戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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おそらく、本年最後の更新です。


第三十一話

「よく戻ってくれた、デューク中尉」

 

「申し訳ありません・・・自ら志願しておきながら、このような不甲斐ない結果となりました・・・」

 

「いや、むしろよく持ちこたえてくれた。君達の尽力のおかげで、避難民は無事に橋を渡り始めているんだ。犠牲が大きかったのは確かだから、誇れとは言えないが・・・せめて、自分を責めるな」

 

軍服を泥と血で染め、顔を傷だらけにした状態で対面したデュークは、多くの仲間を散らしてしまった事に対する自責の念に苛まれていた。

 

同じ指揮官として、彼の気持ちをヴァリウスはよく理解していた。

 

つい先日まで笑顔で言葉を交わしていた仲間が、自分の指揮した作戦に従って死んでいく。自分がもっと上手くやれていれば、あいつが死ぬことはなかったかもしれない。少しでもそう考えてしまえば、とどめなくその”もしも”が頭に溢れてくるのだ。

 

だからこそ、ヴァリウスはデュークは責めない。責めてしまえば、死んでいった者達の死を否定することになってしまうから。

 

「とにかく、今は身体を休めろ。後は俺達が」

 

「・・・いえ、最後まで見届けさせてください」

 

「デューク・・・」

 

「弾薬の補給さえさせて頂ければ、まだ私は・・・私たちはまだ戦えます」

 

「しかし」

 

「お願いします。・・・せめて、最後まで」

 

ボロボロであるはずなのに、それでも強い意思を宿した瞳でヴァリウスをまっすぐ見つめるデューク。本来ならば、止めるのが当たり前だ。デュークを始めとした第7小隊の面々は、すでに体力も尽き、精神的にも非常に危うい状態であるのは明白だ。

 

継戦能力など皆無に等しい彼等をこのまま任務に参加させたところで、戦力としてカウント出来るはずがない。理性ではヴァリウスも、そしてデューク自身も理解している。

 

だが、それでも。それでも、自分達を立たせて欲しいと、デュークは無言で訴える。

 

自分達が、そして散っていった仲間達が、命を賭して守った者たちが、あの橋を渡り切るのを見届けさせてほしいと。

 

「・・・分かった」

 

「中佐ッ・・・!」

 

「ただし、治療を受けてからだ。今のままでは、警護にたたせることも出来ないからな。ラグナイトの応急措置を全員が受けた後に、対岸警戒を命じる。いいな?」

 

「はいっ!」

 

ヴァリウスの言葉に表情を喜色に染めるデューク。根負けした形になったヴァリウスは、苦笑を浮かべながら渡橋を続ける避難民たちを見つめる。

 

およそ全体の半数は橋を渡り終え、すでに最寄りの基地へと先発している。残されているのは、軽傷者と、自力で歩ける者たちのみだ。

 

合流したネームレスも、避難民達の警護と言うまともな任務であることで士気を上げているのか、多くが率先して進行してくる帝国軍の足止めを行ってくれている。

 

人数が予測よりも多かったため、予定よりも遅れているので、順調とは言いがたいが、特に問題なく進行している。この様子であれば、あと20分もすれば避難民全体の渡橋が完了し、橋を上げることが出来るだろうと、対岸から響いてくる銃声を耳にしながらヴァリウスは珍しく楽観的な考えでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライガー1より各員へ。避難民の渡橋終了。ネームレスと共に順次渡橋を開始せよ。なお、最後尾の渡橋を確認次第橋を上げるので、迅速に行動するように。以上だ』

 

「了解ですよ~。それじゃぁ、皆さんも適当に切り上げてさっさと移動しましょうかーっ!」

 

眼前に迫っていた敵小隊へとエレイシアは、その腕に抱える成人男性ほどの大きさを誇る巨砲、ほぼ専用装備と化した試作型対重戦車ライフルを向け、爆音と共に装填された弾頭を発射。20mmという、常識外れの弾丸が身を隠していた木々ごと敵兵を貫き、その過剰とも言える威力故にその体をバラバラに吹き飛ばす。

 

あまりにも悲惨な最後を見た他の兵士は、著しくその士気を低下させていく。

 

その隙を逃すかとばかりに叩き込まれる追撃の砲撃。エレイシアに続けとばかりに、狙撃銃、マシンガンと様々な銃から弾丸が放たれ帝国兵を次々に葬ってゆく。

 

