少の差はあれど、どれもが怯えの色を宿していた。
そんな貴族たちの様子を尻目に、ヴァリウス、そしてセルベリアは、ホールを横切り、数人の貴族達とにこやかに言葉を交わしていた、黒衣の美女の下へとたどり着く。
「失礼、お久しぶりです、アレンスウェード卿」
「おや、ルシア卿じゃないか。久しぶりだね。セルベリア嬢も」
「お久しぶりです、伯爵」
にこやかに挨拶を交わしたのは、艶やかな黒髪に、僅かながら、白髪が交じりはじめた、初老の男性。穏やかな表情が実に様になっているその男性は、ガリアの闇を司っていると噂される、アレンスウェード伯爵家現当主・
ルージェンムーア・フォン・アレンスウェード。そして、
「あら、私には、挨拶してくれませんの?」
ダンスホールの中でも、一際美しく、そして、とびっきり危険な黒き薔薇、アルトルージュ・フォン・アレンスウェード。
妖艶な笑みを向けてくるアルトルージュに対しヴァリウスは引きつりそうになる頬を強引に笑みの形に持っていき、にこやかに挨拶を返す。
「いえいえ。そちらも、お久しぶりですね、アルトルージュ嬢」
「ええ、お久しぶりですわ、ヴァン。それと、私にそんな言葉使いは、止めてくださらない?いつも通り、アルトで構いませんわよ?」
「アハハ・・・」
傍から見れば、儚く、美しい令嬢であるアルトルージュが浮かべる笑みは、普通の男ならば、一瞬で虜にしてしまうであろう魅力に満ちたもの。周囲にいた男性貴族の何名かは、その笑みに中てられたのか、パートナーの女性が浮かべる怒りの表情に気付きもしていない。
が、それはあくまで彼女の本性を知らない、ある意味幸せな者たちのみ。
アルトルージュという女性の本性を知る人間からすれば、今彼女が浮かべている笑みは、さながら肉食獣が、獲物を前にして浮かべるそれを、思い起こさせる。
「それにしても、本当にお久しぶりですわね。以前会った時から、音沙汰一つないだなんて」
「い、いや~、任務が立て込んでましてね。連絡のしようが無くって・・・」
「あら、手紙の一つも遅れないほどにですの?」
「あー、まぁ・・・」
どこか拗ねたような表情で、ヴァリウスに文句を言うアルトルージュ。その姿は、普段の凛とした美女ではなく、まるで少女のような幼さ漂わせて、ヴァリウスの心をグサグサと、苛む。
しかし、そんな彼女の言動に、セルベリアは「フン」と鼻で嗤う。
「私たちは戦争の真っただ中にいるんだぞ?一々お前などに手紙を書いている時間など、あるわけないだろう」
「あら、居たんですのね、あなた。気づきませんでしたわ」
「そうか。ついに、目の衰えが始まったのか。それはいけないな。さっさと医者にでも掛かったらどうだ?」
「ッご心配なく。頗る健康ですから。体調も、目の方もね」
「おや、そうは見えないがな」
「それは、あなたの目が節穴なだけでなくって?」
出会い頭だと言うのに、速攻で繰り広げられる舌戦に、今すぐこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られるヴァリウス。
対して、アレンスウェード伯爵は、流石の年の功と言うべきか、顔色一つ変えずにニコニコと毒を放ち合う二人を微笑ましいものでも見るかのように眺めていた。
「こらこら、アルトルージュ。このような所で、はしたない言葉を口にしてはダメだよ。セルベリア嬢もだ」
「けど、お父様!」
「でもはなしだよ、アルトルージュ」
穏やかな、しかし、逆らいがたい迫力で告げられた終わりの言葉に、ヒートアップしていた二人は、水をかけられた焚き火のように、一瞬で鎮火した。
「・・・言い過ぎましたわ、セルベリアさん。申し訳ありません」
「・・・いや、私こそ、すまなかった、アルトルージュ」
互いに非を認め合い、頭を下げるアルトルージュとセルベリア。そんな二人を、再び微笑ましいものでも見るかのように眺めるアレンスウェード伯爵。そして、そんな伯爵を、救世主でも見るかのような眼差しで見つめていたヴァリウスは、逆に伯爵から、「君もこのくらい言えるようにならなければいけないよ」と笑顔で釘を刺される。
「君には、アルトルージュを任せるつもりなんだからね」
「ッ!は、伯爵・・・!!」
笑顔で言われた言葉に、冷や汗を流すヴァリウス。そんな彼の背後では、片や笑顔を、片や眼を尖らせ、ヴァリウスの背を見つめる。
