戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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お久しぶりです。色々ひと段落着いたので少しづつですが投稿を再開していきます。
相変わらずの亀だと思いますが、どうかご容赦を。


第二十七話

帝国軍に捕縛された民間人の救出作戦のために基地を発ったヴァリウス率いる第133小隊は、帝国軍と遭遇するようなこともなく、無事に先行する正規軍部隊との合流地点に辿りついた。

 

後は、民間人を引き連れた部隊と合流し、無事にガリア勢力圏へと脱出できれば任務完了となる、はずだったが―――

 

 

 

 

 

「遅いな・・・」

 

「・・・確かにな。けど、敵勢力圏内からの脱出なんだ。多少のロスは想定内だろ?」

 

「それはそうだが・・・」

 

「民間人を連れての移動なんだ。予定時刻に間に合わないのは最初から想定されてた事態だろ?」

 

「だが、既に合流予定時刻を二時間は過ぎているんだぞ?いくらなんでも遅すぎる」

 

「・・・・・・」

 

セルベリアの言葉に押し黙る。彼女の言うとおり、ここは自軍(ガリア)勢力圏内ではなく、敵軍(帝国軍)の勢力圏内。

 

何が起こっても不思議では無い場所で、予定時刻よりも二時間の遅れをきたしていると言うことは、何か不測の事態が起きたと言う証明とも言えた。

 

ただでさえ民間人を連れての移動などと言う、リスクの高い作戦だ。最悪の事態、も起こっていることも考慮しとかなければならないだろう。

 

だからこそ、その最悪の事態が起こっているのかどうかをキール達に偵察してもらっているのだ。

 

「・・・そろそろキール達から何か連絡があるはずだ。それによって今後の行動を決めよう」

 

「・・・それしかない、か・・・」

 

状況が分からないまま動くのはあまりにもリスクが高い。このまま敵陣内に留まっていることも、リスクが低いとは言えないが、もしも救出部隊がここに辿りついた場合、133小隊が居ないとなると、彼等に対する危険度も跳ね上がる。

 

どちらにしろリスクがあることに変わりはない。ならば、どちらの方がマシなのか。その答えが来るのを、ヴァリウスたちは待っているのだ。

 

『―――こちらハウンド1。護衛部隊を視認』

 

「!こちらベース。状況は?」

 

『見る限り、敵と戦闘を行った形跡は無し。民間人を連れていることを除けば、特に変わった様子は・・・?』

 

「どうした?」

 

言葉を詰まらせたキースへと問うヴァリウス。返答はすぐに返ってきたが、その内容が要領を得ないものだった。

 

『・・・いえ、随分と避難民の数が多いようなので』

 

「数が・・・?どのくらいだ」

 

『おおよそですが・・・300程度でしょうか』

 

「300だと・・・!本当か?」

 

『あくまでも、おおよそですが。少なくとも、当初想定していたよりは数がいそうです』

 

「・・・分かった。とりあえず、その部隊と合流後、こちらへ誘導してくれ。警戒は怠るなよ。以上、通信終わり」

 

通信機を置き、セルベリアと無言で見つめ合う。二人の表情は、不可解な事態に戸惑いを覚えていた。元々ヴァリウス達は、情報部の報告よりも捕虜の数が多い事は想定していた。

 

敵の内部情報を正確に知ることはかなり困難なことであるから、多少の誤差はあり得ると最初から踏んでいたのだ。

 

だが、自分達がそうだからと言って、護衛部隊として出向いた正規軍がそうであるとは限らない。正規軍部隊が想定していたよりも避難民の数が多かったのが遅れている原因だと推察するのは容易だが、それではキースが言うには自分達の想定していた数よりも多そうだと言うのだ。

 

ヴァリウスたちが想定していた誤差は50人ほど。占領されている町に収容出来る数にプラスしているので総勢ではおよそ300人ほどと、余裕を持っていた。

 

しかし、キース曰く、それよりも数がいそうだと言う話だ。

 

「私たちの想定よりも数がいそうだと・・・?いくらなんでも、それだけの捕虜があの町にいたとは思えない」

 

「収容可能人数を超えての数だったからな。いくら帝国でも、あそこに300人もの捕虜を押し込めるとは思えないけど、キースの話じゃそれくらいいるみたいだしなぁ・・・」

 

二人で顔を付き合わせながら疑問を解こうとするも、答えは出ない。

 

それくらい、報告された300人と言う数は想定外にも程があるのだ。

 

「まぁ、とにかく部隊と避難民の無事は確認できたんだ。詳細は向こうの指揮官に聞いてみれば分かるだろ」

 

「・・・確かにな。ここでこうしていたところで分かることでもない、か」

 

疑問は変わらず、しかし区切りを付ける。

 

数十分後、姿を見せたキース、そして正規軍部隊は軍人を除いて皆疲弊していた。

 

