戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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どうも、お久しぶりです。

就活やら、卒業単位の確保やらで時間が取れず、気づけば半年以上が経過しておりました。

一応まだ就活が終わっていないので、不定期更新が続きますが、完結はさせるつもりなので、どうか見捨てないでやってください。

では、相変わらずの愚作ですがお楽しみください。


第二十九話

「始まったみたいだな」

 

「・・・はい、戦闘開始の報告がありました。後方1キロの地点です。予想通りですね」

 

「ああ。さて、こっちもさっさと終わらせよう。ラビット1、後方で戦闘が開始された。速度をもう少し上げてくれ」

 

『了解。徒歩の者はどうしますか?』

 

「そっちも少し急かしてくれ。のんびり歩いて敵と遭遇なんて洒落にもならねい」

 

『了解です』

 

通信を切り、後ろから微かに聞こえてくる銃声と爆音に目を険しくさせる。避難民はあと少しで目的地、安全地帯が待っているという希望、そして後ろから聞こえてくる絶望の音に、疲労が蓄積された足を必死に動かし歩き続けている。このまま何事もなく行けば予定よりも早くガリア勢力圏下へと辿り着きそうではある。

 

だが、既に戦端は開かれ、帝国軍と交戦している。それは、この周囲の帝国軍がこちらを捉えてかけている、もしくは既に捉えている可能性を示している。

 

ただでさえ、護衛対象である避難民の数が護衛戦力を上回っているのだ。この状態が長引けば長引くほど、後ろで踏み止まっていくれているデューク達の身が危険だ。

 

だからこそ、もっと早く動きたいのだが、避難民達も精一杯のようだ。これ以上、無理を押し付けてしまえば、脱落者が発生し、それこそ余計な時間が取られかねない。

 

「歯がゆいな・・・」

 

戦場を駆けるだけならば、感じはしない苦々しさに、表情を歪める。指揮官として、仲間の命だけを預かるだけでも、常人にとっては十分な重責であるが、今回は民間人の命を守るために、仲間を、それも数時間前に合ったばかりの者達の命をかけなくてはならないことに、ヴァリウスはいつもとは異なる感情を抱いていた。

 

だが、それに浸っている時間はない。頭を切り替え、再び無線機を手に取る。

 

「ホーク各員、状況報告。様子はどうだ?」

 

『ホーク3、周囲に敵影見えず。殿は、ここから見える範囲では善戦してます。脱落者や負傷者も確認してません』

 

『ホーク6、同じく敵影見えず。警戒を続けます』

 

『ホーク8、敵兵発見。処理しますか?』

 

「ホーク8、迅速に処理しろ。他も、敵兵を発見次第、処理しろ。判断は各自に任せる。異常事態発生時には即時報告。異常だ」

 

『ホーク8、了解』

 

『ホーク6、了解』

 

『ホーク3、了解。通信終わり』

 

首元の通信機から手を離し、後ろを見遣る。今のところは、順調に事態は進んでいる。敵の足は止まり、被害も予想よりも断然少ない。

このまま無事に終われば良いと思う反面、軍人としての勘が告げている。

 

このまま終わる訳がない、と。

 

「こういう勘は、中々外れてくれないからな」

 

経験から来る勘と言うのは、的中率が異様に高い。それは、どのような職業、物事においても共通するものである。故に、ヴァリウスはこれから起こりうるであろう何かに対する警戒を強くする。

 

「隊長、そろそろ大尉達との通信可能域に入ります」

 

「ん、了解だ。こっちに回してくれ」

 

「はい・・・繋ぎます」

 

隊員から通信可能の合図を受け、再び首元の通信機へと手を添える。

 

「こちらライガー1。不測の事態により救助対象の数が予想よりも増えている。防衛範囲を広げ、人員の退避を行え。こちらは引き継ぎ開始と同時に敵勢力の索敵、撃退、および後方部隊の救援に移る」

 

『こちらグリーズ1、了解だ。こちらが現在捉えている敵の数は二部隊のみ。方位は2時および10時の方角。距離はおよそ700』

 

「了解。到着予定は、20分後。出迎えてくれると助かる」

 

『はいよ。できるだけ急いで行くとしますよ』

 

「そうしてくれ。通信終わり」

 

通信機を切り、空を見上げる。遠ざかりはしたが、後方からは未だに爆音が鳴り響いており、戦闘の激しさを物語っている。どれだけの被害が発生し、どれだけの者が生き残っているのかも、いかにヴァリウスと言えどもここに居ては感知する術はない。

 

出来ることならば、すぐにでも反転し救援に駆けつけたい。長い時間を一緒に過ごしたわけではない。一日にも満たない短い時間、それも直接顔を幹部級のメンバーとだけだ。

 

