あの朝の、織斑教官から一夏の護衛を依頼されてから一日経った。
護衛を依頼されたと言っても別に本格的に命を狙われているわけでもないので四六時中一夏を見張るわけではない。
ここIS学園は科学の粋を極めたと言っても過言でないほどに設備が充実している。
無論防犯の方面も抜かりはない。
まぁだからといって気を抜いていいわけではないが、そこまで神経質になる必要性はない。
だから普段通りに……といってもまだ普段通りと言うほど一夏と知り合ってから日数が経過していないので普段通りというのもあれなのだが、まぁその辺は気にしない方向で。
とりあえず普通に過ごして一夏と普通に接していれば十分に護衛となる。
……だが……今は一夏の事を気にしているほど俺の神経に余裕はなかった。
「昨日の食堂での話本当?」
「本当なんだって。千冬様が、あの門国さんの事を笑ってたみんなを叱責したんだって」
「千冬様と門国さんってどういう関係なの?」
「大きい声じゃいえないし、これは極秘情報なんだけど……自衛隊で千冬様と親しかったって」
「え!? それって男女の仲的な意味で!?」
「そこまではわからないけど……」
………………なんだこのウーパールーパー並の扱いは……
朝のHR前の登校時間。
俺は水銀のように重い溜め息を窓ガラスの方へ顔を向けながら見られないようにひっそりと吐き出した。
さすが人望厚く、そして憧れにして崇拝の対象である織斑教官である。
昨日の朝の出来事が一日足らずで学校中を駆けめぐったようだ。
好奇の視線が初日よりもすごい……
教官との関係を噂されまくってものすごい事になっている。
好奇、邪推、怨念、殺気、嫉妬という類の感情が込められた視線が飛んでくる飛んでくる。
どんな虐めだといいたい気分だ。
「おはよ~」
そうして暗い気分を表に出さないようにしながら空を眺めていると、教室の前のドアから俺以外の男である、一夏が登校してきた。
相変わらず遅刻する気配もなく、慌てた様子もない。
この年頃の未熟な子供としては随分と早熟だ。
お姉さんの教育のたまものといったところだろう。
「あ、織斑君、おはよ!」
「ね~ね~織斑君! 昨日の千冬様の話って本当?」
「え、昨日のって食堂で激怒した事? あぁ本当だよ」
「マジ!? 門国さんと千冬様ってどういう関係か知ってる?」
「いや、俺も自衛隊で知り合ったって位しか知らないけど……」
さっそく群がる女性陣。
多少とはいえ目線の数が減ったために重圧が軽くなって俺はほっと一息をつく。
「護、おはよ」
「おう一夏……」
しかしそれも一夏が俺に声を変えてきた事で終わりを告げた。
いや一夏は純粋に挨拶しに来てくれたんだろうからそれを嫌ではないが。
きついものはきつい
が、先ほどと違って一夏にも視線が行っているのでそこまできついものではなかった。
「護登校するの早いな。俺が起きたときにはもういなかったよな?」
「朝練をするために俺は早起きするからな。それが終わってから部屋で何かすると音がするかもしれないし、起こすと一夏に悪いだろう?」
「別に構わないのに」
「性分なんだ。悪いな」
朝練のために早起きして俺は修行を毎日行っている。
とりあえずランニングを十キロほど行い体力の増強を図り、次に木刀で素振りを二百回ほど、そして身についている技術の再確認を行う。
昨日はISの勉強で行う事が出来なかったが、本日より再び修行を始めた。
まぁその理由も半分くらいしか正解でしかないのだが……
もちろん一夏を起こさないためにさっさと部屋を出ているというのは本当だが、それ以上に早く部屋を出る理由としているのは、一夏ハーレム軍団の急襲に備えてだ。
朝飯の時間も会いに来たいと思うのは乙女、というか思い人を持っているのならば当然の感情といえる。
その場に居合わせていたら必然的に俺もセットになってしまいかねない。
特に一夏は女の子達の恋心に全く気づいていない。
何の躊躇もなく「護も一緒に行こうぜ?」と言いそうだ。
それで睨まれてもかなわないしな……
女の子達のためを思って気を使っているが、それ以上にもう一つ明確な理由がある。
「一夏さん。本日の放課後にまた一緒に訓練をしませんか? 私が直々に教えて差し上げますわ!」
「何をいうセシリア。一夏は私と放課後訓練を行うんだぞ?」
「ラウラ、それにセシリアも。一夏の訓練はみんなで行う約束だよ?」
「そうだぞ。あまり約束を逸脱した行為をするな」
順に金髪ロング、銀髪眼帯ちびっ子、短め金髪、大和撫子ポニーの子達が口にする。
さて、前述した理由だが、この子達の一夏を巡った争いに巻き込まれたくないからだ。
この子達、罰則喰らうのも構わず激情に任せてIS展開してまで一夏をフルボッコにしている。
よくぞあれで生きているものだ。
いい意味でも悪い意味でも主人公だな
比率で言えば、巻き込まれたくないが六割、一夏に悪いが二割、女の子達に気を使ってで二割、と言ったところだろうか?
