IS〈インフィニット・ストラトス〉 守鉄の剣   作:刀馬鹿

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誓い

『後日の試合にて実力を示し、他の人間よりもその機体にふさわしい存在であると認められた場合を勝利とする。勝利したならばIS学園へと戻る事を許可する。ただし敗北した場合は、そのISは封印し、操縦士は研究所へと出向する物とする』

 

 

 

……ずいぶんと横暴であり、急だな

 

それが国際IS委員会本部の監禁部屋にて通達された文書を見た、俺の素直な感想だった。

 

要するに、勝てば天国、負ければ地獄……といったところか?

 

勝てば官軍、負ければ賊軍とも言える。

濃い灰色をした無機質であり、機械的な右腕でその手紙を手に持ちつつ、俺はそんな益体もないことを考えていた。

最初こそ少し違和感のある右腕……だったが、今ではほとんど生身の腕と遜色ないほどに動かせるようになっていた。

 

……まぁまだ格闘時の動きにはついてこれていないのだが

 

日常生活ならば問題なさそうだが、それでも全神経を集中する格闘時ではまだ完璧ではなかった。

というよりもその状況に陥っていないのでそれを判断するのはまだ速いのだが。

 

全く……この腕は何なんだかな?

 

あの日……俺が自爆特攻を行い、それから目覚めたのはIS学園の機密区画だった。

俺が目を覚ますまで数日もの時間が流れていたらしい。

その数日間に何があったのかは……俺にはわからない。

わかっているのは俺の右腕がIS技術で作られた義手になったと言うことだ。

そして俺が目覚めたと同時に、国際IS機関にてとらわれの身となってしまった。

何でも篠ノ之博士が俺を救出したらしいので、接触した人間としていろいろと尋問があるらしい。

更に言えば……

 

守鉄はどうなったんだかな?

 

守鉄に問題があったらしく、今俺の手元にはなかった。

何でも調べてみると第四世代である紅椿と同じ技術である展開装甲が採用されているパーツを使っているらしい。

らしいというのは、俺が目を覚ましてから守鉄にまともに触れていないのだ。

その第四世代の技術を公然と見ることが出来る存在が出来たために、引っ張りだこにる……のでそれを防ぐために国際IS委員会が保護しているらしい。

そして今後の俺の扱いをどうするかを各国と共に検討した結果が……通達された文書だった。

直接的な表現は避けているが……

 

ようするに負ければモルモット、勝てば自由……ってところか……

 

以前よりも俺の扱いがピンキリになっていた……。

以前……つまりは俺が初めてISを動かしてすぐの頃は……二人目の男のIS適応者であっただけだが、今はそれにプラスして第四世代ISまでも付属している。

俺自身はおまけにしても、守鉄を手に入れたいと思うのは必然的だろう。

第四世代技術を使用しているISは守鉄含めて三機だが、その内の二機は世界最強のIS操縦者、織斑千冬の弟である一夏と、IS開発者の妹、篠ノ之箒だ。

 

……どっちも手は出せないだろうな

 

どっちも爆弾クラスの存在だ。

どちらも姉の存在がジョーカーすぎる。

逆鱗である一夏と篠ノ之箒に手を出したらどうなるかわかったものではない。

織斑教官は篠ノ之博士とかなり親しいし……。

そんな手も足も出せない極上の餌のそばに、ぽんとそれと同じ……とまでは言わないもののそれと同レベルの餌が出てきたのだ。

しかもその餌が軍人でもあり、没落した存在であれば……手の出しやすさは雲泥の差だ。

しかし……問題があった。

 

守鉄がうんともすんともいわないらしい……

 

守鉄の存在だった。

何でか不明だが、守鉄はどんなエリートの操縦士でも反応しなかった。

のべ十人以上の人間で試したという……その中にはAランクの適応者も複数人数いたらしい……が、結果は誰もが一緒であり、起動させることは出来なかったらしい。

そして更に問題になったのが、俺の右腕だった。

 

IS技術で作られた……義手か……

 

右腕の黒い右腕を見つめながらそう思った。

上腕の半ばから切断されてしまった生身の腕の代わりになったこの腕。

それも調べてみれば驚くべき事に……IS技術で作られた物みたいで……。

普段使っている内は普通にただの義手だが……ISの技術で作られていることが問題となった。

簡単に言ってしまえば、俺は常に部分展開のようなものを行っているということになるのだ……。

 

あれだけの啖呵を切ったというのにな……

 

