「これにて本日の訓練を終了する」
「……ありがとう……ございました」
午後。
いつものようにISの授業がない日は決まってアリーナでの教え子である、門国護とのマンツーマンでの強化訓練があり、そして本日も滞ることなく無事に終わった。
最初こそ、機動や操縦に若干の不安定さや危なっかしさがあったが、挙動も安定し、ましにはなっていた。
さすが
「だいぶ慣れてきたようだな、門国」
「こ、光栄であります教官」
「織斑先生と呼べ」
「失礼いたしました、先生」
息絶え絶えといった具合に門国がそう返したきた。
本人曰く、ISでの空中機動が若干苦手なようだった。
腕前がへたとかそう言う意味ではなく、純粋に苦手なようだ。
幼少からの訓練の賜物でこいつの格闘技等の腕は一流なのだが……それ故の弊害として、地に足がつかない状況というのが気持ち悪いようだ。
まぁそれもだいぶこなしつつ、しかも独自の方法で解決しているみたいだから問題ないようだが……。
「よく休んで疲れを体に残さないようにな。明日の訓練も優しくするつもりはないぞ?」
「もちろんです、織斑先生。本日もご指導、ありがとうございました」
ISを待機モードにしてISスーツをまとった姿になった門国は、自衛隊式に敬礼を行うと、若干体を引きずりながら、ピットへと歩いていった。
やれやれ……何度注意しても教官と敬礼が直らないな
自衛隊に臨時顧問として訪れたときの呼称、教官。
そしてその時の習わしとして、訓練の始めや終わりに敬礼をすること。
何度も直せと言っているのだが、体に染みついているのか直る気配が無かった。
まぁ別に構わんのだがな……
あくまで今の状況ではだが……。
本日は普通科目が多い日であり、門国は今日のほとんどをアリーナでのIS訓練を行っていた。
世界で正式に二人目の、男性のIS操縦者としてここに来た門国。
まさか以前の自衛隊での臨時顧問をしていたときに子飼いにした教え子が、この学園で再び教え子になろうとは思わなかった。
世の中わからないものだな
女性用更衣室でジャージから普段着であるスーツに着替えながら私は思わず苦笑した。
非常に残念な事に、未だに門国と真剣勝負が出来ていないのが口惜しいが……まぁ以前とは状況が全く違うのでしょうがない事だろう。
まぁ可能なら……再びあいつと本気で戦ってみたいがな
「すいません遅れました」
「遅いぞ。もっと迅速に行動しろ。この前も言ったばかりだろう」
そうして考え事をしていると後ろのドアからあの馬鹿者が教室へと入ってきた。
女の私よりも着替えが遅いとは……全く。
そしてさすがに学習しているのか、失礼な事を考えもせずに即座に席へと移動した。
不出来な弟よりはまだ学習能力があるか……
「……あの千冬ね……織斑先生? どうかしましたか?」
「……何でもない」
何となくその不出来な弟を凝視してしまった。
私もまだまだという事か……。
「えっと、それでは今日はこれでおしまいです。明日も元気に登校してきてくださいね」
そうしているとうまい具合に山田先生が号令を行ってくれた。
その言葉を聞いて私と山田先生が教室を出ると途端にクラスが賑やかになった。
全く……呆れるくらいに元気だな
十代の女子の特権とでも言うのだろうか。
本当にどうして私のクラスは馬鹿者が多いのか?
「織斑先生、本日もお疲れ様でした」
「山田君こそ。午後の授業、押しつけてすまなかった」
「いえいえそんなことは。門国さんの訓練はどうでした?」
「最初に比べればいいが、まだまだだ。まだ自衛隊に所属していた時の方が強いと言えば強かったな」
最初こそ、IS展開も不安定で遅く、しかも飛行動作や格闘も不出来だったが、今ではそこそこの腕前になっている。
元々の土台は出来ているので後は新たな得物であるISを使えるようになれば問題はないのだ。
「自衛隊の時……ですか? それにしてもどうして織斑先生はあそこまで門国さんの事を気に掛けるんですか?」
私にそう問いかけてくる山田君の顔はまるでクラスにいる十代の女子と同じ顔をしていた。
男性との交際経験がないと言っていたがどうやら本当のようだ……。
「気に掛けているわけではないだが……まぁ自衛隊でのお気に入りとはいえるな」
「お気に入りですか? そ、それって!」
「山田君。残念だが君が考えているような男女の間のお気に入りではない」
山田君が口にする前に先制した。
「別にたいした理由じゃない。自衛隊にいたときに、あいつと模擬戦闘をする機会があってね」
「模擬戦……ですか? それは何の?」
「総合格闘訓練だ」
自衛隊での臨時顧問の時に行った、総合格闘訓練。
一本、もしくは致命打、有効打を取った方の勝利という訓練。
臨時顧問として、私は自衛隊のIS操縦者と訓練を行った後に余興としてあの人の甥の門国と試合を行ったのだが……。
「そうなんですか。それで結果は? 織斑先生の圧勝ですか?」
「いいや、勝っていない」
「え?」
「それが私があいつを気に入っている理由でね」
二人で会話をしながら歩いていると、聞き耳を立てているやつがいる事に気がついた。
本人としてはうまく隠れているようだが、興奮している感じの感情がにじみ出ている。
おそらく女子生徒だろう。
……これはいい機会か?
IS学園に入学してからというもの、あいつは年上であることと、ここが事実上の女子校という事で随分と縮こまって生活を行っている。
他の同性である一夏には常に女子が群がっていて、あいつはそれに気を使ってかほとんど一人で行動していた。
ここであいつのおもしろさを助長してやるのも教師のつとめだろうか?
こう考えてみるが、こう会話すれば、あいつと再び試合が出来るかもしれないという自身の欲求も含まれている事を私は否定しきれないだろう。
まぁいい
どうなるか不明だが、ここで会話を切るのも不自然なので私は、少々言い方を変えて、自衛隊での総合格闘訓練の結末を口にした。
「あいつは私が自衛隊での総合格闘訓練で唯一勝てなかった男だからな」
この人って本当にかっこいいよね!