戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十四話

なんなんだ、この化け物達は・・・!!

 

ルイアの傍らに立つ下士官の心境を一言で表すのなら、彼は今人を超越した”バケモノ”と対峙していた。

 

アスロンを落したと思われる敵によって分断された部隊との合流を目指していた部隊を、突然停止させ、丘の上で陣を組んだ上官に、彼は当然ながら苦言を呈した。

 

なぜこのような場所で陣を組む必要があるのか。一刻も早く味方部隊との合流を果たすべきではないのか。

 

苦言を呈する下士官を、しかしルイアは一言で切り捨てた。

 

”すでに戦線は抜かれている”

 

ここまで、今尚聞こえる戦闘音がこの人の耳には聞こえていないのだろうか。もし本当に戦線が抜かれていいるのなら、現在聞こえているこの戦闘音はなんなのだ。

 

そんなことを考えていた下士官は、しかしその数分後目の前に現れた二人の異様な男女の出現により、一瞬にして自分が間違っていたことに、そして自分の横に居る上官が言っていたことが正しかったことに愕然とした。

 

たった二人で仲間達を突破してきたのか?それも無傷で?なんなんだ、この二人は・・・!

 

混乱する下士官をよそに、ルイアはようやく目の前に現れた二人のヴァルキュリアの姿に薄い笑みを浮かべていた。

 

「よく来たな、と言いたいところだが・・・少々遅かったようだな?」

 

「・・・それは、すまなかったな。なにしろ、手厚い歓迎を受けてたもんでな。少し時間かかっちまったんだ」

 

親しげな友人同士のような会話。しかし、話し合う当人たちの表情はまるで対照的だ。

 

「そうか。オリジナルの力ならばあの程度は容易く抜けてくると思っていたんだが・・・見込み違いだったか?」

 

「オリジナル・・・?何の話だ」

 

「おいおい、とぼけるのか?お前たちが今使っている力のことに決まっているじゃないか」

 

「「ッ!!」」

 

ルイアの言葉に息をのむ。自分たちの力を目の前の男が知っている可能性は甲冑兵たちの放った蒼い光の砲撃から予測はしていた。

 

だが、改めてその事実を突き付けられた今、眼前に立つ男が、自分たちがかつていた場所―――ヴァルキュリアの研究所と関わっている可能性はかなり高くなった。

 

「・・・一つ聞く。お前はあの場所を・・・俺たちが居た場所を知っているか?」

 

―――自分たちが、本当は何者なのかを知る可能性も、あるかもしれないと言うことだ。

 

ヴァリウス自身に自分の過去が知りたいと言う気持ちは無い。自分は物心ついたときからあの施設に居たからか、自分の過去などどうでもいいとさえ思っている。

 

だが、セルベリアは別だ。

 

自分よりも後から施設に来た彼女には、確かに両親が居たはずだ。居るかどうかも自分とは違う、本当の親が。

 

彼女は、自分に弱音を漏らすことはほとんどない。そんな彼女が唯一漏らしたことのある弱音。それが自分の、両親の事だ。

 

探せるような伝手は、幼い自分には無かった。軍に入り、伝手を得ても、手がかりとなる情報は自分たちの居た施設の事だけ。それも、今では廃墟となっていて手がかりなどはまったくなかったという。

 

諦めていた。彼女は、それでもいいと笑うだろう―――どこか寂しそうに、笑うだろう。

 

だが、自分はそう思えなかった。本当の両親、本当の家族。

 

会わせてやりたい―――ずっと、そう願っていた。

 

そして今。その手がかりが・・・ずっと、求めていたモノが―――

 

「ああ・・・知っている」

 

 

 

「ッ・・・!!」

 

 

 

現れた―――!!

 

 

 

 

「そうか・・・なら―――」

 

 

 

 

絶対に―――逃がさない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分には理解できない会話から始まった、敵と上官の対峙、そして戦闘。唐突に始まったのだが、上官にとっては想定内だったのか、即座にレギンレイブへ命令を下し、弾幕を形成。光の壁と言っても過言ではない代物を形成し、敵は一瞬で消し飛んだ―――かに見えた。

 

敵は、光弾の嵐をどのようにしてかは不明だが、すべて回避し、二人とも無傷で姿を現した。それだけでも信じられないことだというのに、あろうことか男の方は、弾幕の中へと自ら飛び込んだのだ。

 

女の方も、弾幕の射程範囲内に居るというのにその場を動こうとせず、それどころか長大なライフルを構え攻撃を繰り出し始めた。

 

レギンレイブに、通常の攻撃はほとんど意味をなさない。

 

なぜならば、彼らの持つ盾には物理的な攻撃ならばほとんどを無効化可能な光の盾を展開できる機能が備わっているためだ。

 

これは、たとえ重戦車の砲撃だろうと無効化することが可能であり、ほぼ物理的な攻撃に関しては無敵に近い防御力を有している。

 

