「やれやれ・・・随分派手に壊したもんだぁね~」
「あはは・・・ご迷惑おかけします、ゴトウさん」
道中敵に遭遇することなく、無事に基地へと帰投した第133小隊では今負傷者の搬送、及び破損、大破した車両と装備の移送が行われていた。
その立会いとしてヴァリウス、そして補給部隊の指揮官であるゴトウが搬送されていく人員や車輌の数々を眺めていた。
「しかし、ここまで派手に壊れちゃってると修理だけじゃなくてオーバーホールもしないといけなさそうだけど、そこん所は大丈夫なわけ?」
「ええ。上にはすでに知らせてありますから。どっちにしろ装備も人員も揃わなければ作戦行動なんてとれません。一か月は休業状態になりそうですしね」
「ああ、そう言えばかなり文句言われたそうじゃない」
「・・・知ってるんじゃないですか」
車輌、各種装備の再配備、負傷者の退院など、それらすべてが揃うのは短くても2週間、最長で一カ月はかかると判断された。ガリア軍きっての精鋭である第133独立小隊であろうとも、無手では戦うことなど出来ない。一部の上層部は「このような時に何を言っている!」「現状が理解出来ていないのか!」などなど、かなり好き勝手言ってくれたのだが。
「いやいや、こう言うことはやっぱり本人の口から聞いた方が確実じゃない?で、聞いた話だと、なんでもあのダモン将軍が援護してくれたって聞いたけど・・・本当?」
「・・・ええ。なんとも気色悪いことに「戦場での負傷は兵士ならば誰でもあり得ること。それに鞭打つような真似は酷と言うものでしょう」なんて言葉と一緒に休暇を受理してくれましたよ」
「それはまた、なんとも・・・何考えてるのかね?」
「大方、俺たちが居ない方が自分の手柄を立てやすくなるとか、邪魔者はさっさと目の届かないところでじっとしてろってところだとは思いますけどね。こっちにとっても好都合なんでありがたく頂戴しましたけど」
援軍の要請は断っておきながら、自分たちの長期休暇はこうも容易く容認されると、何か裏があるのではと最初はヴァリウスも疑った。が、よくよく考えてみれば、相手は無能の異名を取るダモンだ。奴に限ってそんな深い考えなどあるわけ無いかと思い至り、最終的にありがたく休暇をいただいたわけだ。
「あっそ。まぁ、せっかくの休暇なんだ。しっかり休みなよ?」
「ええ、そのつもりです」
―――久々の休暇だ、しっかり満喫しないと。次はいつ取れるかも知れないしな―――
ゴトウの言葉に笑みを返しながら、ヴァリウスは他の隊員たちと同じように、思いがけず手に入った休暇へ思いを馳せる。
そんなヴァリウスの姿にどこか気の抜けた笑みを浮かべながら、ゴトウは次々と運ばれていく車両群を眺めていた。
「さて、それじゃ休暇の前に仕事を終わらせとくか」
「仕事を溜めても良いことなど何一つないからな」
搬送作業を終え、ゴトウと別れたヴァリウスはセルベリアと合流し基地内に設けられた彼ら専用の執務室へと向かっていた。
いくら休暇を目の前にしているとはいえ、組織の中に身を置く限り仕事は放っておいたら増えていく。気兼ねなく休暇を迎えるためにはやるべきことはやるべき時にやるのが唯一の近道だと言える。
「放っておいたらむしろ増えるんだもんなぁ。まったく、誰か仕事を丸投げできるような人材がほしいぜ」
「軍人のセリフではないな」
「でも、誰だって思うだろ?優秀な部下が欲しいなんてことはさ」
「者によるだろう。人によってはむしろ疎ましく思うものも居る。今の上層部の老害達などそのいい例だ」
「相変わらずきついこと言うなぁ・・・しかも、あながち間違ってないからなんとも言えないし」
「隊長」
穏やかな、しかし物騒な内容の会話は前方から歩いてくる女性の声によって終了した。その女性は、腕の中にそこそこの資料を抱えており、まるでどこかの社長秘書かのような空気を醸し出している。
「ヴァン、お望みの優秀な人材が来てくれたぞ」
「大量の仕事とともに、て感じだけどな・・・」
「?何のお話でしょうか?」
