戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第二十二話

「ハハハッ、今日は大量だな、おい!」

 

引き連れる収穫(ダルクス人)を背に、上機嫌に笑い、酒を呷るジョン。予定外の収穫、それも大量の若い女だ。これから引き渡す帝国の奴らへの賄賂替わりとしてはかなり上等なものになる。

 

「か・・・じゃなかった、隊長!ダルクス共の収容、あともう少しで終了しやすぜ!」

 

「おう、今日はお手柄だったな!褒美に、この後の味見(・ ・)は、テメェらに好きなの選ばせてやるよ」

 

「マジっすか!うっひょ~、流石隊長!太っ腹!!」

 

思いがけない収穫をもたらした部下に褒美を与える。たったそれだけで、忠実な部下になるのだ。そのくらいの器量を見せるのは当然と言えた。

 

「で、収穫の総量はどの程度だ?」

 

「えっと・・・男が13、女が20、ガキが14ってとこでさぁ。ちなみに、年頃の女は16人くらいですぜ」

 

「そうか、案外多いな。こりゃ、本当に運が良かったか?」

 

「あれじゃないっすか?日頃の行いが良かったってやつ!」

 

「ハッ!俺らの行いが良いってか?そんなになってたら、世も末だぜっ!」

 

「違ぇねぇや!」

 

ギャハハと品の無い声で笑う男達と共に笑いながらジョンは顧客(・ ・)の一人から送られてきた連絡について思いを馳せていた。

 

自分達の行動がガリア上層部の一部に感づかれ始めていると言う話は、いずれ来るだろうと考えていただけに驚きはない。

 

しかし、その顧客曰く、「大公子飼いの粛清部隊が動くかもしれない」と言う話は聞き逃せなかった。

 

噂に聞く粛清部隊。

 

凄腕ばかりで形成されたそいつらは対人戦のエキスパートであり、これまでも少なくない国内からの裏切り者を排除してきたと言う。

 

そんな輩に目をつけられているなど、冗談にしても笑えない。

 

ここらが潮時かもしれねぇなとジョンは考えていた。

 

(手土産も出来た・・・いいタイミングかもしれねぇ・・・)

 

この予定外の商品を手土産とし、帝国への亡命を行う。

 

幸いにも、今度の商品の届け先は帝国だ。ならば、商談の時にでもこの件について話し、手土産とともに亡命するのもいい手なのではないか?

 

(それに、戦況だって明らかだ。最近は少し善戦してるだの、ヴァーゼル奪回して戦況は自分たちに傾いただの言ってるが、劣勢なのは明らかだ。それに、地力が違う。小国のガリアと、大陸を二分する帝国とじゃ、蟻と人だ。今は適当に遊ばれてる状態だ。本腰入れられたら、すぐに踏み潰される。なら、どっちに付くかなんざ、決まってる)

 

「沈みゆく泥船に、興味はねぇからな」

 

一人呟き、ジョンは今後の方針を固めた。部下たちに今後のことを知らせるのは後にすることにし、この隠れ里の村長宅へと向かう。

 

今日はこの隠れ里に駐留することは既に知らせてある。ベットのある家があるのだ、わざわざ野営する必要は無い。

 

「おい、今日の獲物の中から適当に一人見繕って俺のところに連れて来い」

 

「了解でさぁ。いつ連れて行きます?」

 

「そうだな・・・飯の後にするか。他の奴らにも言っとけ。味見するのは飯の後だ。その前に手出す奴はぶっ殺すってな」

 

「イエッサー!」

 

食後に楽しみがある事を確約されたからか、上機嫌に敬礼などしてみせる部下を横目に歩みを進める。その脳裏には、既にダルクス人以外の帝国への亡命土産についての算段が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、よくもまぁ、こんな場所に隠れてたもんさぜ」

 

「確かになぁ。こんな山奥に住むなんざダルクス野郎の考えることは分んねぇな」

 

「ダルクス人じゃねぇからな、俺たちは」

 

「なに当たり前の事言ってんだよ、お前」

 

食事が用意されるまでの間見回り役を押し付けられた二人は、いつもなら不平不満を漏らしながら行うそれを特に文句も垂れずに粛々と村の周囲を歩いていた。

 

ちゃんとした寝床があり、食後には今日捕えたばかりの新鮮な獲物とのお楽しみが待っているのだ。特に気を悪くする理由もない。

 

