戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十五話

「それで、被害は?」

 

「ハウンドの被害が一番多いですが、幸いにも死者はおりません。軽傷者が27、重傷が12。この重傷者に関しても、銃弾は貫通しており、命に別状はありませんので、1ヶ月程度軍病院で治療すれば問題ないです。・・・というか、一番の重症者なはずのギオル曹長が元気すぎるくらいなので、どうにかしてくれませんか、隊長」

 

「あ~、まぁ、注意はしとくよ・・・」

 

アスロン郊外での戦闘を終え、後続の部隊へ戦線の維持を引き継ぎ基地へと帰投する道中、野営用テントの一つにて、アリアからの報告と一部の者への愚痴に苦笑を浮かべつつ、ヴァリウスは予想よりもずっと被害が少なかったことに内心で安堵の息を吐いた。

 

正直な話、先程まで戦っていたアインヘリアルの兵士達は、今まで戦った敵の中でも、一番の強敵だったと思う。レギンレイブだけではなく、その前に戦った一般兵の練度も非常に高いものであった。そんな敵と、二倍以上もの兵力差があった戦いだ、最悪半分は戦死してしまう可能性も考慮していた。しかし、その予想はいい意味に裏切られ、結果としては装備や車両に損害は出たものの、人的被害はそう酷いものではなかったのが不幸中の幸いだろう。

 

「しかし、本当に残してきた部隊だけで戦線を維持できるのか?はっきり言って、もう一度あの敵が攻めてくれば一個中隊など、一時間程度で全滅だぞ」

 

ヴァリウスの隣で共にアリアからの報告を聞いていたセルベリアが、ふと思い出したかのようにそんなことを尋ねてきた。

 

確かに、彼女の言うとおり、一個中隊規模であろうとも、あの敵が(アインヘリアル)が攻めてくれば一溜まりもないだろう。だが、これには―――酷く下らない―――理由があった。

 

「これ以上戦力投入は各戦線への負担が大きくなるため、戦略的観点から許可出来ない。中央戦線は現状然したる脅威も確認されておらず、これ以上の戦力は過剰である」

 

「?なんだそれは」

 

「増援要請に対するお偉い将軍(無能)殿からの返答。中部奪還作戦を間近に控えた今、自分の作戦以外に戦力を投入するのは無駄以外の何物でもないんだと」

 

「またあの男か・・・!」

 

戦力の削減理由が例のごとくダモン将軍による工作であると聞き、憤るセルベリア。彼らの正面に立つアリアもまた「ホント、邪魔ばっかりですね、あの髭オヤジ!」と怒りを見せていた。

 

他者に聞かれれば上官侮辱罪で軍法会議に掛けられても仕方がない暴言の数々。特に、平時ならば決してこのようなことを口にしないセルベリアまでもが怒りに満ちた表情で暴言を吐いていることから、相当怒り心頭なのだと言うことが容易に見て取れた。いくら規律に厳格な彼女であろうとも、限度というものが存在する。それが真に作戦に支障をきたすのならばともかく、個人的な嫌がらせで人員を限定するなど、到底許容できることではないのだ。

 

「帝国だけではなく、軍内部からの妨害にも対処しなければならないとは・・・いっそのこと、死んでくれないだろうか、あの無能・・・」

 

「あの無能、生き残る事だけはやけに上手いからな・・・まぁ、それは置いて、今するべきは負傷者の移送と基地への迅速な帰還だ。悪いとは思うが、手の空いてる者と、軽傷者には周囲の警戒を欠かせないよう言っておかなきゃな」

 

本来ならば軽症者や他の者も休息を取らせてやりたいところだが、ここは奪還したとはいえ敵の支配地域に隣接している。安全地帯とは言い難いここに、あまり長居したくはない。

 

「疲労も溜まっていますが、現状では致し方ないですね。そう通達しときます」

 

「悪いな、伝令みたいなことまでさせて」

 

「人手不足は十分理解してます」

 

そうにこやかに答えると、アリアは一礼し、テントから退出する。その姿を見送った二人は、それまで浮かべていた表情を一変させ、いささか深刻気な空気を醸し出す。

 

「で、ヴァンは実際どう思う?」

 

「どうって言うと・・・あいつらのことか?それとも今後のことか?」

 

「両方だ」

 