しかし、彼等は自分達の無茶に自ら進んで付き合い、体を、命を張って敵と戦っている。

それだけで、ヴァリウスに言いようの無い感情を生じさせるのには十分だった。

 

だが、ここで自分が離れてしまえばどういうことが起きるのかが分からないほど、ヴァリウスは現実を知らない訳では無い。

 

知っているからこそ、余計に辛いのだ。

 

「死んでくれるなよ・・・デューク」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に・・・戦力差が有りすぎるか・・・」

 

戦闘開始から既に40分。当初の目的である足止めは辛くも成功しており、少なくない被害を出しつつも、今のところ帝国軍の足は完全にデューク達によって止められていた。

 

だが、元来遅滞戦闘という戦術は血を流す確率が極めて高い戦術の一つであり、既に死者2名、重軽傷者5名という損害が出ていた。

 

その上、帝国軍の戦力は時を刻むごとに増えており、このままでは突破されるのも時間の問題であることは、誰の目から見ても明白である。

 

だからこそ、帝国軍は時間がないことを理解しつつも、このまま力押しでデュークたちを押す潰すことを選択していたのだ。

 

「敵の戦力も残り少ない!このまま圧し潰してしまえ!」

 

「ガリア如きが、生意気なんだよ!」

 

「とっとと潰れろ!」

 

絶え間無い銃声と共に投げつけられる罵声。デュークたちは、銃弾でもってそれに答え続けているのだが、戦力の差は歴然。

 

回復力の差もあり、彼等は今窮地に立たされていた。帝国軍は次々と後続部隊が合流を果たし、戦力は減るどころか増えていく一方。逆に、デュークたちは弾薬も、そして人も次々と負傷、死亡し減っていくばかり。

 

戦力差は開き、碌に後退することも出来ずその場に止どまりながら、僅かばかりの反撃を行うだけとなっていた。

 

(くそ・・・予想以上に、帝国の合流が早い。予測が甘すぎたッ!)

 

飛来する銃弾から身を隠しつつ、増加するばかりの帝国兵へと、悪態を吐きながらライフルの銃口を向ける。むざむざと殺される気は誰にもなく、反撃の銃声は断続的にだが響き続いている。

 

通信機も戦闘によって破損してしまったため、周囲の仲間と連絡は取れないが、響き渡る銃声が、皆の生存を物語っていた。

 

だが、一時も途切れず鳴り響く帝国側の銃声が、自分たちの置かれている現状を、嫌でもデュークに認識させていた。

 

帝国兵が攻めてこないのは、このままじわじわと自分達をいたぶり続けるためなのか。それとも、よほど慎重な指揮官が率いているからなのかは分からない。しかし、このままでは、遠からず全滅の時が訪れることを、デュークだけでなく必死に抵抗を続ける仲間たちの誰もが感じていた。

 

諦めが、皆の心によぎる。圧倒的な兵力差、時間とともに迫る全滅の時。その恐怖をどうにかして振り払おうと、誰もが足掻いていた。

 

生きたいと願いながら、逃げ出したいと思いながら。しかし、その頭によぎる自分たちの背の向こうで必死に逃げている避難民の者達の顔が彼らの足をここに留めていた。

 

ここで逃げることは出来ない。ここで逃げては、彼等が死んでしまうかもしれない。そうなれば、彼等を守るためにと、ここで死んでいった者達に、示しがつかないと。

 

諦めず、戦い続けることでしか、彼らに答える術はないのだと、逃げ出そうとする自分を必死に押し留めていた。

 

しかし、現実はひたすらに非情だった。死を運ぶ弾丸は、その厚みを一層増していく。盾にしている木々は、次々と抉れていき、その体積を減らしていく。

 

「クソッ・・・!殺すなら、さっさと殺しに来いよッ・・・!!」

 

デュークのとなりで身を隠す年若い隊員が、帝国兵達へと悪態をつく。その声は震え、恐怖の色を隠せていない。しかし、それを笑うことなど、叱責することなど、デュークには出来なかった。

 

デュークもまた、彼と同じだったからだ。

 

恐怖に押しつぶされそうになりながらも、それを必死に隠し、背後にいる者たちを守るためだと自分に言い聞かせながら銃を握っているが、心の中では殺すのならばさっさと殺しに来いと叫んでいるのだから。

 

既に、帝国軍の戦力は、デューク達を容易く押し潰せる数にまで達している。戦力差は軽く見積もっても3対1ほどとなっていることは、夥しい数の銃声から容易に察せる。

 

デューク達がまだ生き長らえているのは、決死の抵抗による結果では無い。

 

自分達が生きながらえているのは、運でも何でもなく、ただ帝国兵達が止めを刺しに来ていないだけだ。

 