「ハハハ。・・・では、冗談はこのくらいにしておこうか。少し話があるんだが、テラスの方に行かないかい?」
「ハァ・・・分かりました」
一頻り笑った伯爵は、それまでの好好爺然とした笑みを消し、どこか寒気を漂わせたものへと変える。
対するヴァリウス、セルベリア、そしてアルトルージュも、それまでの空気を一変させて、先導する伯爵の後を追った。
「さて、それでは改めて。この前はご苦労だったね、ルシア卿。セルベリア嬢もね。お陰で、この国の膿をまた一つ切除することができたよ」
パーティーの喧騒から離れ、人気のないテラスへと出た伯爵は、それまで浮かべていた暖かな笑みのまま、ヴァリウスとセルベリアへ頭を下げた。
「いえ、任務ですので」
「だとしても、だよ。仮にも英雄と称される君達にあのような汚れ仕事をしてもらったんだ。感謝の言葉くらい贈らせてくれ」
「・・・分かりました。では、ありがたく受け取っておきます」
「うん。君達のお陰でこの国に巣食う膿は、粗方切除出来た。残るは病巣たる貴族派の中枢だけとなった筈だったんだが・・・」
「何か気になることでも?」
言葉に詰まった伯爵に、問いかけるヴァリウス。彼の疑問に答えたのは、伯爵の隣に立つアルトルージュだった。
「最近、軍部の方で気になる動きを見せる方々がいるんですの。まだ明確な証拠を見つけた訳ではありませんので、任務となるものの話ではないんですの」
「気になる動き?」
「ええ。まだ確たる証拠も無いので詳しいことは言えませんが、あまりよろしくない動きのようなので、あなた方の方でも探りをかけてもらいたいんですの」
「その人物の名前は?」
「カール・アイスラー少将。良識派で知られる有力軍人の一人ですわ」
「待て、アイスラー少将だと?彼は軍内部でも、一目置かれた御仁だぞ。そんな彼に怪しい動きがあると言うのか」
アルトルージュの口から出された人名に、思わず口を挟むセルベリア。そんな彼女を横目に、ヴァリウスは思わぬ人物の名前が出てきたなと、内心驚愕していた。
カール・アイスラー少将。
ランドグリーズ国立大学とランシール王立士官学校を出たエリートであり、優秀な実績を残す将軍として知られ、将兵からの人気も高い、次期大将候補の一人だ。
他の貴族出身の将軍達のような、自身の手柄や、出世のみを意識したような作戦や、自身の配下のみをポストに就けるような人事を行うことの無く、実力や能力があれば、相応のポジションに配置すると言った身分に捕らわれない考え方を持った人物として知られた人だ。
かく言うヴァリウスとセルベリアも、ランシール王立士官学校に在籍していた際に、貴族とは言え、孤児から養子となった経緯を知られ、純血の貴族出身者達から疎まれ、様々な嫌がらせを受けた時期があった。
士官学校卒業後も、一部ではあるが嫌がらせは続き、貴族の上官からは、理不尽な扱いを受けたこともあった。そんな時に、自分たちを気にかけてくれた人物の一人が、アイスラー少将だった。
直接的な援助などは無かったが、まだ新米の少尉だった頃に、「逆境に負けず、上を目指せ。君達は上に立てる人間だ」と、声を掛けてくれたこともあった。
周りがほとんど敵と思えていた頃に、自分達の遥か上にいた人物から掛けられたあの言葉は、今でも忘れられない記憶の一つだ。
そんな人物が、怪しいと言われれば、否定したくなるのが、人間と言うもの。
アルトルージュに食って掛かるようにして、否定の言葉を発しようとしたセルベリアに、伯爵が「あくまで怪しいと言うだけだよ」と、やんわりとセルベリアを宥める。
「さっきも言ったが、あくまでも確証はないんだ。だが、最近の彼は、頻繁に外部との連絡を取っている上に、自分の配下の者達に正規の任務とは異なる動きをさせているらしいんだ。まぁ、繰り返すが、証拠はないから、何かしらの極秘任務の可能性も無くはない」
私達のようにね、と笑う伯爵に、しかしヴァリウスは答えなかった。
「まぁ、彼の場合は、あくまでも注意を払って欲しいと言うだけだ。何かしらの証拠が見つかったら、すぐに知らせるさ」
「・・・いい知らせを期待してますね」
それは少将次第かなとおどける伯爵に、微かな苛立ちを感じるヴァリウス。
そんな彼の様子に、苦笑する伯爵。話題を切り替えるように、「話が変わるんだが」と話題を変える。
「実は、もう一人怪しい人物がいてね」
