「二班、弾幕を張れ!このままでは、圧し負けるぞ!」
「援護に回ります!」
「許可する!急げよ、長くは保たなそうだ!」
「了解!」
「進行状況は!?」
「現在目標地点まで残り二キロ!およそ30分です!」
「30分・・・長くなりそうだな・・・」
銃声と怒号が飛び交う前方に展開される戦場を眺めながら、デュークは誰に言うでも無く、ポツリと呟き、自身の背後で懸命に逃げ続けている避難民達。
それを先導しているはずのヴァリウス達を脳裏に描きながら、喉元の送信機に手を当てながら隊への指示を出しを再開する。
時間はヴァリウスたちがデュークを始めとした避難民たちとの合流を果たし、ガリア勢力圏下へと移動し始めてから半日程が経ったあたりまで遡る。
想定以上の避難民をできる限り車両へと乗せるため選別し、残りの者達をヴァリウスたちが護衛する形で道程を歩き続け、避難民の体力を考慮し休憩を取っていた一同。
そこへ、できれば来ないようにと誰もが祈っていた連絡―――帝国軍来襲の報が入る。
「っ!帝国軍が、すぐそこまで迫っているだと!」
「くそっ、もう少しでガリアの勢力圏に入ると言うのに・・・!」
後方にて警戒に当たっていたキースからの情報によると、帝国軍の数はおよそ3個小隊規模。木々が生い茂る森林地帯のため、戦車の数こそ2台程度だが、その分歩兵の数が若干多い。
対するヴァリウス達の兵力は2個小隊規模。ただし、その半数に当たる数が避難民の護送に付いているため、実質一個小隊である。
兵の質的には、ヴァリウス達の存在によって優っている。しかし、避難民と言う護衛対象を守りながら戦うとなると、相当厳しい戦いになるはず。マイナス要素溢れる戦いを前にし、デューク隊の幹部達の間に緊張と焦燥の色が浮かぶ。
「―――ようやく、か」
「思っていたよりは遅かったな」
敵軍接近の報を受け、焦燥するデューク達とは打って変わって、ヴァリウスとセルベリアの両名を始めとする133小隊の幹部達には、焦りの色一つ見えなかった。それどころか、はっきりと「遅かった」とまで口にしている。
それは、デューク達からしれば、信じられないことだった。故に、幹部としてこの場に居た若い兵士は二人に対し、焦りを見せながら声を上げた。
「何を言って・・・敵がすぐそこまで来ているのですよ!何故そんなに落ち着いて―――!」
「逆に聞きたいんだが―――なんでそこまで慌ててるんだ?」
「―――え?」
「この事態は、当初から予想されていたことだ。帝国は捕虜を、労働力の逃亡を許すまいと追っ手を差し向ける。だからこそ、我々がこうして彼らの、そして君たちの応援としてここに来た。なら、いつかは帝国の追手に捕まることも予測出来ていたはずだろ?」
「し、しかし、本当に追いついてくるかどうかなど―――!」
「ここは敵の勢力圏内だ。追手が後方のみなわけがないだろう」
若者の楽観的推論を現実的な言葉にて即座に封じたセルベリアは、その赤い瞳を若者へと向け、更に言葉を重ねていく。
「敵は、我々の足が遅いことを知っている。何せ、避難民と言う
「おまけに、さっきセルベリアも言ってたが、ここは敵の勢力圏下なんだ。必然、俺たちは隠密行動を強いられる。ただでさえ避難民の体調とかを考慮しなきゃいけないのに、随時敵への警戒も行わなきゃならないんだ。遅くて当然だろ?」
「当然、帝国軍もそう言ったこちらの内部事情は知らなくとも、避難民と言う枷がある事を当然ながら知っている。だからこそ、我々がガリア勢力圏下に入る前に周囲の部隊へと連絡し、包囲するかたちで追撃を掛けてくることは充分予想できたことだ」
ここは敵地であり、自分達は避難民と言う枷を自ら嵌めてしまっている。その事を強調しつつ、二人はこの先の展開をあらかじめ予想していたことだとして、周囲を落ち着かせた。
