戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十九話

~征歴1935年5月18日~

 

「ファウゼン北西部への攻略作戦ですか・・・」

 

「そうだ。復帰早々申し訳ないとは思うのだが、君たち133独立起動小隊には独自にファウゼン攻略のための下地を作ってもらいたい」

 

初日に予想外のアクシデントがあったものの、無事に長いようで短い二週間の休暇を終えたヴァリウスは療養中の隊員以外のメンバーにて一時的な編成を組み任務に復帰するため、基地司令官であるアレハンドロ中将の下へと訪れていた。

 

――アレハンドロ・オーリン。彼は、貴族の出ではないにもかかわらず、第一次大戦以前から前線で活動し、現在のガリア軍の中では非常に珍しい一兵卒から中将へと昇格した男であり、「一兵士でも上を目指すことが出来る」と現場の兵士から希望としてみられている男である。「前線の兵士のことを考えて、作戦を立てるべきである」という、自分たちの権力を守ることを第一に考える上層部の連中とは違うまともな思考の持ち主で、癖の強いヴァリウス達133小隊の所属基地のトップを努めている。非常に有能な人物であり、既に六十近い年齢にも関わらず、その肉体は軍服の上からでも分かるくらいに鍛え上げられており、今からでも前線で活躍できると豪語している――

 

「しかし、いきなりファウゼン北西部への攻略作戦とは・・・少々性急ではありませんか?」

 

アレハンドロ中将から下されたその命令に、批判的な意見を口にするヴァリウス。君の意見も分かると応えるアレハンドロはどこか不満そうな・・・いや、事実その不満を思いっきり顔に出しながら、その命令が決定された時のことを語った。

 

「確かに、君の言うとおり、ファウゼン北西部の帝国軍はかなりの優勢を誇っているうえ、ガリア軍は中部戦線を打開するまでには至っていない。私自身も、今はファウゼンよりも、中部戦線を打開するほうが先決だと言ったのだがな・・・」

 

そこまで語られれば、ヴァリウスとてこの命令がどういった経緯で決定されたのか、薄々察しはつく。出来れば違っていてほしいと願いながら自身の予想を言葉にする。

 

「・・・また、上層部お得意の利権目的の点数稼ぎですか・・・?」

 

「ああ・・・祖国が滅亡の危機に瀕しているというのに・・・あの無能共はどうやって連邦へ取り入ろうか。そればかりを考えている・・・!!」

 

憤りを隠さず、吐き捨てるように自身も所属するガリア軍上層部の面々を批判するアレハンドロ。そんな彼を見ていたヴァリウスもまた、祖国の危機に乗じた一部上層部の動きに対し、表情には出さないが強い憤りを感じていた。

 

この帝国のガリア公国侵略戦争は、対連邦を意識した帝国が資源獲得を目的とした行動である。故に、連邦への帰属、もしくは従属を果たそうとする高官も少なくなく、今回のヴァリウス達へと下された命令は、そんな連邦への手土産にとファウゼンを差しだそうと考えている一部高官によって考えられた作戦であった。

 

「連邦の力を利用する・・・そう言った目的を持っているのならば、私とてこの作戦に反対するつもりは無かった。現状ではガリア軍だけで戦線を維持するのが精一杯。ここから押し返すにはかなりの犠牲者が出ることは容易に想像がつく」

 

「確かに・・・多くの戦死者が出るでしょうね。ガリアにも、帝国にも・・・」

 

普通ならば、こんな作戦はいくら無能が集まって出来ていると批判される上層部でも、そう易々とは可決されはしない。しかし、中部戦線を打開出来ずにいる現状で、ファウゼンを攻略できれば帝国の攻勢を弱められることもまた事実とされ、この作戦を契機に北西部からの中部戦線打開をなすべく、精鋭部隊であるヴァリウス達133独立機動小隊にこの指令が下されることとなったのだ。

 

