「よくぞいらした、異国のメイジよ。ワシはオスマン。ここ、トリステイン魔法学院の校長をしておる。この度は我が校の生徒が迷惑をかけたようで──」
「いやいや、校長さん。ヴァリエールちゃんの召喚に応じたのは僕の意思だよ。使い魔になることも同じくね。だから僕は迷惑だなんて思ってないさ」
「ほっほっほっ。それなら安心ですわい。しかし異国のメイジ、それも貴族を他の使い魔と同様の扱いというわけにもいかんのでの、とりあえず来賓用の部屋を使ってもらうことになるが、良いかね?」
「構わないよ。というか、そこまで良い扱いでなくともいいんだけどね。でもまあ、お言葉に甘えてその部屋を使わせてもらうよ」
「それでは今日はこれで。後日改めて話を聞かせてもらおうかのぉ。ああ、ミス・ロングビルや、ミスタ・サカイを部屋まで案内してくれんかの」
「かしこまりました」
──第21話──
というわけで、来賓用の豪華な部屋に案内された坂井祐一です。
うん、中世ヨーロッパくらいの文化レベルと思ってたけど、そこは魔法使いかつ貴族の学校。なかなか良い部屋じゃないか。
コンコンコン。
と、部屋を見渡していると、誰かがドアをノックした。
「開いてるよー」
「し、失礼します」
緊張した声で返事をしながら入ってきたのは、黒髪のメイドさんだった。
「こ、この度ミスタ・サカイのお世話をさせていただきます、シエスタと申します。必要なものなどが御座いましたら何なりと私めにお言いつけください」
と言ってメイドさん──シエスタは深々と頭を下げた。
「ああ、よろしくねメイドちゃん。僕のことは気軽にユウイチとでも呼んでよ」
「そそそ、そんな、滅相も御座いません!」
あわあわと慌てるシエスタ。
うん、弄ると面白いね、この娘。
「まあ、しばらくの間、お世話よろしく頼むよ」
そう言いながら、僕は懐からエキュー金貨を取り出しシエスタに握らせる。いわゆるチップというやつだ。
ああ、この金貨は『いろいろと物要りだろう』というオスマンからの気遣いでいくらか貰った内の一部だよ。
「こ、こんなに!? いただけません!」
あれ? 金貨3枚だけなんだけど、多かったかな?
まあいいから、と押し付けるようにして手を離す。するとシエスタは、
「……分かりました。精一杯お世話させていただきます」
と、何かを覚悟したような面持ちで、また深々と礼をして退室した。
そういえば、こういう豪華な部屋には隣に世話役の人が待機する部屋があるって聞いたことがあるけど、そこに行ったのかな? などと考えていると、再び部屋のドアがノックされた。
今日は千客万来だな。二人目だけど。
「開いてるよー」
「失礼します、ミスタ・サカイ」
入ってきたのは我がご主人、ルイズだった。
「ヴァリエールちゃん、君は僕のご主人なんだからそんな他人行儀な話し方じゃなくてもいいよ。気軽にユウイチとでも呼んでね」
「そ、そう? なら普通に話させてもらうわ。それで使い魔についてなんだけど、ユウイチはどういう役目か分かってるの?」
「ああ、主人の目や耳になるとかのこと? 知ってるよ。まあ、視点の共有とかはできないみたいだけどね」
「ええ、そのようね」
ここに来る前に試したのか、少し落胆するルイズ。
「でもコントラクト・サーヴァントが失敗したってわけじゃないよ。ルーンも出たしね」
僕は服の胸元を開けてルーンの一部を見せる。
「そ、そうね。あと、あなたの二つ名について聞きたいのだけれど」
「うん?『奇跡』のこと?」
「ええ、具体的に何ができるのか教えてくれない?」
「なんでも」
「……えっ?」
「僕はね、ヴァリエールちゃん。対価さえもらえればなんでもできるんだよ。本来実現不可能な夢も叶えられるし、達成困難な目的も果たすことができるんだ」
「な、なんでも、できる」
「そう、だから僕は奇跡遣いと自称している」
「だ、だったら!
だったら私を、魔法が使えるようにして!」
「いいよ。なんたって僕はそのために来たんだから」
■■■■■■
「なるほどね。魔法が爆発する、か」
「ええ、それで皆からは成功確率ゼロだから『ゼロのルイズ』なんて呼ばれてるわ……」
うん、知ってる。
しかし前も思ったけど、知ってることをこまごまと説明されるのってすごくめんどくさいね。
「じゃあヴァリエールちゃん。君は何を『対価』にして、何を『願う』のかな?」
「……その『対価』というのは必ず払わないといけないの? ご主人様だから特別にタダにとかは──」
「ダメだね。これは僕の気持ちの問題じゃないんだ。その人の『願い』を叶えるには、それと同じ価値の『対価』が必ず要る。そういうシステムなんだよ」
「うーん、でも私があげられる物といってもお小遣いとかしか無いわ」
「物じゃなくても良いよ。形がなくてもそれが『対価』足りうるモノならばなんでもいいのさ」
例えば魔力──この世界では精神力だったかな?──とか。
「そんなモノも対価にできるの?」
「うん。あとは、例えば『未来の可能性』とかね。これはヴァリエールちゃんの、あったかもしれない未来の栄光を対価にする。だから、これを差し出せば魔法は使えるようになるけど、本来あったはずの輝かしい未来が訪れることは永遠にないってことさ」
うーん、と僕の言葉を咀嚼するルイズ。
「……なら、私はその『未来の可能性』を対価にするわ。魔法の使えない私に栄光なんて訪れるわけないし。だったら、たとえドットでもいいから、私は皆みたいに普通に魔法を使いたい」
本当は虚無の使い手としての未来が待っているのだけれど、ルイズがそれを知ることはない。
「分かったよ、ヴァリエールちゃん。君の『願い』、僕が叶えてあげよう」