かつて彼女は英雄だった   作:初月

9 / 9
ちょっと後半グロ注意です。


3

駆逐艦から放たれた巡航ミサイルや私たちが放つプラズマ化された徹甲弾の中を駆け抜ける。

 

HMDに不穏なゲージが表示されているがまだ余裕はあるハズ。

本当はそんな余裕は無いのかもしれないけどそれを考える前に敵の前衛を撃破しなければならない。

 

照準を付けて砲撃。

 

言葉に起こせば八文字で済んでしまうことを淡々とかつ高速に繰り返しながらそんなことを思っていた。

 

まだ敵前衛の一部にしか被害を与えられていない。

 

味方航空隊の支援攻撃までに六割は潰しておきたいところだがそう上手く行くのだろうか。

水柱も徐々に接近するなかくろしおの艦隊からと思われる対艦ミサイルが頭上を駆け抜けだした。

 

敵弾の着水音と味方の着弾音で耳がやられそうになる。

耳あてがなければ大変なことになっていたことだろう。

 

『こちらはAWACSホークアイ、銚子沖で戦闘中の敵部隊の一部が南方へ動いている。警戒してくれ』

短い返信が無線を駆け抜ける。

敵の本来の目的はこちらということだろうか?

 

だとすればとても不味い状況だ。

 

こちらは小規模な艦隊にたった四人の海上機械化歩兵。

対する相手は何度か硫黄島やマリアナ諸島の防衛戦でよく見られたものと一致するくらいの大規模侵攻部隊。明らかな火力不足だ。

 

例の新兵器に頼らざるを得ない状況なのかもしれないが、それは出来るだけ避けたい。

 

もう敵までの距離は8kmを切った。

左右に水柱が上がりだしている。

 

引くなら今だ。

 

『これ以上の足止めは危険です。総員一斉回頭ののち単横陣にて撤退します』

 

言い終わると同時に回頭を始める。

それと同時に聞こえる若干小さくなった爆発音。

一瞬のうちに海水に包まれる。

 

エネルギーシールドが反射的に発生して至近距離で炸裂した敵弾の破片を防ぐ。

 

巻き上げられた水で周囲が見えなくなるのもつかの間。後部レールガンの反撃と同時に晴れた。

背後でかなり大きな爆発音が聞こえる。

 

どうやら反撃で相手のどれかに止めを差すことに成功したようだ。

 

焼石に水かもしれないが少しは水柱も減るだろうか。

 

希望的観測を始めたとき、空を切り裂くような音とともに天使が訪れた。

 

『こちら第一次攻撃隊、攻撃を開始する』

 

そんな普通の無線がとてもありがたかった。

あの音がするたびというわけでもないが、爆発音のうち2割くらいは奴らが爆発四散しているのだ。

そう思うと後方で聞こえるロケットモーターの作動音と炸薬の炸裂音もとても頼もしく聞こえる。

 

気づいたら歓喜の声を出していた。

少し遠くを航行していた松風に見つめられ恥ずかしくなったが無線を切っていたのは幸いだったと思う。

 

だがここで安心して気を抜いたのが仇となったのか、もしくは既に回避行動を読まれていたのか。

連続して聞こえる着弾音とともに突然意識が刈り取られそうになるほどの衝撃が訪れた。

 

直後耳は聞こえなくなり、頭と右腕に激痛が走る。

 

それのほんの少し後、連続で展開された強力なエネルギーシールドが放った光によって視界も閉ざされた。

 

視力が少しづつ回復していくと同時に損害も明らかになってくる。

 

HMDと航法装置は半壊、機能を喪失。

ただこんな事態も想定されており、アナログな小型羅針盤が装備されている。

が、本来なら自動的に展開されるはずなのだが故障か損傷によってまだ格納されたままだ。

展開装置も壊れたとみるべきだろう。

 

ならば通信して味方に誘導してもらうしかない。

 

そう思い、邪魔になる右腕のレールガンと重機関銃をラックに預けようと思ってあることに気が付いた。

 

本来あるべき場所にあるはずのものが無いのだ。

 

咄嗟に左手の装備をラックに預け確認する。

 

やはり、無い。

 

その代わりにあった証拠として赤黒い液体がついてきた。

 

頭が真っ白になる。

少し経った頃右の視界が赤く滲み、思い出したかのように頭も確認した。

どうやらこちらは出血だけで済んでいるらしい。

ただ頭部の機器を使っている照準器とかの結構重要な機器類はもうダメだろう。

 

切れかけのバッテリー残量とエラーと表示された残弾数しか表示しないHMDもそれを物語っていた。

 

こうなると後部レールガンはあるていど自律射撃を行えるが、腕装備のほうはもう近距離でしか使えない。

ほかの電子機器もダメだと思ったほうがいい状況だ。

 

唯一通信機が首に装着されているのは不幸中の幸いか。

 

かつて教官が熱心に教えてくれた情報を思い出しつつ自分の状態について思考を巡らせる。

 

治療用ナノマシンは少量が投入されているはずなので失血に関しては問題ないハズだ。

ただ次にシールドを抜けて体のどこかに当たったらもう無理だろう。

 

そしてここは完全に敵に圧倒されている戦場。

さらにもう一回シールドを展開すれば尽きるバッテリー残量。

至近弾ですら耐えられるかわからない現状での答えなどわかりきっていた。

 

 

帰還は不可能。

 

 

その現実が重くのしかかってくる。

 

要するにここで死ぬのだと、そう実感し視界が滲みだす。

 

死に場所がきれいな海なのは悪くない。

そう思った頃、聴力が回復した。

 

『朝風!応答しろ!』

 

無線機から叫んでいるかのように大きな春風の声が聞こえる。

もう会えないという思いもまして悲しくなるが歯を食いしばり無線を開く。

 

『指揮権を松風に移譲します。皆、ありがとう』

 

か細く流れたその無線が終わると同時に、更なる衝撃が襲いかかり、私の意識は途絶えた。




これは最終話ではありません。

大事なことなのでもう一度言いますが、
最終話ではありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告