「確かに停滞、いや、押されている中部戦線を押し戻すためにファウゼンを攻略し、北部を奪還。その後に帝国の補給路を途絶えさせ、中部戦線を押し戻そうとする意図は間違ってはいない。君達によって北部から中部への補給地点として活用されていたアスロンも我が軍の下に帰ってきたのだからな。しかし、君達のような精鋭を中部から外せば、再び帝国に中部戦線を押し戻される可能性があいつらの頭の中には無いのだ」

 

「中将、流石に自分達が居なくなったからと言ってそう簡単に中部がまた押し戻されるとは・・・」

 

「無いと、言い切れるのかね?現状のガリア正規軍で」

 

「・・・・・・」

 

即座に切り返されたアレハンドロの言葉に、思わず口を噤んでしまうヴァリウス。正直に言えば、現状のガリア正規軍だけで、中部戦線を維持できるかとと問われれば、答えは火を見るよりも明らかだ。

 

正直、ヴァリウス達133独立機動中隊やクルト達422部隊などの一部の部隊を除くと、正規軍の戦果は芳しくない。ハッキリと言ってしまえば現在の戦況は義勇軍が居なければ成立していなかったであろうと言うのが、ヴァリウスやアレハンドロなどの現実をしっかりと認識出来ている者達の結論だ。

 

民間には情報統制が敷かれているため義勇軍の活躍などが正規軍の手柄になることもしばしばあるが、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、すでに”正規軍が居る意味はあるのか”と言う声さえも上がっている始末であるらしい。

 

正規軍に比べ、義勇軍は士気も高く、第一次大戦を生き抜いた実力者なども多くおり、その上この大戦中に才能が開花する者も多数居るので、ハッキリ言ってしまえば一般の正規軍よりも強いのではないかと言ってしまえるような状況なのだ。

 

しかし、正規軍の多くは義勇軍によって戦線を維持できているとは考えず、”自分達が居るからこそガリアは今も耐えられているのだ”と考えている者がほとんどだ。

 

そんな正規軍にただでさえヴァリウス達が何とか穴を埋める形で押さえている中部戦線の防衛ラインを維持出来るかと問われれば・・・答えは、否であった。

 

「とは言え、正式に決定されてしまった作戦だ。いくら133独立機動小隊が通常の指揮系統から独立しているとは言え、上層部の決議を通ってしまった作戦には拒否権も効きはせん。すまないが、遂行してもらうほかない」

 

「確かに・・・では、自分達の引き継ぎはどうなさるおつもりですか?」

 

そのヴァリウスの質問に対してアレハンドロは、「義勇軍を頼ろうかと思っている」と答えた。

 

「職業軍人としては心苦しい限りだが・・・正規軍が頼りにならない以上、情けない話ではあるが義勇軍に応援を頼むしかないと思っている」

 

「確かに、下手な正規軍よりも彼ら義勇軍の方が精強であることは認めます。ですが、義勇軍だけで中部戦線を支えるのは至難であると思いますが」

 

「分かっている。だが、彼らに頼るしか無いのだよ。本当に、情けない話だがな・・・」

 

志願と言う形で義勇軍へと参加している兵士も、元を正せば民間人。そんな彼らに頼らなければならない現状に、アレハンドロは表情を歪めながら告げた。

 

「しかし、この国を。ガリアを守るためには、例え元が民間人であろうとも、義勇軍の力を借りなければならないのが現状だ。故に、私は君達が抜けた後の中部戦線の維持に義勇軍を充てる」

 

「中将・・・了解しました。では義勇軍との引き継ぎ終了後、直ちに第133独立機動小隊はファウゼン北西部攻略のため出立します」

 

苦渋の決断であろうその決定を下さなければ、国を守れない。守るべき対象である民間人であった義勇軍を最前線に投入するという、酷な決定を下したアレハンドロの心情を完全ではないが、同じ軍人として理解出来るヴァリウスは、彼のその言葉への返答として、敬礼した後、作戦内容の復唱を行った。

 

「すまんな・・・義勇軍への通達は私の方で手配しておこう。君達は遠征の準備を急いでくれ」

 

「ハッ!了解しました!」

 