個人兵装程度の攻撃力ではこの防御を抜くことは到底無理な話だ。

 

しかし、これはあくまでも盾を(・ ・)構えて《・ ・ ・》いた時の話だ。

 

如何なる攻撃を無効化する盾があろうとも、それを構えていなければ、レギンレイブの防御力は鎧が耐えきれるもののみとなる。

 

レギンレイブの纏う鎧は通常のライフル弾程度の威力ならば無傷で防ぐことが可能だが、アレはどう見てもそれ以上の威力を持っている。

 

盾は構えなければ機能しない。そして、攻撃と防御、二つを同時にこなせるほどの能力はレギンレイブには備わっていない。

 

故に、彼女の放つ攻撃を防御するため、レギンレイブは攻撃を一時中断せねばならない。

 

それにより、弾幕の密度は一時的にだが低くなり、男の駆ける道が形成される。

 

すぐ傍を光弾が通り過ぎても微動だにせず射撃を続ける彼女の姿は、弾幕の中を駆ける男に劣らない、凄まじい気迫を感じさせる。

 

(気でも狂ってるのか、こいつらは・・・!!)

 

掠るだけでも致命傷となりうる弾幕の中を駆ける男もそうだが、その場から動かず、ライフルを撃ち続ける女も十分狂ってる。

 

命を失うことが怖くないのか?なぜそうして立っていられるんだ!

 

レギンレイブの力をよく知るがゆえに、下士官は目の前の二人がとる行動が理解出来ない。掠るだけでも致命傷、遺体さえも残らない絶大な力を秘めた光弾に臆しもせずまっすぐに立ち向かうなど、自分には考えられない。

 

だというのに・・・

 

「なぜだ・・・なぜ、そうまでして立ち向かってくるんだ・・・!!」

 

理解できない恐怖に身体を振るわせる下士官。そんな彼をよそに、地を駆けるヴァリウスと、その背後で立ち続けるセルベリアを眺めていたルイアは、歪んだ表情を浮かべていた。

 

「いいぞ・・・そう来なくてはな・・・!!」

 

若干興奮しているのか、平時の彼には似つかない、弾んだ口調。死線を潜り抜けてくる2人を見る目はまるで科学者が期待通りの動きを見せた実験動物(・ ・ ・ ・)を見るかのような目だ。

 

「お楽しみの様子のとこ悪いが―――そこはもう、俺の間合いだぜ?」

 

その言葉とともに、前衛を務めていたレギンレイブの一体が耳障りな金属音を発しながら仰向けに倒れる。その眼前には、いつの間にか弾幕を突破し終えたヴァリウスがディルフを振り下ろした格好で紅い瞳を怪しく光らせていた。

 

「さて、さんざん持て成してくれたんだ・・・こんどは、こっちの番だな!」

 

ヴァリウスの傍に居た二体のレギンレイブが槍を、盾を用いて攻撃を仕掛けようと振りかぶる。だが、その動き彼にとってはは鈍重過ぎた。

 

それぞれの得物が振り下ろされる前に、ディルフによって槍が、そして盾が切り裂かれ、貫かれて原型を失う。

 

それでも、残った得物で再度攻撃を仕掛けようと動くが、それよりも疾く二体の身体は血飛沫を撒き散らし、身体は地へと沈む。

 

一瞬にして三体ものレギンレイブを失い、この距離ではレギンレイブの強力すぎる攻撃は味方を巻き込むために使用できない。戦況は明らかにヴァリウス達へと傾いている―――しかし、依然としてルイアは余裕の笑みを失わずにいた。

 

「随分と余裕そうだな・・・」

 

「そう見えるかね?」

 

「ああ・・・だからよ」

 

その笑い―――すぐに引っ込めてやる・・・!!

 

一直線にルイアの下へと走る。彼とヴァリウスを隔てるモノは、最早居ない。後ろから攻撃しようも、外れればルイアへと攻撃が当たる可能性がある。

 

まさに絶体絶命な状況。しかし、それでもルイアの顔には笑みが浮かんだまま。

 

嘗めてるのか・・・!!

 

あと数歩でヴァリウスの間合いに入ろうとしたその時、

 

「さすがはオリジナルだ。こちらの予測を上回る動きを見せてくれる―――だが」

 

「ッ!!」

 

瞬間、ヴァリウスの背筋に強烈な悪寒が奔る。直感に従い、前進を続けていた足を停止、後方へと一気に飛び退く。

 

それとほぼ同時、それまでヴァリウスが居た空間を、紅い光(・ ・ ・)が抉り取った。

 

それまでの蒼い光弾とは異なる、禍々しいまでの紅い光。それは、地を容易に抉り取り、すべてを灰燼へと変貌させた。

 

「これは・・・!?」

 

「参ったな・・・ここまで来て隠し玉か・・・!!」

 

