戦場のヴァルキュリア 蒼騎士物語   作:masasan

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第十話

~征歴1935年4月15日~

 

 

「終わりか・・・」

 

眼下に広がるガリア軍の壊滅した姿を冷めた目で見下ろし、帝国軍ガリア方面侵攻部隊総司令官であるマクシミリアン準皇太子は淡々と呟いた。

 

「おめでとうございます。制圧予定よりも四日も早い、敵軍壊滅ですね」

 

その士官から言われたとおり、予定していた日数よりも、四日早い敵地制圧だったが、当のマクシミリアンの顔には、喜びと言った感情は全く見い。日頃より感情を表に出さない彼は、部下達からも恐れられているが、本人にとって、そんな些末なことなどに気を使う必要を感じない。

 

「戻るぞ。マリーダ達をギルランダイオへと集めろ」

 

「ハッ!」

 

言葉短く告げ、踵を返す。その足下では、捕虜となったガリア兵が連行され、壊滅した部隊の旗がむなしくはためいていた。

 

 

 

 

~同日、ギルランダイオ要塞~

 

かつてガリア公国において帝国との国境線の守りの要であったここ、ギルランダイオ要塞の一室には今、帝国ガリア侵攻軍の誇る三人の将軍達、「ドライ・シュテルン」がそれぞれ思い思いの姿勢で総指揮官たるマクシミリアンの登場を待っていた。

 

「マクシミリアンが圧勝してご帰還なさるそうじゃないの。めでたいこった」

 

椅子の背もたれへと寄りかかりながらドライ・シュテルンの一人、ラディ・イェーガー将軍はどこか皮肉気に口にした。彼は、帝国によって滅ぼされた、小国であるフィラルド王国の将軍だった男である。そんな男が帝国軍の中で将軍と言う地位にいるのは、マクシミリアンが完全実力主義者なためだ。

 

「喜んでいられるか。ヴァーゼルがガリアの手に落ちたのだぞ!そんな暢気で居られるか!」

 

イェーガーののんびりとした口調に苛立たしげに返す、ベルホルト・グレゴール将軍。フィラルドとの戦いで「帝国の悪魔」と恐れられた男であり、皇帝への絶対的な忠誠心を抱く老年の将軍である。「皇帝陛下への為に戦う」と豪語し、帝国の勝利のためならば、いかに非道な手段であろうとも平静な顔で行う彼を帝国内でも恐れる者は少なくない。

 

「まぁまぁ、そうかっかしなさんな。そんなにイライラしても何にもならないぜ?なぁ、マリーダ」

 

イェーガーは、黙って座っている女性へと声を掛ける。女性は瞑っていた目を開き、自分にそう話しかけてきたイェーガーへと冷たい声で返す。

 

「・・・お前も少しは焦ったらどうだ、イェーガー。ガリアなどという弱小な者どもに我ら帝国軍が敗れたのだぞ?そのような事実は、許されんことだ」

 

最後のドライ・シュテルンであるマリーダ・ブレス大佐。銀色の髪を短く切り、赤い瞳で鋭くイェーガーを見つめるその容姿は、ヴァリウス達と同じ、ヴァルキュリア人の特徴をしていた。

 

「相変わらず、キツイ事言うな。でもよ、ヴァーゼル橋を奪還したのって義勇軍の連中と、噂の「ガリアの蒼い悪魔」の部隊らしいじゃないの。仕方ない気もするがねぇ」

 

「何を甘いことを。敵は全て殺す。それだけだ。相手が誰であろうと、そのことに変わりはない。そして、今問題なのは、ガリア軍がこの小さな反抗を機に、反撃へと転じようとしていることだろう」

 

「その通り」

 

三人以外の声がマリーダの言葉に同意する。三人が振り返ると、そこには帰還してきたマクシミリアンの姿があった。

 

「マスター、お戻りになられたのですか」

 

マリーダがマクシミリアンへと頭を下げる。マクシミリアンは、「面を上げよ、マリーダ」と言いながら、室内の三人へと視線をやる。

 

