戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十二話

「時間どおりだな」

 

爆炎を上げる敵陣を双眼鏡で眺めながらキースは淡々と戦果を確認する。昨晩敵陣営の戦力確認の際に仕掛けておいた爆弾がもたらした被害は予想を上回るものだったようで、敵陣は突然の攻撃と、それがもたらした被害の対処にあわただしく動き回っている。誰一人として周囲に気を配っていないのは問題だと思うが、攻めるほうからすれば好都合であることは間違いない。

 

「少尉、隊長から通信。「作戦開始」」

 

「了解した。こちらも打って出るぞ。ネームレスへも伝令を」

 

「了解」

 

双眼鏡を下したキースは傍らの部下へと指示を下すと自らも肩にかけていたライフルを手に持ち、敵陣へ突っ込む準備を始める。キースたちが任された任務は、簡単にいえば陽動だ。ヴァリウス達アスロン攻略の本隊へ攻撃を行わせないために、敵陣に爆弾を配置。作戦開始時間とともに爆発するようにセットし、混乱する敵陣へと一気に攻め込み敵を釘付けにする。

 

敵の数は小隊規模と、キースたちよりも数が多いが自陣の被害を食い止めるのに必死なこの状況下においてならば、戦力的不利など全くハンデになりはしない。

 

「進軍する。各自、全速力で敵陣へと突っ込め。以後は自己の判断に任せる」

 

「了解!」

 

いまだ混乱を続ける敵陣へと原野を駆ける。自陣の被害に気を取られていた敵兵は、接近するキース達に気付かずに必死になって火を消そうと動いていたが、しばらくするとようやく敵兵が近付いていることに気がついたのか、それまでとは違うあわただしさが敵陣を包む。だが、既にキース達と敵陣の距離は遠距離砲撃が効く程ではなく、敵は野戦砲からそれぞれの獲物へと装備を変える。

 

「ようやくか・・・遅すぎだな」

 

あわててこちらへと照準を定めようとしていた敵兵へ疾走を続けたまま狙いを定め、射撃。三点バーストで放たれた銃弾は、敵兵に突き刺さり、致命傷ではないものの、負傷させることに成功した。

 

隣にいた仲間が倒れたことに動揺した敵兵が、目に見えて表情を歪める。その隙を見逃す手はなく、再び三点バースト。今度は一発だけ腕に命中するも、倒れるまではいかなかった。

 

だが、立て続けに二人もやられたことでキース達が今まで戦ってきたガリア軍とは違うことを認識した敵兵は、それまでの緩慢な動きとはまるで違う動きで銃を構え、弾幕を展開。これ以上の接近をどうにかして食い止めようと放たれる弾丸は、統率のない状態では非常に薄い弾幕となっていた。

 

ろくに狙いも定めていない射撃に当たるような間抜けはこの場には誰一人として存在しない。牽制代わりにもならない弾幕を掻い潜り敵陣へと接近。距離にしてあと200mというところで、ようやく敵もでたらめに撃っても意味がないことに気が付き、最低限の照準を行おうとするものが出てくるが、そう云った者はキースたちの後方、車輛の上から狙撃支援を行うホーク分隊の狙撃手達によって優先的に排除されていく。

 

「クソッ、弾幕、最低限の狙いをつけろ、無駄弾ばかり撃っても意味はない!接近戦用意!剣甲兵は前に出ろ、近づく奴を片っ端から切り捨てろ!帝国軍兵士の意地を見せろ!!」

 

いつまでも好転しない戦局を見て、ついに指揮官が出てきた。遅すぎるといえば遅すぎるのだが、それまで各自の判断で動いていた帝国兵たちは、上官の指揮下に入ることで落ち着きを取り戻し、組織だった行動をとり始めた。

 

それまでの弾の浪費でしかないそれとは違う、統制のとれた弾幕は、密度を増し進軍を阻む壁となる。これ以上は生身での突撃を行えないと判断し、装甲車を壁にして一時進軍を停止。膠着状態へともつれ込んだ。