瞬く間に相対していた敵を殲滅し終えたエレイシアは、戦場に似つかわしくない朗らかな笑みで「次、いきましょうか~」と、化け物ライフルを抱えているとは思えない速度で次の目標へと駆けていく。

 

凄惨としか言えない惨状を生み出した直後とは思えない表情を浮かべる彼女を見ていた周囲の同僚は、戦慄すると共に、(相変わらず化け物だよなぁ~)などと、本人に知られればどうなるか分からない感想を密かに抱いていた。

 

仲間内から化け物などと言われているとは知らないエレイシアは、戦闘音がする方向へと駆けていく。

 

現場は、おおよそ彼女の想像通り、ある程度均衡した状態が続いていた。

 

ガリア側の先頭はネームレス所属のNo.1イムカであり、身の丈を優に超す巨大な武器である複合武装・バールをまるで木の枝かなにかのように振り回して彼女と相対していた帝国兵をその一刀の下に叩き伏せる。

 

バールと地面に板挟みにされたその帝国兵は、果物か何かのようにグシャリと潰れ、その命を散らす。それを一瞥したイムカは、叩き付けたバールを素早く切り返し、隣にいた敵兵の胴を薙ぐ。ブォンという風を切る音と共に血飛沫が舞い、イムカの頬に血が付着する。

 

その姿は、まるで東洋の島国に伝わる鬼のようで。

 

仲間を殺された怒りよりも、恐怖が彼らを襲う。恐怖で体が竦み、銃口がカタカタと震える。それでも、恐怖を振り払い、迫り来る(イムカ)を倒そうと動く者がいた。

 

しかし、忘れてはならない。ここに居るのは、(イムカ)だけではないのだ。

 

「イムカさん、合体攻撃ですよ!」

 

イムカに迫ろうとしていた帝国兵へと、大声と共に突撃していくのは、少年と見まがうほどに生命力に溢れた少女、NO.24アニカ・オルコット。戦場にいるとは思えない快活な表情でありながら、その両の手に持つマシンガンは、無慈悲に、次々とイムカを狙おうとしていた帝国兵を撃ち殺していく。

 

「必要ない」

 

しかし、そんなアニカの援護にもイムカは一瞥さえせずに、一言口にするだけで淡々と、それでいながらまるで獣か何かのように地を駆け、敵へとバールを振るう。

 

圧倒的なイムカの武と、アニカの恐怖を感じていないかのような突撃は、帝国軍の数を凄まじい勢いで削っていく。しかし、傍目に見れば、無謀にしか見えない二人の行動に、彼女たちを援護するようにライフルを、対戦車槍に装填された榴弾を放つのは、太めの金髪男性、No.11アルフォンス・オークレールと、No.32ジュリオ・ロッソの二人。

 

「なんでウチの女性陣ってのは、こっちのこと考えないで突っ込むのかね!」

 

「まったく、美人には刺があるといっても、こうもトゲトゲしかったら摘むこともできないな」

 

口々に突出する女性陣への愚痴を零しながら、隠れながらイムカ達の背後を取ろうとしていた帝国兵の頭をライフル弾で射抜き、榴弾で吹き飛ばすアルフォンス達。軽口を叩き合いながらも、的確に敵を排除していくその技量は、過酷な戦場を生き延びてきた風格なようなものを感じさせた。

 

そうして、敵の大部分をイムカとアニカ、残りをアルフォンスとジュリオが処理することで四人は担当していたポイントの掃討を完遂した。

 

「よっしと。ここら辺の敵はもう居ないみたいだな」

 

「みたいだな。敵の勢いも落ちてるし、ここらで一息つけるかな」

 

「私はまだまだいけますよ!」

 

「休息の必用は無い」

 

一息つこうとする男性陣とは正反対に、継戦の意思を示す女性陣。フェミニストを自称するアルフォンス、ジュリオの二人はあまりにも好戦的なアニカとイムカの二人にもっと女らしくしてくれないかなぁと、人の夢と書いて、儚い願いを脳裏に抱いた。

 

「はぁ・・・で、どうするよ。ここら辺にはもういないんだろ?」

 

「ああ。それに、今連絡が入った。そろそろ橋を上げるから、退けだとさ」

 

「了解。二人共、さっさと退こうぜ」

 

