戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第三十話

「戦車だと・・・そんな、馬鹿な!」

 

緊張の糸が途切れ、弛緩していた体が強張る。

 

嘘であってほしいと、見間違いであってほしいと祈りながら、兵士が指差す方向へと目を限界まで見開き、その真偽を確認する。

 

そして、発見した。

 

木々を避け、時には踏み倒しながら突き進む3台の戦車の姿を。その周囲を守るように、共に突き進んでくる歩兵達の姿が、デュークたちの目にハッキリと映り込む。

 

助かった、生き延びたと希望を噛み締めていた所に降りかかったこの新たなる絶望は、先までのギリギリのところで踏ん張っていた兵士達の士気、戦う気力を根元からへし折るには十分な代物だった。

 

そして、それはデュークもまた同じ。背後の市民を守るため、兵士としての矜持を示すためにと戦っていた彼の気力も、一時と言えど、生き延びたと言う事実に安堵してしまったことにより、容易には立て直せるものではなくなっていた。

 

「ここに来て・・・ここまで来て、戦車だとッ・・・!」

 

デュークは、そう怒りに満ちた言葉を口にしながらも、「ここまで粘ったからこそなのだろうな」と、どこか納得したような表情を浮かべていた。

 

帝国兵は、当初歩兵部隊のみでここを突破するつもりだったのだろう。捕虜を奪還するためには、戦車のような代物は、森と言う障害物の多いこの場所では不向きであり、過剰戦力だったはずだ。だからこそ、歩兵部隊のみでの作戦行動を取り、逃げる捕虜たちを確保しようとしていたはずだ。

 

しかし、想定外の事態が起きた。

 

デューク達が、頑張りすぎた(・ ・ ・ ・ ・ ・)のだ。デューク達の足止めによって、帝国軍は思うように進むことができずにいた。このままでは、捕虜を奪還するどころか、無駄な犠牲が増えるばかり。

 

だからこそ、この状況を打破できる手を打った。増援要請を受けた部隊が、投入を避けていた戦車三台を含む歩兵部隊を投入し、妨害する敵部隊の排除に乗り出したのだ。

 

本来、戦車と言う兵器は、森林地帯のような場所での戦闘を苦手としている。

 

鬱蒼と茂る木々は戦車の機動性を殺し、敵の姿の発見を困難にする。待ち伏せなどを容易にし、少数の歩兵によるゲリラ戦法によって、何台もの戦車がその真価を発揮できずに、鉄屑へと変貌する場所。それが、森林地帯なのだ。

 

だからこそ、当初帝国軍の指揮官は戦車の投入を避け、歩兵部隊による敵部隊及び逃亡した捕虜の確保を遂行しようとしていたのだ。

 

そして、この地形が戦車を殺すものであることを理解していたからこそ、デュークもまた、「戦車が来ることはない」と無意識のうちに決め付けていた。

 

自分たちの働きが、帝国指揮官の考えを変えることになることを、失念するほどに。

 

――――――ッ!!

 

「ッ伏せろ―――っ!」

 

だが、戦車は来た。

 

戦車の砲撃、戦車、歩兵―対戦車兵達から打ち込まれる榴弾、迫撃槍がもたらす爆風と爆音は、一切の慈悲などないとでも言うかのように、ガリア兵の命を刈り取ってゆく。

 

グシャリッと言う生々しい音と共に地面に落ちた兵士の顔を見れば、目が見開かれたまま絶命している。それが二度、三度と繰り返されれば、その都度、隠れていた仲間達がその身体を四散させるか、一部を欠いて絶叫し、そして必死に耐えようとうめき声を漏らしていく。

 

(シャルル・・・ブレーズ・・・ベルナール・・・ッ!)

 

このままでは、ただ無様に、成す術なく死んでいくだけだ。

 

(ダメだ・・・それだけは、認めるわけにはいかん・・・!!)

 

認めよう。自分の失念が、この事態を招いた。全ては、自分の油断のせいだ。

 

殿を任されたことで調子に乗っていた。自分も、英雄になれるのではないかと。あのヴァリウス・ルシアに任されたことで、自分もまた英雄の一人であるなどと言う幻想を抱いてしまった。

 

馬鹿なことを考えていた。

 

自分は、所詮二流止まりの指揮官、脇役でしかない―――否、脇役にもなれない中途半端な存在だ。

 

万が一の可能性も思い浮かべることのできなかった、未熟者よりもタチの悪い、無能。

 

だが、

 

(私にも、無能なりの意地がある―――!)