茶化すようなヴァリウスへ、僅かに目くじらを立てるセルベリア。そう怒るなよと笑いかけながら、問われた二つの事柄に対する自身の見解を述べる。

 

「”私は、あの研究所を知っている”・・・あいつ自身が言ってただけだから証拠としては弱いが、甲冑兵共が使っていた力は間違いなく俺たちと同じ・・・”ヴァルキュリア人”の力だと思う」

 

「やはり、そうか・・・・」

 

分かっていたこととはいえ、改めて他者から事実を告げられひとつ息を吐く。その吐息には、一言では言い表せない複雑な感情が込められていた。

 

「ただ、最後に現れた”ツヴァイ”と呼ばれていたあいつに関しては何とも言えないな・・・普通じゃないことだけは確かだが」

 

「あいつか・・・確かに、あの力は私たちと同じと言い切ることは出来ないな」

 

ルイアへ届こうとした一太刀を防いだ甲冑兵―――ツヴァイと呼称されていた敵が放った異質な紅い焔。通常ヴァルキュリアが纏い、放っていたとされているのは”蒼い焔”だ。それは、ヴァリウス達も、そしてツヴァイ以外のレギンレイブ達も同様。

 

ヴァルキュリアの力とは、ラグナイトエネルギーを根源としていると言われている。そのため、力を発現した場合、光色は通常蒼い光になるはずだ。

 

しかし、ツヴァイが放ったのは”紅い焔”。それも、たった一撃で地形を変貌させてしまう程の力を秘めた、異質な光。

 

「まぁ、帝国内でもあの部隊自体、謎に包まれてるみたいだしな。しばらくは情報が上がってくるのを待たないと、何とも言えないよ」

 

憶測のみで情報を固めることほど危険なことはない。故に、謎の敵部隊であるアインヘリアルに関しての話し合いはこれで終了となった。

 

「で、もう一つの方―――今後のことについてだが」

 

「ああ、まぁ細かい被害報告がまだだからはっきりとしたことは言えないが、少なくとも通常通りの編成ではしばらく動けないな。重傷者が出なかったから人員の配置換えやらは行わなくてすみそうだが、規模の縮小は行わなきゃならん。装備やらの再調達、機材の修理やらもあるから・・・少なくとも向こう2週間は完全休業、思わぬ長期休暇ってところだろ」

 

「この時勢に何を言っている・・・と言いたいところだが、確かに療養や武器の調達やらを考えればその程度の期間は必要か」

 

「それに、負傷者以外の奴らも、今回の戦いじゃかなりまいってるはずだ。少しくらい気分転換させてやらなきゃそのうちストライキでも起こしそうだ」

 

「・・・本当に起りそうだから始末に負えないな」

 

苦々しげに呟くセルベリアに思わず苦笑。第133小隊は、優秀な人材を集中的に集めたためか、キャラが濃い連中がそれなりに多い。

 

ここらで一つ息抜きでもさせてやらなければ、そのうち本当にストライキを起こしかねない人物が数人存在しているのは事実だ。

 

「まぁ、あれだけの戦いを無事に潜り抜けたんだ。ここらで飴の一つでもああ与えてやらなきゃ後が怖い」

 

休息も取らずに万全な仕事ができる人間は居ない。それは例え訓練を受けた兵士だろうが同じだ。むしろ戦場という過酷な状況を生き抜く兵士にとっては一般人よりも休息の重要性は高いかもしれない。

 

「確かに、開戦してから二カ月・・・まともな休息がなかったな。ここらで一息入れる必要があるか」

 

「それに、動こうにも装備も碌にないんじゃ動けないんだ。なら今のうちに休んどかなきゃな」

 

「分かった。皆には私からそう伝えておく」

 

「ああ、頼む。俺も整理が一段落したら行くよ」

 

テントから出て行くセルベリアを見送ったヴァリウスは、纏められた資料に目を通す作業へと意識を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ギルランダイオ要塞~

 

「大尉、ご命令通り、例の部隊資料をお持ちしました」

 

「ああ、ご苦労。他の者には、しっかりと休息をとらせているか?」

 

アスロン郊外から帰還したルイアはギルランダイオ要塞内の割り当てられた一室にて戦闘報告書の作成のため、敵対したヴァリウス達第133独立小隊の資料を受けとりながら書類へと目を走らせていた。