 

「弾幕絶やすな!敵兵の姿が見えたら容赦なく撃て!ここまで好きにやられて、黙っているほど帝国軍は甘くないと思い知らせてやれ!!」

 

「あれが指揮官か・・・ホーク1、仕留められるか?」

 

『弾幕がきつくてとてもじゃないが狙撃なんてできませんよ。頭出したら即蜂の巣だ』

 

混乱していた時は比較的自由に出来ていた狙撃も、混乱から立ち直った今では集中した弾幕によって妨害されている。グレイの言う通り、少しでもうかつに顔を出せば即座に蜂の巣になるレベルだ。

 

「そうか・・・了解した。現状維持で待機。隙があったら狙撃しろ」

 

『了解』

 

通信を切ったキースは頭を切り替え打開策を模索する。敵は徐々に混乱から脱しつつあるも、戦況は優勢。兵力はだいぶ削ったものの、なおも不利。敵陣までの距離はおよそ100mといったところ。しかし、前進を続けるには、統制された弾幕が邪魔で進めない。

 

結論。

 

「やはり、敵指揮官の排除が最優先か」

 

指揮官を失えば、敵は再び烏合の衆へと変わるはずだ。そうなれば攻略は容易く、アスロンへと向かうヴァリウス達へと素早く合流できるはずだ。

 

だが、肝心の指揮官を排除できる手だてが見つからない。この弾幕の中を掻い潜っていくのは非常に危険だ。下手をすれば、飛び出した瞬間に蜂の巣となる可能性もある。

 

「どうしたものか・・・」

 

「問題ない」

 

ふとキースが呟くと、横から合いの手が入る。巨大な大砲のような武器を手にしたネームレスのNo.1、イムカがいつも通りの無表情でキースへ視線を向けていた。

 

「私が突っ込む。大した時間はかからない」

 

「まて、イムカ。一人で行くつもりか」

 

「これくらいなら、問題ない」

 

「どこがだ。今うかつに飛び出せば、間違いなく死ぬぞ」

 

「私は死なない!」

 

「おい、イムカ!」

 

啖呵と同時に装甲車の陰から飛び出したイムカは、姿勢を低くし疾走。巨大な武器を手にしているとは思えない速さでジグザグに駆けるイムカに銃弾は中々当たらず、周囲の地面を削るだけにとどまるが、それとて距離が近づけば近づくほど被弾する可能性は高くなる。

 

「クソッ、総員イムカを援護!彼女にあてるようなへまはするなよ!!」

 

イムカへと注意が逸れたことで、弾幕の密度が薄くなった隙を突き、キースもまた車輌の陰から飛び出した。彼の指示を受けた隊員達も陰から身を出し敵陣へと迫るイムカを援護すべく引き金を引いた。

 

「悪いね、うちのエースが手間とらせちまって!」

 

「そう思うのだったらしっかり役目を果たせ!」

 

「了解っと!」

 

コックのような服装に身を包んだ男性、No.32、ジュリオ・ロッソはキースの言葉に威勢よく答え、手にした迫撃槍を敵陣へと向け榴弾を放つ。携帯用に作られたそれは、威力こそ戦車の放つ榴弾砲に劣るが、効果範囲は中々のものだ。その証に敵陣右翼へと着弾した榴弾は、敵兵数名を行動不能にさせ、弾幕の一部に穴が開いた。

 

「どうだい!」

 

「中々だ。よし、突「突入よ!私に続きなさい!!」・・・」

 

指示に割り込まれ、思わず動きを止め自らの横を走っていく女性、No.23、レイラ・ピエローニの背を数秒眺め、相変わらずのネームレスに軽い頭痛を感じた。

 

「・・・総員!突撃!!この戦闘に、決着をつける!!」

 

「了解!!行っくぞ~!!」

 