「いや、こっちの話だ。で、なんか用か、イレイ?」
ヴァリウスから何の用かと問われた社長秘書のような女性、イレイ・カーヴィン伍長は雰囲気通りの生真面目な表情のまま、「連絡のあった例の部隊に関しての報告に参りました」と答えた。
「正式な部隊名は帝国軍特殊機甲部隊、コードネームは「アインヘリアル」。編成は通常歩兵から成る一般部隊、そしてこの部隊の根幹である特殊兵装部隊で構成され、帝国のドライシュテルンの一人、マリーダ・ブレス大佐直属の部隊とされています。それと、この部隊は他の部隊とは指揮系統が異なっているらしく、マリーダ・ブレス大佐とマクシミリアン準皇太子以外の命令に対しては拒否権を有しているとのことです。帝国軍内部でもこの部隊に関しては基本的にさきに挙げた二名以外は関与する者がいないため、この部隊の情報は帝国軍に潜入中のジャン軍曹にも入手困難だとの事です」
イレイからの報告の内容に多少眉をしかめてしまうヴァリウス達。正直な話、帝国軍に潜入しているスネークの隊員、ジャン・ホバック軍曹は決して無能ではない。
それどころか彼からもたらされてきた様々な情報は今までのヴァリウス達の戦果を陰から支えていると言っても過言ではない成果をあげている。そんな諜報のプロである彼でさえも入手困難だと言う。アインヘリアルの情報・・・それほどまでに、秘匿すべき情報なのか。
「敵のあの装備に関しての情報は?それとアスロンで交戦した時の指揮官についての情報はないのか?」
セルベリアが、イレイにそう尋ねると彼女は、「ほとんど情報は入手できませんでしたが・・・」と断りを入れてからその手に持つ資料を捲る。
「敵が使用しついた兵器については帝国軍内部でも極秘情報として管理されているらしく、分かったのは、隊長達が交戦した敵兵器の名称が「レギンレイブ」と呼ばれていること、そしてこのレギンレイブは「一般兵による使用は禁じられていること」と言うことぐらいで、その理由については特一級機密事項と指定されており入手することはできませんでした。また、隊長達が交戦したときの敵指揮官についてですが、名前は「ルイア・エルグレイブ」階級は大尉。経歴についてですが、この部隊と同じく帝国軍内部でも詳しくは不明だそうです」
イレイのその報告にセルベリアは、「そうか・・・」と、若干落胆気味の表情で答えた。ここまで聞いた情報は、先の戦闘においてルイア本人の口から述べられたことがほとんどであり、自分たちが真に知りたい情報―――ルイアの正体、そして、あの謎の兵器である「レギンレイブ」の詳細は全く手に入らなかったのだ。
「これだけの情報しか用意できず、不甲斐ないばかりです」
「いや、今回は急だったからな。お前たちはよくやったと思ってる。普通の奴らじゃ、この情報だって入手できてないさ」
自分たちの力の無さに頭を下げるイレイへと手にした資料を掲げながら、ヴァリウスは顔を上げるよう促す。
まだ先の戦いから一週間と経っていない。それにも関らず、イレイは、そして帝国に潜入しているジャンはアインヘリアルに関しての情報を少なからず探り当ててくれたのだ。礼を言いこそすれ、罵倒することなど出来る筈がない。
「お前たちの力は私たちが一番よく分かっているつもりだ。今回は表面的なことしかわからなかったが、時間をかけさえすればお前たちならば必ずより詳細な情報を入手してくれると思っている」
「隊長・・・大尉・・・」
二人の言葉に伏せていた顔を上げ、瞳をわずかに潤ませる。しかし、小さく首を振り、すぐに表情を凛とすると、「ご期待には、必ず応えて見せます」と力強く答えた。
「ジャン軍曹、および帝国へ潜入中のスネーク分隊隊員への追加命令としてアインヘリアルの調査命令を通達いたします」
「ああ、頼む」
「ハッ!!では、失礼いたします」
敬礼し、ヴァリウスの部屋から退出していくイレイの姿を見送る。ヴァリウスは座っていた椅子の背もたれに寄りかかると、フゥ・・・と息を吐き出した。そんなヴァリウスをジッと見つめながらセルベリアは彼へと「どう思う?」と一言問いかけた。