「けどよぉ、ギドの奴らもラッキーだったよなぁ。まさか、頭のお気に入りに手を出したせいで命令された偵察のくせによぉ、こんな大物獲ってくるなんてなぁ」

 

「だな。あ~ぁ、こんなことなら俺も見回りしとくんだったぜ」

 

「お前、あいつらが頭にボコボコ殴られてた時あんだけ笑ってたくせに何言ってんだ」

 

「それとこれとは話が別だろ?」

 

ケラケラと笑いながら村の周辺を歩き続ける。

 

もう少しで見回り範囲を終え、夕食へとありつける。そんなことを考えていた二人の耳に、ガサガサッと言う草木が擦れる音が届く。

 

「ん?」

 

「何だ?」

 

既に日は沈み、辺りは暗闇に包まれている上、音がしたのは鬱蒼と木々が生い茂る森の方。肉眼で見える範囲には何かが見えるわけもない。

 

「獣か何かか・・・?」

 

「多分な・・・一応、確認しとこうぜ」

 

どうせ狐か何かだろうと言いながら森の方へと歩みを進める。村から聞こえる仲間たちの喧騒が遠のき、森の不気味な静けさが辺りを包む。

 

「・・・何にもいないな」

 

「どうせ狐か何かだろ。さっさと戻ろう「――――ッ」ッ!?」

 

「ッ!?何だおま「――――ッ」!!」

 

暗闇から突然現れた何かが、相方の口を塞ぎ、喉を切り裂く。突然の事態に目を剥きながらも銃を向けようとした男だったが、その背後から現れた何かに口を塞がれ、喉が灼熱に包まれる。

 

声を出そうとするも、吹き出すのはボコボコと言う音と紅い血のみ。

 

流れ出る血とともに消えゆく意識の中、男が最後に見たのは、暗闇の中から続々と現れる黒い姿をした何かだった。

 

「―――こちらハウンド1。見回りの処理を完了。これより敵駐屯地へ侵入します」

 

『こちらライガー1、了解。以後の判断は各自に任せる。また、敵位置、状況については作戦通りホーク各員より知らせる』

 

「了解。通信終了。―――行くぞ」

 

処理を終えた二つの肉塊(・・)を地に転がし、自身と同じく黒い装束に身を包む部下達へ命を発する。

 

災厄をもたらす猟犬が、今放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「右前方、距離20カウント・・・3、2、1・・・今!」

 

覗き見るスコープの向こう側で、黒い影が躍り出ると同時に血飛沫が舞う。既に数度繰り返された行為だが、相も変わらず鮮やかな手際だなと内心関心しながら周囲を索敵する。

 

『こちらハウンド3。目標の処理を完了。次のポイントへ移動する』

 

「こちらホーク4、こちらでも確認した。こちらから見える範囲では敵の姿は無い。注意して前進せよ」

 

『ハウンド3、了解』

 

通信機からの声が途切れる。慣れているとは言え、木の上で同じ体勢のままいるのは疲れるなと自嘲した。

 

目標勢力である第723小隊への攻撃開始から30分。通信機から入ってくる情報と、事前に確認していた敵勢力に照らし合わせると、現在の敵の数は当初の三分の二にまで数を減少させていた。

 

いい加減仲間が居なくなっていることに気が付いてもいいんじゃないかと思うが、ここから見える第723小隊の連中の様子は、完全に酔っている。

 

予定外の大量なダルクス人達に浮かれて酒でも飲んでいるんだろう。仮にも敵地とされている場所でこの行動は普通ならありえないが、あの様子からして帝国に通じているっていうのは間違いなさそうだ。

 

そんな事を考えていると、酒に酔っていた723小隊がざわざわと騒ぎ出した。どうやら、ようやく仲間の姿が少ないことに気が付いたらしい。

 

しかし、今更気が付いたところで既に遅い。見張りは排除し、周囲に敵は居ない。おまけに、残った者たちはほぼ例外なく酒が入り、常時の判断能力を有していない。

 

もっとも、通常の状態であろうと、自分たちが負ける可能性はほぼゼロだが、ことさらこの状況で敗北するようなことは絶対にありえない。

 

恐怖しろ。お前たちは既に獣の口の中。

 

諦めろ。お前たちに希望などありはしない。

 

絶望しろ。同朋を・・・守るべき民を害した貴様らに生きる道などありはしない。

 

『ハウンド1よりライガー1。敵殲滅率、目標数に到達。指示を』

 