半ばやけになったキースの号令に元気な声を返した少女、No.24、アニカ・オルコットは腰だめにマシンガンを構えたまま激走。敵陣へとまっすぐ突っ走っていく。

 

それに負けず、キースもまた激走。その表情は、普段の彼からは想像できないくらいに怒り狂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キース達は上手くやってるみたいだな」

 

「ああ。こちらも、さっさとすませよう、ヴァン」

 

後方から響く戦闘音を背に、ヴァリウス達アスロン攻略部隊は順調にその歩みを進めていた。すでに霧は晴れ始めているが、既に敵の敷いていた防衛ラインは突破している。上手い具合にキース達が陽動を成功してくれたようだ。

 

アスロン市への距離はおよそ2キロ。霧も晴れ始めた今、先ほどまで見えなかった敵の動きも、双眼鏡などを使えば十分把握できる程度に視界も回復している。そして、それは敵にとっても同じこと。爆発音があったことで当然周囲を警戒していた帝国軍は、すでにヴァリウス達の進行を察知し、迎撃態勢を整えていた。

 

パッと見るだけでも10台の戦車が配置され、マシンガンや重機関銃を持った兵たちが整然と並んでいる。奇襲を成功したキース達とは違い、こちらは正面から突破することになりそうだった。

 

「ま、想定内なわけだけど」

 

「あれほどの爆発音を聞いて無警戒でいるほど帝国も馬鹿ではないからな」

 

夥しい銃口を向けられているというのに、二人はいつもと変わらない自然体で帝国兵を眺める。それは、二人だけではなく、この場に居る133小隊の者達も同じだった。

 

「いや~、結構な数揃えたもんだな、敵さんもよ。あんなに殺気立って、疲れないのかねぇ」

 

「そりゃ、あれだけ派手に爆発したんですもん。殺気立ってるのも無理ないですよ。というより、こんなにリラックスしている私たちが変なんですって」

 

「それ、暗に自分もおかしい奴の一人だって認めてるからな」

 

「エリオ、今更だろそんなの。隊の中でも一、二を争う変人に何言ってんだ」

 

「ちょっと!今かなり失礼な事言ってませんでしたか!?誰が一、二を争う変人なんですか!!」

 

「「「エレイシア」」」

 

「泣きますよ!本気で泣いちゃいますよ、私!?」

 

『も~、なんなのかしらね。戦闘前だってのにこんな軽い空気とか、今更だけどホントおかしいわよね』

 

『隊長が隊長ですし、仕方ないんじゃないですか?それに、こんな部隊じゃなければこの子達(アンスリウム)にだって会えなかったんですから、良しとしましょうよ』

 

『まず、この部隊に常識を求める方が間違いだ』

 

『『ああ~、言えてる』』

 

「・・・いくらなんでもリラックスしすぎじゃないか?」

 

「そう思うなら少しは真剣な顔を見せるべきだな。下に行わせるならば、上が手本を見せるべきだ」

 

「それもそうか・・・なら、そろそろ切り替えていくか」

 

通信機を手に取り、それまで浮かべていた緊張感のない表情を引っ込める。代わりに浮かんだのは。誰もが歴戦の勇士であると一目でわかる、「ガリアの蒼騎士」の顔だった。

 

「―――総員に告ぐ。我等の目標は敵勢力の撃退、アスロン奪還にある。数は不利だが、戦局はこちらが一手先を打ち、ほぼ五分五分だ。恐れる必要は一切ない。この作戦は時間との勝負だ。各員、全力を尽くし、作戦目標を達成せよ」

 

「―――作戦、開始」

 

ヴァリウスの号令と共に、歩兵は武器を手に駆け、車輌はエンジンを唸らせ敵陣へと進軍を開始。ジャガー、およびグスルグの操るガリアでは数少ない中型戦車も前進を開始。敵陣へと砲口を向けた。

 

 

「しょ、少佐!敵部隊、移動を開始!こちらへ接近してきます!!」

 