アレハンドロの言葉を聞き、敬礼を解いたヴァリウスはそのまま扉へと歩いていき、「失礼します」と一言言うと、執務室から立ち去っていこうとすると、「ああ、ちょっと待ってくれ」と呼び止められた。

 

「?なんでしょうか?」

 

「いや、ある物を渡すのを忘れていてな・・・」

 

どこか神妙な顔もちで黒色の袋を差し出す。差し出されたヴァリウスは、それを見た瞬間、一瞬であるが顔を強ばらせた。

 

「ッ!・・・分かりました。では、失礼します、中将」

 

今度こそ執務室から退出したヴァリウスは、抱えた袋を一瞥。目を細めながら下された指令を知らせるべく自身の執務室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、俺達はこれより北部奪還のため、ファウゼン北西部の帝国軍を掃討することとなった。何か質問はあるか?」

 

執務室で自身が受けた内容とほぼ同じ事を自身の執務室に呼んだ七人の分隊長達への作戦説明を終えたヴァリウスは、この件に関しての意見を募る。

 

「ファウゼン周辺の帝国軍を掃討か・・・ファウゼンそのものを直接攻めるわけではないのがせめてもの救い、か・・・」

 

セルベリアの呟きに、「どちらにしても危険極まりないですぜ」と相槌を打つギオル。続けて、

 

「てっきりあの上層部のことだから、ファウゼンを攻略してこいとでも言うと思いましたがね」

 

と皮肉を混ぜることも忘れない。

 

「まぁ、そこはいくら上に無能が多いとは言えアレハンドロ中将とかまともな人たちが反対してくれた結果なんだと思いますよ。じゃなきゃ、本当にファウゼンを落とせって命令が来そうですもん」

 

「考えたくないが、有りそうなのが嫌になるな・・・」

 

「けど、実際にどうするんですか、隊長?確かにファウゼン自体を攻めるよりは多少難易度が下がると言っても、私達だけで帝国軍を相手にするというのはいくら何でも無茶過ぎます。達成できるとしても少なくない犠牲が出てしまう確率はかなり高いと思うんですが・・・」

 

各々が思う意見を出していく中で、皆を代表する形でシルビアが作戦の詳細を尋ねる。他のメンバーも作戦に対する不満はあれど、すでに正式な辞令として下されたことだと無理やり納得しヴァリウスの話に意識を向ける。

 

「確かに、俺達だけでファウゼンを攻略しようとするのなら、犠牲は多数出ることになると思う。だが、今回は幸いと行っていいのかは微妙だが、先程セリアが言ったとおり、ファウゼンそのものを攻略するわけではないんだ。その周辺地域の制圧。それこそが今回俺達が命じられた任務だ」

 

「それは分かりますが、かといって周辺を制圧するだけならばまだしも、その維持もしなくてはいけないのではないのですか?維持もしなくてはならないとなると、私達だけでは帝国軍との兵力が余りにも違いすぎると思うのですが・・・?」

 

「確かにな。が、別にその事については、それほど深刻に考える必要は無いさ」

 

「それは、どういう・・・?」

 

ヴァリウスの自信に溢れる言葉に、それまで黙って耳を傾けていたキースが疑問符を浮かべる。口角をニヤリと歪めながら、ヴァリウスはその疑問への答えを述べた。

 

「俺達は、ファウゼン奪還作戦のための下地として、周辺地域を制圧(・ ・)する(・ ・)のが(・ ・)目的だ。その維持については何ら命令を受けてない。よって、奪還後の周辺地域の維持は他の正規軍の担当となる。ここまでは良いな?」

 

「はい」

 

「ならば、制圧した地域を維持する正規軍部隊のことも考えた場合、あまり広く地域を奪還したところで、それを維持することが今の正規軍に可能だと思うか?」

 

「・・・正直、不可能に近いかと。中部戦線を維持することさえも厳しい現状で、北西部のファウゼン周辺を帝国軍から奪還できたとしても、そう長くないうちに再び奪われるのが目に見えています」

 

「そうだ。現状の中部防衛線を維持することさえも困難なこの状況で、さらに北西部に防衛線を巡らせたとしても、そう時間が経たないうちに再び奪い取られることは明白だ。だからこそ、今回俺たちが奪還するのは、たった一か所でいいんだ」