『こちらライガー1、了解。各員へ通達。これより、作戦を第二段階へ移行する。予定通りハウンドを主軸とし、敵戦力を殲滅する。繰り返す、敵戦力を殲滅。敵は誰一人として、この場から生きて返すな』

 

隊長からの最終指令が下る。言われるまでもない。最初から―――

 

「誰一人として―――生かすつもりは、無いですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと動け!死にてぇのか!!」

 

宴会中に駆け込んできた隊員のもたらした一報は、それまでのお祭り騒ぎを一気にぶち壊した。

 

仲間の死体があった。見回りの奴らの姿も見えない。奴隷共を乗せたトラックが消えている―――

 

一気に酔いは醒め、頭に血が上った。

 

どこのどいつだ、人の獲物を横取りした奴は。ただじゃおかねぇぞ・・・!!

 

最初に考えたのは敵に攻められていることでは無く、金と手土産になるはずだったダルクス人たちが奪われたと言うことだったのは、ジョン・エルローの本質が軍人ではなく、貴族でありながらも、野盗に近かったためだろうか。

 

とにかく、自分達のモノが奪われたと知った兵士達はすぐさま自分達の得物を取りに走った。酒が入っているが、腐っても兵士。動きはそこそこ素早かった。

 

しかし、彼らは全員が揃うことは無かった。

 

来ないのだ。いくら待っても、一部の者達が戻ってこない。一緒に行っていた奴らの話では、装備を取りに行ったところまでは一緒だったが、いつの間にかいなくなっていたと言う。

 

そう言われて初めて、ジョンの頭の中に、「敵に攻撃されている」と言う言葉が浮かんだ。

 

「クソ、全員位置に付け!身を隠して攻撃に備えろ!!」

 

突然叫びだしたジョンの姿に、三分の一の隊員達はキョトンとした表情で数秒の間突っ立っていた。

 

しかし、それも仕方が無いことだった。

 

なぜならば、第723小隊のほとんどはゴロツキ出身だ。それも、エルロー家と言う貴族の後ろ盾を持った質の悪いチンピラ。戦場で戦ったことがあるのも数回程度で、やってきた事はほとんどが無抵抗な一般人に対する暴力くらいのもの。

 

そんな彼らが、突然の命令に反応が遅れたのも道理と言えた。

 

しかし、その数秒が数名の運命を決定付けた。

 

突っ立っていた者達の頭が突然吹っ飛んだのだ。

 

まるでスイカか何かのように破裂した者たちは力なく倒れる。それを見ていた者たちは、ようやく命の危険がある事を悟る。

 

「う・・・うわぁぁぁぁああ!!」

 

素早い動きで物陰に隠れる。おせぇんだよと毒づきながら、ジョンは狙撃があったと思われる森へと目を凝らすが何も見えない。光の射さない夜間では、昼間でも視界の悪い森の中を伺うことは出来なかった。

 

分からないと言うのは、恐怖だ。見えない、しかしそこにいると言う恐怖。敵の数は?装備は?帝国なのか?それとも、同朋を救いにでも来たダルクス人か?まさか・・・話しにあった、粛清部隊とか言う奴らか?

 

分からない・・・何も、分からない。

 

「チクショウ・・・なんだってんだ、クソが・・・」

 

ライフルを抱えながら毒づく。皆が恐怖で表情を強ばらせているのが分かる。だが―――

 

(ふざけんなよ―――なんだってんだ、一体よぉ・・・!!)

 

恐怖に震えているのは、自分も同じだ。

 

冷静な判断など、出来る訳が無い。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

周りの息遣いが耳に付く。どれだけ時間が経った―――10分、それとも20分・・・時間の感覚が狂いそうになる。

 

「―――クソッ、なんで来ないんだ・・・!!」

 

いつまでも、来るかどうかも分からない敵を警戒し続けるのは無理な話だ。全員が酒も入っている中で、長時間このままの状態でいられる訳が無い。

 

(どうにか・・・どうにか、手を打たねぇと・・・!)

 

膠着状態が続く。緊張状態が長引くのはまずい。ただでさえ、突然の奇襲ということで疲弊しているのだ。これ以上、この状況が続くことはデメリットにはなってもメリットには到底ならない。

 

「おい、戦車はまだか・・・!!」

 

「それが・・・取りに行った奴らと、連絡が・・・」

 

くそったれが・・・!!