「・・・刈り取らねばなるまい。今は小さな芽だが、ガリア軍の反抗が大きな幹へと変わる前にな」

 

そう言って扉をくぐるマクシミリアン。彼が入ってきたのと同時に、イェーガーが椅子から立ち上がる。

 

「まず、ガリア軍を押し戻すために、反抗の激しい中部戦線の戦力増強が必要だ。そのためには、ガリア南部、クローデンからの補給ルートを盤石にするのが先決だ」

 

「グレゴール。中部戦線を立て直すために、クローデンの警護を。拠点にして、前線の指揮を執れ」

 

「ハッ!!」

 

「イェーガーはグレゴールの部隊の後方支援。並びに、補給路の維持を命じる」

 

「了解」

 

二人へと指示を下したマクシミリアンは、「マリーダ」と、最後に彼女の名を呼んだ。

 

「貴様の部隊は、アスロン市へと派遣、中部戦線を押し上げさせろ。お前はバリアス砂漠へと向かう余の警護を命じる」

 

「イエス、マスター。全ては、マスターの御心のままに・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~征歴1935年4月17日 軍基地~

 

ヴァーゼル市奪還作戦を終えたヴァリウス達は、一旦中部軍基地へと帰還。休息を挟みつつ、次の作戦のため補給と武器、車両の点検を行っていた。

 

「それで、次の作戦はなんだって?」

 

「クローデンの森に作られた、帝国軍の補給基地を破壊するそうだ。なんでも、ダモン自ら一個中隊引き連れてくんだとさ。酒場に居た奴らが言ってたぜ」

 

「ダモン自らだと?クローデンの帝国軍は、大した兵力じゃ無いって事なのか?」

 

「兵力自体は大したこと無いらしい。けど、さっき手に入れた情報じゃ、あの「帝国の悪魔」、ベルホルト・グレゴール将軍がクローデンに出っ張って来るって話だぜ」

 

ヴァリウス、そしてセルベリアは、スネーク分隊隊長である、バーン・エレニウス中尉からの報告で、意図的に彼らへと回されなかった正規軍が行うクローデンの森攻略作戦の内容を聞いていた。

 

何故同じ正規軍の筈のヴァリウス達が、作戦を伝えられてないかと言うと、先にも語った通り、ヴァリウス達第133独立機動小隊は、ダモンから、完全に敵視されている。

 

優秀な者だけを集めた、少数精鋭部隊であるヴァリウス達は、ダモンにとって目の上のたんこぶ的存在であり、ヴァリウス達を嫌う大きな理由が二つあった。まずは、貴族出身であり、高貴な者である自身が失敗、敗走した数多くの作戦を、コーデリアお気に入りの133小隊が次々に成功していること。

 

次に、過去にヴァリウスがダモンを公衆の面前で殴り飛ばしたことがあるためだ。上官を殴るなど、本来ならば軍法会議物であり、いかにヴァリウスとて処罰を免れないはずであったが、ダモンを殴り飛ばした理由が、「敵前逃亡のために部下を切り捨てようとしたため」であったこと、そして、コーデリアをはじめとした大物貴族のヴァリウスを擁護する署名。これにより、ダモンの証言だけでは判断を下せないとなり、査察部の調査が本格的なものとなったのだ。

 

結果はヴァリウスの証言通り、多くの将兵がダモンの敵前逃亡を目撃していた。そのため、ヴァリウスに対して下されたのは「二週間の自宅謹慎」のみであり、ダモンに対しては「一時降格、および2ヶ月の自宅謹慎」と相成ったのである。

 

本来ならば、降格どころか、銃殺刑になってもおかしくはない罪状だったのだが、そこはダモンお得意のコネで減刑されたのだとか。

 

そう言った訳で、自身のプライドを痛く傷付けられたと非常に根に持っている彼は、通常ならばヴァリウス達まで伝わってくる筈の情報さえも、ダモンは自身の権力を用いて、完全に遮断し、ヴァリウス達へのせめてもの妨害工作として行っているのだ。