紅い光がもたらした光景に驚愕の声を上げるセルベリアの横へ着地したヴァリウスは、ルイアの横に現れた意匠の違う鎧を纏う甲冑兵を睨み付け、悪態をつく。

 

そんな二人の様子に満足げな笑みを浮かべつつ、ルイアはまるで新しいおもちゃを自慢するかのような口調で語り始めた。

 

「どうだ?ツヴァイの威力は。少々威力調整に手間取っているので、使いどころが難しいが、中々使えるだろう?」

 

新しく姿を現した甲冑兵―――ツヴァイと呼ばれたそれは、他のレギンレイブと同じく無言のまま、ルイアを守るように彼の前に立っている。

 

ただそれだけだと言うのに、ヴァリウス達はツヴァイから発せられる不気味な威圧感のようなものに、どこか息苦しさを感じていた。

 

状況は依然として膠着状態を保っているが、それはあくまでルイアが攻撃命令を発していないから。すでにヴァリウスの位置はセルベリアの隣―――戦闘開始当初の地点まで後退している。

 

ここから、さっきのようにレギンレイブの弾幕を掻い潜り、ツヴァイに守られたルイアに一太刀を浴びせる・・・これを達成するのは―――限りなく、不可能に近かった。

 

「どうする、ヴァン。このままでは・・・」

 

「分かってる。後ろの事もあるんだ。後退は出来るだけしたくない。が・・・」

 

「あのツヴァイとか言うやつが、問題か・・・」

 

ツヴァイ(2番目)なんて名前が付いてるくらいだ。他の奴よりも高性能なんだろう。おまけに、味方がいてもお構いなしに仕掛けてくるようなやつだ・・・さっきみたいに、接近戦が攻略の糸口だってハッキリと言えなくなったのが正直痛いよ」

 

周囲に味方が居ても、躊躇せずに放たれた先ほどの砲撃を思い出す。相手にとっては運よく、自分たちにとっては運悪く味方を巻き込むようなことはなかったが、明らかにツヴァイは味方への被害など一切考慮してはいなかった。

 

それは、たとえもう一度敵陣へ到達し、接近戦に持ち込めたとしても先のように一方的な展開にはならないということだ。

 

「戦力的には、もとから不利だったわけだが、これで戦術的にも不利になったわけだ」

 

口調は軽いものの、その表情まではそうはいかない。現状を表しているかのような厳しい表情で、二人は未だ動かずにいる(レギンレイブ)を見つめ続ける。

 

今二人に先手を打つことは出来ない。だからこそ、敵が打つ手を冷静に見分け、適した行動をとらなければならない。すべては、生き残るために。そして、仲間達を守るために。

 

そんな覚悟を決め、敵を注視していた二人だったが、事態は彼らの予想していなかった方向へと動いた。

 

「隊長、そろそろ・・・」

 

「リミットか・・・やはり、アインでは戦略兵器としては致命的だな」

 

(何を話しているんだ・・・?)

 

下士官とルイアは二人には理解できない会話をしばらく続けていると、唐突に「悪いが、今日はこれで御開きとさせてもらおう」と踵を返した。

 

「なッ!」

 

「おいおい・・・」

 

予想もしていなかった事態に呆然となる二人。彼らをよそに、レギンレイブ達は主の後に続き戦闘態勢を解除、背を向け丘の向こうへと消えていく。

 

無防備とも言える背中に、しかし二人は手を出せない。今手を出せば、確実に先の比ではない弾幕と、砲撃を見舞われる可能性が高い。その上―――無いとは思うが―――万が一自分の部隊ごと後方の仲間達へ攻撃を加えられる可能性も無くは無いのだ。

 

あまりにも突然の幕引き。手も足も出せず見送るだけ二人へ、ルイアは何かを思い出したかのように振り返り、あることを告げた。

 

「そうそう、最初の質問だが・・・私は、あの研究所を知っている」

 

「「ッ!!」」

 

何故、今になってそんなことを・・・そんな表情の二人へ、ルイアは微かに笑みを浮かべながら、

 

「楽しませてくれた礼だ。では、また会う機会まで・・・死んでくれるなよ」

 

とんでもない一言を残し、去っていくルイアの背中を、ヴァリウス達はただ見つめるだけ。呼び止めも、追いかけることも出来ないこの状況に歯噛みしつつ、敵が完全に去っていくのを二人は肉眼で確認。

 

自分たちもまた、仲間たちの待つ地点へと、煮え切らない思いを抱きながら帰還した。

 

 

 

 

 

―――この後、ガリア戦役と呼ばれる戦いで、幾度も戦火を交えることとなる第133小隊と、帝国軍特殊部隊・アインヘリアルの初戦闘は、その激しさからは想像できないほどに、呆気ない形で、しかし一部の者に、大きな波紋を抱かせながら、幕を閉じた―――

 

 

 

 

 

 


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