戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第二十四話

ヴァリウス達第133小隊によるリストニウム攻略から二週間。北部解放への楔として打たれた一手は成功し、このまま奪還作戦を決行しようと言う機運が上層部で高まる中、当の本人である133小隊は今日も今日とて戦場を駆け巡っていた。

 

「こちらライガー1(ヴァリウス)、各員状況を知らせ」

 

『こちらハウンド1(キース)、敵の抵抗、やや強めですが、予定通りに制圧可能と判断。攻撃を継続中』

 

『こちらホーク1(グレイ)、現在ハウンド支援のため移動中。あと3分で到着予定』

 

ジャガー1(シルビア)、敵戦車掃討完了。被害は軽微。しかし、ジャガー3(グラジオラス)の残弾が30%です。現在移動中』

 

『こちらグリーズ2(エレイシア)、敵が建造物内に立て篭り抵抗していますが―――いえ、訂正します。グリーズ1(ギオル)の攻撃により、敵勢力の壊滅を確認。こちらの被害はありません』

 

ライガー2(セルベリア)、敵司令部を発見、現在交戦中。援軍を要請する』

 

「ライガー1、了解。グリズリーは現地点の完全制圧を確認次第、敵司令部へと向かえ。こちらも急行する。ホークは支援可能地点に到着次第攻撃を開始しろ。ハウンド、現状維持のまま攻撃を続行しろ。焦って打って出るなよ。ジャガーはラビット(アリア)と合流、弾薬の補給作業に掛かれ。ライガー2、援軍にはこちらが向かう。それまでは現状維持を優先、もちろん機があれば攻め込め』

 

『『『『了解』』』』

 

全員からの応答を聞き、場所を移動する。既に周囲の敵は掃討済みとは言え、ここはまだ戦場。一瞬の油断が命取りになる地だ。

 

故に周囲を警戒しながら駆ける。戦場で一時でも気を抜けば、命取りになる。最早習慣になってきたそれを行いながら目的地へと走る。

 

だからだろう。習慣となるまで、積み重ねるまでに至ったからこそ、唯一ヴァリウスだけが背後のそれに気が付いたのは。

 

「―――ッ!」

 

「ッ!敵!」

 

「まだ、残ってたのか・・・!」

 

ヴァリウスの走っていたルート上に突如刻まれる弾痕。もしも気付くのがあと数秒遅れていれば、彼の頭は真っ赤なザクロのように弾けていただろう。

 

「くそ、外した!!」

 

「この距離で気付くなんて、化物かよ・・・!」

 

狙撃に失敗した帝国兵達は、すぐに行動を開始する。あれだけ完璧に回避されたのならば、既に自分達の居場所もバレているに違いないと言う判断からの行動だったが、それは見事に的中していた。

 

「4、5、七時の方向、あの紅い屋根の民家だ。さっさと片付けて行くぞ」

 

「「了解・・・!!」」

 

一緒に行動していたライガー4(キキ・マトソン伍長)ライガー5(ライル・バートン伍長)へ敵の位置を伝え、敵の下へと駆ける。

 

その背を追いかける二人の表情は、真剣な中に悔しげな色を滲ませていた。

 

本来自分達が気付かなければいけなかった狙撃手の存在。それを、全く感知出来ず、あまつさえ隊長(ヴァリウス)の命をあと少しで失ってしまっていたかもしれない状況を、作り出してしまった。

 

そんな後悔に苛まれた二人の顔を、視界の隅に捉えたヴァリウスは、内心で苦笑しながら、

こりゃ、帰ったら訓練してくれって言われるんだろうなぁ・・・面倒だけど、引き受けるしかないかと考えていた。

 

悔しげに唇を噛む二人を視界の隅に入れながら、敵が潜む民家へと駆け寄る三人。

 

そんな彼等を出迎えたのは、扉を蹴破り出てきた帝国兵達の銃弾だった。

 

「散開!」

 

ヴァリウスの合図と共に散らばる二人。一瞬、左右に分かれたキキ達へ視線を向ける帝国兵達。しかし、構わず自分達へと突っ込むヴァリウスの方が組み易しと考えたのか、すぐに銃口をヴァリウスへと再度向ける。

 

だが、133小隊は隊員全てが精鋭と呼ばれる者達で構成されている。そんな彼らが、一瞬とは言え、動きを止めた敵の事をむざむざ見逃すわけが無かった。

 