 

しかし、ヴァリウスは多くの将兵に慕われている。いくらダモンが情報を遮断しようと権力を使っても、多くの兵士達からその遮断した筈の作戦は、ヴァリウス達の下へと届いているのだ。

 

「そうか。あの帝国の悪魔が・・・」

 

「また無駄な犠牲が増える事になるな。どうする、ヴァン。私達も参加するか、その作戦?」

 

そう尋ねてくるセルベリアにしばらく地図を眺めながら考えていたヴァリウスは、「・・・いや、俺達は中部のアスロン市を攻める」と答えた。その答えは、セルベリアはヴァリウスの意図を大体読み取りながらも、確認を兼ねて、ヴァリウスにその真意を尋ねる。

 

「なぜ、南部のクローデンではなく、中部に位置するアスロン市なんだ?戦略的に見ても、南部にある補給基地破壊を優先するべきだと思うが」

 

「確かにな。俺が帝国軍でも、今ガリア軍の反抗は小さい。ここで反抗の目を確実に潰すには、南部からの補給路を盤石にする必要があるだろうな」

 

「ならば、何故今アスロンなんだ?」

 

問うセルベリアに、地図を指さし、北部から南部までの現在の戦線の図を引く。

 

「今は、このアスロン市が占拠されている状態だから、帝国は容易に北部から南部までの移動が容易なんだ。だったら、ここを押さえ、帝国を南部と北部に分断する。クローデンの方は、その後にでも十分攻略可能だ」

 

そうヴァリウスが告げると、セルベリアは納得の表情を見せる。ヴァリウスの言うとおり、このアスロンは、南部、中部、北部をつなぐ役割を担っている。ここを攻略することが出来てしまえば、後の帝国との戦況は、確実に変化するだろうことが予想できた。

 

「了解した。各隊に伝えておこう。それで、出発は何時にするんだ?」

 

「明朝0800時にこの基地を発つ。そのつもりで、しっかり身体を休めるように言っといてくれ」

 

「了解だ」

 

部屋を出て行くセルベリア。それに続こうとしていたバーンは、まだ報告することが残っていたことを思い出し、「そうそう、隊長にはもう一つ報告があるんだ」と足を止め。

 

「なんでも、奇妙な部隊が、ギルランダイオから、中部戦線に向かっているらしい。そいつら、アスロン市へと向かってるそうだぜ」

 

「奇妙な部隊?どんな奴らなんだ、そいつらは」

 

「なんでも、軍服が普通の帝国のヤツとは違うみたいなんだと。それに、妙な武器を持ってるヤツが数名いるらしい。それと、妙な車両も確認されている。まぁ、詳細は未だ不明なんだが」

 

バーンは懐から何枚かの写真をとりだし、ヴァリウスへと渡す。その写真には、バーンが言うとおり奇妙な武器を携える兵士が数人と、妙な装置を着けた車両が何台か写っていた。

 

「・・・確かに、奇妙だな・・・バーン、この部隊に関してよく調べといてくれ」

 

「了解。隊長、約束のもの、忘れんなよ?」

 

「ちゃんとお前の部屋に届けとくよ」

 

ヴァリウスが言うと、バーンは笑顔で部屋を出て行く。彼が出て行っても、写真に写るその部隊が気になり、しばらく見つめていた。

 

 

 

 

~翌日 0750時~

 

「全員揃っているな?」

 

「問題ありません、大尉。全分隊集合、完了いたしました」

 

「よし。ヴァン、準備完了だ」

 

セルベリアが隣に座っているヴァリウスへ言うと、「進路、アスロン市!行軍開始!」と声を張る。ヴァリウス達のジープを先頭に、分隊を乗せたトレーラーが発進していく。

 

ヴァリウスは、ジープの助手席に座りながら、昨日見た写真のことが頭から離れず、目的地であるアスロン市へと目を向ける。何かが待ち受けている事を、予感していた。


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