無理もない。いくら教育課程において多少の訓練を積んでいるとは言っても、捕らわれていた時点で体調が万全だとは言えず、脱出後も追撃の恐怖にさらされ続けていたのだ。多少なりともこの休憩で体力を回復してもらわなければ、この先の行程に小さくない支障が出てしまう。

 

だが、ヴァリウス達にとって、それ以上に問題になる事態が発生していた。

 

「これは・・・」

 

「・・・流石に、これは予想外だったな・・・」

 

眼前で休憩に勤しむ避難民達。その数は、キースからの報告によって知っていたヴァリウスとセルベリアの両名からしても驚きを隠せない数だった。

 

パっと見て、およそ300人強。報告にあった数よりも100人、ヴァリウスたちの予想よりも50人以上もの数がここに集っていた。

 

それも、

 

「まさか、大半がダルクス人とは・・・」

 

迫害されし民である、ダルクス人。報告よりも多い100人のほとんどが、そのダルクス人の人々によって成されていたのだ。

 

「なるほど・・・なんとなくだが、読めたよ。避難民の数がここまで膨れ上がった理由」

 

「・・・私もだ」

 

着の身着のままでここまで来たため、ダルクス人、ガリア人問わず疲労困憊気味の避難民。しかし、その両者を少し観察してみると、救出目標であったガリア人と一部のダルクス人以外、要はダルクス人だが、衣服の汚れが軽く、表情も幾分か明る気だった。

 

これらの要因から導き出される結論は、一つ。

 

「けど、断言はまだ出来ない。やっぱり部隊長に直接聞いてみないとな」

 

「―――どうやら、向こうから来てくれたみたいだぞ、ヴァン」

 

推測だけで物事を図るのは愚行だとして、隊を指揮してきた指揮官の下へと向かおうとする二人に向かって、正規軍の軍服に身を包んだ壮年の男が近付いて来た。

 

「北部第8中隊所属第7小隊の指揮を勤めています、デューク・ソレル中尉であります。到着予定時刻に遅れてしまい、申し訳ありません」

 

表情に多少の疲れは見えるも、軍人として避難民の前で情けない姿は見せられないとばかりに毅然とした態度でヴァリウス達と対面した男は、謝罪の言葉と共に、敬礼した。

 

返礼しつつ、ヴァリウスとセルベリアは所属部隊と階級を返す。

 

「いえ、困難な任務であったとこちらも認識してますから。それよりも―――」

 

「―――彼等のことですな」

 

ヴァリウスの質問に、男―――デューク中尉は微かにどこか苦々しげな表情を見せる。しかし、すぐにそれを消し、質問に対する答えを述べた。

 

「彼等は、救出目標とされていた避難民ではありません。町の周辺に村を構えていた者達だそうです」

 

「―――やっぱりか」

 

デューク中尉の答えに、予想通りの答えが返ってきたと頷く二人。その事実が確認できれば、彼らが何者なのか、どうしてこの場にいるのかの説明も付く。

 

「彼等は、帝国軍に見つからないよう必要最低限の生活物資を持って山中に隠れていたようですが、今回の捕虜救出に乗じて、我々に保護を求めてきたのです。最初は15人程度だったのですが、徐々に増えていき、最終的には100人近くとなってしまいました。部下からは任務遂行の枷となると進言されましたが、私の独断で彼等を受け入れることを決断いたしました」

 

最後に、弁明はいたしませんと言い切り背筋を伸ばすデューク中尉の顔に後悔の色は無い。どんな罰も受ける覚悟であると、言葉ではなくその表情で告げていた。

 

確かに、デューク中尉の取った行動は、軍としては許されるものでは無い。軍人にとって、何よりも優先すべき事は任務の遂行だ。任務とは無関係の民間人を受け入れ、そのために作戦に支障をきたしているのだ。お咎めなしですまされない。

 

おまけに、対象がダルクス人と言う事もマイナスだ。帝国ほどでは無いにしろ、ガリア、それも軍上層部にはダルクス人差別主義者が多数存在している。くだされる処罰は軽くはないはずだ。

 

しかし、目の前の男はそれをやった。規範的な軍人ならば絶対にやらないであろう、荷物をわざわざ抱え込むと言う愚行を。それも、部下に責任は無く、全て自分の責任であると明言するという徹底振りだ。

 

「・・・中尉、一つ聞いておく。何故、任務に関係ないダルクス人全員を受け入れたんだ?話を聞いていると、最初に来た者達に対しては余裕があったからと判断出来るが、その後の者たちは明らかに過剰であると判断出来ていただろう?何故受け入れた?」

 

キツイ言葉で詰問するセルベリア。彼女をよく知らない者が見れば、その表情は非常に厳しい物に見えるだろう。だが、彼女をよく知る人物―――ヴァリウスからしてみれば、今の彼女はどこか楽しげな表情を見せているように見える。