「獲った・・・!」

 

「仕留める」

 

短い言葉と共に轟く二つの銃声。音速で放たれた銃弾は、ヴァリウスの左右を駆け抜け、まっすぐに帝国兵達の体へと突き刺さった。

 

「ガッ!」

 

「―――ッ!」

 

苦痛に顔を歪め、衝撃で体が圧された。ゴポゴポと、まるで噴水のように流れ出る赤い血は止まる気配を見せない。

 

「クソッタレ・・・」

 

最後に悪態を付き、男たちは目を閉じる。

 

「・・・仕留めたな。よし、ライガー2の所へ急ぐぞ」

 

「「了解」」

 

敵の死亡を確認し、踵を返す。既に、彼らの頭からは、今さっき命を奪った敵のことは抜け落ち、敵司令部を攻撃している仲間達(セルベリア達)のことで占められていた。

 

入り組んだ道を駆け抜ける。

 

今度は先のような無様な失態を見せないようと、ヴァリウスの後に続く二人も周囲をより警戒していた。

 

しばらく走っていた一行の前に、大通りが見えてきた

 

その大通りに出るあたりで、一つの建物を盾にしながらの銃撃戦が繰り広げられており、そこにはライガー2(セルベリア)から連絡のあった最後の抵抗とばかりに窓からしきりなしに銃撃をかます帝国兵達の姿と、そこから少し離れた位置で身を隠すライガー2、ライガー3(ライラ・エル・ノイマン少尉)ライガー6(エリオ・ランカスター曹長)グリーズ7(リーデ・トーナ軍曹)の4名の姿があった。

 

「待たせたな、ライガー2。ライガー1以下二名、配置に付いた」

 

『待ちくたびれたぞ、ライガー1。カウント5で突入する。援護を』

 

帝国兵に見つからないようにライガー2(セルベリア)達が身を隠す場所とは反対側に位置する場所にたどり着いたライガー1(ヴァリウス)

 

通信機から流れるライガー2の声はからかいの色さえも見え、既に敵が詰んでいる事をにわかに感じさせた。

 

「了解。派手に援護してやるよ」

 

『期待している。では行くぞ―――カウント、5、4、3』

 

3まで唱えたところで、最初にヴァリウスがディルフを建物へと向け一発発射。装填されていた高速徹甲弾が宙を奔り、帝国兵が身を隠す敵司令部の壁を派手に貫いた。

 

「ッ!後方に敵増援!強力な火器を所持しています!!」

 

「何っ!クソッ、ここに来て敵に援軍が・・・他の守備隊は!戦況はどうなっている!」

 

「・・・ダメです、第一、第二、第三守備隊交信途絶!第四守備隊も、壊滅寸前とのことです!こちらに救援を求めてきています!」

 

「救援を要請しているのは、こちらも一緒だと言うのに・・・!ガリア軍めがぁ・・・!!」

 

セルベリア達にのみ集中していたところへの突然の攻撃に和を乱す帝国兵。ヴァリウスに引き続き、キキ、ライルも所持するライフルの引き金を引き、慌てる帝国兵へと銃弾を容赦なく見舞う。

 

『2、1、GO!』

 

「ッ!正面の敵が・・・!!陽動だ!後ろの敵は陽動だ!!正面への弾幕絶やすな!!」

 

射線が減り、弾幕が薄くなったところへ、すかさずセルベリア達が駆ける。その動きに、すぐさま対応しようと指揮官らしき男が声を張る。

 

しかし、既に場の支配権は帝国(彼等)ではなく、ガリア(セルベリア)にあった。

 

慌てて正面に銃口を向けようとする者は容赦なくヴァリウス、キキ、ライルの三名に射抜かれ、数の減った正面を対応する兵達はセルベリア達突入班に次々と倒されていく。

 

既に勝敗は見えていた。

 

「クソッ!ガリアにアレを渡しては・・・!!」

 

「ッ!隊長、どこへ行くのですか!隊長!」

 

既に戦況は不利、立て直しは効かないとみた指揮官は、屈辱と憤怒に満ちた表情で籠城していた部屋から飛び出し、階段を駆け上がる。

 

「隊長っ!このままでは、ここも時間の「退けっ!」た、隊長!?」

 

上の階からライフルを放っていた若い士官が突然駆け上がってきた指揮官へと指示を仰ごうとするも、邪魔だと手で払われ体勢を崩す。

 