あれだけ忌み嫌っていたISを常に身に纏い、さらにはやろうと思えば人をいつでも殺すことの出来る存在となってしまったわけだ。

心中……複雑である。

 

まぁこの義手が、ISと同じ出力で使えるのかどうかは疑問だが……

 

出力もそうだが、誤作動の可能性だってゼロとは言えない。

しかし……その可能性は低い感じがした。

何故かはわからないが……直感と言うべきなのか……。

 

この義手はそう言った誤作動がないという確信にも似た気持ちがあった。

 

篠ノ之博士との接触、守鉄が反応しない、さらにはISの義手という様々な要因で、俺は国際IS委員会に拘束され、冒頭の文章へと行き着くわけである。

ISが反応しないと言うことで困った事になったのだが、それで試しに俺に触れさせてみたら反応したということで、俺にチャンスを与えた。

ということみたいだ。

 

しかし作為的だがな……

 

俺が片腕が義手になったと知っていながらも、それの慣熟すらも出来ない状況下での戦闘だ。

いくら普通に動かせるとはいえ不利がありすぎる。

実際、この右腕には不明な点が多すぎる。

 

一体これはなんなんだか……

 

ISの技術で作られているのはわかったが……逆に言えばそれしかわかっていないのだ。

守鉄(ISコア)が現在手元にない状態で何故動いている(・・・・・・・)のか、誰が設計したのか……等々。

経緯的に考えられるのはどう考えても篠ノ之束博士だが……何か束博士が設計したと考えるのは違う気がした。

 

「さてと……どうするか……?」

 

自爆特攻の時に出来てしまった、大きな左頬の傷の跡に違和感を覚えつつも、俺はそう口にした。

考えようにもとりあえず目の前の問題である戦闘を切り抜けないとどうにもならないのだが……。

その戦闘が女性との戦いになるとわかりきっているのだが……以前ほどの嫌悪感はなかった。

嫌悪感というよりも恐怖がなかった……。

 

……一度死にかけて何かが変わったんだろうな

 

決定的なのは……あの不可思議な現象での光景だろう。

あのとき……俺が見たあの光景は俺の勝手な妄想なのかもしれない。

俺はあれがただの幻想だとは思えないし、思いたくはなかった。

 

だがそれでも……俺は……

 

ただ、実際に聞いたことのない言葉である以上、あれが本当のことであったとも思えないのも事実だった。

 

俺という存在は、両親にとって何だったのか?

 

死ぬ間際に見るのは走馬燈……つまりは過去の記憶の高速再生であるとされているのが、一般的である。

それが事実なのか、創作物などから来たただの妄想なのかはおいておくとして……仮に走馬燈を見るのが本当だとすれば、あれは走馬燈ではなくなる。

 

父上のあんな笑顔は見たこともなければ……あんな言葉を聞いたこともない……

 

過去の記憶に……そんな物はないのだから。

ではあの笑顔と言葉は何だったのだろう。

そう思い悩んでいるときだった。

 

『通信が入っています』

「通信?」

 

ごろんと横になりながら右手を見つめていたときに突然として、そんな音声が部屋に流れる。

それを意外に思いつつも、相手が誰なのかもわからず質問する前に……ウィンドウが俺の前に呼び出されていた。

 

『……久しいな、門国整備兵』

「武皇将軍!?」

 

驚くべき事に、通信の相手は自衛隊の裏の幹部である武皇将軍だった。

それを認識した瞬間に俺は自衛官状態となって、即座に姿勢を正して敬礼した。

 

『敬礼とかは気にしなくていい。というよりも叔父として話をするためにこの時間を作ったんだ。仕事ではなく身内として話をして欲しい。整備兵と言った私が悪かったな。すまない』

「いえ、決してそのようなことは……」

 

身内として話す、といってもこれはかなり難しい。

確かにおれと武皇将軍は確かに親戚関係だが……何せ相手は将軍だ。

俺なんぞは相手から見たら一介の兵士に過ぎない。

天上の存在といっても、決して過言ではなかった。

身内としてみても、名家と没落では……あまり誇れる身内ではないだろう。

 

『ずいぶんと無茶をしたようだな。あまり冷や冷やさせないでくれると嬉しいんだが』

「はい。申し訳ありません」

『まぁ無事に……とまではいかないか。それでも生きてくれて何よりだ』

「……はい」

『……楓も心配していたぞ』

「!?」

 

楓……俺の母の名前が出てきて俺は固まってしまう。

そんな俺を、叔父は寂しそうな目をして見つめていた。

 

『何もしてやれなかった私が、今更叔父面するつもりはないが……。お前の両親がお前のことを大切にしていることだけはわかって欲しい。病弱な妹を持つ兄としての願いでもある』

「……」

 

それにはとっさに返答できなかった。

二人がどう思っているのかを、俺は怖くて聞いたこともなかった。

無言の俺をどう思ったのか……武皇将軍は言葉を続けた。

 

『……名家であった私の家と、お前の父親が……守正が結婚をすると言ったときは正直驚いた』

 

結婚?