「わっかりました!」

 

「物足りない」

 

四者四様の意見を零しながら、四人は武器を抱えて走り出す。そんな四人の姿を、遠目に見る者達など全く気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、エレイシア以下4名、只今帰投しました。損害0、負傷者無しです」

 

「そうか。ネームレスの方はどうか分かるか?」

 

「順調のようです。既に、周囲の掃討は完了し、順次帰投中だとか」

 

「分かった。引き続き帰投を続けるよう伝えてくれ。全員が帰投次第、橋を上げる」

 

「了解です」

 

帰投したエレイシアからの報告を受けたヴァリウスは、同じく帝国軍との戦闘あたっているネームレスの状況報告に頷きながら、行動の続行を指示する。その視線は相変わらず対岸に向けられたままであるが、その雰囲気は気軽なものであった。

 

避難民の大部分の誘導を終え、追撃のリスクを無くすための帝国軍掃討は、特筆すべき損害もなく順調に進められ、戦闘を行っていた部隊は次々と橋を渡り、対岸で待機している本隊へと合流を終えていた。それぞれ、武器の簡易点検や、消費した弾薬の補給などを行っているが、対岸まで帝国軍はやってこないだろうというある種の油断とも取れる考えが皆の頭の中に浮かんでいた。そして、それはヴァリウスも例外ではない。

 

現在の勢力図としては、ガリア北部は未だに帝国軍の影響下にある。

 

ヨーロッパ最大のラグナイト鉱脈を有する高山帯であるファウゼン、第一次大戦でも帝国と熾烈な戦いを繰り広げたナジアル平原、そして本来帝国との国境を守護する要衝であり、現在は帝国軍の本部として使用されているギルランダイオ要塞など、北部一帯は帝国軍の占領下である。

 

しかし、現在ヴァリウスたちが居る対岸から南は、ガリア軍の勢力圏内であり、戦況が膠着している現状では、いくら捕虜の奪還の為とは言えども、帝国軍もそう易々と手を出せる場所ではないのだ。

 

おまけに、帝国軍はヴァリウスたちによって少なくない出血を既に強いられている。これ以上の損害を出すことは、帝国軍側からしても看過できることではないと言うのが、ヴァリウスを始めとした面々の同一意見であり、彼らが肩の力を適度に抜けている事の理由であった。

 

やがて、133中隊の者は全員が、そしてネームレスの者たちもほとんどの者が帰還し、残すはイムカ達のグループのみとなった頃。

 

簡易的ではあるが、ラグナイト治療によって大まかな傷を癒し、避難民の誘導に当たっていたデューク中尉が、ヴァリウスの下へとやって来た。

 

「中佐、避難民の誘導、完了いたしました。すでに中佐の隊と、我が隊の者達が護衛として、ここから5キロほどの場所にある北部方面基地に移動を開始しました」

 

「ああ、ご苦労中尉。こっちも異常なしだ。順調に進んでるよ」

 

「最初が予定外の連続でしたが」

 

「それを言うなよ。幸い、422部隊が合流してくれたおかげで、護衛の方に戦力を予定よりも割けたんだ。予定外にもいいとこはあるさ」

 

「422部隊・・・ですか」

 

ヴァリウスの口にした、422部隊と言う言葉に眉をひそめる。一般的に、422部隊とは正規軍に所属するも、犯罪者や、犯罪予備軍と判断された人間で構成された懲罰部隊だ。

 

そんな者たちを本当にあてにしてもいいのかと言う疑問をデュークが抱いている事は、容易に見て取れた。

 

「大丈夫だ。懲罰部隊とは言っても、本当に犯罪に手を染めた人間なんてほとんどいない。居ても、軍務に支障をきたすような奴は、懲罰部隊じゃなくて刑務所の中にぶち込まれているよ」

 

もしくは、朽ち果ててるかと、小さくつぶやきながら、未だ難しい表情を浮かべたままのデュークへと意図的に笑顔を向ける。

 

「すくなくとも、俺はあいつらを信用してる。これでも、まだ不満か?」

 

「・・・いえ、中佐がそう仰るならば、信用します」

 

不満ではあるだろう。だが、ガリアでも1、2を争う軍人であるヴァリウスが信じるのならばと、デュークは表情は硬いながらも、ヴァリウスの目をまっすぐに見つめながら頷く。

 