デューク達の3倍は居るはずの敵兵士達が放っている銃声は確実に自分達が身を隠すこの木々を削りきり、自分たちの身を夥しい数の銃弾が貫いていても不思議では無いはずなのだ。しかし、現実として、自分達が身を隠している木々が、銃弾によって削られる速度は非常に遅々としたもの。

 

30~40は居るはずの兵士達による攻撃にしては、あまりにも手緩く、時間がかかりすぎている。

 

対して、こちらの戦力はデュークがしっかりと把握している数でおよそ8人。自分たちからはぐれてしまい、ここからでは伺えない、しかし攻撃が行われていると思われる地点がもう一つあるので、そこにも何人か生き残っているのだろう。それでも、20には満たないはずだ。

 

それに、帝国兵達は一定の距離を開けたままで、デュークたちの下へと進軍してくる気配がない。

 

帝国軍の隊長が一体何を考えているのか、デュークにはまるで理解出来なかった。

 

だが、絶望的なまでの戦力差に変化は出ず、全滅までのタイムリミットも変わらずに迫っている。今、デューク達が生きているのは、帝国指揮官の気まぐれか、もしくはその嗜虐心を満たすためだけの道具に使われているかのどちらかだ。

 

(中佐は、まだなのか・・・!)

 

絶望的なまでの状況に、ふと心の中であの若き英雄の姿を思い描くデューク。直後、激しい自嘲の念が彼の中で湧き上がる。

 

自分から殿を希望しておいて、いざとなったら他人に縋る。それも、英雄に相応しい実力を持っているとは言え、自分の息子よりも少しだけ年上の青年にだ。

 

何て愚か。何て無様・・・!

 

自分の覚悟は、所詮この程度のものだったのか。窮地に陥っただけですぐ他人を頼るような、自分で任せてくれと言った相手に縋るなどと言う、情けないものだったのかと、デュークの胸の内は、自らへの怒りによって黒く燃え上がる。

 

だが、いくら彼の中で気持ちが燃え上がろうとも、現実は待ってはくれない。

 

必死な抵抗も、数の暴力には勝てない事が証明されるかのように、デューク達の武器弾薬は底を尽き始め、次第に味方からの銃撃間隔が長くなってくる。

 

デューク自身も、既に保有する銃弾の数はマガジン一つと半分程度。慎重に狙いを定め、敵兵を撃ち殺すも、数は減っているのかも分からない。

 

一人殺しても、直ぐに別の兵士が後ろから加わるのだ。

 

物資的にも、精神的にもその摩耗率は非常に高いものとなってしまうのは、必然だった。

 

だからだろう。

 

「・・・?隊長、帝国軍が・・・」

 

「どうした!」

 

「いえ・・・奴ら、なんだか数が減ってきているような・・・」

 

「ッ!なに・・・!ほ、本当か?」

 

「敵が、引いていく・・・?」

 

木々を削り、デュークたちの命を奪おうとする弾丸の雨はその勢いを減らし、銃声と爆発による騒音が、嘘のようにピタリと止まった。

 

静寂があたりを包む。見える範囲に帝国兵の姿はなく、不気味な静けさだけが漂う。それでも、油断はできないと、誰もが各々の武器を抱えたまま辺りを伺う。

 

十秒。

 

二十秒。

 

三十秒。

 

やがて、一分が過ぎようとする頃になると、誰かの口から「助かったのか・・・?」と言う言葉が零れ落ちる。

 

それが合図であるかのように、誰もが抱えていた銃を下ろし、長い息を吐く。

 

「どうやら・・・助かったみたいだな」

 

緊張の糸が切れた瞬間だった。

 

身を隠していた木に寄りかかり、思い思いの格好で腰を下ろす。誰もが憔悴しきった顔で、それでも生きていることを喜んでいた。

 

その中には、デュークも含まれており、彼はこの時完全に周囲への警戒を忘れてしまっていた。

 

通常時のデュークならば、この不自然なタイミングで攻撃を止めさせたことに疑問を抱いただろう。引き続き警戒を怠らないように勧告しつつ、この機を逃さぬようにと何かしらの行動を起こしただろう。

 

だが、苛烈な攻撃にさらされ、死を目前していたことによる精神の摩耗は、デュークから正常な判断能力を奪い去るとともに、緊張の糸を完全に断ち切ると言う最悪の結果をもたらした。

 

だからだろう。彼らはそれの存在に、ギリギリまで気づけなかった。

 

「・・・!?た、隊長!」

 

突然、皆と同じく体を休めていた兵の一人がデュークを呼ぶ。

 

「ッ!どうした?」

 

緊張の糸が切れ、休息を求めようとする体を無理やり起こし、声を上げた兵へと顔を向ける。視界に入った兵士は、限界まで目を見開き、森の奥を指差していた。

 

「戦車が・・・戦車が来ます!」

 


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