 

「ッウォォォオオーーーー!!」

 

木陰から身を乗り出し、雄叫びを上げる。爆風の熱をすぐ傍に感じながら、残り少ない弾薬を撃ち尽くす勢いで引き金を引く。

 

銃弾は爆音轟く中を飛ぶ。その多くは戦車の装甲に弾かれるか、厚い対戦車兵の装甲服を貫くことは出来ずにその衝撃だけを伝え、よろめかすだけで終わってしまい、倒せた敵の数はほとんどない。

 

しかし、その気迫は本物だった。

 

絶望的な状況にあるはずの、風前の灯に等しいはずの敵が突然雄叫びを上げ、反撃してきたことに、帝国兵たちは、僅かにではあるが動揺を見せた。

 

自らが先陣を切り、その姿を見せることで仲間の士気を取り戻す。

 

指揮官としては下の下なその策は、しかし帝国兵達の攻勢を一時的にではあるが、圧し止めるだけの気迫に満ちていた。

 

(せめて―――せめて、一人でも多くの仲間(部下)を生き残らせるために―――!)

 

決死の覚悟の下に成されたそれは、一方的な攻撃を仕掛けていた帝国軍に対し、微かな隙を作り出すことに成功した。

 

だが、その動揺も一時の事。所詮は、敵兵の一人が見せた最後の悪足掻きと見たのか、動揺はすぐに治まりを見せた。逆に、たった一人で反撃を加えてきたデュークへと、戦車、歩兵全ての砲口、銃口が向けられる。

 

絶体絶命の状況。しかし、デュークは隠れる素振りを見せなかった。

 

(退いてはだめだ・・・例え、死のうとも、私は退かん・・・!)

 

強い決意を宿した瞳で、自分へと向けられるそれらを睨みつける。

 

そして、その砲口、銃口から弾が放たれようとしたその時、デュークの鼓膜を、女性の声が震わせた。

 

『ダメですよ~、死のうとするのは。隊長が一番嫌いなことですから』

 

その言葉と共に、先頭にいた戦車の上部が爆発。砲塔が派手に吹き飛んだ。

 

その場にいた誰もが、思わず目を疑う。特に、死を間近にしていたデュークは、何故自分が生きているのか、何故戦車が爆発しているのか、あの声の主は一体誰なのかなどと、様々な疑問が頭を巡っていたが、そんな彼を急かすように、再び女性の声が鼓膜を揺らす。

 

『ほら、早く退いてください。助けに来ましたよ~』

 

爆音と、火薬の匂いが漂う戦場には似つかわしくない、どこかのんびりとした口調で紡がれる言葉を理解するのに、デュークは数秒を要した。

 

その数秒の間にも、自分達を駆逐しようとしていた戦車、歩兵たちはどこからかも分からない攻撃によってその数は次々に減らしていく。

 

その様は、ついさっきまで自分達を圧倒的な戦力差で追い詰めていた者達と同一のものだとは到底思えない様であり、誰もが右往左往し、見えない敵からの攻撃に怯え、四方八方に己が持つ銃器の先を向けていた。

 

それでも、敵が見つからない。見つからないのに、どこからか来る銃弾は、味方を次々と射抜き、時折発せられる他よりも低い銃声が轟くと、鋼鉄の塊であるはずの戦車に穴が開いてゆく。

 

誰もが恐怖に慄き、戦列が維持できずにいる。既に、敵は瓦解していた。

 

「ッ、退避だ、退避しろ!森の奥に退くんだ!」

 

ようやく状況を認識できたデュークは、まだ無事な仲間達へと大声で叫ぶ。

 

彼と同様に、突然変化した事態に呆然としていた仲間たちも、目の前の状況をようやく飲み込め、身を隠していた場所から次々に森の奥へと走っていく。

 

デュークの声に何人かの帝国兵が反応し、逃がすかと銃口を向けるも、そこから弾丸が放たれることはなく、逆にその身を銃弾により次々と貫かれていく。

 

自分達を窮地に追い込んでいた敵が、あっけなくやられてゆく姿に、どこか夢心地な感情を抱きながら、デュークもまた、自らが死守していた場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

『目標の救援成功。死傷者が多数発生していますので、よろしくお願いしますね、隊長』

 

「了解だ。撤退の判断はお前(ホーク3)に任せる。が、必要以上の交戦は無駄だからな。引き際を見誤るなよ」

 

『承知してます。交信終了』

 

常時は運河として使用される河にかかる跳ね橋の上での通信を終え、ヴァリウスの目は対岸にようやくたどり着いた避難民達へと向いた。

 

予定よりも遅れてしまった避難誘導。それにより生じた殿を務めたデューク達、第7小隊の損害。戦場は生き物と揶揄されるように、つくづく予定通りにことは進まないものだとヴァリウスは自身の見通しの甘さに舌を打った。