ついに動き出した敵部隊の姿に狼狽する年若い士官。彼の狼狽振りに、周りにいた兵士たちもまた表情を歪ませる。今までも、何度かガリア軍がこのアスロン市を奪還しようと部隊を差し向けてきたことはある。だが、それらはいずれも、このアスロンの郊外に展開する防衛ラインに居る部隊での話だ。今までの敵に、防衛ラインを突破できた者など誰一人として存在せず、アスロンに駐屯する部隊が戦闘を行うなどありはしないと言われてきた。

 

それが、ここにきて覆された。

 

敵は、いかなる手段を用いたのか、防衛ラインは難なく突破され、既に自分たちの目前まで迫っている。そんな状況で上の人間がうろたえていれば、下の者も当然ながら整然となどしては居られない。

 

ざわめきが生まれ始め、兵たちに動揺が広がり始める。本当に大丈夫なのか、俺たちは勝てるのか―――不安が帝国兵を襲い始めた時、少佐と呼ばれた壮年の指揮官は、ただ一言「落ち着け」とだけ呟いた。

 

「敵はこちらの半分以下の数しかおらん。確かに、戦車は四台、それも中型と少々珍しくはあるが、所詮はガリアの作った物。我ら帝国の戦車よりも勝るはずがない。それに、我らには12台もの戦車があるのを忘れたか?案ずる点がどこにある」

 

「た、確かに・・・」

 

「戦いは、数で決まる。あのような少数でしか攻めてこない敵など、恐るるにたらんわ」

 

上の人間の態度は、下の者に影響を与える。上が恐怖を表に出せば、下の者も当然恐怖心を抱くことになる。ならば、上の人間が毅然としていればどうなるか。答えは単純、下も冷静さを取り戻す、だ。

 

それまでの慌てようが嘘のように落ち着いた表情でそれぞれの位置についていた。表情に恐怖の色はすでになく、それどころか兵たちの顔には自信に満ちた表情が広がっていた。

 

(これほどまでに、指揮官というのは兵たちに影響を与えるのか・・・!)

 

士官学校で、そう言ったことが起こるというのは教わっていた。上の人間が慌て、恐怖を表に出せば兵たちにもそれが伝わり、士気に大きな影響が出る。故に上に立つ人間は決して恐怖を表には出さず、常に冷静な姿を兵達に見せなければならない。

 

理解は、しているつもりだった。自分なりに常に冷静でいようとし、戦場を観察しているつもりだった。だが、それが全てつもり(・ ・ ・)だったことを、今回痛感させられた。

 

自分は、これまで突破されたことのない防衛ラインを容易く突破され、目前にまで迫った敵に怯え、必要以上に取り乱した。結果、自身の不安は兵達に伝播し、余計な不安を煽ってしまった。

 

(まだまだ、未熟・・・分かっていたつもりだったが、実感するとこうも情けないのか・・・)

 

「そう悔むことではない」

 

「少佐・・・?」

 

まるで心でも読んだかのようなタイミングで声を掛けられ、伏せていた顔を上げる。そこには、相変わらず厳しい表情でありながらも、優しげな瞳がそこにあった。

 

「お前はまだ若い。それは、確かに未熟だということだが、裏を返せばそれだけ先があるということだ。今回、確かにお前の態度は部下たちに余計な不安を与えることとなった。が、それも経験だ。これを乗り越え、より高みを目指せ」

 

「少佐・・・」

 

普段、多くを語らない少佐が、こんな情けない自分を励ましてくれている。胸が熱くなった男は、それまで沈んでいた顔を一変させ、力強く答礼した。

 

その姿に満足げな笑みを僅かに零すと、彼は再び戦場を見つめる。その瞳には、先ほど言ったような余裕の表情があれども、油断の色は一切なかった。

 

 

「やれやれ、少しは慌ててくれてもいいだろうに。余程優秀な指揮官が居るみたいだな」

 