 

『私は反対でもなければ、賛成でもなかった。二人が好きあっているのならば問題ないとは思った。だが、没落していく家であった門国に、体の弱い妹を行かせて良い物なのかと?そう思ったのも事実だ』

 

俺の知らない、俺が生まれる前の話だった。

 

 

 

 

 

 

「それでも妹が幸せそうにしていたからな。私は体の健康に注意することを条件に楓を送り出した。そしてそれからそう時間をおかずに、子供が出来たことが告げられた」

 

子供を作ったことは、別段不思議でもなかった。

二人が愛し合っていたのは、当時の二人を知っていれば当然のように知っていることだが、それをこの甥が知るわけもなかった。

 

「医者には更に体をこわす……最悪母子共に死ぬかもしれないと告げられた。故に反対した。この意見がそのまま通っていたら、当然お前はここにいないことになる」

 

当時はまだ、ISが登場する前で技術が飛躍的に向上する前だった故に、楓は本当に死んでもおかしくないといわれていた。

だから反対したのだ。

嫁に行くことが女の最大の幸せ……とまでは言わないまでも、それが一つの幸せの形であるというのは間違いないのだから。

だが……それで命を失ってしまっては何の意味もないのだから……。

 

『……はい』

「だが、それを守正と楓が猛反発したんだ。必ず子供を産むのだと」

『……ぇ?』

 

小さいけれども、決して小さくない驚きが護の口からはき出された。

私はそれに内心で苦笑しつつ、表情は変えずに言葉を続けた。

 

『愛の結晶などとよく言うが、まさにその通りだったのだろう。特に二人の場合は。どちらも普通とはいいがたい家庭だったからな』

 

没落しつつある家と、体が弱いことで普通ではない楓……。

それらの要因が、二人にどんな影響を与えたのかは……どちらも普通どころか、並以上である私にはわかるわけもなかった。

 

「そうしてお前が生まれた。残念ながら、楓は体をこわしてしまったが、初めて見たよ……。寝台で横たわって、ぐったりしながらも……満面の笑みを浮かべた楓を」

 

笑顔を浮かべていたこと。

それは私にとっても半ば驚きだった。

昔から人に体が弱いことで迷惑を掛けている、そう思っていた楓は心からの笑顔というのを私はあまり見たことがなかった。

だがそのかげりのない笑みの中でも、飛び抜けての満面の笑みが……それだった。

 

「体が弱かったことで他人に迷惑ばかりかけていると思っていたあいつは心から笑ったことがなかった。だからそれを見れただけでも、楓が子供を……お前を生んだことが良かったと思っている」

『……ですが』

「その後は言うまでもないが、体をこわした事で楓はほぼ完全に寝たきりになった。……れは完全に私のミスだが、あのときの付き人が、お前と守正にあたってしまった」

 

楓のことを実の娘のようにかわいがっていた人だった。

己の子供が早くに死んでしまったことも、要因の一つなのだろう。

だからこそ体の弱い楓のことを、心の底から心配していた人物でもあった。

 

「そんな状況下で、しかも己の子供を産ませたことで楓の体を壊させてしまったことがあいつにとってもやはり応えていたんだろうな。口数が多いヤツではなかったが、さらに口を開かなくなっていた」

 

裏の名家同士でもあった守正とは多少なりとも親交はあった。

守正は息子の護よりもかなり口数が少ない人間だった。

 

「……だがそんなお前の父親が、お前のことをなんて言ったと思う?」

『……え?』

 

 

 

『自分の息子が生まれたと……嬉しそうに、そう言っていた……』

 

 

 

 

 

 

……ぇ

 

『これは私の勝手な想像だが……あいつはまともな言葉を掛けたことはなかっただろう』

「……」

 

それはまさしくその通りであった。

あの人はほとんど……俺と会話を……。

 

 