ヴァリウスにしても、そう簡単には信用できるわけが無いとわかっているので、形だけでも認めてくれたのならばそれでいいと笑みを浮かべた。

 

色々と問題の多いネームレスだが、今回のような人命救助の手助けとなる、ある意味「綺麗な」任務であるなら、全力で事に当たるだろう。正規軍とぶつかり合わなければ、今回に限り、問題はない。

 

そう楽観視していたヴァリウスだったが、運命はそんな彼をあざ笑うかのように、障害を用意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、全員帰投したな?」

 

「はい。第422部隊全員、帰還しました。敵の掃討も完了し、後は橋を上げれば終了です」

 

「そうか。それじゃ、さっさと橋を上げよう。コントロール出来るのは、こちら側の管理塔だけだから、これで帝国の追撃は無くなるだろう」

 

「ええ。既にイムカが向かってくれています。もうしばらくすれば―――」

 

橋は上がるはずです。クルトの言葉に被せるように、二人が見つめていた橋が、ゴゥンと言う音と共に、ゆっくりと跳ね上がる。その角度は、やがて壁のような角度まで至り、動きを完全に止める。

 

それを満足げに見つめていた二人は、それぞれの部隊へと引き上げの指示を出していく。

 

ネームレスの戦車に搭乗し、辺りを警戒していたグスルグが対岸に人影を発見した。

 

「待ってくれ!まだ対岸に人がいる!」

 

「っ!なに・・・?」

 

グスルグの言葉に、部隊へ指示を出していたクルトは慌てて振り返り、グスルグの指差す方向へと目を向ける。

 

そこには、確かに人がいた。人数は十に満たない程度の数。服装は粗末なもので、遠目に見ても傷だらけだ。

そして、最大の特徴は、その全員が黒髪であることだ。

 

「まさか・・・まだ、取り残された者達が・・・!?」

 

自らの口にした考えを、しかしクルトは直ぐに否定した。避難誘導されていた避難民の確認は、数回に渡り行われ、しっかりと全員が居ることを確認されている。

 

はぐれた避難民が存在しないことから考えると、彼らは元からいた避難民ではない。

 

そうなれば、答えは一つだった。

 

(この近くに隠れ住んでいたダルクス人か・・・!)

 

ダルクス人の隠れ村、集落と言うのは、実はかなりの数が存在する。避難民の中にいたダルクス人の多くは、そんな隠れ村に住んでいた者達であり、今回の救助目標とされていなかった者たちが過剰人数として、今回の任務の難易度を引き上げた要因でもあった。

 

対岸に見えるダルクス人たちは、そんな者達と同じく、避難民の救助に便乗して帝国の支配から逃れようとした者達だろう。

 

「クルト、橋を降ろしてくれ!彼等を助けなければ!」

 

「グスルグ・・・」

 

戦車から身を乗り出しながら、訴えてくるグスルグにクルトは微かに眉を顰めた。

 

確かに、救助を求める民間人を救助するのは、軍人に課せられた義務だ。だが、この状況でそれを行うのは―――

 

「何を言っている。そんなことは許可できん」

 

「っ!なんだと!」

 

「中尉・・・」

 

ダルクス人達を助けるために、橋を下ろそうと訴えるグスルグに答えたのは、第8小隊への撤退指示を下していたはずのデュークだった。

 

デュークは、微かに怒りを滲ませた表情のまま、同じく怒りの表情を見せるグスルグへ向けて「橋を降ろすことなど許可できるわけがないだろう」と言い放った。

 

「貴様ら、理解しているのか?今橋を下ろせば、帝国軍の追撃ルートをわざわざ作り上げてやることになるんだぞ」

 

「だが、まだあそこに避難民がいるんだ!民間人を守るのが、軍人の役目だろ!」

 

「そのために、戦闘を終えたばかりの我々や、まだすぐそこにいる避難民に、危険を犯せというのか?」

 

「だからって、見捨てるのか!彼等を!」

 

「・・・・・・」

 

互いに言葉をぶつけ合う二人を黙って見つめるクルトの胸中は、正直なところデュークと同じ意見であった。

 

422部隊、そして第8小隊双方ともに、片や強行軍による疲労が、片や殿を務めたことによる被害などで、正直なところ迫り来る帝国軍に対し、まともな戦闘を行えるほどの余裕は無い。

 