 

「ハッ!ご命令通り、隊員達には、十分な休息をとらせています。しかし、大尉も休息をとられた方がよろしいのではないでしょうか・・・?昨夜から全く休憩されていないのですし」

 

「私の事ならば心配はない。下がっていいぞ」

 

「・・・ハッ!」

 

部下の進言を一蹴し、誰もいなくなった部屋で受け取った資料へと目を通す。そこには簡易的ではあるものの、第133小隊に関するかなりの情報が記載されていた。

 

「ガリア正規軍、第133独立機動小隊・・・隊長、ヴァリウス・ルシア、階級は中佐・・・副隊長、セルベリア・ルシア、階級は大尉・・・分隊長として、ギオル・アークス、キース・キルヒア、ガレイ・フォークロア、アリア・マルセリス、シルビア・・・戦績は・・・なるほど、大したものだな。今やヤツはガリアの英雄的存在と言うわけか。部隊自体が精鋭で固められているとはいえ、この戦績・・・なるほど、素の戦闘能力もやはり高いレベルで纏まっているということか」

 

資料をめくりながら、そこに書かれている人物達の情報に、言葉を零すルイア。元傭兵、ダルクス人、第一次大戦から戦っている兵士に、元スパイ。亡国の兵士・・・隊員たちの様々な経歴が記されている資料に、笑みを浮かべながら、読み進めていく。

 

「かつては、名前さえもなく、番号で呼ばれていたお前達が、今では英雄か・・・」

 

歪んだ笑みを浮かべながら資料に添付されていた写真へと目を移す。無表情でありながらも、絶望などは一切ない汚れなき瞳。かつてはある種の濁りに満ちていたというのに、こも人というのは変わるのだな。

 

そんなことを脳の隅で考えていると、物音一つなかった室内にノックの音が響いた。

 

「失礼するよ」

 

ルイアの答えを待たずに、彼の執務室へと一人の女性がタバコを吸いながら入室してくる。本来ならばタバコを吸いながら士官の執務室に入室など決して許されないことだが、ルイアは全く気にした様子もなく、資料から入ってきた女性へと視線を向けた。

 

入室してきたその女性は、黒いシャツの上に白衣を纏い、外見だけを見るのならば、かなりの美人ではある。もしも、しっかりと着飾って、男の前に出てみれば、恐らく多くの男から声をかけられたかもしれない。

 

しかし、その彼女の外見も、ある一つの点から、その可能性さえも無くしていた。

 

その一点とは、彼女の瞳であった。彼女の瞳は、普通ならば宿しているはずの、”光”というものを、宿していなかった。

 

人は、大抵の場合人と話すときは、目を見ながら話す。”目は口ほどに物を言う”という諺がある。それは、”目は、人の心を映しだし、時に口で語るよりも気持ちを表現することがある”と言う意味を持っている。

 

何かしらの魅力ある者というのは、おおよその者が瞳に光を宿しており、その光が人の心を惹きつけ、魅了するのだ。

 

しかし、その女性の瞳には、その光が存在していない。いや、彼女にも光はある。しかし、他人を引き込むような暖かな光ではない

 

言うなれば”狂気の光”。他の一切に興味は無く、ただただ自身が求める事にのみ没頭し、そのためならば手段などは考えず、人としての道徳さえも捨て去ってしまう。

 

そんな危険極まりない光を宿している女へと、ルイアは少々呆れた表情を向け出迎えた。

 

「フェルスター博士。返事が無い内に入ってきては、ノックの意味など無いだろう・・・」

 

「そうか。それはすまなかったな。しかし、私もなにぶん忙しいのでな。さっさと用件をすませたいんだ」

 

そう言って、ルイアの言葉を一蹴した女性、クレメンティア・フェレスターは、彼の前へと歩み寄り気だるさを感じさせる目を向ける。

 

「まぁ、こっちから呼び立てたのだから、それに関してはとやかく言うつもりはないがな。殿下達の前では、粗相の無いよう気をつけてくれよ」

 

「で、何のようだ?言った通り、私は忙しいんだ。早く研究に戻りたいのだがな」

 

「フゥ、相変わらず人の話を聞かないのだな・・・まぁいい。レギンレイブが3体損失した。その件に関しては、既に聞いているかな?」

 