しかし……何というか……
部分展開に関して何も思っていないのが……俺は気になった。
「なぁ護? 午後って予定空いてるか?」
後ろである種の冷戦が繰り広げられているのも構わずに、一夏が呑気に俺にそんなタイムリーな話題を振ってくる。
「ないなら護も一緒に訓練しようぜ?」
「後ろに立派な教官が一杯いるだろ?」
「いや、そうなんだけど……単に男一人だけだと寂しいしさ」
さすがに一夏本人が訓練を望み、しかも寂しいと言われては後ろの女の子達も何か言おうとはしなかった。
最初こそ後ろの女の子達に遠慮して辞退しようと思ったが、確かに男一人だときついと思い、俺は首肯した。
「俺下手だからさ。よろしく頼むよ先輩」
「俺だってそんなにうまくないぜ護? それに年上から先輩って言われるのはなんかむずがゆいからやめてくれ」
「冗談だよ」
正直、不安だらけだったが俺としても訓練はしなければならないし、ありがたいことなので俺は放課後の予定を訓練に変更した。
変更したと言っても、単に勉強が訓練になっただけだが……
「ほら席に着け。HRを始めるぞ」
脳内で本日の予定を上書きしていると、前の扉から我らが教官、織斑教官が入ってきた。
しかし訓練かぁ……
一夏と、一夏ハーレム軍団と一緒の訓練。
より敵視されてしまいそうで怖いがやるしかないだろう。
とりあえず様々な覚悟を決めた。
しかし真残念ながら俺は午後の訓練に参加する事は出来なかった。
「本日もお疲れ様でした。もうすぐ選抜者のクラス対抗戦がありますので、皆さん訓練をしっかり行ってくださいね」
とりあえず三日目の授業と教官との地獄訓練を終え、放課後となり、山田先生の言葉で学校が終わりを告げた。
……本日も疲れた
終わった瞬間に俺は机に突っ伏した。
授業もそうだが、教官との訓練で一気に力尽きた。
まぁハードな理由の一つに俺が未だにまともに動かせない事が含まれているのだろうが……。
「お~い護。大丈夫か?」
「あぁ、疲れてはいるが問題はない」
終わると真っ先に俺の所に来た一夏。
ありがたいが、他の女子の視線が怖い。
ちょ~怖い。
「朝の話だけど……いけるか?」
「あぁ大丈夫だ。どこで訓練するんだ?」
「今日は第二アリーナで訓練可能だ」
数あるアリーナで本日一年が使用可能なのは第二アリーナらしい。
というかアリーナ何個あるんだこの学園。
恐ろしく馬鹿でかい学園だ……。
「行こうぜ護」
「おう、今日はよろしくな、一夏」
「だから俺もうまくないって」
「邪魔をして申し訳ないが、俺も混ぜていただきます」
俺は左手の甲を覆っている、まるで手甲グローブのような待機状態のIS、守鉄に触れながら席を立ち、一夏の後ろにいる女の子達にお辞儀をした。
ちなみに守鉄は、最初の待機状態である……ぱっと見て黒い鍔のように見える待機状態から、身体に装着できる手甲グローブへと待機状態を変化させていた。
邪魔をしているのは間違いないし、好きな人との大切な時間さえも邪魔しているのは心苦しかったが、一夏の頼みもあるし、俺も訓練を行った方がいいので悪いとは思ったが……。
「じゃ、邪魔だなんてそんな事無いですよ」
「その通りです。門国さん。あまり自分を邪魔者扱いなさらないでください」
「箒さんの言うとおりですわ」
「私は初心者だからと言って優しくないぞ」
あれ? そこまで邪険にされない?