おまけに、対岸にいるダルクス人達は、救助対象として認定された者達ではないのだ。

 

これが、最初から同行していて、対岸に取り残されたならばまだしも、途中から着いてきた者達を、危険を冒してまで保護する理由は、ハッキリ言って無い。

 

既に規定外のダルクス人達も受け入れている現状では、彼等を助けるのは困難と言わざるおえない。

 

「すでに、帝国軍もすぐそこまで迫っていると言う報告も入っている。勝手な真似をするな!」

 

「ダルクス人だから・・・見捨てるのか・・・!」

 

「なに・・・?」

 

「あんたも・・・あそこにいるのが、ダルクス人じゃ無ければ、助けるんじゃないのか・・・?」

 

「貴様・・・!」

 

「あんたらは、いつもそうだ・・・俺たちが、ダルクス人だからと言うだけで、そうやって・・・!」

 

「・・・それ以上口にすれば、上官侮辱罪で刑期を増やすこととなるぞ」

 

「だからなんだ・・・俺は・・・俺は、同朋を見捨てるために、軍人になったわけじゃない!」

 

「っ!待て、No.6!」

 

橋の管理塔へと駆け出そうとするグスルグの腕を掴むクルト。グスルグは、自らの行動を阻むクルトへと、平時では決して浮かべない表情で、クルトを睨みつける。

 

「離してくれ、No.7!俺が、俺が彼等を助けるんだ!」

 

「この状況では、皆を死なせるようなものだ!避難民の中にいるダルクス人達も、しぬかもしれないんだぞ!」

 

「っ!・・・だが、それなら、彼等を見捨てろと言うのか!俺に、同朋を見捨てろと!」

 

「そうだ」

 

「っ!」

 

「ヴァリウス中佐・・・」

 

諍いを続けていた三人の下へ、セルベリアを引き連れたヴァリウスが現れた。その表情は先程までの穏やかなモノとは打って変わり、非常に厳しいものであった。

 

「悪いが、グスルグ。彼らの事は諦めろ。橋を下ろすことは、許可しない」

 

「ッ!あんたまで・・・あんたまで、そうなのか!」

 

ヴァリウスの言葉に激昂するグスルグ。放っておいたら、殴りかかりそうな彼の表情に、クルトは腕を掴んだままの手の力を、一層強く握り締める。

 

「グスルグ・・・いや、あえて言おう。No.6。君は、デューク中尉にこう言ったな?「ダルクス人だから、見捨てるのか」と」

 

「・・・ああ」

 

「なら、こう言おうか・・・貴様の目は、節穴か?」

 

「上層部から下されたのは、「北部に取り残された一般市民の救助」だ」

 

「だから、あそこにいるダルクス人たちも・・・!」

 

「ああ。一般市民だ。そして、デューク中尉たちがその命を賭して守り抜いた者達の多くが、お前の言うダルクス人(・・・・・)だ」

 

「ッ!」

 

「彼らは、少なくともお前の言う、ダルクス人だからと言う理由で、助けに行くなと言っているんじゃない。彼等を助けに行くことで、より多くの民間人が危険となるかもしれない」

 

「422部隊も、第8小隊も、そして情けないことに俺達133小隊も、まともに戦える状態でない。そんな俺たちが、避難民を守りつつ、あそこにいる民間人を保護して、帝国軍を撃退できると、本当に思っているのか?」

 

「それは・・・」

 

「お前が、同朋を守るために無茶をしてネームレスに送られたことは知っている。だけどな」

 

「・・・俺たちは、神様じゃないんだ」

 

「俺たちは人間で、この手で守れる者には、限界がある。どんなに守りたくても、守れないものがある」

 

「・・・割り切らなきゃ、いけないんだ」

 

「諦めなきゃ・・・いけないんだよ、グスルグ」

 

「ヴァン・・・」

 

表情は変えずに、しかし、強く握り締められた拳からは、ポタポタと血が流れていた。

 

「だから・・・今回は、諦めてくれ、グスルグ」

 

「俺たちは・・・無力な、人間でしかないんだ・・・」

 

「・・・くそ・・・クソォォおおおおお!!」

 

グスルグの雄叫びとともに、銃声が鳴る。

 

それに混じった、悲鳴は、まるで呪いのように引き上げていくヴァリウス達の耳に、こびり付き、いつまでも鳴り響いていた。


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