「あらかじめ予想していたのだから、ある程度の手は打ってある」
「打ってある、とは?」
「そのままの意味だ。我々の戦力は最初から二手に分かれている」
「二手に―――!?」
「そうだ。俺達とは別に、勢力圏の境目となっている跳ね橋・・・あそこら辺を、別に動いている奴らに確保させてる。小規模な戦闘ならば余裕で切り抜けられる連中だから、周辺の安全は確保できているはずだ」
「これで、一応ではあるが懸念されていた挟撃の可能性は幾分か下がっているはずだ」
「まぁ、俺達の想定だと避難民の人数もこの半分程度だったから、もっと早くあいつらと合流できていたんだけどな」
「それは・・・」
「実戦にアクシデントは付き物だ。前にも言ったが、誇りこそすれ、気に病む必用は無い」
「・・・ありがとうございます」
「で、だ。跳ね橋付近の安全は確保出来ているとは言え、今現在の安全は保証できない状態にある。むしろ、限りなく危険な状態なわけだ」
目指す場所の周囲が安全だと分かっただけマシだろうが、問題は何も解決されていない。だが、心配の種が一つ取り除かれたことでデューク達の顔色は幾分か回復していた。
「いえ、この先の安全が確保されていると言うことが分かっただけでも十分な朗報です。ここさえ乗り切ればなんとかなると分かったのですから」
デュークの前向きな発言に周りも頷く。希望がなければ、士気も低下する。逆を言えば、希望があると分かれば、兵の士気というものは上昇するのだ。故に、今ヴァリウス達から聞かされたことは無駄ではない。
「幸いと言っていいのか分かりませんが、敵がいつ来るのかも大まかにですが判明しています。もちろん、別方向から来る可能性も否定できませんが、それらに関しては中佐達の隊を頼りにさせていただきます」
「ああ。それに関しては頼りにしてくれて構わない」
「でしたら、後方からの敵は我々が対処します」
デュークの発言に対し、二人は微かに表情を強ばらせ、一言、本気かと問うた。
「遅滞戦闘の難しさを知らない・・・わけはないな?」
「ええ。遅滞戦闘に関してはそれなりに経験しておりますので、その困難さについても充分分かっているつもりです」
「なら、なんで自ら志願なんてするんだ?俺たちに任せても全然構わないぞ?」
疑問を宿した表情を見せながらヴァリウスはデュークへと問う。遅滞戦闘とは、敵に背を向ける行動であり敵の追撃を受けやすく、逃げながら戦うと言う性質上、士気の低下、混乱の発生などの不安要素が多々ある。
そのため、高い練度、士気の持続性、有能な指揮官の存在などが必要な戦闘行動とされており、その難易度は極めて高い。
順当に決めるならば、ここは当然ながらヴァリウスたちが殿、遅滞戦闘に当たるべきだ。だが、デュークはそのセオリーを無視し、自ら苦難に当たることを志願したのだ。
「いえ、中佐達には避難民の護衛をお任せしたいのです。ガリア随一の133小隊が護衛についていれば、例え敵と遭遇したとしても、民間人の混乱は最小限に抑えられるはずです」
「・・・・・・」
「遭遇戦では瞬発的な対応力が求められますが・・・口惜しいことですが、我々のそれは、中佐方に比べ、遥かに劣ります」
「だから、自分達が殿を引き受ける。そういうことか?」
「はい。これが最適な配置であると愚考した次第です」
デュークの意見を一通り聴き終えたヴァリウス、セルベリアの両名はしばしの沈黙後、現在索敵を行っているキース、そして別働隊を率いているギオル、シルビアを除く他の幹部達へと眼を向ける。
「お前たちはどう思う?」
「・・・まぁ、筋は通っていると思います。現状、優先されるのは民間人の安全です。なら、確実性が高い我々が護衛に付くというのは通りです」
「私も同意見です。護送をスムーズに行うためにも、民間人の動揺を最小限に抑えるためには
グレイ、アリアの二人共がデュークの言葉に同調の意を示す。