「あれだけの代物だ。最重要機密事項に指定されていたとしてもおかしくはない。おかしくはないんだが・・・」
「だが?」
「いささかきな臭い」
険しい表情のまま、手元の資料を一瞥する。ほとんどの情報が秘匿された機密部隊。その部隊が運用する、一般兵へは一切知らされていない特殊な兵装。危険な臭いが満載と言えるだろう。
「だいたい、俺たちみたいなのがわんさかいれば、それだけでヨーロッパの統一なんか楽勝なはずだろ?なのに、それを一つの部隊のみで運用するなんて、胡散臭いにもほどがある」
「・・・試験運用ということは無いのか?」
「無くはないと思うけどな。俺の勘じゃ違うね。あれはある種の”禁忌”を犯してるような感じだ。と言うか、セリアもそう感じていたと思ってたんだけど?」
勘と言う割には、いやに具体的な意見を述べるヴァリウス。そして、同意を求められたセルベリアも、自分で「試験運用」などと言ってはみたものの、ヴァリウスの言うとおりのことを感じていたようで、表情は険しい。
「確かに、あれからは・・・”あそこ”で感じていたモノを思い出させられたな・・・」
セルベリアに消えないトラウマが刻み込まれた場所である、”研究所”。そこで行われていたのは―――今になって分かったことだが―――非合法かつ、非人道的な研究の数々。そこでは悲鳴は絶えたことは無く、時には連れていかれたまま戻ってこなかった同胞も少なく無い。そんなトラウマを思い起こさせる何かを、セルベリアはレギンレイブから、そしてルイアからアレに連なるものを感じていた。
「ルイアの方は自身の口で証言していることだから確実なんだが・・・少なくとも、俺達と同類ってわけではないと思う」
「その根拠は?」
「俺達のような経験をした奴が、あんな目をするようになれるとは思えない」
「・・・随分と不確実な根拠だが・・・納得は出来るな」
同じ経験をした者にしか共感することが出来ないであろう根拠。他の者が同じことを聞いても決して信じたりはしないだろう。
「まぁ、現状じゃ推測を立てるにしても情報が足りなさすぎる。これ以上の事は今後の調査次第だな」
「・・・そうだな。ここで憶測を並べても、詮無いことか」
「ああ。で、だ。まず俺たちがやるべきことは、忌々しいこの紙の塔を崩すことなんだが・・・」
「悪いが、私も別件で忙しいんだ。手伝えないからな?」
意地の悪い笑みを見せながらセルベリアは、ヴァリウスの執務室から退出しようとドアへと向かう。その後ろ姿を恨めし気に見遣るも、無駄なことだとすぐに割り切り、書類の山へと手を伸ばす。が、途中で何かを思い出したのか、退出する直前で、「ヴァン、そう言えば聞き忘れていた」と言って首だけで振り返る。
「なんだよ?何か伝え忘れていた案件でもあったっけ?」
目は書類へと向けながら何かあっただろうか?と記憶を探っていく。ヴァリウスの問いに「いいや、私事だ」と答え、そのままの姿勢で用件を伝える。
「今日の夕飯は何が良いかと思ってな。久々の休暇なんだ。折角だから私の料理でもどうかと思ってな」
セルベリアがそう微笑みながら言うと、ヴァリウスは書類から目を離し、「おお!!」と目を輝かせながら、セルベリアのその言葉に喜びの表情を浮かべた。
セルベリアの手料理はかなりの定評がある。彼女としては、「趣味としてやっている程度の腕」と言う認識なのだが、実際にはプロ並、モノによってはプロ以上の以上の腕前を発揮することさえあるのだ。
そんな彼女の料理だが、ここ最近は任務で食べれていなかった。なので、今日は久々に彼女の料理を食べられると言う事なので、喜びも一入なわけだ。
「久々にセリアの料理が食べられるのかぁ~。そうだなぁ・・・シチューが食べたいな」
セルベリアの得意料理であるシチュー。これは、それ専門の料理店で出しても遜色ない味を誇るセルベリアのレシピの中でも最高レベルの代物だ。