 

『だが……その言葉がすべてを語っていると思うぞ……』

 

 

 

夢ではなかったのか……

 

思わず俺は口を押さえた……

 

あの時見た姿と言葉は……

 

 

 

俺が……赤子の頃に聞いた、父上の偽りのない気持ちと言葉だということなのか……

 

 

 

『……叔父として何もしてやれなかった俺が言うことではないかもしれない』

 

 

 

真実だったと……言うのか……

 

 

 

手が……体が震えていた……。

夢でも現でも、幻でもあっても……良かったと思っていた……。

だがそれでも確かな言葉が……事実が欲しくて……。

それを聞いた俺は……

 

本当に心の底から打ち震えていた……。

 

 

 

父さん……

 

 

 

俺はあなたの息子であると……そう言っていいのですか?

 

 

 

俺は……ただそれが知りたかっただけだったのだ……。

 

だから、俺はそれが知れて……すごく嬉しかったのだ。

 

 

 

そんな俺に……掛けられる衝撃の言葉……

 

 

 

『だから、お前をまともにするのにもっとも適切な人間を送っておいた』

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

思わず泣きそうになっていた俺にはその言葉は、思考を停止させるに十分な威力を有しており……。

 

送っておいた?

 

その言葉の意味を咀嚼する前に……スピーカーから別の音声が流れてきた

 

『面会です』

「……面会?」

 

国際問題レベルまでに発展している俺という存在に対して面会というのはかなり無理がある気がする。

てっきり今話している将軍である武皇のおじさまかと思ったが……通信ウィンドウから見える背景に変化がないところを見ると、それはない。

 

 

 

だがその無理をやってのける人物に……そして将軍がそんなことを言ってくる人物に、俺は一人だけ、心当たりがあった。

 

 

 

 

 

 

『んじゃ、後はよろしくな~。楯無ちゃん』

 

 

 

 

 

 

一段とくだけた言葉でそう言うのと同時に……自動ドアが開かれた。

 

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは……裏の名家当主、更識楯無こと……

 

 

 

 

 

 

更識六花だった……

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんが見つかった!?」

 

それを聞いたのは私が休日を利用して実家に戻って情報の収集、さらには家の仕事をしているときだった。

いつもの仕事と共に、お兄ちゃんの捜索というのは骨が折れたけど……それをしない理由にはならなかった。

そしてその情報は、疲れ切っていた私の疲れを吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。

どこからその情報が出てきたのかと思って調べてみたら……

 

織斑君の家!?

 

誕生日会を開いている織斑君の実家……というか織斑君と織斑先生が二人ですんでいる家だ。

よもや運送に偽装して人間を輸送するなんて、そんな昔の手法をとってくるとは予想だにしなかった。

すぐにそっちに向かおうとしたのだけれど、さらなる情報を目の辺りにして……私は止まらざるを得なかった。

 

!? これって!?

 

それを見ていてもたってもいられなくなって、私はすべての仕事をほっぽりだして国際IS委員会まで出頭していた。

そうして今……私の気をやきもきさせたなんて言葉じゃすまされないほどに、私の気持ちを荒立たせた人が目の前にいた……。

あっけにとられている様子でありながらも、どこかほっとした様子だった。

なんでほっとしたのか……その感情が、何に起因しているのかを悟った瞬間は、私の頭は一瞬で真っ白になっていた。

 

 

 

 

 

 

室内へと足を踏み入れた六花は、何も言わずにただ俺だけを見つめていた。

そしてその表情が一瞬だけこわばると同時に顔をうつむけて、こちらへと歩み寄ってくる。

その歩く姿には寸分の危うさもなく、身体的に全く問題がないことはすぐに伺えた。

それにほっとして終われば良かったのだが……六花の態度からいってそれはなさそうだった。

うつむけたせいで表情をうかがい知ることは出来ないが、それでもこの雰囲気と、体から発せられる怒気から、六花が怒っているのがわかった。

 

「更……」

 

更識。

そう呼ぼうとするがその前に、更識の左手が横へと振り上げられた。

それが何をするのかなど考えるまでもなかったので、俺はとっさにいつもの癖で右腕を上げて防御しようとした。

しかし……

 

 

 

[……]

 

 

 

先ほどまで日常生活上では自由に動かせていたはずの右腕はうんともすんとも言わなくなって……。

そしてそれに驚いていると、俺の右頬に痛みが走った……。

 

 

 

パン!

