かつて彼女は英雄だった 作:初月
出撃命令は直ちに降りた。
どうやらもうここまできているようだ。
そんな話が艦内に広がっているなか私たちは往く。
まだ準備とかが整っていないのかデータリンク完了の文字がHMDに出てきたのはカタパルトで海に打ち出されたあとだった。
既に敵との距離は20kmを切っていた。
奇襲にならなかったのは幸いだが、これでは艦隊が逃げ切るのは厳しいだろう。
どれだけ時間を稼げるかが勝負だと思った。
『旗風より朝風へ、レーダーに敵反応を探知。編成からピケットと予想する』
『了解しました。総員反転後データリンク射撃を行います』
カタパルトの衝撃を受け流しつつ回頭する。
隊形はまったく組めていないが、衝突さえしなければ大丈夫だ。
あとはデータやレーダーに従って自動射撃をしている後部レールガンの弾道に気を付ければいいだけだ。
まあそこら辺はある程度装備のほうでやってくれる。
例えば射線上に味方IFFの反応があればロックされたり、とか。
ただこれは装備が無事なときの話であって戦闘の結果電気系統が故障したりそもそも電気が届かなくなったりするので過信してはいけない。あたりまえの話だけれど。
目の前を通っていく光の筋が鳴らす爆音の中でそんなことを思った。
瞬く間に幾つかの衝撃波が伝わってくる。
海面か敵に当たったのは確実だ。
その後も数射すると遠方に黒煙が見え始めた。
『弾着確認。敵ピケット全滅した模様』
観測・索敵が主任務である旗風からの通信が終わると同時に射出の勢いを殺し切れずに不恰好な単横陣のまま全員が加速した。
ちょうど右舷側から射出された私と春風が前に出るような状況だ。
『総員梯形陣を組んでください。艦隊行動を心掛けて』
みんなから了解、と通信が入る。
速力は大体35ktくらい。
相手と比べたらほぼ同じだろうか。
主力はまだ見えないが露払いと思われる前衛は射程に捉えたらしく後部レールガンの照準完了を告げるブザーが鳴っていた。
奇襲なんかを掛けられればいいのだが先ほどピケットを沈めているから掛けられはしないはず。
そう判断して支持を飛ばす。
『目標は敵前衛。砲撃を開始してください!』
こちらの発砲音とともに遠方に散発的な水柱が上がり始める。
方向はバレたが距離までは把握できなかったよう。
これなら単なる突撃はやめたほうがいいかもしれない。
『単縦陣に組みなおしてください。反航戦に移行します』
そう告げながらも砲撃を続ける。
徐々に水柱が近づいてきたがまだ敵の散布界には入っていない。
情報の通りなら、だが散布界を広げることはまずないから問題ないだろう。
だが近いのは事実。
保険を張るのは悪くない、と思ったが相手に見切られては意味がない。
ジグザグ航行の命令を出すべきか迷っているとレーダーマップに新たな反応が出た。
『敵本隊捕捉。同時にデータリンクに新たなシークエンスを確認、一応注意したほうがいいかも』
本隊が映るのが少し早いと思ったが送ってきたのは味方の偵察機のようだ。
なら納得である。
横須賀の司令部としては部隊を回せなくても最低限の支援をしてはくれるということらしい。
まったく支援がないと思っていた私としては少しだけ安心した。
『了解。敵前衛への攻撃を集中しつつ味方の攻撃に注意してください』
その指示を行いながら私は微かな不安を感じていた。
正体のわからない新型弾頭に。