「シチューか。分かった。なら今日はヴァンの好きなホワイトシチューを作ることにするさ。なるべく早く帰ってきてくれ」
「ああ!絶対に早く帰るよ。だから、シチューしっかり作っといてくれよ」
「フフフ、分かっているさ。それじゃあ、また後で」
微笑みながら、今度こそ執務室から退出していったセルベリア。その姿を見送りなだら、ヴァリウスは今日の夕食のことを想像しながら、書類を捌いていく。この書類の山も、今ならすぐに片づけられるような気がした。
書類の整理が終わり、本日の業務を終えたヴァリウスはすぐに帰宅の用意を済ますと、急ぎ足でセルベリアが待つ自宅へと帰宅した。
「ただいまぁ~お、上手そうな匂いだなぁ・・・」
扉を開けると共に漂ってくるシチューの良い香りに、ヴァリウスは顔を思わず綻ばせた。久々の我が家、そして久々の穏やかなこの時間を過ごしていることを実感して、彼の表情はどんどんほぐされていく。
そうして玄関で顔を綻ばせていたヴァリウスの所に、一人の高年の男性がやって来きた。彼もまたヴァリウスの姿を見て皺がしっかりと刻まれた顔に、優しい笑みを浮かべ、ヴァリウスに「おお、お帰り」と声をかけた。
「ヴァリウス。久しぶりじゃな。元気そうで安心したぞ」
「お、父さん!久しぶり!!元気だったか?」
高年の男性、ヴァリウスとセルベリアの養父であり、この国の貴族でもあるエドワード・ルシア伯爵はヴァリウスのその言葉に、「まだまだ元気じゃよ」と穏やかに答えた。
ヴァリウスがエドワードとにこやかに会話をしていると、二階からヴァリウス達よりも若干年下の青年が降りてきた。
「あれ、兄貴。もう帰ってきたのか。もう少し遅くなるかと思ってたよ」
「おいおい、なんだか俺が帰ってきたらいけないみたいな言い方だな、アーサー」
ヴァリウスは、エドワードの孫であり、現在ランシール士官学校に在学中のアーサー・ルシアへと苦笑しながらそう返す。ヴァリウスの言葉にアーサーは、「う~ん・・・若干そうかも?」とおどけながら答えた。
「兄貴が帰ってこない方が姉貴と一緒にいられる時間が長くなるからそうかもね。あ、いや、兄貴が早く帰ってこないと姉貴はすぐに不機嫌になるから、やっぱり早く帰ってきた方がいいかな・・・?」
「おいおい、セリアはお前にはやらないぞ?」
「はいはい、ごちそうさま。ちなみに、さっきも姉貴に同じこと言われたよ。全く、なんなんだろうね、この二人はさ」
「俺とセリアの絆はそれだけ固いってことだ」
「・・・なんで帰宅早々こんな惚けられなきゃいけないんだろ、俺・・・はぁ、さっさとリビングに行こうよ。と言うか、やるやらない以前に、姉貴が自分の相手に選ぶのって兄貴くらいしかいないっての。そのこと分かって言ってるでしょ、兄貴」
「ハハハ。まぁ、久々に我が家に帰ってきたんだ。少しくらい俺の話に付き合えって。ほら、父さんも行こうぜ」
「フォフォフォ、そうじゃな。早く行かないとセルベリアはすぐに怒り出すからのぉ」
そそくさとリビングへと移動し始めるアーサーの横に並び、ヴァリウスはエドワードにそう告げると、自信もまたリビングへと移動する。
リビングのテーブルには既に、様々な料理が並べられており、そのどれもが食欲をそそる良い匂いを漂わせていた。そして、その中でも中央に置かれた鍋から漂ってくるシチューの匂いに、ヴァリウスはついつい大きな声で「おお!!うっまそう!!」と声を上げる。
今にも料理へ手を伸ばそうとするヴァリウスの姿に、手にお盆を持ったエプロン姿のセルベリアは笑顔を浮かべながら彼を窘める。
「フフフ、少し落ち着けヴァン。慌てなくても、十分な量はしっかり作ってあるさ」
「フォフォフォ、相変わらずヴァリウスはセルベリアの料理を前にすると、まるで子供のようじゃな」
「いや、じいちゃん、それって兄貴が全然成長してないって事になるんじゃないの?」
穏やかな時間。戦乱の中での、このつかの間の穏やかな時間を、ヴァリウスとセルベリアは、家族の暖かさに笑顔を浮かべながら、夕食を共にした.