「ああ、その話か。確かに聞いてはいる。相手が誰だったかまでは聞いていない。非常に興味はわくがな。アレは失敗作同然とは言え、ただの人間には到底倒せるものではない」

 

「ああ。それについてだが・・・」

 

バサッ・・・

 

ルイアは手にしていた資料を机の上へと放り、フェレスターへと投げ渡す。それを拾い上げたフェレスターは、訝しげな表情をしながらルイアへ「これは?」と疑問を呈した。

 

「今日戦った部隊についての資料だよ。君にとっても、中々懐かしい顔があるぞ?」

 

「・・・!ほう、生きていたのか、a-031,d-441・・・なるほど、この二人ならばレギンレイブを破壊したと言うのも納得出来るな。それで、あいつらは力を使っていたのか?」

 

「ああ。第一次覚醒は完全に達していた。だが、触媒が無いためか第二次覚醒には至ってはいなかったな。目覚めているかは不明だが、それでも二十体のレギンレイブを相手に終始圧倒的な戦闘能力を発揮していたよ」

 

「第一次覚醒でか・・・なかなか興味深いな。マリーダとの戦闘データを是非採ってみたい」

 

「そういえば、最近はヴァルキュリア同士の戦いを見てみたいと言っていたな。レギンレイブでは満足出来ないか?」

 

ルイアがどこかからかう様な口調で尋ねると、フェレスターは、「当たり前だ」とご機嫌気味だった気分は一転、不機嫌な口調でルイアへと語る。

 

「あんな失敗作では、ヴァルキュリアの真の力など、分かるわけがない。私が見たいのは、”本物の”ヴァルキュリア同士の戦いだ。模造品になど興味ない」

 

そう吐き捨てると、もはや資料に興味を無くしたフェレスターは、それをルイアへと投げ返し、踵を返す。そのまま扉の前へと歩いていき、部屋から退出しようとドアノブに手をかける。

 

そのまま出ていくのかとフェレスターの背を見送るつもりでいたルイアだったが、彼女は唐突に何かを思い出したかのように足を止め、首を回しルイアへ振り向く。

 

「そうだ、今度a-031と戦う事があれば、私も連れて行け。折角だ、あいつらがどのような変化を遂げたのか直に観察したい」

 

まるで”自分も買い物に連れて行け”とでも言うかのような軽い口調で、命の危険が待つ戦場への同行を求めるフェルスター。普通ならば即座に却下される要求だが、ルイアは「また無茶を言うな」と零しながらも同行を許可する旨を口にした。

 

「分かった。何時になるかは分からんが、その時は連絡を入れよう。念を押すようだが、損失したレギンレイブの補充の件は、忘れてくれるなよ。”失敗作”でろうと、あれは使えるんだ」

 

「分かってるよ。調整込で2週間後には補給させるよう手を打っておく。そっちも材料(・ ・)の調達を忘れるな」

 

「心得てるよ」

 

ルイアの言葉を聞き、フェルスターは今度こそ執務室から立ち去る。ルイアは彼女が出て行った扉をしばしの間見つめていたが、すぐにフェレスターが投げ返してきた資料を再び手に取り、それを見つめながらアスロンでヴァリウス達へと向けた笑みと同じ歪んだ、そして見る者の背を振るわせるような笑み浮かべた。

 

「ヴァルキュリア同士の戦闘か・・・そんな事が起きてしまえば、その周囲は焦土と化すだろうに・・・しかし、科学者とは自身が望む事以外は全く興味が無い人種だ。そのようなことは考えていないのだろう。だが・・・」

 

そんなことが実際起きれば、面白いことになりそうだ。

 

「帝国のヴァルキュリアが強いか、それともガリアのヴァルキュリアが強いか・・・確かに見てみたい気もする。それに・・・」

 

資料をめくり、ヴァリウスの情報が記載しているページを開く。その瞳は、どこか少年が、英雄に憧れているかのような純粋な、しかし見る者が見れば確実に狂っていると分かる光があった。

 

「貴様が本当にあの血統に連なる者なのだとすれば・・・さぞや面白いものを見せてくれるのだろうな・・・”ヴァルキュリアス”・・・」

 

謎の言葉を零しながら、ルイアはヴァリウスの写真へとどこか不気味な笑みを向け続けていた。


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