 

「一か所、ですか・・・?しかし、それでは上の連中が納得しないのでは?利権目的で作戦を提案したような連中です、被害が出ようが構わずに、周辺を制圧しろと言ってくるのが目に見えていると思うのですが・・・」

 

「確かに、普通の拠点を一か所奪還するだけじゃ、そう言われるのは明白だろう。だが、俺たちが奪い返すのは、ただの拠点じゃない(・・・・・・・・)。制圧するのは・・・」

 

「ここ、リストニウムだ」

 

そう言ってヴァリウスが指差した地点は、ちょうど北部と中部の中間にある町だった。

 

「なるほど・・・確かに、リストニウムを奪還したとなれば、いくら上でも文句を言ってくるとは思えないな。ここを奪還できれば帝国の北部、中部間の補給路を大幅に制限できる」

 

頷きながらヴァリウスの考えにセルべりアは、「相変わらず狡猾な策を思いつくやつだ」と、目の前でリストニウムと書かれた町を見つめるヴァリウスの顔を見やりながら小さく笑った。

 

リストニウム。もともとファウゼンで採れたラグナイトをガリア各地へと出荷するために建設されたこの町は現在、帝国軍の中部への補給物資を運搬する拠点として使われていた。

 

もちろん、ここを経由しないで中部へと補給物資を運搬するルートもある。だが、それでも帝国が使用する北部からの補給物資の多くはこのリストニウムを経由されている。もしここを奪還が成功すれば、中部戦線に展開中の帝国軍は、現在行っているファウゼンからの補給線を大きく減衰され、戦線の維持に支障をきたすだろうとファウゼン占拠時より、作戦司令部は考えていた。

 

そして、ガリア軍は作戦司令部の立てた戦略を実現すべく、北部制圧後速やかにリストニウムを奪還すべく、中隊規模の戦力を投入。しかし、依然として両軍の戦力差は大きく、中部戦線を打開することもままならない正規軍では、作戦通りにリストニウムを奪還できるはずもなく、今日までリストニウムは帝国の補給経路として使用されていた。

 

「上層部が北西部を制圧された当初に躍起になって取り返そうとした町だ。ここを取り返せば、いくら煩い上層部といえども、大っぴらに他の拠点も奪還しろとは言わないだろう」

 

「・・・確かに、ここを奪還できれば、上層部といえどもそうそう無理な要求はしてくるとは思えませんね」

 

ヴァリウスの言い分に同意を示すキース。事実、戦略的に見ればファウゼン侵攻を目前とした今、最も攻略するべき拠点はリストニウム以外になく、それ以外の拠点は攻略価値が一段低いものばかり。

 

功績を立てるならばリストニウム攻略は最も価値のある作戦と言えた。

 

「だろ?まぁ、懸念事項といえば、このリストニウム守備隊の戦力なんだが・・・それも、俺たちの実力ならば問題ないと俺は判断した。皆はどう思う?」

 

「ヘッ!このくらいは楽勝で出来ますぜ、隊長!」

 

「まぁ、自分たちならば可能であると思います」

 

「他の部隊ができなかったからって、俺たちができないわけがないですしね」

 

「油断するべきではないですが、不可能ではないと思います」

 

「このくらいの危険なんて今まで何度くぐり抜けてきたかわかんねえしな。これくらいでギャアギャア文句言うつもりもないですよ」

 

各小隊長がヴァリウスの問いにスラスラと「余裕で勝てる」と答えていく中、最後にセルべりアがヴァリウスの目を見つめながら一言、

 

「お前が出来ると判断した作戦だ。ならば、私たちはそれに応えるだけさ」

 

何の気負いもない、そこいらの男よりもよほど男らしいセリフとともに、小さく微笑んだ。

 

「頼もしいな・・・。133独立機動小隊は、明朝0830に当基地を出立!ファウゼン近郊のリストニウム奪還作戦を展開する。各自、準備に取り掛かってくれ!」

 

「「「了解!!」」」


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