確かに、二人の意見、ひいてはデュークの意見は正鵠を射ている。民間人の無用な混乱が無ければそれだけ護衛に当たる隊の負担が減る。
敵のみに神経を向けることが出来るだけでも隊の負担はかなり軽減できる。ただでさえ、想定外の救助対象郡を保護しているのだ。これ以上余計な手間をかけたくないと言うのは、この場にいる誰もが胸に秘める本音であった。
「分かった。なら、殿はデューク中尉達に一任。俺たちは引き続き周囲の警戒及び、護送を継続する。背中、任せるぞ」
「っ了解!」
ヴァリウスの言葉に笑みを浮かべるデューク。ガリアで最も勇名を馳せる部隊長に、自分の意見を、背中を一時的とは言え任せらると言われたのだ。
これで奮い立たない男など、軍人ではない。
それは彼の部下たちにも言えることであり、先程までこれから繰り広げられるであろう戦闘を想像し、顔を強ばらせていた幾人さえ、ヴァリウスの「任せる」と言う言葉を聞いた瞬間、誰もが戦意を滾らせていた。
「こちらからも幾人か回す。全て中尉の指揮下となる。存分に使ってくれ」
「了解。全力を尽くします!」
戦意に満ちた表情で、セルベリアからの言葉を受け取る。それを見ていたヴァリウスは、任せても大丈夫そうだ、と改めて笑みを浮かべた。
「よし。では、今から10分後に隊を分ける。133小隊は各隊から3名ずつ選出し、デューク中尉の部隊へ応援を回せ。133小隊出発後、デューク中尉の隊は10分遅れで出発。敵との戦闘はなるべく控え、133小隊を追随。戦闘に突入した場合は、無理をしない程度に遅滞戦闘を開始。なるべく被害を最小限に抑えつつ、目標地点への到達を目指してくれ」
「「「了解」」」
「以上、解散!」
セルベリアの声と共に、それぞれが自身の役割を果たすべく駆けていった。
―――目標地点までの距離 約10km―――
デューク率いる殿部隊が、予定通りヴァリウス達から10分遅れで休息地を発ち、後方を警戒しながら進むこと15分。彼らよりも更に後方で索敵、警戒に当たっていたキース率いるハウンド分隊から、敵接近の知らせが入った。
「総員、戦闘態勢!三班に分かれて対応する。いいか、この戦いの目的は勝つことじゃない。避難民を無事に目標地点へ送り届けることにある。だが、後ろには皆知っての通り、ガリアの英雄が居る!油断するなとは言わないが、無駄に気負うな」
隊員達を鼓舞しながら、自らもライフルを抱え目を凝らす。キース達からの情報によれば、敵の数は―現在はと付くが―さほど多くはない。
引き際を見誤なければ、十分に全員が生きて戻れる戦いだ。
(大丈夫だ。自分の経験を、こいつらの事を信じろ・・・)
自分へ言い聞かせながら、銃口を森の中へと向ける。敵の姿は確認できない。が、近づいているのが、感じられた。
余談ではあるが、デューク率いる彼らの実戦経験はガリア正規軍の中では比較的長い。ガリア戦役以前では、ギルランダイオ要塞に所属していたため、帝国との小競り合い、小規模戦闘を幾度か経験し、今次の戦争では、初期から前線での任務に付き帝国との戦いを生き抜いてきている。
そのどれもが敗戦ではあったが、部隊の被害を最小限に止め、ベテランを育て上げてきたデュークの手腕はかなりのレベルに達している。
その上、この戦闘では後ろに
これ以上ない隊のコンディションを感じ取っていたデュークはいつもとは違う、高揚感をその胸の内に感じていた。
その上、応援として133小隊から五名の増員を受けている。その練度は疑いようもなく最上レベルであり、それが五人となればこの遅滞戦闘における戦線の穴を埋めるには充分だ。
順次戦闘位置に着いていく。スリーマンセルで7班。予備戦力としてデュークを含む6名が後方待機だ。
そうして数分。周囲の空気が変わる。殺気が漂い始め、敵意が飛び交う―――ここは、戦場と化した。