 

 

 

小気味よい音……といえばいいのか、それはこの監禁部屋の室内に響いていた。

有り体に言えば平手打ちを喰らわされた。

それだけにとどまらず、そのまま俺に何度も攻撃を行ってくる。

 

「お、おい更識?」

「……」

 

無言のまま、俺の胸をその両手でたたいてくる。

攻撃といっても致命的な物ではないが……それは何故か俺の心を揺さぶった。

痛い訳でもないはずなのに……。

だんだんと叩く手の勢いが弱まってきて……。

そして気づいた……。

 

……泣いている?

 

声を押し殺して泣いているのが何となくわかった。

その涙がどういった物なのかを……考えるまでもなく……。

 

「どうして……」

「更識……」

 

 

 

「どうしてそんなに自分を顧みないの!?」

 

 

 

悲痛な……これ以上ないほどに必死な声だった。

それを出させているのは、間違いなく俺であり……

 

 

 

それが、あのときの行為であることなど考えるまでもなかった……。

 

 

 

封印されたはずの単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)、前羽命手による積層展開と、それの派生系というべきなのか……【神風】と名付けられていたものでの自爆特攻。

あのとき、確かに俺は死ぬことを覚悟し、また守鉄も同様だったと思っていたが、どうしてか俺はこうして生きて……

 

こいつの泣いている姿を目にしていた……。

 

 

 

……こんな俺のために泣くのか

 

 

 

こいつが泣いているのを見るのは……あのとき以来かもしれない。

普段は感情を表に出さないようにしているヤツだから。

出せるわけもない。

裏の名家としての立場の更識には。

だが、そんなこいつがここまで感情をあらわにして泣いてくれているのが……不謹慎でありながらも……

 

 

 

嬉しかった……

 

 

 

そう、素直に思えた。

そんなこいつに俺は何をしてやれるのだろうか?

わからなかった。

だけど……その震えた肩をそのままにしておくのは忍びなくて……俺は静かに肩に両手をおいた。

 

 

 

「お兄ちゃんは……残された人がどんな思いをするのか知ってるはずでしょう!?」

「!?」

 

だがその俺の不謹慎な喜びも、この言葉で頭から冷水を掛けられたのかのように冷えた。

そのことを全く考えていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「どれだけ私が心配したか……どれだけ私が悲しかったか、お兄ちゃんわかっているの!?」

「……あのときはあれが最善だと思ったんだ」

「そんな訳ないじゃない! 大切な人を犠牲にして助かったって……ちっとも嬉しくない!」

 

感情のままに、私はただ怒りと悲しみをぶつけていた。

 

わかってる。

 

あのときは確かに最善と言えないまでも、あの状況を打開するには十分に効果的な手段だった。

 

でもそれはあくまでも結果論だ。

 

こうして今、私の目の前にお兄ちゃんが生きているのが、もうわかっているからそう思えることで……

 

ここ数日で……私がどれだけ心苦しかったのか……

 

もしも……もうすでに死んでしまっているのかもしれないって思ったら……

 

もしも、もう二度とお兄ちゃんと会うことが出来ないと思ったら……

 

仕事が忙しくて寝ている暇がなかったのも事実だったけど……

 

もしも寝るだけの時間があったとしても……

 

きっと寝る事なんて、出来なかった……

 

 

 

「もうあんなことしないでよ……。私のそばから離れないでよ……」

 

 

 

この人は本当に……どうしようもない人で……

 

だけどそれでも私にとっては……大切な人で……

 

だから……私は決めたのだ……

 

 

 

自分の心に正直になるって……

 

 

 

「お願い……だから……」

 

 

 

もうすべてがグチャグチャだった……。

 

何を言えばいいのか……。

 

会ったら絶対にひっぱたいてやるって……。

 

会ったら私がどれだけ苦しんだかを言うって決めてたのに……。

 

 

 

あんな笑顔を見せられたら……自分が特攻して私が無事なのを見て安心した笑顔を見た時には……

 

 

 

すべてが吹き飛んでいた……

 

 

 

どうして……この人は……

 

こんなに……

 

 

 

「……お前を護ることが俺にとってはもっとも大切なことだったから」

 

 

 

!? 本当に……この人は……

 

 

 

私が理由であんな事をしてくれたのだと……嬉しいと思った自分と……

 

私が原因であんな事をさせてしまったのだと……悲しく思う自分がいた……

 

 

 

そんな自分が……悔しかった……

 

 

 

そして、それと同時にこの人の大事に思ってもらっているだってわかって……

 

 

 

嬉しかった……

 

 

 

「……六花」

 

 

 

黙ってしまった私のことをどう思ったのか……そう小さくつぶやいて頭に手を乗せようとした。

だけど、何を思ってかその右手を途中で止めてしまった。

それがどうしてなのかは考えるまでもなかったので、私はその手を両手で優しく包み込んだ。

 

「ぁ」

「温かいよ……」

「え?」

 

心底不思議そうにしている

 

 

どうして……こんな簡単なことをわかってくれないのだろう?