一夏の手前そう言うのは予想済みだったが、四人とも俺の事を邪魔だと思っていないみたいだった。
別に彼女たちの性格が悪いと言っているわけではない。
誰でも好きな人との時間を邪魔されたら嫌なものだからしょうがないし、俺としてもそんな事はしたくなかったが。
いい子達だな
素直にそう思い、四人のイメージを上書きしつつ、俺は一夏軍団と一緒に教室から出ようとした。
が、その歩みはすぐに止められた。
「はいは~い! 新聞部で~す! 今、いろいろとすごい噂の一年生、門国護さんはいますか~?」
随分と大きな声を張り上げながら、女の子が教室へと、ちょうど俺と一夏軍団がでようとしていたドアから入ってきたので一瞬で見つかった。
「お、まだ教室にいたよかった。こんにちは、織斑君、門国さん」
「こ、こんにちは」
一夏と親しげに挨拶を交わす新聞部部員さん。
新聞部、という事はすでに一夏にはインタビューを行ったという事なのだろう。
まぁ当然か……
世界でも一人しかいなかったIS操縦者。
マスコミが食いつかないわけもないし、それは学校の部活動でも一緒だろう。
「はいはい、門国さん! いくつか質問をしたいのですがよろしいですか?」
「まぁ……答えられる事ならば」
一応疑問系で聞いてきていたが、その目には『話すまで逃がさない!』と言った感情が映し出されていたので俺はすぐさま逃亡、という選択肢を外した。
「一夏、時間かかるかもしれないから先に行っててくれ」
「え、でも……」
「織斑君もいてよ。最後に男二人で写真取りたいし」
その言葉に、一夏はあっさりと従ってしまった。
いや、従っただけでなく一夏も知りたいのかもしれない。
別に聞いてくれればいくらでも教えるのだが……。
まぁ聞きづらいか……
インタビューされるのは余り歓迎したくない出来事だが、この類の連中はさっさと答えてつけ回されないようにした方が無難だ。
長くなりそうなので俺はとりあえず、新聞部の女の子に断りを入れて、俺は自席へと座った。
「ではではまず誰もが聞きたい最初の質問! 門国さん! 織斑先生とはどういう関係ですか!?」
フレームのない眼鏡を掛けた新聞部の子、名乗った名前は黛薫子さんはボイスレコーダーを作動させて、メモ帳片手にそんな質問を投げかけてくる。
さすが新聞部。
誰もが気になる質問だが、ちょっと聞きにくい質問を真っ先に質問してきた。
新聞部の子が言っていたとおり、みんな気になっていたのか、その言葉が発せられた瞬間にその場に居合わせた全員が一様にしてこちらに注目し始めた。
うわ~……目が爛々としてるよ、怖っ
ものすごい眼光でこちらを見つめてくるので恐怖以外の何物でもない。
特に一夏は、露骨に態度に出ていないがやはり一番聞きたそうにしていた。
まぁ別に答えられない事でもないので内心びくつきながら俺は答えた。
「自衛隊で仕事をしているときに、織斑先生が教官として招かれ、それで知り合っただけですが……」
「それだけですか? 昨日の朝の食堂での話がありますので、なにか特別な関係にあると勘ぐってしまいますよ?」
あぁそれできたのか……
そう言えば昨日織斑教官がわざわざ食堂で叱ってくれたばかりだ。
だからクラスに残った女子も真剣に聞き耳を立てている訳か……。
「別にたいした理由はないと思います。教官はああいった人を侮辱する行為が嫌いなだけですからそれだけかと」
「でもそれにしては真剣に怒っていたし、しかもその後に当の織斑先生に呼び出されて一時間目の授業、二人して顔を出さなかったとか?」
すげぇ。一年のクラスの事になのに何故そこまで細かく知っている?
純粋にその情報収集能力に感心してしまう。
だが聞いてくる事は邪推って言うか、余計なお世話というか……。
いや別に深い仲でも何でもないけどさ
「昨日の朝呼び出されたのは単に織斑教官の手伝いをしていただけで特に何もしていません。あなたも教官の厳格さはご存じでしょう?」
「う、確かにそうですけど」
さすが教官。
厳格さが他学年にも知られているとは。
っていうか露骨に顔を赤らめているやつが結構いるが何を想像していた何を?
多感な年頃なのでわからんでも無いが、少しは自重して欲しい。
一夏はそこまで想像していなかったみたいだが、少しほっとしていた。
家族の事を気に掛けていたのだろう。
「他にはありますか? 無いのでしたら放課後の訓練を行い……」
「まっさかぁ!! 聞きたい事なら山ほどありますよ! それを聞くまで逃がしません!!!」
会話の区切りを利用して逃げようとしたが逃げられそうになかった。
……予想外にも、そのインタビューが終わったのは夕方だった……。
約二時間、暴走しがちな乙女達の感性に若干呆れながら俺は寮へと帰宅したのだった……。
しかも後日俺と一夏の写真が高値で取引されていて、それの鎮圧に教官が出動してストレスが溜まり、それをISの訓練でストレスのはけ口にされてえらい目にあった……。