「それも、歴戦のだろうな。一時は敵兵も浮足立っていたというのに、すぐに持ち直した。経験の浅い指揮官にはできない芸当だ。これはなかなか骨が折れそうだな」

 

敵陣へと接近しながら、敵の反応を見ていたヴァリウスとセルベリアは、敵が一筋縄ではいかない相手だと言うことを認識し、表情を少し硬くする。

 

「だが、どうせやることは一緒なんだ。下手に気負いすぎないほうがいい」

 

「ああ。じゃ、早速やってやるか。シルビア、聞こえるか?」

 

『はい、なんです隊長?』

 

「作戦通り、まずはお前たちが戦端を切ってくれ。敵の度肝を抜いてやるんだ」

 

『了解!一発でやって見せますよ!』

 

通信機から聞こえてきた返事と同時に、四台の戦車が掲げる砲塔が動き出す。幾度が微調整を繰り返し、位置を固定すると、一斉に轟音を轟かせた。

 

――――ッ!!

 

通常、戦車が交戦を開始するのは、敵との距離がおよそ500m~と言われている。カタログスペック上では、物によっては優に2㎞近くの射程距離を誇る戦車もある中で、この500mが交戦する距離とされているのは、対象への命中率の問題だ。いくら射程距離が長かろうと、命中しなければそれは何の意味もない、無駄玉を撃つだけのガラクタへと成り果てる。ゆえに、現在のヨーロッパにおける戦車が交戦を開始する距離は500mからと、暗黙の了解がなされていた。

 

だが、今シルビア達が砲撃を開始した地点は、敵陣からおよそ1キロ地点。常識的な交戦距離が500mとされているヨーロッパにおいて、2倍もの距離から砲撃を開始したのだ。

 

帝国側の兵士は、誰もが「当たるわけがない」と攻撃を開始したヴァリウス達を嘲笑し、一部の者は「威嚇のつもりだろう」と事態を静観した。

 

だが、そんな中でただ一人だけが周囲の者とは全く違う反応を示した。

 

「何をしている!戦車隊はただちに回避運動を取れ!」

 

「しょ、少佐?何を言って」

 

「あれは当たる!被害をむざむざ見過ごすな!!」

 

大声で自陣の部下へと指示を出す少佐に、周囲の士官たちは困惑の表情を見せる。

 

何を言っているんだ、こんな距離で当たるわけがない。せいぜい威嚇にしかならないだろう。

 

誰もがそう事態を認識する中で、ただ一人警告を発する少佐。だが、上が動いてもそれが下に伝わらなければ組織は動きはしない。

 

結果、宙を飛翔していた砲弾は、ついに帝国軍部隊へ飛来。砲弾はまっすぐ停車したままの戦車へ突き刺さり、爆炎を上げた。

 

「――――ッ!て、敵砲弾命中!軽戦車、2台大破、1台中破!行動不能です!!」

 

「ば、馬鹿な・・・わが帝国でも、あれほどの距離から初弾命中など・・・」

 

「呆けている暇があるか!すぐに被害を抑えろ!負傷者は下げろ!すぐに第二派来るぞ!!」

 

再び轟く少佐の怒声。呆けていた誰もが、己のなすべきことを思い出したように動き出し、自分の部隊へ指示を出し始める。

 

だが、初動が遅かったためか、間髪いれずに第二派が飛来。今度は、設置されていた迫撃砲、トーチカへと砲弾が突き刺さり、爆発を起こした。

 

「クソッ、被害報告!火を消せ、これ以上被害を広げるな!!!戦車隊、何をしている!応戦しろ!!」

 

『し、しかし敵はこちらの射程外です!このまま撃ったとしても、命中は絶望的ですよ!』

 

「向こうの戦車は当ててるのだぞ!我等の攻撃が当たらないはずがないだろう!!」

 

『無茶言わないでください!こんな距離で当ててくるほうがおかしいんです!!』

 