「まだ居るんですか?」
「ああ。ただし、彼の場合は、ほぼ黒だ」
そう言うと伯爵は、胸元を探り、一本の葉巻を取り出した。
「・・・お父様、お母様から、葉巻は止めるよう言われていませんでしたか?」
「たまには吸わせてくれよ、アルトルージュ。家では母さんが厳しいから、中々吸えないんだよ?あ、君達も吸うかい?」
「いえ、遠慮しておきます」
「私も結構です」
「やれやれ、葉巻一本吸うのも、苦労するようになるとはねぇ」
苦笑しながら葉巻に火を灯した伯爵は、口の中に広がる煙の味を噛みしめ、苦笑する。
「ふぅ・・・それで、もう一人の怪しい人物についてなんだが、こっちはやっぱりというか、予想通りの人物でね。君の方でもおおよそ予想はついていると思うが」
「そうですね。正直、アイスラー少将の方は予想外過ぎましたが、もう一人の方はこちらでも多少の動きは掴んでいたつもりです」
「流石だね。まぁ、念のために答え合わせをしておこうか」
「ええ。では、最近怪しい動きをしていた人物・・・それは」
「「マウリッツ・ボルグ侯爵」」
「・・・流石だね」
「いえ、あれだけ派手な動きをされていれば、嫌でも目につきます」
お互いに同じ人物の名を口にしたことで、笑みを浮かべる伯爵に、苦笑いを返すヴァリウス。
貴族政推進派の中心であり、ヴァリウスがコーデリアに近い事から、事あるごとにヴァリウス達の妨害を画策しているボルグ侯爵とは、もはや対立していると言っても過言ではない。
そんな人物がここ数か月外部と頻繁に連絡を取っているとなれば、どんなに鈍感な者だろうと、何かを企んでいると察するのは当然のことだった。
「こちらで掴んでいるのは連邦と何かしらの密約を交わした、それがコーデリア殿下と何かしらの関係がある。この二点のみです。残念ながら、その内容が具体的にどういったものまでかは分かりませんでした」
「そうだね。それについては、こちでも掴めている。年若い殿下を使って何かを画策する老臣、か。物語とかではよくある悪役だけど、現実にやられると、迷惑どころの話じゃないわけだが」
葉巻の煙を吐き出しながら呟いた言葉に、その場にいた全員が頷いた。
自身の欲のために、祖国を、自分が仕える主人の身を売り渡そうとする悪い大臣。おとぎ話のよくあるパターンと言えばそれまでだが、現実にやられてしまうと、冗談どころの話ではない。
「それとね、こっちはまだ未確認なんだが、侯爵はここ最近頻繁に連邦以外の誰かとも連絡を取っているらしい」
「連邦以外・・・?となると、帝国でしょうか」
「うん。セルベリア嬢の言う通り、帝国だと僕の方では予想してる。まぁ、残念ながら、それが帝国の誰で、どんな話なのかは掴めなかったんだが」
そうおどける伯爵に、それはそうだろうなと内心で苦笑するヴァリウス。
実質国のトップとして国政を動かしている人物の行動をすべて知ることなど、実質無理な話だ。正直、一部とはいえ、こうして自分たちに知られていることの方が、この国の防諜システムに問題があると言っているようなものなのだが、そこには触れない方が賢明と言えた。
「とにかく、彼が連邦、帝国双方にこの国を売り渡そうとしているらしいというのは、確定だろうね」
「ええ。彼の性格からして、この国の為に交渉しているなんて考えるのは、正直無理ですからね」
「あら、万が一、ということもあるかもしれませんわよ?」
「フン、そんな万が一があるものか」
「ハハハ、いやはや、侯爵も嫌われたものだね」
自業自得だけど、と葉巻を味わう伯爵。そうこうしていると、フロアの方から周囲の客人たちを呼び集める声が聞こえてきた。
『間もなく、コーデリア・ギ・ランドグリーズ殿下がご入場されます!ご来場されている皆様は、謁見の間にお集まりください!』
「おや、もうそんな時間か」
「みたいですね。私たちも行きませんと」
「そうだね。さ、行こうかアルトルージュ」
「あら、お父様。私、ヴァリウス様と行こうと思いましたのに」
「おや、父親を置いて男に走るなんて、親不孝な娘だねぇ。なら、セルベリア嬢、一緒にどうかな?」
「残念ですが、私の隣は一人と決めていますので」
「おやおや、振られてしまったか。モテモテでうらやましいよ、ルシア卿」
「・・・勘弁してください、伯爵」
「ハハハハ!」
伯爵の笑い声と共に、ヴァリウス達は再び謁見の間へと戻って行った。