 

それが幼少時の事が原因だとしても……

 

もっと自分を大事にして欲しい……

 

私のそばにいて欲しい……

 

そう思った……

 

 

 

「お兄ちゃんの手は……優しくて温かいよ……」

 

 

 

無機質なこの手が温かいわけがない……

 

 

だけど……それでも私にとっては大事で……温かい手なのだ……

 

私の命を救うために失ってしまったことが、ひどく悲しかったけど……

 

それでもこうしてまたふれあえたのが……

 

嬉し勝ったと同時に、悲しかった……

 

 

 

……どうして、こんなことに

 

 

 

ただ護りたかっただけなのに……

 

けど結果は目の前にあるお兄ちゃんの手が……

 

義手へとなってしまって……

 

護るどころか、いつものように護られてしまって……

 

 

 

だから……私は再度誓った……

 

 

 

なんとしてもこの人を救ってみせる……

 

心がどこかゆがんでしまったこの人を……

 

私にとって大事な人が、これ以上無理を……

 

無茶を……しないために……

 

救ってみせる……

 

私のせいで冷たくなってしまったその右手を両手で優しく握りしめて……

 

 

 

私は、誓った……

 

 

 

 

 

 

面会が終わって俺は今国際IS委員会の整備室へと訪れていた。

すでに更識は面会時間を終えて退室していた。

そして……俺は更識と会ったことで、改めて想いを再確認した。

 

 

 

……帰りたい

 

 

 

母がいる……

 

俺の家に……

 

 

 

そして

 

 

 

あいつがいる……

 

あの人のいる……

 

 

 

あの学園に……

 

 

 

存外に俺も現金だな……

 

 

 

自分の即物的というか……現金なところに苦笑した。

だがそれでも……すごくすっきりとした気分だった……。

きっと……いろいろなつかえが取れたからだろう。

だが……それでもまだ俺にはやらなければいけないことがいくらでもあった。

だから……

 

帰ろう……あの場所に

 

自然とそう思えたことが嬉しかった。

きっと……戻ったら戻ったで、まだ完全に復帰したわけではないから、きっと死ぬほどの目にもあるだろう。

だが……それを差し引いてでも俺は伝えたい言葉があった。

 

よし……

 

今度こそ腹が据わった。

勝負に勝たねば鳴らんと言うのならば……

 

 

 

勝ってみせる!

 

 

 

そう意気込むのだが……いかんせん慣熟訓練が全く行えないというのは痛かった。

しかも相手は相当の手練れだという。

さらには俺()苦手な遠距離攻撃を多用するタイプらしい。

情報だけは回ってきているのだが……。

 

ビットが六機……

 

ビーム搭載型のビットが六機。

さらには遠距離兵装に、近接型のブレードまで搭載されており、操者自身も接近戦が得意だという。

死角はほとんどないと言っていいだろう。

 

……勝たす気ないな本当に

 

あまりにもあけすけなこの状況に辟易してしまう。

だがそれでもやらねばならないい以上、やるしかない。

だからこそこうして何とか交渉して整備だけでもさせてもらえるようにしたのだから。

 

といっても更識にも手伝ってもらったが……

 

あいつも勝負の条件は知っているのか素直に手伝ってくれた。

その気持ちにも応えるために、俺は守鉄を展開したのだが……呼び出したその機体のあまりの異質さに……

 

 

 

絶句した……

 

 

 

「なっ……」

 

 

 

あまりにも異質であり、異常だった。

今までのISからはかなりかけ離れた構造をしていた。

だがそれ以上に……驚いたことに……

 

 

 

右腕が……ない?

 

 

 

展開し、武装やボディすべてがライトに照らされている状況でありながらも……

 

呼び出したその装甲に右腕は……

 

 

 

なかった……

 

 

 

 

 

 

 




後二話で終了予定
いや~長かったわ~


RMHほどではないにしろ……



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