 

だが、避難民の誘導も一応は完了。あとは、応援に向かわせたシエルをはじめとする数名の隊員達、そして生き残った第7小隊の隊員達の合流を待ち、跳ね橋を上げてしまえば任務はほぼ完了となる。

 

予定外のことばかりであったが、なんとか無事に終えることができそうだと考えていたヴァリウスの元に、避難民の誘導監督を行っていたはずのセルベリアが近寄ってきた。

 

「ヴァン、通信が入ったそ。増援が到着したと」

 

「増援?人手が増えるのは助かるが、そんな要請は出してないはずだが・・・どこの部隊だ?」

 

「第422部隊」

 

「ネームレス?なんで彼らが」

 

「合流指示を受けたのが4時間前。戦闘任務の完遂後、基地への帰投は認められず、直接合流せよとの指令だったそうだ。連絡は、正規軍から送られるという話だったそうだが」

 

「相変わらず、司令部は酷な事をさせてるな。しかし、連絡なんて来てないが・・・その連絡、軍司令部から来るはずだよな?」

 

「もちろん」

 

「となると、懲罰部隊への嫌がらせのつもりか・・・それとも」

 

「私たちへの、だな。全く、派閥争いなど・・・国家存亡の危機だと言うのに、バカバカしい」

 

「向こうは、そう思ってないんだろ。ま、ネームレスへのものだとしても、バカバカしい話なんだがな」

 

ヴァリウス、セルベリア共に、自軍の愚かしい行いに、眉を顰める。国境が犯され、一時は首都目前まで追い込まれたと言うのに、未だにこの国は一つと成りきれていない。

 

政治面では、若年のため、国主に即位こそしていないが、大公家であるコーデリア・ギ・ランドグリーズを頂点としているコーデリア派と、実権のほとんどを掌握しする宰相であるマウリッツ・ボルグを頂点とする宰相派がそれぞれ対立している。ただ、どちらにも属さない中立派が両者の緩衝材となることで、ひとまずの休戦状態が成されているのが現状だ。

 

また、軍部ではボルグ宰相によって中部総司令官に任ぜられたダモンを中心とするダモン派が幅を効かせているが、ヴァリウスの上司であるアレハンドロ・オーリン中将などを中心とする、良識的な軍人達による良識派などと呼ばれる者達によって、軍部の完全な腐敗をかろうじて防いでいるのが現状だ。

 

こうした、派閥抗争の影響は少なからず前線へと響いており、良識派と見られる部隊や、義勇軍への補給が滞る、連絡の不備などの些細な、しかし見逃すには大きすぎる嫌がらせが横行しているのがガリア軍の現状である。

 

「全く・・・で、どうする?」

 

「今更来られても第7小隊と諍いを起こすだけな気がするが、向こうも軍務だ。何もせずに帰るわけには行かないだろうからな・・・とりあえず、跳ね橋の防衛と、近隣基地までの護送を任せる。ここを任せてもいいか?」

 

「ああ、問題ない」

 

この場の監督をセルベリアに任せたヴァリウスは、ネームレスへの指示を伝えに足を向ける。懲罰部隊であるネームレスと、正規軍部隊である第7小隊を接触させる事に多少の懸念はあるが、ここで彼らに何もさせないのは、戦力の無駄でしか無い。

 

それに、この規模の避難民誘導、警護は現状の戦力では不安が残る。ハッキリ言って、猫の手も借りたいのが正直な気持ちだったヴァリウスにとって、援軍であるネームレスの存在は不安要素でもあるが、ありがたいものでもあった。

 

「アーヴィング少尉」

 

「ッ!ルシア中佐、わざわざお越しいただかなくとも・・・」

 

「連戦続きで疲れてるだろ?これくらい構わないさ、アーヴィング少尉」

 

「お気遣い、痛み入ります。ですが、今はNo.7であります、中佐」

 

「相変わらず硬いな・・・まぁいい。疲れているとは思うが、生憎ゆっくりっしていろとは言えないんだ。早速だが、422部隊は避難民護送の援護のため、対岸から来る帝国軍の足止めをしてくれ。大半は私たち(133中隊)が処理しているが、何せ避難民の数が多い。現在後退中の正規軍第7小隊の援護のために人手を割いている以上、帝国軍の足止めに協力してくれ」

 

「了解しました。これより第422部隊は避難民救助のため、跳ね橋防衛の任に付きます」

 

「頼む」

 

数ヶ月ぶりの再会を喜ぶ間もなく、作戦への協力を要請、受諾する両者。

 

この後に起こる悲劇を予測できるはずもない彼らは、己に課された役割を果たすためにそれぞれの持ち場へと足を向けた。


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