 

この状況で生きているなどと言うおめでたい頭はしていない。

 

殺されたのだろう。物音一つ無く、誰にも気付かれることなく、殺したのだろう。

 

クソ・・・クソッ・・・クソッッ・・・!!

 

「・・・全員、突撃用意だ」

 

「ッ!!隊長、何言って・・・!!」

 

「このままここに居たって何も変わらねぇ。ジワジワと殺されるのを待つだけだ」

 

「けど、突撃してどうするんってんですか・・・!!敵がどこ居るのかも分からねぇってのに・・・!!」

 

「誰が敵に突撃するっつった?」

 

「え・・・?」

 

「よ~く考えろ?なんでわざわざ戦わなきゃならねぇんだ?」

 

「なんでって・・・そりゃ、攻撃されてるから・・・」

 

「そうだ。攻撃されてるから、反撃しなきゃならねぇ。だが、肝心の反撃が出来ねぇんだ、ならどうする?」

 

「どうするって・・・逃げる?」

 

「そうだよ。逃げりゃイイんだ」

 

ジョンの言葉に誰もが呆けた。この状況で逃げる?何を言っているんだ。どうやって逃げる?出て行ったら殺されるかもしれないんだぞ?第一、逃げられる保証なんてどこにも無いんだぞ?

 

「このままじっとしてたって同じだ。早いか遅いか、それだけだ。なら、万に一つの可能性ってヤツにすがるしかねぇだろうが」

 

それに、と一息付き、周りは再びジョンの言葉に呆ける。

 

「トラックまでたどり着ければ、()がたんまりあるだろうが」

 

―――――ッ!!

 

「アイツ等を盾にして逃げるんだよ。もし敵がダルクス野郎共なら、確実に攻撃の手は止むはずだ」

 

「け、けどもし帝国軍だったら・・・?」

 

「もし帝国軍だったとしても、弾除けくらいには確実になる。ガリアの場合はダルクスと同じだ。奴らは(・ ・ ・)普段はダルクス野郎だのなんだの言って見下してるくせに、いざとなったら民間人だからって理由で手が出せねぇ甘ちゃんだ。逃げる時間は確保出来る」

 

ジョンの非情な策に最初は呆然としてた隊員達だったが、次第にその表情を歪めていく。気付いたのだ。このままではジョンの言う通り、遅かれ早かれ殺される。だが、捕らえているダルクス人共を使えば、生き残れる可能性が出てくることに。彼の言うことが、この場に残った唯一の希望であることに。

 

「文句はねぇな・・・?なら、行くぞ―――ッ!!」

 

ジョンの言葉と共に皆が立ち上がる。その顔にはもう絶望は無い。代わりにあるのは、生への希望。醜くも、生きようとする活力があった。

 

(そうだ・・・俺たちは・・・俺は、こんなところで死ぬ訳が無い・・・!!)

 

まだ、やっていないことが山ほどある。沈む船(ガリア)から抜け出し、新天地(帝国)へと。

 

皆が、生への活路を見出した希望の一歩を今踏み出す――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――随分待たせてくれたな、ジョン・エルロー少尉殿」

 

 

 

「な―――」

 

 

 

―――ことは、無かった。

 

建造物の影から身を出したジョン達の眼前に広がったのは、全身を黒装束で包んだ集団が自分たちを完全に包囲した光景だった。

 

「な・・・んで・・・」

 

「なんで?不思議な事を聞くな?敵を押さえ込んだんだ。なら、わざわざ出てくるのを待っている必要は無いだろ?」

 

「―――物音一つ・・・しなかった・・・のに・・・」

 

「敵に位置を知らせるような事をするとでも?悪いが、俺たちはお前たちみたいなド三流とは違うんでな。そんなサービスをしてやる精神は持ち合わせていないんだ」

 

悪いな、と感情一つ込められていない謝罪を述べた目の前の男―――顔は分からないが、声と体格的に男だと判断した―――の言葉に、声一つ出ない。

 

唯一の希望だと思った。自分は生き残れると―――そんな事を、いつの間にか確信していた。

 

だが、結果はどうだ?

 

自分の前に広がるのは、生への希望の道ではない。死への絶望だ。

 

「さて・・・俺たちも暇ではないのでね。早速だが―――」

 

 

「・・・・・・クソッタレが・・・・」

 

 

 

―――死んでくれ―――

 

 

 

 

乾いた音と共に、ジョンの意識は闇へと落ちた―――

 

 

 

 

 


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