「ならば、攻撃が届く距離まで前進しろ!!このままじゃ全滅だぞ!!」

 

『野戦を仕掛けろってんですか!?それじゃ、作戦と違うじゃないですか!』

 

本陣にて戦車隊へと指示を出している士官が、通信機へと怒鳴りつけるように「反撃しろ!」と繰り返すのを横目に、壮年の指揮官は、改めて敵が今までのような脆弱な敵ではなく、真に軍人たる(つわもの)であると感じ取った。

 

「・・・ガリアにも、居たのだな。本物の兵士が」

 

「少佐・・・?」

 

男の呟きに、どこか嬉しそうに口角を歪め、座っていた椅子から腰を上げると、慌ただしく動く指揮所内に声を張り上げた。

 

「落ち着け!!」

 

「「「ッ!!」」」

 

騒然としていた指揮所がぴたりと止む。誰もが怒声を上げた少佐へと注目する中、彼は欠片も慌てた様子を見せずに各所へと指示を飛ばす。

 

「最優先は被害の拡大防止、および敵の侵入阻止だ。防衛線はそのまま維持、戦車隊は現在位置を移動、防衛線ギリギリまで前進し、距離を詰めろ。ただし、戦車間の距離は開けよ」

 

「このまま防衛戦を継続するのですか!?敵には我が方の武器では有効打が撃てません!ここは野戦を仕掛けるべきです!!」

 

「それこそ敵の思うつぼだ。野戦では我らの利点、数の差が生かせん。このまま籠城するのが現状では最善手だ」

 

「・・・了解しました」

 

不承不承と言った様子だが、首肯し戦車隊へ命令を伝達。いまだ混乱の渦中にあった帝国軍は指揮官の冷静な判断により、統率された動きで命令をこなしていく。

 

(こちらはこれでいい・・・だが、問題は未だ解決していない。如何なる策を打つべきか・・・)

 

 

 

 

 

 

「敵、依然として防衛体制を崩さず、か。出て来てくれれば御の字だったんだが」

 

「こちらの狙いは見抜かれているのだろうな。やはり、当初の策通りにいくしかない」

 

「だな。じゃ、行くとするか。ライガー、ネームレスは先行、敵陣へと切り込む。ジャガーは砲撃を継続しながら前進。命中率が下がるのは仕方がない、気にするな。味方には当てるなよ?グリーズはライガー、ネームレスの突入が完了と同時にジャガーと共に進軍しろ」

 

「「「了解!」」」

 

それまでゆっくりとしたペースで続けていた進軍を、一気にペースアップ。徒歩の者は駆け足で、車両に乗車している者は先行し一気に敵陣へと接近する。

 

「敵接近!」

 

「うろたえるな!攻撃開始!!敵を近づけさせるな!!」

 

距離、残り500mを切ったところで、敵陣からの火砲が降り注ぐ。生身で喰らえば即あの世行きだろう弾丸の雨は、先行していた装甲車に弾かれ、歩兵への被害を与えられずに火花を散らす。だが、装甲車も無傷という訳ではない。弾丸を弾くことが可能な装甲車だが、衝撃までも無効化できるわけではない。

 

少数ならば問題になりはしないが、数が揃えば十分脅威になる。銃弾のもたらす衝撃は、僅かに、だが確実に装甲車を覆う鉄板を歪ませ、防御力を削っている。このまま銃弾を浴び続ければ、そう長くは持たない。

 

「いいぞ!そのまま攻撃しろ!敵は確実に被害を受けている!!」

 

装甲車の足が僅かに落ち込んだのを見抜いた士官は、弾幕を張り続けている兵達を鼓舞しながら攻撃続行を叫ぶ。目に見えて進軍の速度が遅くなったことを目にした帝国兵達も士気を大きく上げ、統率された弾幕が更に激しさを増し、少しずつ、だが確実に装甲車へのダメージを蓄積させていく。

 

「隊長、これ以上はもう・・・!」

 