「クソ・・・こんな物を使わねばならんとはな・・・!ガリア軍め!!」

 

「隊長、指示を!自分達だけでは!隊長!」

 

指揮官が駆け込んだ部屋へと息を乱しながら駆け込んだ士官は、しかし彼が用意している物を見た瞬間、表情を一変させた。

 

「何を・・・!や、止めてください、隊長!そんな事をすれば、私たちまで・・・!!」

 

「黙れ!ここには奴らの手に渡してはならぬものがある!ならば、誇りある帝国軍人として、私たちがすべきことは何か、貴様にも分かるだろう!!」

 

「そ、それは・・・しかし!」

 

「もはや、時間は無いのだ・・・!」

 

司令部にはまだ処理しきれていない情報が残っている。それらを処分する時間が残されていないのならば、ここで自ら諸共、敵を道連れにするのが帝国へ殉じる、最後に残されたたった一つの手段だ。

 

指揮官の、軍人としての志は立派だ。軍人として正しい姿であり、模範とするべき姿と言えた。

 

国に忠を尽くす。軍人として、残された職務を果たそうと決意を固めた表情でそれを握り締める。

 

故郷に残した家族の顔を脳裏に浮かべ―――決意を固めた。

 

「すまん―――帝国に、栄光を・・・!!」

 

死を決意した、最後の言葉となる一言。そんな彼の決死の決意は、

 

―――バキィンッ!!

 

彼の手を貫いた一発の銃弾によって砕かれた。

 

「な、何・・・!!」

 

非常時のために設置しておいた司令部を容易に吹き飛ばせる量の爆薬を作動させるための起爆スイッチ。それが、どこからか飛来した一発の銃弾により、粉々に砕かれたのだ。

 

「隊長!隠れてください!!」

 

砕けたスイッチを呆然と見下ろす指揮官の体を壁へ押し付けるように隠す。そんな彼らを、二対の瞳が見上げていた。

 

「すみません、隊長。外しました」

 

「仕方ない。それよりも、突入班の援護だ。抜かるなよ?」

 

「承知してます」

 

突入するセルベリア達の援護を続けながら、突如自分達の視界内へと現れたへと放たれたキキのライフル弾は、目標であった敵の体へ命中することはなかったが、奇しくも彼の持っていた爆破スイッチを手ごと粉砕した。

 

全ては偶然。

 

もし、帝国指揮官がスイッチを保管していた部屋がヴァリウス達の隠れていた場所から見える位置になければ、彼はその責務を果たしていただろう。

 

もし、キキが敵の姿を発見せず、援護射撃にのみ集中していればセルベリア達も、そしてヴァリウス達も少なくない負傷を負っていただろう。

 

もし、ライフル弾が狙い通り指揮官の体を貫いていたとしても、彼の後ろに居た士官が彼の意思を全うするため、スイッチを押し、爆破は成されていたのかもしれない。

 

しかし、全てはifの話だ。

 

結果的に、帝国指揮官の用意していた最後の策はたった一発の銃弾により砕かれ、

 

「動くな!既にこの場はガリア軍が制圧した。抵抗しなければ、貴官等の生命は保証する」

 

「・・・部下の命は、保証してもらいたい」

 

「無論だ―――こちらライガー2、敵司令部の制圧を完了。繰り返す、敵司令部の制圧を完了した。なお、敵指揮官と思われる士官を捕獲した。繰り返す―――」

 

「隊長・・・!」

 

「無駄な抵抗をするな・・・私たちの、負けだ・・・」

 

この司令部は、複数の作戦計画の情報、帝国の武器情報を記した書類を現存させたままガリア軍に制圧されてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやしかし、かなりギリギリだったな、今回は」

 

拘束され、輸送用のトラックへと乗せられていく帝国兵たちを見つめながら、ヴァリウスは今回の戦いを振り返りながらそう零した。

 

終始戦況は133小隊が有利に進めていたとはいえ、ヴァリウスが受けたような狙撃、最後に仕込まれていた自爆用の爆薬、それら以外にも、戦闘後の調査により、一歩間違えていれば少なくない損害を自分たちに与えていたのではないかと思われるものが少数ではあるが報告されていた。

 

戦いは結果が全てを決めるとは言え、その過程も無視していいと言うものではない。

 

一つ一つの戦術を見直し、より確実なものにすることも指揮官としての重大な責務だとヴァリウスは考えていた。

 