 

(というよりも、完全に楽しんでるよなぁ)

 

デューク中尉の取った行動―――民間人を取捨選択しないその姿勢は、本来ならば規律に厳しい傾向にあるセルベリアなら、批難するはずだ。だが、自分たちも元を正せば彼らと同じように研究所から逃げ出し、養父に救われた身。

 

だからこそ、好感が湧く。だが、それが善意からなのか、それともはたまた別の何かからなのか。そこを彼女は見極めようとしていた。

 

(善意というのならば適当に相手をすればいい。打算だとしても同じだ。だが、それ以外のものならば・・・)

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、デューク中尉はどこか緊張した面持ちでセルベリアの問いに答えた。

 

「・・・自分は軍人です。民間人を、この国の民を守るために兵士になりました。そして、彼等はこの国の民であります」

 

「・・・だからこそ助けた?荷物になると知りながらもか?」

 

「・・・あそこで見捨てれば、それを起点に帝国軍に我らの存在、ルートが露見する可能性がありました。それらを考慮した上での判断です」

 

(いやぁ、やっぱり居るところには居るんだなぁ)

 

(確かにな・・・久々に見た。こんな〝バカ"は)

 

建前を並び立てながらも、彼の瞳には力強さが溢れている。偽善だと断定されようとも、自らが信じる正義に殉じるその姿に、ヴァリウス達は笑みを浮かべる。

 

汚職にまみれ、自国の民を見捨てるような輩が蔓延するガリア軍にも、このような”バカ”がまだ存在している。その事実が、無性に二人は嬉しく感じられたのだ。

 

「中尉の意見は充分に分かった。選別はさせてもらうが、安心しろ。置いていったりはしないさ」

 

セルベリアの顔から険しさが取れ、その横に居たヴァリウスから民間人を見捨てたりはしないと言う言葉を聞き、デューク中尉はしばし間の抜けた顔を晒す。

 

やがて、流れが読み取れたのか、彼の顔からも険しさが抜け、代わりに苦笑を浮かべた。

 

「なるほど・・・私は試されていたと言うわけですか」

 

「悪いが、そういうことだ。けど、安心してくれ。合格だよ」

 

信じられることが分かったと伝え、肩を軽く叩き、ヴァリウスは避難民の選出のため、残った仲間達の下へと向かう。

 

その後ろ姿を見送る形となったデューク中尉と副官である軍曹は、自部隊の下へ戻ると「変わった方でしたね」と二人の印象について意見を交換していた。

 

「英雄と名高い方ですので、どのようん人物かと思って言いましたが・・・なんというか・・・」

 

「君の言いたいことも分かる。確かに、私たちが今まで見てきた佐官達とは随分違うみたいだ」

 

それも、いい意味でだが、と続けると、軍曹は「そう・・・ですね」と歯切れの悪い答えを返した。

 

彼は、過剰避難民の受け入れをやめるべきだと主張する者の一人だったからだ。ただでさえ敵勢力圏への侵入と言うリスクを犯しているのに、ここで余計なリスクを負うのは無謀であり、無駄な事だとデューク中尉に進言もしていた。

 

それが任務を果たすために、そして部隊の安全を高めるためには一番最良の選択であると考えたからだ。

 

そして、それをデューク中尉自身も理解していたからこそ、それについて真剣に悩んだ。しかし、民間人を見捨てることを選ぶことを良しとしない彼自身の矜持から、それを却下し共に行動することを選んだ。

 

それを、軍曹を始め、連れて行くべきではないと主張した面々は、否定しなかった。彼をはじめとした反対勢の面々も人間だ。いくらダルクス人であろうと、このような場所に置き去りにすれば、どのような目に遭うかは容易に想像できる。

 

罪悪感を感じるのは当たり前で、できればそうはしたくないと考えるのは当然だった。

 

だからこそ、彼等はデューク中尉の指示に従い、苦しい状況に陥ることになってもダルクス避難民を連れここまで来たのだ。

 

「軍曹、そんな顔をするな。あの時の君らの意見は間違ってはいない。むしろ。普通に考えればおかしかったのは私の方だ」

 

「中尉・・・」

 

「それでも、君たちは私に付いて来てくれた。むしろ、私は君たちを誇りに思うよ」

 

厳ついとよく言われる顔を緩め、温和な表情を見せる。そんな彼に、軍曹は数秒立ち尽くし、口許を微かに緩めた。

 

「中尉、再編のご命令を。我々はまだ敵地にいます」

 

「軍曹・・・?」

 

「時間はそう長くありません。迅速に、再編を行います」

 

甘い人だというのは分かっていた。だが、ここまで部下(自分達)の事を考えてくれているのだ。それに今答えずに、いつ答えるのか。

 

熱い、無くしていたと思っていた熱い思いが、今軍曹の中で燻り始めていた。


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