装甲車を操るラビット隊の隊員が苦悶の声を上げる。いくら装甲で守られているとはいえ、銃弾を正面から受け止めるのは、精神的にも負担が大きい。しかも、内部からでも装甲のダメージが無視しえないことを認識出来るほどの銃弾の嵐だ。限界が近いことはだれの目にも明らかだった。

 

「分かってる。今から仕掛ける!」

 

装甲車の陰から素早い動きで出たヴァリウスは、ディルフの銃口を重機関銃を装備する帝国兵へと向け、一息で三発のライフル弾を放つ。装甲車へと意識を集中していた帝国兵は、それに反応しきることができず、肩と頭部に直撃を受け、その場に倒れる。

 

あとに続けとばかりに、次々と装甲車の陰からラーガー、ネームレスの隊員たちが躍り出て、それぞれの得物を敵へと定め、銃撃戦を繰り広げる。

 

唐突な敵の反撃に面喰っていた帝国兵達。だが、状況は未だに自分たちが優勢だと認識したのか、再び弾幕を形成。敵を根絶やしにしてやるとばかりに、弾をばら撒いていく。

 

そんな銃弾の嵐の中を無謀にも駆け抜けていく影が二つ。ヴァリウスとセルベリアだ。

 

彼らは、向けられる銃口を冷静に見定め、それぞれ最低限の攻撃で敵を打ち倒し尋常ではない速度で敵陣へと迫る。

 

もちろん、帝国軍とて迫る敵を放っておくような馬鹿な真似はしない。二人でだめなら三人で、三人でだめなら四人でと数を増やし二人の接近を阻もうと迎撃を行う。

 

だが、敵は二人だけではない。

 

ヴァリウス達の行動によって薄くなった弾幕の中を、彼らに続くようにライガー隊が、ネームレスの面々が追随する。

 

先頭を駆ける二人に気を取られていた帝国軍は、その後ろから接近する敵兵達に気付き、彼らへ再度銃口を向けようと動くが、そうすればヴァリウス達への弾幕が薄れる。

 

規格外な二人を先頭に、500mの距離を一気に走破したガリア軍は、白兵戦へと移行する。手にライフルとナイフを持ち敵の頭を撃ち抜き、喉を切り裂く。敵兵の血が飛び散り軍服をどす黒い紅へと染め上げるが、そんなことで足を止める者はだれ一人としていない。

 

真っ先に敵陣へと侵入したヴァリウスとセルベリアもディルフを、サーベルを振り回し敵兵を屍へと変えていく。その姿は死神さながらであり、周囲に存在する敵兵に拭いきれない恐怖を植え付けていく。

 

「何をしている!敵を囲み、撃ち殺すんだ!敵も人間、弾丸を撃ち込めば死ぬんだ!!」

 

狂乱する帝国兵へ激を飛ばしながら、自らも銃を手に敵兵を駆逐しようとする部隊長。だが、こんな乱戦の中で大声を上げるのは、自分の居場所を敵に教えているようなもの。

 

それを証明するかのように、ヴァリウス、セルベリアの両名は敵指揮官を視界に捉え、銃口を向ける。

 

「―――ッ!」

 

銃声が乱舞する中、いやに響いた銃声が二つ。銃声とともに放たれた二発の銃弾は乱戦下の中で、人の合間を縫うように敵指揮官へと突き進み、目を見開いた額、心臓へと突き刺さる。

 

致命傷を二発。それも急所を撃ち抜かれた士官は、目を見開いたまま倒れこみ、息絶えた。

 

指揮官の戦死。彼と離れて戦っていた帝国兵はしばらくそのことに気づかずに戦い続けていたが、周囲にいた者達は自軍の指揮官が戦死したことに、顔を蒼白にしていた。

 

「しょ、少尉殿!少尉殿がやられた!!」

 

「クソッ、総員後退!!本陣へ後退しろ!!」

 