「確かに、あの爆薬には肝を冷やしたが・・・まさか、キキが打ち抜いていたとは思いもしなかった」

 

「俺もだよ。まさかあの時打ち抜いたのが爆弾のスイッチだったなんて思いもしなかったさ」

 

ボーナスの上申してやらなきゃな~と笑い、捕虜の収容作業に立ち会っているキキへと目を向ける。

 

当の本人にはまだ言っていないことであるが、この事を知った時の彼女の反応を思い浮かべ思わず苦笑を漏らすセルベリア。

 

元来控えめで大人しい彼女のことだ。自分がそんな事を成していたなんて言われても、慌てるだけ慌て、自分の礼を受けてさらに慌てるであろうことは酷く簡単に予想出来た。

 

(まぁ、かと言ってここで礼の一つも言わないようでは、私の気がすまないからな)

 

悪いとは思うが、素直に諦めてくれと心の中で呟く。その時、見張りをしていたキキの背がブルッと震えたように見えたが、気のせいだと言うことにしておこう。

 

「しかし、先のリストニウムでも相当な情報が手に入ったが、今回はあれを上回るな」

 

「量はまだしも、質は完全にこっちが上だろうな。あっちはどちらかと言うと、政治的な趣が強かったけど、こっちは純粋に軍事関係みたいだし。軍人としてはこっちの方がありがたいよ」

 

リストニウムで手に入れた情報は、ガリアから誘拐された民間人がどのような扱いを受け、どのようにして国外へと連れ去られたのかを記した資料が主だった。

 

それらは、使い方を誤れば自国(ガリア)の首を絞めることになる諸刃の剣だが、同時にこの戦争に対する周辺各国や帝国に対するカードの一つとして使えると、あの任務の後例のごとくどこからともなく現れたアルトルージュからお礼の言葉(それとセクハラじみたスキンシップ。危うく、自室が戦場になるところだったと、ヴァリウスは語る)と共に知らされた。

 

対して、今回入手した情報は、帝国の補給ルートに関する一部資料、敵兵器の製造過程、北部への人員配置に関する資料など、上手く使えれば今後の戦局を左右することが可能な情報だった。

 

「これがあれば、この状況を打破することも可能かもしれんな」

 

「う~ん、どうだろうな」

 

軽い興奮状態で資料を捲るセルベリアとは対照的に、ヴァリウスの表情は硬い。

 

「?何かあるのか?これだけ精密な情報があれば、少なくとも北部戦線を打開する作戦が可能だと思うが」

 

「確かにそうなんだけどさ・・・ただ、時間との勝負になるはずだ」

 

敵に情報が渡ったと知れば必ず帝国も動きを見せる。ガリア侵攻軍の指揮を任されていると言うマクシミリアンと言う人物についてはあまり情報がないので詳しいことは分からないが、小国とは言え、国一つを攻めている軍の指揮官だ。動きが遅いなんて言う期待は少しも持つことは出来ない。加え、その下には彼の有名な”帝国の悪魔”ベルホルト・グレゴ-ルも居ると言うのだ。楽観は危険と言える。

 

「ここが落ちたと敵が知るまでおよそ二日。そこから上までどのくらいの時間が掛かるか分からないけど、おおよそ二日か三日。帝国の悪魔なんて別名がつくほどの輩なら、そこから動き出すのなんてすぐだ」

 

「しかし、そう簡単に対応など打てるものか?ここまで戦線が固定されていては、下手に戦力を移動させるのは悪手だと思うのだが」

 

「確かに普通ならそうだ。だが、後方の戦力を俺らが入手した情報にある手薄だと判明した基地や町へ移動させるくらいならそこまで手間はかかんないと思う。精々、一週間で事は終えるだろうさ」

 

俺ならそうすると付け加え、ヴァリウスは次の資料を手に取る。

 

セルベリアの言うことも決して間違っていない。戦況は帝国有利とは言え、それも当初の勢いとは比べ物にならない。

 

中部の要所であるアスロンをガリアが奪回したことにより、侵攻は停滞している。それでも、北部、それも工業都市であるファウゼンを帝国に取られたことは痛手であることは確かだが、首都の喉元へ迫られていた開戦初期よりはまだ状況は悪くない。むしろ、膠着していると言える。

 

そんな状況で、むやみに戦力を移動、分散させるのは悪手だと思うのは当然だと言えた。

 