混乱する自軍を何とか立て直し、後退を図る帝国兵達。だが、目の前の敵は容易く後退を許すほど甘くはない。

 

「逃がすな!ここで徹底的に敵を叩く!総員、全力で敵を撃破せよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか・・・防衛線が破られたか」

 

「指揮を執っていたダルケン少尉は戦死!現在、指揮権は副官のフッテ軍曹に移譲され、後退戦を行っていますが・・・敵兵の猛追によって既に戦力の大半を喪失。かろうじて何名かは本陣へ帰投しましたが、ほとんどの者は・・・」

 

「・・・被害は?」

 

「歩兵部隊、全戦力の30%を損失。戦車部隊は、5台大破、3台中破、3台が小破。内、7台が行動不能、破棄となりました」

 

「・・・防衛ラインの方はどうか?」

 

「・・・死傷者20名。配備されていた戦闘車両はほぼ全滅。生き残った兵は現在Bルートにて撤退中」

 

「・・・負け、だな」

 

「はい・・・我が方の完全な敗北です」

 

苦しげな空気が指揮所を包む。失ったものが多すぎたと、壮年の指揮官である少佐は胸中で呟く。防衛戦を選択したことは、今でも間違いではなかったと思っている。数で劣る敵に対し、野戦を仕掛けるのは数の利を無くす選択だ。だからこそ、敵の遠距離兵器による被害を受けても防衛戦を選択したのだ。

 

だが、彼の想定を上回る者が敵にいたのだ。それも、二人も。

 

(ガリアの蒼騎士・・・そして魔女。噂には聞いていたが、まさかこれほどとは・・・)

 

味方の援護があったからとはいえ、重機関銃5丁、機関銃8丁、マシンガン十数丁が形成する弾幕の中を、たった二人で無傷のまま掻い潜り、指揮官を撃破するなど、人間業ではない。彼ら以外の者に同じことをしろといっても、数秒もせずに討ち死になはずだ。

 

そんな者たちを相手にしていたのだ。負けても仕方ないことかもしれない。敵が彼らだと知っていれば、もっと戦力を投入し、今よりも被害は少なかったはずだ。

 

(いや・・・私が、敵を侮っていたからだろうな。碌に敵の情報も収集せず、弱兵だと侮った。私の心の隙が、この事態を招いたのだ)

 

「・・・撤退する。全軍へ通達。速やかに後退戦へと移行しろ」

 

「・・・了解しました」

 

もはや、反論するものはだれ一人としていない。敵があの「蒼騎士」「魔女」だと判明し、一方的に打ち負かされた。この期に及んで更に被害を増やそうなどと吐く愚か者はここにはいない。

 

「少佐、殿はどの隊に?」

 

完全に敵へ背を向けて後退することは、自殺を意味する。故に、最後尾の隊は味方の盾となり敵と鉾を交えなければならない。

 

だが、それは命の危険が一番高い行為だ。殿を任され生きていた者は少なくないが、それでもかなりの確率で命を落とす。

 

「・・・私が行こう」

 

「少佐自らですか!危険です!!」

 

「今作戦の責任は、全てこの老骨にある。せめて、味方の撤退を援護しなければ私自身が自分を許せないのだ」

 

「少佐・・・」

 

「自己満足と笑ってくれていい。だが、これは私の矜持の問題なのだ」

 

どこか穏やかな顔で話す少佐に、年若い男は「・・・了解、しました」と答礼。

 

「すまんな」

 

「いえ・・・どうか、ご武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、帝国軍はアスロン市の放棄を決定。駐屯軍はギルイランダイオへと後退を開始。追撃を仕掛ける133小隊、および422部隊だったが、殿として残った敵部隊の猛攻により追撃を断念。敵指揮官、ヴェルナー・ドレスナー少佐の戦死によって、帝国軍アスロン市駐屯部隊はギルランダイオへの帰還を完了。以上を持って、アスロン市奪還作戦の幕は閉じた。


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