しかし、まず前提として帝国とガリアでは国力が違いすぎる。片や東ヨーロッパ一帯を支配する二大大国の一つ。

 

片や、ヨーロッパに数ある国の一つで、資源が豊富なだけの小国。運用可能な戦力は、まだまだ帝国に分があると見るのが妥当だ。

 

しかし、帝国も連邦との戦いを抱えている状態だ。動かせる戦力も限られていると見て間違い無い。

 

「上層部の能力差が出る、か。現場の人間としては、なんとも言い難いことだな」

 

「素直に文句言ってもいいと思うぞ?なんせ、要の中部戦線の指揮官様があの糞親父なんだ。逆立ちしたって勝てないよ」

 

貴族制度が残る故に、本物の英傑と言える人材よりも自己保身に長けた政治家然とした者の多いガリアでは取れない、情報を逆手にとった戦略。

 

それに対応する術は、どれだけ迅速に、且つ的確に攻撃するポイントを定めるかにかかっているのだが、そうした術を用いることが出来る者があまりにも少ないのが、現在のガリア上層部の現実だ。

 

「ま、上げるだけ上げてみるさ。もしかしたら、アレハンドロ中将みたいな人が作戦を練ってくれるかもしれないし」

 

「優秀な人物か・・・そう言えば、アイスラー少将もこう言った事については強いと聞いたな」

 

「ん?ああ、少将か。確かに、優秀だって聞いてるし、案外どうにかしてくれるかもな」

 

セルベリアの口から出た人物の情報を思い浮かべ、同意する。

 

カール・アイスラー少将と言えば、確かな実績を残す将軍の一人として彼の記憶に刻まれている人物だ。直接会ったことは無いが、42歳と言う若さで将軍まで上り詰めたその実績は確かなものだといつか見た資料にあったはずだ。

 

「ま、とにかく使えそうな情報は全て集めて上に・・・ん?」

 

「どうした?」

 

突然会話を切り、新たに手にした資料を見つめる。資料を読む眼差しはそれまでのどこか軽いものから、鋭いものへと変わっていた。その様子から、何かあったと感づいたセルベリアはヴァリウスの隣へと移動する。

 

「何が書かれているんだ、ヴァン」

 

「この資料―――多分だが・・・あいつらに関わるもの、だと思う」

 

そう言って差し出された”第8次移送計画書”と書かれた資料を受け取り、目を通していく。

 

書かれているのは、捕虜となった民間人、ガリア軍人、そして負傷した帝国軍人の後方移送の詳細だ。そこに特に気になる点はなく、ごく普通の人員移送に関する手続きについて書かれている。

 

「・・・特に変わった点は無いと思うが」

 

「普通に見ればな・・・だけど、移送先がおかしくないか?」

 

「移送先?ギルランダイオ要塞だが・・・何がおかしいのだ?前線に残しておくよりも、後方へ捕虜や負傷兵を送るのは普通の事だと思うのだが」

 

「負傷兵だけなら俺だってそう思う。だが、捕虜となった軍人はまだしも、何故民間人までわざわざギルランダイオへ送るんだ?」

 

「言われてみれば・・・」

 

「ここからギルランダイオはかなりの距離がある。それならまだファウゼンに労働力として使ったほうがいい」

 

それにと区切り、

 

「何故連れてかれてるのは20代か10代の若者ばかりなんだ?」

 

そこまで言われれば、セルベリアにもこの資料が不自然なものに見えて仕方がなかった。

 

わざわざ捕虜を長距離移送するメリットなど、敵に奪回される危険性を回避することくらいしか無い。それならば、ヴァリウスの言う通り占拠されている工業都市・ファウゼンへ移送して強制労働に就かせるほうがより帝国軍の利益になるはずだ。

 

それも、年若い方が労働力としては役に立つ。特に10代はともかく20代の若者など、格好の労働力に成りうる存在だ。

 

そんな彼等をわざわざギルランダイオへと移送するメリットが、彼女には見えない。

 

「しかし、ならば何故帝国は彼等を・・・」

 

「・・・これは、あくまでも俺の予想だ。いや、下手をすると妄想の類かもしれない」

 

手で顔を覆いながらヴァリウスは自分の考えを口にする。それは、あまりに滑稽無糖な、彼自身の言う通り、妄想の類な話だった。

 

「連れて行かれた捕虜は・・・あいつらの―――アインヘリアルに使われている(・・・・・・)のかもしれない」

 

 


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